<東京怪談ノベル(シングル)>


水晶の踊り子

 踊り子レピア・浮桜とエルザード王女エルファリアは、二人で揃ってお風呂に入るのが日課だった。
「あたしはね、エルファリア」
 二人で語り明かすのんびりとしたお風呂。
 レピアが、ふと話していたことがある。
「不老不死だから。……その時代に生きた証を残したくて、気に入った女の子を妹分にして残してくるのが趣味なんだ」
「口説いて、でしょう?」
 エルファリアが口をはさみ、レピアが舌をぺろっと出していたずらっぽい顔をする。
 そうしてレピアはお風呂に浮いたり沈んだりしながら言ったものだ。
「この時代でも、妹分を残しておきたいなあ……」
 実はもう目をつけてる子がいるんだ、と彼女は言った。
「どんな子?」
「美少女な魔法使いよ。今度一緒に、冒険に出ようかと思っているの」
 そう言って、レピアは笑った。

     ***********

 ある夜のこと。
 夜にしか動けないレピアが、珍しく踊りではなくドラゴン退治に行ったことを知ったエルファリアは、眠れずにずっと庭園で友の帰りを待っていた。
 と、ふと家臣のひとりがやってきた。エルファリアに目通りを願う少女がいると。
 こんな時間、もしやと思ってエルファリアが出て行くと、そこにはとても美しい少女がいた。
 少女は、人一人が入っていそうなほど大きな包みをエルファリアに差し出すと、すまなそうに頭を深くさげて詫びの言葉を言い、帰って行った。
「こんな大きなものをあの子ひとりで……魔法で軽くしていたのかしら」
 となると、あの子は魔法使い。
 ――美少女な魔法使いよ。
 レピアの言葉を思い出した。
 そう――たしかレピアは、その妹分にしたがっていた魔女と一緒に、今夜ドラゴン退治に行ったはずなのだ――

 メイドに言いつけ、魔女の持ってきた袋をエルファリアの自室へと運ばせる。
 万が一罠でもかけられていたときのことを考え気を引きしめながら、メイドたちの前でエルファリアは包みをといた。

 中に入っていたのは、水晶でできた人間の像だった。

 美しい、とメイドたちの誰かが言った。
(美しい?)
 ――たしかに姿かたちは美しい。おまけに全身水晶とくる。美しいというなら、たしかに美しいだろう。
 けれど……
(この全身の戦いの後のような様相は……なに?)
 衣装は破れ裂け、千切れ、裸体になりかけている。その体を長い髪が隠し、その髪に隠されてしまっている顔をよくよく見ると――
(無表情……この痛々しさは、なに?)
 とにかく罠でないことは分かった。エルファリアはもう一度水晶像を見つめた。
(レピアの……お土産……?)
 こんな趣味の悪いお土産があるものか。こんな、親友そっくりのスタイルをした――
 エルファリアは、まさか――とある可能性に思い至った。
 しかし顔を少し近づけてみると、それは確信に変わった。
 香水の香りがした。よく覚えのある。
 それは親友が欠かさずつけていた香りの――
 エルファリアはメイドのひとりに、ある一冊の本を図書室から持ってくるように言いつけた。
 それは、今回レピアがお気に入りの少女魔法使いとともに倒しにいったドラゴンに関する記録が載っているはずの本だった。
 メイドがさがして持ってきたものを、エルファリアはとても速いスピードでめくりだす。そして、ある一節を読んで「ああ」とその場に崩れこんだ。
 メイドたちが駆け寄ってこようとするのを、頭を振って制して。
 そしてメイドたちをさがらせて。

 ――モルダバイトドラゴン。
 隕石が落下した跡に出来た横穴で、岩が溶けた鍾乳洞のようになっている。
 モルダバイトドラゴンは、隕石の影響を受けて突然変異したドラゴンで……
 そのブレスはすべてのものを水晶へと変えてしまう……

 この水晶像を持ってきた少女の、申し訳なさそうな顔が思い浮かぶ。
 そしてこの水晶像の、戦いの激しさを示すかのような痛々しい姿……
 レピアは壮絶な戦いの中で、きっとモルダバイトドラゴンのブレスを受けてしまったのだ。
 そう、おそらくは――あのお気に入りの少女をかばうために。

 ――妹分を作って、その時代に生きた証を残したいの――

「本人が生きて帰ってきてくれなきゃ……意味がないじゃない……!」
 エルファリアは泣いた。水晶像を思い切り抱きしめながら。
 このままではおかない。
「必ず元に戻すから……」
 エルファリアは固い決心とともに、いつもは昼間には石像となってしまうレピアを置いている場所へと、そっとレピアの水晶像を置いた。
「……必ず」
 水晶像を見つめて、エルファリアは再びつぶやいた。

 そこからは本との戦い――
 いくつもの蔵書をあさった。
 一体何冊の本を読んだか覚えていない。
 自分の魔力を増強する方法、そしてモルダバイトドラゴンのブレスの効力を無効にする方法……
 何日も眠れない日々が続いた。
 疲れもピークに達していた。
 側近たちが、休めと何度も言ってきた。それでもエルファリアはやめなかった。
(――やめられるはずがない)
 側近たちに自分の気持ちが分かってたまるものか。自分は、
 毎夜毎夜をともにしていた大切な親友を取り戻すための、戦いの最中なのだから――

 エルファリアの努力は、やがて実を結んだ。
 大幅な魔力の増強。そして、特殊な魔法を解くための解除陣の描き方。
 いよいよ決行しようとするその前夜だけ、エルファリアは眠った。
 疲れた体でできることではなかったから。

 そして――
 解呪の儀式が始まる――

 床に描くは魔法陣。特殊な薬で、特殊な枝葉の先で描く。
 そこに魔力をこめて。
 魔法陣の中央には、水晶像を置いて。

「今……解いてあげる」

 エルファリアは唱えた。解呪のための言の葉を。
 魔法陣が発光し……
 やがて、その光が水晶像を下から包み込んでいく。

「我、呼び覚ます。その名はレピア――!」

 パリンッ

 表面の水晶がひび割れて散っていった。
 かくんと、生身の姿に戻ったレピアがその場にしゃがみこむ。
「レピア!」
 慌ててエルファリアは駆け寄った。今にも倒れそうなレピアの体を抱きとめて。
「エル……ファ、リア……」
 戦いの後のまま刻が止まっていたレピアは、傷跡を体に残していた。
 水晶から生身に戻ったことで流れ出る血。エルファリアは慌ててメイドたちに言いつけて応急処置をほどこした。
「また……助けられちゃったのね、あたし……」
 レピアがぼんやりとエルファリアの顔を見る。
 エルファリアはにじむ視界を隠そうともせずに、
「そうよ、バカな子ね」
 と言って――大切な親友の額に口づけを落とした。

 これでもう大丈夫。
 いいの、レピア。そんな顔はしないで。
 あなたが帰ってきてくれた、それだけで私は満足だから――



 ―Fin―