<PCクエストノベル(2人)>
愛色の調べ 〜クレモナーラ村〜
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【冒険者一覧】
【整理番号 / 名前 / クラス】
【1989/藤野 羽月/傀儡師】
【1879/リラ・サファト/家事?】
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♪楽しき音の生まれる村♪
年末の喧騒も、新年の賑わいも今は通り過ぎたある日。
彼ら夫婦はその村を訪れていた。
春のイベントにはまだ早く、ピクニックを楽しむにもまだ寒い。
大通りを歩く人影もまばらである。
普通の村ならば、こういうときに使われる形容詞は静かな、あるいは静寂の、と決まっている。
だが、ここは‥‥音楽の生きる村と言われるクレモナーラ。
リラ:うわあ〜。
少女と呼んでも違和感の無い外見を持つ若妻。リラ・サファトは美しく大きな瞳を見開いて夫、藤野羽月の腕に枝垂れかかりながら目の前に広がる光景に魅入っていた。
正確に言うなら、彼女を惹きつけていたのは光景、ではない。
それは『音』村中に広がる『音』達だ。
最初に二人を出迎えたのは、鳥たちのトリル。
軽やかな小鳥たちの歌に合わせて、若い音楽家の卵たちが練習の笛の音を響かせた。
小さな先生と、大きな生徒達はリズムに合わせて明るい演奏を繰り広げる。
調べを乗せる風。緩み出した氷の溶けるせせらぎ、川の流れ。
自然の音を壊さず、むしろ調和し合わせるように人の子の楽師たちが楽器を奏でる。
動物たちの声、人の笑い声。あちらこちらの工房から聞こえてくる木を打つリズム。
楽師たちの歌声は勿論、聞こえる者全てがメロディーを持った音楽に聞こえてくるような気さえする。
静かな子守唄、軽快な行進曲、暖かいバラード、元気なダンス曲、時には厳粛な交響曲さえも聞こえてきて、ありとあらゆる音が村と言う五線譜から溢れんばかりに響いていた。
リラ:ステキ‥‥です。
羽月:そうだな。
妻の肩をそっと抱きしめながら羽月は静かに耳を傾け一度だけ目を閉じた。
彼の知る古い言葉では音楽は文字で音を楽しむと書く。
楽しむ心が無ければどんな曲もただの音だと言ったのは誰だったか。
ならば、この村にあるのは紛れも無く音楽だと言える。
リラが目を輝かせ、自分さえも心踊る音楽は、何よりも楽しそうな演奏家達の笑顔によって奏でられるのだから。
羽月:音楽が生きる村‥‥か。まさに‥‥な。
リラ:羽月さん。いい村ですね。
羽月:ああ、いい村だな。
顔を合わせ微笑みあうと、二人は腕を組んで、また歩き出した。
音楽もまだ始まったばかり。蜜月もまだ始まったばかりなのだから。
♪生み出されし、幸せの調べ♪
この村の大通り、商店街には普通のそれとは大きく一線を画す。
普通の街なら食料品や、衣類の並ぶそこに楽器店や工房が、しかも数十軒、ずらりと軒を並べている。
それこそ春の音楽祭の頃にはそれぞれの店が趣向を凝らした屋台などを広げる、村中が演奏会状態になるというから、今はまだ静かなのだろうがこうして道を歩いているだけでも店々から音合わせでもしているのか楽しげな音が聞こえてくる。
耳に入るもの、目に映るもの、全てに目を輝かせるリラは、興味深そうに店の中を覗き込む。
大通りから見ているだけでは、店の様子や並べられているものは良く見えない。
リラ:‥‥楽しそうですね。ねえ‥‥羽月さん。‥‥私たちもどこか、お店を覗いてみませんか?
いいだろう。と、妻の誘いに頷いて彼らは二人で一軒の店の入り口を潜った。
そこは、笛、特に横笛の専門店だったらしい。
店員:おや、いらっしゃい。何かお探しかい?
楽師:これはこれは、美しいご夫妻。はじめまして。
気さくな笑顔で迎えてくれた店員の横で、なにやら打ち合わせをしていたらしい楽師も微笑みかける。
美しいとの褒め言葉か、それともご夫妻という言葉にか。リラは少し照れたように頬を赤らめる。
羽月:ご夫妻‥‥か。解るものなのかな?
妻よりは少し落ち着いて、でもやはり照れをこめた夫の言葉に勿論、と彼は笑って頷いた。
楽師:お二人の指や、笑顔を見れば。クレモナーラへはハネムーンですか?
リラ:‥‥‥‥はい。
楽師:では、僭越ながら贈り物をさせて下さい。美しいお二人に捧げるには、この腕は未熟ではありますが‥‥。
優雅に微笑み、店員から受取ったばかりの笛をそっと口元に当てる。
柔らかいメロディーが、店の中にあふれ出す。その使い込まれた笛は名器という訳ではない。
奏でられる曲も愛する恋人たちを祝福する恋歌だが、良く聞かれる古謡。
だが、二人にとって、その曲はどんな名手の奏でる名曲よりも心に静かに染み込んで行った。
それは、二人の為だけに奏でられた曲。楽しい祝福の思いだけがそこにあったから‥‥。
店員:力の入れ具合が大事です。刃は、垂直に持って‥‥。
笛材が右に左に揺れるのを見かねて、店員が後ろから手を添えてくれる。
おっかなびっくりで、ナイフを持つ手もおぼつかないリラは、それでも不安げに夫の方を仔猫のような目で見つめた。
リラ:‥‥羽月さん、ここは、どうすれば‥‥いいのでしょうか?
羽月:ちょっと待って。今、手伝うから。手を切らないように、そっと‥‥そう。卵型に穴を抜く、でしたか?
妻とは反対に、器用な手つきで笛材に印どおりの穴を開けていく羽月は自分の分に素早く目処をつけるとリラの手伝いを始める。
その様子を見ながら、任せておいて大丈夫だと、察した店員は手助けとアドバイスは最小限に少し離れた場所で微笑ましい二人を見守っていた。
ハネムーンの記念にと楽器作りを薦められた羽月とリラは、工房の奥に並んで座り小さな横笛を作ることにした。
笛作り、と言ってもそれほど難しいものではない。乾燥させ脂抜きも終えた笛材に穴を開けていくだけのことだ。
キリで穴を開け、それを小刀で広げていく。
材には穴の大きさまでしっかり描かれているので注意深く小刀を扱うワザがあれば比較的手早くできる‥‥らしい。
実際、羽月は二時間程度で、穴空けをほぼ終えている。だが、リラの方はまだ八つの穴のうち三つが開いただけ。
根気強く、丁寧にやってはいるが、家事とは勝手の違う、思うように動いてくれない刃物使いに目元に涙さえ浮かびそうで‥‥。
リラの白い手に羽月はそっと自分の手を重ねた。
羽月:大丈夫。私がついているから。焦らなくていい‥‥。ゆっくり‥‥。
リラ:‥‥羽月‥‥さん。
冷たい、低温の手に感じる暖かい温もり、暖かい‥‥心。
リラ:はい‥‥。
励まされ、リラはナイフを握りなおす。羽月の手を借りながらゆっくりと、丁寧に一つ一つの穴を開けていく。
時折、羽月の顔を見上げ、また笛に向かって、穴を穿つ。
ゆっくり過ぎるペースではあったが少しずつ、少しずつ彼らは完成への道を先に進んでいった。
リラ:これで、本当に‥‥完成ですか?
リラは小さく首を傾げ、手の中のものを見つめた。
最後の仕上げはまだだが、とりあえず音は出せますよ。と店員が渡してくれたそれは、店に並んでいたものと良く似た間違いなく『笛』であった。
だが、まだピンとは来ない。あの美しい音を生み出す楽器が自分の手で本当に作れたのか。と。
戸惑うような顔のリラを見て、小さく苦笑すると羽月は工房の椅子を軽く手で引いてリラの横に腰を下ろす。
リラ:羽月‥‥さん?
彼は黙ってリラよりも少し大きめに作られた笛を手に取り、歌口に唇を当てた。
故郷の笛と良く似ていると、作りながら言っていたせいか。
〜♪〜〜♪〜♪♪〜〜
不思議なほどに簡単に、美しい音が紡ぎ出される。
店員や楽師や、客たちですら足を止める、名手の技では無いが、温もりのある音だ。
やがて、どれほどの時間が過ぎたか、笛を降ろした羽月はニッコリとリラに笑いかけた。
羽月:『愛の夢』と呼ばれている曲です。そう難しく無いから一緒に。
リラ:私も‥‥ですか?
頷かれた顔と、自分を見つめる青い眼差し。
笛の演奏どころか持ち方さえも解らない不安は、そこでかき消された。
リラ:‥‥はい。
小さく頷きリラも椅子に座る。手の持ち方、唇の付け方まで羽月は手を添え、丁寧に教えた。
二人に場を譲り店員たちも、楽師も暫し、消える。
そこにあるのは愛し合う二人と、調べ。そして窓から差し込む夕日のみ。
落ち行く太陽が最後に贈る黄金の光の中、二人の笑い声は調べとなって音楽の村に奏でられる。
ささやかな、でも、大事な二人の思い出となって。
♪愛の夢♪
楽しい時間はあっという間に過ぎ去っていく。
遠出の旅の最後の日。
リラ:もう夢の時間は終わりですね‥‥。
荷物を纏めながら寂しそうにリラは呟いた。
もう今日の夜にはクレモナーラを離れなければならない。
数日の間。二人はこの村でいくつもの思い出を作った。
村のあちこちで聞かれた幸せの調べ、明るい歌声
そして、幾度も夜を過ごしたこの宿。
蜜月を過ごす二人にまるで家族のように接してくれた主人や従業員達に心からの感謝を笑顔で伝えて、二人は宿を後にした。
羽月:また、来てくれと言っていたな。春の音楽祭の頃にぜひ。と
リラ:もう直ぐですね。私も、また来たいです。
羽月:それもいいかもしれないな‥‥っと!
忘れる所だった、と羽月は大通りの一軒の店の前で足を止めた。リラもああ、と小さく唇に手を当てる。
最後の仕上げと調律にと預けた笛が、ここで待っている筈だ。
羽月:失礼する。
リラ:ごめんください。
店員:ああ、お待ちしていました。これを、どうぞ。
羽月&リラ:これは?
店に入った二人は笑顔の店員から丁寧に上薬を塗られた艶やかな二本の笛と一緒に、小さな包みを受取る。
外見に似合わぬ重さの中身を確かめるようにリラの指がそっと包みを開いた
リラ:オルゴール‥‥ですか?
手のひらに乗るほどの小さなオルゴール。
ぜんまいを静かに捻ると、円筒と鉄の歯が金属的でありながらそれは、美しい鈴の音を鳴らす。
羽月:! ‥‥愛の夢? どうして、この曲が‥‥。
店員は多くを語らなかった。説明など無粋な事だというように。
微笑んで彼は言う。
店員:笛は、いえ、楽器は長く使い込まれて行くうちに、表情や光沢、音艶に変化が出てきます。十年、二十年と愛され、思いを吹き込まれて行くうちに、まろやかな音色が出てくるのです。お二人もどうか、楽器と楽師のように長き時を共に生きていかれますように。
愛の夢が‥‥いつまでもお二人の上にありますように。クレモナーラの全ての者達に成り代わって‥‥祝福と寿ぎを‥‥。
リラ:ありがとう‥‥ございます。
羽月:‥‥感謝する。この村に来て良かった。
笛を握り締め、オルゴールを胸に抱き、二人はそれだけいうのが精一杯だった。
感謝を伝えるのに言葉はあまりにも無力で、力ない。
だが‥‥。
羽月は笛を口に当てた。静かにそっと音を紡ぐ。リラも夫に従った。
音のプロ達に聞かせるには拙いと言うレベルだと自分達でも解っている。
だが、音は音楽となり、感謝の思いはトリルに乗って空を舞う‥‥。
確信できた。この思いは確かに村人達に伝わったと。
店員の、そして人々の笑顔がそれを二人に教えてくれたから‥‥。
リラ:羽月さん‥‥。
羽月:リラさん‥‥。
帰り道、どちらともなく。いや、ほぼ同時に二人はお互いの名を呼び合った。
お互いの目線がパッチリと合い、どちらともなく、いやほぼ同時に二人は微笑みあう。
そして、一緒に振り返る。視線の先にあるのは今はもう遠くに霞むクレモナーラ村。
リラ:また来ましょうね。
羽月:また来よう。
半年後か、一年後か、十年後、二十年後でもいい、いつか‥‥。
あの笛の音色をもう一度聞かせに来よう。一緒に。
それまで、一緒に時を重ね、音の変化を共に聞こう。
声に出さない約束を、瞳と笑顔で交わしあい、二人はそっと手を重ね、歩き出した。
二人の間をすり抜ける風さえも、優しく祝福の歌を奏でている。
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