<聖獣界ソーン・白山羊亭冒険記>


【さらわれたルディア】

 白山羊亭にて午後のティータイムを楽しむ人々がいる中、ココも同じように紅茶を飲みながらお菓子をつまんでいた。
 早くも一皿食べつくし近くのウエイトレス、ルディアに声をかけた。
「お姉さん、このクッキーとても美味しいわ。もう一皿くださいな」
「ありがとうございます♪実は私が作ったもので、えへへ。今すぐ持ってきますね」
 ルディアは笑顔で厨房へ入っていった。ココは知っているものが見たら「ありえない!」と言われるくらい笑顔をつくっている。
 暫くすると皿にてんこ盛りのクッキーを持ったルディアが出てきて、ココの待つ机へ置いた。
「どうぞ、サービスで沢山持ってきました!」
「まぁ、有難う。でも少し多すぎねぇ・・・あ、そうだ」
 ココは思いついたように鞄の中から、一つのビンを取り出した。ビンの蓋を取り、一枚のクッキーを取ると液体をかけていく。
「この薬をかけるとね、とても面白い事になるのよ」
 ルディアは起きていることが分からなかったが、自分なりにアレンジをしている、と思った。
 かけ終わると、そのクッキーをルディアに差し出した。
「アレンジしてみたのだけど、食べてくださらない?」
「はい、頂きます♪」
 ルディアは疑うことなく受け取り、口に運んだ。

 酒場にいたものは目を疑った。いつも笑顔で店内を駆け回るルディアの姿はどこにも無く、その代わりルディアとそっくりな人形が落ちている。
 ココはそれを拾うと、
「ふふふ、本当に可愛い子。この姿にして正解だったわ」
 微笑みながら、まるで赤ん坊をあやす様に抱いたココは満足そうに言った。
 その様子を見ていたファンの一人は思わず声を張り上げる。
「ルディアを元に戻せ! ルディアはお前のものじゃない、みんなのものだ!」
 これもどうかと思うが、ココは睨みつけ、
「ふん! ルディアを戻したければ、私を探してごらん」
 指を鳴らすと、そこには短刀と黒い石があるだけで二人の姿は消えていた。

 ルディアが攫われてから数時間後、生身の姿に戻ったレピア・浮桜は白山羊亭へと足を運ぼうとエルファリアの別荘の王女の部屋から飛び出した。
 今日はどんな踊りを踊るか、どんなことを話そうか、そう考えていた時、すれ違った団体が話していた事が耳に入り、嫌な予感がした。
白山羊亭のルディアが白昼堂々ココって女に人形にされて攫われた、と――

 急いで白山羊亭に着くと、まだ開店中だというのに店の明かりが消えている。中を覗いてみるとウエイトレスの女の子が一人、顔を俯けて座っていた。
 中へ入ると、いつものように店は綺麗に整頓されている。
「どうしたのよ、何があったの?」
「レ、レピアさん・・・」
 このウエイトレスはルディアと同じく白山羊亭で働く女の子で、いつも笑顔が印象的な女の子だった。しかし今、その顔は涙でぐしゃぐしゃである。
「何があったの?! ルディアはどうしたの?!!」
「実は・・・」
 ウエイトレスは事件の詳細をレピアに話した。ルディアをいきなり人形に変えられたこと、町中の皆が探してくれていること・・・。
「探し始めて何時間も経つのに見つからなくて・・・私どうしたらいいのか」
「もういいわ、有難う」
 ウエイトレスを泣き止ましてから出かけたいが、悠長なことを言っていられない。レピアは神罰<ギアス>により太陽が出ている昼間は石化してしまう。朝日が出る前にルディアを探し出さねばならない。
「攫った人は晴々なんでも屋っていう店のココって人に似てたって。あと、アレ」
 女の子は床に転がる、【黒い石】と【短剣】を指差した。
「犯人が残したものなの・・・」
 じっくり観察をすると、黒い石は防具によく使われる素材、短剣の見た目は安っぽいが切れ味は良いと評判のもの――『この二つ・・・矛盾。もしかして惑わすだけのもので犯人はまだ店の中に』
 レピアは女の子に一言言うと、キッチンから倉庫まで探し回り、犯人、もしくは手がかりがないかを調べた。暫く調べたが目ぼしいものは何も出てこなかった。
 他にどこか、まだ調べていないところがあるはずだ。店内をうろうろするレピアは、ウエイトレスの気配が変わったことに気づいた。
「レピアさん・・・そんなところ調べても何もありませんよ」
「え?」
 レピアが振り返ると、ウエイトレスは指を鳴らした。
「こんばんは、レピアさん。貴方もこの子のお友だち?」
 そこにはルディアの人形を抱えたココが姿を現した。
「貴様がココだな」
「えぇ、そうよ。もう初対面なんだから睨まないで」
 ルディア人形の髪を撫でながら話すココを見ると、レピアは無性に腹が立ってきた。
「ルディアを元に戻せ! あたしのルディアを人形に変えて独り占めするなんて許さないよ」
「あら、まぁまぁルディアはやっぱり人に好かれる子ね」
 ココはくすりと笑う仕草をすると、さらにレピアを激怒させた。
「何がおかしい。それにお前が化けていた子はどこへいった」
「あー、あの子ね。今日はお休みの日なの。たぶん今頃必死になって私を探しているでしょうね。まぁ、貴方も精々がんばって」
 ココは指を鳴らすと、姿を消した。
「待って! ルディアを返してよ!!」
 レピアの叫びはむなしく店内に響いただけだった。

 白山羊亭を飛び出したレピアは晴々なんでも屋を目指してアルマ通り中を探し回った。
 やっと見つけたその店には明かりがついており、中に人がいるようであった。
 レピアは勢いよく扉を開けると、中にいたなる子とヴィンセントは驚いた様子でこちらを見ていた。
「すいません、ここにココって女性いませんか?」
 汗を拭いながら聞いたレピアは、なる子の表情が変わるのが目に見えてわかった。
「あの人・・・実は朝早くからお酒をたらふく飲んで、ここを飛び出していったきり帰ってないのよ。何かまた仕出かしたのですか?」
 ヴィンセントを突付きまわしていたなる子はその楽しさを忘れて汗を流した。
「いえ、ここにいないのが分かっただけで十分です。夜分遅くにすいませんでした」
 扉を閉めると今度は遺跡か採掘場に行こうと、一番近いところはどこかと考えていると、深夜だというのに街には大勢の人々がいることに気がついた。
「そういえば、ルディアをみんな探しているってアイツが・・・もし本当ならば」
 レピアはあることを思いつくと走り出した。

 ここは黒山羊亭。ベルファ通りにある店で、踊り子のエスメラルダが働いている店である。レピアは闇雲に探すより、エスメラルダに相談してから探そうと思い立ち、今エスメラルダに話を聞いている。
「もうその話は聞いているわ。まったく・・・ココはここの常連客でね、いつも沢山お酒を飲んでは静かに酔うから・・・もしかしたら今、酔っているのかも」
「そんな話はいいから、ココが行きそうな場所とか知らない?」
「そうねぇ、ココはあまりエルザードから離れた所に行かないわ。だってあの人、遠くへ行ったフリして近場にいそうだもの。それに」
「エスメラルダさん! 大変です!」
 一人の戦士が店内へ駆け込んだ。
「ベルファ通りの武器屋に入った奴が戻ってこない!もしかしたらココはそこにいるかもしんねぇぞ!!」
「それって本当?!」
 レピアは戦士の傍へ寄ると、問い詰めた。
「本当でしょうね?」
「本当だよ。だって俺の相棒が中に入って戻ってこないし・・・奴がいる可能性が高いと思う」
 戦士は肩を落とし、涙ぐんだ。
「ちょっと、もう! 早くその店へ案内しなさい。泣くのは後よ」
 レピアはエスメラルダに一言言うと、戦士と一緒に店へ向かった。
 向かう途中も、その武器屋の話をしている団体とすれ違ったが、皆どうするか迷っていた。

 ベルファ通りより、南へ行ったところにその武器屋はあった。辺りには人だかりができており、皆心配そうに入り口を見ていた。
 そこにいる人たちは口々にこう言った。
「オーマさんがここへ入っていった」
「他にも人が居たぞ。金髪の女っぽいやつが」
「俺の相棒が! 妻が! 娘が!」
 最初はルディアだけが被害者だと思っていたレピアは、他にも被害者がいたことに驚いた。
「どうしよう、助け出したいけど。ココって奴に勝てるかなぁ」
 ここまでレピアを案内した戦士は自信なさそうに腰を落とし、頭を抱えている。
 その態度にレピアは、
「もうしっかりしなさいよ! 聞いてるこっちが自信なくなってくるわ。それにシャキッとしなさい。あたしは妹のように思っている子が攫われたの。そんなこと言っていられない」
 レピアはそう言うと、人ごみを書き分け入り口へと駆けていった。

 バンッ
 勢いよくドアが開け、レピアは店内へ入った。
「他の人たちから聞いたわ。ここに入っていった者は皆帰ってこないってね」
 店内を見るとさっきの話の通り、金髪の子がいた。素早く駆けるとその子は頭から血を流している。ハンカチを取り出し、拭いてあげると、本人は何事もないような顔をしている。
「大丈夫? このケガは酷いわ」
 長い前髪をどけると、そこには傷口があり、とても痛々しい。
 心配するレピアに対し、本人は笑顔で答えた。
「僕は大丈夫だよ。でもオーマさん達が猫にされちゃった・・・」
 金髪の少女の声を聞いたとき、声の低さに驚いた。それに一人称も。もしかして。
「僕? 男? それに猫じゃなくてライオンよ」
「僕は男だよ。あれライオンなんだぁ〜。はじめて見たや」
 感動するマーオにレピアは汗をかいた。まさか、こんな顔の男がいるとは――
「・・・そう。でも協力するわ。こいつからルディアを取り戻すのでしょ?」
「うん!」

 レピアとマーオが話しているうちにオーマたちはココに捕らわれ、ジタバタするのがかえってココを興奮させた。
「ふふふ。近くで見たら、もっと可愛いわ! なんて幸せなんでしょう」
 右手にはルディアとオーマ子ライオン。左手には人面剣子ライオンと人面石軍子ライオンと、その態度にレピアは覚悟を決めた。
「ルディアの代わりにあたしを人形にして可愛がっていいから、ルディアだけ元に戻して」
 予想外の発言にココは、レピアを上から下、下から上を見たが、
「ダメよ。私は貴方みたいな女じゃなくて、ルディアみたいな幼い子が好きなのよ」
 その言葉にマーオが反応した。
「ルディアって、18歳じゃなかったっけ?」
 ココは目玉が飛び出るかと思うくらいの衝撃を受けた。
「うそぉ?!!! どう見ても14、15歳くらいでしょ?」
「違うわ。ルディアは18歳よ」
 妹のようにルディアを思うレピアに嘘はなかった。
「そんな・・・18歳だなんて・・・」
 ココは後ろへ引っくり返りそうになったが、そこは気合で立った。
「さぁ、ルディアを返して、それにその子ライオンたちもね。さもないと実力行使よ」
 睨み付けるレピアにココは、もう笑うしかなかった。
「まぁ、ちょっと待ってよ。今頭の中、整理するから」
「今更待ったなんて言うな! さぁ、返す? それとも返さない?」
 青年化したマーオは、14歳の時とは比べ物にならないくらい筋力である。林檎が片手で絞れるくらいに。
「そうね〜、今日まで本気出さなかったし。少しくらいは本気を出そうかしら?」
 ココは指を弾くと、武器屋ではなく、エルザードから少し離れた草原の上に立っていた。月は傾き始め、辺りは真っ暗で、木枯らしが吹いている。
 子ライオンたちはマーオの隣でじゃれており、あの武器屋を訪れ人形にされた人たちの人形も置いてある。ココはルディアしか抱いていない。
「さぁ、いつでもかかってらっしゃい」
 笑みを浮かべるココであったが、目が笑っていない。レピアとマーオは作戦を立てようと頭を働かせた。
「おい! さっさとしねぇと殺されちまうぜ。レピアにマーオ、俺はこの通りミニ獅子化しちまって戻れないし、戦えねぇ。おまえ達に頼むしかねぇんだ」
 じゃれ合っていたオーマが言った。
「しかし、どうすれば」
 戦闘経験の少ないマーオにはココのような敵相手では勝てる自信がない。動揺するマーオを見ていたレピアは、
「大丈夫、あたしに任せて。良い考えがあるから」
 レピアはマーオとオーマに作戦内容を話すと、二人は笑顔で同意した。

「ん? やーっと始まりかい? 早くかかってきなさいよ」
 あくびをしたココは相手の様子を探ろうと見た瞬間、疾風の如く駆けたレピアはミラーイメージを主体に、手元を狙って一撃した。
 しかしいとも簡単に交わしたココは手のひらから炎を放つと、炎は地を這い、離れたところにいたマーオとオーマたちのほうへ向かったが、マーオのメレンゲに包まれ鎮火した。
 今度はミラーイメージで分身を作り出し、ルディアの人形が握られている手元目掛けて蹴りを入れた。
「甘いよ、お嬢ちゃん!」
 ココは攻撃を避けると本体のルディアの首を掴み絞めた。片手だけであっても、ココの握力は強力でレピアは逃げられない。
 もがくレピアにココは、「もう少し年齢が低けりゃ人形にして可愛がったのに」と耳元で囁いた。
 しかしレピアはココを睨みつけると口パクで言った。
「もうあんたの負けだよ」

 次の瞬間、ココの体に何か大きなものがぶつかり、その衝撃でレピアとルディアを捕らえていた手が放された。
「僕らのことを忘れてもらっちゃ困るよ!」
 大きいものの正体は大きなライオンであった。体長2メートルを越す大きな体は、マーオの巨大化する効果の薬入りケーキを食べたオーマである。
「幼なじみが薬屋をしていてね。なんでも薬を作ってくれるんだよ」
 そのライオンの背中に乗ったマーオは自慢げに言った。
「チッ」
 ココの手から放れたレピアはルディアを取り返し、ぎゅっと抱きしめた。
「あー負けた! やっぱり腕鈍っちゃったのかなぁ〜」
 悔しがるココは服についた汚れを掃うだけで反省の色はない。
「さぁ、俺たちの魔法を解いてもらうぜ」
「そっちのほうが可愛いのに。しょうがないわねぇ」
 ココは指を弾くと、オーマやマーオ。人形にされた人々が次々に元へ戻っていった。
「皆もとに戻したわよ。それじゃあ私は帰るわね」
「待て」
 ココに魔法をかけられた人々全員がココを睨んだ。
「このまま帰れるなんて思わないでちょうだい。なんでこんなことをやったの」
 レピアはココの胸倉を掴むと問い詰めたが、鼻を覆い掴んだ手を放した。
「凄く酒臭いわ。あんた飲んでたのね」
「えぇ、少し昔のことを思い出して。樽3つは飲んだかもしれないわ」
 言われてみると、離れていてもココから酒の匂いがしてくる。
「そういえば、前にココが依頼持ってきたときだって酔ってたぜ・・・」
「俺見たぜ、コイツが樽の中の酒をすげぇ速さで飲んでるのを」
 全員が沈黙している間、目を覚ましたルディアはココへ話しかけた。
「だから言ったじゃない! もう、皆聞いてくださいよ。ココさんってね、お酒を沢山飲んで、その勢いで国を滅ぼしたことがあるのよ」

 ・・・

「もうココさん、これから禁酒ですよ! もしどうしても飲みたかったら、お酒のケーキはどうですか?」
 マーオは最近酒を使ったケーキ作りにハマっていた。
 しかしこの時点で、現在明け方近くになり、空がおぼろげに明るくなっていっている。
「え! あたし帰らないと。ルディア、今晩白山羊亭に行くわ。それじゃあね」
 そう言うと、レピアはエルファリアの別荘の王女の部屋へ一目散に駆けていった。
 途中、ルディアを探していたと思われる人々が、もうすぐ朝の訪れかと、時間の早さを感じていた。

 ギリギリのところで王女の部屋へ着いたレピアは石化する中、今日の出来事を思い出した。
「もしかしたら、ココがやったこと。あたしもやりたかったのかも」
 目を閉じ、全身が石を化したレピアは、朝日に照らされ、眩しく輝いた。


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【1953/オーマ・シュヴァルツ/男性/39歳(999歳)/医者兼ヴァンサー(ガンナー)腹黒副業有り】
【1926/レピア・浮桜/女性/23歳(23歳)/傾国の踊り子】
【2679/マーオ/男性/14歳(30歳)/見習いパティシエ】

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■         ライター通信          ■
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  初めまして、田村鈴楼と申します。この度、ご参加有難う御座いました!
 どうでしたでしょうか? レピアさんのキャラをつかむのに少々苦労したのですが、少しでもよかったと思って頂いたら幸いです。
 今回、前半は個別となっていまして、全て読んでいただけますと、より一層より一層楽しめるかと思います。
 ココに代わって謝罪します。でも楽しんでいただけたのなら嬉しいです!
 それでは、ご感想等ありましたら、ご連絡ください。今後の参考にします。
 またお会いできることを祈って。