<聖獣界ソーン・白山羊亭冒険記>


【楼蘭】凍りつきし華

 聖都エルザードから東へ4月と4日、船旅を経た場所にあるという……蒼黎帝国は帝都楼蘭。

「お願いです、妹を助けてください」
 その娘は美しい少女だった。陶磁器のようにましろで皇かな肌はほんのり薔薇色をおび、大きい瞳は星を宿していた。惜しむらくは、その表情がまるで人形の様に乏しかったことだけだろう。
 そして、異様なのはその腕と足に絡みついた茨のように棘のある氷の枷。
「この子を妻にと望む邪仙が……この子の心が凍りつく呪いをかけたのです」
 呪いがかけられるまでは、よく笑い近所でも評判の娘だったそうだ。
「妹が嫁入りを断ったとたんに……」
 この、氷の枷により心が凍りつき。このままではこの娘が氷でできた人形のようになってしまうという。
「どうか、この子の呪いを解いてやってください」
 兄の祈りは切実だった。



 エルファリア王女から内々にと呼び出されたオーマ・シュヴァルツ(1953)は不振そうに、その部屋の中に置かれた木箱を目にして目を丸くした。
「なんですこれ?」
 開封厳禁。割れ物注意の赤い札が仰々しい。
 オーマの身長よりも小さな一抱えくらいありそうな、箱。
「彼女が楼蘭の踊りを見たいんだそうです、ですから連れて行ってあげてくださいな」
「はぁ!?」
「わたくしの名で船は手配しておきました、くれぐれも慎重に運んであげてくださいね」
 箱は内側からも鍵がかかるようになっているらしい。
「………はぁ」
 何で俺が?の言葉を出す前に王女はオーマに退室を促した。もちろん謎の木箱共々。
 港ではもう一人の同行者である山本建一(0929)が待っていた。
「どうしたんですか?」
 一体それは……オーマの背負われた木箱は流石に人目を引いた。
 いろいろな物がと人とが行きかう港にあっても、それは一際大きかったから……
「しらねぇが、王女さんが連れていけだとさ」
「エルファリア王女がですか…?」
 そういう、今回の足は王女が用意してくれたというそこそこに見栄えのする客船であった。
 とはいえ、船足はさほど速くはない。
「いっそのこと俺が全員を連れて行くか?」
 本性に戻れば全員を乗せることも可能であろう。
「折角王女が船を用意してくれたそうですから…それをお断りするのも……」
「それもそうだな」
 折角の好意を無碍にすることもあるまい。
 依頼された少女の容態も不安であったが、一先ず二人は船に乗り込んだ。
 3人目が姿を現したのは日も落ちた黄昏時。
 特別にと用意された一室の中に設置された木箱が内側から開けられた。
「…もう、船の上のようね」
 ゆれる船内にいることに気が付きレピア・浮桜(1926)はカーテンを開け放した。
 暗い室内に、月の光が差し込む。
「キレイな月」
 こういう月夜には一層踊りへの欲求が駆り立てられる。
 衝動のままにレピアはステップを踏み出した。
 シャンっ♪
 澄んだアンクレットの鈴が響く。未だ見ぬ異郷の踊りは如何様なものなのか。
 是非とも、彼の地で舞を舞ってみたい……
 楽は漣の音と己の鼓動。
 これから行く地へ思いを馳せ、レピアは月夜に舞った。

 船旅は順調に進み、予定よりも1日早くついた。
 3人が顔をあわせたは、楼蘭にたどりついた最初の夜であった。
「だ――!重いぞ!!」
 結局、何が入ってるんだこれは!
「本当に何がはいてるんでしょうね?」
 呪いを解く、アイテムか何かだったらうれしんですけど。狭い宿の部屋の半分を占領する箱に建一も苦笑する。
「ご苦労様」
 助かったわ、お陰で誰にも盗まれることなく楼蘭の都に着くことができた。
「「はぁ!?」」
 木箱の中から現れた、優美な肢体の女性に男二人が目を丸くする。
「あたしはレピア。よろしくね」
 そう片目を瞑った、女性は賑やかな楽曲が流れる酒場をかねた宿の階下へ下りていった。
「何で、木箱から……」
「女王様……なんていうものを……」
 階下が一層沸き返る。どうやらレピアが踊りだしたらしい。
「とりあえず、寝るか……」
「そうですね……」
 先は長い、此処で無理をして体調を崩しては元も子もない。
 考えることを放棄した2人は、其々夜具にもぐりこんだ。

 日が昇ると、レピアは石に戻り木箱の中に納まっていた。
「で……これ、俺が運ぶのか……?」
「僕では力不足ですので」
 よろしくお願いします。
 本日は依頼のあった娘の下へ行く予定だったが……オーマの前には件の木箱。
 狭い夜具に節々が痛いという言い訳は通用せず、流石のオーマの背中にも哀愁漂うものがあった。

「ずいぶんとまあ、ひどいことをしますね。意思を凍らせるなんて……」
 建一は表情なくいすに腰掛けた少女を見下ろして、忌々しげに言い放つ。
「同属性でガチンコ勝負か?」
「この手の呪いは王子様のキスで解けるにきまってるじゃない♪愛してるわ」
 眠り姫もカエルの王子様も真実の愛で呪いがとけたの。
 いつの間にか石化からもどっていたのか、レピアが愛の言葉を囁き少女の唇に己のそれを重ねる。
「ちょ、レピア!?」
 確かに愛は無敵だとは言うけど、突然それはないだろう!という男たちの制止を待たずに、実行してみるが少女の様子に変化はみられない。
「だ、大丈夫でしょうか……」
 少女の家族も心配げだ。
「精神系の効果があるのは月に属するものですが……」
 少女の腕の鎖を手に取りながら、慎重に建一が分析する。
「氷なら、俺の熱い魂で溶かしてみるか?」
「無理に壊すと、この子の心に傷が残る可能性があります」
「ならば、どうするよ?」
 精神系の呪いの解呪は一つ間違えると、取り返しがつかなくなる。
「僕の杖が水の属性ですから……刺激を与えないように、この氷を溶かしてみます」
「わかった、気をつけろよ」
「はい、その代り……邪仙が何も仕掛けてこないとは思えないので……」
「おう、そっちは任せときな」
「仕方ないわね」
 建一にバンとその厚い胸板を叩いてみせると、オーマとレピアは小さな家の外へ出て行った。
「今から、貴女の呪いを解いてみます……もう一度貴女が笑えるように、がんばりますから」
 聞こえているのかどうか…反応のない少女の心にきっと届いているであろうと思い建一はその手にしていた水の精霊杖を高々と掲げた。

 遠く見える針のような山から暗雲が立ち込める。
「来たようね」
 既に星の上っている空を多いかくさんと立ち込める雲からなんともいえぬ生暖かい空気が流れてくる。
「おらおら、お前さんの思いとやらを見せてもらおうじゃないか」
 拳を握りオーマも雲を握り締める。
『我細君を奪わん者は誰ぞ』
「細君って…あんたの独りよがりじゃない」
「男ならこぶしでかかって来い!」
 一人の女性を思うなら、そのくらいの心の強さを持ちえている筈。
『笑止』
「どっちが?」
 雲の下にひょろりとした、柳のような陰の薄い男の姿があった。
「俺が相手になってやる」
 ゆらりと幽鬼のような男にクイッと、オーマが差し招いた。
「我を止められるものか……」
「やってみなきゃわかんねぇだろ」
 柳のような邪仙とオーマ体が交差した。
 一瞬の攻防。そのオーマの筋肉に負けず劣らず、外見から思いもよらない方向から鋭い突きが突いてくる。
「おぉう…やるねぇ」
 だけど、その力をまげて使っちゃいけねぇぜ。
「我は負けん!」
「俺も負けるわけにはいかないのさ!!」
 肉を裂く鋭い手刀をフェイントを入れてかわし、隙を突いて拳を打ち込む。
「まだまだ―――――!」
 セイヤ!一進一退の攻防にレピアの入る隙もなかった。

「もう少し……」
 ゆっくりと、慎重に氷を水に変えていく。
 建一の手の中の杖に呼応し氷の枷の一部が細く、小さな穴を穿つ。
 家族と建一の見守る中で、カランと乾いた音を立て床に落ちた枷がガラスの様に粉々に砕け散った。
「やった!」
「妹々!」
 じっとりと滲んだ額の汗を拭き建一が微笑を浮かべる。
「後は…オーマさん達が何とかしてくれるでしょう」

「がぁぁぁ――――!」
 邪仙が雄叫びを上げ、空を掴まんばかりに両手を突き上げる。
「許さん、許さんぞ貴様ら」
「やったか?」
「そのようね」
 滝のような脂汗をかきもはや、立つのもやっとな邪仙が憎憎しげに2人を見る。
「しゃーねぇなぁ……あんまりがらじゃないんだが」
 前置きをしておいて、オーマはどかっと腰をおろす。
「お前さんは近道をしすぎた、力では無く想いで応えてみろ」
 それすら出来ず仙人邪仙名乗るは片腹痛い。
「想い無き力で想いと絆造り、力を超えられるなら超えてみろ」
 片方からの思いだけでは愛は育まれない……そう諭すように、肩を叩いた。
「これはせめてもの餞別だ」
 ピンク色の冊子をそっと、邪仙の前においた。
「……くそう」
「真実の漢への道が書いてある。それを理解したとき、お前さんにもきっと言い相手が見つかるはずさ」
 術をかえされ、息も未だ整わぬ相手に情けをかける。
 力だけで全てが解決するわけではない……力でねじ伏せた愛など、存在しない。そうオーマは告げるのだった。

 呪いの解かれた少女は花のような優しい笑顔を持って、オーマとレピアを迎えた。
「ありがとうございました」
「ありがとうございます。ありがとうございます」
 家族も3人の冒険者達の足元にすがらん勢いで礼を言う。
「お礼ならあたしの恋人に…は無理でしょうから、ここの踊りを踊ってみせて」
「はい!」
 すぐさま楽の用意がなされ、篝火が焚かれ村は祭りのような賑わいを見せていた。
「笑顔がみれてよかったです」
「そうだな」
 篝火の前でくるくると異国の踊りを舞う可憐な少女の笑顔を見て、踊りなど分からぬ男たちの顔にも笑顔が見えた。






【 Fin 】




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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】


【1953 / オーマ・シュヴァルツ / 男 / 39歳(実年齢999歳) / 医者兼ヴァンサー(ガンナー)腹黒副業有り】

【0929 / 山本建一 / 男 / 19歳(実年齢25歳) / アトランティス帰り】

【1926 / レピア・浮桜 / 女 / 23歳 / 傾国の踊り子】


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■         ライター通信          ■
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何時もお世話になっております、またははじめましてライターのはるでございます。
異国は楼蘭での2つめのお話、無事に終えることが出来てたようです。
皆様のプレイングを総合して、邪仙を説得という形を選ばせて頂きました。
少しでも楽しんでいただければ幸いです。

イメージと違う!というようなことが御座いましたら、次回のご参考にさせて頂きますので遠慮なくお申し付けくださいませ。