<聖獣界ソーン・白山羊亭冒険記>
人形殲滅!?
【オープニング】
白山羊亭の真ん中で、腕を組んでうーむとうなっている子供がいた。
いや、子供というより――小人だろうか。
「ご注文は?」
「うーむ」
「あのお」
「うーむ」
「……何かお困りですかあ?」
ルディアは尋ねる。小人はぱっと顔をあげた。
「分かるか! そうなんぢゃ。オレが造ったもんが、ちょっとな」
「造った……もの?」
「オレは人形師ぢゃ。人形を造るのが生業。そして魔術師じゃ。先日、ちょっと出来上がった人形に魔術をかけてみたんぢゃがの」
ルディアは何だかいやな予感がした。
遠く、どかん、どかんと大きな音がする気がしてくる……
「どうも、人形が実体化してしもうたようでな」
ほれ、と小人が指差す先。
巨大な異形の物体が二体、今にも街を壊しそうな勢いで腕を振り回しているのが見えた。
ドラゴンが二本足で立ったらあんな感じだろうか。そんな怪物だ。
「赤いほうがな、炎を吐く。青いほうがな、吹雪を吐く。そして赤いほうには物理的な攻撃が効かぬ。逆に青いほうには魔法的な術が効かぬ。何とか倒さねばエルザード壊滅ぢゃ」
重々しく言う小人に、ルディアは泣きそうな声で、
「何で自分の力で止めないんですかあっ!?」
「いや、倒す以外のとめるすべが分からん」
「きゃあああっ!」
ルディアは急いで店内を見渡した。何とか、何とかあの怪物たちを倒せる人材を――
【彼らたちもそれぞれに】
「それってさあ」
ルディアと人形師――ゼヴィルの話を聞いていたらしい。きょろきょろしていたルディアに、何気なく声をかけた青年がいた。
「アレですか? 作られた人形の反逆ってことでいいのかな?」
光の加減で輝く銀髪。手でもてあそんでいるのは、ビリヤードのキュー。
掌サイズのぬいぐるみっぽい何かをテーブルに置き、そこの椅子にくつろいで座っている青年の名は、ランディム=ロウファという。
「反逆か」
ゼヴィルは重々しい声でううむとうなった。「いや。やつらは元々攻撃タイプに作り上げようとしておったからして」
「……何のためにそんなもん作ったわけ」
「だからぢゃな、ほれ、あんたの前にあるその人形」
ゼヴィルはランディムのテーブルにちょこんと乗っていた掌サイズ、人型の何かを指差して、
「本当はそのサイズで作って、そのサイズのまま『がおーがおー』と戦う、という風に作るつもりぢゃったのぢゃ。だがなぜか巨大化しおってな」
「ああ、この人形サイズで」
ランディムは自分の前にあった掌サイズの何かをつまみあげて、ぶらんぶらんさせる。
ルディアが、それを見てきゃっと声をあげた。
「う、動いてる! 動いてるその人形……!」
「……人形ではないのだが」
ぶらんぶらんされて、それはぽつりとつぶやいた。
そしてその“人形ではないもの”はひそかに小銃を構えて、一発撃った。……自分をぶらんぶらんさせているランディムに向かって。
「ぐはっ!」
まともに腹のあたりを撃ちこまれ、苦しそうにランディムは体を折った。
その拍子に、“人形ではないもの”はぽてっと床に落ちた。
「わあ……変わった人形ですねえ」
それをランディムの代わりに拾い上げたのは、柔らかい薄水色の髪に眼鏡をかけた青年。
白山羊亭の常連、アイラス・サーリアスである。
「……だから、人形ではない」
アイラスの手の中で、“人形ではないもの”は身動きした。
「あ、動く動く」
「人形ではないと言っているだろうが……」
「ところで本物の人形が外で暴れまわっておるのだが」
もう少しで街に到達するかのー。のんきにゼヴィルがそんなことを言った。
「ああ、あれは何なんですか?」
「そうそう、大変なんですようアイラスさん〜〜」
ルディアが早口でことの次第をまくしたてる。アイラスはなるほど、とうなずいた。
「せっかく作ったものを壊すなんて、なんだかもったいないですね〜。まあ、街を壊されてはかないませんが……。仕方ありませんかね?」
「じゃ、じゃあ協力してくれるのね?」
ほっとしたようにルディアが両手を握り合わす。
「それが依頼だってんなら」
ようやく復活したランディムが、肩をすくめて口を挟んできた。「俺たちも協力してやっていいぜ?」
「俺……たち?」
「俺と、そこの『ちま』」
アイラスが手に持っている“人形ではないもの”を示す。
「『ちま』?」
「言葉通り、ちまくなってるヤツ」
「『ちま』って言うんですか、これ」
アイラスがまじまじと見つめた。
「『ちま』が名前ではない。名はライカ。ライカ=シュミットだ」
「ライカさんですか。でもこの状態ではあの巨体とは戦えないかと……」
「元に戻って戦うに決まっているだろう」
あ、そうなんだ。とアイラスとルディアが納得して――それから残念そうに、
「かわいいのに……」
とつぶやいた。
「そのまま戦わせても面白いけどな。あの怪獣にぷちっと踏まれてオダブツだ」
はははとランディムが軽く笑う。すかさずライカが小さいままで小銃ズドン。
「ぐお。……ライカ、お前すぐに銃をぶっ放すくせどうにかしろよ」
「お前が悪いんだろうが、ディム」
それにしても、と『ちま』なライカ=シュミットはため息をついた。
「監督不行き届きとは、まさにこのことかもしれないな」
お前も気をつけろ、とライカは真顔でランディムに言った。
「何をだよ」
「お前が喫茶店の店長をあまりにさぼっていると、こういう事態が起こるかもしれん」
「起こるわけねえだろが!」
サテンの店長さぼってどうして巨大怪獣が街を壊そうとするなんて事態が起こるんだよ! とランディムが叫んだとき。
「なにっ。巨大怪獣が街を壊そうとしているだと……!?」
ガタンと椅子を蹴り倒して、白山羊亭の片隅で立ち上がった青年がいた。
黒髪に、意思の強そうな眉。世渡正和(よわたり・まさかず)という名の青年は、真剣なまなざしで、
「巨大怪獣が暴れている。それだけで理由は充分だ……!」
「ということは、彼も手伝ってくれるってことかしら……」
ルディアがつぶやき、その傍からばたんと白山羊亭のドアが開いて、
「おい! サンタ下僕主夫バイト中に街の外に変なもんが現れたぞ! ありゃなんだ……!」
サンタクロースの格好をした巨体の男が現れた。
「……オーマさん……バイトほったらかしてくると奥さんに怒られますよ」
アイラスがため息をつく。
「そんな場合か! ありゃ何だっつーの!」
筋肉マッチョ男オーマ・シュヴァルツは、話を聞いてくううっと拳を握りしめた。
「俺も行かねば……! 聖筋界腹黒イロモノギラリマッチョの明日のために……! そして人形自身をワル筋化から救うために……!」
こうして五人が五人、それぞれの理由をもって――巨大怪獣に立ち向かうこととなったのである。
【そんなわけで】
五人は白山羊亭から外へ出た。
「まあでも不完全とはいえ、防備が完璧な上に攻撃も激しかったらどこまでやれるか分かりそうにないな。いくら俺たちレイアーサージェンターが最強って言われててもさ……」
ぶつぶつぼやきながら、ランディムがビリヤードのキューを両手に持って体を伸ばすようなしぐさをする。
どぉん どぉん
足音も鈍く深く重く、巨体の怪獣は今にも街につっこんできそうな位置にいる。
「とりあえずあそこまで走っていくか……」
「待て。俺は後から行く」
『ちま』なライカがランディムに言う。
「あん? どうして」
「防寒装備をしていくからな」
「あ、そう」
ランディムはぽーいと『ちま』なライカを放り出す。
ライカはくるくると回転しながら見事な着地をみせ、すかさず一発銃を撃った。
「甘いぜライカ! そう何度も何度も当たると思うなよ……!」
背中を狙っていたそれをひょいとかわした途端、時間差で撃たれたもう一発がびしっと尻に当たった。
「あいてっ! てんめぇ〜〜!」
「悪いのはどちらか、胸に手をあてて考えろ、ディム」
ライカは重々しく言った。……小さいまま。
「ちっ。俺は先に行くからな」
ランディムはつまらなそうに舌打ちし、たっと身軽に駆け出した。
「私たちも行きますよ、ゼヴィルさん!」
のんきな事態の張本人たる小人を引っ張りながら、アイラスも走り出した。
「立ち向かうためには、やはりサイズを変えねば!」
オーマは親父菌汚染桃色プレゼント袋から、ハート模様おピンク竜着ぐるみを取り出して着用した。
そしてその大胸筋あたりにあるラブマッチョアニキプリントに手をかざし――
ずももももも
竜の着ぐるみオーマが瞬く間に巨大化する。巨大怪獣に匹敵するサイズだ。
そして周辺の建物に被害が出ぬよう浮遊し、怪獣のもとへと飛び去っていく。
正和は、難しい顔で遠目に怪獣を見ながら考えこんで、
「今回はデーモンの力を使うか」
右手に持った鑓型聖獣装具ソウルスティールに精神を集中し、
いくぞおおおお!!
叫び声とともに鑓を天に突き上げる。
カッ! とソウルスティールに雷鳴が落ちた。
正和が見る間に変貌していく。頭部が黒く、黒い翼を広げた蝙蝠の形、全身の肌の色は緑で、両目の下には赤い傷。
これぞ正和のデーモンバージョンである。
正和は翼を大きくはためかせ、宙に浮いた。
そしてオーマを追いかける形で、怪獣に向かって飛んでいった。
最後に防寒装備をするために残ったライカは、
「変なやつらが多すぎる……」
と小さい体のままつぶやいていた。
**********
まっさきに現場に到着したのは、飛行能力の勝ったオーマだ。
怪獣二体は、突如現れたピンクの竜にすぐさま攻撃態勢に入り、まず赤い怪獣が炎を吐いた。
オーマはすかさず、世にもガタブルマッチョ背筋も凍りマッスル下僕主夫ナマ絞り列伝語り筋秘奥義を放つ。
その恐ろしい体験語りの数々に、一瞬街の気温が氷点下までさがり、街の下僕主夫たちが号泣しながら徘徊するという副作用が出たが――
赤い怪獣の炎は、見事に消火された。
ついでに、次に到着しようとしていたデーモン姿の正和が凍りついてしまった。
彼はデーモンイヤー――地獄耳効果のために、今のオーマの語りをすべて聞いてしまったのである。
「うおっ。すまねえな!」
ピンク竜姿のオーマは氷のデーモンに謝った。
どうやらしばらく正和は戦闘不能のようだ。
「やっべえな、溶かしてやらねえと――」
言ってる最中に、青い怪獣が吹雪を吐いて向かってくる。
「ふっ……そのていど!」
オーマは全筋全霊伝説の親父神への祈祷加護で、燃えよセクシーイロモノン大胸筋が焔に包まれ吹雪を打ち消した。
ただし一瞬街が常夏化、謎のビキニマッチョアニキ親父たちが街を徘徊乱舞する副作用が現れた。
おかげで正和の凍りつきも解け、
「見事だっ!」
正和とオーマは空中でハイタッチを交わした。
怪獣がそのごつごつの手を激しく震わせ、思い切りピンク竜とデーモンを叩き落とそうとする。
「おわっと」
二人はさらりと避けた。しかし相手は二体、次々と攻撃が繰り返される。
「く……ワル筋化が進みすぎだ!」
オーマは叫び、ひゅんっと元のサイズに戻った。そして親父趣味サンタソリに乗りまず青い怪獣の口から体内へと姿を消した。
――ワル筋化の元凶を中から取り除いてやるーーー!
青怪獣の腹の中から、オーマの叫び声が聞こえてきた。
正和はなぜオーマが体内に入ったのか首をかしげ、やがて「きっと中から倒すつもりなのだな、さすが!」と勝手に納得した。
「おいおい、さっきから何なんだよ街が寒くなったり暑くなったり」
すとっとその場に降り立ったのはランディム。手にしたキューを軽くくるくる回しながらデーモン姿の正和を仰ぎ見る。
「なんだ、あんたも敵か?」
「味方だ!」
「そーなのか?」
まあとりあえず、とランディムはキューをすかさず構え――
法力をこめて玉と化し、キューからそれを連発した。
赤い怪獣には魔術的な攻撃が効果あり。法力も術の類だ。ランディムの玉はすべて怪獣の喉元にヒットした。
怪獣は悶え苦しみ、炎を吐いた。
「む……!? 街に当たってしまう……!」
デーモン正和は大きく翼をはためかせる。
風が巻き起こった。かろうじて、炎の軌道を曲げた。
「ち……遠いってのにあっついなあ」
ランディムが舌打ちし、少し距離をとろうと数歩下がると、
「――すから、ゼヴィルさん、あの怪獣の弱点ぐらいお知りでしょう?」
後ろから、ようやくたどりついたアイラスとゼヴィルの会話が聞こえてきた。
「弱点か。うむ」
ゼヴィルはどこまでものんきに、「一番弱い部分というなら、尻尾のつけねぢゃな」
「尻尾のつけねですね?」
「だが、尻尾ぢゃからな。へたに尻尾を切り落としてしまったりしてしまうと、やつらはバランスが取れなくなる」
「おいおいそれってまさか」
ランディムは振り向き、思わず言った。「バランス崩して倒れるって意味か?」
「うまい方向に倒れるならよいんぢゃが」
「……役に立たない作り主だなーあんた」
ランディムは再びキューから玉を放つ。数発。そのうち何発かは近場の壁やら看板やらに跳弾させ、玉があらゆる方向から赤い怪獣に当たるように操作した。
首に腹に腕のつけね、足の甲、背中、そしてうまいこと尾にも。
どこに当たったときが一番反応がいいかを確認したのだが――
「やっぱ四足歩行のが無理に二足歩行してるって感じだな。背中方面より腹方面が弱い。あとは首か」
「赤がそうなら青もそうでしょうね」
アイラスは懐からすらりと釵を両手に取り、「では、僕は青を……!」とあたりの地形を利用して跳躍、青い怪獣の腕にまで飛び乗った。
刺突用の右手に持った釵を、腕のつけねに突き刺す。青い怪獣が咆哮をあげ、アイラスが乗っているほうの腕をぶんぶん振り回す。その間にアイラスはすかさず怪獣の肩にまで移った。
――うわー! 誰だこいつを暴れさせてんのは――!
「……ん? オーマさんの声……?」
どこからか聞こえてきた友人の声に、アイラスは首をかしげたが、どこから聞こえてくるのかが分からない。
その隙にも青怪獣は反対の手でアイラスをわしづかみにしようとする。
「―――っ!」
足場の悪いそこで、何とか避けるために身動きしようとした、そのとき。
ガガガガガ
銃の鈍い乱射音がして、アイラスをつかもうとしていた手が弾かれた。
「……遅くなったな」
少し長い赤い髪に防寒具を着た青年が、その場に降り立った。手には聖獣装具の狙偵銃・スコープガンを持っている。
「本当に遅えよ、ライカ」
「いや。妙な筋肉男たちが号泣しながら徘徊したり、ビキニ筋肉男たちが乱舞していたりと街が奇妙なことになっていたものだから、つい動きが鈍くなった」
「……何となく、同情しとく」
「おお、あんたがあの小さかったぬいぐるみ人形か」
静観を決め込んでいるゼヴィルが後ろから声をかけてくる。
「……ぬいぐるみではない」
ライカはぼそりと反論した。
「そのようぢゃのう」
ゼヴィルはそう言い、そして二体の巨大怪獣を見上げた。
「まったく……オレの不始末とは言え……しかし少しばかり強く作りすぎたかのー」
「心配しなさんな」
キューでとんとんと肩を叩きながら、ランディムが片目をつぶった。
「指揮と戦略の秀才と狙撃の鬼才がここにいるんだ、何とでもなるさ」
ゼヴィルが心強そうにうんうんとうなずく。
「次に人形を造るときは、おぬしたちの形を模して造ることにするぞい」
「せんでいい!」
空中では、デーモン姿の正和が「デーモンアロー!」と叫び、超音波を赤い怪獣に浴びせかける。
怪獣はダメージを受けると猛り狂い、ますます炎を吐いた。
慌てて正和は翼で風を起こし、炎の軌道を曲げる。
その正和に向かって、ランディムは声を張り上げた。
「おい! そこのこうもりみたいな緑いの! あんたほんとにこっちの味方なんだな!?」
「世渡正和だ! 正義のヒーローが怪獣の味方であるはずがないっ!」
「正義……?」
そういった類の言葉が大嫌いなランディムはいったん舌打ちしたが、「仕方がねえな」と再度口を開いた。
「じゃあ俺の言うことを聞け! あんたは赤いの担当だ、そいつの首に向かって、今のあんたの最大能力の技をかけてみろ!」
「ラジャー!」
正和はすかさず、「デーモンビーム!」と熱光線を放った。狙いたがわず赤い怪獣の首へ。
ぐらりと、怪獣の頭が揺れた。
そして立ち直った怪獣はすぐさま炎を吐く。街から離れた位置にいる正和を狙った炎は、軌道を曲げる必要もなく避けられた。
見ていたランディムが、にいっと笑った。
「よっしゃ。いける!」
尻尾だ! と彼は叫んだ。
「尻尾を根元から切り落とせ……!」
「そうしたらバランスを崩して倒れると……!」
青い怪獣の肩に乗っているアイラスが叫び返してくる。
「うまく街じゃないほうに倒せばいいんだ! いいか、倒れる瞬間に首に向かって、最大威力の攻撃をぶちかませ!」
「了解した」
ライカはスコープガンで威嚇射撃を行い、注意を街からそらさせながら怪獣の側面に回った。
ランディムは相変わらず街の端から、跳弾を利用して赤い怪獣の体のあちこちを攻撃した。玉がどこから飛んできているのか分からないため、怪獣は反撃の炎を吐くことができない。
目の前にいるのは正和だ。赤い怪獣は正和のみを狙って腕を振るった。
正和はぎりぎりの位置でかわしていく。
かわされた赤い腕は、鋭い爪でもって、地面にまでめりこんだ。
「人形の分際で一丁前に駄々をこねるな……!」
ランディムはその腕を、法力をこめてまともに撃った。
怪獣がようやくランディムの位置を見つけて振り向く。が、
「デーモンアロー!」
再び正和が超音波を発し、怪獣の意識をランディムとは反対側へそらさせた。
「いいぞ……こっちが背後になってきた」
ランディムはにやりと笑った。
「そこのお前」
ライカはよく通る声で、青い怪獣の肩で喉元を攻撃しているアイラスに言った。
「背後に回れ。それで街から注意をそらせ」
「え? あ、分かりました」
アイラスはさっきから、怪獣が動くたびにどこからか聞こえてくるオーマの悲鳴のような声が気にかかっていた。
――どこにいるんだ?
しかしさしあたっては怪獣を倒すことだ。そう考え、アイラスはライカの言うとおり怪獣の肩から飛び降り、背後から高く跳躍して、背中に蹴りを入れた。
背中は、うろこの塊のようなところだ。一番強固なところと言ってもいい。
しかし街から注意をそらすためにだけならば、これで充分だ。
怪獣は振り向き、立て続けに吹雪を吐く。
アイラスは怪獣に近接することでそれをよけた。吹雪や炎の類をさけるためならば、本体の近くにいるのが一番いい。
その代わりに腕や足、尾が近くなり、危険となるが――
ライカは相変わらず側面を取り続け、立て続けに尾に銃弾を放った。それにより、どれくらいの威力で放てばどれほどのダメージを与えられるかを確認し――
「お前」
再びアイラスに声をかけた。
「俺が尾を切る。お前はそのときに、首を攻撃しろ」
「分かりました!」
アイラスは再度、怪獣の体をかけのぼった。ひらり、ひらりと怪獣の手をよけ続け、そして首まで到達する。
ライカが、淡々とした表情でスコープ・ガンを構える――
「おい、あんた! 正義のヒーロー気取ってるヤツ!」
「気取っているのではない! 正真正銘のヒーローだ!」
「んなもんどっちでもいい! いいか、俺が尻尾切ってやるからな。そのときに横から首を思い切り攻撃しろ……!」
ランディムはキューを構えた。
最大法力をこめて――
ガ ガ ガ ガンッ!!
ランディムとライカが最大威力の攻撃で怪獣の尾をへし折ったのは、くしくもまったく同時だった。
「はあっ――!」
「デーモンビーム!」
青い怪獣の喉元に向かってアイラスの打突が、
赤い怪獣の首に向かって正和の熱光線が、
渾身の威力で放たれる――
ぐらり
怪獣の体が、街とは違う方向へとそれぞれ揺れた。
そして――
砂煙を巻き起こしながら、その巨体は地面へと崩れ落ちた。
「作戦勝ちってね〜」
ランディムがキューでとんとんと肩を叩きながら、倒れた赤い怪獣の体に近寄った。
そしてキューを構えて――
「これで終わりか……思ったよりもあっけないな」
赤い怪獣に向かって銃を構えるのは、ライカ。
「とどめは全員でさすかい?」
ランディムが正和とアイラスの顔を見比べる。と。
「――〜〜〜お前ら〜〜〜!!」
青い怪獣の口から。
突如として、ピンク竜の着ぐるみを着たままのオーマが飛び出してきた。
「あれ、おっさん。んなとこにいたのかよ」
ランディムがきょとんと目をぱちくりさせる。
「いたんだよ! つーか俺はだな、こいつらがワル筋化した原因を取り除くためにだな、」
「……ああ、やっぱり……」
アイラスが苦笑した。「オーマさん今回もこの怪獣たちを保護するおつもりですね?」
「あたぼうよ!」
「……保護……?」
信じられない言葉を聞いた、とでもいうように、ライカがつぶやいた。
「ふざけろよ! 保護なんてアホじゃねえの!? こいつらは処分! それが依頼だったろ!」
――依頼だろうと何だろうと、契約はまっとうする――
「それが俺だ!」
ランディムがキューをオーマにつきつけ宣言する。
オーマは、なにやら青い水晶玉のようなものを持った手を突き出してきた。
「こいつがワル筋の元だ! そうだなゼヴィル!」
「おお、そりゃ俺の魔術の元ぢゃ」
実際、まだぴくぴく動いている赤怪獣と違い、青怪獣は完全に動きを停止させていた。
「これさえ取り除きゃ無害なんだよ! もう殺す必要なんざねえだろうが!」
「殺すってなんだよ、意味分かんねえ。こいつら人形だぞ?」
ランディムが呆れたように声を出す。
「人形だろうがなんだろうが、生きてたろうが!」
「魔術で動かしてただけじゃねえか」
「意思があったろうが!」
「意思ったって、攻撃用にプログラムしてあっただけじゃねえか」
「だからだなーほら、あったじゃねえか、何だっけか? 人間が人間を作っちまう禁忌な、ほらアレ――」
ぴくり、とライカが反応した。
「ロボットですか?」
とアイラスが、倒れたまま今にも炎を吐きそうだった赤怪獣の喉元を思い切り蹴り上げ、悶絶させながら言う。
「違う違う!」
とオーマは激しく首を振った。
「ほらあれだ、あれだよあれ、あれ!」
「こそあど言葉を乱用するようになると、歳の証拠だって言いますよ」
「ぐはっ!? い、いや、今のはだな、」
「――ホムンクルスのことか」
後ろから、静かにゼヴィルが口を開いた。
「種類は色々あるが……人間が人間を作り、意思を持たせる」
「そうそう、そのほむんくろすってヤツだ!」
「ホムンクルス」
「どっちでもいい! この怪獣たちも、それと同じだってことだ……! 作り出されて、意思を組み込まれて動いてた。プログラムだろうがなんだろうが、それは違いねえ……!」
俺は殺さない! オーマは宣言する。
「殺させない。絶対にな」
「――下らない。ただの人形だって言ってんのに」
ランディムが心底嫌そうな顔をする。
ふうむ、とゼヴィルがあごに手を当てた。
「なるほど、ホムンクルスか……なるほどのう」
「何だよ。関係あるのかよ。こいつはほんとに人形だろ」
「――お前さん、さっき契約はまっとうすると言っておったぢゃろ」
「言ったぜ。だからこいつらは処分――」
「すまんかった、契約内容を変えよう」
ゼヴィルは両手をあげて、「こいつらを『巨大怪獣から人形に戻してくれ』という契約にの」
「何だと……っ」
ランディムが目を見張る。
オーマが、「偉いぞ、ゼヴィル!」と目を輝かせた。
「それじゃ俺は今すぐ赤のほうのワル筋水晶取ってくるからな! 行ってくるぜ!」
そしてオーマは悶絶していた赤怪獣の口の中から、体内へと進入していった。
「……バカみてえ」
ランディムがつぶやく。
「いや。オーマ殿の言うことにも一理あったぞ」
正和がデーモン姿のまま、うんうんうなずいた。「俺もたとえ人形とは言え、意思のあるものならやはり『処分』ではなく『殺す』になってしまうのではないかと思う」
「……こいつに言っても無駄だぞ」
ランディムの隣で、ライカがつぶやいた。
「たとえ契約内容が『処分』ではなく『殺せ』でも……まっとうしたろうからな」
「当たり前だ」
ランディムが舌打ちする。
「価値観の違いですね」
アイラスが神妙な顔で言った。「……仕方がないですよ。今回はゼヴィルさんが契約内容を変えた。それがすべてです」
「そうぢゃ。ちゃんと報酬は出すからの」
「いらねえよ」
ランディムは吐き捨てた。「胸くそ悪い。いらねえ」
「……俺はもらっておこう。どうもどこぞの昼行灯喫茶店店長のせいで、銃の弾の減りが早くてな……」
「ライカてめえ!」
ランディムがつかみかかろうとする。それをひょいひょいと涼しい顔でさけるライカ。
アイラスと正和が、それを何となく微笑ましく眺める。
「よし! これで赤も保護だ……!」
怪獣の体内からずるりと巨体を抜き出しながら、赤い水晶をかざし、オーマが輝く笑顔で言った。
【エンディング】
水晶を取って数分後、二体の怪獣は自然とサイズが小さくなっていった。
その二つの人形を手に持って、
「すまんかったのう」
ゼヴィルは全員に向かって頭をさげていた。
「もう攻撃型おもちゃのつもりで魔術をかけたりせんよう気をつけるわい」
「よーしよーし。反省よろし」
オーマはバイトサンタ姿に戻って、うんうんとうなずいていた。
「反省ついでだ。一緒にバイトしようぜバイト。サンタバイト。あんたの人形もうまく使えば売り上げ倍増」
「ほほう。そりゃええぞ。オレもただ動くだけの人形ならいくらでも造れるからの」
もうあんな巨大化するようなのはないから心配せんでもええ。ゼヴィルは全員の顔を見渡して言った。
「つーわけで我が腹黒同盟NO.2よ! お前も一緒にバイトだ!」
「やっぱりそうなるんですね……」
アイラスがもう諦めたような口調でそう言った。
オーマが他の三人に向かって、「お前らもやらねえか? サンタバイト。楽しいぜ」と誘いこもうとする。
「うむ。子供たちの夢クリスマス……! そのためになら働くのにやぶさかではないぞ!」
正和が力強く拳を握って、オーマの誘いに乗った。
しかし、そんな正和とは対照的に、残りの二人の温度差は激しかった。
「悪いが、俺たちは喫茶店の仕事があるんでな。先に失礼する」
とライカが言えば、
「ばっかばかし。んなもん最後まで付き合ってられっかよ」
いまだに機嫌をそこねたままのランディムが、キューを片手に持ったまま、両手を頭の後ろで組みながらそっぽを向いて、すでに帰り道を歩き出していた。
ライカが黙ってそれについていく。
「おお。いかんいかん」
ゼヴィルがそれを追いかけた。
「ちょっとそこの赤い髪の! 『ちま』とやらについて詳しく教えてくれんか――」
ゼヴィルが行ってしまってから、オーマたちは苦笑して、
「よし、バイトだバイト!」
全員で、バイト先へと歩き出した。
ゼヴィルが戻ってきてからのサンタのバイトは大盛況だった。
ゼヴィルは、実際腕のいい人形師なのだ。動く人形たちは大人気で、しかも仕事の速いゼヴィルはその場でサンタクロースやトナカイの人形まで造って、動くようにしてみせた。
欲しがる子供や親が殺到したため、急遽それらは格安の売り物と変わった。
「売り上げは報酬にあてるとするかの」
ゼヴィルが満足そうにそう言った。
街に迷惑をかけた分、みなに喜んでもらえるのはいいことぢゃ――と。
「しかし、街に被害がなくてよかったですねえ」
「まったくだ」
「――はっ!」
正和が唐突に、思い出したように顔をあげた。
「いかん……! バトルフィールドにぼこぼこに穴が開いている……っ。たしか燃えた木もあったぞ!? たとえ街中ではなかったとは言え、大切な自然! あとで埋めたり植樹したりしなくては……!」
「うおおっ!? そりゃ当然だ! 俺もバイト終わったら行くぜ……!」
オーマと正和ががっしと手を握る。
「僕も……当然行くんですよねえ」
「当然だ我が腹黒同盟NO.2!」
「………」
アイラスがため息をついた。その息が白く染まった。
きらきらと飾られた街角は、怪獣の脅威から救われ、いっそうまぶしく嬉しそうに輝いて見えた。
―Fin―
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【1649/アイラス・サーリアス/男性/19歳/フィズィクル・アディプト&腹黒同盟の2番】
【1953/オーマ・シュヴァルツ/男性/39歳(実年齢999歳)/医者兼ヴァンサー】
【2767/ランディム=ロウファ/男性/20歳/異界職】
【2977/ライカ=シュミット/男性/22歳/異界職】
【3022/世渡・正和/男性/25歳/異界職】
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■ ライター通信 ■
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世渡正和様
いつもありがとうございます、笠城夢斗です。
今回は初のデーモンバージョンでの戦闘、いかがだったでしょうか?
正義のヒーローとしての考え方の柔軟さを表現しているつもりなのですが、お気に召したでしょうか。
依頼にご参加くださり、ありがとうございました。
またお会いできる日を願って……
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