<PCクエストノベル(3人)>
褪せぬ色〜アクアーネ村〜
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【冒険者一覧】
◆1879:リラ・サファト/職業:家事?
◆1711:高遠 聖/職業:神父
◆1989:藤野 羽月/職業:傀儡師
【助力探求者】
なし
【その他登場人物】
◇舵取りの男
◇川端の絵師
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●Act.1
アクアーネ村。
その名に違わぬ水によって生かされる『水の都』は、聖都エルザードと他地域との小さな中継地点でもあり、また同時に有名な観光地でもある。
水の都の新年らしく、家々の軒を縫うように吊り下げられた硝子のランプの灯りがそこここで溢れていた。
ともすれば、儚いその灯火は妖精が発する清らかな光にも似て。
朧な情景に酔った彼らが水際で輪を作り、ささやかな宴を催していたとて、ちっとも不思議ではなかっただろう。
リラ:「こんなに美しいものの中に身を置いていると、心が洗われるよう……」
年明けに、高遠聖(たかとお・ひじり)の誕生日祝いも兼ねて親友のリラ・サファト&藤野羽月(とうの・うづき)夫婦が計画した小旅行。
本来、聖の誕生日は12月24日のクリスマス・イブなのだが、神父である彼は多忙であったがために、結局ここまでずれ込んでしまったのである。
リラが提案、羽月が具体的なスケジュールを組んだ割には、一番はしゃいでいるのはリラだった。もっとも、彼女の無邪気な顔を拝めることこそが、聖への何よりの進物となっていたことも事実である。
一行はゆったり歩いては目を凝らし、珍しいものを見つけては歓喜の情に浸った。
羽月:「『村中に張り巡らされた運河にゴンドラの揺れる光景は、この村特有のものでもある。』か……」
聖:「それは楽しみですね。行ってみましょうか、リラ」
観光案内所で配布されているパンフレットを握る羽月を取り残し、聖がリラの肩を抱いてさっさと行ってしまう。勿論、全ては生真面目な羽月を弄んでいるがための行為である。
但し、聖の思惑など知る由もない羽月にしてみれば、当然面白くない。だがそれをこの程度のことであからさまに口にする彼でもなく。
船着場に着くと、よく日に焼けた60代前後であろうと思われる舵取りの男が、呑気に煙管を燻らせていた。暇そうである。この時期、ゴンドラに乗る客は少ない。
3人分の船賃をコインで先払いし、早速乗り込むわけだが、またしてもここで聖の悪戯心が発揮される。
聖:「さあ、リラ」
リラ:「うん。有り難う、聖」
羽月:「…………」
真っ先に半月型のゴンドラへと着地した聖がすらりと形の良い手を差し出し、躊躇することなくリラが掴む。それを支えに彼女もまたふわりと飛び乗る様子に、羽月の全身からメラリと何かが垣間見えた気がした。
3人の交錯する思惑に反して、川の流れは至極緩やかなものであった。それは、彼らがこの世に生を受ける前から存在し、そしてこの先もずっと同じであるのだろうと思わずにはいられぬ程に、ゆるゆると――。
自然、突いて出たのか、それともサービスなのか趣味なのか、舵取りの男が古来より伝承されてきたという船漕ぎの歌を歌い始める。
おいらは陽気な船漕ぎさぁ
今日も今日とて舵握り
波間をかき分け颯爽と
えっちらこ、ぎっちらこ
可愛いあの子を乗せて行く
楽を生業としている者とは比べるべくもない、男の童謡。
蝦蟇蛙のような擦れた歌声に加え、時折調子外れな節もあって。
けれども、これはこれで味があって良いのではなかろうか。アクアーネの古き良き街並みにはよく似合う。
童謡が何度か繰り返されるうち、リラもまたいつしか男に合わせて小さく口ずさんでいた。
●Act.2
男に村の名所を次々と案内されつつ、ゴンドラにゆらり揺られて川下りを満喫していると、川岸に1人の青年が折り畳み式の小さな椅子にポツリと腰を降ろしているのが目に留まった。
瞳を閉じ、ただただ沈黙のままに瞑想にでも耽っているのだろうか。
まあ、素晴らしい自然の中に身を置くことで独り、感慨に浸るのも良しといったところ。何とも至極平和な1コマではないか。
青年の姿はゴンドラが架橋を潜り終えた時には、もう見えなくなっていた。
遊覧のひと時はあっという間に終わりを告げ、再びゴンドラは船着場へと到着する。
舵取りの男へ簡易な礼を述べ、且つ歌のお代にとチップを握らせてから一行はその場を後にした。
さて、この時期特有の薄い光を放つ陽は着々と西へ近づいていたが、夕刻までにはまだ少し間がある。
リラ:「どうしようかな。ねえ、聖は何がしたい?」
聖:「リラが望むなら、何だって」
リラ:「そう? でも今日は貴方が主役なんですもの」
聖:「では、可愛らしいお嬢さん。是非にも僕と腕を組み、優雅に散策と洒落込んでいただけますか?」
予想外の答えに、リラが目を丸くする。
聖:「無論、これは誕生祝いの特権ということで良いですよね、羽月さん?」
羽月:「……貴様……」
羽月の中で、何かがぷつりと切れる音がした。
瞬時に腰の物へ手をかけ、抜刀しそうな勢いの彼に対して、慌てふためくリラと涼しい顔色の聖。食えぬ策士である。
見事、神父殿の術中に嵌ってしまった夫へ、リラが暫しの思案の末、何やら閃いた様子でぽんと両手を合わせた。
リラ:「えっと、じゃあこうしましょう。聖が右で、羽月さんが左」
言うが早いが、当人達の了承を得ることなく、彼らの手を両にとって軽快に歩き出す。おっとりしているようでいて、実は行動派のリラ。微笑ましくも懸命な姿に、誰もが彼女の虜になる。
羽月も聖も、それは例外ではなかった。
露店で購入した甘い芳香を放つ果物を口に運びながら、足の赴くまま見て回っていると、偶然にも例の川端へ出た。
例の川端――つまり、先程瞑想男がいた場である。
あれより大分時間が経過したはずなのだが、彼はまだのんびりと運河に向かって、何をするでもなく椅子へ腰掛けているのであった。
そしてここでもまた、リラの抜群の行動力が露見することとなる。
リラ:「こんにちは。良いお天気ですね」
気さくというか、物怖じしないというか、とにかく、誰にでも分け隔てない細やかな心遣いの表れではある。
謎の男:「こんにちは。おや、貴方方はゴンドラで川下りに興じていらした――」
リラ:「はい。リラ・サファトと申します。こちらは藤野羽月と、高遠聖」
先刻も、そして今もまたずっと目を閉じている割には、なぜ自分達がゴンドラに乗っていたことを知っているのだろう。
胸の内で小首を傾げつつ答えるリラに、男の物腰はすこぶる柔らかかった。
謎の男:「ほうほう。なるほど。仲良し3人組というわけですか」
聖:「少し、違いますね」
謎の男:「うーん……では、三角関係?」
曖昧な笑いを浮かべて、しかし初対面で尋ね難いこともこの男は言い放つ。その様子を面白そうに眺めているのは、いうまでもなく聖。
傍から見るとリラを挟んで羽月と聖がライバルのように見えるが、彼ら(特に羽月)の名誉のために注釈を加えるならば、親友+妻+夫という3人なのである。
ここで会話が可笑しな方向へ向かわぬようにと、羽月がさりげなく話題を変える。今度は抜刀しようとしなかっただけでも大したものだ。
羽月:「失礼だが、お目が――」
見えないのだろうかと続くわけだが、皆まで言わずとも彼には十分通じている。
謎の男:「ああ、こちらこそ失礼。これはですね、絵師としての技量向上のための一環と申しましょうか。いえ、私も芸術を愛する者の端くれなのですが。例えば、瞳に映るものをありのままに描写する。これは絵師として当たり前のことです。けれども、それでは面白味に欠ける」
いつになく生き生きと力の篭った説明に、リラと羽月は共通の知人をぼんやりと思い出していた。
そういえば、物言いや雰囲気などは、正に『彼』そのものではないか。興味のある話となると水を得た魚のようになる所などは、特に。
男が続ける。
謎の男改め川端の絵師:「目に見えるものだけが真実とは限りません。このように視覚を絶つことで、他の感覚が冴え渡る。そうして初めて分かる事象もあるに違いない、と。それを絵に表現出来るならば、これはもう抜群に素晴らしいことだとは思いませんか?」
言っていることは正論に違いないが、どことなく一風変わった絵師。明らかに怪しい。普通ならばこれ以上関わらないに越したことはない……わけだが、時既に遅し。
瞳を見交わす聖と羽月を他所にして、リラがにこやかに、
リラ:「絵師さん、もしよろしければ記念に私達の絵を描いていただけませんか?」
川端の絵師:「ふふ、ここでこうしてお知り合いになれたのも、何かの縁。私なぞでよろしければ、可愛らしいお嬢さんのお申し出、喜んでお引き受け致しましょう」
かくして明日、もう一度この場所で落ち合うことを約束してから一行はその不思議な絵師と別れたのだった。
●Act.3
夕飯に村の名物料理、イカ墨パスタをいただいた後、平穏無事に――リラにちょっかいを出す聖に、またしても「貴様」呼びになる羽月の姿があったものの――1日目は滞りなく過ぎて行く。
翌日、絵師のいた川端へ出掛けた彼らが見たもの。
そこには絵師が座っていた椅子があるだけであった。
落ち合う時間より幾分早く到着してしまったのだから、彼が来ていないのは当然かもしれないと思いつつ、皆が椅子に近づいていく。
上にはマーメイド紙に水彩画で彩られた絵が3枚、掌程度の大きさの石の下に敷かれていた。風に飛ばされないようにと配慮してのことだろう。
『永久(とわ)に色褪せぬ貴方方へ、どうかお気に召していただけますよう』
たった一文の置手紙。走り書きされた文字を目でなぞってから、各々が1枚ずつ、水彩画を手に取る。
水面で踊る3人の精霊であった。
とうとう一度たりとて双眸を開いてはくれなかった絵師は、それでも精霊達にそれぞれライラック色の瞳や漆黒の髪、または聖書を片手に持たせていた。
一同の特徴をよく捉えている。
3枚共、少しずつ異なるポーズで、順に見ると絵本のような不思議な印象を受ける。
それにしても、何と柔らかい色使いだろう。
一面に薄く塗られた青は、運河と空の交じり合う空間。
眺めているだけで香ってきそうな水の匂い。
たおやかな風と、透明な光。
耳を澄ませば精霊達の囁きや、歌声が今にも聞こえてきそうだ。
感覚で魅せる絵。絵師が視覚を絶ってまで描きたいと願ったものは、まさしくこれであったのだ。
絵画にサインはなく、代わりに作成日だけが左下に小さく記されている。白い人差し指でそこに触れるリラは、ほんのちょっぴり寂しげ。
リラ:「名前だけでも、教えて欲しかったな……」
自分達のことを興味深げにおどけて詮索していた絵師。彼は、自らのことについては何も語ってくれなかった。今思えば、それは故意であったような気もする。
川面を渡る寒風に首を竦める愛らしい仕草のリラに、男性陣が微笑んだ。
羽月:「そうだな。けれども、また縁があればいつかどこかで会える。絆とはそういうものだ」
聖:「口約束など、彼との間にはむしろ必要のないものなのかもしれません。再会した時には、お茶でも飲みながらゆっくりお話してみたいものです」
今後、自分の進む道と絵師のそれが交わる時が一瞬でもあるとするならば……純粋にそんな巡り合せが訪れるようにと旅人達は密やかに願うのであった。
ささやかな出会いと別れを静かに噛み締める一行。
と、不意に何かを思い出したように耳打ちするリラへ、羽月が小さく頷く。それから「ちょっと待っててね」と聖へ釘を刺し、夫婦は彼を残して人込みに紛れてしまう。
言われるがまま、手持ち無沙汰に若き神父がパン屋の壁にもたれていると、ややして2人が帰ってきた。手に何か包みを携えて。
リラ:「はい、これ……お誕生日のプレゼント。随分遅くなっちゃったけれど」
羽月:「リラさんと相談して、多分、これが一番良いだろうと。気に入ってもらえれば何よりなのだが」
にこにこと満面の笑みを浮かべるリラと、遠慮がちな羽月にせかされながらも、赤いリボンを解き、包み紙を捲る。中から現れたのは、泡硝子の写真立てであった。丁度、川端の絵師の絵画を嵌め込まれるサイズのものだ。
枠に使用されている気泡が入った淡い水色の硝子は水をイメージしており、それが精霊の姿を一層幻想的に醸し出すことだろう。
アクアーネの思い出には、実に相応しい贈り物を目の当たりにして、するりと素直に口を突いて出た言葉。
聖:「有り難うございます」
親友のたったその一言が、羽月とリラにとっては嬉しかった。「こちらこそ、有り難う。受け取ってくれて有り難う。喜んでくれて有り難う」と。
伝えきれぬ程の感謝の念。しかし、皆まで言わずとも思いは届くのだ。そんな素敵な、彼らの関係。
未来永劫、色褪せぬ君達へ――。
―End―
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