<聖獣界ソーン・白山羊亭冒険記>


『うさぎと気まぐれの森』



○オープニング

 気まぐれの森、という場所に、綿毛ウサギというウサギが入り込んだ。女レンジャーのナオミは、そのウサギを追っているものの、真っ白な雪の中に真っ白なウサギが入り込み、なかなか見つけ出すことが出来なかった。
 おまけに、森の植物たちは気まぐれ。適当な事ばかり言ってナオミを混乱させる森に困り果てたナオミは、一緒にウサギを探してくれる有志を探す事にした。



「アンタ、また来てくれたのかい!?こりゃ、ありがたいねえ」
 女レンジャーのナオミ・ルーキスは、オーマ・シュヴァルツ(おーま・しゅう゛ぁるつ)と視線が合うなり、驚きの表情を見せるのであった。
「よ、久しぶりだな。また一緒に、いきもん探しに行こうぜ」
 オーマはそう言って、ナオミにニヒルな笑顔を投げかけた。
「あたしも一緒に探すよ!よろしくね!」
 もう一人の依頼参加者のロレッラ・マッツァンティーニ(ろれっら・まっつぁんてぃーに)が、二人にやる気のある、可愛らしい笑顔を見せていた。
「オーマに、ロレッラか。二人とも、よろしく頼むよ。何しろ、真っ白な雪の中で、真っ白なウサギを探すわけだからねえ。透明の水の中に沈んだ、透明な器を探すようなもんさ」
「うささんを訪ねて、三千マッチョ筋!ってかね」
「オーマ、今回のその格好は何だい?」
 ナオミが、オーマを楽しそうに見つめているところからして、このコスプレを楽しんでいるのだろう。
「これかい?これは桃色マッスル兎きぐるみだぜ。これを着れば、気分はうきうきるんたった♪それに、とても暖かいんだぜ。んでもって、兎親父愛キャッチ仕様ってわけさ」
 ふわふわもこもこのウサ耳をつけたウサギの着ぐるみを指で示しつつ、オーマは誇らしげに胸を張っていた。
「あれ、ポケットがもぞもぞいってるよー?」
 ロレッラは動いているオーマのポケットに気がつきそれを指差して、不思議そうに首を傾げてみせた。
「んん、まあ、これはあとになればわかる。で、そろそろ行くのかい?俺はもう、準備OKだぜ」
「あたしも!ちゃんと、ウサギさんの好きそうな食べ物も用意してきたしね!」
 ロレッラは、ウサギの好物と聞いたキャベツをここへ来る前に購入しており、今はバッグの中に入れてあるのであった。
 ロレッラとオーマがそれぞれに答えると、ナオミはこくりと頷くのであった。
「こっちも準備出来ている。それじゃ、行こうかね。ここから歩いていける距離だが、雪道だからな。滑らないように気をつけておくれよ」
 ロレッラとオーマはナオミの後に続いて、ウサギがいるという、気まぐれの森へ向かって歩き出した。



「あらあらまあまあ。今度はお友達を連れて来たの?ウサギさん、見つかるといいわね!」
 雪の積もった森の入り口へ立つなり、そばにあった大木が話し掛けてきた。
「そうさ。今度こそ失敗はしないよ。頼もしい仲間に来て貰ったんだからね!」
 ナオミは大木に向かって叫んだ。
 大木の幹の中央に、顔のような形の模様がついているが、はっきりとはわからない。しかし、この声は確実にそのあたりから聞こえてきているから、この森の植物はこのようにおしゃべりをするのだろう。ロレッラはいきなり、この森の不思議を目の当たりにしたのであった。
「森の奥にいる連中は、本当に気紛れよ?」
「オーマ、ロレッラ、行こう。この木の相手をしていたら、日が暮れてしまうよ」
 ナオミが二人を森の中へと引っ張り込む。
「木がお話するなんて凄いな!ねえ、いつもこうして立っているの?森の外へは行かないの?」
 とは言え、この話す植物に興味を引かれたロレッラは、何かを問いかけずにはいられなかったのだ。
「そうねえ、あたしも森の外へ出てみたいけど、さすがにここと土が違う場所には行けないわ。特に海は大嫌い。あんな塩水が沢山あってカラカラなところへ行くのは、まっぴらごめんよ」
「おう、大木さんよ。あんたはいいが、森の奥にいる連中は、あまり光が当たらねえところにいるんだろ?その連中にも、ちゃんと光のある所に出てきて、光合成するように伝えてくれよ?でないと、ひょろひょろのもやしになっちまうぜ?」
 オーマも、この大木に興味があったのだろう。オーマのやり取りを聞いていても、この植物はそれ程厄介な事は言わないようであった。
「ええ、そう伝えておくわ」
「二人とも何をやっているんだい?まだ先は長いんだよ。植物と話をするのは、なかなか出来ない事かも知れないから、そいつらに興味が湧くのはわかるよ?だけどね、ずっと相手をしていたらそのうち、飽きてきてしまうよ」
 ナオミが眉をよせていたので、ロレッラ達はそこで大木との会話を切り、さらに森の奥へと歩き出した。
 森にはかなり雪が降り積もっており、地面は一面が真っ白であった。その上に、人の足跡がついているが、これはナオミのものだろう。何故なら、今、ナオミがつけている足跡と、すでについている古い足跡の形が、そっくりであるからだ。
 その他には、雪の上に筋のような跡がついていた。
「この長い筋みたいなのは、きっと植物が通った跡だね」
 地面の雪に視線を向けて、ロレッラが言う。
「ああ、そうだろうな。こんな跡つけるのは、奴らぐらいのもんだろ」
 やがて、3人は、凍りついた泉へと到着した。先程大きな泉ではないが、水面は凍りついており、泉の淵には雪が沢山積もっている。
「うわー、池が凍ってる!」
 ロレッラは凍った泉を見て興奮していた。
「冬の寒さで池が凍る。夏は暑すぎて、池が干上がってしまうんだよ」
 ロレッラ達の後ろから声が聞こえた。振り返ると、背の低い草がゆらゆらと揺れながら声を発しているのであった。
「まったく、嘘つくんじゃないよ。あたしは夏もこの森に来たけどね、泉が干上がるほどここは熱くなったりしないよ。砂漠じゃあるまいし」
「本当だよ。夏に、干上がった泉で魚がぴちぴち跳ねているのを、見た事がある」
「さて、ロレッラにオーマ。あたしが前に、このあたりでウサギを見かけたんだが、捕まえる事は出来なかった。植物が煩いが、あとはあんた達にお待たせするよ」
 ナオミがオーマ、ロレッラと順番に顔を見つめて答えた。
「雪のように見えても、あっちはウサギだからね」
「おまけに、この泉は海とつながっているんだ。泉から、鯨の潮吹きが見えた時は、さすがに驚いたね!」
 ナオミは草の事等まったく無視していた。確かに、こんな雑談にずっと付き合っていたら、いくら時間があっても足りないかもしれない。
「よし、後は任せておけ。出て来い!」
 オーマが蠢くポケットを軽く叩くと、中から何かが飛び出してきた。それは、人面草軍団であった。人面草達はポケットから地面に降り立つと、あたりの様子を見回しながら、急に一箇所に集まったかと思うと、ひそひそと作戦会議をはじめたのであった。
「人面草がいたから、ポケットがもぞもぞしていたんだね」
 納得したロレッラが、手を打って呟いた。
「植物の事は、植物に任せた方がいいからな」
「へーえ。私達の他にも、動く植物って住んでいるんだー」
 草も、このオーマの人面草に興味があるようであった。
「じゃ、打ち合わせ通り、よろしく頼むぜ」
「了解しました、オーマさん!」
 それだけ答えると、オーマの人面草は、それぞれ森の奥に向かって散らばっていった。
「さってと。あたし達も、早く探しに行かないとね!」
「あたしはあんた達の後に着いていくよ。その方が確実そうだからね」
 ロレッラのあとに、ナオミが呟いた。
「とりあえず、もう少し奥へ行ってみるとするか。このあたりにはいねえようだからな。餌を手に持って、匂いで引き付けるのも手だろう。冬は、あまり餌もないはずからな」
「そっか。お腹すいてるかもしれないよね?」
 ロレッラがオーマにそう答えると、鞄の中からキャベツを取り出し、それを手に持った。
「これで、ウサギ来るかなー?」
 期待のまなざしで、ロレッラはキャベツを見つめた。
「来るといいな。そんじゃ、もう少し歩くとしよう」



「わたげウサギ、どこにいるか知らない?」
「さあ。もし知っていたとしても、教えてやらないけどね」
 紫色の木は、意地悪な口調でロレッラに答えた。
「そう。じゃあ、そっちの枝が沢山ある木さんは、知ってる?」
「ああ。さっき、ここを走り抜けていったぞ。かなり慌てた様子だった。そう、時計を持って急いで走っていたよ」
「それ、違う話な気がする」
 ロレッラは植物に声をかけながら森を歩いていたが、まともな返事をしてくれるものの方が少なかった。
 中には、まともそうな話をするものもいたが、まわりが嘘つきばかりだから、全部いい加減な情報に聞こえて仕方がなかった。
「うまくいかないね。ウサギらしき動物も、見当たらないし」
「まあ、この森のどこかにはいるはずだからな。もうちょっと頑張ろうぜ。そろそろ、話が広がった頃だろうしな」
 オーマはロレッラを元気付けて、さらに先へと進むことにした。
「ここは何だか、随分賑やかだな」
 しばらく歩いたところで、後ろを歩いているナオミが言った。
「歌が聞こえるよ!」
「うまくいったみたいだな」
 そのまわりの光景を見て、オーマは満足したのであった。
 人面草が、この森の植物達と仲良くなっている。いや、ただ仲良くしたのではない。オーマは人面草達に、森の植物をナンパし、ハートをゲッチュせよと命令しておいたと、ロレッラとナオミに解説をしてくれた。
 おかげで、ここはラブラブパラダイス空間が広がり、ハートをゲットされた植物達が、皆で幸せそうに歌を歌っているのである。
「うわー、いいなあ。とっても楽しそう」
 ロレッラがまた心臓が高鳴り、ウサギの耳が、ぴょこんと頭に生えてしまった。
「ナンパ作戦か。確かに、そういうのは植物同士じゃないと駄目だね」
 ナオミは感心したように、このラブラブ空間を見つめている。
「オーマさん、ウサギはたった今、奥へ向かったって!逆ナンした彼氏から聞いちゃったわ♪」
「そうか。で、わたげうさぎにやってはいけない事なんかはあるのか?」
 オーマはにやりと笑い、人面草に問い掛ける。
「あたしが聞いたところでは、結構臆病だから、脅かすような事をしちゃだめって」
「わかった。ありがとうな」
 人面草から情報を聞き出すと、オーマがロレッラとナオミを促し、人面草の指し示した方向へと向かった。



「おい、お前。ここら辺にウサギがいただろう?どっちへ行ったかわかるか?」
 人面草に言われて向かったものの、このあたりはあまり大きな木がないので雪が直接地面に降り注ぎ、雪がかなり深くなっていた。
 近くにいた木にオーマは話し掛けたが、この木はなかなか堅い性格の木のようで、人面草がナンパする事が出来なかったようであった。
「お前達に話す事など、何も、ない」
「どうにか協力してくれないか?」
「駄目だ。俺に関係のない事を、何故わざわざ話さなければならない?もっと、礼儀をわきまえるがいい」
 いくらオーマが言っても、その木はまったく聞き入れてくれなかった。
「お願いだよ、そのウサギを探しているの。ウサギが見つかれば、すぐにここから出て行くから」
「そういう問題ではないという事が、わからないのか?」
 ロレッラの言葉にも、木は耳を貸そうとはしなかった。
「やれやれ、困ったねえ。あと一息だってのに」
 ナオミがため息をついた。
「では、この事を話してやるしかないようだな」
 オーマはそう言うと、突然ウサギの着ぐるみを脱ぎ捨て、大胸筋全開にし、目を閉じて神経を集中させていた。
「俺はこう見えても医者だ。いいか、俺の言う事を馬鹿にしたら、後が怖いぞ?この森では、ワル筋植物病が蔓延している最中だ」
「何、それ?病気なの?」
 別の木が、オーマに問い掛けてきた。
「そうだ。この病気は、根っこからウィルスが入り、まず根を破壊し、やがてウィルスが上昇し、最後は木や草を枯れさせてしまう、恐ろしい病気だ。こうなったら、もう助からない」
 ロレッラのまわりで、ざわめきが聞こえてきた。
「こいつの予防には、真実を話して善行筋すべし!それしかない。いいか、さっきも言ったが、俺は医者だ。医者言う事は聞くもんだ。少なくとも、病気のことはな」
 さらにざわめきが響き渡った。ロレッラは、これはオーマが考え出した嘘だと思ったが、嘘も時には必要だろう。少なくとも、まわりの植物には、多少の効果があったように感じた。
「だから、真実を俺に話し」
「騙されるな!そいつは嘘つきだ。俺はそんな病気、聞いたことない!」
 先程の、堅い性格の木の声が、このざわめきを一気に静まり返らせた。
「こいつは、自分の目的の為に、俺達を騙そうとしている!」
「あの木は、全然言う事を信じてくれないね」
 困った顔をして、ロレッラはオーマを見上げた。
「まったく、しょうのないやつだ。ならば、これでいくか。ああいうのは、以外にこういうのに弱かったりするからな」
 オーマは懐から、そっと『美ナマモノ植物スーパーアイドルンルン名鑑2006』と書かれた写真集を取り出した。どこから手に入れたのかわからないが、今はとても役に立ちそうだとロレッラは思った。
「これで取引どうだ?まだどこにも売ってねえぞ、これ」
「何」
 明らかに、木は同様しているようであった。真面目な性格程、こういう事には弱いのだろうか。
「わかった。俺は優しい雄株だ。それで許してやる」
「わー、やったー!」
 ロレッラはウサギのようにジャンプをして喜んでいた。
「で、ウサギだが、さっきまでそこで木の根っこを掘り返して食べようとしていた。根を食べられてはたまらんと、その木に叱咤されたら、別の場所へと逃げていった。だが、やつは腹を空かせている。そんなに遠くまではいってないだろう」
「なるほど。すまねえな」
 オーマは、その木の枝に写真集を収めると、視界の良い場所を探し、そこにロレッラの渡したキャベツと、オーマ自身が用意した野菜や西瓜やメロン皮を置いた。
「葱類や韮は赤血球を破壊する成分を含んでいるから、ウサギにやっちゃいけないぜ?あと、ほうれん草もな。シュウ酸っていう、ウサギには毒になる成分がある」
 餌を置いてウサギが現れるのを待機している間に、オーマはロレッラやナオミに説明をした。
「そうなんだー。さすが、お医者さんだね」
 ロレッラは頷きながらオーマの話を聞いていた。
「じゃあ、あたしも気をつけないといけないのかな。あっ!」
 ロレッラが急に声を上げた。雪をどかして置いておいた野菜のまわりに、さっきはなかった雪球が転がっている。
 いや、雪球ではない。良く見るとそれは、真っ白な毛並みのウサギであった。
「俺に任せろ!」
 オーマは奥義を使い、全身を白い綿毛だらけに仕立てた。これはこれで、驚くべき光景なのだが、オーマはゆっくりとウサギに近づき、優しく微笑みながらウサギに寄っていく。
「さあ、こっちへ来るんだ。愛しき君よ。純白で美しい、世界一のうさうさよ」
 ウサギはオーマに興味を持ったのか、警戒しながらも近づいてきた。
 ある程度近づいたところでオーマはウサギを抱き上げ、丁寧に毛を撫でながらそれをナオミに渡した。
「やったー!捕まえたね!」
 ロレッラはウサギを見つめ、撫でながら微笑んだ。ウサギは、ふわふわとした何とも柔らかい手触りであった。ナオミはウサギを受け取り、それをゲージに入れると、ロレッラとオーマに小さく頭を下げた。
「本当に助かった。有難うよ。これで父親のところへ、胸を張って帰れるってもんさ。このウサギはね、数が少なくなっている生き物なんだよ。それで、何とか数を増やせないかと、研究している最中でね。その為には、このウサギの事をよく知らないといけないから」
 ナオミが目を細めて、ウサギを見つめた。
「そうか。うまくいくといいな。何か困った事があったら、俺も手伝うからよ」
 オーマが、ナオミを勇気付けるように答えた。
「変わった森だけど、楽しかったよ!植物ともお話できたしね!」
 ロレッラも、この森での出来事は、それなりに楽しんだつもりであった。
 3人は、わたげウサギを連れて、暗くならないうちに森の入り口へと向かうのであった。(終)



◆登場人物◇

【1953/オーマ・シュヴァルツ/男性/39/医者兼ヴァンサー(ガンナー)腹黒副業有り】
【1968/ロレッラ・マッツァンティーニ/女性/16/旅芸人】

◆ライター通信◇

 ロレッラ・マッツァンティーニ様

 初めまして、ご参加ありがとうございます。WRの朝霧です。
 今回の話は、かなりライトに書かせて頂きました。変な植物がいるけど、彼らは特に悪者ではなく、自由気ままに生活している。そんな雰囲気の森を出してみました。ロレッラさんは、かなり可愛い雰囲気で書かせて頂きました。同じウサギさんでしたので、耳が飛び出したところも入れてみました(笑)
 それでは、どうもありがとうございました!