<バレンタイン・恋人達の物語2006>
『チョコレート・パニック!』
○オープニング
バレンタインを前にして、とあるチョコレート工場に、水にそっくりなスライムが紛れ込んだ!
工場の機械を麻痺させてしまう能力を持つそのスライムのせいで、このままでは、チョコレートを作る事が出来ない。どうにかして、このスライムを退治し、チョコレート工場を動かさなくてはいけないのだが。
「今日はこのあたしが、腕によりをかけてチョコ菓子でも料理でも作ってあげるからねえ」
妻のシェラ・シュヴァルツ(しぇら・しゅう゛ぁるつ)がにっこりと微笑んでチョコレート作りの道具と大鎌を握り締めているのを見て、オーマ・シュヴァルツ(おーま・しゅう゛ぁるつ)は引きつり笑顔を返すしかなかったのだ。
「よぉ〜〜く心行くまで有難く堪能するといいさ、そうだろうオーマ?」
「お、おう。た、楽しみにしてるぜ、未知との遭遇チョコ、いや、愛のチョコレートをな」
妻のシェラと言えば裁縫が得意で、家事に限ら全ての行動を大鎌で犯してしまう程の器用な手先の持ち主であったが、料理だけは破壊的であった。
先日のクリスマスでシェラに食べさせられたケーキなどは、口に含んだ瞬間、意識が吹き飛び、遥か古代の原始の時代にまでいってしまった程だ。
「家族の為に手作りのチョコを作る。あたしも母親らしいだろう?」
あまりにもシェラが張り切っているので、オーマは何も言えなかった。
彼女は可愛らしいエプロンをつけて、鼻歌を歌いながら鎌で何かを切り刻んでいる。余計な事を口走ったら最後、あの鎌でオーマまで切り刻まれてしまうかもしれない。
「…お菓子をあげるなんて、子供みたい…な風習なんだね」
オーマの横で、娘のサモン・シュヴァルツ(さもん・しゅう゛ぁるつ)冷めた目で母の後姿を見つめていた。クールで無口な性格の彼女は、興味なさげといった表情で、オーマの顔を見つめた。
「あのままでいいわけ?…そのうち、凄い物が出来上がるよ?」
「そうかもしれねえが、あいつを怒らせたらな」
オーマがそう答えると、サモンがふっと薄い笑みを浮かべた。
「もう、手遅れみたいだね」
「ちょっと!どこへ行くんだい!?」
シェラの手元から、茶色の謎の物体が逃げ出し、天使の広場にあるオーマの家を飛び出してってしまった。
「待ちなって!」
シェラはその物体を追いかけて、外へと出て行ってしまった。何やら、ピーピーと茶色の物体が鳴いているような気さえしたが、逃げ出すなら今のうちだろう。
オーマはサモンを置いて窓から飛び出すと、シェラが来そうにもない方向へ向かって走り出した。
「あらオーマ」
「おうシェラ」
オーマは心臓をバクバクさせながら、結局シェラと遭遇してしまった。あてもなく逃げたつもりであったが、やはり夫妻、どこかで引かれあう運命なのかもしれない。
「まったく、チョコときたら困ったもんだねえ。せっかくオーマとサモンに食わせてやろうと思ったのに、どこかへ行ってしまったよ」
「それは良かっ、いや、残念だな」
ため息をつくシェラの顔を見て、オーマは心の奥底からほっと安心をしたのであった。
「ところで、ここはどこだ?」
「うん?どうやら、工場みたいだよ?」
オーマの目の前に、白くて大きな建物が建っていた。ところどころに煙突があり、また建物がプレハブのように飾り気のない作りをしているところから、オーマはこれが工場ではないかと思ったのだ。
「お前達も、スライム退治に来てくれたのか?」
建物の門が開き、その中から一人の青年が現れた。骨太のその青年はオーマ達を見つめ、工場の中へ招き入れようとする。
「何だ、そのスライムってのは」
オーマがそう言ったところで、後ろから聞きなれた声が聞こえた。
「僕を置いて二人で出て行くなんてね」
オーマが振り返ったところで、サモンが両親を交互に見つめて目を細めていた。
「後始末をしなきゃいけない、こっちの身にもなってよ…あれ、どうしたの、銀次郎」
サモンの竜である銀次郎が、盛んに工場へ興味を示していた。
「ここ、チョコレート工場みたいだね。銀次郎が、チョコを食べたがっている」
「あら、そうだったの。そういえば、何となく甘い香りがするねえ」
シェラが工場の方へと顔を向けた。
「それで青年。工場で何か問題でもあったのかい?」
シェラが青年に尋ねた。
「私は井上・空雄と言う。ここは私の知り合いの工場だが、工場内にスライムは棲みついてしまったのだよ。おかげで、チョコレートが作れないのだ。バレンタインも近いというのにな」
「何てことだろうね!この侭では、世の母親達が家族にチョコを作ってあげられないじゃないか!」
空雄の話を聞き、シェラが眉を寄せて叫んだ。
「工場内にスライムか。スライムも下僕主夫カカア天下目指して、マッチョコ求め来たのかも知れねえな」
オーマは、それならスライムにその思いを現実にしてやりたいと思い、空雄に向かって親指を付きたて、OKサインを見せた。
「バレンタインってのは、世のカカア天下の原石である乙女が、未来のナウ筋イケメン下僕主夫を、チョコを餌にして、問答無用で強制的にガタブルラブゲッチュする日だろ?そんな乙女達の夢の日を、壊しちゃいけねえ」
「そうだよ。それにこのままチョコが作られないと、チョコが値上がりして、家計を直撃だろうからね。今でも家計は火の車なんだ、あたしの力でそれを防がなきゃいけないね」
オーマに続き、シェラもやる気満々の様子であった。
「僕は…あまり興味ないけど、銀次郎がチョコ食べたがっているから」
いつもの冷めた口調で、サモンも空雄に言葉を返した。
「そうか。詳しい話は工場の主である、加賀・益男から聞けるだろう。さあ、中へ入ってくれ」
オーマ達は、空雄に案内されるままに工場の中へと入り、そのままスライムが出るという工場の一室へと入っていった。
しかし、例え問題が解決したとしても、シェラの破壊的なチョコを食べさせられるのは何となく予想できており、オーマは胃が痛くなる思いであった。
「なるほどな。スライムが機械に入り込んで、邪魔してるってわけだ」
「はい。ですから、スライムさえなくなれば、工場の機能も元に戻るでしょう」
工場主である益男に状況を説明してもらい、オーマはどんな作戦を立てようかと、頭の中で考えを巡らせていた。
「僕はこれから、工場の取引先である会社さんと、打ち合わせをしなければなりません。スライムの方は、オーマさん達にお任せしますので」
穏やかな口調の益男であったが、顔が少し疲れている感じがする。工場がうまく動かず、かなり困っているのだろう。
「安心しな。俺達一家で、そのスライムをどうにかしてやるからよ」
「そうだよ。うちの家計がかかってるんだからね。ここは、失敗は許されないよ、わかってるだろうね、オーマ、サモン」
シェラはすでに鎌を抱えて、まるで一戦交えるかのような雰囲気だ。
「まったく、やる気だけは凄いよね。ところで益男。工場内で機械が感電して、故障する危険もある。工場機能を全停止しておいてくれない?」
「わかりました。工場内の電源を全て切っておきます」
益男に案内されて、3人はチョコレート工場内へと入った。
工場内に入ったとたん、チョコレート特有の甘い匂いが鼻をついた。あちこちにローラーのような機械やタンク、何かを混ぜる機械などがあるが、これらは全て、チョコレートを作る為の機械なのだろう。
今は機械は動いておらず、ここで働いている従業員もいないので、工場内はとても静かであった。
「では、僕はそろそろ行きますので」
益男が工場から出て行った後、オーマは家族に向かって呟いた。
「で、作戦なんだが」
「わかってるよオーマ。あたしはこの酒を使えばいいんだろ?」
「そうだ。さすがだなシェラ」
ウィンクをしてオーマに合図をするシェラに、オーマはニヒルな笑みで返した。
「サモンはこれを使って、工場内に音の振動を発生させてくれ。スライムは音に敏感みたいだからな。で、ある程度スライムをビビらせたら、こっちを使って、工場内に配給される水の元栓から温めて、工場内の水を全部湯にするんだ。わかったな?」
そう言ってオーマがサモンに特別なアイテムを差し出すと、サモンはとても嫌そうな顔を見せた。
「本当に…これ使わないと駄目?」
「これ使わなきゃ、スライム捕まえられねえだろう。この作戦は連携だ。家族の絆を、見せてやろうぜ?」
作戦の最初は、音によるスライム絞り出しであった。
オーマがサモンに渡した親父レアアイテム・スライムカカア天下達の怒声音声器を持ち、サモンは嫌そうな顔をしながら工場内に、けたたましい奥様達の金きり声を流した。
それにより機械などの金属が震動し、効果が倍増したスライム達への精神攻撃で、機械に隠れたスライムが出てくるかもしれない。
スライムはまわりの景色と同化してしまうと言うから、まずはこうしてスライムを機械から離す事が重要だろう。
「もっとマシな音声措置はなかったの?」
目を細めて、サモンはオーマに問いかけた。
「それが一番効果があるんだ」
「そうとは思えないけど」
渋々顔でサモンは音を工場内に流した。特に何かが出てきた感じはしないのだが、それはスライムが見えていないからかもしれない。
「よし、次だサモン」
「サモン、水の元栓はここにあるみたいだよ!」
ちょうどシェラが、工場の隅で水の元栓を発見してくれていた。サモンはそこへ近づくと、またもや嫌そうな顔をしながら、先程オーマが渡した親父レアアイテム・マッスル悶えホットアニキ君シリーズで温めて、工場内にある水を全て湯にし、スライムが水への逃げる道を断ち切ったのであった。
「水槽は、さっき用意しておいたよ」
すでにサモンは、益男から捕獲用の水槽を借りていた。昔、益男が金魚を飼っていたので、水槽があったとのことであり、その水槽にあらかじめ水を入れて置いて、スライムをここにおびき寄せようという作戦であった。
「水槽で何か動いてる!」
サモンが叫んだ。
床や水槽の透明な色に体の色を変化させながら、体を自在に収縮させるゼリーのような生き物が、次々に水槽の水の中へと入り込んでいった。
「銀次郎、捕獲するの手伝って」
サモンが銀次郎へ、スライムを捕獲せよとの命令を下す。
「どうやら、うまく捕獲出来たみたいだね。そろそろ、あたしの出番みたいだね」
シェラはある程度スライムが集まったところで、水槽内に酒を大量に入れた。何でもそれは、ソーン腹黒商店街カカア天下の会が作った、どんな生物にも効く、紅色天上天下唯我独尊吟醸酒らしい。
さらにその酒には、酔うと人の言葉を話すことの出来る効果があるのだという。
「酒に酔ってきたか?」
オーマがそう思ったのは、スライムの色がまわりの色ではなく、赤や青、白など、まるでネオンのように様々な色に変化し始めたからであった。
「最後は俺が。スライムと言えども、礼儀は尽くさないとな」
水中でも関係なく、オーマは親父愛キャッチ大胸筋心眼桃色魂でスライム達の心情を見極めた。
「そうだよな、バレンタインだぁ。お前らだって、ラブゲッチュしてみてぇよな?」
そう呟くとオーマは、人面アクアすらいむ軍団を召還した。
「さ、お前ら。チョコと花束を持つんだ。あの水槽の中にいるスライムたちはな、チョコに引かれてこの工場にやってきたスライム達だ。この素晴らしい季節にうまいチョコがあれば、恋にも花が咲くだろうよ」
オーマは水槽のスライム達に、自らが召還した、「ダーリンハニーラブボディゲッチュし隊!アクアスライム軍団」に向わせ、集団合コン作戦を展開させた。
「カップルが何組出来るか楽しみだぜ」
オーマは笑みを浮かべながら、水槽を覗いていた。シェラとサモンも水槽の中の様子を一緒に伺っており、中で展開される状況を黙って見つめているのであった。
水槽内では、スライム達が踊るように蠢いているのが見える。合コンはうまく進んでいるのかもしれない。
「もう、酒がまわった頃かねえ。なあ、スライム達。どうして、この工場に住み着いたんだい?」
シェラは自らも酒を飲みながら、スライム達に口を聞いた。
「ワタシ達、近くの沼に住んでました。でも、その沼が埋め立てられてしまったのです。だから、水の沢山ある、この工場に移ったのです」
スライムの一匹が、シェラの質問に答えた。
「そうだったのか!それは、お前達も苦労したんだねえ!住処がなくなるなんて、さぞかし苦労するだろうよ」
「デモ、ワタシ達、これからどうすれば。ワタシ達、仲間が多いですから、棲家も広くないと住めません」
シェラはさらに酒を飲み干し、スライム達へ呟いた。
「お前達も大所帯か。あたしのトコもそうさ。まったく苦労するよ、次から次へと色々なナマモノが増えていくからねえ。借金まで増えて大変だよ、なあ、オーマ」
だんだん愚痴っぽくなってきたシェラが、オーマの方を振り向いた。
「全部引き取る」
オーマは、スライム達を見つめて叫んだ。
「お前等、まとめて俺のとこで面倒見てやるぜ。せっかく、カップルも誕生したんだ。お互い、離れたくはないだろう?」
「いいのデスか?」
スライム達のささやきに、オーマは豪快に笑って答えた。
「当たり前だろ?今日から、皆、俺の家族ってっわけよ!」
「また、借金が増えるね…」
オーマの背中で、サモンのクールな言葉が、呟かれるのであった。
「銀次郎、食べすぎだよ」
チョコレートを吸い込むように食べ続ける銀の竜に、サモンがぼそりと呟いた。
「オーマさん、シェラさん、サモンさん。スライムを追い出してくれて、どうもありがとうございました」
オーマ達は、空雄と大地を加えて、チョコレート料理を楽しんでいた。
スライムを捕獲した後、益男はすぐに工場を動かし、工場で作られた出来立てチョコレートを使って、益男の知り合いであるシェフがチョコレート料理を作ったのだ。
「あとで、シェフに、このチョコレート料理の作り方を教わりたいもんだねえ」
普通の板チョコからトリュフ、チョコレートパフェ、チョコレートケーキ、ブランデーの香りのチョコレートフォンデュ、生チョコにチョコレートアイス。テーブルいっぱいにチョコレートが並んでおり、シェラはどの料理も興味津々に見つめていた。
「た、楽しみだぜ。なあ、サモン」
「僕は別に…興味ない」
張り切るシェラの姿を見て、オーマは体が震えてくるのであった。
「けどまあ、俺も料理作ってみるかな。料理のレシピがあるなら、見せてもらいたいもんだぜ」
「ええ、あとでお渡ししますよ。今日は、好きなだけチョコ料理を楽しんで下さいね。感謝の気持ちですから」
益男は、穏やかな表情でオーマに言葉を返した。
「お前ら、この後の予定はないのか?」
オーマはチョコを突付きつつ、益男や空雄、大地に尋ねてみる。
「僕は、バレンタインチョコの販売準備をしないといけないですが」
と、益男が一番に答えた。
「私は何も予定はない。バレンタインチョコになど、興味ないからな」
「嘘つくなよ兄貴。去年は、空箱をオレにラッピングさせて見え張ったくせに」
大地が兄を呆れた顔で見つめている。
「それなら、この聖筋界カカア天下原石・美女あいどるんるん名鑑をやるぜ。ただし、サモンだけには色目使うなよ?もし、そんな事をしたら」
オーマは益男達を睨みつつ、3人に自らの逞しい大胸筋を見せつけたが、すぐにシェラの鎌にどつかれた。
「まったく、驚かしたりするんじゃないよ!なあ、益男。若くして経営者なんて大変だろうが、お前もまだこれからだろう?現実は夢だけではやっていけないけど、誰かを想ってこそ、余計頑張れるんじゃないのかい?あげまん効果狙って、そろそろ嫁迎えて見てはどうだい?」
「お嫁さんですか?そうですね」
シェラの色恋沙汰話に、益男は少々照れたような顔を見せた。
「でも、どうしてこの工場を作ったの?」
今度はサモンが、益男に問い掛けた。
「僕が、チョコレートが好きだからですよ。この美味しいチョコレートを、色々な形にして皆に食べてもらいたいと、思ったからなんです、サモンさん」
「そう」
サモンは何かを思ったようであったが、それはオーマにはわからない。しかし、この工場での出来事を通して、サモンも何かを感じたのだろう。
オーマ達は沢山チョコレート料理を楽しんだ後、スライム達を連れて、家へと戻る事にした。もう、工場で問題が起きる事もないだろう。
家族揃ってのバレンタイン、今年も楽しい思い出が出来た事に違いない。(終)
◆登場人物◇
【1953/オーマ・シュヴァルツ/男性/39/医者兼ヴァンサー(ガンナー)腹黒副業有り】
【2079/サモン・シュヴァルツ/女性/13/ヴァンサーソサエティ所属ヴァンサー】
【2080/シェラ・シュヴァルツ/女性/29/特務捜査官&地獄の番犬(オーマ談)】
◆ライター通信◇
オーマ・シュヴァルツ様
いつも発注ありがとうございます。WRの朝霧です。
今回のスライム騒動、かなり楽しく書かせて頂きました!一家での参加ということで、家族らしい演出が出来ればいいな、と思い、セリフなどにそれらしさを出してみました。
オーマさんの親父レアアイテムが一番笑ってしまいました(笑)どんなものなんだろう、ととても気になりつつ、スライム捕獲作戦を展開させてみました。内容が内容だけに、かなりコミカルな話になったのではないかと思います。
それでは、どうもありがとうございました。
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