<聖獣界ソーン・白山羊亭冒険記>


困った人形たち

 その日、白山羊亭は異様にうるさかった。
「……お客様ぁ」
 看板娘ルディアは、そのうるさい原因の中心人物に、困ったように声をかけた。
「お願いしますー。他のお客様のご迷惑になりますので、ご遠慮願いえませんかぁ」
「それがそうもいかんのぢゃ」
 子供、否、小人は重々しい声でそう言った。
 以前にも白山羊亭に来たことのある――人形師ゼヴィルである。
 彼のまわりには、何人もの十歳ほどの子供がいて――
 そして、一様にわんわんと泣いているのだった。うるさいことこの上ない。
「こいつらはな、オレの造った人形でな」
「……人形っ!?」
「魔術をかけたんぢゃ。そしたらこうなった」
 ゼヴィルはどこまでも重々しく、自分の造った人形たちを見て、
「どうも、退屈らしい。遊んでほしいとさっきから泣いておる」
「そ、そうなんですかあ?」
「うむ。ぢゃから連れてきた」
 ここは依頼が出来る場所ぢゃろう――と、ゼヴィルはルディアを見た。
「こいつらの相手をしてくれる人間をさがしてくれんかの。満足すれば、術の効果は切れて普通の人形に戻るはずなんでなあ」

     **********

 ゼヴィルは顔見知りの顔を見つけ、「おーい」と手を振った。
「お前さんらも、子守やってくれんかのー」
「おー? お前さん、ゼヴィルじゃねえか」
「って、オーマさん今気づいたんですか……」
 呼ばれてようやく白山羊亭の騒がしさに気づいたらしいオーマ・シュヴァルツと、その横でがっくりと肩を落とすアイラス・サーリアス。
「いやなに、腹黒同盟パンフの作り直しで頭がいっぱいで――って、何だゼヴィル、何の用だ?」
「ぢゃからの」
 かくかくしかじか。
「子供の世話!」
 オーマがきらーんと瞳を輝かせる。「任せろこの最強親父に……!」
「……オーマさんに毒されすぎないよう、僕も一緒にお世話します……」
 アイラスが困ったように笑った。
 ゼヴィルが「そーかそーか」とうんうんうなずき、
「ではお前さんらにはこの二人を頼む」
 オーマとアイラスの前につれてこられたのは、そっくりな双子。男女だったため、二卵性らしい。まあ人形に二卵性も一卵性もないだろうが。
 女の子のほうを見て、オーマがだばだばと涙を流し始めた。
「うっうっうちの娘を思い出しちまうよう」
「……じゃあオーマさんは女の子のほうのお相手なさりますか?」
 眼鏡をかけている男の子のほうを見ながら、アイラスはそう言った。

 結局、本当に眼鏡少年シュルスはアイラスが、姉のテレスはオーマが面倒をみることになった。
「子供の世話ですか……。赤ん坊の世話をしたり、子供に簡単な武術やその精神の手ほどきをしたことはありますが……。子供と遊ぶというのは初めてかもしれませんね」
 シュルスは丁寧に頭をさげて、
「よろしくお願いします」
 と言った。
 世話などしなくてもいい子だ――と思いかけ、アイラスは首を振る。
 見かけがどんな風に見えても、まだ十歳――人形だから生まれたばかりの赤ん坊と言ってもいい。「世話などしなくていい」なんてことが、あるわけがないのだ。
「十歳……」
 アイラスはふと遠い目をする。「……僕は村を滅ぼされて焼け出された頃ですね……」
 ――そう、だからこそ。
「あのお……」
 シュルスが困ったように声をかけてくる。アイラスははっと我に返り、
「ああ、えーと、今のは……参考になりませんね。さて、僕らは何をして遊びましょうかね?」
 眼鏡の少年は、自身困ったように首を振ってくる。
「分からないですよね。それはそうだ。ええと……勉強をしましょうか。知るというのは楽しいことです。算数でもいいですし、簡単な理科の実験も面白いかもしれませんね」
 必要なものはルディアに借りるか、隣にいるオーマに具現で出してもらえばいい。
「でも、あれですね。満足したら人形に戻ってしまうと言うのは安心ですね。オーマさんに毒されずにすむかもしれません」
 そう言って、アイラスは苦笑した。
「……少し、悲しいですけどね」

「アイラスさぁん♪」
 シュルスに算数を教えている最中。
 ふと声が聞こえて、アイラスは振り向いた。
 それは、シュルスの姉テレスの声だった。にっこにこの笑顔で「あたしにもお勉強、教えてくださいー」と言う。
「それは構いませんが……オーマさんは?」
 訊いてから、アイラスは信じられないものを見た。
 ――オーマが、なにやら大量の赤く細いあざを作って床に突っ伏している。
「て、テレスさん、一体何やったんですか?」
「いやん。あたし別に、親父が嫌いだからって鞭でビシバシいじめたりなんかしてませんよお?」
 にっこにっこ。
 天使のような笑顔の裏で――文字通り、その背中に隠すように鞭が見えて、アイラスは戦慄した。
「く……っ」
 オーマは立ち上がった。「こ、こんなバカな……そんなかわいい顔して、あんなことやそんなことを言うなんて……!」
「私はこんなこともどんなことも言ってないわ!」
 鞭が飛んだ。
 ビシッ!
 オーマの尻にクリティカルヒット。
「あああ……かわいい顔して超毒舌鞭女王様だなんて……」
 オーマは床でしくしく泣いた。
 アイラスは硬直していた。
「姉さん……ほどほどにしなきゃだめだよ」
 シュルスがたしなめる。
「やあねえ。あたし何もしてないったら」
 テレスはにっこにこーと光でも灯ったかのような笑顔で言い続けた。
「お、オーマさん……大丈夫ですか?」
「くうう……こうなったらっ!」
 オーマはがばっと起き上がり、具現で総帥(つまりオーマ自身)のナマ手形付腹黒同盟パンフレットをテレスに贈呈してみた。
 鞭が三回ほど飛んできた。
 真っ赤なスーツを着て胸に黄色の薔薇を挿し、ホストの格好で親父ダンシングキメマッチョしてみた。
 鞭が――数え切れないほど飛んできた。スーツが破れて、オーマは悲鳴をあげた。
 オーマは「アイラス! しばらく頼む!」と言うなり白山羊亭を飛び出し本屋へ向かった。
 ティーン専門誌を読むと、女の子は恋バナが好き★と書かれていた。
「恋バナなら任せろ……!」
 読むだけ読んで本は丁寧に本棚に戻し、ばびゅんと白山羊亭に戻る。
「テレス! お前は好きなヤツはいるか!? 俺はいるぜものっすごい大恋愛結婚してるんだ聞いてみたいだろ!?」
「あたしアイラスさんがいいわ」
 言いながら鞭が飛んできた。
 結局ことごとく撃沈――
「く……っこうなったら、腹黒商店街で開催・聖筋界横断青眼鏡下僕主夫せくしーゲッチュ筋バトル大会に出るぞ!」
「はあ……あの、オーマさん?」
「出場条件は『家族四人であること』!」
 オーマはぽん、とアイラスの両肩に手を置いた。
 アイラスは頬を引きつらせ――やがて、諦めたようにため息をついた。
「……僕が奥さん役なのですね……」
「うむ! さすが我が腹黒同盟NO.2……!」
 アイラスに女装を強制し、オーマは燃える拳をくっと上に突き出した。
「さあ行くぞ! 家族四人で腹黒商店街へ……!」


 アイラスは元が穏やかな顔立ちなせいか、女装がやけに似合う。
「きゃーアイラスさんー!」
 テレスがアイラスに引っ付いて離れない。
「アイラスさんみたいなお母さんが欲しかったー!」
「……いや、そう言われてしまうと複雑なんですがね……」
 アイラスは片手にテレスを、もう片手にシュルスを引き連れて、オーマの後ろを歩いた。
 オーマは本物の家族気分でるんたったである。本当の自分の家族のことを、今は忘れているのかもしれないが――
 アイラスは、家族のいない自分のことを考えた。両手にかかる子供たちの重み。
(……悪くないかもしれませんね)
 オーマや子供たちに気づかれないようひそかに微笑みながら、アイラスは進む――

 腹黒商店街開催、横断青眼鏡下僕主夫せくしーゲッチュ筋バトル大会。
 第一ステージ ソーン天界で腹黒知能戦。
 早押しクイズ大会。
 ――誰も、アイラスの知能と素早さについてこられない。
 シュルスが嬉しそうに拍手し、テレスが「きゃー☆」と黄色い歓声をあげた。
 しかししばらくして、だんだんものすごい速さで得点を追いつかせてきた存在がいた。
 よくよく見ると筋肉マッチョマン。しかし目つきが悪い。
「ワル筋か……!」
 オーマが怒りに身を震わせる。アイラスは冷静に「シュルス」と呼んだ。
「はい」
「……ここからが本番だ。よく見ておいで」
 アイラスの視線がすっと細められる。
 そして――
 素早さと知能フル回転全開、アイラスはワル筋グループを一気に突き放した。
 負けじと追いついてこようとする敵を、しかしアイラスはよせつけず。
 結局アイラスのひとり勝ち――

 結果が出て、アイラスはふうと息をつきながら、シュルスに言った。
「こうやってね。本気を出したときは気持ちがいいものだよ」


 第二ステージ ワル筋公国アセシナートでイロモノバトル系。
 普通のバトルではなく女性限定。
「行けっテレス!」
「やあよ何であんたみたいな暑苦しいおっさんの言うこと聞かなきゃ、」
「テレスさん。一応挑戦してみてくれますか?」
「はーい☆」
 アイラスに愛想良くにこにこ笑って、テレスは鞭持参で第二ステージに参加。
 そしてその鞭で他の女性たちをことごとく打ち払った。
 ほーほっほっほっほっ、と高笑いが聞こえたのは気のせいだろうか。
 しかし敵方にも恐ろしい女がいた。
 やはり筋肉マッチョ。
「あれは……さっきのワル筋グループの妻……!」
 ワル筋妻の持つ得物はとげのついたこん棒だった。
 テレスは慌てて避け続けた。
「テレース!」
 オーマは大声でアドバイスを送る。「お前の強みはリーチの長さだ……! 鞭をからみとられないよう、足を狙って行け……!」
「………っ!」
 この際「おっさんの言うことなんか」と言ってられる状態ではなかったらしい。テレスはオーマに言われるがまま、鞭をふるい続けた。
「テレスさんー!」
「姉さん!」
 必死の声援。しかし――
 やはり、鞭の基本的な攻撃力の弱さはワル筋マッチョ女にはつらかった。
 テレスはこん棒で殴られ、ステージに突っ伏した。
「テレス!」
 オーマが怒りで顔を真っ赤にし、ステージに乗り込んだ。
「てめえ! 子供の女の子にとげこん棒はないだろう、しかも今ちょっと本気で殴っただろうが!?」
「オーマさん落ち着いて! 家族ごと失格になってしまいますよ!」
 テレスさんがここまで頑張った意味がなくなってしまいます――とアイラスは必死でオーマを止めた。
「くそっ!」
 オーマは舌打ちし、「あとで見てろよワル筋一家!」
 と吐き捨てて、テレスを抱え上げステージから降りた。
 オーマは知らない。テレスがオーマに抱かれながらも暴れなかったのは、気絶していたからでも疲れていたからでも、ましてや体が動かなかったからでもなかったことを――


 ラスト、第三ステージ……
「腹黒商店街による、一家、障害物リレー……」
 障害物? と商店街を見やると、そこにはヤバモノがたくさん並んでいた。
 拷問器具だの、人魂だの、人面草だの。
「……さすが腹黒商店街」
 アイラスがつぶやく。何ですかあれ、とシュルスが怯えた顔をする。
 テレスが負けるもんですかとつぶやき、
「俺ひとりだったら間違いなく勝てるが――」
 オーマは『家族』の顔を順繰りに見渡した。「今は俺たち『一家』が力をあわせるときだ。そうだな」
「当然よ!」
 テレスが鞭をぱしんと鳴らす。
「ぼ、僕も――頑張ります!」
 アイラスの顔を見上げ、シュルスが顔面を青くしながらも、眼鏡の奥の目をにっこりさせた。
 アイラスは微笑み返した。そして、
「ここまできたら、負けませんよ……!」
 彼自身、気合たっぷりで競技にのぞんだ。

 第一走者、アイラス。
 両側から襲ってくるマッチョマンたちをひらりひらりかわし、ときにはぱしんとその拳を受け止めながら流れるような余裕の動きで前へ進む。
 他のグループからは、マッチョマンたちに抱きつかれ悲鳴の声があがっていた。
 マッチョのひとりが、アイラスの行く手をまともに阻もうとする。
 アイラスは跳躍した。
 そして、マッチョの肩に両手を置き、ひらりと回転してマッチョの背後に降り立った。
 華麗な動き。アイラスらしい優雅さ。
 ――シュルスはかたずをのんで見守っていた。
 余裕に見えながらも、アイラスは第一ステージのときと同じように、真剣そのものだったから。
 そしてバトンが第二走者へと移る――

 第二走者、シュルス。
 今度は知能的な障害物であったらしい、おかしなどでかい人面草が行く手を阻み、
「汝、正しい答えの方向へ進め」
 などと言ってくる。
 十五+三十一=?
 右→五十六
 左→四十六
「――左っ!」
 アイラスに算数をならったばかりのシュルスは、意を決してそちらの道を選んだ。
 正解。
 右の道を選んだ他の走者たちの悲鳴が聞こえる。いったい何が起こっているのか。
 シュルスの行く手を、再び巨大人面草が阻んだ。
「汝、正しい答えの方向へ進め」
 ――それを繰り返し、
 見事シュルスは第三走者へとバトンを渡した。

「偉いよ、シュルス」
 アイラスに抱きかかえられ、シュルスは涙のたまった目で笑った。
 そして、
「頼むよ、姉さん!」
「言われるまでもないわ!」

 第三走者、テレス。
 テレスの行く手を阻んだのは、人魂の集団だった。
「この中で・黄色いものだけを・すべて叩き落せ」
 白いものを叩き落したらスタート地点に後戻りだ。そう言われ、テレスは鞭を手にごくりとのどを鳴らした。
「――っ負ける、もんです、かっ!」
 黄色。と言っても白とほんのわずかの差しかない。
 その上、人魂は常に動いている。
 ――しかしテレスは、動体視力が異様によかった。
 パシン! パシン! パシン! パシン!
 次から次へと見事に黄色の人魂だけを叩き落し、そして、
「これで全部よ!」
 宣言した。
 まだ残っていた場合、それでもう脱落に近かったが――
 人魂がささささーと道を開ける。
 その先に――アンカーが待っていた。

「テレス! さすが俺様を打ちすえまくった子だ……!」
「子供扱いしないでちょうだい!」
 言いながら――
 テレスはバトンを、アンカーへと渡した。

 アンカー、オーマ。

 ここにきて、すでに勝負はオーマチームともうひとつだけになっていた。
 もちろん――
「宿敵ってやつだな……!」
 隣を走るマッチョに、オーマはにやりと笑みを浮かべる。
 ワル筋一家。
「お前らだけは許さねえ……!」
 アンカーの種目は多種目だった。
 まず第一に飴玉とり。しかも人面草の口の中から。
 第二にパン食い競争。しかもカカア天下の会によるアレでナニな味のパン。
 第三に、なぜか踊り。運動会にはわりと欠かせない。
 第四に、玉入れ。鉛の玉を百個箱に入れる。
 そして第五に――
「ここまで俺についてこれるたぁ、さすがワル筋……!」
 直線中距離走でのラストスパートとなり、オーマはワル筋のマッチョと必死で前後を争っていた。
 ワル筋は強かった。認めてもいい。
(だが……負けるわけには行かねえんだ……!)
 こん棒で打たれたテレスの姿が目に浮かぶ。あんなことを、絶対にさせるものか。もう二度と、絶対に。

「――頑張って!」

 ふと、
 横から声が、

「――お父さん!!」

 テレスの声が、

 オーマの筋力を、増幅させた。
 一家の大黒柱は、一気にスパートをかけた。
 ワル筋のアンカーが目を見張るのが分かる。
「負けねえよ!」
 オーマは走った。全力で走った。
「オーマさん!」
「お父さん!」
「――お父さん!!」

 テレスの叫び声とともに――
 ゴールテープを切ったのは、オーマだった。

「テレス……!」
 オーマは何より先にテレスに駆け寄り、抱き上げた。
「きゃっ、ナニよ汗臭いばか親父!」
「父さん嬉しかったぞ……!」
 すっかり親子気分でオーマはテレスを強く抱きしめる。
「やめてやめてやめてー! ここから女の子の反抗期が始まるのよーーー!」
「なにっ! そりゃ困る!」
 オーマは慌てて体を離した。
 そして、今度はシュルスを抱きしめた。
「お前もよくやった……シュルス」
「お父さん」
「アイラス――」
「僕は抱擁はいりません、オーマさん」
 にっこり笑って、アイラスは拒絶した。


 優勝商品は、何かいまいちよく分からない液体だった。
 『魔術師用』だと言う。何でこんな、需要の少ないものを優勝商品にするのだろう。
 開催者いわく、
「問題は商品ではない。大会を通じて結ばれた親子の絆だ」
 それを言われてしまっては――
 オーマたち四人は、何も言い返せず、苦笑するだけだった。


 腹黒商店街から白山羊亭への帰り道。
 とにかくアイラスにばかりまとわりつくテレスを見ながら、オーマが「羨ましい」とつぶやくと、
「許してください」
 とシュルスが眼鏡の奥の瞳を困ったように泳がせた。
「僕ら二人の体は……筋肉もりもりの親父さんの皮膚の一部からできているらしいんです。それを聞いて以来、姉さんそういうタイプの人が嫌いになっちゃって」
「……そうか……」
 女の子だ。それでは拒絶反応も出ようというものである。
 オーマはしょんぼりとしながらも、アイラスにはよくなついているテレスの姿を、微笑ましく見つめていた。

     **********

「どうだ、楽しんできたかの?」
 白山羊亭に帰ってきた『一家』に、人形師が笑いかける。
「おーよ。俺様の計画に狂いはねえ」
 俺たちは固い絆で結ばれたぜ――言った瞬間、
 パシン! と鞭がオーマの尻に飛んだ。
「いでっ! テレス、いい加減にしとけ――」
 振り向いたオーマは――
 目を見張った。
「……っふんっ。あんたなんか、あんたなんか、あたし大っ嫌いだったもん……!」
「うん。大嫌い、だよね、姉さん……」
 双子が――
 嫌いだ嫌いだ、とくりかえしながら……泣いていた。
「……分かっているんですね」
 アイラスが女装を解きながら、切なそうにつぶやいた。「自分が人形に戻ってしまうことを」
「―――」
 ――与えすぎる情は、時として痛みとなる。
 オーマは慌てて、「おいゼヴィル!」と人形師を呼んだ。
「何とか――何とかやつらを人間のままとどめておくことはできねえのか!」
「そんなことを言われても」
「このままじゃすまさねえ、俺は絶対許さねえ! 人間のままとどめておく方法があるってんなら、出来る限り協力するから、」
「いいわよそこの筋肉親父! あんたなんか嫌いだって言ってるでしょっ!」
 ぼろぼろと泣きながら、テレスが金きり声をあげた。
「俺は嫌いじゃねえ!」
 オーマは言い返した。
 ――与えすぎる情は、時として痛みとなる。
 分かっていても、押さえられない激情はある。
「しかしなあ……」
 ゼヴィルは泣き続ける双子、しんみりと悲しそうに双子を抱き寄せるアイラス、自分に迫ってくるオーマを見比べて困った顔をし――
 ふと、何かに気づいたように鼻をくん、とさせた。
「んん? 魔術の匂いぢゃ。おぬしら、何か魔術具を持っておるな?」
「んあ? ああ、こいつのことか?」
 さっきの腹黒商店街での大会で手に入れた魔術薬品。
 それを見せたとたん、おお! とゼヴィルが声をあげた。
「何と……! お前さんらは何という……!」
 これも運命だったのかもしれんな、とゼヴィルはひとりで感激し続ける。
「何なんだよ……! そんなことよりもだな、テレスとシュルスを」
「そのテレスとシュルスのために使える薬品だ、これは」
 ぴたり、とオーマは動きをとめる。
「な、何だ……って?」
「こいつがあれば、あのふたりくらいまでなら本物の人間にできるかもしれん」
「―――!」
 テレスとシュルスが顔をあげた。
 アイラスが、
「本当ですか……!?」
 と彼らしくない大声をあげた。
「これは貴重な魔術薬ぢゃ。どこで手に入れたか知らんが……よう手に入れた」
 うんうんとゼヴィルはうなずき、そしてまだ涙目の双子を見て、
「お前らは、人間になりたいか?」
 問うた。
 双子は顔を見合わせた。しばしの沈黙――
 やがてテレスが、
「……っ、まだ、そこの筋肉親父を鞭でしばきたりないわ!」
「ぼ、僕はまだアイラスさんにいっぱいお勉強教えてもらっていないです……」
 ――人形が、命を得る決心をすることは、おそらく並大抵のことではない。
 否。命を得てしまってからがおそらく辛いこととなる。
 そうゼヴィルは言った。
 テレスとシュルスには、いまいち分からないようだった。実感がないのだろう。
 しかし、
「よし! テレス、シュルス」
 オーマがかがみこんで、双子に声をかける。「お前たちは俺たちの家族だな?」
「や、やーよこんな筋肉親父……」
「か・ぞ・く・だ・な?」
「……お、お父さんとは、呼びたくない、けど……」
 家族になってやってもいいわ、とテレスはぷいとそっぽを向いた。
「お父さん――」
 シュルスは最初から素直にそう呼び続けている。
「よし」
 ゼヴィル、とオーマは人形師を呼んだ。
「こいつらが人間になるまでにかかるのはどれくらいだ?」
「そうぢゃな……一ヶ月はかかるかの」
「アイラス。その一ヶ月の間に腹黒同盟本拠地にふたりのための部屋を用意するぞ」
「分かりました」
 アイラスはさっぱりした顔でそう即答した。
「よかった……まだまだ教えだらなかったのですよね。あ、僕のことはもうお母さんとは呼ばないでくださいね」
「俺のことは遠慮なく父親と呼べ!」
「嫌よーーー!」
 双子はいまだ、人形に戻る気配がない。
 それは、未練がたくさん残っている証拠だった。
「よしよし。ではオレも最初で最後かもしれん実験に入るとするか」
 ゼヴィルはうんと伸びをする。
「失敗すんじゃねえぞ!」
 オーマはハラハラしながら言った。「もし失敗させてこいつら人形に戻しやがったら――腹黒商店街のムキムキお仕置きん隊に頼んでお前を仕置きするからな」
「そ、それはちょっといやぢゃのう」
 頑張るとするかい。ゼヴィルは笑った。
 そしてこっそりとつぶやいた。
「本当は人形の父親になりたいのはオレのほうなんぢゃがな」
「ん? 何か言ったかゼヴィル」
「何でもないのぢゃ」
 さ、行くぞ――と人形師は双子を促した。
 テレスとシュルスはおとなしくついていく。
「なるべく早めに帰ってこいよー!」
「お部屋は、ちゃんと用意しておきますからね」
 後ろから、双子の『親』たちの声。
 ゼヴィルは両手に双子を引いて歩く。
 テレスは決して振り向かずに。
 シュルスは何度も何度も振り返りながら。
「もし戻ったときに、あたしたちのこと忘れてたら鞭百連発してやるんだからっ」
「おうおう。してやれしてやれ」
 テレスの独り言に、ゼヴィルは笑った。

 いずれ自分の手を離れていく二人の手の重みが、とても暖かかった。


 ―Fin―

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【1649/アイラス・サーリアス/男性/19歳/フィズィクル・アディプト&腹黒同盟の2番】
【1953/オーマ・シュヴァルツ/男性/39歳(実年齢999歳)/医者兼ヴァンサー】

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■         ライター通信          ■
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アイラス・サーリアス様
いつもお世話になっております、笠城夢斗です。
今回はオーマさんとのご一緒のご参加、ありがとうございます。
アイラスさんの過去もほんの少し垣間見えるプレイングでどきりとしましたが、書かせていただけてとても光栄でした。腹黒同盟本拠地では、人間化した人形たちをどうかオーマさんのアレやソレから守ってあげてくださいね(あれ?
またお会いできる日を願って……