<聖獣界ソーン・黒山羊亭冒険記>


白の真実 【 真実の姿 】



◇■◇


 その日、遠慮がちに入って来た客は、あまりにも浮いていた。
 黒い大きな瞳に華奢な身体。無邪気な微笑みはまだ10かそこらだ。
 「どうしたの?」
 エスメラルダはそう言うと、ついと立ち上がって少年の方に駆け寄った。
 少年は何も言わずにロングコートのポケットから小さな虹色の玉を取り出すと、コロンと床に置いた。
 玉は独りでに動き出すと、コロコロと黒山羊亭の中を転がり、ピタリと、エスメラルダの目の前で止った。
 まるで意思があるかのような玉の動きに、瞬きを繰り返す。
 「これは・・・」
 「虹色の玉の中には、色々な人が居るんだ。」
 初めて聞く少年の声は、どこか広い場所で話しているかのように、不思議と響いて聞こえた。
 「七色の住人達。みんな、真実を見失ってる。自分達を見失った彼らに、真実を見せてあげてよ。」
 「どう言う事なの?」
 「七色は、白と黒、赤と青、紫と桃、そして透明・・・。」
 少年はエスメラルダの質問に答えるでもなく、ただふわふわとした笑顔を浮かべて言葉を紡いでいる。
 「七色って言うからには、虹の色を想像した?でもね、違うんだ。この玉の中の色は、虹の色じゃないんだ。」
 “白”“黒”“赤”“青”“紫”“桃”“透明”
 最後のものは、色と言うのかは解らないけれども―――。
 「まずは白。白に住んでいるのは、白いウサギだよ。そして・・・迷い込んでしまった、少年が1人。」


  白兎を追いかけていたら、いつの間にか知らない場所に出ていたんだ。
  上も下も、右も左も真っ白で、自分が来た道すらも解らない。
  それどころかね、来た道が見えないんだよ。
  だって・・・彼は白の空間に迷い込んでしまったのだから。
  白の空間では、全てのものが真っ白に染まる。
  少年の記憶も・・・真っ白に染まったんだ。
  彼は自分が誰なのかは解らない。どうして自分が此処に来たのかも解らない。
  そう・・・兎を追っていた事を忘れてしまってるんだよ。


 「少年の記憶は、白兎によって奪われてしまったんだ。ねぇ、取り返してよ。少年を、白の空間から出してあげて?」
 少年はそう言うと、エスメラルダの服の裾をクイっと引っ張った。
 確かに、助けてあげたいのは山々だけれども・・・
 「具体的に、どうすれば記憶が戻るの?」
 「白兎から、記憶を奪って少年に戻せば良いんだよ。でもね、白の空間を支配している“白いウサギ”は中々返してくれないと思うよ。勝負を挑んでくると思うんだ。」
 「白いウサギ?」
 「そう。とっても寂しがりやなんだけど・・・」
 「だけど?」
 「とっても強いんだ。だからね、力以外の解決方法を考えなくてはいけないんだ。多分白いウサギは力勝負を挑んでくるだろうけれど・・・」
 困ったように微笑んで、少年は虹色の玉を取り上げた。
 「白兎は白いウサギのペットなんだ。白いウサギがとっても大事にしてる。白いウサギには、白兎しか友達が居ないから・・・。」


  「白いウサギはね、とっても綺麗な心の持ち主なんだよ。」
  「でもね、真実を言う事が出来ないんだ。」
  「言ってしまって、拒絶させるのが怖いんだ。」
  「ねぇ、真実を見つけてよ。」
  「白いウサギの、真実の声を、見つけてあげて・・・・・?」


◆□◆


 ―――ふわり
 オーマ シュヴァルツの心に、何かが囁きかけて来た気がした。
 それは助けを求める声と言うか、切実な心の声と言うか・・・言い表せないようなものではあるけれども、確かにその雰囲気はオーマを必要としていた。
 足を止めればそこは黒山羊亭の前。
 刹那考えた後に、そっと扉を開けた。
 ガランとした店内に見えるのは、エスメラルダと1人の少年の姿。
 「オーマさん・・・。」
 エスメラルダがガタリと椅子から立ち上がり、丁度良かったと言って事の始まりを話し始めた。
 「つまり、白いウサギから少年の記憶を取り戻せと、そう言う事か?」
 「そうだよ。この中に居る、少年を助けてあげて?そして、白いウサギの真実の声を、見つけてあげて・・・?」
 大きな黒い瞳をオーマに向ける。
 クルンと潤む瞳はどこか深く、様々な感情が混じり合って存在している。
 「ねぇ・・・閉じてしまったものは、また開けば良いんだよ。閉じれたんだから、開けられるはずでしょう?」
 そうだなと、言う代わりに少年の頭を撫ぜた。
 「オーマさん、お願いできるかしら?」
 「任しとけって!腹黒ゲッチュでGO!・・・だな。」
 ふっと、少年に微笑みかける。
 その言葉に満足したのか、少年が手に持っていた虹色の玉を宙に放り投げ―――クルクルと回る玉からは、虹色の光が溢れ出す。
 七色に輝く光が1つに混じり合い・・・それは、怖いほどに透き通った純白だった・・・。


 あまりの白さに瞳を瞑り、開いた先は真っ白な世界。
 それでも先ほどの白さよりはどこかくすんだ印象を受ける白で―――数歩先に、1人の少年が体育座りでしゃがみ込んでいるのが見えた。
 あの子が少年の言っていた“少年”だろうか・・・?
 ゆっくりと少年に近づき・・・ふっと、上げた瞳は濁っていた。
 虚ろな瞳はオーマを見ているものの、どこか焦点があっていない印象を受ける。
 『ダレ・・・?』
 「俺はオーマ シュヴァルツってんだ。お前さんは?」
 『ワカンナイ・・・。』
 「そうか・・・。」
 どうやら彼で間違いがなさそうだ。
 ボンヤリと宙を見詰める様子は虚ろで、心を持っていないかのように、どこか機械的な印象を受ける。
 「俺は今から白いウサギのところに行くんだが・・・お前さんも行くか?」
 『イク・・・?シロイウサギ・・・?ワカラナイ・・・。』
 「そうか。」
 どうしたものかと頭を掻き、試しにこう訊いてみた。
 「俺と一緒に白いウサギのところに行っちゃぁくれねぇか?」
 『ボクが・・・?アナタト・・・?イッショ・・・。イク・・・。』
 コクンと機械的に頷くと、少年は立ち上がった。
 パンパンとお尻を叩き、手を叩く。
 「あのなぁ・・・良ければ“アナタ”じゃなく“オーマ”って呼んで欲しいんだが・・・」
 『・・・オーマ・・・サン。ワカッタ・・・。』
 設定を完了いたしましたと、機械音が響かないだけまだましなのだろうか・・・?
 「そうすっと、お前さんの名前も呼んでやりたいところだが・・・」
 如何せん、少年の名前は分からない。かと言って勝手につけても・・・。
 まぁ、白いウサギに訊けば分かるだろう。
 オーマはそう思うと、少年の手を握った。
 少年が不思議そうな顔をしてオーマを見上げ、カクンと小首を傾げる。
 「手を繋いだ方が良いかと思ったんだが・・・イヤか?」
 『・・・テヲツナグ・・・ナゼ・・・?』
 「友情の証ってぇヤツだ。」
 『ユウジョウ・・・?』
 どうやらその言葉をよく理解できないらしい。何度も確かめるように“ユウジョウ”と呟いては、濁った瞳を左右に揺らす。
 ・・・あの少年は、記憶が白兎によって奪われてしまったと言っていたが、他にも色々と大切なモノ・・・“感情”が欠落してしまっているような気がする。
 もしかして、記憶と感情は同じ部類のものなのだろうか・・・?
 オーマは首を傾げながらも、1つ疑問に思った事を口に出した。
 「そう言や、白いウサギはどこにいるんだ・・・?」
 『・・・アッチ。ココ・・・ズット、マッスグ。』
 少年が目の前に広がる真っ白な世界を指差しながらそう言ってオーマの手を引っ張った。
 それに逆らう事無く身を任せ、オーマは少年の導きに従って先へと進んだ。


□◆□


 「初めましてだね、お兄さん。僕の名前は白いウサギ。こっちの小さいのは僕のペットの白兎。名前が同じようなので、難しいかも知れないね。ややこしいかも知れないね。だからね、皆は僕の事は“シロ”って呼んでる。白兎の方は“ウサ”って呼んでる。」
 なんら抑揚のない声でそう言うと、白いウサギはオーマの隣にいる少年に視線を注いだ。
 真っ白な木が元気良く空まで伸び、真っ白な丸いテーブルの上には真っ白なティーポット。
 甘い香りを発している紅茶も真っ白で―――
 「それで、お兄さんは少年の記憶を取り返しに来たんだね?否定しても分かるんだ。だって、この世界は僕の心とリンクしているから。」
 「まぁ・・・当たらずとも遠からずってトコかな?」
 ニヤリと微笑むオーマの顔を、白いウサギがじっと見詰める。
 「タダで返すわけには行かないよ。だから、僕と勝負をしようよ。先に攻撃を受けた方が負け。もし僕が負けたなら、少年の記憶はお兄さんにあげるよ。もし僕が勝ったなら、お兄さんの記憶を頂戴?」
 白いウサギがそう言って、腕を捲くり・・・オーマはそれを制すると、大げさに天を仰いだ。
 「あー・・・悪いな。今日の朝筋マッチョ染め占いで、うささん勝負は親父ナマ絞り大凶って出ちまったんだ。」
 「・・・朝筋マッチョ染め占い・・・?親父ナマ絞り大凶・・・?」
 まるで不審なものを見るかのように、白いウサギが眉をひそめてオーマの顔を見詰める。
 「だから、勝負の方は遠慮させてもらえねぇか?」
 「別に僕は構わないけど、それなら少年の記憶は・・・」
 「っつー事で、詫びっちゃぁなんだがお前さん達を“超兄貴美筋唸りマニア桃色ハウスアトラクション”に招待するぜぇっ!」
 「・・・はぁ・・・?」
 『・・・チョウアニキ・・・ビキンウナリ・・・マニア・・・モモイロハウス・・・アトラクション・・・?』
 少年が片言の言葉を紡ぎ、カクンと小首を傾げる。
 呆気にとられる白いウサギと少年の顔を交互に見詰め、ニヤリと微笑むと、オーマはそっと宙を撫ぜた。
 ―――そこに現れたのは1つの扉。
 この白の世界では似つかわしくないほどに、明るい色をした桃色の扉・・・。
 「な・・・何コレ・・・」
 白いウサギが初めて感情らしい感情のこもった声を上げる。
 オーマはその反応に満足すると、少年と白いウサギの腕を掴んでその扉を開けた。
 「ぼ・・・僕は行くなんて一言も・・・!!」
 「まぁまぁ、ノープロブレム、ノープロブレム!世界は筋肉で支えられている・・・!」
 「ちょっと・・・わけわかんない事言ってないで・・・!!」
 白いウサギの抵抗も虚しく、3人と1匹は“超兄貴美筋唸りマニア桃色ハウスアトラクション”の中へと引き込まれて行った・・・。


 「きゅーい??」
 白いウサギの抱いていた白兎がか細い鳴き声上げ、長い耳をピクピクと色々な方向へ向ける。
 鼻をヒクヒクとせわしなく動かして―――
 「はぁ・・・なんで僕がこんな所に・・・。」
 「まぁまぁ、これも運命っつーやつだ。」
 「運命じゃないだろ!?思い切りお兄さんのせいじゃないかっ!!」
 カっと、声を上げる白いウサギの頭を優しく撫ぜる。
 「お前さん、ちゃんと感情が出せるんじゃねぇか。」
 「・・・っ・・・ちが・・・っ・・・」
 カァァっと、顔を赤らめて、腕に抱いた白兎に顔を埋める。
 いじらしいく愛らしいその動作に、思わずオーマの父性本能がくすぐられる・・・。
 「そう言えば、お前さん・・・シロっつったか?」
 「・・・白いウサギだけど、白兎と混じるから、シロって呼ばれてる。・・・そうつけてくれたのは、1人の女の子。」
 「そうなのか?」
 コクンと寂しそうに頷いた後で、白いウサギはキュっと唇をかみ締めた。
 「白いウサギと白兎じゃぁ、ややこしいからって。」
 「気に入ってるのか?その名前・・・。」
 「・・・“白いウサギ”は、僕の見たままを表すだけのものなんだ。だから・・・」
 だから、気に入っているのだろう。
 自分を表す“シロ”と言う名前を。
 「そうか。んじゃシロ。1つだけ・・・質問しても良いか?」
 「なに?」
 白いウサギの青い瞳がオーマの赤い瞳を真っ直ぐにとらえる。
 瞳の青さは透き通っており、深海を思い出させるほどに深い青色だった。
 「少年は、なんっつー名前なんだ?・・・流石に、少年少年呼ぶのはちょっと・・・」
 「エル・・・。エル・リヴァー。」
 「そうか。」
 ふっと微笑んでそう言った後で、オーマは少年・・・エルを振り返った。
 濁った瞳をキョロキョロと周囲に向け、物珍しそうに床に置かれている壺などを撫ぜては小首を傾げている。
 「おい、お前さん・・・エルって名前なんだってな。」
 『・・・エル・・・?・・・ダレ・・・?』
 オーマの声に反応して顔を上げるものの“エル”と言う言葉には反応らしい反応を見せない。
 「お前さんの名前だ。エル・・・。」
 『・・・エル・・・ナマエ・・・ワカッタ。』
 コクンと、再び機械的な頷きをして、ボンヤリと天井を見上げながら“エル”と口の中で数度呟く。
 ・・・どうやら記憶を戻さない事には何も思いだしてはくれないらしい。
 「ねぇ、それで・・・どうやったらここから出られるわけ?」
 「最後の部屋まで行って・・・その先にある扉を開ければ帰れる・・・んだよな?」
 「・・・僕に訊かないでよ。」
 首を傾げたオーマに、小さく溜息をつくとシロは困ったように頭を掻いた。
 シロの腕の中でウサが「きゅうぅ??」っと、心配するかのような声を上げ、それにシロが大丈夫だと言うかのように、穏やかな笑みを向ける。
 「ま、帰れなかった時はここで素敵親父ライフを・・・」
 「イヤだよ・・・。」
 キッパリと拒絶の意を表すシロに、ちょっぴり寂しくなったオーマなのだった・・・。


■◇■


 “超兄貴美筋唸りマニア桃色ハウスアトラクション”の名前が表す通り、中は素敵なアトラクションで一杯だった。
 ・・・アトラクションと言うか、罠と言うか・・・。
 突然床が抜け落ちたり、突然上から岩が落ちてきたり、突然突風が吹いて飛ばされそうになったり―――
 しかも部屋のいたるところに、親父アニキスマイルマークが付けられており・・・なんとも脱力感を誘う。
 身も心もボロボロと言った様子のシロが、腕の中で眠るウサに視線を落とし―――その時、パカっとシロが乗っていた床が開いた。
 「・・・へ・・・??」
 ポカンとした顔をして・・・ひゅぅっと足元から吹く風は冷たい。
 エルが驚いたような顔をして咄嗟に手を伸ばし、その手に向かってシロがウサを放り投げた。
 宙でエルが必死にウサの身体を抱きかかえ―――シロが暗闇に消える。
 『・・・あっ・・・!!!』
 エルが何かを言おうとした瞬間、シロがぽーんと穴の中から飛び出してきた。
 それをオーマが訳知り顔で見詰め、コクリと頷くとシロを上手くキャッチした。
 「よしよし、ちゃんと戻って来たな??」
 「・・・〜〜〜っ・・・つーか、何さ今のっ!!下になんかあったよ!?」
 「おう。この超兄貴美筋・・・」
 「もうわかったから!!」
 オーマの言葉を遮って、シロが話の先を促す。
 「つまり、ここは怪我をしないような作りになっていて・・・」
 「そんなの最初に言ってよっ!僕、焦ってウサの事投げちゃったじゃんっ!」
 そう言って、すぐにはっと顔色を変える。キョロキョロと辺りを見渡し―――
 「ウサなら、エルの腕の中だ。」
 オーマの言葉に、シロがエルの傍に走り寄った。
 エルの腕の中で、甘えるように瞳を閉じるウサ。大きくクリクリの瞳をシロに向け・・・その瞬間、エルの腕をポンと蹴ってシロに飛びついた。
 「・・・なっ・・・ウサ、さっきまでエルの所で嬉しそうにしてたのに・・・。」
 現金なヤツだと言って、シロが小さく笑い―――それを見て、エルも微かに笑った気がした。
 『ヨカッタ・・・ウサ・・・シロにアエテ・・・ウレシそう・・・』
 ・・・エルの言葉が、どこか滑らかになっている気がする。
 段々と記憶が戻って来ているのだろうか?・・・それとも・・・
 オーマは目の前にある扉を押し開けた。
 キィっと甲高い音を立てながら開いた扉の先には、1つの大きな姿鏡が置いてあるだけだった。
 「・・・これは・・・?」
 鏡の前にかけられた布は真っ白で、澄んだ青色の壁紙に覆われたこの部屋で、ある意味異質な存在感を発していた。
 「これは、真実の姿を映す鏡だ。」
 オーマがそう言って、ペラリと布をめくった。
 シロの顔が、驚きと恐怖に彩られ―――次の瞬間には、呆気に取られたような顔になっていた。
 「・・・何も映らないけど・・・?」
 「心を開かないと映らねぇんだ。」
 「そうなんだ。」
 ほっとしたようなシロの顔を見詰めながら、オーマは言った。
 「だから、心を開かねぇと突破は不可能。」
 「・・・帰れないって事・・・?」
 「簡単に言うとな。」
 その言葉に、シロの瞳が揺れる。
 今にも泣き出しそうな顔をして、腕に抱いたウサに顔を埋め・・・
 『シロ・・・カナしソウ・・・』
 眉根を寄せて、労わるような表情をするエル。
 腕を伸ばし、シロに触れようとするが・・・シロがビクンと肩を上下させたのを見て、慌てて引っ込めた。
 『コワい・・・シロ・・・?』
 「・・・・・・・・・・・・っ・・・・・・。」
 ギュっと唇を噛んだシロの頭を1つだけ撫ぜると、オーマは鏡の前に立った。
 目を閉じ、心を落ち着かせ―――真っ直ぐに、ただひたすら真っ直ぐに、鏡の中の自分を見詰める。
 ・・・段々と崩れてゆく自分の身体。
 鏡が淡い光を発しながら輝き、次の瞬間、鏡にはある1つの光景が映った。


   今よりもまだ若い・・・そう、それは八千年も昔の事・・・
   青年の姿のオーマが佇むのは、血の池。
   真っ赤に染まった大地の上に降り注いだ真っ赤な雨。
   全身を赤く染め、冷たい瞳で足元に転がる無数の抜け殻を見詰める。
   ―――力のみが絶対であったあの頃・・・
   襲い来る敵をなぎ倒す。
   鮮血に染まりながら手折られる魂が、オーマを修羅の如く赤く染める。
   手折るか、手折られるか・・・
   選択肢は2つに1つだと思っていたあの頃・・・


 しゅんと、光が消えるのと同じに・・・鏡の中の光景はすっと消え、そこにはオーマの姿しか映っていなかった。
 そっと鏡に触れ、昔を懐かしむような表情をした後でオーマはクルリと振り返った。
 驚いたような表情で固まるシロ。その隣では、不思議そうな顔でエルがオーマを凝視していた。
 ゼノビアでは異端とされる存在・・・その力は羨望と畏怖と紙一重。
 過去も今も、存在全てを拒絶される―――異端の存在・・・・・・・・。
 「・・・強かったんだね・・・。」
 ポツリと紡がれたシロの言葉に、オーマは首を振った。
 「強かったわけじゃねぇ。・・・力が、強さだと思い込んでいた・・・弱かったんだ。」
 確かに、オーマの力は強かったかも知れない。けれど、ココロはどうだっただろうか・・・?
 「全ての生命は、誰かしらに愛され、そして誰かを愛している。・・・その命を奪う事・・・罪咎罪垢を自ら知ったからこそ、強さは力じゃねぇと知ったんだ。」
 「それじゃぁ・・・なに・・・??」
 「真の言葉に想いを乗せ紡ぎ、拒絶も嫌悪も全て、在りのままを受け入れる。力ではなく、想いで・・・」
 力が想いをねじ伏せる事は多々ある。
 力が想いをバラバラに切り裂く時もある。
 けれど、決して想いは消える事はない。己が信じさえすれば、想いはどんな盾よりも強固に己を守ってくれる。
 想いは、言葉は、相手を傷つける剣になる場合もあれば、相手をそっと優しく包み込む暖かな毛布になる時もある。
 ―――それならば、オーマは毛布になろうと思った。
 全ての生きとし生ける者全てを包み込めるくらいに大きな毛布にはなれないかも知れないけれど・・・そんな大きなものでなくて良い。自分を必要としてくれている者は包み込めるくらいの、寒いと思って手を伸ばせば直ぐに温めてあげられるくらいの、そんな存在になりたかった。
 力で・・・ねじ伏せるのではなく・・・。
 「シロにはこの姿・・・友として見せた。勿論、エルにも・・・ウサにもだ。」
 エルが濁った瞳をこちらに向け、不思議そうに首を傾げる。シロの腕の中に居たウサが「きゅぅ〜?」っと長い鳴き声をあげ、耳を数度ピクピクと動かした。
 「・・・友・・・達・・・?」
 シロの視線が、あちこちに注がれる。段々と潤む瞳は儚くて―――エルが、シロの腕からそっとウサを抱き上げた。
 その瞬間、まるで支えを失ったかのようにシロの身体がグラリと前方に傾き・・・オーマがそれを優しく抱きとめる。
 キュっと、包み込むように抱きしめる。
 小刻みに震える肩と、熱い呼吸。声を押し殺しているのが切なくて、オーマはそっと背を撫ぜた。
 「・・・みんな、ここに来る時は大抵ウサが悪戯で記憶を持って来ちゃった時・・・。・・・記憶がない間は、みんな僕に優しくしてくれる・・・でも、記憶が戻ったら帰って行っちゃう・・・僕の事なんて、もう思い出してくれなくて・・・。」
 『シロ・・・かなしイの・・・?』
 「きゅぅう??」
 心配そうなエルとウサの声に、シロがそっと顔を上げた。
 「皆の、帰るべき場所は・・・ココじゃないから・・・。」
 寂しそうな瞳でそう呟くと、シロはすっとオーマの手からすり抜け、鏡の前に立った。
 淡い光の後に現れたのは、真っ白な空間で独り座るシロの姿。


   言葉は要らない。何も話す事はない。
   ウサとは話は出来ない。ウサと・・・言葉は通じないから・・・。
   独りではなにもする事がない。
   見渡す限り真っ白なこの空間で―――
   寂しい・・・悲しい・・・欲しい・・・友達が・・・ カ ナ シ イ ・・・・・


 しゅんと光が消えた瞬間、シロがその場にペタンと座り込んだ。
 『しロ・・・??』
 とてとてとエルが走って来て、隣にしゃがみ込むと優しくシロの頭を撫ぜる。
 ウサがポンと、エルの腕を蹴ってシロの元に走り、慰めるようにすりよる。
 「・・・もうよぅ、ここまで相手の事を思い遣れるんだから・・・友達っつーんじゃねぇのか?」
 「でも・・・エルはきっと、記憶を戻したら・・・」
 「そんなん、やってみなくちゃ分かんねーだろ?それに・・・」
 コツンとシロの隣に立つと、そっとその華奢な身体を抱き上げた。
 「もしエルが戻って来なくても、俺は絶対にお前に会いに来るからな。・・・約束だ。」
 クテンと、オーマの胸に身体を預け・・・シロがウサの名前を呼んだ。
 1拍の後にウサが高く跳躍してシロの腕に着地し、パァっと身体から淡い光を発する。それは1つの玉となってコロリとシロの掌で転がり・・・それを、エルに投げた。
 玉は真っ直ぐにエルの方に飛んで行き、エルが手を触れた瞬間、霧散した・・・。
 「・・・あれ・・・?僕・・・。」
 キョロキョロと不思議そうに辺りを見渡すエルの瞳が、オーマとシロに注がれる。
 そして・・・一瞬の間を置いた後に、ふわりと穏やかに微笑んだ。
 「初めまして?僕はエル・リヴァーって言います。貴方達は?」
 「俺はオーマ シュヴァルツで、こっちが・・・シロとウサだ。」
 シロの瞳が驚きに見開かれ、そして―――ふわんと無垢な笑顔を見せた
 「初めまして・・・あの・・・お願いがあるんだけど・・・」

  「お友達になってくれる・・・?」

 喜んでと言ってエルがにっこりと笑い・・・オーマはそんな2人を見詰めながら、小さく微笑んだ・・・。


□◆□


 淡い光がオーマの身体を包み込み、ふっと、目を開けた先は黒山羊亭だった。
 エスメラルダが、帰って来たのねと、小さく安堵の声を洩らす。
 「お帰りなさい。無事、少年は記憶を取り戻したんだね。」
 にっこりと少年がそう言って―――
 「そう言えば、お前さんの名前をまだ訊いてなかったな。俺はオーマ シュヴァルツっつーんだ。」
 「僕は・・・リュマ。」
 ふわんと、リュマが穏やかな笑みを浮かべて小さく1つだけ頭を下げた。
 「・・・そう言や、シロのところにまた遊びに行くって約束をしたんだが・・・」
 「白の空間に行くのはとっても簡単。白い物に触れて、行きたいって願えば行けるよ。」
 「そうか。そりゃ簡単だな。」
 オーマはそう言うと、そっと安堵の息をついた。
 もしかしたらもう2度とあの空間には行けないのではないかと言う気持ちも・・・無きにしも非ずだったのだ。
 行けるのならば、頻繁に行ってあげよう。
 寂しがり屋で純粋な・・・シロが寂しがらない内に・・・。
 「ねぇ、オーマさん。シロとお友達になってくれて有難う。」
 「・・・あのなぁ、リュマ。友達になるっつーのは礼を言われるようなもんじゃなく・・・でも、そうだな・・・俺も、シロと友達になれて嬉しいっつーか・・・」
 「オーマさんが居てくれるなら、きっとシロももう寂しくないね・・・?」
 「俺だけじゃなく、ウサもエルもいるからな・・・。みんな、仲間だ。」
 そう言いきったオーマの顔を、満足げに見詰めた後でリュマが七色の玉をそっと撫ぜた。
 その瞬間、白色の光がパァっと淡く優しく、周囲を染め上げた。
 それはまるでシロのココロを表しているようで―――
 「綺麗・・・」
 エスメラルダの呟きは、白色の光と混じり合い、ふっと溶け消えた・・・・・・。



          ≪END≫


 
 ◇★◇★◇★  登場人物  ★◇★◇★◇

 【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】


 1953/オーマ シュヴァルツ/男性/39歳(実年齢999歳)/医者兼ヴァンサー(ガンナー)腹黒副業有り

 
 ◆☆◆☆◆☆  ライター通信  ☆◆☆◆☆◆

 この度は『白の真実』にご参加いただきましてまことに有難う御座いました。
 そして、いつもいつもお世話になっております。(ペコリ)
 “真実の姿を映す鏡”と言う、素敵な鏡を有難う御座いました。
 エルも無事記憶を取り戻し、ほんの少しだけ素直になったシロ・・・2人の友情はこれから育まれて行く事でしょう。
 オーマ様とウサも含め、楽しい白の空間になって行ければ素敵だなぁとひっそりと思いました。

  それでは、またどこかでお逢いいたしました時はよろしくお願いいたします。