<バレンタイン・恋人達の物語2006>


星降ヶ丘

★序

 星降ヶ丘、という小高い丘にあるペンションがある。中々予約が取れ無いと言う事で、有名なペンションだ。美味しい料理は勿論だが、評判になっている一番の要因はボタン一つで自由に開閉できる硝子張りの天井だ。
 晴れた夜空に開ければ、まるで星が降るような気分になる。そして、その状況で一緒に過ごせば、ずっと仲良くいられるという噂まで立っている。
 そんな超のつくほど人気のペンションに招待するという、夢のような企画があった。一組二名様まで。それはとあるチョコレート菓子についていた応募券を使っての応募である。
 応募葉書は何口でも応募可能であり、また泊まるか泊まらないかという選択もできる。
 そんな夢の企画の実行日は、2月14日。バレンタインデイであった。


★13日

 リラ・サファト(りら さふぁと)は、じっと縁側で待っていた。外に干した洗濯物が乾くのを、ではない。耳を澄まし、何かが来るのを待っているのだ。
「リラ、何を待っているんだ?」
 その様子を見、藤野・羽月(とうの うづき)が尋ねる。すると、リラはくるりと振り返り、ほんのりと頬を赤らめながら「内緒」という。
「まだ、内緒なんです」
 リラがそう言った途端、ポストの方からカタン、という何かが届けられた音が響いた。リラはその音を聞くと同時に、ポストへと向かって行く。
「どうしたんだろう、リラ……」
 羽月が小首を傾げていると、ぱたぱたと急ぎ足でリラが戻ってきた。満面の笑みを浮かべ、一枚の葉書を大事そうに握り締めている。
「やりました、羽月さん!」
「え?どうしたんだ、リラ」
「たった一口しか送ってないのに、凄くギリギリだったのに、やったんですよ!」
 大興奮のリラに、羽月はぽんと肩を押さえて苦笑する。
「落ち着いて。一体、何があったんだ?」
 羽月の言葉に、リラは嬉しそうに一枚の葉書を差し出した。羽月はそれを受け取り、文面を確認する。
 そこに書いてあったのは、当選おめでとうございます、という文字だ。
「リラ、これ……」
 羽月が尋ねると、リラはにっこりと微笑む。
「チョコレートのお菓子は大好きなんですが、こんな応募があるなんて知らなくて。たった一口だけ、一枚入魂で応募したんです!」
 リラはそう言って、満面の笑みを浮かべる。羽月は葉書とリラをじっと見つめた後、一つ息を吐いて口を開く。
「実は……私も応募したんだ」
「え?」
 ほんのりと、羽月の顔が赤い。
「リラが応募しているのを見て、私も、と思って。……リラの方が当たったみたいで、良かったんだが」
「まあ」
 リラは思わず微笑む。羽月はほんのりと頬を赤らめたまま、そっとリラの手を握り締める。
「当たったなら、それでいいんだが……当ててあげたかった、というか」
 羽月の言葉に、リラはそっと微笑む。
「そんな羽月さんの気持ちだけで、凄く嬉しいです」
「リラ……」
 リラは微笑んだまま、ちょっとだけ悪戯っぽく笑う。
「当たれば、どちらでも良いんですよ。逆に、私達が二人とも当てちゃったら、その方が大変な事になりそうですし」
 リラの言葉に、羽月は思わず笑う。
「確かに、そうだな」
「そうでしょう?だから、一枚だけ当たって、良かったんです」
 二人は顔を見合わせ、くすくすと笑う。そして、改めて葉書を見つめた。
「明日の夕食くらいに、行けばいいんですね」
「なら、夕方にここを出発すればいいだろうな。ちゃんと、戸締りをして」
「お泊りの準備もしないといけませんね」
 そう言い合い、また顔を見合わせて笑い合った。次の日の準備をする事が、既に楽しい気持ちになっていた。
 そして、互いにこっそりと思うのだ。互いに分からないように、密やかに準備をしなければならないものがある、と。


★14日〜夕方

 翌日、羽月とリラは一泊分の荷物を鞄に詰め、夕方に星降ヶ丘へと向かった。
「小高い丘の上にあるんですよね?」
 リラが、地図を持って先導している羽月に尋ねる。羽月は地図を見ながら「ああ」と答え、リラの方を振り返る。
「しんどくなったら、いつでも言ってくれ。焦っていく必要は、どこにもないんだから」
 羽月の気遣いに、リラはにっこりと微笑みながら「はい」と答える。そして、ふと遠くに丸い天井が見えた。
「羽月さん、あれがそうじゃないですか?」
 リラの指差す方向を、羽月も確認する。地図の方向からも、まっすぐ合っている場所に、その丸い天井があった。
「ああ、間違いないだろうな」
「もうちょっとですね」
 そう思うと、何故かやる気が溢れてくるから不思議だ。二人は手を繋ぎ、見えた建物に向かって歩き始める。
 しばらく歩いていると、目の前に大きな建物が現れた。看板には、しっかりと「ペンション星降ヶ丘」と書かれてある。
 外装は普通のペンションと何ら変わりは無い。ぱっと見、綺麗な外装である。上の方には、名物である全面硝子張りだという天井があるという部屋の屋根があった。ちょっとしたプラネタリウムのような円形の天井で、今はそこを閉めているらしくぐるりと屋根が覆い被さっていた。
 二人は星降ヶ丘を見つめたまま、しばし呆然と見つめた。予想よりもずっと大きな建物だったのと、綺麗な外装に見とれたのだ。
「リラ……ここに、今日は泊まるんだな」
「はい。しかも、お食事付きで……」
 二人はそう言いあった後、顔を見合わせてぷっと笑った。
「呆然としちゃいましたね」
「ああ。……折角当選したんだから、めいっぱい楽しまないと」
「そうですね」
 二人はそう言い合うと、繋いでいる手をぎゅっと握り合い、ペンションの入り口へと向かった。リラの手には、しっかりとあの当選葉書が握り締められている。
 ペンションのドアを開けると、ギイ、という重厚な音が響いた。ちりんちりん、という来客者を伝えるベルの音が涼やかに響く。
「いらっしゃいませ」
 中に入ると同時に、従業員らしき青年が現れた。リラ半ば緊張しながら、彼に葉書を差し出す。
「これで、来たんですけど」
 青年は「拝見します」と言って葉書を預かり、それを見てにっこりと微笑んだ。
「ご当選、おめでとうございます」
「有難うございます」
 青年が軽く頭を下げたので、つられたようにリラと羽月も頭を下げる。青年はそんな二人を見て、にこやかに微笑んだ。
「それでは、まずはお部屋に案内します。そちらに荷物を置いて頂き、すぐにお食事のご用意を致しましょう」
「もう、お食事なんですか?」
 リラが尋ねると、羽月が「リラ」と言って、壁に掛かっている時計を指差す。
 既に、夕方6時を回っていたのだ。
「もう6時だったんですね」
「頑張って歩いていたから、よく分からなくなっていたんだな」
「そうですね」
 二人がそう言いあうのを、青年はにこやかに見つめる。そして、話が一応の終わりを見せたと判断した所で、羽月から持って来ていた鞄を受け取り、先導する。
「こちらには、あなた方の他にも宿泊客がいらしています。ですが、本日お泊まり頂く部屋の仕様は一室しかありません」
「つまり、私達だけがその部屋を堪能できる、と」
「その通りです」
 羽月の言葉に、青年は頷く。一室の前に辿り着くと、ポケットから鍵を取り出してドアを開けた。
「こちらが、本日の部屋でございます」
 青年に言われ、二人はゆっくりと部屋の中へと入る。
「わあ……広いんですね」
 リラは思わず感嘆する。入った途端、広がっていたのはソファの置かれた丸い部屋だった。奥の方にベッドが置いてあり、手前の方には大きなソファが向かい合わせに置かれている。
「お荷物はこちらに置きますね」
 青年はそう断ってから、ソファの近くに鞄を置く。
「こちらがバス、トイレになっております」
 そう言いながら開かれたのは、入り口近くにあるドアだった。バスとトイレが別になっている。洗面所には優しい香りのする石鹸が置いてあり、お風呂場にはふわりと花の匂いがするシャンプーとリンス、それにボディソープが置かれている。
「綺麗ですね」
 リラは嬉しそうに微笑み、羽月の袖を引っ張った。羽月がきょとんとすると、リラはにっこりと笑いながらシャワーを指差す。
「ほら、羽月さん!シャワーの出るところ、お星様の形をしていますよ」
「本当だ」
 二人は、シャワーヘッドをまじまじと見つめる。通常楕円形をしているシャワーヘッドは、珍しい事に星型をしていた。
「この部屋は、星が降ってくるのが売りですから」
「本当に、降ってくるんですか?」
 青年の言葉に、思わずリラが尋ねる。すると、青年は悪戯っぽく笑う。
「どうでしょうか。それは、今日是非確かめてくださいね」
 リラと羽月は顔を見合わせ、くすくすと笑った。
「それでは、用意が出来ましたら食堂の方にお越しくださいね」
 青年はそう告げ、一礼をしてからその部屋を後にした。リラと羽月はソファに座る。
「凄い所だな」
 ぽつり、と羽月が呟く。リラはこっくりと頷き「ええ」と答える。
「本当に、凄い所ですね」
 二人は顔を見合わせ、くすくすと笑い出した。
「こんなに凄いだなんて、思わなかったよ」
「私もです。……お揃いですね」
 二人はそう言って一通り笑い合うと、どちらとも無く立ち上がった。
「食事、行こうか」
「はい」
 羽月はそっと、手を差し出す。リラはそれに笑んでから、その手を取るのだった。


★14日夕方〜

 ペンション星降ヶ丘のディナーは、本格的なフランス料理だった。前菜から始まり、デザートで終わる。パンとワインのお代わりは自由で、一つ一つのものが美味しく食べられるように出来ていた。
「羽月さん、美味しいですね」
 リラはそう言い、目の前の肉料理を口にする。羽月も「ああ」と答え、微笑む。
「これは、鴨だな。その中に、茸が入っているようだ」
「ああ、本当ですね。……鴨のお肉の中に、茸……」
 リラはそう言ってじっと料理を見つめる。羽月は小首を傾げながら「どうしたんだ?」と尋ねる。だが、リラは「いいえ、別に」と言って、料理を口へと運ぶ。
 次に出てきた魚のマリネは、羽月の顔つきが変わった。一口食べ、じっと一瞬泊まってしまったほど。
「……旨い」
「本当ですね、美味しい」
「……旨いな」
 そんな羽月の様子に、リラはそっと微笑む。
「羽月さんは、このお魚料理が好きなんですね」
 リラの問いに、羽月はこっくりと頷く。すると、リラは再び先程のようにじっと料理を見つめ、深く味わいながら口に運んだ。
「どうしたんだ?さっきから」
 思わず羽月が尋ねると、リラは少しだけ頬を赤らめる。
「羽月さん、このお料理が好きだって言うから……覚えておかないと」
 リラの言葉に、羽月ははっとする。先程の料理も、同じように覚えようとしていたのか、と。
 羽月は顔を綻ばせ、リラに「ありがとう」と礼を言う。リラは一瞬きょとんとした後、その意図を理解して微笑んだ。
 同じ料理とはいかなくとも、似たような料理が籐野家の食卓に並ぶ日がくるかもしれない。
 デザートに出てきたのは、苺のミルフィーユと桜のシャーベットという、バレンタインデイなのにチョコレートではないものだった。二人が珍しそうに見ていると、また従業員である青年がやってきた。
「如何だったでしょうか?」
「凄く美味しかったです」
 リラが言い、羽月も満足したように頷いた。青年は嬉しそうに微笑み、ぺこりと頭を下げた。
「でも、デザートはチョコレートじゃないんですね。バレンタインデイなのに」
 リラが不思議そうに尋ねると、青年は悪戯っぽく笑う。
「今日は、私共がチョコレートを提供する日ではありませんから」
 青年の言葉に、思わずリラと羽月は顔を見合わせて微笑んだ。青年は二人が楽しそうな様子を見、軽く一礼をして去って行った。
 食後の珈琲まで堪能してから、二人は部屋へと帰る事にした。気付けば、夜9時となっており、外は真っ暗になっていた。
 星も、綺麗に見えるはずだ。
 二人は真っ暗なまま、電気もつけずに部屋に入る。それぞれブランケットを持って、ごろりと絨毯の上に寝転がる。
 そうしてから、リモコンの「開」のボタンを押した。
 ざー、という音と共に、天井が開き始める。プラネタリウムのようになっている円形の天井に覆い被さっていた屋根がなくなっていき、代わりに満天の星空が二人の頭上に現れた。
 まるで、星が降ってくるかのように。
「……真っ暗な、海にいるみたい・・…」
 ぽつり、とリラが呟いた。暗い部屋の中、天井一杯の星を寝転がって見ている。それが、まるで暗い海にいるようであった。
「本当だ。……星が、覆い被さってくるみたいだ」
 羽月もそう言い、微笑む。暗い部屋の中、星が瞬き、その中に二人がいる。たった二人だけ、二人だけが。
「羽月さん。私、思うんです。星の数ほどたくさんいる人の中で、出会えた奇蹟を」
「奇蹟……」
「はい。ここの来た二人は、それを確認するんじゃないでしょうか。だから、きっとこの先も仲良く、と思うのですね」
 リラの言葉に、羽月は微笑みながら頷く。
「私も、心から願うから。いつまでも一緒に幸せに、過ごしていけるように」
 リラはそれを聞き、そっと微笑む。それから、ふふ、と笑う。
「私、星の名前には詳しいんですよ。昔、いっぱい本を読んだから」
「そうなのか」
「ええ。だから、羽月さん。どちらがたくさん知っているか、勝負しましょう?」
「勝負か、それもいい……」
 羽月がそう、言いかけた瞬間だった。きらり、と星が流れたのだ。
 流れ星だ。
「……本当に、星が降ってきたんだな」
 羽月がそっと微笑みながら呟く。すると、リラは「あ」と言って起き上がり、鞄の中から包み紙を取り出して羽月に手渡す。
「これ、チョコレートなんです。美味しく出来ていると、良いのだけど」
 リラが差し出すのを羽月は「有難う」と言って受け取り、同時に自分も鞄の中から包み紙を取り出してリラに渡す。
「え?私も、いただけるんですか?」
 きょとんとしているリラに、羽月はそっと微笑みながら頷く。
「バレンタインというものは、女性のみが頑張る日では無いようだから。とりあえず私も、頑張ってみたんだ。……甘いものが、リラは好きだろう?」
「大好きです」
 二人は笑い合い、互いの包みを開ける。リラから羽月にはビターチョコのトリュフ、羽月からリラにはお餅がチョコ味、中にチョコクリームと苺が入っている大福だ。二人とも、それらを一つ口に放り込む。
 ほろり、と甘いチョコレートの香りが口一杯に広がっていく。
「美味しい。有難う、リラ」
「美味しいです。有難うございます、羽月さん」
 互いに言い合い、ふふふ、と笑い合う。リラは空を見上げ、そっと「来年も羽月さんのチョコ、食べたいなぁ」と呟く。
 そうして過ごしていると、眠気が襲ってきた。今日はこのペンションにくるまでしっかり歩いたため、疲れが来たのだろう。
 一緒の布団に潜り込み、羽月はリラに腕枕をしてやる。ふわ、とライラックの髪が羽月の腕をくすぐる。
 おやすみなさい、と言い合ってから、二人はそっと目を閉じた。その時、空からまた一つ星が降ってきて、一瞬だけ二人を優しく照らした。
 チョコレートに込められた二人の思いを、確かに受け取ったかのように。

<星降ヶ丘に星が降り・了>


━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【 1879 / リラ・サファト / 女 / 16 / 家事? 】
【 1989 / 藤野 羽月 / 男 / 17 / 傀儡師 】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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 お待たせしました、コニチハ。霜月玲守です。この度は「星降ヶ丘」にご参加いただき、有難うございます。如何でしたでしょうか?
 お二人はご夫婦ですが、初々しさの残るような可愛らしいイメージで書かせて頂きました。素敵なバレンタインデイを過ごせた、と思っていただければ幸いです。
 ご意見・ご感想等心よりお待ちしております。それではまたお会いできるその時迄。