<聖獣界ソーン・白山羊亭冒険記>


白い翼竜による襲撃事件


「いらっしゃいませ! ……軽食ですね、分かりました。
 ところで……今日から何日か、お時間ありますか? あなたに頼みたい依頼が来てるんです。エルザードから少し西にある小さな村で翼竜の襲撃が相次いで起きているというお話、知ってますか?

 その襲撃というのは、つい一ヶ月前に亡くなったばかりの魔術師ギネルに飼われていた白い翼竜が起こしているものらしいんです。白い翼竜――名をウィードというらしいのですが――は、決まって十匹近くの翼竜を連れて村にやってきて、しばらくすると引き上げていくそうです。
 村の人たちは毎回近くの洞窟に避難しているので、まだ人的被害は出ていないそうです。ですが、不思議なのは、竜たちが帰った後村に戻ってみると多少家などが壊されているものの、家畜や宝石類は被害にあっていないそうなんです。不思議ですよね、一体何をしにきているんでしょう?

 村の人たちは、毎回竜が何をしにきているのかを知りたいと思いつつも、何かあったときは自分たちだけでは対処しきれないとのことで、腕の立つ人を探しているそうなんです。
 ……どうですか。やってみませんか?」

 + + +

 ルディアの誘いに乗った者は五人。ちょうど問題の村へ荷物を運ぶ馬車があるそうなので、五人はそれに便乗するべく、白山羊亭の前に集合した。
 最初に到着したのは、小柄なウサギの獣人だった。石膏のように白い肌で人形のようにかわいらしいのだが、警戒心の強そうな表情と黒づくめの衣装が、雰囲気を少し硬くしている。
 店先で掃除をしていたルディアが、その姿に気がついて声をかける。
「黒兎さん! 今日は頑張ってくださいね」
「……うん」
 いつもながら、あまり喋らない黒兎だった。だが、ルディアもそれを気にしている様子はない。店長に呼ばれると、元気な声で答えて店の中に入っていった。
「おう、久し振りだな!」
 一瞬、自分にかけられた声だとは思わなかった。
 だが時間が経つと、その声が誰であるのか思い出した。
「……シュヴァルツさん」
「元気ねぇな。ちゃんとメシ食ってるか?」
 近づかれて、黒兎は思わず数歩後ずさってしまう。黒兎はどうも、オーマ・シュヴァルツのことが苦手であるようだ。
「オーマさん。はたから見ると、兎を追い詰める獅子にしか見えません」
「はは、アイラスは上手いこと言うな」
 オーマと二人で歩いてきたらしいアイラスにそう指摘されて、楽しそうに笑う。
「あんたたちが、襲撃事件の同行者かい?」
 若い男の声だった。
 三人が振り返ると、肩にぬいぐるみのようなものを乗せた銀髪の青年がいた。オーマは一つ頷いて答える。
「そうだ。ルディアからは全部で五人だと聞いてるから……あと一人、足りねぇな」
「五人なら、全員揃っているだろう」
 その声は、目の前にいる銀髪の少年から聞こえた。だが、口を開けた様子はなかった。
「もしかして、心話が使えるんですか?」
「使えないよ。俺じゃなくて、俺の相棒だ。ほら、肩にいるだろ?」
 銀髪の青年の言葉に、彼の肩に乗っているぬいぐるみのような物体が頷く。
 それは人型のぬいぐるみだった。赤髪、赤目で、軍服のようなものをきっちりと着込んでいる。彼が人間の大きさだったのなら、さぞ凛とした青年だっただろう。
「魔法生物?」
 いつの間にか黒兎が近寄り、その動くぬいぐるみを見つめている。先ほどまでオーマのことを怖がっていたのに、かわいらしいものを見つけた途端、目を輝かせる。実にかわいらしい少年だ。
「普通の生物だ。……いや、人工生命体と言うべきか」
「ふぅん。……可愛い」
 可愛いといわれた赤毛のぬいぐるみ(青年というべきか)は、なんとも居心地が悪そうに視線をさまよわせた。
「相棒をいじめてくれるな、少年。……と、自己紹介がまだだったな。俺はランディム=ロウファ。ディムと呼ぶヤツもいるな」
 まず、銀髪の青年が名乗った。それにつられて肩にいるぬいぐるみも名乗る。
「ライカ=シュミットだ」
「……黒兎」
 いつものむすっとした表情に戻った黒兎が名乗る。
「アイラス・サーリアスです」
「オーマ・シュヴァルツだ。さて、ちょうど馬車が来たことだし、さっさと村へ向かおうかね?」
 アイラス、そしてオーマが名乗ると、その言葉の通り、道の向こうから馬車が向かってくるのが見えた。

 + + +

 村には活気があった。
 小さくはあったが、晴天の下働く農夫、主婦たちは、楽しそうにお喋りをしながら働いている。そこからは、翼竜の襲撃を受けているという沈痛な雰囲気など一片も匂ってこない。
 襲撃を受けたということを物語っているのは、村のはずれにある家が多少壊されているということだけだ。
 五人は村長に挨拶した後、村民に聞き込みを開始した。
「で、でも何で……シュヴァルツさんは獅子になってるの……?」
 黒兎がおびえきった視線の先には、ミニ獅子化したオーマがアイラスの足元に寝そべっていた。
「竜に警戒心を抱かせないためだそうです。ほら、家畜たちは一切手をつけていないって聞いたでしょう?」
「獅子は家畜じゃないと思うけど」
 ランディムの鋭いつっこみが入る。
 確かに、翼の生えた子犬サイズの銀獅子は、とても家畜などとはいえないだろう。普通の獅子でも、飼っていて何らかの利益があるとは思えないが……。
「番犬の代わりにでもすれば」
「尋ねてきた人死んじゃうよ!」
 ライカの言葉に再びつっこむ。
「オーマさんはペットのフリを決め込むらしいですから。堂々と話しかけると、変な人に見えるかもしれませんよ」
「それはご丁寧にどーも。じゃ、俺たちはあっちで聞き込みしてくるから」
 言うなり、肩にライカを乗せたランディムは、そのまま池の方へ向かっていく。

 + + +

 池の周りには洗濯をする主婦たちが集まっている。お喋り好きと相場が決まっている彼女たちであれば、あることないこと喋ってくれると思ったのだ。
 ランディムはライカを肩に乗せたまま木製の足場に腰をかけ、近くの女性に声をかけた。四十台半ばの、恰幅がいい女性だ。
「こんにちは。今日も寒いね」
 にっこりと微笑を浮かべたランディムを見て、洗濯している手を止めた。
「あら、見ない顔ねぇ。どこから来たの?」
「エルザード」
「あらあら! あんな都会から来たら、こんなところつまらないでしょうねぇ」
「そんなことないよ。たまには自然に触れ合わないと神経が参っちまうしな」
「そんなものかしらねぇ。……あなたの肩にいるの、妖精?」
 女性はライカに手を伸ばしたが、彼が嫌そうに顔をしかめたので、直前で手を止める。
 それを見たランディムは苦笑する。
「人間だよ。ま、ワケあって小さくなってるけどな」
「そんなに小さいと、何をするにも大変でしょうねぇ」
「そんなことはない。相棒が何かと手伝ってくれる」
「仲がいいのね?」
 ライカは眉をひそめた。
「そんなことはどうでもいい。それよりも、話を聞きたい」
「何かしら? 私でよければ聞いてくださいな」
 ランディムとライカは、白い翼竜であるウィードとその仲間を退治しに来た。ウィードの目的が何であれ人に害をなすのであれば容赦はしまいと考えているものの、情報は欲しい。やはりウィードの情報と、ウィードがギネルに飼われていた頃の話を聞かねばなるまいと思った。
「ギネルさんとウィードちゃん? 二人は……って言うのはおかしいかもしれないけど、とっても仲がよかったわ。ウィードちゃんはまだ子犬ぐらいの大きさのときに怪我しているところをギネルさんに拾われて、それ以来怪我が治ってからもギネルさんのところにいついていたのよね。ウィードちゃんは人間に変身することもできて、全身真っ白の、それはそれは可愛らしい女の子だったわ。ギネルさんに頼まれてお遣いをすることもあったし、ギネルさんの家に泥棒が入ったときはウィードちゃんが追い払ったのよ」
「ウィードがギネルに何らかの復讐をするために村を訪れているわけじゃないと」
「それはそうでしょうね。そんなことを疑っている人は、この村の住人には一人もいないと思うわよ」
「じゃあ、翼竜たちが破壊したものの共通点は?」
 女性は目をしばたたいた。
「お墓に隣接しているってことね。私はてっきり、ウィードちゃんはギネルさんのお墓参りのためにきているのかと思っていたわ。今はずいぶんと体が大きくなって、小さな墓地に下りるにも大変なんじゃないかしらねぇ」
「……なるほど」
 どうやらウィードは、ギネルに飼われていた頃から村人に可愛がられてきたらしい。今の話が本当であれば、ウィードが悪意から村を襲ったという説は除外してもよさそうだ。
 だが、一人の話では信憑性に欠ける。あと何人かに話を聞かなければなるまい。
 礼を言って立ち上がったランディムの元に、慌てた黒兎が駆けてきた。

 + + +

 黒兎の耳によっていち早く翼竜の襲来を知った五人は、一度大木の木陰に集まると互いの情報を手早く交換した。
 木に寄りかかりながらランディムが言う。
「こりゃあ、ウィードたちの行動を見てみないと何とも言えないねぃ」
「村に大きな被害を出していないって言うし……様子を見てみたらどうかな。僕は、ウィードさんが悪意からこの村に来てるんじゃないと思う」
『じゃ、今こそ俺の出番だな!』
 獅子になっているオーマが銀の鬣を膨らませて言うと、彼らの目の前に筋肉男と、ハートの飾りが沢山ついた首輪が現れた。オーマの具現化能力だろう。
『俺はペットのフリをして墓場の近くに待機、お前さんたちは念のため村から少しはなれたところで待機していてくれ。この首輪には小型カメラが内蔵されている。そこから送る映像をマッスルアニキ型映像機で見て、タイミングを計って出てきれくれ』
 アイラスがオーマに首輪をはめると、オーマはさっさと墓場の方へ向かう。
 だが、オーマを引き止める者がいた。
「ライカも連れてけよ」
 そう言ったのは手のひらにライカを乗せたランディムだった。
「今のライカはぬいぐるみに見えるだろ。竜は怪しまないはずさ。それに……ライカは狙撃銃を使える」
 ライカはランディムの手のひらで立ち上がると、長い外套の裾から自動小銃のようなものをのぞかせた。……むろんその大きさは、現在のライカが使えるようなミニサイズだったが。
「ということだ、相棒」
 ランディムがにいと笑って言うと、ライカは静かに頷く。そして、そっとオーマの背中に乗せられた。
 残りの三人は、怪しげな筋肉男を引き連れ、村はずれの茂みに身を隠した。
 間もなく、黒兎以外にも翼竜の咆哮がきこえるまでになる。それに伴い、村人たちも避難を開始したようだ。
「で、このマッチョはどうすればいいんだ?」
 ランディムは面白そうに、黒兎はおびえたように、そして慣れているアイラスは微笑を浮かべたまま筋肉男のタンクトップをめくる。
「……ぅゎ……」
 思わず腰が引ける黒兎だった。
 タンクトップをめくったそこには、板状のカレールーのようにパッキリと割れた腹筋ではなく、ガラス張りの画面らしきものがあったのだ。驚くのも無理はないだろう。
「あの首輪といい、この男といい、オーマの趣味って変わってるなァ」
「こうでなければオーマさんではありません」
「そんなもんなのか……」
 それをじっと見つめていると、墓場の様子が鮮明に映し出された。
 オーマとライカは、墓地の横にある家畜用の檻で待機している。数十匹の羊がいたが、彼らは獅子の姿に恐れをなしてか、オーマから離れたところでかたまっている。
 そしてついに、ウィード率いる翼竜の集団が村上空に姿を現した。ウィードはその集団の中でもひときわ目立つ。獅子となったオーマの体毛は金属のように輝く銀色だが、ウィードの体は真珠のような光沢を放っているのだ。ウィードが一匹だけで飛来しても目立っただろうが、褐色や暗緑色の翼竜が多い集団の中にいると、さらに目立って見える。
 どうするのだろうと思いながら見ていると、その姿が突然消えた。
「……どこへ行った?」
『さぁな。俺に聞かないでくれ』
 その囁きは風に消されそうなほど小さかったが、その直後に十人前後の黒い人影が林から墓地に躍り出たので、まずないとは分かっていたものの、二人はその会話を聞かれたのかと身を縮めた。
 十人前後……先ほどの翼竜たちと、人数が合致する。もしや竜たちが人間に姿を変えたのかと思い、その動きを注意して見守る。
 黒づくめの人影は辺りを警戒してゆっくりと進んでいたが、一つの墓を確認するとそこに向かって一斉に走り始めた。
「墓を掘るなんて、悪趣味ね」
 その声は少女のものだった。
 黒づくめたちは墓から飛び離れると、それぞれ短剣や弓を構える――目の前にいる、彼らとは対照的な、眩しいほどの白い少女に向かって。
 少女は身構えるでもなく、鋭く冷えた視線を黒づくめたちに向けている。
「まだ懲りないのね。いっそのこと殺してやりたい」
 黒づくめたちは口を閉ざしたままだった。だが、言葉ではなく行動で答えを示した。
 ……すなわち、攻撃を仕掛けることによって。
『あの白い少女こそウィードじゃないかと思うんだが。どう思う?』
「俺もそう思う。そして、彼らが争っているのはギネルの墓前だ」
 ライカはスコープを覗きながら言ったので、間違いないだろう。
 黒づくめたちの獲物がウィードに届くかと思ったとき、そのことごとくが弾き飛ばされた。
 ウィードと黒づくめの間にはいつの間に現れたのか、青年から壮年までの男たちが十人ほど、立ちはだかっていた。
「ッ……邪魔だ!」
「貴様たちにギネルを渡してやるわけにはいかんなぁ」
 黒づくめたちはウィードに飛びかかるその動きから腕が立つことが分かったが、ウィードと男たちには敵わなかった。あっという間に撃退され、比較的無事なものが重傷者を担いで引き上げていく。
 ウィードと男たち――全員翼竜が変化したものだろう――は、あくまで撃退するのみで、殺すつもりはないようだ。それが墓前だからか、殺生を嫌うせいかは分からなかったが。
「ウィード。ギネルの骨をお前が食せば、何も問題はなかろうに」
 黒づくめたちが消えていった林を睨んでいるウィードに向かって壮年の男が言うと、彼女は悲しそうな表情で首を振る。
「そんなことはできない」
「なぜだ。このままでは、ギネルの骨が『教団』に奪われるのも時間の問題だぞ。我々翼竜族としては到底それは歓迎できない事柄だからこうして協力してきたが……じきに、『教団』の本隊が到着する。そうしたら、取り返しのつかないことになるだろうよ」
「ギネルは、私一人でも守ってみせる。だけど……食べることはできない」
 盗み聞きするだけでは、今の状況を理解することができそうにない。家畜の檻からその様子を見ていた二人は、そろそろ潮時だと感じた。
『直接話を聞こうぜ。相手はきちんとした理性を持っているようだしな』
 オーマが村のはずれにいる三人に言葉を飛ばすと、程なく三人が墓地へ向かってきた。
 墓地にいる人間に変化した竜たちは、その動きに気がついて身構え、詰問した。
「ずっと見ていたのか」
「この村の人たちに翼竜の襲撃に悩まされているという依頼を受けたので、調査しているのです」
「村人に……ふん。やつらが不甲斐ないばかりに、我々が尽力しているのではないか」
「そのあたりのお話を、詳しく聞かせては頂けませんか」
「貴様らにかまっている暇はない。去れ!」
 男の大喝に、黒兎が身を縮める。
 さらに言いつのろうとした男を、透き通っているが筋の通った声が止めた。
「村の人に依頼されたの?」
 少女は……ウィードは男たちよりは幾分やわらかい視線でアイラスを見据えて言った。
「えぇ。……ウィードさん?」
「そうよ。魔術師ギネルに飼われていた、白い翼竜。私たちが何をしているのか話してもいいけど、その代わりに……」
「……代わりに?」
 ウィードは俯いてしまったのでよく見えなかったが、今にも泣きそうな表情で唇を噛んだよう見えた。
「『教団』を潰してほしいの」

 + + +

 ウィードは一緒にいた男たち――仲間の翼竜たちを帰すと、墓地が見渡せる小さな広場で五人と向かい合って座った。
 まだ昼間だったが、いつの間にか厚い雨雲が垂れ込めてきて、世界を灰色に染めていく。
 彼女はどこから話していいのか迷っているようだった。視線を墓地と五人の間をさまよわせている。
「まず、『ギネルの骨を食べる』というのはどういうことかを聞きたいな」
 戻ってきたライカを膝に座らせたランディムが、立てた片膝に肘をつきながら言う。
 その他の四人も、おのおの楽な格好で座っている。
「……ギネルは、不老になる実験をしていたの。怪我をして巣に戻れなかった私がギネルに拾われる前から。……どうやって実験をしたのかは私にはよくわからないけど、最終的には実験に成功して、ギネルは不老になったらしいわ」
 五人は思わず顔を見合わせる。
 人工的な方法でそこまで簡単に不老になることができるのだろうか?
 顔にはそう書いてあった。
「私にはよくわからないけど、『不死』になるのはとても難しいけど、『不老』になるのはそこまで困難なことではないと、ギネルが言っていたわ。そうは言っても、ギネルはそれこそ死に至る直前の極限状態になるまで実験に打ち込んでいたわ。それが『困難でない』といえるのかは謎だけれど。……そして、不老になったギネルは、殺された」
「村長は病死だと言っていたぞ」
 人型に戻ったオーマが、さして疑問に思っていなさそうな調子で言う。彼はギネルの家の様子を見ていたので、病死であるという村長の言葉をすでに疑っていたようだ。
「そうね。医療知識のない人間には病死による突然死に見えるほど、きれいな状態で殺された。傷が残らないほど極細の針で眉間を一突きだった。私はちょうど、ギネルに頼まれて昼食を買いに行っていたの……」
 唇をきつく噛み締めているが、瞳にたまる涙は隠せなかった。すぐにあふれ出し、雫は白い頬を滑り落ちる。だが、それはすぐに荒々しく拭われた。
「……無理しないで」
 こわごわとウィードの顔を覗き込んだのは、ウィードよりもわずかに幼く見える、黒兎だった。
 黒兎は竜という圧倒的な存在を恐れていたが、今目の前にいるのは、大切な人を失って傷ついたか弱い少女だ。その正体が何であれ、心が引き裂かれるほどの悲しみに沈んでいる者を放ってはおけなかったのだ。
 小さな小さな自分一人の力で彼女を悲しみから救い出すことができるという、傲慢な考えからではない。
 ただ……一緒にいてあげたいと思った。
 思わず自分よりも小さな黒兎を、ウィードはきつく抱きしめた。
 ウィードの仲間たち――翼竜という存在は、ときに人から畏怖される存在である。それは彼らが強大な力を持っているからであり、いつでも悠然としているからであった。
 逆に言えば、強大な力と引き換えに感情という風を失った。時にすべてを吹き飛ばし、時に優しく髪を揺らすそれは、力の制御に邪魔だったのだ。力を持ったものはいつでも冷静でなければならない。それが彼らの考えだった。
 だが、ウィードはギネルという人間に出会ってしまった。そして、温かい優しさを知ってしまったのだ。
 ウィードはいとも簡単に荒れ狂う感情に目覚め、仲間の翼竜たちからは理解されないその思いに苦しんだ。
「ありがとう。私は……まだ大丈夫。ギネルがくれた温かい思い出があるから」
 ウィードは泣いて赤くなった目で黒兎を見つめた。
 髪も肌も全て白いなかで目だけが赤い。黒兎ではなく彼女こそ、寂しいと死んでしまう雪兎のようだった。
「ギネルは不老になる薬や、研究結果は残さなかった。悪用されることを恐れたのね。だけど、不老になりたいと願っていたうちの一人、私たちが『教団』と呼んでいる邪神を信仰する宗教の女教祖がギネルに目をつけた。薬の作成を拒否したギネルを暗殺者を使って殺した彼女は、その骨を手に入れ、食べようとしたの」
「骨を食すと不老になれる。……そんなところか」
 ライカが冷静に指摘する。
「そう。……その邪神教は、私たち竜を、悪しきものと定めているの。そんな宗教の教祖が何百年も何千年も生きていたら、私たちはいずれ世界から駆逐されてしまうかもしれない。だから仲間は協力してくれた。……私たちウェルベ山脈に住んでる竜は、山の中枢にあるといわれる『竜心』という石に縛られて生きていて、そこから一定以上遠くに行くことができない。だから私たちは、教団を潰したくても潰しに行けず、襲ってくるのを待つしかないの。仲間は墓からギネルの骨を掘り出し、それを私が食べれば安全だと言ったわ。それは一番手っ取り早いことかもしれないけど……そんなことをしたら、彼が冥界で迷子になってしまう気がして。……私は人間に長く触れすぎたのね。竜よりも人間っぽいって、ギネルにもよく言われたわ」
 涙は長い睫毛でせき止められていたが、瞬きをすると、最後に一粒流れ落ちた。
「ギネルを生き返したいとは言わない。でも私が人間だったら、いえ、ウェルベ山の翼竜じゃなかったら、直接仇を討ちに行けたのに……! ……翼竜なんかに生まれなければよかった……」
 それがギネルという大切な人を失った彼女の、本当の願いだった。

 + + +

「そうですか……やはり、ウィードは優しい娘だったんですね。安心しました」
 黒髪の村長は、嬉しそうに微笑んだ。
 五人は避難先から戻ってきた村長に報告をした。
 村に着いた直後に挨拶したときも思ったが、『村長』という単語を聞いて思い出す人物よりも大分若い――いささか若すぎる男だった。アイラスやランディムと同じぐらいに見えるのだから、二十歳になるならずといったところだろう。
「親が早く他界し、しかも一人っ子だった私は、ウィードが家族のように――妹のように思えてならなかったんです。……彼女は竜なのに、おかしいとお思いですか?」
 村長は金庫から二つの麻袋を取り出すと、一つを黒兎の手に乗せた。ずっしりと重いそれには、硬貨が入っているのだろう。
「これは報酬です。皆さんで分けてください。それと……」
 村長は黒兎に渡したものより大きい麻袋を机の上に置くと、向かい合っている五人にいたずらっぽく微笑んだ。
 すでにこの結果を予想していたのだろうか。
「このお金で、ウィードの願いを叶えてやってくれませんか」
「いらない」
 ぶっきらぼうな黒兎の一言。だが、その瞳には強い光が宿っている。
「お金なんていらない。僕はウィードさんの心が楽になるのなら、教団を……ギネルさんを殺そうとした人を、潰してくる」
「って、一番ちっこい黒兎が言うんじゃなぁ。男として、俺たちも行かないわけにはいかないよな」
 そう言ったランディムの表情は、楽しそうに見える。
「俺はディムの考えに従う」
 これはライカだ。
「私利私欲のためにいたいけな少女を泣かせる悪者は、のさばらせちゃおけねぇな」
 黒兎の頭に手を置いたオーマが言う。
「満場一致ですね」
 最後に、腰の釵に手を添えるアイラスが締めた。
 五人はその後、村長から教団の本拠地を教えられ、そこへ向かうことになる。

 + + +

「流石にこいつばかりは、ナインボールを簡単に取らせてくれそうにないな」
 教団が構える本拠地を前に、ランディムはそうこぼした。
 まるで要塞のような建物で、教会につきものの荘厳な雰囲気とは縁遠いようだ。石造りの五階建て、それこそ重要な要塞のように幾多の衛兵が配置されている。
 彼の言葉通り、攻略するのは容易でないだろう。
「怖気づいたか?」
「まさか! 逆だよ。やりがいがあって嬉しいぐらいだ」
 オーマの挑発的な言葉に、本当に嬉しそうに笑うランディム。肩にいるライカは、すでに銃を構えている。
「黒兎さん。危ないと思ったら迷わずに引くことも大切ですよ」
 アイラスは、彼の隣で不釣合いなほど大きい大剣を構えた黒兎に言ったが、口をきゅっと結んだ黒兎に睨み返されてしまう。
 巡回する兵が比較的少なくなったとき、五人は裏口へ向かって飛び出した。
「見せてやるよ……俺と相棒のコンビネーションとやらをさ」
「俺とディムが道を開き、同時に兵を引き止める。お前たちは教祖とやらを頼む」
「おう。じゃあ、お互い頑張ろうぜ」
 兵をなぎ倒しながら螺旋階段を駆け上がり、五階につくと、ランディムとライカが階下からやってくる兵を引き止めるためにそこに居残った。
 峰で教祖を打ち倒そうと大検を強く握りなおし、黒兎は目前に迫りくる大きな扉を睨む。
 あの中に、教祖はいるのだろうか。どちらにしろ、いてもいなくても見つけるまで暴れまわると決めていたが。
 三人で扉を蹴り開けると、豪奢な服を着て部屋の端で震える女が目に付いた。これが教祖だろう。
「チェックメイトです」
 アイラスの言葉と共に、黒兎は大剣を大きく振りかぶった。


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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PC
【1649/アイラス・サーリアス/男性/19歳(実年齢19歳)/フィズィクル・アディプト&腹黒同盟の2番】
【1953/オーマ・シュヴァルツ/男性/39歳(実年齢999歳)/医者兼ヴァンサー(ガンナー)腹黒副業有り】
【2767/ランディム=ロウファ/男性/20歳(実年齢20歳)/アークメイジ】
【2906/黒兎/男性/10歳(実年齢14歳)/パティシエ】
【2977/ライカ=シュミット/男性/22歳(実年齢22歳)/レイアーサージェンター】


NPC
【ウィード】
【ギネル】
【ルディア】


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■         ライター通信          ■
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こんにちは、糀谷みそです。
このたびは『白い翼竜による襲撃事件』にご参加いただき、ありがとうございました。
そして、納品が遅れてしまい大変申し訳ありませんでした……!
今回のノベルは、調査の段階で三種類のノベルに分かれています。
全種類を読むと、さらに面白いかもしれません。

『ランディムさんの指示に従う』とのことでしたので、そのような方向で進めたのですが……ちょっとやりすぎたかもしれません(汗)。
『ちま』という設定ですが、『ちま』の詳しい設定が分からなかったので、細かい描写は避けておきました。
クールなライカさんは、その外見と性格のギャップが微笑ましくて、楽しんで書かせていただきました。

ご意見、ご感想がありましたら、ぜひともお寄せください。
これ以後の参考、糧にさせていただきます。
少しでもお楽しみいただけることを願って。