<PCあけましておめでとうノベル・2006>
新年の良き日に
起きる度、これが現実ではないような気がする事がある。
寝ることは好きだ。
破戒僧と言われてしまう事もあるだろうが、どうあっても、睡眠と言うものは心地よく逆らいがたい。
この場所に来てからと言うのも、益々、そう思う事の方が多く、どうしたものかと思ってしまうけれど。
多分、ここまで眠れるのは「平和」だからに他ならないのだろう。
真っ黒い空。
灯りなど月明かりがなければ、すぐさま消えてしまいそうな闇夜。
闇夜に続くのは悲鳴。
身体丸ごと切り裂かれるような声、走れども走れども、間に合わぬ。
終わりか、もう何も変える事も出来ないのか? 自問し、その度に首を振る。痛くなるほど、眩暈を起こすほど。
それが、此処の世界には、ない。
闇夜の中に潜む化け物の姿も、化け物より、尚恐ろしい人の心も、この世界では灯りの元に消されてしまうのだろうと思うほど。
空に浮かぶ船は安心の印。
何処までも続く青空――、ああ、平和の中にいるのだと、ただ、思う。
そうして。目を開けるのが惜しくなるのはこんな時だ。
何時までも何時までも眠りの中に漂って居たいようなそんな気持ちにさせる。だから、今日ももう少し寝ていたい、そう思うのに。
(何だか、いい匂いがしてきたし起きなきゃいけないんだろうな)
そろそろ、朝食の時間だろうか?
随分と懐かしい、良い匂いが鼻をくすぐっている。
起きなさい、と言う無言の誘いのようだ。
(………いけないと言うより起きないと食べ損ないそうだ)
抗いきれずに起き上がると、未だ見慣れない時計を見、いつもの服へと着替え、居間へと歩いていく。
早起きの同居人は、マメな人物だ。
多分、そう言えば「有り難うございます」と微笑うだけなので、滅多に言わないが、本当にマメだと思う。
今も、きっとこの襖を開ければ、
「おや、おはようございます。今日は、いつもと比べて随分早起きですね」
「いい匂いがしたからな、起こされた」
いつも通りに穏やかに微笑う笑顔に、清芳は炬燵へと――猫の百草が足を伸ばす方向に居ないか確かめながら――、入り込んで行く。
「それは何より。清芳さん、お餅は柔らか目が好きですか、それとも固め?」
「固めが好きかな……所で百草は?」
「……まさか、モモにまでお餅をあげる気ですか」
馨の声が、一瞬引きつるが、直ぐに清芳が手を振り、それを否定する。
「まさか。そうじゃなくて私の方に居ないから」
「…先ほど、私はモモを炬燵の中に入れましたが……はて」
清芳が今一度確認すると、炬燵の端の方に姿が見え「居た」と呟く。
「小さいから時々見落とす」
「その様ですね。じゃあ、お餅を焼くとしましょうか。後お雑煮に入れるお餅は一つで良いですか?」
「ああ。凄く懐かしい匂いがして驚いた」
「運良く、と言いますか……白味噌が見つかったのが何よりでしたね」
「本当に。楽しみだ」
そう言うと清芳は待つ子供のように、背を丸め、炬燵へと益々身体を滑らせた。
こんな時、自分はやはりマメではないと思いながら
+
どうにも、自分が此処に居て落ち着かない事がある。
此処に居て良いのか、どうなのかと言うよりも時に、何かをして貰ってる、その事が落ち着かない原因のひとつではあるのだろうけれど。
迷惑を色々とかけてしまっているのだろうと思う。
けれど、件の人物は何も言わず、微笑うだけ。
迷惑をかけているのだから出て行けば良いようにも思うのに、何故、私は。
「…出て行かないんだろうなあ」
転がり込んでいるのは自分だけに、その考えは強い。
居心地が良いからだと、考えればそれまでだが。
当たり前のようにある、風景。当たり前のように、其処に場所がある。
どうにも、この場所は居心地が良すぎて、困る。出られず、ずっと居たいと思う、この気持ちを何と名付ければ良いか清芳には解らない。
ただ、居続けたいと望むだけだ。
そうして少しでも、あの瞳が見る風景を見てみたい、それだけ。
困った心をどうして良いか解らず、近くへと寄って来た猫の頭を撫でる。
手の中で、甘え、擦り寄る暖かさが、やけに心地良く感じられた。
+
「お待たせしました。温かい内に頂きましょうか」
「ん。……ところで馨さん」
「はい?」
「百草が興味深そうに……」
言葉の続きを言わせることなく、馨は小皿によそった魚の煮つけを出す。「お年玉代わり」にと言いながら置けば、喜びを尻尾で表し、小さな頭を撫でてやれば美味しそうに喉を鳴らす。
「お見事」
「有り難うございます。どうです、お雑煮の味付けおかしくはありませんか?」
「いや、美味しい」
「安心しました。では私も」
頂きます、と馨は行儀良く、手を合わせ、お椀へと口をつける。白味噌の優しい味が喉を潤し、やがて、身体中に染み渡って行く。
本当に懐かしい味だ。
向こうで当たり前のように飲んでいたものが懐かしく思え、更に、その時の長さに興味深ささえ思え、明け方に考えていた「当たり前」の日々を思う。
不思議な、ものだ。
「ご自分で作ったものでも美味しいだろう?」
「本当に。そう言えば先ほど聞かなかったんですが」
「うん?」
「清芳さんは何処の出身です? 懐かしいと聞いていましたが……」
「ああ、生まれは京都なんだ。幼い内に江戸の方へやられたけれど」
「なるほど、だからなんですね」
「うん。馨さんは生まれも育ちも京都っぽいが」
「それは褒め言葉なんでしょうか……?」
「勿論。品が良さそうだと言っている、つもり……なんだが」
「つもりじゃあ、いけませんよ。つもりじゃあ」
「申し訳ない。これから気をつけよう」
「はい」
他愛ない言葉を交わしながら囲む食卓。目の前に居る人たちと、当たり前のように過ごしている不思議。
「ああ、そう言えば清芳さん、午後は予定がおありですか?」
「いや……今日は一日、のんびり過ごしてようかと」
「お参りはどうするんです、お参りは」
「……こんな元旦から、参拝に行った暁には人ごみに押しつぶされるのがおちじゃないか」
だから、空き始めた四日以降に行く、と呟いた清芳に馨は、待ちなさいと遮る如く手を翳した。
その動作に思う事があったのだろう、清芳は「しまった!」と顔を強張らせ、更には身体さえも強張らせた。
……無駄に器用なのかもしれない。
「良いですか、清芳さん。今日と言う日、神は我々に一番近い所にいらっしゃるのです。幾ら、清芳さんの職が神に近くても、其処でサボっては意味がないことであり……」
とくとくと、諭す馨の言葉に耳を塞ごうにも塞げず、「はいはい!」大声で清芳は叫び、解ったと手を振った。
「わ、解った。人が居なくなる時間で"今日中"には行くとしよう」
「解って下さったなら、良かった。じゃあ、夕方以降に行くとしましょう♪」
「了解。しかし、馨さんは本当に、良い嫁さんになれるとつくづく思う」
ご馳走様。
そう言い、箸を置く清芳を、真似したかのように、猫が小さな声を上げ、瞳を閉じた。健やかな姿を見ながら、今の言葉をどういう意図で言われたか解らず、
「……いきなり何を」
言うんですかと馨が言おうとするのを、清芳の言葉が打ち消す。
「いや、今日のお雑煮にしても煮豆にしても美味しかったし」
「作り方を覚えていると言う事もあるかもしれませんよ?」
「そう言うものかな」
「そうです。清芳さんだって本を見れば作れるでしょうに」
「まあ、多分……」
けど、これだけ出来るかどうかは疑問だ。
呟く清芳に、馨は「はて」と首を傾げた。
この人は、今、何を言おうとしているのだろう?
「どうかしましたか?」
「何でもない。ただ、良いなあと思えただけだ」
「何がです?」
「こう言う、当たり前の風景が。起きたら御飯が出来てて、目の前の人と喋って、凄く当たり前の事なんだけど」
良いじゃないか。
凄く。
同意を求め、清芳は馨へ視線を合わす。
が、
見えたのは、やけに驚いた顔で。
何故なのか清芳は、冷たい汗が背へと、ゆっくり伝い落ちていくのを感じていた。
+
言うのも言葉。
返すのも言葉。
けれど、不意打ちの言葉と言うものは、言う側にも言われた側にもあって。
ほんの僅かの期待と、ほんの僅かの落胆。
やって来るのは、どちら?
+
「……あの」
「何だ」
「申し訳ありませんが、今の言葉をもう一度言って下さいませんか?」
「な……何故っ」
「お願いします」
「……何て言ったか、良く、覚えてない」
「そう仰らずに」
ね?
問い掛けるように、確かめるように馨は次の言葉を促す。
清芳は、どうして良いか解らず考えるが、ずっと言わない訳にも行かず。
はぁ……
小さな諦めに似た溜め息の後、清芳が口を開く。
「良いじゃないか、と私は言ったんだ」
「はい」
「当たり前の風景が、凄く良いなって」
「ええ。清芳さんが仰るその風景の中には」
馨が言葉を区切る。
その区切りに戸惑ったように、青い瞳が大きく、揺れた。
「私が居るんですか?」
「………ッ!!」
息を呑んだ。
自分が言った言葉が、其処までの意味を持つとは清芳自身、気付いていなかったのだろう。数度、息を継ぐように忙しない口の動きがあるばかりで。
「どうなんです?」
「な……何で」
「はい?」
「何で、そう言う事に気付くんだ」
「そりゃあ、清芳さんよりは少しだけ長く生きてますから」
「そ、そうか……」
こうなるともう、どうにも誤魔化しが効かない。先ほど食べた雑煮や煮豆の味さえも忘れてしまいそうだ。
耳が熱を持っていくのを感じ、大きく、息をつく。
…少しずつ、呼吸が整えられる。
何かを言おう、言おうと思うが上手く纏まりそうになく、清芳は大きく首を縦に振るだけに留めた。
その動作だけで許容範囲を大きく越えており、言葉にして言うなんて言うのは出来そうもなく。だが、答えを返したと言う事は当然の如く、もう一人、人が居る訳で。
「今の動作は、肯定と言う事で良いのでしょうか」
「………」
こっくり。
無言の頷きに、馨の口元、穏やかな笑みが浮かぶ。
「今日は、新年最初の日ですけれど」
「?」
「私には、色々なものが形を変えて、開けてきたような気がします」
「……ええと?」
「……有り難うございます」
頷くより何よりも、伝わる言葉。
ほっとした清芳と、笑顔を浮かべる馨の表情が何よりも、雄弁に語っていた。
数多の誓いの言葉も、今は上手く言えないけれど。
これからも一緒に居よう。
―End―
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┏┫■■■■■■■■■登場人物表■■■■■■■■■┣┓
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【 3010 / 清芳 / 女性 / 20歳(実年齢21歳) / 異界職 】
【 3009 / 馨 / 男性 / 25歳(実年齢27歳) / 地術師 】
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■ ライター通信 ■
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清芳様、こんにちは。
今回、こちらのノベルにご参加頂き本当に有り難うございました!
馨さんとご一緒と言う事で、清芳さん一人のところは個別になっております。
今回、告白と言うかそんな感じと相成りましたが、告白はこんなもので良かったでしょうか。
ちょっと不安も残りますが、僅かな部分でも楽しんでいただけたら幸いに思います。
清芳さんにとって、今年と言う年が少しでも良い年でありますように。
また何処かでお会いできる事を祈りつつ、本年もどうぞ宜しくお願い致します。
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