<聖獣界ソーン・PCゲームノベル>


【砂礫工房】 捻れの塔の大掃除 - 2 -


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「今日も良い夜ですね」
 窓から暗闇に輝く星を見上げながらノエミ・ファレールは小さく呟いた。
 さらさらとノエミの長い暗闇に似た髪を、風が静かに揺らしていく。
 ほんの少しその風に当たっていたくて、ノエミは家をそっと出た。
 外に出て見れば、遥か遠くに瞬く星達が淡い光をノエミへと投げかける。それに小さく微笑みノエミは夜道を歩き出した。
 撫でていく風は柔らかくノエミの髪を弄び空へと舞わせる。そっと髪を押さえつつノエミは歩を進めた。
 特に行くあてなどなく、ただぼんやりと自分の今の状況を思いながら歩いていくだけ。
 そのうち、ノエミは目の前が揺らぐ感覚に襲われた。
「っ………此処は……」
 なんとか揺らいだ身体を立て直し、辺りを見渡せば見た事のある景色が広がっている。
 辺り一面砂の海。そして目の前にはオアシスの中に大きな屋敷が見えた。
「冥夜様……いえ、冥夜ちゃんが呼んでいるようです」
 前回も、同じようにノエミはこの砂漠へと迷い込んだ。その時、冥夜が呼んだから、と言ったのだ。きっと今回もノエミは冥夜に呼ばれたのだろうと予想する。
「それでは参りましょう」
 ノエミはすっと足を踏み出し、目の前にある屋敷へと向かったのだった。


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「はーい、イラッシャイマセ〜……って、ノエミだっ!」
 久しぶりっ、と冥夜は勢いよくノエミに抱きついた。それを優しく受け止めながら、ノエミは微笑む。
「お久しぶりです。冥夜ちゃん、また何か困った事がありましたか?」
「あははは〜……あったりー」
 ぽりぽりと頬を掻き、苦笑しながら冥夜が告げる。
「実はねー、今度は地下室の掃除をしないといけなくて」
「そうでしたか。私でよければお手伝いしますよ」
 ノエミの言葉に冥夜は瞳を輝かせる。ぱっと表情が明るくなるのを見て、ノエミは自分の言動が目の前の少女に喜びを与えている事が分かり嬉しくなる。
「本当!? えーと、とりあえず此処じゃなんだし。中入って」
 促されるままにノエミは応接室へと通される。
 しかし入った瞬間、冥夜とノエミは硬直した。ノエミは当然として、冥夜も硬直しているという事は知らなかったに違いない。
「し、師匠〜? 本物? いつ帰ってきたの? あぁ、えぇっとおかえりなさい。……一ヶ月ぶり?」
 戸惑いつつも冥夜は、目の前でソファにふんぞり返っている赤髪の男性に声をかける。ノエミは、あぁ、とその人物が以前冥夜から聞いていた冥夜の師匠である梓月だという事に気付いた。いつも行方が分からなくて冥夜が困っているという師匠。神出鬼没なのだという。
「オマエと会うのはその位かもしれんな。だけどな、オレは結構戻ってきてるぞ……」
「はぁ? ナニソレ! なんで帰ってきてるのに会わないで消えるかな」
 冥夜が憤慨するが、梓月はそれに目もくれず、ちらり、とノエミに視線を投げてくる。ノエミはそれに気付き姿勢を正すと軽く一礼し自己紹介をした。
「冥夜ちゃんの師匠の梓月様ですね。私はノエミ・ファレールと申します」
「ほぉ。アンタか、捻れの塔の掃除を手伝ってくれたと冥夜が言っていたのは」
 ニィ、と笑った梓月がソファから身を起こしノエミに向き合う。
「うん、そう。すっごい助かったの。…っていうか、師匠居眠りしながら聞いてたのになんで覚えてんの?」
「そりゃ、オマエと頭の構造が違うからな。それより…うちの弟子が世話になったようだ。オレからも礼を言おう」
「いえ……私も髪飾りを頂いてしまいましたし」
 もう御礼は頂いてます、と柔らかくノエミが笑うと梓月もつられたように微笑んだ。
「そうか。それで、今日は塔の地下に行くんだろう?」
「そうそう。って、だからなんで師匠がそのこと知ってんの?」
「だいたいオマエの行動は予想がつく。……ふむ」
 梓月にしては珍しく考えこみ、二人に含みのある笑みを向けた。
「し、師匠……なんかその笑み恐いんだけど……ナニ?」
「二人が地下に行くならオレも一緒に行くとするか」
「はぁぁぁぁ? なんで? どうして?」
 冥夜が素っ頓狂な叫びを上げる。その横で、ノエミもまた驚きに小さな声を上げた。
「別に可笑しくはないだろう? 弟子の働きぶりをチェック、といったところか。どの位手際が良くなったか見てやるよ」
「……え、梓月様も私と冥夜ちゃんの手際を見るために同行すると?」
「そうだ。ナニか問題はあるか?」
「いえ、特にございません」
 首を左右に振るノエミだったが、横で冥夜が騒ぎ立てる。
「えぇぇぇっ! 大アリだよっ! だって師匠来るとなんかとんでもないこと起こりそうだし」
「…冥夜、人を化け物か危険人物の様に言うな。…よし。話も決まった所で、さっさと行くぞ」
 よっこらせ、と梓月は首をこきこきと鳴らしながら立ち上がり、二人の脇を通り過ぎる。その時、梓月は冥夜の頭をぽんと軽く一叩きした。それに、むーっ、と頬を膨らませる冥夜。しかし隣にいたノエミだけは、その時に梓月の端正な顔に笑みが浮かんだのを見た。そしてノエミもそれにつられたように微笑む。なんだかんだと言いながら、この二人は仲が良いのだなぁと思いながら。


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 捻れの塔に着いた一行は、早速中へと入る。
 ノエミと冥夜は以前来た時と内部が変わっている事に気づき、部屋を見渡した。
「本当に毎回中が変わるんですね…」
「本当困っちゃうよねぇ」
 はぁ、と溜息を吐く冥夜。梓月は全くそんな事には興味がないのか、さっさと奥へと進んでいく。
「冥夜ちゃん、行きましょう」
 大きく頷き、ノエミと共に冥夜は梓月の後を追う。梓月が足を止めたのは奥にある壁の手前でだった。
 梓月の隣に立ったノエミはそこを眺め首を傾げる。
 そこには壁以外何もなかったのだ。地下への扉がある訳でも、何かのスイッチがある訳でもない。
「梓月様……ここになにか?」
「さぁて、お手並み拝見といこうか」
 ニヤリ、と意地の悪い笑みをみせる梓月。
「地下への入り口を探せって事?」
「それ位出来なきゃ先に進めないだろうが。見ててやるよ」
 本当に何も手を出す気がないのか、梓月は近くの壁によりかかり二人の様子を観察していた。
 冥夜とノエミはペタペタと壁を触る。何処かの煉瓦がスイッチになっているのかもしれないと思い、押してみるが壁はびくともしない。
「どこだろうねぇ……」
「でも梓月様がここに立ち止まったのは確か。多分、この付近が入り口に違いありません」
 そこで、ちらり、と視線を梓月に向けたノエミは動きを止めた。梓月は口に煙草を銜え、楽しそうに二人を見つめている。その光景にノエミは違和感を覚えたのだった。
 動きを止めたノエミを冥夜が見上げる。
「ノエミ、どうかした?」
「えぇっと……何か引っかかります……」
 何を不思議に思ったのかノエミは考え込む。この違和感はどこから来るのだろうと。
 暫く考え込んでいたノエミだったが、すっと瞳を閉じた。
 そして梓月を眺めた時の違和感を思い出す。
「……煙……」
 風など吹いていないはずなのに、梓月の銜えた煙草の煙がユラユラと揺れ、そして横へと流れていっていたのだ。入り口の扉は閉まっている。この部屋には窓はない。空気の流れにしてはその煙の流れは大きかった。この近くから風が流れているとノエミは感じる。
 そして瞳を閉じたまま向き合うと、目の前の壁の存在が消えた。そしてそこから風が吹き上げてきている事に気付く。
 ノエミは瞳を閉じたまま、前へと歩を進める。隣で冥夜が、ノエミ?、と声を上げたのが聞こえたが、ノエミはそのまま前へと進んだ。
 壁にぶつかるっ!、と冥夜は思うが、目の前でノエミの姿が消える。
「ふぇっ? し、師匠! ノエミがっ!」
「ったく、本当にバカ弟子だな。ノエミは先に進んじまったぞ」
 はぁ、とがっかりした声の梓月に冥夜は目を瞬く。
「先に進んだ……って? ここが入り口?」
「そうだ。せっかくオレがヒントをやったっていうのに、気付いたのはノエミだけか」
 梓月は冥夜の両目を自分の手で覆ってしまう。
「どうだ?」
「壁が消えたよ、師匠!」
 ほらさっさと進め、と梓月は冥夜の目を隠したまま自分も壁を通り抜ける。どうやら目で見た時には存在があるように見え、質感もあるのに、瞳を閉じて息を殺すと、そこに本当の入り口が現れる仕組みになっているようだ。気付かない者はずっと気付かないだろう。

「冥夜ちゃん」
 ノエミはほっとした表情を浮かべ、二人を向かえる。何度か試してみたが、中から出ようにも一度入ってしまうとそこから出る事は適わぬようだった。
「ノエミ、すっごーい。壁にぶつかっちゃうと思ったのに」
「梓月様のヒントがあったからです」
「うちのバカ弟子はさっぱり気付かなかったけどな」
「ううっ……バカ弟子って……バカ弟子だけど……ううっ」
 冥夜が小さく唸る。そんな冥夜の頭をノエミは優しく撫でると、先に進みましょう、と声をかけた。
 ノエミが先頭となり、地下へと続く階段を下りる。その途中には何も特別な仕掛けは存在せず、一段降りるごとに勝手に両脇の蝋燭の灯りだけがついていくのが印象的だった。
 そして一同は一本の長い廊下へと辿り着いた。しかし明らかにその廊下には青白い火花が散っていた。ここの掃除はどう考えても無理だろう。それに埃が溜まっている様子も見えない。
「これは……電撃床ですか……」
「あー、確か稲妻の回廊とか言ったような気がするな」
 さて、どう進む?、と再び意地の悪い笑みを浮かべる梓月にノエミは告げた。
「冥夜ちゃんは確か飛行出来ましたよね。梓月様も飛行は可能ですか?」
 あぁ、と頷く梓月にノエミは、それならば大丈夫です、と言う。
「では、梓月様と冥夜ちゃんは飛行しあちらまで行ってください。私にはこれがありますから」
 そう言って、ノエミはベイオウルフを目の前に掲げて見せた。ほぅ、と感心した様子で梓月はノエミを眺める。
「では先に行くか」
 ついっ、と浮いた梓月はさっさと稲妻の回廊の先へと舞い降りる。冥夜もその後を追い、奥へと辿り着くとノエミを呼んだ。
「ノエミー、大丈夫ー?」
「はいっ。それでは参りますっ」
 ベイオウルフに力を込め、体内の魔力を一時的にあげる。魔力で身体能力を上げて速度上昇させ、ベイオウルフにも魔力を込め、ノエミは一気に稲妻の回廊を突破する。
 瞬時に隣へとやってきたノエミに冥夜は拍手喝采だ。梓月は面白いものを見た、と楽しげだ。
「お待たせしました。進みましょう」
 次は……、とノエミは先にある扉に目を向け言葉を失う。目の前には透明な扉があったが、その向こう側は突然水路になっているようで、天井まで水がいっぱいになっていた。ノエミの様子を見て、冥夜は苦笑する。
「あはははは……なんか掃除っていうかもう冒険になっちゃってるけど気にしないで。それにほら、なんていうの? 水を流せば全体的に綺麗になるよねっ!」
 確かに水で流せば綺麗になるだろう。目の前の水路いっぱいの水を流しさえすれば。しかし背後には稲妻の廊下がある。水がそこに流れ込めば、あっという間に水のある床全体が電撃床に変わってしまう。
「確かに綺麗にはなるとは思いますけど……」
 とりあえず策を考えようと、ノエミは現状を把握するべく透明な扉へと近づく。綺麗な水のようだったが、その量は半端ではない。遥か遠くに水路の終わりが見えるが、上も下も終わりが見えない。
 どうしたものか、と思案するノエミに冥夜が声をかけた。
「ねぇねぇ、ここ、ここから何か見えるんだけど……」
 小さな部屋になっていたそこの壁に罅が入っており、そこを覗いた冥夜がノエミを手招きする。
 ノエミはその穴を覗き込み首を傾げた。
「これは……もしかしたら水量調節機か何かではないでしょうか」
 梓月もそれを確認し頷く。
「だろうな。塔が間違ってここに壁を配置したのか、それとも元々こんな風な作りだったのか……」
 どっちでも構わないが、と梓月は飄々と告げる。
「師匠、これさー、どっかーんって壊せない?」
「別に構わないが。……これ位は手伝ってやるか」
 離れてろ、と梓月は二人を、しっしっ、と手を振り後ろへ下がらせる。
 そして耳に付けていたピアスを取り、それをぽいっとその隙間に放り込んだ。そしてノエミ達を覆うように広げたマントを被せる。
 軽い爆発音が聞こえ、マントを退けられたノエミ達は大きく穴の空いた向こう側に機械を発見した。壁には音の大きさからは考えられない程の穴が開いている。二人が被せられたマントには消音効果のようなものが付いていたに違いない。
「わぉ。師匠すっごーい」
「誉めてもイイコトなんて一つも無いぞ。ほら、さっさと進むんだろう?」
 そうでしたー、と冥夜はノエミと共に機械へと駆け寄る。しかしその機械には肝心のハンドルが付いていなかった。
「あちゃー。えーと、えーと……ちょっと待ってね」
 冥夜は何時も持ち歩いている鞄を開けると、よいしょ、とハンドルをいくつか取り出す。
「どれか合うと良いんだけどー……」
 ノエミが合いそうなものを選びそれを取り付ける。何個目かにしてようやくハンドルが合った。
「これで良し。あとは……」
 こちらですね、と機械の表記を確認し、ノエミがハンドルを回す。力を入れて回すと、なんとかノエミの力でもそれは動いた。
 もう動かない、というところまで回すと、大きな音が隣から響いてくる。だんだんとその音が大きくなり、下がっていくのを感じる。
 三人は機械のある部屋から出ると、先ほどの透明な扉の前へと向かった。
「階段が出来てますね」
 水と光の屈折で消えていたのだろうか。先ほどまでは全く見えなかった階段が下の方まで続いていた。
「本当だー。これって下に行くしかないんだよね」
「オマエだけ上に行って良いぞ。オレは下に行くが」
「ちょっ……! なんで、一緒に下に行くぞ、とか言ってくれないのかなぁ」
 ブツブツと文句を言う冥夜だったが、本気で怒っている訳ではないらしい。すぐに先に降りたノエミ達の後を歩いてくる。
 水の消えた水路の一番下まで着いた三人は上を見上げた。そこには透明な空間だけが広がっており、終わりが見えない。
「ここに水が入ってたなんて思えないね」
「そうですね。…さてと。次はどんな部屋なんでしょう」
 少しだけ楽しみです、とノエミは冥夜と笑い合う。
 そして次の部屋への扉を開き、先に飛び込んだ冥夜は埃を吸い込み咽せた。ノエミは口元を押さえて中へと入る。顔を少しだけ蹙めながら辺りを見渡すと、そこはどうやら書庫のようだった。壁に配置された本棚には隙間なく本がはいっており、そして机の上にも床にも本が山と積み上げられている。
「凄い量……」
 未だに咽せていた冥夜は鞄から何かを取り出し、床に並べた。
「ごほっ……はっくちゅ……うー……憎い……埃が憎い……」
 涙を浮かべたまま、冥夜はノエミと梓月にマスクを渡す。そしていきなり宙に浮かぶと、二人がマスクをしたのを確認し、天井の方から埃を払い始めた。梓月は後ろ手で扉を閉め、外に埃が飛ばないようにする。ノエミは落ちてきた埃を置いてあった箒で掃き始めた。
 前回の事もあり、二人の手際は良い。感心感心、と梓月は頷きながら、奥へと続く扉に視線を向けた。その入り口には一枚の張り紙がしてある。
「おい、二人とも。この奥が最深部らしいぞ」
 梓月の上げた声に二人は手を止め傍へとやってくる。そして張られている紙を見た。
「この奥へは『鍵の本』が無いと行けないのですね」
「えー、こんな雑多に置いてあるトコから探すのー?」
 冥夜の悲痛な声が響く。しかし梓月はそれを無視し告げた。
「掃除しながら探せば楽だろ。オレも手伝ってやる」
「はい。三人で探したらきっと早く見つかります」
「そうだね。ノエミの言う通り。よしっ! 気合い入れて探すぞー!」
 ぐっ、と冥夜は握り拳を掲げ気合いを入れると掃除をしながら探し始めた。
 各が片付けながら探し始めて数分。
「これか?」
「これですか?」
「これかなぁ……」
 三人が『鍵の本』と書かれた本を手にしていた。鍵の本は合計三冊。
 無言のまま三人は本を開く。すると扉の隣にあった机の上に一冊の本が浮かび上がった。
 その本にも『鍵の本』と書かれている。
「あちらが本物ですね」
「そのようだ」
 張り紙には【鍵の本を早口で読め】と書いてあった。
 鍵の本を三人で覗き込む。そこには不可思議な文字が並んでいる。それを前にし、梓月と冥夜は首を傾げた。二人も見た事のない文字だったのだ。
 しかしノエミの脳裏にはその内容が浮かんだ。
「ノエミ読める?」
「えぇ。一度読めば良いのでしょうか……」
「良いと思うが」
 やってくれ、と梓月に促されノエミは脳裏に浮かんだ言葉を早口で告げる。
 すると扉が一瞬光り、すぐにその光りは消えた。
 カチリ、と何かが開く音が聞こえる。
 三人は顔を見合わせ、一番扉の近くにいたノエミがその扉を開いた。
 微かな音を立ててその扉は内側へと開き、三人を迎える。
 その扉の向こうには古ぼけた少女の人形が揺り椅子に腰掛けており、三人を出迎えた。
 しかしその人形は動く事はない。
 長い年月がそうさせたのか、少女の服はボロボロで、顔は煤だらけだ。しかし丁寧に作られたのだろう。服の縫い目などはしっかりしており、顔も拭いてやれば元の質感を取り戻しそうだった。
「独りぼっちで此処に居たのですね」
「これは……試作品だな。動く人形の。オレが作ったんじゃないが……」
「師匠、この子前は動いてたの?」
「あぁ、多分な」
 その言葉を聞いたノエミは小さく呟く。
「また……動く事はあるのでしょうか」
 再び命が芽生える事はあるのでしょうか、とノエミが告げると梓月は優しく目を細めた。
「どう思う?」
「私は……動いて欲しいと思います。もし動かないのだとしても、此処に一人っきりで置いていきたくはないです。一人は淋しいですから」
「そうか」
 くつくつと笑い、梓月はその古ぼけた人形を抱き上げた。
「師匠?」
「ぁ? どうした? もう此処には用がないだろう? さっさと引き上げるぞ」
「えっと、ちょっと……その子どうするの?」
「連れて帰る」
「あの、その子は……」
 ノエミが心配そうに声をかけると、梓月が笑って腕の中の人形を見つめる。
「良い奴に見つけられたな、オマエ」
「ぇっ……」
「アンタはかなりお人好しだが、オレは悪くないと思う。この人形はオレがちゃんとメンテナンスしてやるよ。コイツは此処でノエミが来るのを待っていたのかもしれない」
「えっと……」
 ノエミが返答に詰まっているのを気にせず、梓月は人形を抱いたままさっさと部屋の奥の扉を開き出て行った。その後を冥夜が追いかける。
「師匠、なんでそっちから……あ、そっか。さっきの入り口こっち側からは抜けられないんだっけ……って、チョット待ってよ、師匠! あー、もうっ! ノエミ、行こうっ!」
「はい」
 ノエミは冥夜に手を引かれるままに走り出す。
 三人は長い階段を上り、地上へとたどり着いた。


------<4>--------------------------------------

 今回も埃まみれになったノエミと冥夜はシャワーを浴び埃を流す。
 シャワーを浴びて出てきた冥夜は応接室できょろきょろと辺りを見渡した。
「あっれー? 師匠は?」
 先にシャワーを浴びて髪を乾かしていたノエミは、埃まみれのまま人形を抱いて何処かに行った梓月の事を告げた。
「あー、じゃぁそのまま師匠の部屋に行ったのかも。師匠の部屋にはバスルームついてるし。あと工房も」
「……工房?」
 うん、と冥夜は頷き髪をタオルで拭き始める。
「あのねー、師匠の趣味部屋だから好きな時に好きな事ができるように、なんか全部くっついてんの。バスルームも工房も全部。暫く出てこないと思うよー」
 そんでそのまま消える事も多々あり、と冥夜はがっくりと肩を落とす。その様子をノエミは笑いながら言う。
「本当に…不思議な方ですね」
「不思議を通り越してるんだってば。あぁ、でも久々に見たな。師匠のあんな顔」
 ノエミが首を傾げると冥夜が嬉しそうに口を開いた。
「人形に、良かったな、って言ってた時の師匠の顔。すっごい優しい表情してたでしょ。ノエミの返答が多分よっぽど嬉しかったんだろうねー」
「そう、なんですか?」
「うん。アタシも滅多に見れないよ。師匠が此処に居る事自体珍しいし。ノエミってば結構運が良いかも」
 本当ですね、とノエミは冥夜に優しい笑みを向ける。
「今日は本当にありがとう! あ、今度はさ、動いてるあの子に会えると良いね」
「そうですね」
 ノエミは先ほどの一人きりで閉じこめられていた人形を思い出し、再び動き出す事を祈る。
 この店にやってくるのも運次第。店主に会うのも運次第。
「また、会えると良いですね」
 運が良ければ、とノエミは小さく呟いた。



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■登場人物(この物語に登場した人物の一覧)■
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【整理番号/PC名/性別/年齢/職業】

●2829/ノエミ・ファレール/女性/16歳/異界職

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■□■ライター通信■□■
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こんにちは。 夕凪沙久夜です。
今回もお掃除に来てくださりありがとうございました。
今回は梓月も一緒にということで、このようなお話になりましたが、楽しんで頂ければ幸いです。
またお会いできますことを祈って。
今年もどうぞよろしくお願い致します。