＜聖獣界ソーン・黒山羊亭冒険記＞
水の精霊生誕祭
【オープニング】
その日黒山羊亭にやってきたのは、長身に眼鏡をかけた、どこか世間離れしたような雰囲気を持つ青年だった。
「あら、こんばんは」
踊り子エスメラルダは、にこりと笑って出迎える。青年もにこりと笑った。
「ここが黒山羊亭ですよね？」
「ええ、そうよ。ご注文？」
「はい。依頼の」
あっさりノリよくそう言った青年にくすくす笑ってみせ、エスメラルダは「はいはい、どんなご依頼かしら」
と青年をカウンターにすすめる。
彼は座ることは辞退した。ふと頭をさげて、
「先日もこちらに依頼の手紙を出させてもらったクルス・クロスエアです。その折はお世話になりました」
「ああ……あなたが『精霊の森』の？」
ええ、と青年は柔らかく笑む。
少し前に、『精霊の森』の木を枯らそうとする魔物を退治してくれと、手紙で依頼してきた青年なのだ。
本人が来店するのは初めて――
「そのお礼と、次の依頼をと思いまして」
と青年は店を見渡す。
「どんなご依頼？」
「今は冬でしょう？」
「そうね」
「冬は、水の精霊がつかさどる季節なんです。それで」
クルスはエスメラルダを見て、優しく微笑んだ。
「水の精霊たちの生誕祭のような感じでパーティをやろうかと思いまして。一緒に水の精霊と遊んでくれる人をさがしに来ました」
【水を愛するものたち】
「それにしても、精霊の森って言えば」
エスメラルダがふと何かを思い出したかのように、視線を店の奥の部屋へとやった。
「レピアも一度行ったと言っていたかしら」
「レピア？ 青い髪に青い瞳の踊り子の？」
「ええそうよ。今はまだ陽が落ちてないから奥の部屋で寝ているのよね」
エスメラルダは、クルスに苦笑してみせた。
レピア・浮桜（―・ふおう）。エルザード城下町随一の踊り子にして、呪われし身の女性。
太陽があがるとともに石像となり、生身の姿でいられるのは夜の間だけなのだ。
「ねえ、このお祭り夜にやってもらうことはできないかしら？ きっとレピア、行きたがるわ」
「そうですね。彼女には水の精霊もお世話になったことですし……」
クルスがうなずいた、そのとき――
がばしょっ！ と背後から彼に抱きついた存在があった。
「よー！ 我が腹黒同盟クルス氏じゃねえか、どうしたこんなところでー！」
その巨体大胸筋で暑苦しくクルスをしめあげながら、オーマ・シュヴァルツが機嫌のよさそうな声をあげた。酒が入っているらしい。
「ご、ごきげんよう、オーマ」
クルスは笑みを絶やさずに、「とりあえず、僕を殺したくなかったら離れてくれないかな」
「ぬ！？ 俺様の愛の抱擁が嫌だというのか！ それでも腹黒同盟の同志か……っ！」
「その大切な同盟員を殺したくなかったら離れて」
「……むう」
オーマはしぶしぶ、クルスをしめあげる腕を離した。土気色になりかかっていたクルスの顔色に、ようやく赤みが戻ってくる。
「ところでお前、森離れて何やってんだ」
オーマは当然のことを尋ねた。クルスは精霊の森の守護者だ。そう簡単には森を離れたりはしない。
しかし、水の精霊の生誕祭の話を聞くなり、
「よーっし！ ぴちぴちウォーターむっちんぷりん★生誕筋祭☆とくりゃあ、いっちょ一筋ニ筋も脱ぎ脱ぎセクシーマッチョ☆しねぇとな？」
「君が筋肉を脱いだところは、ある意味見てみたいね」
クルスがにっこりとオーマに微笑みかける。
見たいの……？ とエスメラルダがひそかに不気味そうにつぶやいた。
ふと、黒山羊亭の入り口でざわざわと人がざわめいた。
見ると、十歳にも満たなそうなひとりの子供がそこにいて、一生懸命胸を張っていた。
「ぼ、僕だって一人前の冒険者だからねっ！ 酒場に入ったって、いいよね！」
背中に翼。有翼人の少年だ。
「おお。有翼人なんか久しぶりに見たぜ」
オーマが額に手をかざして、見物人のごとく感想を述べる。
おや、とクルスが反応した。
エスメラルダが軽く早足でそこへ駆けていき、
「坊や。ここは酒場だけど、普通の料理もあるし。入ってもいいのよ。ただ、坊やは小さすぎるからお酒はほどほどにね？ それからあまり暗くなりすぎないうちにおうちにお帰りなさい」
「小さいって言うな！」
なぜかその少年は顔を真っ赤にして怒った。
「その子は実年齢十三歳ですよ。まあそれほど子供でもないでしょう」
言いながらエスメラルダの後ろから現れた人物に、少年があっと声をあげた。
「クルスだ！」
「久しぶりだね、グレン」
有翼人の少年グレンは、嬉しそうにクルスに抱きついた。クルスは抱きとめて背中の翼を撫でてやろうとして――
「グレン、重い。後ろに何をくっつけているんだい」
「え？」
グレンが振り返る。
いつの間にか、グレンの翼にくっついているひとりの少女がいた。
柔らかな金色の髪にエメラルドグリーンの双眸。年のころは十歳を少し越えたくらいだろうか。
目を引くのは、少女の下半身だった。
人の足ではない。――虎の体だ。半獣人である。
「こ、こらっ、勝手に翼に触るなっ！」
グレンが慌てて翼をぱたぱたはためかせる。おかげで余計に観衆がわいた。
「あ……、ごめんなさい……」
半獣人の少女は、ふんわりと微笑んで謝った。「あなたの翼……とてもあったかかったの……」
「………」
グレンが真っ赤に顔を染める。クルスがからかった。
「グレンは照れるとすぐに顔に出るね」
「ててて、照れてなんかないっ！」
「ところでグレン、ちょうどいい」
キミも精霊の生誕祭に来ないかい――と、クルスは少年に言った。
水の精霊と遊ぶパーティと聞いて、いちもにもなくグレンはうなずいた。
「行く！ 絶対行く！」
「ねえ……」
はしゃぐグレンの傍で、半獣人の少女がかわいらしい声を出す。
「えっと……水の子たちと遊ぶの？……楽しそう」
ふわりと微笑んで、私も行きたいな、と少女は言った。
「歓迎するよ。キミ、名前は？」
「ニィニ……」
少女は名乗るのに照れたように、頬を染めてそう言った。
「こりゃかわいいお仲間さんだな」
クルスの後ろからがしっとクルスの肩に手をかけて、オーマが笑った。
「俺も行くんだ。よろしくな、グレン、ニィニ」
「―――」
グレンが筋肉マッチョマンオーマに一瞬引いたが、そこは天性の人懐っこさ。すぐに笑顔を取り戻し、
「かっこいいおっちゃんだ！ 一緒に遊ぼう……！」
「おっちゃんじゃない。おじさんかオヤジさんかアニキと呼ぶんだ、お前たち」
「……どれも変わらないんじゃないかな」
クルスがオーマの言葉につっこんでみるが、オーマは気にしなかった。
「おじさん……」
ふんわり笑って、ニィニがかわいらしい声でオーマをそう呼んだ。オーマが「そうそうそのとおり」と、ニィニの柔らかい金髪をぐしゃぐしゃと撫でた。
「んで、クルス。パーティはいつやるんだ？」
「そうだね。せっかくメンツが揃っているから早速――と言いたいんだけど、子供たちもいるのに悪いけど夜にやりたいんだ」
「ふうん？」
「だからあと数時間後かな」
そうしたら、それで今後こそメンバーが揃うからね。言いながら、クルスはエスメラルダを見やる。
エスメラルダが、ありがとうと微笑んだ。
オーマが「準備してくるぜっ☆待ち合わせは精霊の森なっ」と黒山羊亭を出て行く。グレンとニィニはエスメラルダに案内され、おそるおそる黒山羊亭に入ってきた。
クルスは適当な位置のテーブルにつき、パーティ参加予定メンバー最後のひとりが目覚めるのを待つ。
――目覚める、というのは正しい言い方ではないのかもしれない。レピア・浮桜は現在石像となっているはずなのだから。
グレンたちをテーブルにつかせ、軽食を彼らのために注文し終わったエスメラルダが、クルスの傍を通りがかる。
「聞いてもいいかな」
クルスは彼女に声をかけた。
エスメラルダが振り向いた。
「どうしてレピアがここにいるんだい？ 彼女はエルファリア王女の別荘に住んでいると聞いたけど」
それを聞いて、エスメラルダが苦笑した。
「あの子、ときどき王女の目を盗んでここや白山羊亭で踊ってるのよ。それでそのまま朝になって石になっちゃうことも多いのよね。そういうときはここで保護しているわ」
「ああ、なるほど」
エスメラルダはやがて、本来の職業――踊り子としてステージで舞い始めた。
それを眺め、後ろでグレンとニィニがはしゃいでいる声を聞きながら、時間が経っていく……
陽が完全に落ちて。
奥の部屋から、長い青い髪に豊満な肉体を持つ女性が、慌てた様子で現れた。
「いけない別荘に帰らなきゃ……って、あら？」
クルスの姿を見つけ、青い瞳のレピア・浮桜が足を止める。
「どうしてここにいるの？」
眉根を寄せた彼女に、近づいてきたエスメラルダが事情を説明した。
生誕祭の話を聞いて、レピアは顔を輝かせた。
「水の精霊……！ マームもいるのね？」
「もちろん」
「行くわ。もちろんあたしも行くから――あ、でも」
何かにためらったように言葉をつまらせたレピアの肩を、「大丈夫よ」とエスメラルダが軽く叩いた。
「王女には、私が連絡しておくわ」
レピアはほっとしたように微笑み、エスメラルダの頬にキスをする。
そしてクルスに向き直り、
「さあ、行きましょう？」
と嬉しそうな顔で言った。
【生誕祭開始】
月の美しい夜だった。
水の精霊たちのために集まった人々を、くっきりと月明かりで照らし出し、まるで歓迎しているかのように。
――擬人化《インパスネイト》。
普段は姿も見えず、声も聞こえない精霊たちを特殊な力で実体化させ、擬人化させる術。
「ふ、ふたり、一度にやったから……、は、半日しか、もたないとは、思うけれど……」
ぜえ、ぜえ、
肩で息をしながら、術者クルスがそれでも笑顔で集まった面々に言った。
「あ、あとはよろしく……。セイーと、マームのふたりを……楽しませて、やって」
ばったり。
それきりクルスは、力の使いすぎで倒れこんだ。
唖然とそれを見ていたオーマ、レピア、グレン、ニィニの四人の前で。
『……なに考えてんだ、クルス』
『わたくしたちのためだとは思うのですけれど……』
泉の上と、川の上に。
ふわふわと浮いている二人の人物が、呆れたような、困ったような顔で、彼らの守護者の様子を見下ろしていた。
『……一度に二人インパスネイトなんて聞いたことない』
『無茶ですけれど……クルスらしいですわね』
川の上には、年のころ十三歳ほどの少年が。
泉の上には、年のころ二十代後半ぐらいかという女性が。
二人して人間の形はとっているものの、水のように透き通っている。
「よーう！ マームにセイー、いい下僕主夫＆カカア天下な毎日を送ってるかー？」
オーマが片手をあげて精霊に挨拶をした。
『……あんたも来たのか』
「あっ！ 何だその何気にあまり嬉しくなさそうな顔は！？」
『まあ、オーマさん。ご無沙汰しております……』
「マーム！ カカア天下になるためにはもう少し根性入れろよ！」
「マーム……！」
レピアがマームに駆けつける。
「久しぶり、マーム。あたしを覚えてる？」
『もちろんです、レピアさん』
マームがにっこりと微笑んだ。『今夜もあの美しい踊りを見せてくださるのですか？』
「……覚えててくれたのね……」
それだけで、レピアは感激して泣きそうになった。
「セイーだー！ 久しぶりー！」
グレンがセイーの元へ駆けていく。
「ねっ！ 約束どおり来たよ！ 僕約束守ったよね！」
『……ああ』
セイーがほんの少し微笑んだ。『……約束だったな。また来るって……』
「えっと……」
初顔のニィニだけが、困った顔をしてあたりをきょろきょろ見渡した。
そのニィニの肩を優しく抱いて、
「ほら、お前さんも二人に挨拶してきな」
オーマが少女を前に押し出す。
ニィニはふんわりと笑った。
「えっと……私、ニィニ……はじめまして……」
『初めまして、わたくしはマームです。ニィニさん」
泉の精霊マームが優しく微笑んだ。
『……初めまして』
「こっちはセイーって言うんだよ！」
名乗らない川の精霊セイーの代わりに、グレンがニィニに紹介する。
「マームと、セイー……」
ニィニがにっこりと微笑んだ。
「きれい……。水の子って、こんなにきれいなんだね……」
そしてニィニは、「えっと……」と両手を握り合わせながら、満面の笑顔で言った。
「お誕生日、おめでとう」
『………』
『……まあ、今日はわたくしたちのお誕生日でしたのね』
マームが驚いたようにセイーを見る。
セイーが脱力したように、
『……クルスが勝手に決めたに決まってる……冬は俺らの季節だ。だから……』
「おー、そーだったそーだった」
オーマがすっかり忘れていたというように手をぽんと打ち、
「誕生日おめでとうだ、お前ら」
「おめでとうセイー、おめでとう、マ……マーム」
歳上の女性にどぎまぎしているのはグレンである。
マームはにっこりと、『ありがとうございます』と応える。
『………』
「こらセイー。立派な下僕主夫ならちゃんと返事をしろ」
『……誰がいつ下僕主夫になったんだよ……』
『セイーは照れているのですわ』
マームが頬に手を当てて、同胞のフォローに回る。セイーがかっと赤くなった。
透き通った人間なのに赤くなれるとは不思議である。
「それじゃあ、あたしはお祝いに、まずひと踊りを」
すっとレピアが優雅な礼をした。
「二人とも……おめでとう」
そしてしゃらりと両手にはめた金の腕輪を鳴らし。
踊り子レピアは踊り始めた。
それは水の踊り。
流れる水をあらわした踊り。
そしてこの凍りつくように寒い冬の中で、
誕生することのいっそうの喜びを表現するための踊り。
凍えるような世界の中から、一羽の鳥が生まれ、飛び立つような動作を入れて。
「きれいな踊り……」
「わー……」
お子様二人組が、うっとりとレピアのしなやかな動きに見とれる。
「さっすがレピアだな」
黒山羊亭の常連だけに見慣れているオーマが、いつもと一味違うレピアの踊りに、感心したような声をあげた。
「こんな踊りを……ひとりだけ見られないってのは気の毒ってもんだな」
言って、オーマはごそごそと懐から何かを取り出す。
それは一本のドリンクだった。
「おらクルス。飲め」
倒れたままのクルスを無理やり引っ張り起こし、その口元にドリンクを流し込む。
げふっ！ とクルスがふきだし咳き込んだ。
「な、なんだ……！？ 今のやたら甘い水……！」
クルスが覚醒する。オーマは空になったドリンクをクルスの眼前にかざしながら、にやりと笑った。
「『特製薔薇アニキ降臨栄養増筋ドリンクＸ！』これを飲むと眠れなくなる……！ なぜなら眠れば薔薇園でマッチョ天使たちが待っているからだ……！」
「オーマ……」
「ちなみに効き目は別のヤツで立証済みだ。安心しろ」
ふっとオーマは自信満々で大胸筋を張った。
今にも倒れそうだというのに、意識を手放しかければ頭の中でマッチョな天使がダンスをする。
「僕を殺す気かい……」
クルスの目がすわっている。今の拍子で眼鏡がはずれてしまい、直接の視線はなおさら殺気がバリバリだった。
まあまあ落ち着け、とオーマは空になったドリンクを懐にしまい、レピアのほうを指した。
「ほれ、あんな美しい踊りを見ずに眠ってるなんざ……ありゃ、もう終わっちまったのか？」
「ごめんなさいな」
男性が苦手＝男性には冷たいレピアは、それだけ言ってマームの元へと駆け寄ってしまう。
ニィニが嬉しそうにはしゃぎだした。
「これから、お祝いだね……」
ひゅいーっと指笛を鳴らす。
動物がいないはずの精霊の森のあちこちから、なぜか動物たちがたくさん現れた。猫や犬、鹿に馬、牛に豚にリス猿鳥。わらわらと集まってくる。
「ね、みんなで遊ぼう……ね」
ニィニは一頭の鹿の背を撫でながら微笑んだ。
「わー！ すごいすごい、ニィニ！」
グレンがはしゃぎまわる。「なあセイーとかマームはは見たことないだろ？ あれが猫で、あれが犬で、あれが鹿で……ほらほらセイー！ あれが鳥！ 僕の翼とはちょっと違うだろっ」
「おお、あの子は地術師か」
オーマが感心したように言った。「動物と心を通わせることができる術者だな」
「わざわざ森の中まで呼んでくれたのか。これは礼を言わなきゃあね」
眼鏡をかけ直し、顔色の悪いクルスはそれでも微笑んだ。
「それでは俺は、お祝いには欠かせないもんを用意してやるぜ！」
オーマは具現能力大放出。森中をきらきらとクリスマスさながらに飾りつけた。
そしてさらに、テーブルや椅子、皿やスプーンフォークなどなど、一式を生み出し設置。
傍らには食材がでんと現れる。
「下僕主夫の腕がなるぜ〜」
腕まくりをして、オーマは包丁さばきもあざやかに料理を次々と作り上げていく。
「へえ……キミ、本当に料理できるんだねえ」
クルスが感心している。
「料理なんか作ってどうするのよ」
レピアが不満そうに言った。「精霊は食事なんかできないのよ。嫌味じゃないの」
「俺様をなめるなよ」
オーマはにやりと笑って、「どの料理も秘密の親父エキス配合！ 霊や人面草はもちろん精霊にも食べられる！」
『……なんか、食べられたとしてもいらない……』
「こらセイー！ 人の厚意は受け取れーーー！」
『わたくしは楽しみです』
マームが両手を合わせてにこにことおっとりパワーを発揮する。
「私も……食べたいな……」
ニィニが無邪気にオーマの手元をのぞきこんだ。
「おおいい子だニィニ。食事の準備を手伝ってくれるか？」
「うん」
「僕もやるよぉ！」
グレンも負けじと手をあげて、ニィニとグレンはオーマの指示どおりにテーブルに料理を盛った皿を並べていく。
苦笑して、クルスがそれに加わった。
レピアは少しためらってから、
「……本当に、精霊にも食べられるのね？」
「おうよ。任せとけ」
「じゃあ……」
精霊用のものをちょうだい。レピアはオーマにおそるおそる近づいて、手を差し出した。
「よっし。じゃあ、お前さんにはマーム用のを頼むぜ」
レピアの手に、みずみずしい野菜たっぷりの色鮮やかなサラダと、ぷるんとおいしそうなデザートゼリー、果物にスプーンフォークが手渡された。
「本当においしそう……」
レピアが自分の両手に乗せられた料理を見て、驚いたような声をあげる。
「お前さん自身の分もあるかんな？ あとでちゃんと食え」
「……ありがとう」
レピアは少しだけ微笑んだ。そしてくるりと身をひるがえし、「マーム！」と泉から動けない精霊の元へと駆けていく。
『まあ……これが“おりょうり”というものなのですね』
「そうよマーム。食べられるらしいから、食べさせてあげるわ。はい、お口開けて、あーん」
マームには徹底的に優しいレピアは、言われるままにお口を「あーん」と開けるマームに、少しずつ料理を食べさせていく。
「どう？ ちゃんと味が分かる？」
『……ええと……』
口の中をもぐもぐさせて、ごっくんとしてから――そういうことはなぜか自然と分かる行為であるらしい――マームは少し小首をかしげた。
『こういうときは……なんて言うのでしたっけ……』
「おいしい、と言うんだよ。マーム」
テーブル準備組のクルスが、さりげなく口をはさんできた。
マームの表情が、納得したように明るくなった。
『はい。“おいしい”です』
レピアの顔が輝いた。「食事が出来たのね」と、まるで赤ん坊が初めてものを食べたときのように感激して、顔をほころばせる。
そのさまを、川からじっとセイーが見ていた。彼は黙りこんで、むっつりとしていた。
気づいたクルスが、くすくすと笑った。
「自分もほしかったら、ほしいって言えばいい。セイー」
『……いらない』
子供のようなだだをこねたセイーに、
「よーしよーし俺が食べさせてやるぞーセイー」
気合を入れてさらに腕まくりしたオーマの横を――
「そうだよセイーにも食べてもらわなきゃ！ ねえセイーの分どれ！？」
「私も……セイーに食べてもらう……」
お子様組が騒ぎ出した。
「………」
さすがのオーマも、お子様たちを押しのけてまで「セイーには俺が食わせる」とは言えなかった。むしろ子供たちの無邪気さを微笑ましく思い、二人の頭をぐしゃぐしゃなでてから、
「セイーの分は、あれだ。二人で食べさせてやれな」
「うん……」
「おー！」
グレンとニィニが皿をひとつずつ抱え、ナイフにフォークにスプーン一式を持って川へと駆けていく。
瞳をきらきらさせて、「食べて」と言う子供たちに、さしものセイーもだだをこね続けることはできなかった。
お口あーん、ぱくっ。
『………』
「あっ、今セイー、おいしいって思っただろ！」
グレンが指をさして笑った。
無言のままのセイーのわずかな表情の動きを、どうやらこの有翼人の少年は読み取れるようになってしまったらしい。
「ニィニのもね、食べてね」
『………』
「……おいしい？」
『……おいしい』
お子様組に勝てないセイーの姿に、ひそかにくっくっと笑うのはオーマとクルス。
微笑ましく見つめるのはレピアにマーム。
マームは笑顔のまま同胞に声をかけた。
『ねえセイー……“しょくじ”とは、楽しいものなのですね』
『……知らない』
どこまでも素直ではない川の精霊だった。
精霊たちには少しの間待っていてもらい、他の面々もテーブルに並んだ食事に手をつける。
ものすごい勢いで食べたのは、食欲成長まっさかりのグレン。
ついで、早くマームの元に戻りたいレピアだった。
グレンは食べ終わるなりセイーの元に駆けていき、おしゃべりを始める。
レピアは食べ終わるなりマームの元に駆けていき、ダンスのステップを教え始めた。
「そう言えばあの二人はいつか一緒に踊ると約束していたかな」
クルスがレピアたちの様子を見ながらつぶやいた。
その彼の手元の食事を、顔をのぞかせた鹿がむしゃむしゃ食べている。
「………」
「あ……だめ、人のもの食べちゃ……」
ニィニが慌ててなだめようとするが、「いいよ」とクルスは微笑んだ。
「元々今は食欲がないからね」
「なにっそれは重大事！ 今俺様特製エキスを飲ませて食欲増進――」
「いらないから」
すっぱりオーマを切り捨てて、クルスはそこで食事をやめた。
そして皿の中身をすべて、集まってきた動物たちに差し出してやった。
何となくショックを受けながらも、そんな光景を見ていたオーマは「お前、動物にも好かれる体質なんだなあ」と言った。
クルスは少し微笑んで、それから「僕はそこで休んでいるから勝手にやっていていいよ」と近場の太い木を指した。
食事を続けるのはオーマとニィニ、そして動物たち。クルスは選んだ木の幹に背をもたせかけ、深くため息をつく。
レピアは相変わらず熱心にマームにダンスを教え、そしてグレンはセイーとしゃべりこんでいた。
ニィニは食事を終わらせた後、
「何をしようかな……」
あたりを見渡して、自分にやれることをさがした。
近くによってきた動物の背を撫でてやりながら、
「精霊さんたちは……泉と川から、出られないんだっけ……」
それならと、ニィニは自ら泉の中へと飛び込んだ。
ざぶん！
「あ！ ニィニ、大丈夫？ 風邪引くわよ……！」
マームの相手をしていたレピアが慌てて手を伸ばしてくる。
ニィニは首を振って、
「水の子と……遊ぶなら……、水の中が、いいよね……」
ふんわりと。
続いてニィニの動物たちの中でも水が平気なものたちが、次々と泉に飛び込み始める。
そしてニィニは、両手で泉をかきまわし、動物たちと一緒に泳ぎまわり、水しぶきをあげたりして遊び出した。
その無邪気さに、レピアが苦笑する。
『まあ……とても優しい子ですね』
マームがそっと微笑んだ。
『楽しいですか？ ニィニさん』
「うん。気持ちいいね……」
マームは右手をすっと動かし、水を操った。
細い水流が生まれ、へびのように伸び上がってニィニの頭上を旋回する。
不思議な水の動きを眺めていたニィニの顔に、水滴がはねる。
水のへびは徐々に下におりてきて、今度はニィニの周囲を回り始めた。
ニィニは水のへびにそっと近づいて、つんと指でつついた。
ぱちっと水がはじけた。逃げるようにへびがうねる。
つんつん、ぱちっ
へびは旋回するのをやめて、今度は本当にへびのようにうねりながら逃げていこうとする。その尻尾をまたつんつん。ぱちっ。
尻尾がはねた。
動物たちが水のへびを追いかける。
犬などは噛みついたりもしていた。もちろん水なので何の影響もないのだが、へびは嫌がるように身動きしては逃げていく。
動物たちとともに、つつくと逃げるへびを追いかけていきながら、ニィニは嬉しそうに微笑んだ。
「素敵ね……水の精霊さん」
『楽しむことのできる……あなたが素敵なのですよ、ニィニさん』
マームが優しく微笑んだ。
「さぁーてここらでいっちょ、みんなでゲームでもしようかい！」
食事を済ませ、いつの間にか片づけまで完璧に済ませたオーマが、ぱんっと大きく手を叩く。
注目が集まった。にぃっと笑って、オーマはかついできた荷物から何かを取り出した。
それは腹黒商店街特製花火、ならぬ花水（はなみ）。花の形をしたその物体の中央からは、水鉄砲のごとく水砲を放つことができる。
それを実演して見せながら、
「セイーとマームの二チームに分かれてだな、お互いの花水を撃ち合うんだ。相手のチームの花水を全部撃ち落としたチームが勝ちだ」
精霊たちは、水を操るのは禁止だぜ――と釘をさし。
「さて、誰がどっちにつく？」
「あたしはマームのほうにつくわ！」
すかさずレピアが宣言する。
「じゃあ、僕はセイーだ！」
グレンが負けじと声を張り上げた。
「ちょっとオーマ。キミたしか銃の名手だろう……キミが参加するのは卑怯じゃないのかい」
クルスが横から口を挟む。彼の場合は疲れ切っているため、最初から参加する気がない。
「そーだな、じゃあ俺はハンデで目隠しでもしてやろう」
どちらにつくかねえ、とふんふんと鼻歌を歌いながらマームとセイーを見比べていると、
「ちょ、ちょっと。男がこっちに来ないでくれない？」
……レピアににらみつけられた。
「そーか……じゃあ俺はセイーだな」
「私は……マームのほう……」
そうしてチーム割りはあっさりと決まった。
オーマはさらに荷物から何かを取り出した。
「水につかって風邪をひかねえようになっ」
『九瑠洲愛羅武勇★』印入り桃色カッパを全員分。
「……その印の文字列がものすごーく気になるんだけどね……」
クルスがぽつりとつぶやくが、オーマはそ知らぬ顔をした。
オーマ自身がすかさず装着。すでに水に飛び込んでしまっていたニィニも一応カッパを着、レピアはイヤイヤそうに、それでも風邪をひくのは嫌なのか桃色カッパを着こんだ。
セイーチーム：オーマ・グレン。
マームチーム：レピア・ニィニ。
セイーとマームを含め、六人全員が奇妙な水砲「花水」を構え――
「よーい……」
かけ声をかけたのは、クルスだった。
「スタート！」
ぴしゅぴしゅぴしゅぴしゅ！
水に飛び込んだ動物たちがちょうどいい障害物になり、ゲームは白熱した。
「きゃんっ」
誰が撃ったか分からない水砲に、まっさきにニィニの花水が撃ち落とされる。
「花が枯れちゃった……」
悲しそうに言うニィニに、
「かたきをとってあげる！」
レピアが狙いを定めてぴしゅっ！ とオーマに水砲を撃ちこんだ。
「甘い甘い」
目隠しをしているはずのオーマはそれでも軽々とかわし、反撃の水砲。
ものすごく正確にレピアの花水に向かってきたそれを、マームが身をていしてかばった。
「マーム！」
『平気です。だって水の精霊ですもの』
体にあたっただけなのでオーマの水砲は不発。
「くっ連携プレーとは卑怯なり！」
「……オーマ、キミ実は見えてない？」
クルスのつっこみももちろん無視。
『……あ……』
セイーの手にあった花水がいつの間にか枯れていた。
『……誰に撃たれたんだっけ』
首をかしげるセイーだったが、はしゃいでいたのは同胞であるマームだった。
『ふふ。セイー、今だけは敵同士ですね』
『……ちぇっ』
グレン、かたきとって――とセイーはグレンにぽつりと言う。
「まっかせて！」
グレンは気合いっぱい、「ごめんなさいマーム！」と言いながら、水砲をマームに向かってムチャクチャに連射した。
『……まあ』
へたな鉄砲も数撃ちゃ当たるのである。
マームの花水は本当にグレンに撃ち落とされた。
グレンはセイーとハイタッチ。ぴしゃん、とセイーの水でできた手が水しぶきをあげた。
と、
そんなことをしている間に、グレンの持っていた花水が撃ち落とされた。
「あー！ おねえちゃんやったなー！」
グレンが飛び上がりそうな勢いで悔しがる。
「マームのかたきよ」
レピアはさすがに子供に本気になるのは気がひけたのか、小さな声でそう言った。
そして試合は、
オーマＶＳレピアの一騎打ちとなる――
動物たちは相変わらずのんびりと二チームの間を泳ぎ、障害物となっている。
「がんばれ……レピアおねえちゃん……」
ニィニがそっと応援すれば、
「頑張れおっちゃん！」
「イカす親父アニキと呼べ！」
グレンの応援にオーマが応える。
「何かどんどん呼び名が変形しているな……」
クルスのつっこみは以下略。
『レピア。頑張ってくださいね』
「もちろんよ」
『……オーマ……まあ適当にやれば』
「お前素直じゃねえなあ本当に……」
レピアが花水を構える。
オーマは軽い構えで同様に。
――お互い分かっていた。
先に撃ったほうが、勝負を決める――と。
そして。
先に水砲を撃ったのは――オーマだった。
ぴしゅっ
「――っ！」
ほんの数ミリ、それた。
今だ！
レピアは水砲を思い切り放つ。
狙いたがわずそれは、オーマの花水を撃ち落とした。
「やった……」
レピアが呆然と、ひとりだけ花水を手にした存在として泉にたたずんだ。
「やった……レピア……」
ニィニが横から抱きついた。
『かっこよかったですわ、レピア』
マームが嬉しそうに微笑んで、それを見たレピアはようやく実感がわいたのか、ぎゅっと拳を握り――
そして、「やったわ！」と飛び跳ねた。
飛沫がはねる。誰も、それをかぶることを嫌がらなかった。
「俺様としたことがー」
目隠しをとりながらオーマが天を仰いだ。
月は変わらず明るく彼を照らしている。
「もうっ！ おっちゃんかっこ悪いー！」
「おっちゃんじゃなくてナウオヤジアニキだ！」
「また変形してるし」
クルスはもう何のためにつっこんでいるのか分からない様子だった。
『……適当でいいんじゃない』
セイーがぶっきらぼうに言う。
オーマはそんな川の精霊をふと見つめた。
『……何だよ』
「いや……」
オーマは急に破顔して、水でできたセイーの頭をぐりぐりばしゃばしゃやった。
――ぶっきらぼうな、いい加減な言葉が、川の精霊なりの励ましだったのだと気づいたから。
「さあみんな！ 濡れたカッパは脱いでこちらへ！」
オーマがなぜか片膝を地面につけた格好で紹介した場所には、人面草軍団。
濡れたカッパが集まってくる。
人面草はそれを熱烈抱擁して乾かした。
「……着たまま乾かせって言われなくてよかったわ……」
レピアが心底安堵したようにつぶやいた。
ゲームがひと段落ついて、また各々自由に騒ぎ出す。
相変わらずグレンはセイーと話しこみ、レピアはマームにダンスを教え、ニィニは時々レピアに踊りを簡単に教わってはセイーのところへやってきて、それを披露した。
やがてダンスに興味を示したグレンは、レピアに「男にも出来るダンスを教えて」と迫り始める。
男性が苦手なレピアは少しだけ困ったようだったが、グレンは子供ではあった。まだ気楽だ、とそう思い、マームに教えるついでに簡単なステップを教える。
その場でダンス大会が始まった。
陽があがり始めるまで、あと一時間あるかないか……
「夜が明けて、少しくらいまでかな……僕の術が続くのは」
クルスがつぶやいた。
「じゃあまだ大丈夫だな」
オーマは夜明け前の夜空を見上げる。冬のこの時間帯は、底冷えするように寒い。
月明かりが、最初にオーマが飾った森をきらきらと輝かせている。
「夜明けより前にやるべきだなあ……この寒さならいけるか」
ふとそんなことをつぶやき、オーマは具現を行った。
巨大花水。
それを見たクルスが、「何をする気だい？」と不思議そうに尋ねる。
オーマはそれに軽く手を振るだけで応えて、それから「お前ら！ これからいっぱつやっからちょっと空見てろよー！」と他の面々に大声で声をかけた。
精霊たち、彼らと戯れていた面々、そして動物までもが反応し、オーマのほうを見る。
オーマは巨大花水を肩にかつぎ、上空に向けて――
「――打ち上げ花水！」
かけ声とともに、水流が上空へと立ち上っていく。
そして、
パアン
上空でなぜかはじけた水流は……
寒さに固形化し、雪となった。
ちらり、ちらり
ふわ……
「ウソ……虹色の……雪？」
レピアが呆然と、自分の身に降りかかってくるそれを見下ろす。
ニィニが嬉しそうに両手で受け止めて、
「きれい……虹色雪……」
と頬を赤く染めた。
「すごいっ！ おっちゃんすごいー！」
グレンが翼をはためかせて喜ぶ。
「だからナイス親父筋アニキと呼べと」
「それはもういいから」
クルスのつっこみも打ち止め。
『雪……』
『……これが？』
水の精霊ふたりが、呆然と夜空を見上げる。
ふわり ふわり
ちらつく虹色 きらきらと色を変化させ。
水の体の彼らには、自分の体に触れるなり溶けてしまう雪が、とても――
『とてもはかない……ものですね』
「そうさ。雪ははかない」
オーマは満足そうに、虹色に輝く夜空を見上げてそう言った。
「だからこそ、雪は美しい」
これも水がなきゃできないんだぜ――？ とオーマは精霊ふたりを見る。
「つまり、お前たちの子供みたいなもんか？」
『……子供』
セイーがつぶやく。
在りしものたち、すべての生命の源。
水の精霊たちは、自らがそれと知らず、また自らが生む生命を知らず生きる。
「いいや……今日一日でたくさんのことを知っただろうね」
クルスが精霊たちの心を読み取ったように、優しく言った。
「動物を見て、雪を見て……たくさんのことが分かったろう」
ちらり ちらり
虹色はいつまでたってもなくなる気配がなく。
「――そうだ！」
グレンが声をあげた。
「セイー、あれやろう！ 今あれやろう、ほら、この間別れ際にやってくれた、僕の羽根での――」
『……ああ……でも、羽根が』
グレンはばさばさっと思い切り翼をはためかせ、セイーの川に向かってたくさんの羽根を散らせた。
『……マーム』
セイーはマームのほうを向く。
水の精霊同士、言葉がなくても通じ合うらしい。
やがて二人はそろって、すっと両腕を上空にかざした。
水が、泉と川の水が、生き物のように踊りだす。
太い水柱となって上空へと。
グレンの白い羽根を巻き込んで、空中で水しぶきをあげて。
くるくるくるくる 水と羽根のダンス――
虹色の雪に、グレンの白い羽根はよく映えた。
空中を舞う雪、そして白い羽根。
マームがふとレピアを見る。
泉の精霊の微笑みに、レピアは察して片手をかかげた。
しゃらん……
そして始まる、雪と羽根、水しぶきの中での舞。
青い髪と青い瞳の踊り子は、楽しげに踊り続けた。
髪に水が跳ね落ち、雪がちらりと輝きながら降り、白い肌に触れては溶けて。
虹色に輝くようないでたちで、踊り子は舞う。
手の中に落ちた白い羽根は、ターンとともに再び空中へと放たれて。
ふわり ふわりとゆっくり地面へ落ちていく。
舞姫が踊る。虹色と白と水の中で。
それは誰もが目を奪われてやまない――最上の美しさだった。
【エンディング】
陽が昇り始める――
「……今日は夜通し踊れたから、少し満足だわ」
レピアがマームに囁いた。
そしてマームの水の頬に軽くキスをし――地面に片膝をつく。
両腕は、マームに捧げるように。
否、自分の身を捧げるように。
そしてその形のまま、レピアは徐々に石化していく。
「よかったら、またマームの水で洗ってね。私の石像……」
レピアは笑顔でそう言った。
マームが微笑み、うなずくことに満足しながら――
「い、石になっちゃった……」
グレンが呆然とレピアの石像を見つめた。
「かわいそう……」
ニィニが両手を握り合わせる。
「そうかい？ いつもは知らねえが――」
今日はそうでもなさそうだぜ、とオーマは言った。
「見ろよ。彼女のこの笑顔」
石像は、たしかに笑っている。
マームに身を捧げたまま笑っている。
クルスが、よいしょとしんどそうにしながら立ち上がった。
「レピアの願いは叶えなきゃね……」
『ええ、お願いしますクルス』
「お？ 何をすんだ？」
「聞いてなかったのかい？」
洗ってくれって言っていたろu
――
「本当はニィニにやってもらいたいだろうけど、ニィニには重いだろうからな」
男嫌いのレピアを思い、クルスは顔色の悪いままレピアの石像を持ち上げた。
「確かになあ……俺が触ったら、あとでぶん殴られそうだ」
オーマが苦笑いする。
「ぼ――僕は？」
僕もだめ？ とグレンは熱心に言った。
「僕、レピアが好きだよ。僕も一緒に洗っちゃだめ？」
『……俺も手伝っちゃだめなのか』
意外なことにセイーも言い出した。
「私も……水の中で磨くくらいなら、できるの……」
ニィニがかわいらしく微笑んだ。
「動物たちも……レピア、好きだよ……」
それらの言葉を聞いて、クルスはマームを見やる。
マームはにっこりと微笑んだ。
『みんなで心をこめて洗ってくれたなら……レピアが嫌だと言うはずがありません』
「レピアの“姉妹”が言うんなら間違いないな」
じゃあみんなで洗おう。クルスはそう言った。
「心をこめて。綺麗にしてあげるんだよ」
「うん！」
「がんばる……」
『……俺もやるからな』
ざぶざぶと全員でマームの泉に飛び込んで、レピアの像を磨き出す。
川の精霊セイーは、遠くから水を飛ばしてきた。洗うための水を。
「俺も……」
オーマだけが水際で立ち、参加したそうな顔をしていたが、
「キミはダメ。心をこめてもたぶんダメ。というか、奥さんに言いつけるよ」
「……クルス、俺今日お前の機嫌そこねるようなことやったっけ……？」
あはは、とクルスは爽やかな笑顔で言った。
「聞いてもいいかい？ キミの飲ませてくれたあのおいしすぎるドリンクの効き目は、いったいいつまでなのかな？」
「………」
冬の白い朝が明ける。みんなの歓喜をともなって。
この陽だけは、レピアも嫌だと思わなかったかもしれない。
そして――その後、メンバー全員が例外なく風邪を引いたけれど、
今回だけはそれさえもいい思い出。
水の精霊たちと、それを愛するものたちに、永遠の祝福を――
―Ｆｉｎ―
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■ 登場人物（この物語に登場した人物の一覧） ■
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【１９２６／レピア・浮桜／女性／２３歳／傾国の踊り子】
【１９５３／オーマ・シュヴァルツ／男性／３９歳（実年齢９９９歳）／医者兼ヴァンサー】
【２９９５／ニィニ／女性／１２歳／地術師】
【３１０６／グレン／男性／９歳（実年齢１３歳）／冒険者】
【ＮＰＣ／セイー／男性／？歳（外見年齢１３歳）／川の精霊】
【ＮＰＣ／マーム／男性／？歳（外見年齢２７歳）／泉の精霊】
【ＮＰＣ／クルス・クロスエア／男性／２５歳？／『精霊の森』守護者】
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■ ライター通信 ■
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ニィニ様
初めまして、笠城夢斗と申します。
このたびは依頼にご参加くださり、ありがとうございました！
やたら長い話になってしまい申し訳ございません；パーティは楽しめたでしょうか？
とてもかわいいキャラさんを書かせていただけて光栄ですｖ
またお会いできる日を願って……
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