<聖獣界ソーン・PCゲームノベル>


【月空庭園】空の花、咲く場所

 貴方への手向けを贈りましょう。
 手向けるのは、何時、何処にあっても貴方の直ぐ傍にいる人と、そして。

 ――未だ、見知らぬ、"誰か"。

 その出逢いに、祝福を。




 気分よく晴れた空。
 雲一つなく空は蒼く澄み、レイモーン・ホーは春の訪れを告げる道を駆けた。
 目指す場所は一つ。
 月がない時でも行けるかの不安はあったけれど……、
「おお、行ける行ける。そっか、日中に来るとこんな風なんだな」
 と、陽の中で咲く花々を見ながら、勝手知ったる何とやら……で、門をくぐり抜け、作業中であろう門番へと声をかける。
「よ。元気?」
 黒尽くめの服は月夜の晩に見た時と変わらず、陽の中で漸く、差し色となっているであろう紅が何より眩しい。
 自分へと声をかけられた事に気づいたのだろう、門番――カッツエは剪定をしていた手を止め、
「おや、いらっしゃい」
 そう、告げ、微笑むと「今日はどうしたのかな?」と聞いた。
「ん? いや、カッツエの御主人様、今日は居ないのか?」
「今日はちょっと、ね。この間のケーキは平気だったかな?」
「そっか。こないだのケーキの御礼をと思ったンだけど、留守か……」
「喜んでもらえたのがわかるだけでも、こちらは嬉しいよ」
「そんなもん……?」
「勿論」
「そっか…あ、でもさ、じかに礼言いたいし! んーと……、次の満月の晩にお邪魔してもいいかな?」
 にかっ。
 そんな音が聞こえてきそうな笑顔を向けるとレイモーンは問うた。
 駄目なら駄目で仕方がないかな、とも思うし、もし困った表情を浮かべたなら、其処はそれだと思ったのだが。
「四阿(あずまや)の中でいいのかな?」
 と、逆に聞かれレイモーンはこくこく頷く。
「本当に良いのか?」
「構わないよ。夜なら彼女も問題ないだろうからね」
「……昼に問題でもあんの?」
「この時間は寝てる事が多い人なんだよ」
「あ、なるほど」
 更に深く頷くと、レイモーンは「今度は俺の大事な人も連れてくるからさ」と言い、それに対してのカッツエの言葉は「楽しみにしているよ」と言うものであったけれど。
 何故か、レイモーンはその言葉だけで嬉しく、来る時よりも更に元気に庭園から帰っていった。直ぐに伝えたい人がいるから。
 出来るだけ、急いで。






 そうして、庭園から帰宅した、その後。
 あまりの嬉しさに、部屋で仕事をしているラファールの部屋の扉を勢いよく開けてしまい、邪魔をした事に若干落ち込みながらもレイモーンは詳細を彼へと話すと、思っても見ない快諾の言葉が聞けて。

(ちょ…こ、これは、夢じゃないかっ?)

 ある意味、滅多に一緒に居れないだけにご都合主義の夢を見ているような気持ちになってしまう。
 本当に、これは現実なのだろうか?
この部屋から出たら、自分の足を踏むか、もしくは腕の皮を強く引っ張ってみるかしないと、現実だという認識には辿り着けそうもない。

 だから。
 約束だと何度もラファールには念を押して。
 その度に頷いてくれる、幾分素っ気無くも、義務のようにも取れる頷きに、夢の欠片は見えない。
 現実そのものの対応だ。
(けど、匂いもする夢もあるっていうし)
 無論、そんな夢など見た事は無いけれど「ある」と言うのなら、これがその夢でないと、誰が言える?
 部屋から出たレイモーンが初めにやったのはまず、自室へと行き、ベッドの足に自分の足をぶつけると言う事であったけれど……、明確な痛みが直ぐに訪れ、「良かった」と彼は大声で笑った。




 貴方に花を贈りましょう。
 消えぬ花、鮮やかな花を。

 何時、何処でも消える事無く、思い出すたび色鮮やかに咲き誇る。
 その、花の名は―――、





 そうして、約束の満月の日がやってきた。
 レイモーンは駆け出したい衝動を堪え、市場通りをラファールと二人で歩く。
 夕闇の中にあっても、此処の通りは賑やかで活気に溢れており、至る所から食欲をそそる香りが漂い、人の楽しげな笑い声で満ちていた。
「…そんなに急がずともいいだろう、レイ」
少しでも、この場所を歩き続けていたいと言うように呟くラファールに、レイモーンは振り返り、指を振る。
早くカッツエにラファの事を紹介したい。
二人が、どの様な会話を交わすか、そして庭園の主にも早く逢ってみたい。どのような人物なのか、見て確かめてみたかった。
「だってさ、もう薄暗いし、充分晩だろッ?」
「まあ、そう言う言い方も出来るが」
 が、急ぐ理由になってないぞと言うツッコミは、ラファールの心の中で消えた。
 レイを見ていると、まるで自分が一児の親になったような、主に忠実な犬の飼い主になったような……不思議な感覚を覚える。彼を見ていて覚える和みの心と、時折齎してしまう厳しさも、この感覚から来ているのだろう。
 人が人を見る中で、面白いと思うのはこんな時だ。
 親になった覚えもない。
 犬を飼った記憶さえ。
 なのに、それらの感覚が確かに己の内に宿る、不思議。
 本当に、面白いものだ。
 口元に穏やかな笑みを一瞬浮かべ、ラファールは小走りで歩くレイモーンを見た。
 今が夕刻と言う事もあるだろうが、歩いていく先々でレイモーンは声を掛けられており、また彼自身も元気に対応しているのを見ると「ふむ」と頷かずには居られない。
「知り合いが多いんだな」
「うん! 結構うろちょろしてたら覚えられちまってさ。此処の人たち、皆気前良くって、時々、店の余り物分けてくれたりするんだよ」
「ほう。時々、品数が増えているのはそう言う訳だったのか」
「そ♪」
 レイモーンは他にも色々な店をラファールへと教えた。
 昼間、数時間しか開いていないパン屋、時折、行商にやってくる老婆達が居る場所、つい先日開いたばかりだと言うのに、繁盛している雑貨店など、時に身振り手振りも加えて話す。
「中々、市場と言うのも楽しいものだな」
「朝早いともっと楽しい。ラファは仕事で忙しいから知らないだろうけど、そりゃあ賑やかなんだ」
「機会があれば来てみよう」
「うん。その時はまた贔屓にしてる店とか教えるよ」
「レイが案内してくれるのか?」
「当然。俺以外に上手く案内できるのはそうそう居ないし」
「それもそうだな。先ほどの話は上手だった」
「ホントか?」
「ああ」
 褒められたのが余程嬉しかったのだろう、先ほどよりも更に嬉しそうにレイモーンは歩を進めて行く。
 市場から、道を少しずつ外れ、やがて白いアーチに囲まれた庭園が見えて来た。
 手招いているかのように、門は開けられている。




 四阿の中、レイモーンの話にあった人物の姿があった。
 黒髪、黒尽くめの服に赤の色だけが鮮やかで、「守り人のよう」だとラファールは考えた。
 庭で花を切るよりも、門番をするよりも他にする事があるのでは無いだろうか?
 傍らに立つ、少女の姿だけが尚更、その考えを色濃くしていく。

 レイが懐いた青年、姿を見たがったであろう、主。
 不思議な、空間だ。

 だが、ラファールが考えている合間にも、周囲の空気は穏やかに進んでいく。
「いらっしゃい、こんばんは」
「カッツェ、紹介するな。ラファって俺は呼ぶけども、えーっと……」
 ラファールが何かを考えているだろう事に気付いたのだろう、レイモーンが様子を伺う様に、こちらを見ている。「ああ」と頷き、ラファールは青年へと手を伸ばした。
「私の事は、バルフと呼んで頂ければ幸いだ。カッツェ殿」
「私の事も、どうぞ呼びやすいもので呼んで頂ければ。それから。私の隣に居るのが、現在の庭園の所有者。ルート」
「ルート? へえ、カッツエと言い、ルートも確かとある国の女性名じゃん……意味でもあんのか?」
「特には。呼びやすいものを我々は選んだだけで」
「……二人だと呼ぶ時には困らないのだろうか?」
「そう言う事だね。さて、では食事にしようか」
「賛成! ほら、ラファも座って、座って」
「ああ」
 テーブルに並べられるのは、温かな作り立てだろうと解るパンに、南瓜のスープ。エディブルフラワーを飾られたサラダに厚手のハムステーキや、パンと同様に温かな湯気を立てるソーセージや、プディング。
 所狭しと並べられ、皆で食べきれるのか疑問も浮かんだが、直ぐにその疑問は消えた。
 レイモーンが、美味しそうに次々と食べていくのだ。
 なるほど、前回食べた「おやつ」もこのように食べていたのだろう、気持ちのいい食べ方で見ていて嬉しくなるようだ、とラファールは思う。
 そうして、レイモーンも、ラファールと共に食事できると言う嬉しさと、彼が食事しているのを見、品の良い食べ方と言うのは、こう言う食べ方を言うのだろう等と考えて居た。
 何せ動きに無駄が無く、綺麗なのだ。
 完全にマナーを自分のものにしている者特有の美しさと言うものが彼にあった。
 多分、それはカッツエにせよ、ルートにせよ同様だったのだろう。
「バルフさんは、綺麗に食べられるんですね?」
 そう、問い掛けるルートにラファールは「そうだろうか?」と逆に聞き返した。
「ええ、とても綺麗に食べられるので見惚れてしまいました」
「どう言葉を返せばいいか、迷うが有り難う」
 笑顔を浮かべ、再び食事に戻ろうとすると指を振る姿がある。レイモーンだ。
「ラファ、そう言う場合は迷う何ていわなくても良いんだって!」
「そうか?」
「そうそう。褒められた時は俺のように素直に」
 胸を張るレイモーンに「ふむ」と頷きつつ、ラファールは言葉を探し、そうして。
「…レイなら、そう言う行動も美点になるのだろうが」
 と、呟いた。
 多分自分がやっても似合わないと思うだけに余計だ。
 が、
「誰がやっても美点になるのではないかな」と言われ、考え込んでしまう。
 喜びを表情で表現すると言うのは中々難しいけれど。
「あの、綺麗だと思っただけだから、そんなに考え込まないで下さいね?」
「ああ」
ホッとしたような笑顔を浮かべるルートに、本当の意味で少女の域を脱して無いのだと気付く。
「先ほど、彼女の事を現・所有者という様なことを言っていたが…」
「間違いではないよ。現在の所有者。私の主だ」
「……随分お若く見える」
「あ、それは俺も思った! 俺と同じくらいか、ちょっと下くらい?」
 レイモーンの問いにもラファールの疑問にも少女は答えず、困ったような、今にも泣き出しそうな笑顔を浮かべ、変わりにカッツエがその問いに答える。
「歳は近いと思うよ。多分」
「「多分??」」
「誕生日が解ってないんだ」
「そっかあ……じゃあさ、一番良い事があった日を誕生日にしちまえば?」
「レイ…そんな、単純に……」
「や、だってさ。解らないんだったら自分で目印つけるしかないじゃん?」
「………」
 どう言って聞かせたものか思案するが、これという解答も導き出せず、ラファールはルートを見る。
 不思議そうに何度か瞬きを繰り返しているが、先ほどのような表情ではなく、何処か。
 何処か、嬉しそうだ。
「じゃあ、今度からそうしてみます」
「おう。そーして見な?」
「はい」
 歳が近いからか二人の感覚ではそれで良いという判断なのだろう、それ以上も以下も無く、二人の間で食事が始まり、ラファールはその光景を興味深く見ながら、自らの食事を再開した。




 カチャカチャ……

 皿を片付ける音と、幾度か席を外す音。
 ルートがテーブルの上を片付け、カッツエがそれらを運び、戻ってくる時には人数分のお茶を持って来た。

「あー、腹いっぱい……」
 ルートから差し出された食後のお茶を飲み、一息ついたと言わんばかりにレイモーンは呟く。
「レイは本当に良く食べたな」
「うん、ついつい食べちまうんだけど……久しぶりだったし」
 何が久しぶりかはレイモーンは言わなかった。
 言わなくても解ったのだろう、ラファールは瞳を細め、その頭を撫でる。「子供じゃないっての」と言うレイモーンだが、嬉しい事に変わりはなく、人差し指で鼻の頭をこする。
「あ、そうだ!」
 忘れていた事に気付いたように声をあげるレイモーンに驚きの視線を向ける三人。
「あ、いや。大した事じゃないんだけどルートにお礼言うの忘れてたから。ありがとな」
「いえいえ、私もお話にあった人に逢えて楽しかったです」
「なら、良かった」
 背伸びを一つしながら、
「今度は二人が、俺らの所遊びに来なよ。な、ラファ、いいよな?」
 ラファールへと確認を取る。ラファールも静かに頷き、カッツエへと視線を向ける。
「ああ。今日はあまり話が出来なかったが、機会があるのなら是非」
「そうだね、機会があれば」
 穏やかな言葉に、皆が皆、笑顔を浮かべる。
 機会があれば、と言う言葉には『いつか』と言う約束が含まれている事を知っている。

 いつか、きっと――、と。


 貴方に花を贈りましょう。
 消えぬ花、鮮やかな花を。

 何時、何処でも消える事無く、思い出すたび色鮮やかに咲き誇る。
 その、花の名は―――、

 "出逢い"という名の花。











―End―

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【2637 / レイモーン・ホー / 男性 / 15歳(実年齢18歳) / 海賊】
【2636 / バルフ・ラファール / 男性 / 32歳(実年齢28歳) / 海賊】

【NPC:カッツエ(門番)】
【NPC:ルート(庭園所有者)】

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■         ライター通信          ■
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 レイモーン・ホー様、こんにちは、お久しぶりです。
 ライターの秋月 奏です。
 今回はこちらのゲームノベルにご参加、誠に有り難う御座いました^^
 そして、納期が遅れてしまい申し訳ありませんでした(><)
 今後気をつけるようにいたしますので、ご縁がありましたらまた宜しくして頂ければ幸いです。

 今回は色々考えた結果、門番達とは簡単なお話とお食事風景とさせて頂きました。
 ラファールさんとの関係もこんな感じかな?と思いながら楽しく書かせて頂きました。
 尚、最初の部分のみ個別となっております。それ以降は共通でお届けしておりますが、
どこかに少しでも楽しんでもらえる箇所があれば嬉しく思います。

 それでは今回はこの辺にて。
 またどこかで逢えることを祈りつつ……。