<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


【memory――あの刻ふたりは‥‥<memory4―脱出―>】

●旅立ちと果ての無い拷問
 ――農村を離れて旅立ち、何日が過ぎた事だろうか。
 パフティ・リーフとドリファンド(自律行動型慣性制御飛行武装バイク)モラヴィは旅を続けていた。目的は『彼』の完全なる修理をする為、異世界文明を多く取り込んだ町を探す事。
 しかし、何件か周ったものの、なかなか高度な科学力を取り入れた町は見つからない。
 湖の辺で休息を取る頃には、すっかり太陽は沈み、夜の帳が降りていた。
「外も寒くなって来たわね、モラヴィ」
 モラヴィ(コックピット)の中、うつ伏せの少女は両手で頬杖をつき、後頭部から延びた2本の触手をフラリフラリと揺らしながら、ポツリと洩らす。
「湖の水を温かくする機能があれば身体の汗を流せるのに‥‥」
<無茶言うなよ! どれだけのエネルギーが必要なんだよ!! 俺の中に暖房があるだけマシと思ってくれよな!!>
 飛び込んだのは悪ガキっぽい少年の声だ。パフティは悪戯っぽく唇を尖らせる。
「分かってるわよ。モラヴィには感謝しています。‥‥ちょっと言っただけじゃない」
<それより、記憶の続きを思い出したんだろ? 聞かせてくれよー>
 捕われの身となり、拘束されたパフティ。この状態から如何にしてアセシナートの王城から脱出できたのか? そして、自分は何をしていたのか? 『彼』は続きが知りたくて仕方が無かった。
「‥‥そうね。今日はここで休むから、眠くなるまで聞かせてあげましょうか☆」
 茶のセミロングヘアを揺らして微笑むと、少女はゆっくりと語り出した――――。

 ――アセシナート王城地下訊問室。
 訊問室といえば聞えは悪くないが、そこは黴臭い岩だらけの空間である。
 明かりは数本の蝋燭のみ、湿った空気の中、火の光に浮かぶ、手足を拘束された女のシルエットが、苦悶の呻き声を小さく洩らしていた。横顔は顎を大きく上げさせられており、頭上に固定された容器から管を通して何かが開いた口に向けて流されているようだ。既に妊婦の如く大きく膨れた少女の腹部を擦りながら、氷のような冷たい眼差しの男が口を開く。
「どうだね? 我が公国の水の味は? 痙攣するほど美味いかね?」
 尋問係の男がレバーを引くと、樽は複雑なギミックで可動し、水責めからパフティを開放した。頭部を拘束していた器具が外され、少女は茶のセミロングヘアを揺らして激しく咳き込む。身体はグッタリと力を失い、糸の切れた人形が吊り下げられたような格好だ。黒い瞳は光を失い、荒い息と零れた水が口から漏れる。刹那、瞳を大きく見開き、腹部を圧迫する苦痛に悲鳴をあげた。
「いッ痛いッ! 触ら、ない、で‥‥」
「苦しそうだねぇ。キミが素直に白状しないから、こんな事になるんですよ」
「だから、身軽、だ、から‥‥んあぁッ!」
「未だこんな口が聞けるとは、我慢強い娘だな! 水責めは終わりとしましょう」
 男は背中を向けて靴音を響かせると、火を焼(く)べ始め、細いサーベルを放り込んだ。冷たい視線をパフティに流し、口元を歪ませて見せる。
 紅蓮の炎で焼かれるサーベル。尋問係の笑み。拘束されている自分。水責めの終わり‥‥。導き出される答えに戦慄を覚えた。
「!!ッ な、何を‥‥」
「水が駄目なら火しかないでしょう? 白い肌が焼けて、この部屋が肉の焦げる匂いで一杯になるのは好みではありませんが、仕方がありませんね」
 さも残念そうに眉間を指で摘み、左右に首を振る尋問係。本気か脅しか、いずれにしても、このままでは想像を絶する激痛を伴う責め苦を受けるのは時間の問題だ。
「信じて、下さい‥‥私が、興味本意で、偲び込んだ、だけ、なん、で‥‥ッ!!」
 刹那、少女は身体を小刻みに震えさせ、両足に力を込めた。白い肌には珠のような汗が浮かび、膨らんだ腹部が戦慄く。パフティの端整な風貌が苦痛に歪む様を見て、男が微笑んだ。
「おや? どうかしましたか? 言葉が中途半端ですよ?」
「‥‥あの‥‥お腹が、苦しくて‥‥」
「それはそうでしょう? こんなに水を飲んだら当然です。しかし、正直に言ってくれないのでしたら、解放もできませんな」
「そ、そんなッ! ‥‥いやッ、そんな、止めて、下さいッ」
 少女の瞳に、赤々と熱を帯びたサーベルを持って近付く男の姿が映った。拘束されながらも身を捩り、必死の形相で足掻く。尋問係はゆっくりとサーベルをパフティの瞳から首、豊かな胸元、膨らんだ腹へと差し向ける。
「さて、どこから刺しましょうか? さあ、私に様々な音色を奏でるがいいッ!!」
「いやあぁぁぁぁッ!!」
 ――絶叫が狭い地下室に響き渡った。
 恐怖と激痛を混在させた悲鳴は、王城一帯に響き渡るほどの激しさだった――――。
「ハァ、ハァ‥‥て、転送機‥‥人や、物を、離れた、所に、送り込む、機械‥‥」
 少女は荒い呼吸の中、光を失った表情のまま、ゆっくりと言葉を紡ぐ。
「‥‥夜明けと、共に、送り込んだのと、同じ、テラスから、呼び、戻される、の‥‥」
「ほぅ‥‥転送機ですか。もっと早く白状してくれれば、こんな目に合う事も無かったのに‥‥まぁ良いでしょう。暫らく休んでて下さい」
 尋問係は報告の為に室内を後にした。手柄は自分で告げてこそ、功績にも繋がるというものだ。異臭漂う地下室の中、パフティは項垂れた顔をあげ、舌を出して微笑んで見せた。彼らが技術文明を取り入れているからこそ通じる嘘に賭けたのだ。責め苦から解放され、少女は安堵の息を漏らす。
「どうやら、信じて、くれた、みたいね。‥‥服を脱がされたら、どうしようかと、思ったわ」
 パフティの背中で、後頭部から延びた触手が浮き出し、もぞもぞと動き出した。器用に長い2本の触手が服の中から抜け出ると、その先端には同色のテープで固定していた小さな高周波カッターが覗く。エマーン人だから可能な芸当だ。正に異種族の民。腰ほどもある2本の触手を巧みに操り、手足を拘束している鎖を切断。ペタンと尻をつき、再び安堵の色を浮かべた。ふと視線を流せば、様々な尋問道具が覗く中、精神感応サークレットを確認する。
「ここなら大丈夫かな?」
 少女は丸みを帯びた白いヘッドギアを被り、連絡を試みた。
「‥‥モラヴィ? 聞える?」

●果ての無い拷問と逃亡の果て
「捕虜が逃げたぞッ!!」
「階段で確認しました!」
 深夜の王城は騎士達の声と靴音で溢れ返っていた。
 尋問係の男が満足気に地下室に戻って来た所、既にパフティの姿を無く、血相を変えて捜索を展開させるのに、そう時間は掛からなかった。責め苦を受けたダメージは偽り無く少女の身体を軋ませ、普段通りに行動する事は敵わない。階段を上り逃げる中、次第に追っ手が迫る。
「ハァハァ‥‥この階段を上がれば、屋上に出られる筈‥‥クッ、足が言う事を利かない‥‥」
 身体の至る所から赤い染みを滲ませる中、痙攣する両足を奮い立たせ、少女は苦痛の色を浮かべながら、手摺を伝って階段を行く。ここで再び捕われる訳にはいかない。もし、再び捕われれば、次はどんな責め苦を味わう事になるか‥‥考えただけで背筋が凍り付く。近付く靴音にパフティの身体は反応し、痛みを堪えて駆け上がる。瞳に映るは大きなドアだ。
「んッ、んんッ‥‥ハァ、ハァ、きゃッ‥‥もうすぐ夜明けね」
 何とかドアを開くと、外の寒さを伴う突風と共に、眼下にアセシナートの街並が浮かび上がった。ここが王城の屋上である事を認識する。靡く茶髪を手で庇いながら、軋む身体を引き摺って、端まで歩く。そんな中、追っ手がドアを開け、靴音を響かせて姿を見せた。騎士達も先が無い事を把握し、余裕の足取りで少女を包囲する。
「もう逃げられぬぞ!」
「抵抗すれば斬るッ!」
 ――!!
 パフティは眼下を確認し、ゆっくりと包囲する騎士達と対峙する。責め苦の痕が生々しく白い肌に刻まれており、流石の猛者も瞳を見開き、動きを止めたものだ。刹那、ゆっくりとしたリズムで拍手が響き渡った。視界に映るは尋問係の男だ。
「よくぞ、この満身創痍の身体でここまで逃げられたものですね」
「ハァハァ‥‥待って、いられなくて、ゴメン、なさいね☆」
 尋問係を研ぎ澄ました瞳で射抜き、不敵な笑みを浮かべるパフティ。強気な言動と表情に、男は歓喜して口元を歪める。
「素晴らしい! この強靭な精神力! 実に壊し甲斐があるというものです! 徹底的に責め続け、二度とそんな口も表情も出せない位に陥落させて頂きますよ」
「‥‥お生憎様ね。あなたの拷問を、受ける位なら、死んだ方が、マシよ‥‥」
 ――まさか!?
 騎士達や尋問係の男は驚愕に瞳を見開いた。
 少女はゆっくりと対峙したまま、背中から外へ向けて倒れてゆく。
「い、いかんッ! 殺させるな! 死んで逃げるなんてさせん!」
「「「「「うおぉぉぉぉッ!!」」」」」
 一斉に群がる騎士達。パフティは瞳を流して口元に笑みを模る。
「‥‥バイバイ☆」
 ふわりと髪を揺らし、床を蹴ると少女は身を投げた。幾つもの手が差し延べられる中、パフティは瞳を開いたまま一気に落下してゆく。物凄い勢いで小さくなる騎士達。そして残念そうに固まる尋問係。再び微笑み、高らかに声を響かせる。
「転送!」
 刹那、少女は消えた。慌てたのは尋問係の男だ。眼下に映るはテラス。脳裏にパフティの声が過ぎる。
 ――転送機‥‥人や、物を、離れた、所に、送り込む、機械‥‥。
 夜明けと、共に、送り込んだのと、同じ、テラスから、呼び、戻される、の――――。
「そうか、転送機ですかッ!! 奴等は転送装置を使ったのです! このまま飛び降りるぞッ!!」
「‥‥て、転送機!? 続けぇ!!」
「「「「「とおおぉぉぉぉぉッ!!」」」」」
 ――モラヴィ、移動よ!
 電磁波屈曲フィールドで不可視となった超小型ドリファンドがテラスから移動する。次に響き渡ったのは、断末魔の悲鳴を響かせて落下してゆく憐れな騎士達と尋問係だ。最上階から落下したのだから無事では済まないだろう。盛大にテラスが壊れ、地上で土煙が大きく舞う中、パフティ達は脱出に成功したのである。
「どうやら助かったみたいね‥‥くぅッ!」
<おい、大丈夫か? あんな高さから飛び降りるなんて聞いてなかったぞ>
 モラヴィに受け止めて貰ったとは言え、蓄積した痛みにより受身を取れなかったパフティは、強かに身体を打ち、ダメージは少なくない状態だ。コックピットの中、汗を流し、痛みを堪えて蹲る。
「‥‥平気、よ。拷問に比べたら、こんな痛みは、堪えられるわ」
<‥‥そうか? なら良いけど。‥‥なぁ、パフティ、転送って?>
「後で説明するわ。‥‥有り難う、辛抱強く、待っていて、くれた、お陰で、助かったわ☆」
 コックピットのモニターに唇を当て、少女は精一杯の感謝をモラヴィに示した。

●逃亡の果てと残る疑問
<おぉッ!! 俺ってカッコいい!>
 時は現在。
 パフティの思い出した記憶を聞き、モラヴィが優麗なフォルムに包まれた約2mの機体(身体)を揺らして、喜びを表現して見せる。『彼』がいなければ彼女とて騎士達と同じ運命を辿っていたであろう。しかし、釈然としない謎が残る。微笑みを浮かべる少女を黄色の丸いライトに映し出す。
<‥‥あれ? それじゃ何で俺は墜落しちゃったんだ?>
 モラヴィは機能停止を起こして修理されるまで再起動していなかったのである。今までの話を聞けば、このまま脱出は成功し、『彼』がダメージを負う事は無い筈だ。
「‥‥‥‥それはね‥‥」
 ピッと人差し指を出して、口を開くパフティ。白に近い肌色の装甲に覆われた超小型ドリファンドは次の言葉を待つ。モラヴィは収納していた隠し腕を出し、期待に拳を固めた。
「それはね‥‥また今度話すわ☆」
 お約束を知っているのか否か、『彼』は機体をガクリと勢い良く傾け、肩透かしを食った事に人間味のあるリアクションを見せる。
<な、なんだよ〜! ズルイぞぉー!!>
「ズルくなんてありませんッ! さあ、明日も町を探しますから、もう、寝ま、しょ‥‥Zzz」
<‥‥おいッ、パフティ? 寝ちゃったのか? おいッ起きろよ! パフティーッ!!>
 真夜中の湖にモラヴィの悲痛な声が響き渡るが、少女が目を覚ますのは朝日が昇ってからであった――――。


<ライター通信>
 この度は4度目の発注ありがとうございました☆
 お久し振りです♪ 切磋巧実です。
 今年も宜しくお願い致します♪ 実は本年OMC第1段なんですよ。
 いかがでしたでしょうか? 倫理的に描写自粛な厳しい拷問の後‥‥これでは切磋は描けません(笑)。なので、中世で実際にあった水責めで演出させて頂きました。拷問はどれも嫌ですが、この際限なく水を注ぎ込まれるのも地獄ですよね。
 次回でいよいよ最終話ですか。果たしてモラヴィに何が起きたのか? 真相を楽しみにしていますね。はい☆ なかなかシチュノベは開けませんが、スケジュール的に余裕があれば対応させて頂きます。ノミで宜しくお願い致しますね☆
 楽しんで頂ければ幸いです。よかったら感想お聞かせ下さいね。
 それでは、また出会える事を祈って☆