<聖獣界ソーン・黒山羊亭冒険記>


『婚約者を取り戻せ』




【オープニング】

「頼む、どうか強力な力を持つ人材を紹介してくれ!」
………事の発端は、そんな台詞と共に駆け込んできたある男の来訪だった。

金髪碧眼に、人の目を惹くのは意志の強そうな瞳。

腰に下げた長剣は、まさか飾り物ではないだろう。

そしてまた、それらと同じくらい気になるのは―――男の全身の傷だった。

(……何か、わけありみたいね。それも大変な)
男をさっと観察してそう結論しながら、エスメラルダが口を開く。
「…どうしたの?そんなに急いで……何があったのか、ちゃんと話して頂戴」
「あ、ああ……すまない、私としたことが」
短くエスメラルダが半眼で問い詰めると、男は存外素直に話を始めた。


聞けばこの、レアルスという男。かなりの実力の剣士らしい。
賞金稼ぎで生計を立て、最近は近隣の盗賊団の頭領を生け捕りにもしたとか。
婚約者との結婚も控え、幸せの絶頂だったようである。



――――――頭領を捕らえられたことを恨んだ盗賊団に、婚約者を攫われるまでは。


「そういうわけで、強き者の助力がいる……」
「……成程ね」
彼の真剣な言葉に、エスメラルダはゆっくりと首を縦に振った。
「ええ、何人か心当たりはあるわ……負傷した貴方の同行を許すかどうかは、知らないけどね」
「……………そうか」
そう云って彼女は酒場を見回し、適当な人材が居ないか探し始めた。




その場面から、この物語は始まる。







【協力者たち】

「婚約者が盗賊団に攫われたって?そいつは頂けねぇやな」
「確かに……丁度居合わせることが出来て良かった。一刻も早く救出に向かった方が良いでしょう」
―――エスメラルダが適当な人物を選ぼうと周囲を見回したとき、彼らは既に其処に居た。
「……あなた達、居たの?」
図ったようなタイミングでレアルスの前に現れた彼らを見て、思わず彼女は嘆息する。
オーマ・シュヴァルツ。
そして、アイラス・サーリアス。
どちらもこの店常連の腕利きで、いかにもそういった手合いらしく―――個性的な二人だ。
「おいおい、当然だろ!?もうすぐ下僕主夫になろうってぇ男が助けを求める状況に居合わせないようじゃ、それは最早俺じゃねぇのさ……」
「まあ、それは置いておいて。僕等も結構な頻度で此処に足を運んでいますからねぇ」
エスメラルダの嘆息交じりの言葉に、大仰に肩を竦めて見せるオーマの横で、落ち着いてアイラスがコメントする。
「エスメラルダ女史、彼らは……?」
「ああ、心配しないで。腕は立つから……用心棒として雇うなら、文句の無いレヴェルよ」
「…そうか」
エスメラルダの返事に安堵の息をつき、彼はオーマとアイラスへ向き直る。
「私の名はレアルス・フィアルアート。依頼は、君達も聞いていた通りの内容だ……どうか宜しく頼む」
「ええ。全力は尽くさせて頂きますよ、レアルスさん」
頭を下げる彼に、やわらかにアイラスが微笑みかけ、
「まあ、未来の下僕主夫目指しマッチョ★っつーならよ、惚れた嬢ちゃんはてめぇの腕と想いでガッツリ抱きとめてやらねぇとな?」
そしてまた、オーマが気持ちの良い笑顔で彼に笑み、肩をこつんと叩く。
「ああ……そうだな。その通りだ。私は絶対に、彼女を取り戻す…」
頭を上げたレアルスは、久し振りに笑みを浮かべて頷いていた。
彼は一度だけ頭を振り、何か宣言するように強く二人に向かって呟く。
「君達二人が味方してくれるだけでもかなり心強い。やりようによっては、なんとか――――」
「否、三人だ」
その、瞬間。
彼の声を何者かが遮った。
慌ててレアルスが声の主を探して周囲を見渡すと………近くの卓に、いつのまにか。
鮮やかな黄金の髪を伸ばした女性―――キング・オセロットが、煙草に火をつけながら優雅に座っていた。
「あら、貴女も居たのね?この店は案外皆に好かれているみたいだわ」
「無論だ、エスメラルダ。なにやら厄介事が発生しているようではないか…私も手を貸そう」
すらりと、オセロットが立ち上がってレアルスに近付く。
「助かる、私は…」
「そちらの状況は把握している。そしてとりあえず、一言だけ言わせて貰おう」
感謝の言を紡ごうとするレアルスを、す、と右手を翳してオセロットが遮った。
「負傷した人間は、3人の手を煩わせる。貴方ほどの手練なら、理解もしていよう?」
「………それは」
「遊びでも、伊達でも、酔狂でも無いのだろう?良く考えることだ」
敢えて苦言を呈するオセロットの言葉はしかし、正確であった。
重傷ではないにしろ――――果たして自分は、満足に戦闘に参加できるかどうか。
「どうするかは、他の者に任せよう。私は全力で事に当たるだけだ」
「そうですね…案内役として、是非とも付いて来て欲しいところですが……」
「く………」
レアルスが、慙愧の念に耐え切れずぎり、と歯噛みした。
彼もまた戦闘者であり、現状の自分が役者不足であることをひしひしと感じていたからだ。
「そりゃ、応急処置にも限界はあるがよ…同じ男として、理屈よりもコイツの意志を尊重させてやりてぇな。件の婚約者だって、絶対に自分の好きな男の助けを待ってるさ!」
皆が悩み始める中、どんと卓を叩いて主張するのはオーマだ。
彼はなんのてらいもなく、レアルスの同行を是として認めている。
「それは、そうですがね……まあ、サポートをつければ何とかなるでしょうけれど……」



「あら。それならば、私にお任せ下さいな」

「買い物帰りに寄ってみたのですが……お話は聞きました!あたしもお手伝いしたいです」



状況が膠着しかけた酒場に、そう、新たな者の声が響いた。
誰だろう、と一同が酒場の入り口を振り仰ぐと、果たして其処には二つの人影。
一人は、腰まで届く銀の青髪を伸ばした小柄な少女。
一人は、青の髪に青の瞳を持った、細身の女性。
メイと、シルフェだった。
「人様を逆恨みすると言う悪逆非道、あたしも神様も赦しはしませんっ!レアルス様もごいっしょに行きましょう。たとえ虫の息だとしても、婚約者を助けるのに自分はベッドの上、などという勇者にあるまじきものですっ!」
どうやら本当に話を全て聞いていたらしい。メイが、熱っぽく語りながらレアルスの手を取る。
「そ、そう言って貰えるのは嬉しいが……いかんせん、今の私は足手まといでは…」
「ああ、それなら大丈夫ですよ。私が癒して差し上げます」
躊躇いがちにメイに答えるレアルスに向かって、柔らかにシルフェが微笑みかける。
「本当か!?」
思わず強く訊いてしまうレアルスに、ええ、と彼女は肯定する。
「恋人を助けに行くなんて素晴らしいです。でも無茶は駄目ですよ?………さあ、治療致しますから傷を見せて下さいな」
「ああ……しかし、それは…」
「あ、恥ずかしがっても駄目ですからね。脱がないと頭からお水が降るかもしれませんし…ね?」
「う………」
心なしかがっくりとして、レアルスが服を脱ぎ始める。
「よーし、それじゃ姫君奪還の始まりだ!燃えてきたぜっ!」
「ええ、頑張りましょう!あたしたちの手で盗賊団を一網打尽です!」
そんな傍らで、既にテンションが上がり始めているオーマとメイが、えいえいおう、と鬨の声を上げ。

――――――ここに、レアルスの味方をする五人の者が集った。











【そして、盗賊団の住処へ】

「ただいま帰りました〜」
そう言いながら、メイが空中からその身を地上へ降り立たせる。
―――――既に此処は、盗賊団【蒼き山刀】のアジトの近辺。
一向は周辺の地理を把握しているレアルスを先頭に、トラップと見張りに注意しながら進んでいる。
そんな状況の中、空を飛べるメイが更なる情報収集を望んで敵の把握に努めていた。
「空から確認できた限りだと……見張りはこれらの場所に居て……アジトは、此処でしたね」
広げられた地図を見ながら、メイが手に入れた情報を正確に書き込んでいく。
「成程……さて。それではこれから、どうしましょうかね」
「陽動なんてどうでしょうか?」
ふむ、と考え込むアイラスに、メイが小さく挙手しながら意見する。
「地の利と人数の分あちらが有利なのですから、敵が注目するであろうレアルス様に囮になって頂けば…」
「……悪くないな。それでアジトの守りが手薄になれば都合が良い。見張りを一人だけ残して全て無力化した後に、わざと見つかれば……或いは」
同じく地図を覗き込んでいたオセロットが、賛同する。
「それでは、その作戦で行こう。私も頃合を見てアジトへ向かうとする」
「そうです!やはり婚約者の方は、レアルス様が助けなくては!」
そう言って大きく頷いたレアルスに、メイがこくこくと同意した。
「大分無理をすることになるかも知れん……いざと言うときのために、回復役とその護衛が欲しいな」
「ならば、癒し手のシルフェさんに……メイさん、レアルスさんの護衛をしてくれますか?」
「ええ、承りました!私に任せて下さい!」
アイラスの提案にメイも快く頷き、作戦が纏まった。
「……そういえば、先ほどからシルフェとオーマの声が聞こえないのだが……」
と、レアルスが地図を覗き込んでいる面々が足りないことに気付く。
(何処に行ったのだ?)
そう心配になり、探そうと立ち上がった時。
丁度良く、声が聞こえてきた。
「おお、トラップ発見だ!こんな無粋な物ぁ、俺の父愛キャッチ大胸筋ビームで破壊してやるぜ!」
「あらあら、凄いですねぇ」
「応ともよ、俺の下僕主夫ミステリー毒電波の探知から逃れられる罠なんてのは一つも無ぇ!代わりに薔薇マッチョアニキ天使降臨し、熱い悶絶抱擁贈る桃色具現罠を設置しておいてやる……!」
「あらあら、凄いですねぇ」
「………」
そのような会話を繰り広げながら。
少し離れたところで、オーマとシルフェが騒いでいた。
思わず沈黙し、三秒ほど硬直してからレアルスが皆の方を振り向く。
「彼の探知能力は、信頼しても良いのか?」
「ツッコミなんざ腹黒ナンセンスだぜ、レアルス!」
「うお、いつのまに私の背後にまで来たのだ!?」
「なに、真の下僕主夫にとってはこの程度――――楽勝だ!」
「説明になっていない気がするのは私だけか!?」
神速の勢いでレアルスに接近し、がっしと彼の肩を掴むオーマ。
「………まあ、罠に関しては大丈夫だろう」
「そうですね。彼も、ちゃんとやることはやりますし…」
沸かしていた茶をカップに注ぎながら、オセロットとアイラスがそう呟いた。








【敵】

「副頭領、見張りの一人がレアルスの野朗を見つけました!」
「………そうか。へ、案外に早かったじゃねぇか」
息を切らせて部屋に入ってきた部下の言葉を聴いて、彼は軽く鼻を鳴らす。

―――――ここは盗賊団【蒼き山刀】の本拠地、その中でも最も広い部屋。

そこには頭領を捕獲された怒りに燃える盗賊達が集まり、ぎらぎらと眼を光らせていた。
「よし………それじゃ、始めるとしようじゃねぇか」
そう言いながら、部屋の奥に居た男――先程、副頭領と呼ばれていた――が立ち上がる。
彼は一息だけ吸い、そして部屋中に聞こえる声量で叫んだ。
「良いか手前等、ついに俺等の頭領を捕らえた正義の剣士様が来訪だ!気合入れて捕獲して、後悔と恥辱に塗れさせて殺してやろうじゃねぇか!!くれぐれも失礼の無いよう、丁寧になぁ!!?」
「「うおおおおおおおお!!!!」」
す、と手を翳しながら発した号令に、数十人の荒くれ者が賛同し、大きく叫んだ。
「俺らの庭で追いかけっこすることがどんなに愚かしい行動か教えてやれ!さっき言ったように捕獲が望ましいが、最悪殺しても構わんぞ!!」
そう命令しながら、彼はちらりと、部屋の隅を見る。
そこには、美しい金髪碧眼の女性が、縛られたまま。恐怖に怯えきった様子で座っていた。
言うまでもない。彼女が、レアルスの婚約者である―――――
「……愛しの剣士様、正義の英雄様の生首でも見れば、この女も随分と可愛らしくなるだろうからなぁ!それはそれで、俺達の溜飲も下がるってなもんだ!」
「「おおおおおおおおお!!!」」
「や、やめて!」
下品な哄笑に耐え切れないといった様子で、ついに彼女は口を開いて懇願する。
「……あん?」
「私を殺すなり、辱めるなり好きにすれば良いでしょう!?レアルスには手を出さないで!」
「ふん………そいつは却下だ」
彼女の言を鼻で笑いながら、副頭領は小首を傾げ、指を数回振ってみせる。
「あのなぁ。何故俺たちがアンタを殺さず、汚さずに、そうやって座らせていると思ってんだい?……それはな、絶望を大きくするためなんだよ」
「……それは」
「実は既に死んでいた、じゃ温いのさ。良いか?理想のシチュエーションはこうだよ―――目の前には、『奇跡的に』何の手も出されていない、美貌の婚約者が居る。もしかしたら彼女を取り戻し、平穏を手に入れられるかもしれない……そんな淡い期待を、最大限に、最大級に抱かせるのさ」
「………!」
彼らの「趣向」を理解したのだろう。
彼女の顔が、歪む。
「そう、そうだ。そこで、その場面でアンタは死ぬのさ。汚されるのさ!」
「貴方達は……なんて酷い……」
「ふん……まあ楽しみにしてろって。アンタは死ぬ前に、ちゃあんとレアルス様に会えるんだからな。死体かも知れないけどな!?あはははははは!!!!」
「………」
彼らは狂っている。正真正銘の悪人だ――――そんなことに、やっと気付いた。
しかし悲しいかな、自分は愛するレアルスのように強くは無い。
「お願い……誰か……」
頬を涙が伝う。
いつしか号泣し、嗚咽を漏らしながら、それでも彼女は一心不乱に祈っていた。
「誰か、この悪夢のような現実を止めて下さい………」
そして、嗚呼。
それが叶わないだろう願いである事を、彼女は心のどこかで覚悟していたのだが。










【戦闘の開幕】

「居たぞ、レアルスだ!」
「捕えろ!もしくは殺してしまえ!!」
(またお出ましか……これで、何回目だ?)
背後から聞こえてくる雄叫びを聞きながら、レアルスは冷静にそう考えた。
右手に相棒の長剣を持ちながら、彼は森林の中を走り抜けていく。
そして――――木々のカーテンの途切れる、開けた場所で立ち止まった。
「へっへっへ……レアルスよぉ。覚悟するんだな!」
「……ふん」
下卑た笑みを一様に浮かべながら距離を詰めてくる敵を、彼は一笑した。
「戯れるな、下郎共……」
「何だと!?」
「私の婚約者を攫った罪は、最早度し難い―――来るが良い。相手をしてやる」
「……舐めるな、貴様!!」
レアルスの毅然とした態度を見て、彼らは頭に血が上る。
そして怒り狂った盗賊達が山刀を振り回し、レアルスに襲い掛かった!
「ふっ……!」
レアルスは身を沈め、最初の一人の一撃を回避。
「せあああああ!!」
だん!と強く強く大地を踏みながら、その勢いのままに剣を跳ね上げた!
攻撃をかわされ体勢を崩していた男の身体に斬撃が吸い込まれ――深々と傷つける。
どう、と、早くも一人が倒れ臥した。
「ちぃ…」
「どうした、その程度か!」
「へ、つ、強がるんじゃねぇぞ……手前の身体はもうボロボロじゃねぇか!」
鮮烈な視線で敵を射るレアルスに怖気つきながらも、山賊はそう悪態をつく。
そう。山賊の一団との戦闘は、既に数回に及んでいた。
治りたての身体を酷使しているレアルスの体調が良いはずも無い―――
「もう終わりだな、観念しろ!」
「ふ……甘い考えだ」
恐怖を振り払わんと、必要以上の大声で怒鳴る彼らをレアルスは嘲笑する。
「私とて、一人で戦っているわけではない」
「何だと!?」
「知らないとは哀れなことだな……山賊共よ」
そう呟きながら、彼は再び剣を構える。





「私には、強い味方が居るのだ」





そう彼が力強く宣言した瞬間、山賊の背後から「何か」が躍り出る!
「なっ……」
「遅いです!」
空を駆けながら叫ぶのは、純白の翼を持つ白き少女―――メイだ。
奇襲に成功した彼女はその機動性を以って敵を次々と無力化し、倒していく。
「人様を逆恨みする悪人は、許しません!」
………山賊が目を見張り、慌てふためいて振るう攻撃は一つとして彼女に当たらない。
対照的にメイは、己の得物が大鎌『イノセントグレイス』を鋭く、正確に一閃する!
「ぎゃあああああ!?」
その悲鳴を聞いて焦燥を募らせ、メイを倒そうと別の敵が駆け出すときにはもう遅い。
彼女は空へ高く高く飛翔し、そして駆け抜け、既に影も形も無いのだから。
「くそっ、どういうことだよ!?レアルスは一人で戦う人間じゃなかったのか!?」
「ああ、そうだな。私はそういう男だった」
「しまっ――――レアルス!?」
追い詰めていたはずがいつしか追い詰められる立場に変わり、男達は恐怖する。
所詮、彼らは弱者を嬲ることにしか己の性能を発揮できない………
「だが、そう………先程も言っただろう?今回は、心強い味方が居るのだと!」
「く……くそおおおおおお!!」
眼に涙さえ浮かべながら脱兎の如く逃げ出す、最後の一人。
レアルスが逃すはずも無い――――容易くその背後に剣を振るい、無力化する。




味方に死者の一人も出ることなく、レアルスとメイは数回目の勝利を収めた。
「レアルス様、大丈夫ですか!?」
「メイか……ああ、大丈夫だ。君のお陰でどうにか勝利できた。ありがとう」
「いえ、そんな……それより傷を!」
「ああ。私もまだまだ未熟だな……シルフェ!」
「はい、お呼びになりましたか?」
傷の痛みに顔をしかめながらレアルスが声を上げると、近くの茂みがかさりと揺れた。
その中から、ひょいとシルフェが顔を出す。
「すまない、治療を頼む」
「ええ、承りました」
レアルスの頼みに快く応じて、近づいてきた彼女は微笑みながら治療を開始する。
「申し訳ない……本来なら君の安全を考えて、このような場所に同行させたりはしないのだが……」
「それは仕方ありませんわ、レアルス様」
何処までも穏やかに。彼女の言葉は、それ自体が全ての事象を鎮めるが如く、響く。
「無事に恋人を助け出せないようでは、私も悲しいですもの……さ、終わりましたよ」
「……ありがとう」
治療を受けたレアルスが立ち上がり、軽く身体を動かす。
――――この身体もまだ、暫くは戦闘に耐えよう。
「大分敵を蹴散らしましたね。そろそろ、あたしたちも敵のアジトへ行きますか?」
「ああ。敵の規模から考えても、これだけ敵を削れば充分だろう……では、私たちも先行しているオーマ達に合流するとしよう」
「了解です、頑張りましょう!」
「頑張って下さいね〜」
メイの台詞に頷いて、彼は再び立ち上がる。そしてまた、シルフェとメイも。
彼らは前方へと歩みだし、森の奥へと消えた。
婚約者を、取り戻すために。





【決着】

「ふ、副頭領!大変です、レアルスの方へ向かわせた奴等が全滅しました!」
「……なんだと!?馬鹿を言うんじゃねえ!いくら強かろうが相手は一人で、手負いだろうが!」
人数の大分減った部屋で、期待とは全く違った報告を受けて副頭領が顔を強張らせる。
……………既にその想定が間違っていることを彼は知らない。
ただ現実に起こった不条理に身を震わせ、舌打ちすることしか出来なかった。
「ど、どうしやすか?アジトの守りが、大分薄くなって…」
「んなことぁ手前に言われなくても分かってるんだよ!」
(なんて醜態だ……どうする?【蒼き山刀】があんな野朗に全滅させられるわけには……!!)
無能な部下を叱りつけながら、彼は起こりつつある最悪の事態に身を震わせていた。
「くそっ……まだだ、まだ手はある!」
己を鼓舞するように口に出しながら、彼は部下を呼び寄せる。
「どうせ相手は女を助け出しに此処に来るんだ…あの女をしっかりと確保しておけば何も恐く無ぇ!」
「………っ!」
部屋の隅に居る女へ視線を送りながら、彼は続けざまに呟く。
(そうだ……そうだよ、切り札はこっちにあるんだぞ……)
ようやく落ち着きを取り戻し、なんとか泣きそうな顔で笑おうとする。
――――そんな考えすら直ぐには出てこないほど自分が狼狽していることに、彼は気付いていなかった。
それでも彼は打開策を思い出し、その場で出来うる最善を尽くそうとする。指導者故に。



……だが、悲しいかな。



「よし、女を部屋の中央に持って来い!それから守りを……」
「させねぇよっ!」



闘いの軍神も幸運の女神も、彼には微笑まなかった。




「だ、誰だ!?」
知らぬ声に、型通りの声を上げてしまう副頭領。
次いで聞こえた、だん!と扉を破る音に注意が向き、そこを見る。
「貴様、なにも……」
そこで。
思わず台詞を呑み込んだ。



扉から部屋に突っ込んできたのは人ではなく、小さな銀色の獅子となったオーマであった。



「どけどけどけぃ!躍動する親父愛を内に秘め、銀獅子様がお通りだぜっ!!!」
「うわあああ、喋った!なんなんだコイツはぁぁぁ!?」
レアルスの奮闘を聞いて浮き足立っていた一団が、容易く混乱に陥る。
そこに―――――
「個々の練度が甘い。頭領の躾とやらを疑いますね」
「全くだな。一気に行くぞ!」
やや遅れて、アイラスとオセロットが突入した。
辛うじて反応できたのは、この時点で副頭領と他数名だけである。
「いかん、人質を確保しろ!」
「させるか、愚か者――――」
どうにか人質を確保しようと走り出した数名の盗賊も、行動を達成できない。
銃声が鳴り響き、収まったときには盗賊の足元に弾痕が穿たれている!
その隙を見計らい、オセロットが一気に目標の女性へと距離を詰めた。
「失礼、貴女がレアルス氏の婚約者か?」
「え……あ、ええ……そうです。さ、サリアと申します」
凄まじい場面転換に付いて行けず、オセロットの問いにおっかなびっくりと、彼女。
サリアは答えた。
「成程、素敵な名前だ」
「え、ええ……どうも」
「私はレアルスの仲間だ。つまり貴女を助けに来た……安心して良い」
見る者を安心させる笑顔でオセロットが笑む。
そして、
「貴女は私が守ろう。そしてまた、この盗賊団の全滅も時間の問題だ」
そう呟いて、サリアの前で構えを取った。






「うおおおおおお!」
顔中に脂汗を流しながら、目の前の男が武器を振り回し、迫って来る。
「……遅いですね」
それを見てアイラス一言だけ呟き、攻撃をかわしながら、自分もまた敵に接近する。
―――そして、敵と触れ合いそうなまでの至近に移動したときには、敵を無力化している。
「ぐぅっ!?」
相対していた男が、信じられない、という風情で首を微かに振った。
いつのまにか大腿部が満足に動かなくなっていて。肩には、見慣れぬ武器が突き刺さっている。
「く、くそっ……こいつは!?」
「釵、と云います。貴方にとっては、僕の武器の名称など些事でしょうけどね」
その並外れた攻撃とは打って変わった、穏やかな口調で返答される。
(こいつは化物だ)
そう戦慄した時には、回し蹴りで壁まで吹き飛ばされていた。
「さあ―――人を攫うような人達には、少し痛い目を見てもらわなくてはね」
呟きながら、彼は烏合の衆を駆逐せんと、部屋の中を縦横無尽に駆ける。
矢も、剣も、彼を傷つけることは能わない。
そんな、一方的な戦闘が繰り広げられるすぐ傍らでは…………


「喰らいやがれ、親父愛秘奥義、聖筋四の字固め!!!」
「ぐ、ぐああああああ!や、め、て、く、れえええええええ!!」
そんな悲鳴と共に、別種類の地獄が展開したりする。
人の姿に戻ったオーマである。彼は視界に移る悪人を片っ端から「無力化」していた。
「う、うーん……筋肉が…きんにくがぁ……」
「や、やめてくれよおやっさん……俺は、俺はそんな趣味は無いんだよぉ」
「あー…うー……恐い……恐いよぅ」
その、親父愛全開の暑苦しい技で何人もの盗賊が気絶し、うわごとを繰り返してる。
中には、何かあったのだろうか。辛い過去やトラウマに襲われている者も目立った。
「ふっ、俺の秘奥義は無敵だぜ……」
「く、くそぉ!仲間を返しやがれ!?」
仲間の惨状を見て、泣きながらオーマに棍棒を振り下ろしてくる殊勝な男も。
「……ふん?」
「なっ………」
意味を成さない。オーマは棍棒を片手で受け止め、握り潰した。
「な、なななななな……!」
「うーん、そうかいそうかい。自分から俺の技を喰らいに来るたぁ、殊勝だな」
「ち、ちちちちちが―――」
「そぉれ、これがお前へのメッセージ!親父愛秘奥義、聖筋四の字固めだっ!!」
「助けてくれぇぇぇぇぇぇぇ!?」
心底助けを求める、おそらく彼の一生で最も切実だろう悲鳴が響く。
……そして、気絶した彼らの懐に腹黒同盟勧誘パンフをぱさりと置くのも忘れない。
それが、オーマ・シュヴァルツであった。


――――――――ある意味では、当然のことなのだが。
こんな二人を止める術は、今のところ【蒼き山刀】には一つとして存在していなかった。





「ち、畜生!なんだよ!なんなんだよ、お前等ぁっ!?」
その地獄絵図を間近で見た副頭領は、もう戦うことすら頭に浮かんでいない。
彼が一般の構成員であったら、むしろ既に白目を向いて悶絶していたはずである。
「そこまでだ!」
そして、更なる来訪者。
「貴様……レアルス!?」
「【蒼き山刀】よ、私の婚約者を返してもらうぞ……!」
「そうですよ!人攫いなんていけないことです!」
彼が部屋の入り口を見やれば、そこには白銀の鎧をつけた偉丈夫と、青銀の髪の少女。
レアルスとメイが部屋に駆け込み、戦闘に加わっていた。
「ようやく着いたか」
「ああ、オセロット!」
「ならば存分に戦え。貴方の婚約者は私が守り切ろう」
「恩に着る!」
己の婚約者を守りながら戦ってくれているオセロットに、力強くレアルスは答える。
「おう、レアルス!無事だったか!」
「なんとかな!」
「それは良かった。それでは、レアルスさん……」










「―――ひとつ、張り切って頑張りましょう!」
「―――気張って姫君救出と行こうや!」
「ああ、了解した!」
息の合ったテンポで語りかけてくるオーマとアイラスに、力強くレアルスは答える。
「くそ、くそ、くそ!手前等、レアルスの野朗を仕留めろよ!」
「サリアを攫った罪、重くて重すぎるということは無いと知れ!」
副頭領の命令で飛び掛る盗賊の幾人も、彼にとっては問題ではない。
その全てを彼は捻じ伏せ、切り、倒して―――指揮官と思しき男めがけて走る!
瞬く間に彼は副頭領に走り寄り、その剣を真っ直ぐに彼へと向けた。
「ぐ…………」
「貴様が新たな指導者か。今すぐ降伏しろ」
「うるせえ………」
「貴様等の負けだと言っているのだ」
「うるせええええええ!!!」
レアルスの宣告を聞いて、しかし彼は現実を認めようとはしなかった。
自棄になり、レアルスに虎の子の銃を向けて来る!
「愚かな……」
だが、この至近距離でそれをレアルスが許すはずも無い。
一瞬、彼の持つ刃が煌いて。
銃が割れ、副頭領がその場にどうと倒れた。
「殺しはしない……牢屋の中で、悔い改めるんだな」
そう呟いて、彼は背後に向き直る。
そこには。
「レアルス……!」
「サリア!」
すでに全ての敵を倒し終えた同行者と。
こちらに駆け寄ってくる、愛しい人の姿があった。




「あらあら。これで一件落着、というところでしょうか?」
「そうでしょうね……無事に事が済んで、良かったです!」
ひしと抱き合うレアルスとサリアを見つめながら、メイとシルフェが顔を見合わせて笑った。
「ありがとう……君たちのお陰で、私たちはまた会うことができた……」
サリアを抱き締めながら、レアルスは皆に感謝の念を捧げる。
「よぉーし、それじゃ帰って宴会だ!とっとと帰ろうぜ!」
「悪くないな……付き合おう」
「そうですね。なんにせよ、最悪の事態は避けられたのですし……」
オーマが威勢良く宣言し、アイラスもオセロットも、薄く笑いながらそれに賛同する。
とにかく、彼等はレアルスからの依頼を完璧にこなしたのだ。
「本当に……感謝する、皆…」
そんな一同を見ながら、レアルスが静かに、頭を下げた――――――












【そして、後日】

「先日は大変助かった。ありがとう」
「………ああ」
数日後。
オセロットが黒山羊亭で煙草を嗜みながら読書をしているところに、レアルスが訪ねてきた。
「元気そうでなによりだ。なによりだが…………一つ、聞いても良いか?」
「どうした?」
オセロットは溜息をつき、半眼で告げる。
「その手に持っている妙な代物は、一体何だ?」
そう。
彼女の視線の先に在るのは、「妙な代物」と形容するしかないものだった。
それはレアルスが、右手に持っている箱。だが外見が変と言うわけでもない。
妙なのは―――――その匂いだった。
「私の人生の中でも、未だかつてこのような匂いは嗅いだことが無いぞ」
「ありがとう」
「褒めてないぞ」
「……そうなのか?」
端的な言葉に、端的な言葉でツッコミを返す。
どうやらレアルスは、自分の手に持っているものがあくまで常識的な物だと思っているらしい。
「これはだな、つまり先日のお礼に、私が作ってきたのだが…」
「ふむ。つまり、新種の画期的な兵器か」
「違う。私の作ったケーキだよ」
自信満々で言い放つレアルス。それをオセロットは、なおも半眼で見つめ続けた。
「………そうか。まあ、最早何も云うまい」
「ふ、喜んでくれて何よりだ……それで、こちらの箱の中身が、サリア手製のパイだ」
嬉しそうに(彼女の諦めを歓喜の表れと受け取ったらしい)呟き、レアルスが左手の箱を示す。
そちらは可愛らしいラッピングに包まれ、そこはかとなく良い匂いを放っていた。
「そちらは、ありがたく頂こう」
「うーん、何故だろうな。あの時協力してくれた者達にこれを渡しているのだが、誰もが同じリアクションを返してくる………シャイなのだろうか?」
(……違うよ)
そう思ったが、もう色々と面倒なので口には出さなかった。
「さて、私はもう行かねば……それでは、また会うこともあるだろう。さらばだ!」
「ああ………」
す、と手を上げて帰っていく彼を横目で見ながら、彼女は煙草を一息。
ふ、と息を吐いて、目の前に置かれた箱を見つめた(妙なものは意図的に視界から外した)
「ふむ」
丁寧な包装だ。作り手の思いが汲み取れる……そんなことを考えて、彼女は少しだけ微笑む。



「悪くない報酬だな、これは」



一人頷いて、彼女は箱の表面を一度だけ撫で。
再び、読みかけていた本を読破することに集中を始めた――――――





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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【1953/オーマ・シュヴァルツ/男性/39歳/医者兼ヴァンサー(ガンナー)腹黒副業有り】
【1649/アイラス・サーリアス/男性/19歳/フィズィクル・アディプト&腹黒同盟の2番】
【2994/シルフェ/女性/17歳/水操師】
【1063/メイ/女/13歳/戦天使見習い】
【2872/キング・オセロット/女性/23歳/コマンドー】


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■         ライター通信          ■
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キング・オセロット様、初めまして。
この度は「婚約者を取り戻せ」にご参加頂きありがとうございます。
また、納品が遅れて申し訳ありません。御迷惑をおかけしました。
さて。今回は物語の最後の、【そして、後日】が個々に違うものとなっております。
統一しようかとも思ったのですが、やはり違うものにしようと思い、こう相成りました。
参加者の皆様が個性的で、長すぎるとダレるだろうか?しかし、もっとこのキャラクタを書きたい、動かしたい……と、そんな葛藤に悩みつつ書かせて頂きました。
少しでも楽しんで頂ければ、これほど嬉しいことはありません。


オセロット様はクールな女性と言うことで、素敵な女性に映るよう描写に気を遣いました。
冷静で、けれど困っている人を無碍にしたりはしない。魅力的な方だと思います。
個人的には、隠し能力の小ネタ(今回は使えませんでしたが)がとても面白く感じました。



聖獣界ソーンで文章を書くのは初めで色々と戸惑いましたが、楽しんで書かせて頂きました。
感想・御批判などもお待ちしております。
作品内での描写等に不満がおありでしたら、遠慮なくお申し付け下さい。

それでは、またお会いできることを願いつつ。



緋翊