<聖獣界ソーン・PCゲームノベル>


魔法使いと一緒【夕闇の庭 白の花】


 夕闇が心地良く空から降りてくる。そんな日だった。
 コートの裾を翻しながら街を歩くキング=オセロットの目にとある庭が映ったのは。
「……見事なものだな……」
 ほう、と遠目からでも見惚れてしまう。そこは宝石店の庭のようだった。その店は明かりもつかず薄暗い。しかし閉店しているわけではないようだ。扉に掛けられた看板は開店中の文字だ。
 キングはきぃ、と軋む扉をあけて中に入る。からんからん、と扉についていた鈴が硬い音を立てた。少しかび臭く、商品ケースには埃がかかっている。品揃えは良さそうなのに儲かって無さそうな雰囲気だ。
「お客さんなんて珍しいね!」
 と、奥から声が響いた。鈴の音に店の者が反応したようだった。
 薄暗がり、姿が見える位置までその人物はでてくる。
 紫と橙、夕闇が降りてくる様なイメージを受ける髪の女性だ。
「何、宝石探し? 何がほしいの? あ、ボクはラナンキュラスと言うんだ」
「……ラナンキュラス? ラナンキュラスとは確か、そう、花の名ではなかったかな」
 キングは自分の記憶をさぐり、その聞き覚えのある言葉が何であったかを思い出す。
 その言葉にラナンキュラスはよく知っているな、と屈託無く笑いかけた。
「ラナンキュラスは金鳳花の花の事。春から初夏にかけての花、花言葉は晴れやかな魅力」
「なるほど、あなたに相応しい名だ。私は、キング=オセロットという」
 キングは少し瞳を細めて笑いかける。
「そうか、では何をご所望かな? キミの青い瞳に似合う宝石だと……」
「ああ、いやそうではないんだ」
 ケースの埃を掃い宝石を物色しにかかろうとしたラナンキュラスをキングは苦笑しながら止めた。それに彼女は不思議そうな顔をする。
「あいにくと、今のところはこの身を飾る宝石は探していない。ただ、そう、この店の扉を叩かせてもらったのは……庭の花があまりに見事なものだったのでね」
「本当に? いつも心込めて世話しているからそう言ってもらえると嬉しいよ」
「どうだろう? よければ、庭の花達を紹介してくれないかな?」
「それはもちろん、こっちだよ」
 ラナンキュラスは嬉しそうにキングを手招きして店の奥へと誘う。突き当たりの扉を開けるとそこは庭だ。
 一本道が通り二つに庭は分かれている。乱雑と花が咲いているようで、でもよくよく見るとそうでない。太陽の沈む方向が庭の奥となっている。
 ゆるやかな、沈みかけの陽光が瞳に入りキングは瞳を細める。
「あ、ごめんね、この場所だと逆光になるから眩しいんだよね」
「少し、眩しかったかな」
 沈む太陽に背を向けて、そして庭をみる。こうして庭にたつと、その花の香りというよりも緑の匂いの方が濃い感じがした。
「ここの庭は特別で、季節関係なく花が咲くんだ、今は……」
「白い花が多いな」
 キングは庭を見回しその咲く花々の色が白ばかりなのに気がついて言う。
「うん、今日は白い花の日みたいだ。この庭は日替わりで花が咲くんだよ。だから毎日楽しめる」
 ラナンキュラスはふとキングの左足下付近に目を止めた。正確にはそのあたりに咲く花に。そしてそれを指差す。
「キミのその左足下の……」
「この花か?」
「うん、そう」
 キングは視線を花へと向ける。
 それは白が多いが、他にも灰色、紫に赤やピンクなどバリエーションにとんだ色をもつ小さな花だった。一重咲きの薔薇に少し似ている。
「クリスマスローズって言ってね、キンポウゲ科……ボクの親戚ってとこかな」
「かわいらしい花だ。花言葉は……何があるのかな?」
「かわいらしい、ね。でも毒草であったりもするんだ」
 ラナンキュラスは笑い、そして言葉を続ける。
「花言葉は追憶、慰め、あとは……中毒や発狂、なんかもあるね」
「毒草だから中毒、発狂……そして慰め、追憶、か……」
 キングはふと、片眼鏡に触れる。それは彼女が人だった頃の思い出だ。
 追憶という言葉に、無意識のうちに反応し一瞬だけ思いを馳せたようだった。
「ふふ、相反する花言葉をもつというのは面白いな」
「そうだね、これの属名はヘレボルス……死をもたらす食べ物という意味。摂取の仕方によっては薬にもなるんだけど……扱いが難しい花だよ。そのクリスマスローズの隣の花はね……」
 そしてラナンキュラスは庭に咲き誇っている花をキングに色々と説明する。チューリップに蘭、エーデルワイス。季節感はばらばらだが多種多様なものを見れるのは嬉しい。
 だが庭の一角、そこには手が入れられていないのか鬱蒼と茂みがある。
 それが少し、気になる。
「あそこは? 手入れをしていないのか?」
「えっと……あそこは……この世に存在しないはずの花が時々咲くんだ」
 危険だから近づかない方がいいよとラナンキュラスは言う。
 存在しないはずの花がどのようなものか、興味が無いわけではないが無理矢理見に行くほどの執着心はない。
 と、ふと視線をめぐらすと花がどんどんしおれているのではないか。そんな気がしてキングは周りの他の花も見回す。少しずつ生気を、花々は失っていく。
 その様子に驚き、ただ眼を見張るばかりだ。
「これは……」
「ああ、枯れるんだ。この庭の花は一日しか咲かないから」
 名残惜しそうに庭の持ち主は言う。しゅくしゅくと花がしぼむ姿は美しいとは言えない。
「けどね、明日にはまた咲いているんだ、ほかの花だったり同じであったり。そうやってずっと繰り返していく」
 太陽が落ちきる、そしてすべての花は枯れる。
「……花の一生が一日なのだな、ここは」
「そう、不思議な庭なんだ」
 今では来たときの影も形も無い庭をキングは見回す。明日にはまた咲き誇るとわかってもすこし寂しい。
 キングは今日、この場で見た花々を思い出す。
 白い花。夕闇を作るやさしい陽光の光を受け少し橙がかっていた。
「ふむ……花と一口に言っても、いろいろなものがあるのだな。勉強になった、ありがとう」
「楽しんでもらえたのならボクも嬉しいね、自慢の庭だ」
「今日はこれで失礼するが……またいつか、お邪魔しても良いかな?」
 その言葉に満面の笑みをラナンキュラスは浮かべる。
「うん、いつでも、思い出したらでも来るといいよ、その時はまた違う花が咲いているだろうしね」
「それは楽しみだ、他の花に出会えることを期待しているよ」
 店へ戻る扉、そして店の扉。そこまでラナンキュラスは彼女を連れて行きそして見送る。
 もう夕闇ではなく暗闇。
 その暗さに街の街頭が煌々と灯りを与える。
「宝石店、夕闇色……か」
 覚えておこう、そう思ってキングは店名を確認する。
 良いものを見させてもらったなと思いながら店に背を向けて歩き出す。
 夜闇には彼女の足音だけが響く。


    <END>


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【2872/キング=オセロット/女性/23歳/コマンドー】

 NPC>>ラナンキュラス
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■         ライター通信          ■
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 キング=オセロットさま

 初めまして、ライターの志摩と申します。御発注ありがとうございました!
 今回は出会い、という形で庭の花を紹介、ということで……NPCの名前が花の名前、ということを指摘していただいたのでその科の花、クリスマスローズにいたしました。また他の花との出会いもご縁があれば用意しております。フリーシナリオでご自由に話を作っていただければ、と思っていたので自分でもプレイングをいただき楽しく書けたので嬉しかったです。どうもありがとうございました!

 それではまたどこかでお会いできれば嬉しく思います!