<PCあけましておめでとうノベル・2006>
餅搗唄 −水面に浮かび上がる想い。
「矢張りね、御正月を迎えるに当たって、餅を搗かないと駄目だと思うの。」
“正月”と云う言葉には縁程遠い様な外見をした黒い麗人が呟いた。
「……ノイル、御前、餅搗きしたいだけだろ。」
彼方が黒なら此方は白か。全体的に色素の薄い、銀髪に眼鏡を掛けた青年が呟き返した。
ノイルと呼ばれた黒の麗人はにこりと笑って頷いた。
「うん。と云うか、見たい。」
――餅搗きが。
青年は短く溜息を吐いた。
「……だってさ、如何する、ユーリ。」
こてん、と仰け反る様にして、青年は後ろに居た黒髪翠眼のユーリとやらに無理矢理視線を向けた。
「ルー、頭に血が上るから止めなさい。」
低い男性の声でユーリは青年を窘め、其れから考える様に続けた。
「……まぁ、有るけどな。臼と杵。」
「ほんと、わぁっ、だから好き、ユーリっ。」
ノイルは両手を組んで満面の笑顔、と喜びを顕わにし、比例してルーの溜息が深くなった。
「だからって未だ遣るとは……、」
「良いじゃないか。御方があんなにも喜んでるんだから。」
其の科白はノイルの後押しをしている様で、然し、言外にもう何を云っても無駄だと云う意が含められていた。
「……解ったよ……遣れば良いんだろ。」
結局、苦労性の青年は溜息を吐かずには居られない様だ。
斯うして、良く解らない侭に餅搗き大会は開催される事となったのだ。
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「……毎度思うんだが、ユーリってノイルに甘い気がする。」
――何か弱みでも握られてんのか、
晴天の某日、某処屋外で其の餅搗き大会は開催された。
突然の開催にしては結構な人数を集めた其の会場の端っこで柱に凭れ乍、半ば強制的に巻き込まれた青年――ルーファスはぽつりと呟いた。
「別にそう云う訳では無いんだが。」
「……ッ、……気配を消して背後から近附かないで下サイ。」
其処に件の男性――秋乃・侑里が突然現れる。
此の男。臼や杵、更には会場を用意したりと此の会を主催している割に、普段通りきっちり三揃いのスーツを纏っている辺り参加しようと云う意志が感じられない。
「此の位は気が附かないと不可ないな。」
侑里は其の侭ルーファスの隣に腕を組んで立ち止まる。
「さいですか。…………ま、ぁ、皆が愉しそうだから良いけどな……。」
二人の視線の先に居るのは、其れ其れ愉しそうに餅搗きを愉しんでいる人々。
餅搗き大会、と云っても内輪だけの小さなモノかと思っていたのに、蓋を開けてみたら一寸した地域振興の催しを呈している程の賑わい振りだ。
「嗚呼、色々準備した甲斐が有ったよ。……何より御方が愉しそうで良かった。」
そう云って侑里が眼を細めて見遣る先に、此の大会開催の原因である人物――ノイルが、一生懸命杵を握っている子供達を笑顔で応援していた。
「はは、そうそう。良い調子だ。――頑張れ、後少し。」
少し重い杵に苦戦し乍も一生懸命餅を搗く子供達。
其れを微笑んで見、一段落した処で何か飲み物でも貰おうと、ノイルが振り返った先に見知った姿を見附けた。
――あんな目立つ大柄の男性は。
「……あっれぇ……、オーマ、」
こてんと首を傾げて呟くと、丸で其の呟きが聞こえたかの様なナイスタイミングで其の男性――オーマ・シュヴァルツもノイルに気附いて振り返った。
「おうおう、何処かと思ったらそんな処に居たのか。」
「嗚呼矢っ張りオー…………マ。」
親しげにノイルの方へと遣って来るオーマを見て、ノイルは少し遠い目をした。
最早オーマの着けている可愛らしいワンちゃん柄のふりふり桃色エプロンは気に為らなくなって来た、が然し。
「……何を、引き連れているのかな。」
移動したオーマを慌てて追う様に人面門松と人面鏡餅軍団……と云う異様なモノ達が、ボディに附いた筋賀新年アニキスマイルフェイスが眩しくも暑苦しいラメの入ったピンク色の臼と杵……と云う此亦異様なモノを背負って向かってくる。
「あー、ありゃぁな、」
――ノイル、
「……え、」
丁度オーマが話そうとした時、少し離れた処からノイルを呼ぶ声が上がる。
「嗚呼。何、如何かした。」
突然の事にワンテンポ遅れてからノイルが振り返って、呼んだ相手、ルーファスを振り返る。
其処にはルーファスの他に、未知の餅に興味を持った少女――リージェ・リージェウランを連れた侑里が居た。
「此の仔にも搗かせて遣って呉れないか、興味が有るらしいんだ。」
「嗚呼、どうぞー。」
そう笑顔でリージェを案内しようとしたノイルの横から、オーマが勢い良く飛び出した。
「よぉ嬢ちゃん、無駄の無い良い筋肉してるな。如何だ、何なら筋賀新年(中略)ギラリマッチョマイ臼&杵で搗かないかッ。」
「お、ぉお……、」
(中略)って何だ、とか思いつつも勢いに押され気味のリージェに助け船を出したのはノイルで。
「こらオーマ、行き成りだと驚くでしょうってか君の持参した道具は既に良く解らない、と云うかキモ怖い生物……か如何かも定かじゃないモノ達が次々とハート形の餅を搗いてるじゃない。」
と、長い上に少し酷い科白を表情を変えずに一息で云い切った。
其れを聞いて視線を巡らせると、落ち着いたのか、人面門松と人面鏡餅軍団が他の参加者に混じって餅を搗いているのが発見出来た。
因みに、臼に附いているアニキフェイスが搗く度投げキッスを飛ばして来る。……眼が合えば常人には軽くトラウマモノである。
「…………。」
ルーファスがそっと侑里の陰に隠れる。屹度眼が合って仕舞ったのだろう。
其の頭をぽすぽすと撫で乍侑里が感心の意を含んだ声音で呟いた。
「……世の中は不思議で一杯だな。」
「おお、済まねぇな。何だか知らんが沸いて出て来るんだよな。」
――御陰で俺は料理の方に専念できる訳だが。
そう云ってオーマが差した作業台の上には様々な材料が並んでいた。
「ずんだ豆に餡、黄粉、御手洗、蓬、納豆。黒豆白豆……大抵の餅なら作れるぜ。」
オーマはそう自信たっぷりに説明して、作業台に戻ると慣れた手附きで蓬餅に餡子を詰めていく。
「おぉ……。」
其の姿を尊敬の眼差しで眺めるリージェにノイルが亦視線を戻してにっこりと声を掛けた。
「じゃぁ御嬢さんは先ず搗いてみようか。……そうだ、御名前は、」
「そうだな、解った。む、嗚呼、名前はリージェだ。」
頷くリージェに、侑里が杵を手渡す。
「はい、どうぞ。リージェさん。」
「有難う……良し。」
杵を受け取ったリージェは臼へと向かい合う。
――此で、中の餅を搗けば良いんだよな。
取り敢えず、教えられた事を思い出して、ゆっくりと杵を振り上げて。
「……たああああああああッ、」
力一杯振り下ろすっ。
――ズダンッ。
大凡餅搗きとは思えない様な鈍い音が響く。
「おーおー、流石だな嬢ちゃん。良い搗きっぷりだッ。」
オーマがリージェに向けてグッと親指を立てた。
「成程、此で良いのか、」
褒められた事で、自分の遣り方で間違っていないのだと安心したリージェは亦杵を振り上げる。
「良しっ嬢ちゃん、其処で杵を一回転だッ、」
「こ、斯うかッ、」
突然の指示に、其れでも器用に杵を一回転させて餅を搗くリージェ。
「おぉぉ……。」
「……否、確かに凄いんだが感心してないでっつか嘘教えて遣らないで下さい。」
指示を出したオーマを筆頭にノイルは目を輝かせて、侑里は至極真顔で感嘆の声を上げた処に、突っ込みに廻らざるを得ないルーファスがげんなりと呟いた。
「む、違うのか、」
「廻したりしないで……普通に搗けば良いんだ。」
違うと云われて如何すれば、と云ったリージェにルーファスが諭す様に返した。
「ふっ、中々骨が折れる作業だ…………む、」
アレから勢い衰える事無く、力強く搗いていたリージェだが一部を除いて言葉を失っている様な周囲に気が附いて手を止める。
「皆引いているな……。私の作業は此処迄にしておこう。」
そそくさと杵を他の人に渡し、オーマの居る作業台の方へ遣って来た。
「お、今度は丸めてみるか、其処の固まりが今来た処だ。」
と、用意したのか簡易コンロで餅を揚げ乍オーマが、湯気を上げている餅の固まりを示した。
「嗚呼。……何だ、此の不思議な感触は……。」
手を洗ってからふにふにと指で突いてみる。味は如何だろう、と一寸千切って味を見た。
「余り味はしないのだな……。此は本来如何遣って食べるんだ、」
作業台の上に有る、様々な材料を眺め乍リージェが首を傾げる。
「そうだね……特に此、と云って決まってる訳じゃないんだけど……。」
何時の間にかノイルが向かいで餅を均等に千切っている。
「其処に有る調味料を附けたり、掛けたりして食べるかな。」
――餅其の物には味が無かったろう、
と侑里が、今度は食事用のティブルを用意させ乍笑った。
「そうか……、料理に使ってみても面白そうだな。チーズと一緒にグラタンとか色々使い道が有りそうだ。」
侑里の言葉に頷いて、リージェは想像を膨らませる。
「近くに台所があれば作れるんだが……。」
「嗚呼、オーブンとか他の材料……牛乳とか其の辺は確か建物の中に有るぞ。作るか、」
リージェの呟きにルーファスが、建物を指して首を傾けた。
「本当か、なら、借りるとしよう。」
わくわくと愉しそうなリージェにルーファスは微笑むと、千切った餅を適当に皿に載せる。
「じゃぁ、俺はこっち手伝って来る。」
「嗚呼、行ってらっしゃい。」
ノイルが笑って手を振り、オーマが声を掛ける。
「美味いの期待してるぜッ。」
「任せておけ。」
其の声にリージェは軽くガッツポーズを返すと建物の中へと消えていった。
* * *
小一時間もすればティブルの上には様々な餅料理が並んでいた。
「やぁ、此処迄勢揃いすると壮観だねぇ。」
ノイルが其の光景を眺めて呟く。
餡子、黄粉、御手洗等の各種餅に、雑煮、リージェの作った餅入りグラタン、オーマの作った納豆掻揚げ餅……と上げれば切りが無い程で。
「其れでは、冷める前に戴こうか。」
侑里が微笑んで食事の開始を促した。
「いっただきまーす。」
「お、嬢ちゃんのグラタン美味いじゃねぇか。」
「嗚呼、餅の食感が良いアクセントに為っている。」
「そ、そうか。良かった。」
「オーマの掻揚げ餅も美味しいよー。」
「良い酒の友だな、此。」
「だろー。」
「七輪も有るから焼き餅が良かったら使い給え。」
「ぁ、焼く焼く。」
わいわいと賑やかな会食が始まった。
其れ其れが思い思いに箸を進めている処に、そうだそうだと思い出した様にオーマが何かを取り出した。
「紅茶持って来たんだよ。」
「紅茶、」
「そ。一寸此奴ぁ面白いぜ。」
にっと笑ったオーマが、淹れて来た紅茶のポットを指で突く。
「そうだなぁ、じゃぁ試しに注いで見て呉れ。」
オーマはポットをルーファスの方へ押し遣る。
「あ、嗚呼……。」
何が起こるのか、とルーファスはポット受け取って恐る恐ると云った体でカップに紅茶を注ぐ。
「……わ、綺麗なヴァイオレットだ……。」
「ふむ、此は珍しいな。」
珍しい水色にノイルと侑里が感心していると、オーマは「否、御愉しみは此からだぜ。」とポットを取り、自分のカップへと注ぎ入れた。
カップの中で揺れる水面の其の色は。
「……ぇ、スカーレット……、」
驚きを含んだ其の声にオーマは悪戯が成功した子供の様な顔で笑った。
「面白いだろ、もう一杯位誰かに注いで貰っても良いんだが、種明かしをした方が面白いからな、此は。」
そう云い乍もポットを侑里の方へ差し出す。肩を竦めた侑里が其れを受け取ってから、オーマは続けた。
「此はルベリアの花から淹れた紅茶でな、注ぐ時に想いを一緒に注ぐと其の色に為るんだよ。」
「ルベリア……嗚呼、成程ね。――オーマは赤か、確かにそんな感じ。」
合点が行った様にクスクスと笑うノイルの向かいで、侑里がゆっくりと紅茶を注ぐ。
「ユーリはオリーブグリーンか。」
「丸で緑茶の様だな。」
侑里はそう云って笑うとポットをノイルに渡した。
「やだなぁ、此注いで真っ黒になったら如何しよう。」
ポットを受け取り、ノイルが呟く。其れを聞いたオーマは心配無用とばかりに親指を立てた。
「そん時は同盟入り決定だな、」
「やだってば。――わぁ、此本当何色にでも為るんだね……。」
即時に拒否しつつ、ノイルはカップに紅茶を注いで感嘆の声を上げた。
カップの中で揺れるのは、深いロイヤルブルー。
「連れねぇなぁ、じゃ、嬢ちゃんもいってみっか。」
ノイルの反応にオーマが肩を竦めて、今度はポットをリージェに寄越す。
「む。あ、あたしか、」
今迄の遣り取りを聞き乍黙々と餅料理を堪能していたリージェが、突然話を振られて慌てる。
「そうだねぇ、折角だし。」
「他にどんな色になるか興味が有るしな。」
「ぇ、え……、」
にこにこと笑顔を浮かべる周囲に背中を押されて、リージェはポットを手に取った。
彼女自身、興味が有ったのも事実だが。
「……おぉ。」
――そんな雰囲気の侭で会食は大いに盛り上がり、とっぷり日が暮れる迄行われたらしい。
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┏┫■■■■■■■■■登場人物表■■■■■■■■■┣┓
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[ 1953:オーマ・シュヴァルツ / 男性 / 39歳(実年齢999歳) / 医者兼ヴァンサー(ガンナー)腹黒副業有り ]
[ 3033:リージェ・リージェウラン / 女性 / 17歳(実年齢17歳) / 歌姫/吟遊詩人 ]
[ NPC:ノイル / 無性 / 不明 / 占術師 ]
[ NPC:ルーファス / 男性 / 21歳 / 派遣社員 ]
[ NPC:秋乃・侑里 / 男性 / 28歳 / 精神科医兼私設病院院長 ]
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■ ライター通信 ■
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毎度どうも有難う御座います、徒野です。
此の度は『餅搗唄』に御参加頂き誠に有難う御座いました。 ようこそ混沌世界へ、とでも云いましょうか。
“明けまして御目出度う”と謳っている割に御届けが遅くなりまして何とも……。
オーマ氏の主夫ッ振りには毎度感心します。料理上手な男性って素敵です……。
ルベリアの花からこんな素敵な紅茶が淹れられるんですね。実際に有ったら是非私も試してみたい一品です。
此の作品の一欠片でも御気に召して頂ける事を祈りつつ。
――其れでは、亦御眼に掛かれます様。……御機嫌よう。
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