<聖獣界ソーン・白山羊亭冒険記>


双六!【赤の書編】


■オープニング■
 
「妙なものを手に入れたのですが・・やってみませんか!?」
 その日、突如白山羊亭を訪れた少女はそう言った。
 鼻息も荒く、なにやら張り切った様子の少女にルディアは首をひねった。
 「・・・なんですか?」
 「これです!どうやら双六と言うものらしいのですが・・。」
 少女・・ティリアス バッカーノはそう言うと、文庫本サイズほどにたたまれた紙を手渡した。
 ・・それをゆっくりと広げてみる。
 右隅には“ドキドキ☆人生の縮図のようだよ!大双六大会!【赤の書】”と書かれている。
 以前にも同じものを見た事がある・・・ルディアは記憶を手繰り寄せた。
 「それって、前の双六が青から赤になっただけじゃ・・・」
 「これは“日本”と言う国のもので・・サイコロを振って、ゴールを目指すと言う遊びなのですが・・。」
 ティリアスはそう言うと、ポケットの中から小さなサイコロを取り出した。
 サイコロを振って、出た目の数だけコマを進めて、ゴールを目指すと言うものだ。
 「赤の書って言うのは・・コレが入っていた箱が赤かったからだと思うんですけど・・。」
 言いながら、すっと赤い箱を取り出す。
 そこにも“ドキドキ☆人生の縮図の・・・(以下略)”と書かれている。
 「・・・これ、以前にもやりましたよね?」
 「え・・・やってませんよ。」
 明らかに怪しい素振りで、ティリアスは視線をどこか遠くに向けると、にっこりと微笑んだ。
 「あ、そうそう・・・えっと、赤の書はですね、バトル風味の双六と言う事で、赤の書に触れた途端に人が縮んじゃうんです。ほら、そうすれば周囲に危害が及ばないでしょ〜?」
 まったくもって、そう言う問題ではない。
 「え・・そんな・・・どうすれば元に戻るんですか?」
 「ゴールすれば元に戻りますよ。」
 「でも、バトル風味って・・・」
 「赤の書の中に、ケムケムと言う生物が封じられてまして、幾つかのマス目毎に登場するんです。あ、もちろん独自に強さを選べますよ〜。」
 「・・・危険そうですね・・・。」
 「イージーで登録すれば、全然危険じゃないです。」
 なんだかケムケムと言うのも弱そうな名前だし――ティリアスが危険が無いと言っている以上は危険はないのだろう。
 「う〜ん・・そうだなぁ・・誰かやってみる人、いないかな?」
 ルディアが今日も賑わっている白山羊亭の中を見渡した。


□アイラス サーリアス□

 その日も普段と同じように、アイラスは白山羊亭へと向かっていた。
 なんだかほんの少し予感めいたものが胸の奥底に渦巻いていたが・・・さほど気にする事は無く、アイラスはいつもと同じように白山羊亭の扉を開けた。
 その瞬間、以前にも会った事のある少女が満面の笑みで何かをこちらに放り投げ―――避ける間もなくアイラスに当たった。
 そして次の瞬間、ポンと音を立ててアイラスの身体は小さくなっていた。
 「・・・またですか?」
 察しの良いアイラスが、巨大な人物のうち、1人を見上げながらそう言った。
 ティリアス バッカーノ。双六の青の書を以前持ってきた人物だ。
 「そうでぇ〜すw今回は赤の書ですvバトル風なんですよぉ☆」
 「はぁ・・・」
 「うーふーふー、何はともあれ、これでもう逃げられませんね〜!」
 不気味な笑顔をたたえながらツカツカと歩み寄る巨人―――もといティリアスに、アイラスは思わず溜息をついた。
 「そうですね。」
 この展開から行くと、双六をゴールしない限りは身体が元に戻らないのだろう。
 予感が的中したと言ったところだろうか・・・・・?


■双六の前に・・・■

 粗方の説明が終わった後で、ティリアスはその場にチンマリと(本当に言葉通りだが・・・)並べられた一同を満足げな顔で見渡した。
 右から順に、オーマ シュヴァルツ、グラディス バーガンディ、アイラス、ケイシス パール、レニアラと並んでいる。
 サイズがおかしいのはティリアスとルディアだけ。2人だけがガリバーサイズである。
 無論、本当にサイズがおかしいのは一同の方だった。
 ちんまりと、親指姫サイズである。
 「それにしても、ケムケム・・・どんな生物なんでしょうね。」
 アイラスが穏やかにそう言うと、ティリアスに視線を向けた。
 しかし、―――ティリアスは悪戯っぽく微笑んでいるだけだ。
 そして小さな声で、それは会って見てからのお楽しみでぇ〜す☆と付け加える。
 「まぁ、なんだって良い。楽しめれば俺は文句はねぇよ。」
 そう言って、ニヤリと微笑むとグラディスは指を鳴らした。
 「ここは一発、ケムケムを親父愛マッスル☆GOGO!で友達マッチョで桃色愛を深めるべく・・・」
 「桃色愛が深まりそうな相手かどうかは見てからじゃねぇと解らなくねぇか?」
 顔を引きつらせながらもケイシスがそう言う。
 大体、敵だといわれているケムケム相手に桃色オーラを放つのはどうかと思うが・・・そこはオーマ。それこそ、そんな些細な事を気にしてはいけない。彼にとっては敵だろうが味方だろうが恐怖の大魔王様だろうが、生きとし生けるものは全て愛の対象なのだ。
 その愛は、若干どこか明後日の方向に発せられているような気がしなくも無いが・・・・・。
 「まぁ、周囲への被害はないだろうな。」
 レニアラがそう言って、ティリアスをじっと見詰める。
 ―――周囲への被害・・・そう言えば、これだけ小さくなったんだろうし、大丈夫なはず・・・?
 ちょっぴし心配になって、一同は思わずティリアスの顔を見上げた。
 「そんなに見詰めちゃイ・ヤ・で・す☆それじゃぁ、難易度選択なんですけど〜・・・」
 「待ってください・・・本当に大丈夫ですよね?」
 そう言ったのはルディアだ。ここがめちゃくちゃになったら困るのは彼女であり―――ティリアスは視線をそっぽに向けた。
 「大丈夫ですよ・・・多分・・・。」
 「心配ですね・・・。」
 アイラスがそう言って思わず溜息をつく。 
 「それじゃぁ、オーマさん、どーします?」
 「Hだな。・・・やはりここは桃色年長としてラブ筋フェロモンフルパワー☆全ての在りし腹黒イロモノ下僕主夫スピリッツ全筋全霊を以って挑むが親父愛礼儀だろう?」
 「んー・・・親父愛礼儀は解りませんが・・・はい。ハードっと・・・。」
 ティリアスが双六の右上に何かを書き付ける。
 「グラディスさんはどうします?」
 「Hに決まってんだろ?」
 ニヤリと不敵な笑顔をたたえながらそう言ったグラディスに、ティリアスが酷くあっさりとした意見を返す。
 「いえ、決まってはませんよ〜。難易度選択は自由です☆」
 きっとグラディスだって、そんな当たり前な事は解っているはずだ。
 やっぱりどこかずれているティリアスに、ルディアがこっそりと溜息をついた。
 白山羊亭の未来が段々と漆黒に染められて来ている様な気がして、気が気ではない。
 「それじゃぁ、ハードっと・・・」
 そう言って先ほどと同じ操作をして・・・。
 「アイラスさんはどーします?」
 「Hにします。」
 そう言って、にっこりと微笑んだアイラスの顔を、ティリアスがジーーーっと見詰める。
 「・・・なんですか?」
 「大丈夫ですか?」
 間髪を入れず質問を仕返され、アイラスは思わず戸惑った。
 「・・・僕、戦う人ですよ?」
 その言葉に、ティリアスの顔が歪んだ。
 ・・・穏やかだとか、優しいとか、学者みたいとか、よく言われるアイラスだったが・・・ティリアスもその手の類だったようだ。
 そうなんですか、なんか意外ですね。と、小声で呟いている。
 「それじゃぁ、Hで行きましょう。」
 ふわりと微笑むと、ティリアスは先ほどと同じように、双六の端に何かを書き付けた。
 「ケイシスさんはどうします?」
 「Hだな。」
 「了解です☆」
 言い切ったケイシスに向かって、敬礼を1つだけする。
 「レニアラさんは・・・」
 「他のメンバーと同じで良い。」
 「って事は、Hですね?じゃぁ、皆さんHって事で・・・」
 そう言った後で、ふわりと優しい笑顔を見せ―――すぐに視線を外した。

   な に か あ る ・ ・ ・

 直感でそう感じるものの、すでに登録は済ませてしまっているし、双六を終えない限りは元の体に戻れない・・・!
 なんて八方塞なんだ・・・。
 なんだかちょっぴし後悔の波が直ぐそこに押し寄せて来ている気がする。
 「それじゃぁ、準備が整いましたので双六のスタート地点に行ってください。スタート地点に立った途端に、周囲に壁が出来ます。マス目ごとに部屋のような形になっております。サイコロを振って、出た目の数だけ進めます。普通の“双六”とやり方は一緒です。」
 ティリアスはそう言うと、人差し指を口元に当てた。
 「部屋に入ると扉があります。サイコロを振らない限りは次の部屋に行けません。扉には鍵がかかっており、どんな事をしても開かない仕組みになっています。」
 「サイコロは最初から持ってるのか?」
 オーマの質問に、ティリアスは軽く首を振った。
 「いいえ。順番が回ってきたら上から落ちてきます。勿論、私が落とすのですが・・・」
 「それは、普通サイズじゃねぇよな?」
 「はい。コレです。」
 ティリアスはそう言うと、ピンセットで小さなサイコロを掴んだ。
 “こちら”の普通サイズだ・・・。
 「とりあえず、入ってみれば解りますからw」
 そう言って一同を、双六のスタート地点まで連れて行きますと言い、手を差し出した。どうやらその上に乗れというのだ。
 ・・・人の手に乗る経験なんて、一生に一度あるかないかの体験だろう。
 そうそう何度もあって欲しくないが・・・・。
 「あ。そうそう。ケムケムをご紹介しておきますね〜。」
 今思い出しましたと言うように、ティリアスがパチリと指を鳴らした。
 空中に小さなウサギのような生物が作り出される。
 「・・・これがケムケムですか?」
 ブルブルと震えながら縮こまる生物に、思わずアイラスが声を上げた。
 「そうです。イージーケムケムです。ノーマルケムケムはこれです。」
 パチリとウサギのような生物=イージーケムケムは姿を消し、今度は狼ほどの大きさの生物が現れた。
 先ほどの真っ白なケムケムとは違い、今度は毛が黒い。
 「・・・イージーとノーマルの差が激しすぎねぇか?」
 「最後、ハードケムケムはこれです。」
 満面の笑み―――それを見て、一同は思わずこの先に待ち受けている“何か良くない事”の尻尾を見た気がした。
 パチリとノーマルケムケムが消え、次に出てきたのは巨大な・・・ドラゴンだった。
 めちゃめちゃ悪に汚染されてますと言う瞳で、思い切り攻撃的な咆哮をあげ、すっごく強いですよ〜と言うように、視線をあちこちに向けている。
 「凄く強そうですね。」
 「まぁ、これも親父愛☆腹筋♪マッスルラブリープリプリ桃色愛でなんとか・・・」
 「なるのか?」
 オーマの言葉を途中で遮って、レニアラが疑問を投げかける。
 ・・・何とかなると言ったら、なんとか・・・なってほしい・・・。
 「よっしゃぁ!やってやろうじゃねぇかっ!」
 相手が強ければ強いほど燃えるタイプであるグラディスは既に闘志をみなぎらせている。
 「あと、鬼と言うものが双六内に出現するかもしれません。それを倒すためのトラップ空間も設けていますが・・・まぁ、こっちで適当に作っちゃいますね。鬼にいたっては、会わない限りは害は無いはずですし・・・会ってしまった場合は、逃げてください☆」
 ふわりと微笑むティリアス。逃げてください☆じゃない・・・!
 「何はともあれ、さっさと始めましょ〜♪おやつの時間までには帰ってきてくださいね〜☆」
 なんとも自己中心的な発言の後に、ティリアスは5人をぽいっと双六のスタート地点に落とした―――。


□双六!□

 「・・・危ないですね。」
 アイラスはそう呟くと、シュタンと華麗に着地した。
 硬い床は手触りが良く・・・大理石だろうか?そうだとしたら、結構お金がかかっている。
 周囲を見渡してみると、四方全てを壁に囲まれている。
 上を向けば、ぽかりと白山羊亭の天井が見えるが・・・あそこまで上るのは無理だろう。
 目の前にある扉の金色のノブに手をかけてみるが―――鍵がかかっているらしく、開かない。
 「アイラスさん、どうぞです。」
 そんな声が聞こえて、上からサイコロが落ちてきて・・・見上げたソコには巨大な瞳があった。
 「随分大きいですね。」
 「私が大きいんじゃなくて、アイラスさんがちっちゃいんですよwさぁ、早くサイコロをふってくーだサイ☆」
 「解りました。」
 ティリアスに言われ、アイラスはサイコロを転がした。
 コロコロとサイコロは転がって行き―――3が出た。


 ○1回目『3』→4の部屋

 サイコロの目に従い、3つ進んだ先は4の部屋だった。
 ガランと広い部屋には何もない。
 敵が来る様子もなく、かと言って何をすれば良いのかはさっぱり解らない。
 いきなりの事に、アイラスは戸惑いを隠せなかった。
 とりあえず、ティリアスを呼んだ方が良いのだろうか?どう考えたって、何をする空間なのかわからないし・・・。
 「ティリアスさん!」
 アイラスはぽっかりと開いた天井に向かってティリアスの名前を呼んだ。しばらく沈黙した後で、ティリアスの瞳が現れた。
 「はぁ〜い?」
 「ここは何です?」
 「あ、そこはトラップポイントですよ〜☆鬼をやっつけるための♪」
 「トラップ?」
 「そーでぇーす☆」
 「僕が設置するんですか?」
 そんな大掛かりな仕掛けを出来そうなものは持ってきていないと、アイラスは目を丸くさせた。
 「どちらでも。双六の方で適当にトラップを仕掛けることも出来ますし。なんだったらアイラスさんがトラップ仕掛けちゃっても良いですし。」
 随分と適当な仕組みだ。
 「生憎そんな大掛かりな仕掛けが出来るような装備は整えてませんので、双六にお願いしましょうか。」
 「はぁいwそれじゃぁ、1から6のうち一つ数字を選んでくださいw」
 「そうですね、それでは5で。」
 「はい★ここのトラップは鈍痛地獄ですw」
 「鈍痛地獄・・・?」
 「膝を打った後のような、あの地味な痛みがあるじゃないですか〜、あれがずーっと続くんですよ〜。」
 なんだか凄く頼りないトラップだ。
 そんなんで本当に鬼とやらを足止めすることが可能なのだろうか?
 地味だが嫌なトラップである事だけは確かだが・・・・。
 アイラスはそっと心の中で苦笑いを浮かべると、ティリアスが落としたサイコロを振った。


 ●2回目『3』→7の部屋
 
 扉が開き、3つマス目を進んだ先は7の部屋だった。
 ガチャリと扉が閉まり、鍵が掛けられる。
 そこにはポツンと真っ白なテーブルが置かれていた。其の上には真っ白なティーカップ・・・そして中には甘い香りを放つ紅茶と、その隣には縁に薔薇の絵をあしらった真っ白なお皿の上に乗せられた美味しそうなクッキー。
 「ここは・・・休憩が出来るのでしょうか?」
 まだ始まってそんなにたっていないのに・・・と、思わず苦笑をするものの、折角の素敵なお部屋―――ゆっくりして損はないだろう。
 アイラスはそう思うと、椅子に座った。
 カップを持ち、そっと口に運ぶとコクリと音を立てて飲む。
 ダージリンだろうか?甘い香りは癒しを生む。
 チョコチップクッキーを1つ、そっと掴むと口に入れた。
 サクリと軽い食感と共に甘いチョコレートとバターの香りが広がる。
 美味しい―――
 ほっと吐く息すらも甘く漂い、空間に霧散する。
 「良いですね、こう言うのも。」
 そっとそう言うと、アイラスはそっと目を瞑った。
 ・・・双六赤の書はバトル風シナリオなはずなのに、コレほどまでに和んでしまって良いのだろうかと言う感じもするが・・・如何せん、ここは休憩ポイントなだけあり、こんなまったりとした時間も良いのではないだろうか。
 バトルの合間には休憩を。
 まだバトルは始まっていないが・・・早めの休憩を・・・。


 ○3回目『6』→13の部屋

 扉が開き、6つマス目を進んだ先は13の部屋だった。
 ガチャリと扉が閉まり、鍵が掛けられる。
 バサバサと、翼が羽ばたく音が聞こえ・・・目の前にケムケムが現れた。
 1つ叫びを上げた後で、大きく息を吸い込む―――炎だ!
 アイラスはそう思うと、右に走った。
 その後を追うようにケムケムの炎が追う―――アイラスは身軽に炎を避けるようにして身体を捩った。
 炎が壁を撫ぜる。しかし、壁はちっとも焦げ付かない。
 ・・・双六の壁は、ケムケムの攻撃くらいではびくともしないようですね。
 とは言え、アイラスを直撃していたならば壁のようにはいかないだろう。
 とりあえず、どうやってケムケムを倒すのかを考えるのが先決だ。
 アイラスは走りながらヘビーピストルを抜いた。
 威嚇射撃と言う事で―――ケムケムの背に当てる。
 カァンと、鋭い音が響き、なんらダメージを受けた様子の無いケムケムがこちらに向かってくる。
 ハードなだけあり、そう簡単に倒せないようだ。
 それならば、どうすれば良いのだろうか・・・?
 身体は硬い皮膚に覆われている。もしも柔らかい所があるとしたならばお腹―――しかし、ケムケムの下にもぐりこむ事は不可能に近い。
 下に到達した瞬間、炎をかけられるか潰されるか・・・どちらにせよ、あまり良いやられ方ではない。
 そうなれば、考えられる方法は残り少ない。
 確実に柔らかいところを言ったならば―――賭け・・・になるかもしれませんね?
 勝負はほんの一瞬。
 タイミングが早くてもダメ。遅くてもダメ。
 そして、万が一タイミングを外してしまった場合、アイラスに後はない。
 一か八か・・・いつから双六と言うゲームはこんな命がけの遊びになったのだろうかと思うが・・・。
 とは言え、悠長にそんな事を考えている暇もなく・・・アイラスはケムケムの前に回りこむと、じっとその時を待った。
 ワンテンポ置いた後に、大きく息を吸い込む―――其の瞬間、開いた口の中に向かって引き金を引いた。
 弾は吸い込まれるかのようにケムケムの体内に入って行き、爆発した。
 ドンと鈍い音を立ててケムケムがその場に力なく倒れ、アイラスは思わず安堵の溜息をついた。
 火達磨にならなくて良かった・・・。
 タイミングを外していた場合、あの距離で直接火を浴びて無事なわけがない。
 ちょっと大きな賭けではあったが・・・もとより勝算はあったので、酷い博打と言うわけでもなかったのだが。


 ●4回目『5』→18の部屋

 サイコロの目に従い、5つ進んだ先は18の部屋だった。
 先ほどと同じ、真っ白な空間―――どこか遠くでドンと言う不気味な音が響いた。
 今のは・・・考え込もうとしたアイラスの目に、見知った人物の後姿が映った。
 「あれ?グラディスさんじゃないですか。」
 その声に振り向いたグラディスをしばし見た後で、部屋をキョロキョロと見渡す。
 「ここはトラップポイントですね?」
 「あぁ。」
 投げやりに頷くグラディスを尻目に、アイラスは上を向いた。
 「ティリアスさん〜!」
 「はぁい〜?あら、またトラップですかぁ?それじゃぁ、1から6のうちから好きな数字を一つ選んでくださいvあ、3と5はナシですw」
 「アイラスが決めろよ。」
 「解りました。それでは1で・・・」
 「了解w」
 そう言って、ティリアスが何かをカサカサと開き―――
 「ここは悶絶の間です。」
 「・・・悶絶の間・・ですか・・・?」
 「はい★悶絶スポットなんですよ〜v萌えがいっぱいです☆」
 「もえ・・・?」
 ハテナマークを沢山頭上に掲げながら、アイラスとグラディスが視線を合わせる。
 「・・・随分奇抜なトラップだな。」
 そう言いながら入ってきたレニアラの顔は、明らかに引きつっていた・・・・・。

 
 ○5回目『2』→20の部屋
 
 扉が開き、2つマス目を進んだ先は20の部屋だった。
 ガチャリと扉が閉まり、鍵が掛けられる。
 低い唸りをあげながら、ケムケムが飛び掛ってくる。
 いきなりの攻撃に、アイラスは咄嗟にしゃがみ込んだ。
 その上すれすれのところをケムケムが通り過ぎる―――危なかった。
 とりあえずいったん距離をとらなければ。
 そう思うと、右手方向に走った。背後からケムケムが追ってくる気配を感じ、左手に身体を向ける。
 凄い速度で飛んで来たケムケムが敵を見失い、孤を描いてこちらに向き直り、シュタっと地面に足をつけた。
 対峙する2人の間に、妙な緊張感が流れる。
 先に動いたのはアイラスだった。
 右手方向に走り出し、サブマシンガンを乱射する。
 別にコレで倒そうと言う気は無かった。事実、カンカンと弾かれる弾の音が部屋中に響いていた。
 部屋を壁沿いに走り―――ケムケムが凄まじいスピードで飛んで来る。
 あと1歩、アイラスを長い爪で切りつけようとした瞬間だった。ふっと、アイラスが視界から消えたのだ。
 すっとしゃがみ込んだアイラスは、上を通り過ぎるケムケムに向かって引き金を数度引いた。
 弾は弾かれる事は無く、ケムケムのお腹へとのめりこみ、柔らかい皮膚を貫通して中で爆発した。
 アイラスを通り過ぎた数歩先まで、ケムケムは失速しながらも宙を飛び続け・・・ぐしゃりと力なく崩れ落ちた。
 やはり、お腹は弱いようですね。
 そう、心の中で呟く。
 いくら硬いと言っても、弱点はあるだろう。
 例えばお腹とか・・・そう、首筋なんかも柔らかいのかも知れない。
 トンと、靴を鳴らしながら立ち上がるとアイラスは服の裾を払った。


 ●6回目『4』→24の部屋

 サイコロを振り、4つ進むと・・・そこは綺麗な花畑だった。
 「今度はなんですか・・・?」
 綺麗な花が咲き乱れるそこは、まさに地上の楽園だった。
 どこからともなく良い香りが漂って来て・・・これは紅茶の香りだろうか?
 「あら?お客様かしら?」
 そんな声がして、花畑の向こうから一人の女性が姿を現した。
 30代半ばくらいだろうか?長い髪を1つに結び、緑色のエプロンをかけている。エプロンの裾には可愛らしい犬の刺繍がしてある。
 にっこりと、穏やかに微笑む女性。
 「あなたは・・・?」
 「私はここの花園を管理している者。さぁ、双六参加者さん、ここで少し一息しましょう?紅茶にクッキー。ゴールは直ぐソコ。そんな中で、ゆっくりと過ごすのも悪くないんじゃないかしら?勿論、早くゴールしたいでしょうけれども、焦ったってサイコロは落ちてこないのだから。」
 「・・・そうですね。」
 不思議と、どこか落ち着いた雰囲気を纏った女性にアイラスは頷くと、その導きに従って花畑の中を突っ切っていた。
 丁度花畑の真ん中、シクラメンの咲き乱れる中央に丸いテーブルと椅子が置いてあった。
 「さぁ、あそこに座って。」
 女性が花畑の向こうに姿を消し、しばらくしてから手にお盆を乗せて戻ってきた。其の上には、仄かに湯気を立てる紅茶と美味しそうなクッキー、そしてミルクと砂糖。
 「さぁ、お好きなだけどうぞ。サイコロが落ちてくるまで、ゆっくりと。」
 「あぁ。」
 頷いてから紅茶に砂糖とミルクを入れる。
 銀のティースプーンでかき混ぜてから、両手でカップを持ち、ふっと息を吹きかける。
 ―――コクリ
 甘い温かさが体中を駆け巡る。
 「ここは、スペシャルポイントなの。ゴール手前の素敵な空間。戦いに疲れた戦士たちの憩いの場。もちろん、1つでもマスを進んでしまえば現実と言う憩いの場に戻るんだけどね。」
 「現実が憩いの場・・・ですか。」
 アイラスの呟きに、女性はふわりと微笑むとそっと、まるで何か大切なものでも言葉にするかのように囁いた。
 「戦いに疲れたら、いつでもいらっしゃい?この空間は、疲れた戦士に休息を与える場。望めば何時でも貴方の傍に。」
 「有難う御座います。」


 ○7回目『6』→ゴール

 まばゆい光がアイラスを包み込み、目を開けた先は白山羊亭だった。
 身体も元のサイズに戻っている。
どうやら時を同じくして戻ってきたらしい、オーマとレニアラの姿がすぐ近くあった。
 白山羊亭の中にはルディアとケイシス、そしてティリアスの姿。
 「おうおうおう、帰ってきたじゃねぇか〜!」
 「そうですね、良かったです。」
 「ふっ。簡単だったな。」
 3人が帰ってきた事に気がついたティリアスが満面の笑みで走って来る・・・・・。
 「お帰りなさい☆」
 ティリアスがオーマに抱きつき、アイラスに抱きつき、最後にレニアラに抱きついた。
 「後戻ってきていないのはグラディスさんだけですか?」
 「そうなの〜!」
 アイラスの言葉に、ティリアスが心配そうに双六を見詰める。
 「とりあえず、皆さんサンドイッチでもどうですか?」
 ルディアがくるくると全員にサンドイッチを手渡した時、グラディスが帰ってきた。
 「なぁんか、チョロかったな。」
 「グラディスさん!お帰りなさい!」
 ティリアスがそう言って、グラディスに抱きついた―――


■エピローグ■

 辺りが夕日に染められる。
 其の中を、アイラスはゆっくりとした足取りで歩いていた。
 双六・・・か・・・。
 その中で会った女性の事を、ふわりと思い出す。どこか懐かしいような、温かい女性・・・
 「ア〜イラスさんっ♪」
 不意に背後から名前を呼ぶ声が聞こえ、アイラスは振り返った。
 「ティリアスさん?」
 「呪いの双六って、6つで1つなんですよ。・・・マスの魔によって命を奪われたものの数は計り知れない・・・。とっても危険な双六。でも、書き換えは自由・・・。」
 ふっと、ティリアスは微笑んだ。
 それは今まで見てきた表情の中で一番感情らしい感情のない微笑だった。
 以前にも聞いた事のある其の話に、思わず神経を集中させる。
 「私の“対”の存在・・・今はもう“ソレ”に飲まれてしまったけれども。」
 「・・・どう言う事ですか?」
 心配になって伸ばした手を、ティリアスがぎゅっと掴んだ。
 小刻みに震える小さな手は、勘違いなどではない。
 「ねぇ。皆を助けたいって言うのはたんなる言い訳で、本当は―――」
 寂しそうに、本当に寂しそうに微笑んだ後で、ティリアスはアイラスの手を放した。
 ふわりと、全てを断ち切るかのように明るい微笑を浮かべる。
 「今日は有難う御座いました☆また・・・今度。」
 ペコリと頭を下げると、ティリアスはクルリと踵を返して人ごみの中に消えて行った。
 「また今度・・・ですか・・・。」
 不思議にザワツク気持ちを残して・・・・・。




     〈END〉



 ◇★◇★◇★  登場人物  ★◇★◇★◇

 【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】


 1953/オーマ シュヴァルツ/男性/39歳(実年齢999歳)/医者兼ヴァンサー(ガンナー)腹黒副業有り
 
 3147/グラディス バーガンディ/女性/18歳(実年齢18歳)/賞金稼ぎ

 1649/アイラス サーリアス/男性/19歳(実年齢19歳)/フィズィクル・アディプト&腹黒同盟の2番

 1217/ケイシス パール/男性/18歳(実年齢18歳)/退魔師見習い

 2403/レニアラ/女性/20歳/竜騎士



  NPC/ティリアス バッカーノ

 ◆☆◆☆◆☆  ライター通信  ☆◆☆◆☆◆

 この度は『双六!【赤の書編】』にご参加いただきましてまことに有難う御座いました。
 今回お届けが遅れてしまってまことに申し訳ありませんでした・・・。

 さて、如何でしたでしょうか?
 前回に引き続き今回も長文ですね。すみません・・・(しゅん)
 今回はほぼ個別作成でした。
 個別ですが、他の方のノベルとリンクさせるところはキチンとリンクさせて・・・とやっていた所、パニックに陥りました。
 最初に大まかな流れを作ってから執筆出来れば一番良いのですが、双六!の醍醐味はサイコロを振りながらの執筆ですので、そう言うわけにも行きませんし・・・。
 何はともあれ、少しでも楽しんでいただけたならば嬉しく思います。

 アイラス サーリアス様

 いつもお世話になっております。
 今回は目の関係上、それほど戦闘場面が多くありませんでしたが・・・。
 トラップ関連が多かったですね・・・。
 アイラス様の身軽で華麗な戦闘シーンを、イメージを損ねずに描けていればと思います。


  それでは、またどこかでお逢いいたしました時はよろしくお願いいたします。