<聖獣界ソーン・白山羊亭冒険記>
困った人形たち
その日、白山羊亭は異様にうるさかった。
「……お客様ぁ」
看板娘ルディアは、そのうるさい原因の中心人物に、困ったように声をかけた。
「お願いしますー。他のお客様のご迷惑になりますので、ご遠慮願いえませんかぁ」
「それがそうもいかんのぢゃ」
子供、否、小人は重々しい声でそう言った。
以前にも白山羊亭に来たことのある――人形師ゼヴィルである。
彼のまわりには、何人もの十歳ほどの子供がいて――
そして、一様にわんわんと泣いているのだった。うるさいことこの上ない。
「こいつらはな、オレの造った人形でな」
「……人形っ!?」
「魔術をかけたんぢゃ。そしたらこうなった」
ゼヴィルはどこまでも重々しく、自分の造った人形たちを見て、
「どうも、退屈らしい。遊んでほしいとさっきから泣いておる」
「そ、そうなんですかあ?」
「うむ。ぢゃから連れてきた」
ここは依頼が出来る場所ぢゃろう――と、ゼヴィルはルディアを見た。
「こいつらの相手をしてくれる人間をさがしてくれんかの。満足すれば、術の効果は切れて普通の人形に戻るはずなんでなあ」
**********
やかましい白山羊亭に、ライカ=シュミットをともなってやってきたランディム=ロウファは、いつも手にしているビリヤードのキューで背中をさすりながら苦々しくつぶやいた。
「人形、か……。そこはかとなく、世辞にもいい思い出ってないんだよなあ……」
「まあ、適当に忘れておけ」
ライカが長いコートのポケットに両手をつっこんだままランディムの後ろについてくる。
キューでコンコンとあたりのテーブルを叩いて歩きながら、ランディムはゼヴィルの元へやってきた。
キューを肩に乗せ、
「それはそうと、まさか再びあんたに会うなんてな」
「おお、お前さんらはいつかの」
嫌そうなランディムとは対照的に、ゼヴィルは嬉しそうに破顔した。
「言ったぢゃろ。ここで出会ったのも運命ぢゃ」
「……けどまあ、嘆いても仕方がないことなんだ」
ランディムはゼヴィルの言動を綺麗に無視した。そして、
「人形の心情とかを理解するにはただひとつ。人形になっちゃうしかないでしょ」
ぴしり、となぜかキューを相方のライカにつきつけて。
長身だったはずのライカは早々に、掌サイズのぬいぐるみのような姿――『ちま』へと変化していた。
それをつまみあげ、テーブルに乗せてやってから、
「ったく、何で俺まで子守のバイトに付き合わないといけないんだよ……」
ランディムは面倒くさそうに独りごちた。
そして彼もテーブルに両手をかけ、
ぼんっ
と掌サイズのぬいぐるみ――もとい『ちま』へと変身した。
ころん、とかわいいサイズとなったランディムがテーブルに転がる。
「人形か……この間の件のように、また暴走しないようなものならいいんだが……」
『ちま』となってライカがつぶやく。
するとゼヴィルが、
「お前さんら、その姿は相変わらずかわいいのう」
とへらへらと嬉しそうに笑った。
「何でもいいから早く子供連れて来いよ」
ランディムがいらいらしたようにゼヴィルに訴えると、ゼヴィルは「そうなんぢゃ」とぽんと手を叩いた。
「お前さんらがそうやって『ちま』でいてくれるならもっと助かる……! 実はぢゃな、先日ライカ殿に言われたとおりオレも人形師として『ちま』を独自に研究したんぢゃ」
「……それで?」
「それでできたのが、これぢゃ!」
ゼヴィルが『ちま』なランディムとライカの目の前にぽんと置いたもの。
……ランディムとライカよりほんのひと回りほど大きい人型ぬいぐるみ。
ただし、他の十歳ほどの人間型と同じく、わんわんと泣いている。
「こいつらも、魔術をかけたら遊んでほしいと泣き出しおった」
ゼヴィルはうんうんとうなずいた。「しかし『ちま』は難しいのう。その大きさにするのには骨が折れたわい」
「甘いぜあんた、まだ『ちま』にしては大きすぎる」
「そうぢゃろう……くうう。オレは諦めんぞ。きっと『ちま』を生み出してみせる!」
「……『ちま』は人形ではないのだがな」
ライカはぼそりと言ってから、「それでまさか、俺たちの相手はこの人形か」
「察しがよいのう。その通りぢゃ」
「……でかすぎるよりゃマシか……」
ランディムがぐったりと、疲れたように肩を落とした。
ランディムとライカが任された人形は計二人。
「わーいわーい!」
やたら元気でやんちゃなちびっこ――文字通りちびっこ――が、ランディムの銀髪を引っ張って嬉しそうに笑う。
「でででっ! こら、人の髪で遊ぶな! てかキューに触んな! いでででで!」
「……何だか知らないが、お前に似合いだな」
ライカは相方の様子を見てぽつりとつぶやいた後、自分が相手にする予定の人形と改めて向かいあう。
女の子だった。だが――
「………」
もじもじもじ。
正座をして目の高さがライカよりも低くなり、上目遣いでライカの様子をうかがい、ライカが視線を合わそうとすると目をそらす。
極度の恥ずかしがりやのようだ。
「何でもいいぞ。話してみろ」
ライカは淡々とそのちっちゃな娘に言った。
「……えっと……」
「大きさも同じくらい同士、恥ずかしがることもあるまい」
「……うん……」
もじもじもじ。
かなり根気のいる作業だったが、ふだんランディムのさぼり癖に慣れているせいなのか、ライカは動じなかった。
「……あのね……」
「なんだ」
「……なんでもない……」
もじもじもじもじ。
「いでででで! キューで人の頭を叩くな! それはそうやって使うもんじゃねえ! こらっ! 仕置きで尻叩くぞ!」
「隣のうるさいのは無視しろ」
ライカは重々しく女の子に言った。そしてふと思い出したように、
「ああ、そうだった。お前、名前は」
「……うんとね……」
もじもじもじもじ。
「あ!? お前ライカっていうのか!? あんのくそ人形師! よりによってライカの名前つけやがったな!?」
「……心配するなディム。あの人形師は後で元に戻ってから一発撃ちこんでおく」
ライカは隣から聞こえてきた相棒の声に静かに答えた後、
「それで、お前のほうの名前は」
「……あのね……ランディーっていうの……」
「………」
隣で、人形「ライカ」の尻をキューで叩く仕置きをしていたランディムが、ぴたりと動きをとめた。
「……ランディー?」
「……何というか」
「あの人形師……よっぽど殺されたいらしいな……」
ランディムの体から殺気が立ちのぼる。
とたん、抱えていた「ライカ」がびーびー泣き出して、「ああ、ああ悪かったよお前を殺すんじゃねえからよ――」とランディムは仕方なくあやし始めた。
「ふえ……」
なぜかランディーまで泣きそうな顔になる。
「どうした。なぜお前が泣く」
ライカは尋ねた。じっさい、不思議なことではあったから。
「だって……私の名前で、二人とも怒ってる……」
「……いや、俺たちが怒っているのはあの人形師に対してであって、お前にではない」
「でも……」
「気にするな」
ライカは手を伸ばし、なでなでとランディーの頭をなでてやった。
ランディーが、ほんの少し嬉しそうに、笑った。
「ライカ……やさしい……」
「優しいのではない。当然のことをしているまでだ」
お前のことを任されたからな――とライカは淡々とランディーに語る。
それでもランディーは嬉しそうだった。
「お前、手腕がいいな……」
相変わらず人形「ライカ」とキューの奪い合いをしながら、ランディムが口を挟んできた。
「それにしてもお前がこんな風に子供の人形あやすとなると、まるで保母さんみたいだな」
ズドン。
「でああっ! てんめ、ライカ! もしはずれてライカに当たったらどーしてくれんだ!」
聞いていると意味が分からないが、とにかくランディムはライカの放った小銃弾を避けることができなかった。
「心配するな。俺の銃の腕に誤りはない」
「っていうかそれは俺に避けるなって意味か!?」
「今回に限ってはそれも含む」
「んぎぎぎぎぎ……ちくしょー! ライカー!」
今度呼んだのは人形「ライカ」である。ランディムは八つ当たり気味に「ライカ」をつかまえ、とっくみあいを始めた。
「ライカ……じゅう、危ないの……」
ランディーはライカが服の内にしまった銃を不安そうに見つめる。
「へた……したら……ライカ自身に、当たっちゃう、の……」
「心配するな。俺はそれほどまぬけではない。隣の誰かと違って」
「ライカー!」
人形「ライカ」と力いっぱい押し合いをしながら、ランディムが大声をあげた。
ライカは振り向いた。そして、ランディムのほうを見た。
「ディム、けっこう楽しそうに見えるが」
「ほっとけバカ野郎!」
否定はしないつもりらしい。
「さて、改めて」
ライカは居住まいを正して、「お前の話を聞こう。何でも言いたいことを言うがいい」
「……何でも……」
「例えばさっきから、なにをおどおどしている。正直に言ってみろ」
「……おどおど……」
もじもじもじ。
「は、恥ずかしい、の……」
「何がだ」
「こ、こんなにいっぱいの人間さんたちのいるところに来るの、初めてなの……」
「………」
そりゃそうだ。
「しかしお前は今まで、大量の人形とは一緒にいたのだろう」
ライカは真面目に対応した。
「……うん……」
「人間と人形と何が違う。例えば今の俺やディム。人形ではないが、怖そうには見えないだろう」
「……うん、怖くない……」
「怖くないなら、恥ずかしくもないはずだ」
だいたい、とライカは横を指さす。
たった今ライカとランディーの横を、ランディムと「ライカ」がとっくみあったままごろごろと転がっていくところだった。
「……あれでも人間だ。あれに見られて、いったい何が恥ずかしい」
「………」
ランディーはそっとうかがうように、ランディムたちの様子を見ていた。
ランディムと「ライカ」のとっくみあいは、完全に子供か兄弟のケンカである。
「……あの……」
「なんだ」
「……笑ったりしない……? 私たち、人形なのに……」
「笑っているように見えるのか」
というか、ライカが笑うことなどそもそも滅多にないのだが。
「ディムも笑っているように見えるか。怒ってはいるかもしれんが」
「………」
きゃはは、きゃはは、と人形「ライカ」は楽しそうに笑っていた。
ランディムは頭をぼさぼさにし、憤然としているように装っていたが、実際にはそれほど不機嫌そうにも見えない。
「楽しそう、だね……」
「面白そうか。何ならまざってくるといい」
ライカはランディーを、ランディムに向かってけしかけた。「行け」
ランディーは勇気をふりしぼって――
ランディムに抱きついた。
「のわっ!?」
ランディムがころんと倒れる。ランディーはぎゅっと目をつぶって、なぜか力いっぱいランディムに抱きついている。
「ちょ、ちょっと待、く、苦し」
「きゃはは!」
「ライカ」がランディムのキューを奪い、それでぺしぺしとランディムの頭を叩いた。
本物のライカのほうは助けようともしない。
「ライカー!」
「お前の相手はお前の相手。俺の相手はお前の相手だ」
「理不尽だーーー!」
『ちま』と『ちま』を模したちっちゃい人形が、ひとつのテーブルの上でころころころころ、かわいい騒ぎを起こしていた。
**********
ちっちゃい人形を遊び始めて小一時間――
ぜえ、ぜえとランディムが肩で息をし、ライカがそれを眺めて何もせずにいたころ――
ころん
ランディーと「ライカ」のふたりが、突然テーブルの上で寝っ転がった。
「あ? なんだふたりとも! 根性入っとらん!」
キューでビシバシやっていたランディムが指をつきつけて怒鳴ってみるが、
反応が……ない。
「……あ?」
「これはもしや」
『ちま』ライカがとてとてと歩いていき、ランディーたちの様子をたしかめる。
そして、ランディムに向かって首を振った。
「! おい、マジかよ……!」
てとてとと『ちま』ランディムが駆け寄る。
ランディーと「ライカ」のふたりは、幸せそうな顔のまま……目を閉じていた。
その体が硬い。今まであった人間のようなぬくもりが、まるでない。
「おお」
様子にゼヴィルが駆け寄ってきた。
「さすがぢゃの。この速さで人形を満足させるとは」
「………」
「人形に戻してくれてありがとうなのぢゃ」
「っざけんな!」
ランディムは怒鳴った。
脳裏に、やんちゃぼうずの「ライカ」と、ぎゅうとくっついて離れなかったランディーの姿が焼きついて離れなかった。
「畜生、こんなに早く終わるなんて思ってなかったぞ……!」
ランディムはキューをテーブルに叩きつけ、悔しそうにうめく。
「……お前は一度ふところに入れると離せなくなるからな」
ライカは冷静につぶやいた。
「だからどうした!」
「いや」
赤い髪の青年は、『ちま』から元の姿に戻って、ぽつりと言った。
「結局優しいのはお前のほうだということさ」
「………っ」
ぽわん
ランディムも『ちま』から戻り、ぎりと歯ぎしりする。
「だから……っ人形にはいい思い出がないんだ……!」
「お前さんら」
「なんだこのバカ人形師!」
「こいつらをもらってくれんかの」
ゼヴィルは人形となったランディーと「ライカ」を差し出してくる。
「こいつらも、お前さんらにもらってほしいと思うんでなあ」
「………」
ランディムはばっと乱暴に「ライカ」を奪い取る。
「ふん。こいつなら遠慮なくキューでぶっ叩ける」
ライカはそっとランディーを受け取った。
「……さすがに婦女子に銃をぶっ放すわけにはいかんな……」
見下ろす人形の顔。
本当に、本当に幸せそうで。
「おい、こらゼヴィル」
ランディムは険悪な声で人形師を呼んだ。「お前、何だってこんな身にならないことばかりやってやがる……!」
「しかしのう」
小人の人形師は二体の人形をのぞきこんで、嬉しそうに笑った。
「ただの人形では、こんな表情は作れんからして」
「―――」
「とりあえず、約束なんでな」
ライカは懐から小銃を取り出した。そしてゼヴィルに向けて――
――……
ゼヴィルの耳をかすめた一発は、白山羊亭の壁にめりこんだ。
「いい加減、もう二度と会わねえよ」
ランディムが吐き捨てる。
「おお、また二度でも三度でも会おうではないか」
「あんた耳あんのか!」
怒鳴り声。
そうして、銀髪の青年と赤い髪の青年は早足で白山羊亭を去った。
決して手に持った人形は放さずに――
―Fin―
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【2767/ランディム=ロウファ/男性/20歳/異界職】
【2977/ライカ=シュミット/男性/22歳/異界職】
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■ ライター通信 ■
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ライカ=シュミット様
お久しぶりです、ライターの笠城夢斗です。
今回はランディムさんとご一緒のご参加ありがとうございました!お二方とも「ちま」状態とのことでしたので特別な人形をご用意させていただいたのですが、いかがだったでしょうか。
ランディムさんとライカさんのコンビはいつも書いていてとても楽しいです。書かせて頂けてありがとうございました。
またお会いできる日を願って……
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