<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


遊嬉


 宿にて朝食を終えて自室に戻り、シャナ・ルースティンは妻であるユシア・ルースティンが窓の外をじっと見ていることに気付いた。冬だから、窓の傍は寒いであろうに。
「どうした?」
 シャナはユシアに声をかけ、近付いた。ユシアは声に気付いて振り向き、にっこりと微笑む。
「雪です」
「雪……」
「ええ。雪が積もっていますわ。一面、真っ白です」
 ユシアに言われ、シャナも窓の外を見る。昨日まで露出していた地面が、全て白で覆われてしまっていた。ユシアの言う通り、一面の銀世界が窓の外に広がっている。
「……本当だな。今朝は特に冷え込んでいるとは思っていたのだが」
 だからか、とシャナは呟く。窓に近付いて外を見ているため、吐く息で窓が曇る。
「綺麗ですね。何処までが敷地で、何処からが道なのかが分からないくらい」
「ああ。真っ白だ」
 二人はそう言い、口元に笑みを携えてそっと微笑んだ。空は曇り空で、また雪が降りそうな気配だ。室内から見る限り、雪はどこまでも地上を覆っている。永遠に広がっているのではないかと思う程。
「たまには」
 ぽつり、とユシアが口を開く。
「たまには、童心に戻りませんか?」
 ユシアの言葉に、シャナは小首を傾げる。ユシアはふんわりと微笑みながら、言葉を続ける。
「雪遊び、しませんか?」
 シャナは一瞬きょとんとし、それからそっと微笑んで頷いた。
「懐かしいな」
「そうなんです。雪を見ていたら、懐かしくなりました」
 ユシアの言葉に、シャナは再び頷く。朝になると広がっている一面の銀世界に、駈けながら飛び込んでいた。どこまでもどこまでも続く、真っ白な世界へと。
「しっかりと防寒しよう。……風邪など、ひかないように」
 シャナはそう言いながら、ユシアに厚手のコートを手渡す。ユシアは「はい」と応えながら受け取り、コートを着込む。シャナは自らもコートを着、それから厚手のストールを手にとってユシアにコートの上から巻きつけた。
「有難うございます」
 ユシアは礼を言い、ふわりと笑った。シャナはそれを見て笑み返し、共に外へと向かうのだった。


 宿から出ると、目の前に白が迫ってくるかのような感覚すら覚えた。何処を見ても、白しかない。昨日まで色とりどりだった屋根ですら、白へと塗り替えられてしまっている。
「凄いですね」
 ユシアはそう言い、にっこりと笑いながらシャナを見つめる。吐く息が白い。真っ白な息が、ふわふわと空気中に溶けていく。
「ああ」
 シャナは頷きながら答え、足を一歩踏出す。さく、という音があたりに響く。足の裏に感じる、じんわりとした冷たさ。やわらかな触感。全てが懐かしく、新しい。
「良く積もりましたね」
 ユシアも、シャナに倣って足を踏出す。さく、とした音が再び響いた。靴の跡から、雪は十五センチくらい積もっている事が分かった。
「きゃっ」
 歩いていると、突如ユシアが足を滑らせてこけそうになった。シャナは慌てて手を伸ばし、ユシアの体を支える。
「滑るから、気をつけないといけないな」
「はい。……すいません」
 ユシアは照れたように笑う。シャナはそんなユシアに、手を差し出す。ユシアは小さく笑み、その手を取った。
 二人、手を繋ぎながら辺りを歩いた。さくさくという音が響き、息をした分だけ白くなった空気が溶けていく。
「雪合戦をしますか?」
 ユシアが尋ねると、シャナはゆっくりと首を振って悪戯っぽく笑う。
「滑ってこけたら、大変だ」
 シャナの言葉に、ユシアは「まあ」と言ってくすくすと笑う。
「こけても、雪が受け止めてくれますよ」
「それでも、怪我をしたらいけない」
「心配性ですね」
「そうでもない」
 ちょっとだけ照れたような言い方をするシャナに、ユシアはそっと笑んだ。そしてぴたりと足を止め、その場にしゃがみ込んで雪玉を作った。楕円形にきゅっきゅっと固め、近くに落ちていた葉っぱと赤の実を二つずつ、雪玉につけた。
 あっという間に、小さな雪兎が誕生した。
「可愛いな」
 ユシアの傍にしゃがみ込みながら、シャナは雪兎を見ながら微笑んだ。
「まだこの子は、子どもなんです」
 ユシアの言葉の通り、出来上がった雪兎はとても小さい。
「では、両親も作らなければいけないな」
 シャナはそう言うと、ユシアが作った雪玉よりもかなり大き目に雪を固める。同じように葉っぱと赤の実を取って来て、取り付ける。
「私も」
 ユシアはそう言うと、丁度最初に作ったものとシャナが作ったものの中間位の大きさになるように雪を固めた。そして、葉っぱと赤の実をとりつけた。
 あっという間に、三体の雪兎が誕生した。
「三人家族ですね」
 ユシアはそう言い、仲良く三匹並んだ雪兎を見つめた。
「仲の良い家族だ」
 シャナもそう言い、微笑みながら雪兎達を見る。
 大きな雪兎と中くらいの雪兎の間に、小さな雪兎がちょこんといる。心なしか三匹は寄り添っていて、真っ白に広がる世界を見つめている。
「雪兎を作ったので、次は雪だるまを作りませんか?」
 ユシアの提案に、シャナは「ああ」と言って頷く。シャナが胴体、ユシアが頭の部分を担当し、ころころと雪を転がし始めた。
 あっちへこっちへと、雪のある方に向かって二人は雪を転がす。時折すれ違い、ぶつかりそうになり。あちらへ、こちらへと。
 ようやくそれぞれがそれなりの大きさになったと判断し、雪兎を作った場所に転がしていく。シャナはユシアが作った方を、自分が作った雪玉の上に乗せた。
「手と顔、とってきました」
 ユシアはそう言い、葉っぱや木の枝を持ってきた。それを使い、手と顔を作っていく。
「大きく作ったつもりだったのに、ちょっと小さい気がしますね」
「そうだな。しかし、あまり大きすぎたら雪兎の親子がびっくりしてしまう」
 出来上がったのは、ユシアよりも少し小さい背丈くらいのものだった。転がしている時は、もっと大きなものになるのではと思っていたというのに。
 こうして、小柄な雪だるまと三体の雪兎達が二人の目の前に並ぶ事になった。
「なんだか、汗をかいてしまいました」
 ユシアはそう言い、くすくすと笑う。
「ああ。だが、心地いい汗だ」
 シャナも笑みながらそう言った。顔を見合わせ、再びにっこりと笑い合う。達成感が二人の間で流れた。
「こちらにも……四季があって」
「ん?」
 突如口を開いたユシアに、シャナが問い直す。
「こちらにも、四季があって。こうして雪が降るのですね」
 ユシアの言葉に、シャナは「ああ」と言って頷く。
「……故郷と同じだな」
 シャナの言葉に、二人はふと思い返す。
 まだ、今いる場所とは違う所にいた時の事を。同じように雪が降り、同じように雪兎や雪だるまを作り、同じように出来上がったそれらを笑いながら眺めていた。
 一面に広がる銀世界の中で。二人、寄り添いながら。
 ユシアはふと何かを思い出し、シャナの方を見上げながら口を開く。
「……シャナ皇子、雪兎は寂しがりやなんですよ」
「ユシア?」
 不思議そうに尋ねるシャナに、ユシアはそっと微笑む。
「昔、そんな事を言いました。まだ私が、あなたをシャナ皇子と呼んでいた頃に」
 ユシアの言葉に、シャナは「ああ」と呟いて思い出す。
「寂しがりやだから、白の世界においてやら無いといけないんだったな」
「ええ。真っ白な体が目立たないよう、真っ白な世界に置いてあげないと寂しくて溶けちゃうんです」
 幼き日、シャナは完成した雪兎を室内へと持ち込もうとした。外で作った雪兎を中に入れれば自ずと溶けていってしまうのは、幼心にも十分承知だった。だが、それでもシャナはどうしても雪兎を室内へと持って入りたかった。
 そんなシャナにユシアが言ったのが、先程の言葉だった。それを聞き、ようやくシャナは雪兎を銀世界の中にそっと置いてくる気になった。そうすると、ユシアはにっこりと微笑んでくれた。シャナに向かって、にっこりと。
 その笑みが、雪兎を連れて行けなかったユシアの心をほろりと溶かした。
(いつも、そうだった)
 シャナは、密やかに思う。
(いつも、ユシアが微笑んでくれた)
 ユシアの柔らかな笑みが、微笑が。
(あの頃からあった、この穏やかさが)
 ユシアの穏やかな雰囲気が、シャナを優しく包み込んでくれていた。それがシャナを、どれだけ救ってくれただろうか。
 昔も……そして今も。
「……この兎達は、寂しくないだろうな」
「ええ。親子でいますから」
「傍には雪だるまもいてくれる」
「はい」
 ユシアは頷きながら微笑む。シャナも微笑み返し、そっとユシアの手をとって握り締めた。
「俺も、寂しくない」
 シャナの言葉に、ユシアは一瞬きょとんとし、それから顔を綻ばせた。
「私も、です」
 ユシアはそう言ってにっこりと笑った。シャナはそれに笑んで答え、再び雪兎達と雪だるまを見る。
「また、雪が積もった日に……こうして、外に出ようか」
「はい。……また」
 ユシアは頷きながらそう言い、ふわりと笑った。
「そろそろ部屋に帰ろう。……風邪をひいてはいけないからな」
「温かなものでも飲みましょう」
「ああ、そうしよう」
 二人はそう話しながら、もう一度雪兎達と雪だるまを見、宿へと向かった。
 そんな中、薄く曇っていた空からふわりと雪が舞い降りてきた。降るかもしれないとは思っていたが、やはり降ってきたのだ。
「また、降ってきましたね」
「そうだな。……また、積もるのかもしれない」
「そうしたら、また外に出ないといけませんね」
 さっき約束した事を思い返しつつ、ユシアが言った。シャナは「勿論だ」と言って微笑む。
「今度は雪だるまも家族にしてやろう」
「雪兎も、大家族にしましょう」
 二人は顔を見合わせてくすくすと笑い合う。シャナはユシアにそっと手を差し出し、ユシアは手を握り返す。
 滑ってこけては、いけないから。
 二人は顔を綻ばせつつ、手を繋いで宿の中へと急いだ。先ほど降り始めた雪は、だんだん勢いを増してきているのだった。

<ふわりと雪が舞い降りながら・了>