<聖獣界ソーン・PCゲームノベル>


【楼蘭】赤き犬の陣



 聖都エルザードから東へ4月と4日、船旅を経た場所にあるという……蒼黎帝国は帝都楼蘭。
 折もよく城では新年の儀が執り行われていた。
「主上に置かれましては、ご機嫌麗しく……」
 九拝を受ける相手は、みすごしにあくびをかみ殺していた。
「暇じゃ……」
「主上…」
「分かっておる」
 じゃが、暇なものは暇なのじゃ。未だ声は若く、どちらかというと幼い。
 傍に控えた女性が嗜めるも、出てくるあくびは止まるものではない。
 退屈な近隣諸侯と家臣と挨拶。毎年変わらず続いているものとはいえ、なんとかならんものかと考えあぐねていたとき。
「おーほっほっほっほ……か弱きものどもが、よくもまぁ此処まで集って・・・」
 高らかに笑う女の声が、厳粛な楼閣内に響きわたった。
「女丑の尸……この女狐め」
 舌打ちしたのは誰だったか。
「帝都の皆々様にわたくしから、贈り物ですわ」
 どうぞお受け取りになって。
 女が手をあげると、数匹の赤い巨犬が空より現れた。
「天犬!?」
 それは騒乱の世に現れる、赤き犬の名。
「くそ!とっつかまえて食ってやる!!」
 いきり立つ将達が各々武器を手にする。
「此処は拝殿じゃ、争いは表でなされ」
「相変わらず、お優しい宰相様ですこと」
「余計なお世話じゃ。各々ぬかる出ないぞ」
 主命を守るは武士の本懐。

「とはいえ……だれぞ、助っ人を呼んだほうがよいかのぅ」


 とんだ慶賀の儀になったものだ……牙を剥き出しにして血なまぐさい息を漏らす天犬と呼ばれる妖獣は、各軍の騎馬隊の軍馬にも劣らぬ体躯を見せていた。
「おうおう、超ぷりきゅんわんちゃんだな」
 うちのらぶなハニーにゃぁ、やっぱかなわねぇよなと巨大な犬を前にしても飄々としているのはオーマ・シュヴァルツ(1953)。
 なにやら、楼蘭のアニキ仲間たちと筋密度高い密談の真っ最中だったらしく、瓦の屋根の上に片腕一本で飛び上がったオーマの姿にやんややんやの筋骨隆々のアニキ達の喝采が飛ぶ。
「………………」
 同じように身軽に瓦屋根に飛び乗った、怜悧な瞳の美女がオーマに続いて天犬と対峙する。その眼差しそして身のこなしには全くといっていいほど隙と無駄が見えない。
 天犬を前にしても殆ど表情を変えないレニアラ(2403)にしてみれば、天犬と言えども普段から駆っている飛竜に比べれば、ただの大きな犬でしかないのかもしれない。
「……犬か……」
 そう、目の前にいるのは妖獣とはいえ犬である。
 ならば……レニアラのやるべきことは決まっていた。
「ずいぶんとまあ、大きい犬ですね」
 慶賀の儀を遠くからでも見ようと訪れていた、山本建一(0929)は屋根の上の二人と天犬を見上げていた。
「新年早々出てきて欲しくないですね」
 赤い巨大な犬は凶事の表れだと町の者がいっていた。
 折角の新しき年の始まりに、災厄の象徴をつれてよこす、女丑の尸という女はなんとはた迷惑な女であることか。
「動きを封じますので、後よろしくお願いします」
「好(ハオ)」
 任せておけと武将達がそれぞれに武器を抜く。
 日は中天、月魔法では威力が弱いかと危ぶんだものの健一は手にした7つの宝玉を持つスタッフを高く掲げた。
『影にやどりし束縛の力、呪縛の戒めの前に動くことあたわず!』
 力ある言葉が紡がれる。
『シャドウバイディング!!』
 天犬の影がその本体を束縛した。

「毒や呪いがあると厄介だよな」
 ニヒルな余裕の笑みをたたえながらもオーマは向かい合う赤い犬の動きを探る。
 子牛ほどの大きさを持ちながらも、そのすばやさは獣なだけあって侮れないものがあった。
「俺があれをしとめるからよ、その間に一般人の安全確保頼むわ」
 屋根の下の兵士達に声をかけ、オーマは拳を握る。無闇な攻撃は、獣を一層いきり立たせる、弱肉強食の野生の掟の前に無粋な武器など不要。
「下僕主夫魂見せてやるぜ!」
 かかってきな、というオーマの言葉が通じたわけではあるまいが、赤い犬は牙を剥き出しにしながらその屈強な体躯に襲いかかった。
 オーマの拳と天犬の牙が交差する。
「うおら―――!」
 ブンっと重い唸りをあげてオーマの太い足が天犬の眉間めがけて振り下ろされる。
 あたれば致命傷になりえたその蹴りも空を切り、屋根をぶち抜いた。
「ちっすばやさは向こうが上か……」
 舌打ちをしながらも、突進をかけてくるその巨体を素早く交わす。
「そう簡単にやられちゃくれないってか?」
 その俊敏な身のこなしに手を焼きつつも、オーマは相手の出方を伺った。
 そろりとすり足で、フェイントを踏む。
 成るべく死角のない開けた場所へ誘導できれば……素早く辺りを見回し、迎え撃つに最適な場所を見出す。
「あそこだな!付いてきなわんころ!!」
 高い跳躍で一飛びで石畳の広場に降り立つ。余裕綽々なオーマに触発されたわけではあるまいが、天犬も後をおった。
「ここなら思う存分やれそうだぜ」
 足場の悪い瓦屋根から、開けた広場で天犬を迎え打つ。
「漢と漢の戦いに無粋は不要、力の限り相手してやるぜ!」
 力こそ全て。その拳と漢としての魂にかけて……闘争本能に支配された天犬がオーマに飛び掛る。
 オーマは天犬の首の根をつかむとそのまま、その太い腕でガシッとその首をホールドした。
 屠ればその血より呪われる可能性も無きにしも非ず……
「落ちやがれ!」
 妖獣とはいえ命あるもの、息ができなければ意識を失う。
 もがく様に四肢であがらった、天犬も暫くして口から泡を吹きピクピクと四肢を痙攣させる。
「とりあえず、一丁あがりか?」
 現れた天犬は4体、建一が1体捕縛していたから、残りは2体。その他の獣には他のメンバーが向かっているはずであった。

「人間、甘く見ていますと痛い目にあいますよ」
 言葉が通じない獣と対峙しながらも建一は静かにその手にしたスタッフを構える。
 その背後からはバタバタとかけてくる足音が聞こえる。
 最初の一頭はシャドウバインディングにより拘束し、そのまま武将達に引き渡した。
「昼間ですから…やはり此処は」
 冬の澄んだ空気が空を高く青く頭上に広がらせている。陽光の白い輝きが目に入る。
『鋭き凄烈なる光の矢、わが前に立ちはだかるものを焼き払え!』
 サンレーザー、陽精霊の力を借りた精霊魔法の中でも、群を抜いて高い威力を誇る陽光の矢が建一のスタッフの指し示した天犬の頭部を打ち抜いた。
 獣毛と血肉がこげる異臭が広がる。
「そういえば……食ってやるって仰っていましたけど…これを食べるんですか……」
 頭部を失い、よろよろと多々良を踏んだ天犬の体が傾ぎ、どうっと地響きを上げ地に倒れ付した。
 犬を食べる習慣のない建一には武将達の言葉が気になって仕方がなかった様子。
「すげえな兄ちゃん」
 術を駆使して瞬く間に、2体の天犬を退治した建一の肩を髭面の武将が叩いて、天犬の方へと歩いていった。
「やるな、お客人」
「…はぁ、それでこれは…」
「もちろん食うにきまってるだろ?兄ちゃんも行くだろ♪」
「本当に食べるんですか……」
 赤犬は犬の中でも一番うまいんだぜ!ニッと本当に嬉しそうに笑う武将達に建一は苦笑するしかなかった。
 四足のものは机以外のものは全て食べつくす、どこかでそんな噂を聞いたことがあった。
 妖獣も楼蘭の武将の前にかかっては食料のひとつらしい。
「僕は遠慮しますね」
 流石に目の前の天犬の原形を見てしまってはとても食べる気にはなれないと建一は異文化との小さなカルチャーショックを覚えるのであった。

 残り1体。この戦いは少し風変わりな装いを見せていた。
 レニアラを前にしてうろうろと天犬が遠巻きに行き来する。
 何故だか近づいてはならない、本能がつげいてる…完全に野生である妖獣は、目の前にいる豊満な肢体の女性の気迫に呑まれていた。
 唸り声を上げながら、低く構えいつでも飛びかかれるように、レニアラと対峙する。
「…………」
 そんな天犬の様子を見ながらも、彼女はいたって自然体でそれでいてどこにも隙が見えない。
 獣はあせっていた。
 何故この獲物に、これ以上近づけないのか……緊迫した空気に耐えかね先に仕掛けたのは天犬だった。
 巨大な牙をむき、レニアラに襲い掛かる。
「……甘いな……」
 ピシリとその手にしたレイピアが天犬の鼻先を掠めた。
「キャウンっ!?」
 その鼻先から赤い血が飛び散る。
「ステイ!」
 ぴしゃりと、居丈高に言い放ちレニアラがレイピアを鼻先に突きつける。
「アテンション!!」
 お前より私のほうが格が上だ。
 野生の中の不文律。それは常に支配されるものと支配するもののに振り分けられる。
 己の方が立場が上である、そう知らしめることが、常にレニアラの日常であった。一種の駆け引き、それは彼女にとって息をするよりもたやすいこと。
「ルドラ…の方がもっと骨があったぞ」
 それが赤い毛並みの天犬に対する彼女の感想であった。
 レニアラの気迫に呑まれた天犬はもはや普通の犬と変わらなかった。ぺたんと耳を伏せ地に腹を付け服従の姿勢をみせる。
「……お手…」
 傲慢ともいえるその命令におそるおそる、天犬がレニアラの右手に前足を差し出した。
 おかわり、3遍回ってわんといえと次々と命令する。その巨体を除けば、以外に従順なしぐさがどこかほほえましい。
「……飛竜を手馴けるより簡単だな」
 相棒である飛竜とのやり取りを思い出し、レニアラが微笑んだ。

「何とか、全部捕らえられたみたいですね」
 レニアラが調教し従えた、天犬の行き先をめぐってひと悶着あったようだがそれもおさまっている。
「こいつつれて帰ってもいいか?」
 一度は意識を飛ばしていたオーマに落とされた天犬も息を吹き返し、鎖につながれながらも今はおとなしくしている。
「そんなもんでよければ、何の役に立つかわからぬが好きにするがよいよ」
 女丑の尸は騒ぎに乗じて姿を消していた。天犬の処分については捉えたものの自由にしていいと宰相が行ってくれた。
「ひとまず終わったみたいですし、新年を楽しむ事ができるでしょうか」
 誰が持ち出してきたのか、既に酒が配られ身分に関係なく振舞われている様子をみて建一が微笑んだ。
 所々家屋が壊されたりしていたようだが、幸いなことに民衆に被害はでなかったらしい。
「ご苦労であった」
 たいした礼はできぬが、ゆっくりとしていかれるがよい」
 少しだけ下々の者の前に姿を見せた皇帝は、尽力した冒険者達に短いながらも労いの言葉をかけるのであった。




【 Fin 】





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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】


【2403 / レニアラ / 女 / 20歳 / 竜騎士】

【0929 / 山本建一 / 男 / 19歳(実年齢25歳) / アトランティス帰り(天界、芸能)】

【1953 / オーマ・シュヴァルツ / 男 / 39歳(実年齢999歳) / 医者兼ヴァンサー(ガンナー)腹黒副業有り】


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■         ライター通信          ■
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【楼蘭】での新年早々のお話は・・・犬退治になりましたがいかがでしたでしょうか・・・?
人によってはアドリブ過多となっておりますので、皆様のイメージを壊していないどうか・・・少し心配なのですが、楽しんでいただけると幸いです。


何かイメージと違う!というようなことが御座いましたら、次回のご参考にさせて頂きますので遠慮なくお申し付けくださいませ。