<PCクエストノベル(5人)>
大蜘蛛大調査! 〜クーガ湿地帯〜
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【冒険者一覧】
【整理番号 / 名前 / クラス】
【1649 /アイラス・サーリアス / フィズィクル・アディプト&腹黒同盟の2番】
【2315 /クレシュ・ラダ /医者】
【2403 /レニアラ / 竜騎士】
【2467 /C・ユーリ /海賊船長】
【2843 /トゥクルカ /サイズマスター】
【助力探求者】
なし
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事の発端は、医者であるクレシュ・ラダが、有名なクーガ湿地帯の洞穴に棲む大蜘蛛の生態を調べたいと言い出したことだった。
銀髪に緑の瞳。黙っておけばいい男に見えなくもないのに、残念ながら彼は滅多に黙っていない。
クレシュ:「以前人に蜘蛛の糸の採取を頼んだんだけどねえ。やっぱり自分で行くのが一番ってことに気づいたんだ」
と、こういうわけで。
とても凶暴と噂される大蜘蛛の糸やら皮膚やらを採取するために、自ら出陣を決定。
ただし、彼自身はまったく戦いがダメなため、ひとりで行くのは自殺行為に等しかった。
そんなわけで――
彼の無謀な探索に、付き合うことになった犠牲者――もといとてもいい人たちは、計四人。
ユーリ:「楽しそうなことを考えてるみたいじゃないか、クレシュ? どうだい、僕を雇ってみないかい?」
アイラス:「依頼ですか? 最近ヒマしてたのですよね〜」
レニアラ:「相棒の竜が休眠期に入ってな……私も暇になっていたところだ」
トゥクルカ:「前々から大蜘蛛の糸が欲しかったのよね、トゥクルカも」
……いい人たちというよりは、単なる物好きたちかもしれない。
とにもかくにもC・ユーリ、アイラス・サーリアス、レニアラ、トゥクルカという四人の助力者を得て、クレシュは大蜘蛛の研究に行くこととなったのだった。
洞穴用にランプを持ち、クレシュは採取のための道具を持ち、
クレシュ:「さあーて! 化け蜘蛛と楽しくダンスと行くかい?」
そうして、彼らはクーガ湿地帯へと突入した。
クーガ湿地帯に棲む大蜘蛛の糸――結界魔法陣に組み込むと結界の力を増幅する事ができ、服にあみこむと敵の魔法を半減することができると言われている。
それゆえに、高値で取引され、金目当ての冒険者の他――トゥクルカのような魔術師も、凶暴なその蜘蛛たちに挑戦したがるのだ。
今、五人は湿地帯の足場の悪さを何とかやりすごしながら洞穴に向かっていた。
トゥクルカ:「ちょうどトゥクルカもその糸の性質を知りたいと思っていたのだわ。この天災医者、手伝ってあげるから、ちゃんと研究なさいな?」
クレシュ:「ふっふっふ。この天才医者にまっかせなさい!」
――てんさいの字が違う、とは残りのメンバーはつっこまないであげた。
クレシュ:「とにかく、ワタシとしては糸の他にも唾液、血液、皮膚の一部ぐらいは採取しておきたいからね。頼んだよ、みんな」
アイラス:「殺さないように、ですよね……僕は大型のものを殺さずに相手するのは苦手なのですが、囮として頑張ることにしますよ」
ユーリ:「僕もだね。化け蜘蛛とダンスってのはぞっとしないけれどなあ」
トゥクルカ:「糸はトゥクルカが切ってあげるから、あんまりちょろちょろしないでほしいのだわ、天災医者」
クレシュ:「ふっふっふ。自慢じゃないがこの天才医者、逃げ足には自信があってねえ」
つっこみどころ満載だったが、誰もつっこまないであげた。
レニアラ:「私はサポートに全力をかたむけよう……とりあえず、ランプは私が持っていることにする」
トゥクルカ:「蜘蛛があなたを放っておいてくれるとは思えないけれど……まあ、お好きになさいな」
アイラス:「ランプを持っていてくださるのは助かります。僕とユーリさんは片手がふさがるようなことになるとちょっと困るので」
クレシュ:「ワタシの手がふさがるのも困るなあ。助かるよ、レニアラ君」
レニアラ:「……私はできる限り戦闘の場から離れていることにしよう」
ユーリ:「それじゃランプの灯りが届かないから頼むよレニアラ〜」
レニアラ:「あまり近づいてべとつく糸がこの私についてしまったらどうするんだ」
それを気にしちゃ話にならない! と誰もが思った。
これから凶暴と名高い化け蜘蛛を相手にするというのに、なかなかのんきな連中である。
クレシュ:「えーと、予備知識としてね。蜘蛛の巣の糸は縦糸と横糸でできていて……べとつくのは横糸だけだから」
トゥクルカ:「あら、いいことを聞いたわ。ならトゥクルカもべとつかない縦糸のほうを狙って切ることにするわ。愛用の鎌がべとべとになるのは嫌なのだわ」
アイラス:「そううまく行くといいのですが……」
アイラスの口調に緊張がまじりだす。
――洞穴が近くなってきたのだ。
アイラス:「こっちとしては、蜘蛛さんの巣を荒らしに行く立場ですからね」
ユーリ:「そうだねえ。謙虚に謙虚に」
クレシュ:「そう! 謙虚に大量の糸と皮膚の一部と唾液と血液の一滴二滴三滴と!」
トゥクルカ:「………」
ごん、とトゥクルカの大鎌の柄がクレシュの後頭部を打つ。
クレシュ:「痛い! 天才度がこれ以上あがったらどうしてくれるんだい!」
トゥクルカ:「あら、それは困るわ。天災度がこれ以上あがるなんて……トゥクルカにとっても迷惑なことだわ。いけないことをしてしまったわ」
クレシュ:「そうだろう! 天才はほどほどにしないと頭が狂ってしまうじゃないか!」
トゥクルカ:「それなら心配ないのだわ。とっくの昔のことだもの」
クレシュ:「んんんんー!? そこはかとなく悪口を言われているような気がするぞー!」
アイラス:「クレシュさん……気にしなくていいですから」
アイラスはすでに疲れているようだった。
ユーリははっはと笑っていた。慣れである。
レニアラはひたすら無言で、そこはかとなく殺気を放っていたような気がしたが――
クレシュ:「よーし! 我が愛しの大蜘蛛ちゃん! 今行くからおとなしく待っているんだよー!」
元気いっぱいのクレシュには……レニアラの放つ気は届かないようだった。
大蜘蛛が、洞穴の中に一体何体いるのか、今のところ分かっていない。
洞穴を目の前にして、さすがに五人は緊張した。
ごくり、と喉を鳴らして、アイラスがランプに火を灯す。
アイラス:「とりあえず……蜘蛛に出会うまでは僕がランプを持って先頭に立ちます」
ユーリ:「待て待て待て。それは僕のほうが適任だ――むしろアイラスは最後尾を頼むよ。最後尾にも強力な人間を置くのは、敵陣突入の鉄則だからね」
アイラス:「あ……はい」
ランプがユーリの手に渡る。ユーリはランプをかかげて、そして先頭に立った。
ユーリ:「いいかい、一匹目を見つけるまでは、全員離れちゃいけないよ」
トゥクルカ:「言われるまでもないのだわ」
洞穴の中が、ランプで照らし出される。
壁が苔でいっぱいだった。自然洞穴の特徴だ――ひどく、ぬるぬるしたような印象を受ける。
苔や、屈折した形の壁岩がランプの灯りを反射する。きらきらと、ある意味綺麗と言えなくもない景色が広がった。
ユーリ:「行くよ……」
ユーリはゆっくりと、中へと踏み込んだ。
奥へ。入り口が見えないほど奥へ。
アイラス:「後ろに異常はありません」
定期的に最後尾のアイラスが先頭のユーリに声を届ける。
最後尾の人間は、メンバーが全員揃っているかを確認する必要もあった。
足場が悪かった――床がぬるぬるしている。
トゥクルカ:「……飛べてよかったのだわ」
翼を持つトゥクルカは、天井がそれほど高くないので高くは飛べなくとも、床に足をつけなくていいことが嬉しいようだった。
アイラス:「これは戦闘時に、不利になりますね」
先頭を行くユーリが、緊張した声を出す。
ユーリ:「見えてきたぞ……床に、糸の残骸がある」
クレシュ:「おお! それもぜひ採取していこう……!」
アイラス:「それはいいんですがクレシュさん、少しは危機感持ってくださいね」
トゥクルカ:「それをこの天災医者に言っても無駄なのよ」
さかさかさか……
異様な音が聞こえた。
はっと、全員の間に緊張が走る。
ユーリ:「――来た!」
ユーリはランプをレニアラに押し付けた。そして、まず現れた一匹目に真正面から対立した。
――人三人分の大きさは軽く誇っている大蜘蛛――
八つの赤い目が、きらりとランプの灯りを反射してきらめいた。
その背後、ランプの炎で照らし出されるのは、美しい円状の蜘蛛の巣――
クレシュが歓声をあげた。
クレシュ:「あれだ! あの糸を切るんだ! 任せたよトゥクルカ!」
トゥクルカ:「いちいちうるさいの! この天災医者!」
クレシュ:「いやあ天才天才って、何回も言われちゃ照れちゃうじゃないか」
ごん
トゥクルカ:「では、トゥクルカは早速行かせてもらうの!」
大鎌の柄でクレシュを殴っておいてから、トゥクルカは空間転移を行った。
ランプの灯りが届くていどの距離、ユーリが立ち向かう一体の背後へ――
そして、声をあげた。
トゥクルカ:「あと四体はいるの! なかなかに厄介なの!」
アイラス:「計五体……と思ってよいのでしょうか」
ユーリ:「分からないな、まだ奥がある」
とりあえず、とユーリはにやりと唇の端をあげる。
ユーリ:「できるだけ入り口に近い連中を相手にしていたほうがいいね?」
アイラス:「そうですね……!」
アイラスがユーリと対立する一匹の横をうまくすりぬけ、トゥクルカのいる場所へと駆け込んでいく。
トゥクルカの言葉どおり――見える位置には、四体。
アイラス:「トゥクルカさん、糸はよろしくお願いします!」
囮役として声は大きく。アイラスは素手に魔力を付加して、
アイラス:「はっ!」
素早くかがみ、立ち上がる勢いで一体のあごを拳で打ち上げた。
巨大蜘蛛の足が浮く。アイラスはしめたと唇を笑みの形にした。
アイラス:「下から思い切り打ち上げたら、ひっくり返るかもしれませんよユーリさん……! この巨大蜘蛛、思ったより重くありません……!」
ユーリ:「なるほど――ねっ」
ユーリは義手のワイヤーフックで目の前の蜘蛛の前脚を引っかける。
巨大蜘蛛と言うものの、八本の足が長く大きく見えるだけで、本体自体はそうでもないらしい。
しかし――その八本の足が厄介だった。
爪がある。ただでさえある八本の足の、それぞれの先に、さらに三本ずつの爪。
そして、凶暴な口。鎌状になっていて、硬そうだ。あれにはさまれたら、軽く腕の一本は飛ぶに違いない。
戦闘からは少し離れた場所で、レニアラがクレシュに話しかけていた。
レニアラ:「蜘蛛に唾液など存在したか?」
クレシュ:「ああ、ええとね、正しく言うと、『消化液』だね」
生き物を捕食するときに、蜘蛛はそれをえさに注入して獲物を溶かしてしまう。溶かした獲物を吸い上げて飲む。
一般的に蜘蛛の唾液といえば、その消化液のことだ。
レニアラ:「またずいぶんと危険なものまで採取するつもりなのだな……」
クレシュ:「何しろ天才医者だからねえ」
少しのんきかもしれない会話を二人がしている間に、
トゥクルカ:「フラウロスの威力を見るがいいの!」
トゥクルカが聖獣装具の大鎌を振るって、クレシュの言う通りに糸の縦糸を狙って巣を裁断していく。
裁断された糸は、ふわりふわりと空中をさまよってから、地面に落ちた。
まだアイラスに興味を示していない蜘蛛が、新たに巣を作ろうと糸を体の後部から吐き出す。
そしてさかさかと空中を回り、美しい形の巣を作っていく……
ユーリ:「アイラス! トゥクルカ! 悪いけどそっちのはすべてかく乱しておいてくれ!」
ユーリは洞穴のより内部にいる二人に声をかけた。そして、
ユーリ:「クレシュ! 採取はすべて僕が相手にしているこの一体からにしてくれないか……!」
言われて、クレシュはむむむと悩んだ。
クレシュ:「で、できれば色んな固体から採りたいんだけれども……っ」
ユーリ:「さしあたってはこいつからだ! あとの連中のはあとで考えてくれ!」
クレシュ:「わ、分かった……!」
クレシュは抱えていた荷物から、ガラス製の採取用器具を取り出す。
そしてまず、自分の足元にすでにあった古い巣の残骸を拾って器具に移した。
ユーリ:「なかなか難しいね……! 大怪我もさせずに足止めってのは……!」
ユーリは右手に、長大なロングレイピアを手にしている。
それでもって、
ユーリ:「爪を切るくらいはいいだろうね……!」
長くしておくのはよくないよっ! とユーリはものすごい素早さでレイピアを操り、ぴしぴしぴしっと正確に蜘蛛の足の先、爪だけを切り飛ばした。
クレシュ:「おお! ついでだ、爪も採取していくよ……!」
ありがとう! などとまぬけなことを言いながら、クレシュが飛んできた爪のひとかけらを手に取る。
と、
アイラス:「あ! クレシュさん危ない!」
アイラスが見逃してしまった一匹の長い足が、クレシュに向かって振り下ろされる。
クレシュ:「ひいいい!?」
トゥクルカ:「まったく、お邪魔な医者なのっ!」
遠くにいたトゥクルカが魔術の氷柱弾を放った。
弾は正確に、クレシュを狙った足を弾いた。
その隙にクレシュは宣言通り素早い逃げ足でバトルフィールドから逃げ出した。
ユーリ:「頼むよクレシュ、周りをよく見て行動してくれ」
クレシュ:「そ、そうするよ」
アイラス:「僕の不注意、すみませんでした……!」
クレシュを狙った蜘蛛が、今度は近場にいたユーリを狙おうとする。
すかさずアイラスが、その蜘蛛の後ろ足をぱんと弾いた。
蜘蛛の意識がアイラスへ向いた。アイラスは追い討ちとばかりにその蜘蛛のあごを蹴り上げる。
ユーリの相手となる蜘蛛は、再び一体のみとなった。
ユーリ:「助かったよ、トゥクルカ、アイラス」
ユーリは続いてレイピアで蜘蛛の口、鎌状の部分を打つ。
しかし、さすがにレイピアでは切ることができなかった。
ユーリ:「当たり前だけど、硬っ!」
クレシュ:「頑張れ〜頑張れ〜ユゥゥゥーリィーーー!」
どこから取り出したのか、クレシュが旗を振りながら、応援歌を歌う。
美声……と言えなくはないのだが。
――ユーリの相手にしていた一体の視線が、クレシュに向かった。
ユーリ:「うわー! ばかー!」
八本足の一本がクレシュに向かって放たれようとするのを、ユーリは慌てて左手のワイヤーフックで引きとめた。
レニアラがつぶやいた。
レニアラ:「そんな無駄なものまで持ってきていたのか……」
クレシュ:「応援は大事じゃないかーっ!」
トゥクルカ:「この天災医者!」
トゥクルカが空間転移ですかさずクレシュの前に現れ、頭を思い切り殴ってから、再び転移で消える。
クレシュ:「ううう……天才って褒めてるのになぜ殴る……」
レニアラ:「……いまだに勘違いに気づかないのことも、尊敬に値するがな……」
クレシュ:「えっ尊敬!? ついにワタシ尊敬されちゃった!?」
レニアラ:「………」
レニアラはおもむろに、自分が持っていた持ち物をさぐりだした。
おお! とクレシュが目を輝かせる。
クレシュ:「それは、あれだね!? 今回の秘密兵器――!」
ユーリ:「ああ、それの結果が今回の楽しみのひとつだっけ――ねっ!」
ユーリは騒がしいクレシュをどうしても狙おうとする蜘蛛の意識を、ワイヤーフックで無理やり戻した。
アイラス:「うまく……いくと、いいんです、が……っ」
アイラスは数体の蜘蛛の合間をちょろちょろと駆け抜け、大量の蜘蛛の足を避け続ける。
トゥクルカはたっぷりと蜘蛛の巣を切りまくり、時に空間転移で突然他の蜘蛛の前に現れては消え、蜘蛛をかく乱させた。
レニアラが取り出したるは――
苦味たっぷり、ブラックコーヒー。
レニアラが初めて自分から蜘蛛に近づいた。ユーリの相手をしている蜘蛛に。
そして、
レニアラ:「口を開けさせろ!」
ユーリ:「はいよ、お嬢さん!」
ユーリはレイピアを蜘蛛の口に突き刺し、そこを無理やりこじ開ける。
レニアラはすかさず――
コップのふたをとり、ブラックコーヒーをその口の中へと放った。
………
沈黙が落ちた。
アイラス:「ど、どうですか……!?」
数匹を相手にするアイラスは止まっている間がない。走り続けながら沈黙したユーリたちに声をかける。
トゥクルカ:「トゥクルカにも成果を見せるの!」
ただの好奇心でトゥクルカが転移して、ユーリの蜘蛛の前へ現れた。
蜘蛛は――止まっていた。
クレシュ:「おお! 噂通り酔っ払ってくれそうな感じかい……!?」
蜘蛛の足が――動き出した。
ユーリ:「酔っ払ったなら、ふらふらしてくれるかねえ」
蜘蛛が――
ユーリ:「………!?」
クレシュ:「………!?」
トゥクルカ:「………………!?」
ぷしゅー!
突然体の後部から糸を噴き出した。
アイラス:「わっ!?」
ちょうどアイラスのいる場所にかかりかけて、アイラスは慌ててよける。よけた先を他の蜘蛛の足が狙って、アイラスの肩辺りの服が裂かれた。
アイラス:「………っ!!」
動きに支障はないが、二の腕あたりに傷ができた。続けて襲ってくる第二第三第四――数えればキリがない足を、アイラスは時にかわし、時に魔力付加の素手で弾き飛ばして何とかそれ以上の怪我を避ける。
コーヒーを飲んだ蜘蛛は――
なぜか、突然巣を作りだした。
クレシュ:「ななななっ!?」
クレシュたちは目を見張った。
あれほど美しい巣を作っていたはずの蜘蛛が、今――おそろしくムチャクチャに形の崩れた巣を張ろうとしている。
ユーリ:「よ、酔っ払った、のか、ね?」
レニアラ:「……酔っ払ったのだろうな」
原因となったレニアラは我関せずという様子で冷静に言ったが、
ぷしゅー!
再び『酔っ払った』蜘蛛が糸を噴き出した。
ユーリ:「のわっ!?」
クレシュ:「うぎゃっ!」
ユーリとクレシュが悲鳴をあげた。
噴き出された糸は、
見事レニアラの頬にヒット。
レニアラ:「………」
レニアラは無言で、頬についた糸をつまんで捨てた。
クレシュ:「あ、採取させて――」
言って近寄ったクレシュの顔面を、レニアラの裏拳が打つ。
クレシュ:「ぶっ」
まともに顔面を打たれて、クレシュが背中から倒れた。
レニアラ:「いい子だ……ボウヤ」
なぜか蜘蛛を『ボウヤ』と呼び、レニアラはレイピアを抜いた。
その静かすぎる雰囲気が――異常に怖かった。
ユーリ:「ままま待て、殺しちゃあダメだからな!? な!?」
レニアラ:「……ふっ」
ユーリ:「『ふっ』てなんだい、『ふっ』て!」
トゥクルカ:「んもう! この巣、縦糸か横糸かよく分からないのーー!」
怒ったトゥクルカはその蜘蛛の巣を切ることを早々に諦めて、転移して奥へ行ってしまう。
クレシュ:「え、ええと……っ! 『蜘蛛はコーヒーを飲ませると、どうやらわけの分からん巣を作るようだ』!」
ユーリ:「クレシュ! 何なんだいそのノートは!」
クレシュ:「研究ノートに決まって――ああっ!」
酔っ払い蜘蛛がクレシュに向かって意味もなく足を振り下ろす。
ユーリのワイヤーフックが、かろうじてそれをからめとったが――
クレシュ:「あっ!? しまった!」
今の拍子にクレシュは大切な研究ノートを放り出してしまっていた。
ノートは見事に、酔っ払い蜘蛛に踏んづけられた。
さっくり
まだ爪の切られていなかった足に見事にノートを裂かれ、クレシュががっくりと肩を落とす。
クレシュ:「ああ……ワタシのっ、ワタシの研究ノートが……っ」
ユーリ:「この蜘蛛の研究なら、後でいくらでも覚え書き手伝ってあげるから、とにかくクレシュは引っ込んでいてくれー!」
ユーリが悲鳴に近い声で叫んだ。
しかしクレシュの悔し泣きは止まらない。
クレシュ:「うっうっ。キミたちには分からないんだ……っ。ワタシたち研究者にとって、研究ノートがどれだけ大切なものか……!」
ユーリ:「今は命と天秤にかけてくれよっ! 命と研究ノートとどっちが大切なんだい!?」
クレシュ:「無論っノー――」
レニアラ:「ならクレシュ殿が行けばよい」
レニアラに背中から蹴飛ばされ、クレシュは酔っ払い蜘蛛につっこみかけた。
クレシュ:「ぎゃあっ!? やっぱり命が大切ですーーー!」
ユーリ:「レニアラ頼むよ〜!」
ユーリが必死にロングレイピアを駆使し、クレシュに向かった蜘蛛の足をすべて弾いた。
なぜか巣を作りだした酔っ払い蜘蛛は、今度は洞穴の奥へと入りだした。
アイラスの悲鳴が聞こえる。
ユーリが慌ててワイヤーフックを酔っ払い蜘蛛の尻に当てるが、酔っ払っているためかこっちを向いてくれない。
ユーリ:「く……っ」
ユーリは走った。これ以上増やしては、アイラスが危ない。
トゥクルカ:「ムチャクチャなのー!」
トゥクルカがやけになったように、あちこちに氷柱弾を放った。
しかしこれさえも酔っ払い蜘蛛には効果がない。
酔っ払い蜘蛛は、奥に入って――再び巣を作り始めた。意味不明な形の巣を。
アイラス:「な、何やってるんですかーーーー!」
状況がひとりだけ分からないアイラスが、数匹の蜘蛛を相手にしながら声をあげる。
ユーリ:「もう説明してる場合じゃない! とにかく採取だ、採取……!」
まず! とユーリが場を仕切るように声を張り上げる。
ユーリ:「糸は、採取できそうだな! トゥクルカ、大丈夫だね!?」
トゥクルカ:「トゥクルカの仕事に穴はないのっ!」
ユーリ:「それはありがたい……! 次に皮膚と血液……っ!」
ユーリは酔っ払い蜘蛛の足を、八本すべてしゅぴぴぴとロングレイピアで引っかけた。
普通、蜘蛛は自分の巣に引っかかることはない。それはなぜかと言えば、蜘蛛の巣がねばついているのは横糸のみに蜘蛛が粘液をつけるからで、つまりその粘液に触れなければ引っかかることはないのだ。
蜘蛛が糸にからまらないのは、うまく粘液を避けている――という事情がある。
しかし。
ユーリ:「おっ。自分で自分の巣に引っかかってるねぃ」
ユーリがおかしげに唇の端をあげた。
彼が足を引っかけたために、酔っ払い蜘蛛は見事自分の巣に引っかかっていた。
アイラスが他の正常な蜘蛛たちを少しずつ攻撃して、酔っ払い蜘蛛から引き離すように誘導していく。
ユーリ:「よーし! 今なら皮膚も血液もうまく採れるかも――だ!」
クレシュ:「わ、ワタシがやるよ!」
クレシュはメスを取り出す。
そして巣に引っかかりバタバタ暴れている蜘蛛の足を、ユーリがうまくワイヤーフックで弾いている、その隙を狙って、そろそろと蜘蛛の皮膚にメスを当てた。
しゅっ
メスの扱いならお手のもの。うまい具合に皮膚の表面を手に入れ、さらににじみ出た血を注射器で吸い取った。
巣に引っかかっていた蜘蛛の足が、暴れた拍子にクレシュの顔面に向かって放たれたが、
ひゅうっ
優雅に空を切る音。そして蜘蛛の足が弾かれる。
クレシュがほっと息をついて、今のレイピアの主――アシストに回ると宣言していたはずのレニアラに礼を言った。
しかし、レニアラは別にクレシュを助けたつもりはなかったらしい。
レニアラ:「……切りたかった……」
クレシュ:「いや、あの、お怒りは分かるんですが、あまり大怪我はさせないように……」
レニアラ:「見ろ、ねばつかなくても蜘蛛の糸というのはなかなか取れない」
クレシュ:「えっ!? どれどれ、採取させて!」
レニアラの頬にクレシュが飛びつく。
レニアラ:「メスを持ったまま飛びかかってくるな! おまけに蜘蛛の皮膚と血で両手がふさがっているじゃないか……!」
クレシュ:「おっと、忘れてた」
てへ、と頭に手をやり、クレシュは採取した皮膚と血を採取用の器具へと収納する。
そしてすかさずレニアラの頬に飛びつこうとするが、べしっと裏拳で顔面を殴られた。
クレシュ:「な、なぜ……」
レニアラ:「まったく……糸には触りたくなかったのだが……」
レニアラは、医者を完全無視した。
ユーリ:「あとは……唾液か」
クレシュ:「どうしたものかねえ。普通、獲物を消化させるときぐらいにしか出てこないからねえ」
アイラス:「それは先に言ってください〜〜〜!」
トゥクルカ:「本当にアテにならない天災医者なの!」
クレシュ:「むっ。天才が褒め言葉に聞こえないのはどうしてかっ」
トゥクルカ:「褒めたことなんか一度もないのー!」
がーん、とクレシュがショックを受けたようによろめく。
クレシュ:「そ……そんな……ワタシがまだ認められていないなんて……っ」
アイラス:「そんなことを言ってる場合じゃないんです〜〜〜!」
振り向きざまに一体の蜘蛛を殴り飛ばし、アイラスは深呼吸をする。
アイラス:「消化……するときに出てくるんですね……っ」
クレシュ:「そ、そうだけ……ど……アイラス君?」
危ないことはしないでね、とクレシュは両手を握り合わせる。
アイラスは、襲いかかってくる何本もの足をことごとく弾き返しながら、にっこりと笑った。
アイラス:「しませんよ。そんな危ないことなんて」
クレシュ:「な、ならいいけど……」
アイラス:「ただまあ、うまくいくかどうか分からないなあと思っただけです」
ユーリ:「何をするんだい?」
アイラス:「トゥクルカさん! 短剣を貸してください!」
アイラスは、いまだに蜘蛛の巣を切りまくっては、あちこちに氷柱弾を放っているトゥクルカに言った。
トゥクルカ:「ちゃんと返してくれるのかしら?」
アイラス:「それはちょっと保証できかねます」
アイラスが苦笑しながらすっとかがみ、頭の上をかすめていった足をかわした。
トゥクルカ:「……仕方がないのだわ」
トゥクルカはむすっとしながら、念のため持ってきていた短剣をアイラスに渡す。
アイラスは――
その短剣を、たくさんある正常な巣のひとつに放り投げた。
大蜘蛛の作る巣だ。そう簡単に破れたりはしない。
短剣はうまい具合に、巣にひっかかった。
その巣の主であるらしい一匹が、さかさかさかと短剣に向かっていく。
ユーリ:「ああ」
ユーリが納得したように、酔っ払い蜘蛛が蜘蛛の巣から逃れられないよううまく挑発しながらうなずいた。
ユーリ:「短剣を、えさと勘違いさせようっていうんだね」
アイラス:「ええ。大蜘蛛だったら……短剣もそれなりにえさと思うかもと思いまして」
アイラスは二匹の蜘蛛の太い足をつかみ、思い切り投げ飛ばす。
さかさかさかと短剣にたどりついた一匹は、後ろを向き、短剣に糸を噴きかけて巻き始めた。
トゥクルカ:「……汚いのだわ」
トゥクルカがつぶやいた。
トゥクルカ:「もし無事に戻ってきても、あんな短剣いらないのだわ」
短剣が、やがて糸でぐるぐる巻きになる。
蜘蛛はさかさかっと向きを変え、糸で見えなくなった短剣を、鋭い鎌状の口でつかんだ――
クレシュ:「し、消化液を、出してくれるか……っ!?」
クレシュがごくりと喉を鳴らす。
ユーリ:「さーて」
ユーリは酔っ払い蜘蛛がほとんど役立たずになっているのを見てとると、素早くアイラスたちの元へ行き、トゥクルカがのきなみ切って回った蜘蛛の糸を集め始めた。
もちろん、そちらに行けば正常な蜘蛛たちがいる。アイラスとともにレイピアで素早く蜘蛛の足を弾き飛ばし、ユーリは糸を集め続ける。
クレシュ:「ああ、ありがとうユーリ君」
ユーリ:「クレシュ自身にやらせるよりよっぽどいいさ」
ユーリは苦笑して、手に一抱えもあるべとついた糸をクレシュの元へと持ってきた。
アイラスは蜘蛛を相手にしながら、慎重に短剣と蜘蛛の様子を見る――
蜘蛛は、短剣に食いついたままだった。
まきまきになっていた物体が、徐々に小さくなっていく気がする――
クレシュ:「――短剣を消化している!」
クレシュは大声を出した。
大蜘蛛は金属まで食べるのか。
アイラスはこれ幸いとばかりに、短剣食事中の蜘蛛を背後から蹴飛ばした。
蜘蛛が口を短剣から離した。
ユーリがワイヤーフックを伸ばし、その蜘蛛の足を引っかける。完全に短剣から意識をはずすために。
そしてトゥクルカが、
トゥクルカ:「んもう、どうしてトゥクルカがこんなことしなくちゃいけないのかしらっ」
短剣の引っかかっていた蜘蛛の巣を大鎌で切った。
アイラス:「ユーリさん、短剣をそっちへ!」
ユーリ:「オッケー♪」
ユーリが次にワイヤーフックを糸巻き状態の短剣にかけ、引き寄せた。
引き寄せられた糸巻き存在は、べとべとに濡れていた。
クレシュが大喜びでそれを手に取った。メスを取り出し、糸を切る。
クレシュ:「ああ……溶けた金属が混ざっちゃってるけど、たしかに唾液っぽいのがある……」
感激で声がつまっている。手がべとべとになることなど構っちゃいない。さすが研究者である。
アイラス:「それで――全部、ですねっ!」
襲いかかってくる蜘蛛の腹を蹴り飛ばしながら、アイラスが言った。
クレシュ:「ああ、全部揃った……!」
クレシュの歓喜の声が、やがて歌声に変わった。
クレシュ:「みんなぁ〜〜あ〜り〜が〜と〜♪」
瞬間。
ぎらり、と八つの目を持つ蜘蛛たちの視線がクレシュに向けられる――
殺気に似たそれをまとめてくらって、クレシュはひゃっと体をちぢこませた。
クレシュ:「なぁ〜ぜなんだ〜い、ワタシは〜、うつくしいこえで〜♪」
ごんっ
転移してきたトゥクルカの、容赦ない一撃が、クレシュを問答無用で黙らせた。
あとは、糸と短剣をうまく収納し、洞穴から逃げるだけだった。
全員で外へ出て、ぜえはあと息をつき、お互いの無事を喜びあう。
ユーリ:「アイラス。怪我してるじゃないか」
アイラス:「大丈夫です。これでも僕は普段、病院に勤めていますしね」
クレシュ:「あ〜り〜が〜と〜♪」
トゥクルア:「まだ懲りないのっこの年中常春医者!」
ごごんっ
……トゥクルガの大鎌の柄に加えて、レニアラの拳が加わったような気がするのは、気のせいだろうか。
クレシュ:「なにっ!? 年中常春……だとしたら、嬉しいじゃないかっ!」
レニアラ:「……ある意味、年中寒中医者とも言える」
レニアラはいまだに頬を気にしている。
クレシュ:「ああっ。ワタシに採らせておくれ〜」
レニアラ:「丁重に断らせていただこう」
クレシュ:「なっなぜなんだ……!」
答えを求めてクレシュはユーリとアイラスを見た。
とたん、二人はあさっての方向を見た。視線を合わせてくれない。
クレシュ:「なぜなんだ〜〜〜〜〜!」
クレシュの嘆きの声が、寒空に吸い込まれていった。
なお、
その後、本当にユーリは研究ノートの作り直しの手伝いをさせられたらしい。
さて、やぶ医者と公言してはばからないクレシュの研究結果は、いったいどう出るのか――
―Fin―
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■ライターより■
初めまして、笠城夢斗と申します。今回はこのような大役を務めさせて頂きましてとても光栄です!
ただ、会話を優先したため戦闘ノベルなのに戦闘描写がほとんどなくて申し訳ございません;
なお、蜘蛛がコーヒーを飲むとムチャクチャな巣を作るのは本当のようですが、さすがにこのノベルほどアホにはならないかと思います。お茶目だと思って受け止めてやってください……
今回は本当にありがとうございました!皆様に気に入って頂けますよう願っております。
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