<聖獣界ソーン・白山羊亭冒険記>


困った人形たち

 その日、白山羊亭は異様にうるさかった。
「……お客様ぁ」
 看板娘ルディアは、そのうるさい原因の中心人物に、困ったように声をかけた。
「お願いしますー。他のお客様のご迷惑になりますので、ご遠慮願いえませんかぁ」
「それがそうもいかんのぢゃ」
 子供、否、小人は重々しい声でそう言った。
 以前にも白山羊亭に来たことのある――人形師ゼヴィルである。
 彼のまわりには、何人もの十歳ほどの子供がいて――
 そして、一様にわんわんと泣いているのだった。うるさいことこの上ない。
「こいつらはな、オレの造った人形でな」
「……人形っ!?」
「魔術をかけたんぢゃ。そしたらこうなった」
 ゼヴィルはどこまでも重々しく、自分の造った人形たちを見て、
「どうも、退屈らしい。遊んでほしいとさっきから泣いておる」
「そ、そうなんですかあ?」
「うむ。ぢゃから連れてきた」
 ここは依頼が出来る場所ぢゃろう――と、ゼヴィルはルディアを見た。
「こいつらの相手をしてくれる人間をさがしてくれんかの。満足すれば、術の効果は切れて普通の人形に戻るはずなんでなあ」

     **********

 たまたま白山羊亭にいて、ゼヴィルの依頼を受けることになったひとりに、黒兎(くろと)という名の獣人がいた。
 小さな黒兎の獣人だ。とことことゼヴィルが近づいてきたときは、むすっとしながら、
「………。……なに」
 とにらむように見た。
「お前さんも、人形の相手をしてくれんかの」
 ゼヴィルはにこにことびーびー泣いている人形たちを示す。
「……子守?……いいけど、出来るかな……」
 黒兎は手にしていたカップをテーブルに置いて、小首をかしげる。
「……ねえ。料理に興味ある、人形、いる……」
「おお、おるぞ。こらセンリ!」
 泣いていた人形のうちひとりが、ぴたりと泣き止んだ。
 センリと呼ばれた女の子の人形が、嬉しそうにぱたぱたと走ってきた。
「この子、センリが料理に興味ある。相手してやってくれるかの」
「……分かった……」
 黒兎は椅子からおりて、「……ルディア、さん。……厨房……借りて、いい?」
「え、いいけど何をするの?」
「……分かんないけど」
 ルディアはすべって転びそうになるのを危うくとどめながら、
「どうぞ、厨房へ」
 と何とか笑顔で黒兎とセンリを厨房に案内した。
 そこには料理人がもちろんいたが、ルディアが説明して、なんとか一部分を使わせてもらえることになった。
 黒兎は、センリをじーっと見た。
「……お菓子、作る?」
 センリがきょとんとした顔をする。
「……上手く出来るか心配、だけど……自分で作ったお菓子……食べるのってけっこう、感動するもの、らしいし……」
「うん」
 センリが初めて声を発した。
 黒兎は大きく深呼吸をしてから、再び言った。
「……ゼヴィルさんやお客さんに食べてもらって、美味しいって言ってもらえたら、とても嬉しいことだと思う」
「うん!」
 センリは心底嬉しそうにうなずいた。
 料理人に借りたエプロンをセンリにつけてやり、黒兎は厨房へと向き直った。
「……どんなの、作りたい……?」
「あのね、あのね」
 センリは黒兎の腕を取って、瞳を輝かせた。「“けーき”っていうの、作ってみたい!」
「ケーキ……」
 黒兎は厨房の料理人に、余っている果物はあるか聞いてみた。
 リンゴが余っていると、返答があった。
 それをもらっていいと了承を受けてから、
「……じゃあ、リンゴのケーキ、でいい……?」
「うん!」
「……あと、簡単だから一緒に、クッキーとかも作ってみようか……」
「うん!」
 センリは何でも素直にうなずく娘だった。
 その笑顔が純真無垢で、黒兎はほんの少しだけ、微笑んだ。

 お菓子の作成中は、材料と器具の準備、使い方に作り方を教える以外はすべて、センリに任せることにした。
 自分で作ってしまったのでは意味がない。黒兎は直接手を出さないと決めていたのだ。
 もちろん、お菓子作りどころか料理だって初めてな人形がほいほいと説明だけで作れるはずがないので、適度に手本は見せてやりながら。
 センリの希望であるケーキはなるべく簡単なものに。ものによっては一時間もかからない。
 クッキーは生地を寝かせる必要があるため、時間がかかる。
 そのため、黒兎はクッキーの生地をまずセンリに作らせ、生地を寝かせている間にリンゴのケーキを焼かせることにした。
 センリは――
 思いの外、不器用だった。
 包丁はうまく持てないわ、リンゴの皮むきはできないわ、粉関連をあっちこっちに吹き飛ばすわ……
 厨房の一部が粉で埋まった。
 黒兎は、しかしいらだったりしなかった。ぱたぱたと自分にかかった白い粉をはたいてから、「ここはこう……」と丁寧に作り方を教えていく。
 失敗しても失敗しても諦めず。一生懸命なセンリに、怒れるはずがなかった。
 ……むしろ他の料理人たちに謝るほうが骨が折れた。
 クッキーの生地は基本的に、必要なものを必要な分量だけ混ぜてこねればできる。
 こねるのに多少の力とこつがいるが、必死なセンリはそれをなんとかパスした。
 それを冷蔵庫へ入れ――
 生地は計三種類作った。
 それから、ケーキの生地へと移る。
「焼きリンゴ……ケーキだから、ね……」
 あらかじめ注釈してから、黒兎は作り方を教えた。
 リンゴをあらかじめ薄く切り、オーブンで焼き。次に生地を作り、リンゴと混ぜて再び焼き……
 そうこうしている間に、冷蔵庫で寝かせていたクッキー用の生地がほどよくなってくる。
 冷蔵庫に入れてあった生地を一種類取り出し、ほどほどに伸ばしてから包丁で何等分にも切り。
 そしてひとつひとつを手で転がして、まんまるにした。
 それをオーブンに入れて数十分……
 焼きあがったボールに粉砂糖をふりかけると、その作業をしていたセンリが瞳を輝かせた。
「きれい……“ゆき”って、こういうのなんですか?」
 黒兎は微笑んだ。
「うん……だから、“スノー”ボール……」
 クッキーがひとつ完成。黒兎はさらに冷蔵庫から、残りの二種類の生地を取り出すようにセンリに言った。
「さっきのはスノーボール……もうひとつは、アイスボックスクッキー……だからね……」
 ココア生地はアイスボックスクッキーのために。厨房の料理人にかわいい形の型を借り、プレーン生地とココア生地を型取り、うまくはめこむ。
 他には、ココアとプレーン生地を重ねて巻くようにしてみたり。
 どれも基本的なクッキーの作り方だ。
 不器用なセンリは、うまくアイスボックスの模様を作れなかった。
 ひどくいびつな形に焼き上がり、センリが初めてしょぼんとした顔をした。
「これ……おいしくなさそう……」
「見かけ……関係ないよ……」
 黒兎は、アイスボックスをひとつつまんで食べた。そして、つぶやいた。
「ほら……おいしい……」

     **********

 それから黒兎とセンリはふたりで、作ったお菓子を配って回った。
 ルディアが、「かわいい〜〜美味しい〜〜」と髪を跳ねさせて喜んでくれた。
 客達にも評判は上々だった。
 もちろんゼヴィルにも。
「センリの作ったお菓子……成功だね……」
 黒兎はセンリの頭をなでる。
 センリは嬉しそうにうふふと笑った。そして――

 ころん

「―――!」
 唐突に床に転がってしまったセンリに、黒兎は驚いた顔をした。
 センリは幸せそうな顔で、目を閉じていた。
 慌ててしゃがんで触ってみると、体温がない。
 ――硬い。
「おお、元に戻りおったか」
 ゼヴィルが嬉しそうに言い、黒兎に向かって「ありがとうなのぢゃ」と頭をさげる。
「に、人形に戻っちゃったの……」
「満足したようぢゃなあ」
 ゼヴィルはよっせとセンリの人形を抱える。
 傍らのテーブルには、センリの作ったお菓子がまだ焼き立てで残っている。
「……なんで……」
「ん?」
「……なんで人形に命を吹き込んだりしたの……」
「―――」
 ゼヴィルは優しい目でセンリの顔をのぞきこみ、
「……ただ人形を造っただけでは……こんないい顔はさせられんぢゃろう」
「………」
 黒兎はセンリの顔を見下ろした。

 幸せそうな。
 ただひたすらに、幸せそうな。

 ――幸せってなんだろう、と黒兎は考える。
 こんな風に人形に戻ってしまって、本当に幸せだったの?

 それでも……
「センリ……」
 黒兎はつぶやいた。
「……僕には、分かんないけど……」
 よかったね。
 ――そんな笑顔になれて、よかったね。
「怒りたかったらオレに怒ってくれればよいからの」
 ゼヴィルの声は穏やかだった。
「………」
「しょせんは、オレのエゴかもしれんからの」
「……知らないよ」
 黒兎はぶっきらぼうに言う。
「……ゼヴィルさんのエゴなんか、知らない。……僕には分からない」
 ただひとつだけ知っていることがあるとするなら。
 それは、自分の目の前で必死になっていた不器用なセンリの姿だけ……

 センリ、と黒兎は呼んだ。
 もしまた人間になるときがあったら、もっともっといっぱいお菓子を作ろう……ね。

 ゼヴィルの腕の中で、センリがふんわりと綿菓子のような笑みを浮かべた、気がした。


 ―Fin―

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【2906/黒兎/10歳(実年齢14歳/男性/パティシエ】

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■         ライター通信          ■
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黒兎様
初めまして、笠城夢斗と申します。
今回は依頼にご参加頂きありがとうございました!さすがパティシエさんだけにお菓子作りのシーンは楽しかったです(あまりリアルには書けていませんが……;)
個別描写で少し短く、最後はやや切ないお話になってしまいましたが、気に入って頂けますと嬉しいです。
またお会いできる日を願って……