<聖獣界ソーン・黒山羊亭冒険記>


ヤマタノオロチ『影』

 黒山羊亭に、不思議な男の子がやってきた。
「ねえ、ここに……強い人、いるかい?」
 少年は大きな壷を抱えてそう言った。
「強い人?」
 エスメラルダは問い返した。少年は抱えている壷をぎゅっと抱きしめて、
「『八岐大蛇(ヤマタノオロチ)』を知っているかい?」
 と言った。
「八つの首を持つ大蛇だよ。それの『影』が……この壷に封印されてる」
 影? と首をかしげるエスメラルダをよそに、少年は真剣に瞳を光らせた。
「この壷はね、その『影』を封印した壷なんだ。だけど……その『影』の力が強すぎて、呪われてる。持ち主になると、代々持ち主が呪われる。早く昇華させなきゃ」
「昇華……?」
「『影』なんだ。本体はない。だけど――」
 少年は片手を開いて、手の中を見せる。
 複数の指環があった。
「この指環をはめている人だけ、『影』に攻撃できる。お願いだ」
 この『影』を昇華させて――と、少年は真顔でエスメラルダに言った。

     **********

「ヤマタノオロチ、ね」
 少年の言葉を聞いていたひとりの女性が、椅子から立ち上がりもせずにくっと笑った。
「久しぶりに、なかなかの大物といったところか」
 長い金髪に、赤い瞳が映える。無駄のない体つきからは一切の隙が見えなかった。
 少年は彼女に向き直る。慎重な視線を途絶えさせることなく、
「手伝ってくれるの……?」
 女は再び笑った。
「ここのところ、相手がいなくてな。暇していたところだが……八つ首の大蛇。面白そうだ。私と、エヴァも乗せてもらおう」
「……またそんな、気安く人を……」
 金髪の女と同じテーブルにいた黒髪の女性が、ぽつりと不満そうに言う。
 こちらは銀の瞳。金髪の女性と対照的だ。
「まあ、いいわ……あとでツケとくし」
「何か言ったか、エヴァ?」
「別に……」
 久しぶりねとエスメラルダが笑った。
「ジュドー・リヴァインさんにエヴァーリーンさん……彼女たちはかなり腕が立つわ。八つ首の蛇などには負けないわね」
「本当?」
 少年が目元をやわらげる。
「……でも、どうせ八つ首なら……」
 黒髪のエヴァーリーンがぼそぼそとつぶやいた。「こちらも八人で戦うのもいいかもしれないわね……?」
「邪魔なだけかもしれんぞ」
 金髪のジュドーが真顔で言う。「しかし……二人きりも酷か。誰か他にさがしてくれ」
「分かった」
 少年がうなずき、黒山羊亭を見渡す。
 と、そこへ、
「やっほう♪ 新人教育にやってきたぜ!」
 銀髪の青年が突然黒山羊亭に飛び込んできた。
「ああん、待ってください店長〜〜!」
 後ろから、黒髪の少女が慌てて黒山羊亭に駆け込んでくる。
「あら……ランディム君に……そちらはどなた?」
 エスメラルダに問われて、銀髪のランディム=ロウファは「こいつはうちのサテンの新人、柚皓鈴蘭(ゆきしろ・すずらん)ってんだ。よろしくな♪」
 今日の店長ことランディムは、やたらノリノリだ。
「あなたのところの喫茶店の新人さん……? またかわいい子を連れてきたわね」
「おう。そんなわけで新人の実践訓練だ。何か依頼はないかい?」
 いつも通り手にしているビリヤードのキューで体を伸ばしながらランディムはエスメラルダに問う。
 と、そこで壷を抱えた少年の視線に気づいた。
「何だ少年。その壷、見るからに怪しいぞ?」
「ええ、だって危険な壷ですもの」
 エスメラルダが事情を説明する。ぴゅう、とランディムは口笛を吹いた。
「何たるいいタイミング! ここはひとつ俺と新人も乗せさせて頂くぜ!」
「はい〜。店長の言うことには絶対服従なのですっ」
「……そんな軽いノリで……いいのかしら……」
 聞いていたエヴァーリーンがつぶやいた。
「本当だな」
 呆れたようにジュドーがグラスを傾ける。
「つってもだな」
 ふと、ランディムが真顔になった。
「そんなに事情に詳しくて……お前、何モノ?」
 少年を見すえて問う。
 少年はじっと、うろたえることなくランディムの視線を受けた。
「それは、この中のオロチの影を倒してくれれば分かる……」
「……試してるのか、本心なのか……まあ、今は余計なことを気にしても仕方がないから、今日もクライアントの意向に従うからには契約はまっとうさせて頂きますよん」
「まっとうするのですよん」
 鈴蘭がランディムの真似をするように言葉をつなげる。
 何だか即席漫才コンビ状態である。
「他にはいない?」
 エスメラルダは店内に声をかけた。
 ひとりの少女が、椅子にちょこんと腰をかけたまま、小首をかしげていた。
 長い黒髪に、赤い瞳。呪符を織り込んだ包帯を全身に巻いた、不思議な雰囲気を身にまとう十七歳ほどの少女――
「千獣(せんじゅ)さんはどうする?」
 エスメラルダは最近常連になった千獣に声をかけた。
「ヤマタノ……オロチ……?」
 千獣はよく分かっていない様子で、ますます首をひねった。
「んー……」
 一生懸命何かを考えている。
 だが結局分からなかったらしい。
「……とりあえず……その、大きい蛇……を、倒せば、いいんだよね……?」
「そうだよ。とっても大きな蛇だ」
 少年は真顔でうなずいた。「影じゃなかったら、八つの山をまたぐくらいの大きさの蛇だったんだ」
「今、は……?」
「影だから、こいつは――そうだね、エルザードの王城の半分くらいのサイズだと思う」
 少年は言う。
「分かった……私も、手伝う」
 千獣はこくんとうなずいた。
「影だから小さくなったと言うのか」
 横から口を挟んだ青年がいた。
「おい、少年。お前、ヤマタノオロチが繰りだしてくる詳しい攻撃方法を知っているのか」
 黒い髪に黒い瞳。真剣な顔つきで壷を抱える少年に詰め寄る。
 ちょっとちょっととエスメラルダが青年を制した。
「子供相手に強気で責めすぎよ。あなたも参加希望? まず名乗ったら?」
「これは失礼。俺は乃木坂雷電(のぎさか・らいでん)。ヤマタノオロチが相手ならぜひ戦いたい」
 雷電は強気の目でエスメラルダを見、少年を見た。
「それで……ヤマタノオロチはどんな攻撃をしてくる?」
「……首の一本一本が、違う攻撃をしてくる。炎、吹雪、粘液、毒液、硝酸、霧、呪いの霧、癒しの霧……癒しの霧で、首がすべて復活する。僕が知ってるのはこれだけ」
「ずいぶんと詳しいじゃないか」
 雷電はいぶかしそうに言った。「たしかスサノヲノミコトは酔ったところを叩いたから――まともにオロチとは戦っていないはずだ」
「そうだね」
 少年は困ったように微笑んだ。
「だけど……確かだよ、僕が言ったことは」
「そう言えば……そうだったかしらね……」
 エヴァーリーンがグラスの中の氷をつつきながらつぶやいた。
「お話では……お酒で酔わせるのだったかしら……私たちも、それをやってみる……?」
「それは無駄だよ」
 少年は即答した。「こいつは影だ。本来何も飲まないし、何も食べない。僕のこの指環がなければ触ることもできないから」
「あら、そう……」
 エヴァーリーンはつまらなそうに、氷をぴんと弾いた。
「直接真っ向勝負しかないってね♪ できるか新人っ」
「負けないのですよん、店長っ」
 ランディムと鈴蘭は、どこか場違いな雰囲気をかもしだしていた。
 と、そこへ――
「こんばんは……」
 背に翼のある少年が、黒山羊亭に足を踏み入れた。
「あ……」
 千獣がその有翼人の少年を見て、小さく声をあげた。
「リュアル……」
「あ、せ、千獣さん」
 リュウ・アルフィーユ。どこかおどおどしている少年は、黒山羊亭にただようおかしな雰囲気に足をとめた。
「あの、……何かあったんですか?」
「そう言えばあなたも戦える人だったわねえ」
 エスメラルダが少し考えてから、リュウに事情を説明する。
「や、ヤマタノオロチ……?」
 リュウも千獣と同じく、聞き覚えのない言葉だったらしい。おどおどと首をかしげるが、
「……リュアルも、一緒に、戦う……?」
 千獣に小首をかしげながら問われ、
「う、うん!」
 場の雰囲気にのまれてうなずいてしまった。
「これで七人ね。そろそろ充分かしら?」
 とエスメラルダが言ったとき――
「俺で八人だ」
 黒山羊亭の隅で、一番の常連客が立ち上がった。
 ランディムがその姿を見てぎょっと鈴蘭とのかけあいをやめる。
 筋肉むきむきの大男、それはオーマ・シュヴァルツだった。
 オーマは壷を抱える少年のところまでやってきて、少年の頭をぐしゃぐしゃとなでた。
「昇華させることがその蛇と、お前さんに新たな道と命を紡ぐんだってんならよ。俺はどんな罪咎罪垢でも背負ってやるぜ?」
「………」
 少年は大男を見上げて、泣きそうな顔で笑った。
「ありがとう……」

     **********

 エルザードの王城の半分ほどあるというヤマタノオロチ『影』。
 八人と壷を持った少年は、住民に被害が出ないようエルザード城下を出た。
「はい。この指環……」
 少年は『影』と戦えるようになるという指環を八人に渡し、真剣な顔で、
「お願いします」
 と言った。

 ジュドーとエヴァーリーンは、息系攻撃のために外套を着ていた。
 オーマはオーマの考えがあるようで、中くらいのサイズの獅子に変身していた。
 千獣は動き回りやすいよう、背に獣の翼を生やす。
 リュウは聖獣装具のマリンソードを手に何かをぶつぶつつぶやいている。
 雷電は腰に佩いた刀の柄に手をかけ……

「壷は誰が開ける?」

 少年は自分自身で開けると言った。
 だが、それは危険だとオーマが止めた。
「心配なーし」
 ランディムが片目をつぶって言う。「要は壷を覆ってる布を破りゃいいんだろ?」
「そう……だけど」
「なら遠距離攻撃の大家! 俺様にまっかせなさーい」
 弟子を連れているせいなのか、テンションの高いランディムは、
「さぁて、泣いても嘆いてもこれは危険な実践だ、出来るか新米?」
「やってみせますよん! 見込みがあるからここに連れてきたようなものでしょ?」
「おおぅ、さっすがは新米さん♪」
「い〜えいえ、てんちょーには遠く及ばないので御座いますのことよ〜」
「手品師ってワケじゃないけど、タネも仕掛けも御座いません……ってね♪」
 そしてランディムは、全員を壷から離れたところで待機するよう言い、自身も遠くから、ビリヤードのキューをくるくる回してにやりと笑った。

「イッツ、ショータァイム!」

 言葉とともに、
 いつの間にかキューを構えたランディムは、その先端から法力の球を打ち出した。

 ばしゅっ

 その球は、見事に壷を覆う布を撃ち抜き――

 ずるり

 凄まじい妖気に、全員が緊張する。

 ずるり ずるり……ばりぃん……!

 壷を破壊して――
 巨大な八つ首の蛇が姿を現した。

     **********

 柚皓鈴蘭は、オロチの首が届くぎりぎりの範囲まで近づいていた。
「喫茶店の店員なのになんでこんな依頼までしなきゃいけないのでしょーか?」
 と店長たるランディムに聞きたくてしょうがなかったが、自分もこういう世界に身を置くもの。ついてきてしまったからには逃げたりはしない。
「むー。私の場合、体質が体質だから……毒とかは通じないとは思うけど」
 鈴蘭はオロチの首を見上げてぶつぶつつぶやいた。
「他の首が凶悪モノぞろいみたいだしなあ」
 むー、ともう一度うなってみる。
 他のメンバーは、すでに各々の配置を取っている。刀を抜いている者、空を飛んでいるもの、恐ろしいまでの身軽さでオロチの回りを蝶のように行き来するもの、なぜか獅子になっているもの――
「素早さを武器に、手裏剣と術でイってみますか!」
 他の人たちの邪魔にならないように。邪魔にならないように、隠密行動を。前線で戦うものを支援する。
 それが彼女の得意分野。
「いってみますともさ、てんちょ!」
 完全遠距離方の店長に向かって小さくつぶやき、そして鈴蘭は元気に声をあげた。
「さーあ、よってらっしゃい蛇サンやい! この私が立派に囮やったげるのだよん!」
 合言葉はイッツ・ショータイム。
 さあ、楽しくやってみせようじゃありませんか!

     **********

 オーマが獅子となったのには訳があった。
 蛇は生態上、空中を伝わる音波を感じない。そのため、獅子の姿になることで、人には無害な超音波をぶつけたのだ。
 その超音波によって、蛇は五官感覚を狂わせる――
 他の誰にも、オーマが何をやっているかは分からなかった。
 蛇は聴覚よりも感覚が発達している。それにより獲物を察知する。
 五官感覚、そしてもうひとつ――
 オーマはさらに蛇の特徴、第六器官として目鼻孔間の一対の窩に存在する、赤外線を察知する神経毛細血管が集まる場所、そこを潰すことを考えた。
 オーマはメンバーを見渡した。自分以外で、遠距離攻撃が出来る人間は――
(風のリュアルと――法力のランディムか)
 風ではうまく窩を攻撃できまい。
 オーマは獅子の姿でランディムのところまで飛んだ。
 ランディムが、「うおっ!?」と一瞬戦いを忘れてオーマの姿にのけぞった。
『ちょっと頼まれてくれるか』
「な、なんだよ」
『蛇はな――』
 と蛇の生態、第六器官の存在を教え、
『頼む。遠距離のお前さんが一番狙いやすいはずだ。潰してくれ』
 オーマは獅子の首を垂れた。
 ランディムは少しの間何かを考えていたようだが、
「――まあ、情報が入ってきたらそれを有効利用すんのも賢いヤツの条件だわな」
 とキューを構えた。
「その第六器官とやらは任せろ、おっさん!」
『頼んだ!』

 ランディムの法力の球は、変形自在な上に一度に数発打つことが可能だ。
 ランディムはオーマの言う通りに、蛇一本ずつの目鼻孔間の一対の窩を狙って法力の球を大量に打ち込んだ。

 唐突に蛇の動きがひどくあいまいになり、エヴァーリーンは「あら……」と眉をひそめた。
「周囲をかけめぐって……同士討ちを狙うつもりだったけれど……何だか私の気配感じていないようね……」
 他のメンバーが何かしたのかもしれない。
 なら、それはそれでいい。
 エヴァーリーンはとても人間とは思えない身軽さで各首のまわりを駆け巡り、それぞれの首に鋼糸をからめつけていく。
 残念ながら一撃で落とせるほどヤワで細い首ではなかったが――
「動きの邪魔くらいは……させてもらうわよ……」
 エヴァーリーンはきりきりと鋼糸を引きながらつぶやいた。
「でないと、元が取れないんだから、ね……」

 首のひとつが炎を吐いた。
「!」
 ジュドーは外套で身を隠しながらかがんだ。
 すれすれの位置を炎が通っていき、彼女の長い金髪が危うく燃えそうになった。
「まったく……乱暴なことだ!」
 炎が途絶えた瞬間を狙ってジュドーは再度駆ける――

「あれが炎……」
 ランディムはつぶやいた。

 蛇の首のひとつが、大きく口を開いた。
 こおぅ……
 吐き出されたのは霧だ。
 辺り一面が見えなくなり、一瞬メンバーの動きが止まった。
「――風よ!」
 リュウの声が飛ぶ。
 突風が吹き荒れ、霧が流されていく。

「あれがただの霧……」
 ランディムは第六器官を潰しながら確認した。

 千獣は腕を獣の巨大な手へと変化させ、空から滑空する。
 なぜか知らないが、蛇はこちらに気づく様子もなく振り向かなかった。
 千獣はその大きく凶悪な爪で首の一本の付け根を一撃した。
 緑の血が吹き出る。しかし痛みなど感じないかのように、首は振り向かない。
「へん、なの……」
 千獣は空へと離脱する必要もなく、二撃、三撃とその首に攻撃を繰り出した。
 と、
 唐突におかしな動きをした隣の首が、千獣に向かって吹雪を吐き出した。
「………っ」
 千獣は翼をはためかせた。
 着ていたマントの裾が吹雪で凍り付いてしまった。
「……ひっと、あんど、あうぇい……やっぱり、大切、だった……」
 千獣はぽつりとつぶやいた。

「あれが吹雪……」
 ランダムに四匹目の第六器官を潰しながら、ランディムは目を細めた。

 雷電はオロチの首へと足を引っかける。
 なぜだか分からないが、振り払われるような蛇の抵抗がなかった。
「おいおい前方不注意だぜ!」
 雷電は思い切り、刀を振りかざした。
 ざしゅっ!
 刀はオロチの首の三分の一ほどに食い込み、一撃で断ち切れることはなかった。
 ちっと雷電は舌打ちする。思った以上に太い。おまけに刃が肉に埋もれてしまった。
 だが――刀の扱いなら慣れている。
 雷電はうまいこと、刀を引き抜いた。
「なめんなよっ!」
 叫びながら、違う方向から同じ場所へと刀を食い込ませる。
 繰りかえせばいつか切り落とせる。それは当たり前の理だった。

 蛇の一体の口から、どろりと黒い液体が零れ落ちた。
「!」
 ちょうど真下を通ろうとしていたエヴァーリーンの、外套の裾がしゅうしゅうと煙を立てて焼け落ちた。
「あら、やだ……」
 エヴァーリーンは呑気にいい、鋼糸を優雅に空中へ舞わせ、その蛇の口を思い切りふさいでやった。

「あれが硝酸? もしくは毒――か」
 ランディムはいったんキューを下ろし、その手に法力をためこみ始めた。

 蛇の一体が下に向かって、黒い霧を吐き出す。
 鈴蘭がその全身を黒い霧によって巻き込まれたかのように――思えた。
 が、
「甘いのですよっ!」
 霧に包まれたのは形代。カウンターで手裏剣がその蛇に向かって飛んだ。
 手裏剣ではほんの少ししかダメージは与えられないが、
「こうやってじわじわ攻め立てるのも、隠密派の得意技なのですよ……!」
 ――自分は敵に力を使わせることのほうが優先だ。鈴蘭はそう思って、体中にしこんである手裏剣の重みをたしかめた。

「あれが……呪いの霧」
 ランディムは残り二本となった、手の内を明かしていない首を見比べる。
 片方のほうが小さかった。
「あっちか……!」
 そして――
 小さいほうへと、ためこんでいた法力とともに聖なる力を集中させ、
 光を爆発させた。
 ――ブラックホーリー。
 邪悪なるものは決してその光から逃れられはしない。

 じゅうじゅうと音を立てて、一番小さかった首の頭が溶け落ちた。

 その瞬間から、他の七つの首の行動の統率が乱れ始めた。

『心強いやつらだな』
 オーマは獅子の姿のまま、満足そうにそれを見つめていた。
 本当ならば巨大な獅子へと変身して、どの蛇の攻撃も自分が盾となって皆を守るつもりでいたのだが――
 どうやらそれは必要のないことらしい。
 となれば――
 オーマは獅子のサイズを少し大きくして駆ける。
 そして、直接攻撃派のジュドーと雷電に向かって、
『俺を踏み台にしろ!』
 ジュドーと雷電は、遠慮はしなかった。

「癒しの首を先に取られたか……」
 ジュドーは自分が狙っていた首を先にとられ、苦笑した。
 しかし、まあ団体戦とはこんなものだろう。楽になったことに違いはない。
「あとは……」
 ジュドーは面倒くさいことが嫌いだった。残りの七つの首はエヴァーリーンがどうにかしてくれると信じていることもあり、彼女はオーマの背を蹴って、オロチの背後へと回った。
 そして――ぎょっとした。
 オロチの尾は、八本あった。
「尾に気をつけなければならんな」
 そうつぶやきながらジュドーは、一気に七本の首を討つべく刀をオロチの胴体へと走らせた。

「あ……あの人、あぶない……」
 上空からずっと見ていて、オロチの尾の動きがかなり激しいことを知っていた千獣は、オロチの背に乗ったジュドーの姿を見てつぶやいた。
「それ、じゃ、さぽーと、しよう、かな……」
 自分は首ではなく――尾を狙おう。
 そう決めて、千獣は翼をはためかせ一気にオロチの背後へと滑空した。
 届くなり巨大爪での一閃――
 尾がのたうった。
 ジュドーがぎょっとして一瞬振り向く。
「ほら……動き、激しい、から……」
 千獣はぱっと上空へ逃げながら、ジュドーに言った。
「尾は、私が、引き受ける……。けど、背後に、気をつけて、ね……」

 ランディムは戦いの場が思いの外遠いことに舌打ちして、自分と同じく遠めな場所にいるリュウの元へと走った。
「おい! お前風喚師だったな?」
「はい!」
「なら、たしか風に乗せて声を届けるのが得意だな?」
「ええ」
「よし、今から言うことをみんなに伝えろ――」
 ランディムはどんどんと配置の変わっていく全員に、リュウの風の声を利用して、どの首がどの攻撃を繰り出してくるのかを逐一連絡させた。
 もちろんその合間に、キューを構えてオーマに言われた第六器官とやらを潰す作業を忘れなかった。

 エヴァーリーンが口を封じた首の他に、二首ほど離れた場所で、口からどろりと紫の液体をこぼす首があった。
 その首が――
 唐突にぶしゅっ! と紫の液体を噴射した。
『おっと』
 オーマはひらりと獅子姿で避けた。
 紫の液体がこぼれた地面は、黒くじわじわと染み渡るように色を変えていく。
『こいつが毒だ……!』
 オーマはテレパシーでメンバー全員に伝えた。
『指示は任せろよ、おっさん!』
 リュウの声で、ランディムの言葉が返ってきた。
 オーマは苦笑した。年長者として本当に――何て心強いやつらだ。

「リュウ、あの黒髪のねーさんに伝えろ」
 ランディムはキューで六つ目の首の第六器官を潰しながら、エヴァーリーンを示した。
「毒首の口も封じろってな」
 リュウは返事をすることよりも実行することを優先する。
『獅子オーマさんのいる真上の、毒首の口を糸で封じてください!』
「……人使いの荒い人間が多いんだから……」
 エヴァーリーンはひらりひらりとオロチのまわりを飛び回りながら、言われるがままに獅子オーマを目印に、そこの首の口を鋼糸でしばりつけた。
 そして、獅子オーマに言った。
「鋼糸にも限りがあるのよ……全部の口は封じられないわ」
「ならばっ!」
 隣で、雷電が刀を振りかざした。
「口を封じるまでもなく、倒すまでっ!」
 雷電が何度も刀を食い込ませた首が――

 どさり

 真下に落ちた。

『吹雪が落ちました!』

 ランディムがキューを構えるのをやめ、聖なる光を落ちた首へと集中させる。
「万が一ってことがあるからな……全部、消えてもらうぜっ!」
 吹雪の首は今度こそ本当に、聖なる光で消え去った。

 千獣は片手のみを凶悪な爪にしたまま、ひたすら尾を落とし続けた。
 ジュドーが振り向く気配はない。
(……信頼、して、くれてる、のか、な……)
 そう思って、千獣は少し微笑みを浮かべた。
 そして暴れ出した一本の尾を思い切り横薙ぎに爪で引き裂いた。

 ジュドーは胴体を切るのに難儀していた。
「ふん……さすが、なかなかきつい胴体だな」
 刀で何度切りつけても、深く傷がつかない。
「胴体よりも付け根を狙うか……?」
 自分は何と言っても、蛇の背後を取っている。
 最高の配置にいるのだ。
 ずしゃり、と刀を走らせた首の付け根は、胴体よりずっと柔らかかった。
「まったく、やはり一本ずつ落としていくしかないのか……」
 ため息をついたジュドーに、
『金髪のおねえさん! 貴方から見てもうひとつ右に呪いの霧の首があります……! 鈴蘭さんが目印です、その首を落としてください……!』
「………」
 風の有翼人の少年の、声が届けられてきた。正しくはその隣にいる銀髪の青年の指示だろうが。
 ジュドーは視線をずらす。
 鈴蘭といえば、あの銀髪の青年に連れてこられた、場違いに明るい少女だ。
 ――たしかに右方向にいる。
「人の言うことに従っているのもしゃくだが……」
 まあいい、とジュドーはとんと胴体を蹴って移動した。
「たまには、団体戦を楽しむのもいいさ……!」

 オーマは雷電も胴体に乗ったことを確かめてから、鈴蘭に『お前さんは胴体に乗らなくていいのかい』と訊いた。
「はい! 私は目印になるのが仕事です……!」
『よし』
 こうなったら自分も攻撃に転じられる。
 万が一また自分を踏み台にする必要ができた場合も考えて、獅子の姿のまま、オーマは目の前の首に噛みついた。
『待て、おっさん!』
 ランディムの声が聞こえた。リュウの声を使っているはずなのに、なにゆえオーマ宛てだけランディムの口調なのかは知らないが。
『それは毒の首だ! 下手に噛み付いたら毒にやられる――霧だ! 今鈴蘭がいる場所の首が霧だ……!』
「………」
 毒首なことを承知で攻撃したが、オーマは微笑した。
 ランディムとは色々あったが、少しは心配してくれているらしい。
 鈴蘭がいるのは――左ひとつ隣!
 オーマは改めて霧の首に噛みついた。
 苦し紛れに霧の首が霧を吐く。
 同時に、遠くでは黒い霧も。
 ――このまま霧の首に噛みついていたら呪いの霧にやられるか……!?
 一瞬考えた瞬間に、
「風よ……!」
 リュウの高らかな声が、風を生み、霧を誰もいない場所へと吹き流した。

 先ほど吹雪の首を落とすのに、雷電もかなり苦労していた。
 ふつう団体戦では、回復担当が一番防御が弱いと相場が決まっている。
「だからブラックホーリー一撃で倒せたんだろうがな……」
 ランディムは残りすべての蛇の第六器官を潰し、今度はまともに法力での球攻撃に転じた。
 ブラックホーリーはそうそう何発も連発できる魔法ではない。他に使うときは、落ちた首を焼き尽くすとき程度に抑えておくことにしよう――

「っ!!」
 ジュドーは背中から何かに衝突され、危うく自分も倒れかけた。
 尾か……!?
 思ってとっさに振り向きざまの一閃を行おうとして――そこにいるのが、尾を攻撃していたあの千獣とか言う少女だということに気づき、慌てて刀を止めた。
「無事か……!?」
「だい、じょう、ぶ……」
 どうやら思い切り尾に殴り飛ばされたらしいが――
 なぜだろうか。彼女は内側から、何者かによって治癒を受けているようだった。
 ――今回のメンバーに、回復のできる者がいたか?
 ジュドーは疑問に思ったが、
「邪魔、して、ごめん、ね……。私は、大丈夫……。後ろ、見なくて、いい、よ……」
 たどたどしくしゃべる少女はそう言って、再び翼で飛んで行った。
「――……」
 ジュドーは改めて自分が落とそうとしていた首に向き直った。
 あの少女は大丈夫だ。長年の戦士としての勘が、そう言っていた。

 エヴァーリーンは、残り六つすべての首に鋼の糸をからみつけ終わり、ふふ、と紅唇を微笑ませた。
「さあ……蛇が蜘蛛に捕まったわよ……後は、どうする……?」
 鋼糸に邪魔されて、物理的に蛇はほとんど動けなくなった。
 おまけに毒と硝酸の首は、口までふさがれている。
『糸のおねえさん!』
 再び風の少年の声がした。
『もうひとつ! 今鈴蘭さんがいる場所の首が粘液です……!』
「……封じろと言うのね……」
 エヴァーリーンは肩をすくめて、息をついた。
「……もう……本当に人使いが荒いわね……」

 雷電はすではランディムの指示により、炎の首を相手にしていた。
 炎。それは懐に入ってしまえば却って避けやすいタイプの攻撃だ。特に相手が、これほど巨大な場合は。
 緑の血に濡れた刀を一振りして払い、再び切りつけ始める。
 こつはつかみ始めていた――一刻も早く、首を落とさなければ。

 ジュドーが背後から、呪いの霧の首を討ち落とす。
「――よし!」
 次はどれだ! と思わず問いかけ、自分ではっとした。
 いつの間に指揮官だか何だかの言うなりになっているのだか。
 ジュドーは苦笑して、そして、
『次は毒首です! 貴方から見て銀獅子のいる場所の左!』
 少年の声が聞こえた。
 不思議と、それに抵抗する気分にはならなかった。

 落とされた呪いの首が、ブラックホーリーによって焼き尽くされる。

 千獣が六本目の尾を引き裂いた。
 と、かちりと爪が何かに当たった。
「………?」
 他の尾の動きに注意しながら近づいてみると、なぜか尾の中に一本の剣がある。
「なんだろ……これ」
 持ち上げてみると、ふと振り向いた雷電が「それは……!」と目を見張った。
「伝説の草薙の剣! 貸してくれ……!」
「? いい、よ……」
 元々千獣は得物を用いない。軽く手に入れた剣を雷電に渡した。
 雷電はそれを手にし、ひどく興奮したように顔を紅潮させた。
「みなぎってくる……体に力がみなぎってくる!」
 はあっ――!

 ずしゃっ!

 あれほど落とすのに時間がかかっていた炎の首をたった一撃で両断して、雷電は興奮した。
「よし! 後の首もすべて俺に任せろ――!」
 調子に乗ってオロチの背を駆け抜けようとしたとき――
「あ……危ない……」
 向かってきた一本の尾雷電を打ちすえようとするのを、千獣がかばった。
 ばしん! と尾と千獣の爪が衝突する激しい音がした。
「あ……」
 雷電が我に返ったようにそのさまを見る。
『このバカ!』
 オーマの怒鳴り声がテレパシーで聞こえた。
『団体戦で勝手に単独行動を取り始めるな……! 己だけじゃなく仲間が危険になる!』
「……すまん」
 雷電はうつむいた。
『雷電さん、元気を出して! あなたがパワーアップしたことに違いはないです……! 次は硝酸の首をお願いします!』
 風の少年の声が聞こえて、雷電はくっと拳を握りしめた。
「そうだな……だからこそ、力を得たことは重要なんだ」

 雷電が立て続けに落とした炎、硝酸の首が、ブラックホーリーで焼き尽くされた。
「あ、やべ」
 ランディムが魔法の連発のしすぎで立てたキューにもたれかかった。
「――あーちくしょう! こら鈴蘭、燃やすのいったんお前がやっとけ!」
「はいですの!」
 隠密専門だけに耳のいい鈴蘭は、遠くとも店長の声が聞こえたらしい。
 続いてオーマが霧の首を食いちぎる。
「はっ!」
 鈴蘭は気合とともに拳を地面に打ちつけ、落ちた首の傍で火柱をあげた。
 霧の首が、炎に包まれて燃え尽きた。

 毒と粘液は、エヴァーリーンの鋼糸が攻撃を完全に食い止めてしまっている。
 ――千獣が、八本目の尾を落とした。
「もう……後ろ、の、心配……ない、よ……」

 ジュドーと千獣が毒を、雷電が粘液の首を狙う。
 法力を復活させたランディムが遠くからキューを構え――
 オーマが具現波動の準備をし――
 エヴァーリーンは鋼糸をぎりぎりと食い込ませ――
 リュウが風に乗せ、全員に向かって、合図を送った。

『今です!』

 ジュドーの刀が
 千獣の爪が
 雷電の草薙の剣が
 ランディムの法力が
 オーマの具現波動が
 エヴァーリーンの鋼糸が

 二つの首をまったく同時に落とし、そして。

「――はーあっ!」
 鈴蘭が二つの首を、立て続けに火柱で燃やし尽くした。

     **********

「ああ……」
 壷を持っていた少年がつぶやく。
「消える……消えていく……」
 その声が、涙声になっていた。
 嬉しそうな。
 何かから解放されたかのような。

 雷電の手のうちから、草薙の剣が消滅する。

「さあ、いい加減教えてもらおうかね」
 ランディムがキューでとんとんと肩を叩きながら、少年に視線を向けた。
「――お前、誰だ?」
 少年は、
 微笑んだ。

「僕は――遠く、ツクヨミノミコトと――呼ばれて、いました」

 ツクヨミ、と雷電が呆然とした声でその言葉を繰りかえす。
「オロチの本体を倒したのは我が兄弟スサノヲ……けれどスサノヲは、影を見落とした……」
 僕は。
 その影を封じて。
「許してください」
 少年は頭を下げた。
「持ち主が代々呪われてきた、というのは嘘……。ずっと、僕が持っていました」
 獅子から元の姿に戻ったオーマが、少年の頭をぐしゃぐしゃとなでる。
「その程度の嘘、大したこっちゃねえよ」
「……もしも」
 もしも、本当のことを最初から説明していたら――
「貴方たちは、協力してくれて……いたのでしょうか」
 問われて。
 顔を見合わせるは各々に……。
「……私は別に、大物と戦えさえすればいいからどうでもいいが」
 とジュドーが言った。
「……そんな腐れ縁に……必ず巻き込まれるからね……」
 ぼそりとエヴァーリーンがつぶやく。
「今回は新米の実践訓練につき〜♪」
 ランディムがおどけた調子で言い、
「……なんてな。俺はどんな理由であれ、クライアントの意向にゃ従うさ」
「さっすがてんちょ♪」
「さっすが俺だろ♪」
「……よく、分かんない、けど……」
 千獣は首をかしげて、「悪いことした、気は、しない、よ……?」
 ねえ、リュアル……と尋ねた相手は、はっと我に返って、
「え!? あれ、僕八つ首のオロチと戦うところだったんじゃ――や、やっぱり僕じゃだめでしたか!?」
「………」
 どうやら戦闘モードが切れたようだ。
 雷電は、草薙の剣のあった手を見下ろしながら、つぶやいた。
「俺の世界では……オロチは無条件に悪だった……。倒すのに異論はないさ」
「………」
 オーマが少年の頭をなでるのを、ふとやめた。
 ――少年の体が発光し始めた。
「これでオロチも僕も、ようやく……」
 ――ようやく救われた。
「救って欲しかったと言ったら、怒られるのでしょうか……?」
「いーんじゃねえの」
 とランディムが片目をつぶる。
「みんな……苦しいの、いや、だよ……?」
 千獣が少年を見つめた。
「……オロチを救ったという気はしないが……それでお前の気が済むなら」
 雷電が真顔で少年を見る。
 ジュドーは興味なさそうに、
「好きなようにやればよかろう」
 と言った。
「……そう。この戦い馬鹿みたいにね……」
「うるさい、エヴァ」
「俺は」
 オーマがつぶやいた。「形があって存在があることだけが生じゃない……。お前もオロチも。次の命へとつながっていくことだけが、望みだ」
 ――次の。
 ――次の命へ。
 そうしてオーマは再び、少年の頭をくしゃりとなでた。
 ほんの少しだけ、感触がした。
 少年の泣きそうな顔が――笑顔に見えた。

「ありがとう……」

 さよなら……

 少年の体が粒子のように分解されていく。
 そしてその光の粒が……空へと昇っていった。
 きらきらと光を散らしながら。

 八人の戦士たちはずっと光が天に昇っていくのを見上げていた。
 光の粒、最後の一粒が消えるまで、ずっと……


 ―Fin―


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【1149/ジュドー・リュヴァイン/女性/19歳/武士(もののふ)】
【1953/オーマ・シュヴァルツ/男性/39歳(実年齢999歳)/医者兼ヴァンサー(ガンナー)腹黒副業有り】
【2087/エヴァーリーン/女性/19歳/鏖(ジェノサイド)】
【2767/ランディム=ロウファ/男性/20歳/アークメイジ】
【3087/千獣/女性/17歳(実年齢999歳)/獣使い】
【3117/リュウ・アルフィーユ/男性/17歳/風喚師】
【3155/柚皓 鈴蘭/女性/17歳/密偵】
【3191/乃木坂 雷電/男性/18歳/志士】

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■         ライター通信          ■
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柚皓鈴蘭様
初めまして、ライターの笠城夢斗です。
このたびは店長さんとご一緒の依頼さんかありがとうございましたv
女の子で忍者。素敵ですねv喫茶店のお仕事も頑張ってくださいね。
またお会いできる日を願っております。