<聖獣界ソーン・白山羊亭冒険記>


おたずねもの

 観念しろ、と冒険者たちは男を取り囲んだ。殺人犯として賞金首がかけられている男を、ついに追いつめたのである。
「もう逃げられないぞ、ヴェルナー・シュミット」
「人違いだ」
ところが男は悪びれもせず臆すこともなく首を横に振った。そんなはずはないだろう、と一人が似顔絵つきの手配書をつきつける。
「見ろ、お前の顔だ。それに俺たちは昨日もお前を見つけて追いかけたんだ。あのときは逃げられたが、覚えているだろう」
「だから人違いだと言っているだろう」
男は同じ言葉を繰り返した。そして
「俺の名前はケヴィン・シュミット。賞金稼ぎをしている」
双子の兄であるヴェルナーをこの街まで追いかけてきたのだと語った。
「お前たちもヴェルナーを追っているのなら、共同戦線を張らないか」

「・・・双子だと?」
私たちが受け取った情報にはそんなこと書かれていなかったぞとアレスディア・ヴォルフリートは手配書の隅々にまで目を走らせる。どこかに証拠が落ちてないかしらとナーディル・Kはケヴィンをぐるりと観察して回る。と、見せかけてさりげなく背後へ気を配った。油断をついて逃げ出すとも知れないからである。手配書には双子とは書かれていなかったが、ヴェルナー・シュミットは悪巧みの働く男と書かれていた。
「参ったな」
呟きを吐き出そうとしたそのとき、遮るようにジュドー・リュヴァインの武士道精神が響き渡った。
「本人が違うと言っているのだから、違うに決まっているだろう。私たちに協力してくれると言っているのだから、悪い奴でもなさそうだ」
「ちょ・・・また、そんな」
疑うことを知らないというのは長所でもあり短所でもある。いつも付き合わされるエヴァーリーンはたまったものではない。鋭く視線で言葉を制しようとするのだが、ジュドーはまったく気づいていなかった。代わりにアレスディアがこういう奴なのかという目つきをしていたから、エヴァーリーンもこういう奴なのよとため息をついてみせる。
「信じた後で裏切られたとしても、そのときはまた追いかければいいことだ」
「よし、いいこと言った嬢ちゃん」
二人の視線からかけ離れた場所で拳を握り性善説をぶっていたジュドーの背後からいきなり大きな手がにゅっと伸びて、その頭をわしわしと撫でた。
「オーマ!」
名前を呼ばれた縦にも長ければ横にも広い大男、オーマ・シュヴァルツはにやりと笑った。夕飯の買い物帰りに見かけたこの騒動に一枚噛もうという腹づもりなのである。
「俺もこいつを信じるほうに賛成だな。それに、だ。双子を今証明できないのならこれから証明できるようにすればいい」
オーマは片手にぶら下げた買い物籠を漁り、紫の薔薇のタトゥーを取り出した。透明のフィルムをはがすと、その模様をケヴィンの額めがけて貼りつけようとする。思わずのけぞるケヴィンと、意図はわかるがそれはと割って入るアレスディア。
「確かにタトゥーがあればケヴィンは見分けられる、しかし額は可哀想だろう」
「額じゃなくて、手の甲にでも貼ったらどうかしら」
結局オーマの主張よりはナーディルの意見のほうが採用された。

 一度貼りつけられたらオーマにしかはがせないという特殊なタトゥーを左手に刻んだケヴィンは紫というのが気に入らないのかできる限り視界に入れないようにして、共同戦線の内容を打ち明けた。
「噂を流してヴェルナーをおびきよせるんだ。あいつは甘いものに目がない。特にジャムが好物で、パンにはいつも気分が悪くなるくらいの量を塗って食べていた」
「それならジャムを用意するのか?」
「ああ。だがそこらで買えるジャムではつまらない。滅多に手に入らない、とっておきの・・・」
「たとえば、クレモナーラのベリージャム」
エヴァーリーンはずばり、ケヴィンが用意していたジャムの原産地を言い当てた。
 クレモナーラのジャムといえば楽器と同じくらいに極上の品であった。特に三種類のベリーを煮詰めた赤いジャムは一度食べたら忘れられないと評判である。ただ、出回る量が少ないために幻とも呼ばれている。
 そのジャムが食べられるというのなら、ヴェルナーならずとも食指が動くことだろう。これは確かに、有効な罠といえた。
「よく知っていたな」
「無駄に依頼で各地を飛び回ってるわけじゃないの」
あっちと違ってね、というエヴァーリーンの目はまっすぐにジュドーを見ていた。思わずケヴィンは吹き出したが、エヴァーリーンは表情を硬くしたままだった。一応は組むことにしたけれど、まだケヴィンを信用したわけではなかった。はっきりとした証拠を掴むまで、灰色はあくまで疑う主義なのである。
「クレモナーラのジャムが手に入ったからこそ、俺はあんたたちと組むことに決めたんだ。これなら絶対にヴェルナーは近づいてくる」
「一つだけ、聞かせてくれ」
どうしてそれだけの準備ができていて、自分で捕らえようとしないのかとオーマは聞いた。単独で捕まえたほうが、賞金も独り占めになるはずなのに。
「情、だな」
簡潔に一言で、ケヴィンは答えてみせた。
「俺とヴェルナーはまったく違う性格だ。だからこそ相手の気持ちがいやというほどよくわかる。あいつは、俺が自分を絶対に捕まえられないとわかってる。否定はしない、それでも俺はあいつを捕まえたい。だからあんたたちに協力してほしい」
まっすぐなケヴィンの声は五人を捉えてやまなかった。ただし真摯であるが故に、同情を呼んで油断させる罠かもしれない。根の単純な二人は置いておき残る慎重かつ思慮深い三人は目配せをしあう。
「一人は必ず傍につけておいたほうがいいな」
「じゃ、私が」
ナーディルに護衛、兼見張りを任せることにした。
「二手に分かれ、一時間後に落ち合うことにしよう。我々も今まで通りヴェルナーを探しておくことにする」
「了解。じゃあね」
とりあえず今重要なのはケヴィンとヴェルナーが別人である証拠を見つけること、そのためにもこの町にまだヴェルナーが滞在していることをつきとめなければならなかった。
「ケヴィンの罠にヴェルナーはひっかかる。だから姿を見ても、うかつに捕まえようとしてはだめよ」
特にそこの、とエヴァーリーンはジュドーを指す。
「絶対追いかけるんじゃないわよ」

 残った四人でヴェルナーを探すにあたり、もっとも不安だったジュドーの暴走は、しかし杞憂に終わった。なぜかというとジュドーはヴェルナーを見つける以前に顔をよく覚えていないのであった。
「おい、あれは違うのか」
「髪の色しか似ていないじゃない」
「あいつは」
「髪の色も似ていないじゃない」
段々と、訂正する気が起こらなくなるところで間違えてくる。
 人の顔を見ていると、どれも疑わしく思えてくるのは仕方のないことだ。だが人を全員疑えというわけではない。というより、ジュドーは恐らくケヴィンを疑いたくないためにヴェルナーを見つけようとしているのだ。
 西通りからアレスディアとオーマが戻ってきた、ヴェルナーが見当たらなかったことはその表情を見れば聞かなくてもわかった。アレスディアは唇を真一文字に結んでいるし、オーマはなにやら首を傾げている。
「どうしたの?」
オーマの様子がただ見つからないのとは違っていたので、エヴァーリーンはその顔を見上げる。
「いや、な。俺たちがヴェルナーを見つけて、ケヴィンを見つけただろう。それならひょっとすると、他の誰かもケヴィンを見つけてヴェルナーを見つけたってことは考えられないか?」
「誰かがヴェルナーに、賞金稼ぎに気をつけるよう忠告したということか?」
「それだけじゃなく、向こうから賞金稼ぎを返り討ちにしようとしたらどうする」
ここまで聞けばケヴィンの安全が危惧されているのが勘の鈍いジュドーにもわかった。急に不安がこみ上げてきて、今度はケヴィンを探そうと口を開きかけた寸前
「お待たせ」
二人が戻ってきた。
「これがクレモナーラのベリージャムだ」
小さなビンに入ったジャムは、見事な赤い色をしていた。普通のジャムは煮詰めると色が濃くなるが、このジャムは摘みたてのままの色をしている。
「うまそうだな」
「食べてみるか」
オーマが舌なめずりしただけでなく、周りの四人も多少ならず幻と呼ばれる味が気になった。それを見てかケヴィンは蓋を開け、まず自分でひとすくいなめてから皆にすすめる。
「では遠慮なく」
「私もいただこう」
ある者は大胆に、ある者は愛想程度に、ジャムを味わう。その合間にケヴィンは、指で少しずつすくいとってはジャムをなめるのを止めなかった。
「・・・・・・」
「どうした、エヴァ?」
指に残ったジャムを舌でなめとるジュドーを無視して、エヴァーリーンはケヴィンに近寄った。そしてその肩に手をかけると
「あなた、言ってたわよね。ヴェルナーとケヴィンはまったく性格が違うんだって。そしてヴェルナーは甘いものに目がないって」
正反対の性格ならば、ケヴィンは甘いものが苦手であるはずだった。
「・・・まさか、やはり」
漆黒のマントを翻し、アレスディアは身構えた。するとケヴィンは慌ててエヴァーリーンを振りほどき、
「やはりって、なんの悪い冗談だ。見ろよ、これを」
と、さっきオーマに貼りつけられた花の模様を見せつける。けれどそれが自分自身を追い詰めることになった。
「あなたが器用な男だって、ケヴィンは言っていたわよ」
胸へ刃をつきたてるように、ナーディルが止めを刺した。間を入れず、オーマがそばにあった水桶を抱えケヴィンの、男の手に浴びせかけると、描かれた花の絵がどろりと溶けてしまったではないか。

「ヴェルナー・シュミットだな!」
今度こそ間違いない、とアレスディアは叫び捕らえようとした。だが男、ヴェルナーは間一髪でそれをすり抜け、とんぼ返りを打って五人との距離を置く。
「宿屋で入れ替わったのね」
 恐らく、部屋に入ったところでケヴィンは薬かなにかで気を失ったのだろう。すかさずヴェルナーがタトゥーの模様を描き写し、上着をまとってケヴィンになりすましたのだ。
「今度こそ、観念しなさい!」
冒頭の繰り返しだとばかりに、エヴァーリーンは鋼鉄の糸がついた鋲を放つ。間一髪物陰へ避けたヴェルナーは、次に顔を出したときその手の中に四連式の銃を構えていた。
「動くな」
その声はケヴィンにそっくりだったが、ざらりとした感触が耳に残った。思わずナーディルは耳に蓋をする。その些細な動きに対し過敏な反応を見せたヴェルナーが、予告もなしに一発目を放った。
「危ねえ!」
咄嗟に巨漢のオーマが我が身を盾にと皆の前に立ちはだかる。が、そのさらに前へ飛び出したジュドーが腰へと手をやり、愛刀を一閃させた。澄んだ音を立てて弾丸が半分に割れる。
「大丈夫だ」
アレスディアもオーマの体を押しのけて、剣を構えた。言わずもがな、ナーディルも既に静かな佇まいながら臨戦体勢である。なるほど、とオーマはまたあくどい笑みを浮かべ拳の骨を鳴らす。
「みんな、自分は自分で守れるってことだな」
 全員が武器を構え、ゆっくりとヴェルナーへの距離を縮めていった。さっきのジュドーの神業を見てしまったせいか、ヴェルナーの手はかすかに震えていた。恐怖は人を混乱させる、指先が引き金へかすかに触れたかと思うとためらうことなく残りの三発が一気に発射された。
 鮮血が、五人の目の前で散った。その血は五人の、誰のものでもなかった。銃が火を噴く寸前ヴェルナーの背後から伸びた手が銃口をふさぎ、出口が詰まっているにも関わらず絞られた引き金、一発目はその手の甲を貫通し二発目は指を吹き飛ばし、三発目は手首までもを持ち主から奪った。
 オーマは弾け飛んだ肉片の中にはっきりと、紫の花を見た。
「ケヴィン!」
左手を失ったケヴィンが、残った手でヴェルナーの首を絞め上げていた。自分の服の上に落ちる血潮に我を失いながらもなんとか逃げ出そうとヴェルナーはもがく、だがケヴィンは決して離さない。
「捕まえろ、エヴァ!」
言われるまでもなく、エヴァーリーンの鋼糸がヴェルナーを絡めとった。ナーディルは今にも崩れ落ちそうな顔色のケヴィンの体を支える。早く傷の手当てを、と思うのだがヴェルナーの首に回った手を外そうとしない。
 外れないんだ、と弱々しい声がケヴィンから漏れた。ヴェルナーが五人に銃をつきつけているのを見て夢中で飛びかかったまでは覚えているのだがそこから先が曖昧で、気づいたら自分の手がヴェルナーの首を抱え込んでいてどうにもならない。
「そこのあんた」
「私か」
呼ばれたアレスディアは、ケヴィンに近づいた。ケヴィンは顎で自分の二の腕の辺りを示す。
「やってくれ」
腕を斬ってほしい、という意味の顎だった。アレスディアは黙ったまま冷たい刃をケヴィンの腕に触れさせると一度、確認の意味で目を見た。頷いたケヴィンの目は澄んでいた。
 ためらいのないアレスディアの一閃が輝いた。

「これからどうするんだ?」
「とりあえず一度、都へ戻ろうかと考えている。あそこにはいろんな情報が集まってくるからな」
おたずねものの手配書も調べることができるので、ケヴィンはその中から特にあくどい賞金首を選んで追いかけるつもりだった。
「都ならまた会えるな」
「会わなきゃ困るわよ、今回の報酬を受け取らないといけないんだから」
単純に再会を期待するジュドーの脇腹を小突く。それからエヴァーリーンは愛想のないまま別れの挨拶にケヴィンの手を握った。ただ、今度会ったときはもう少し口をきいてもいいと思っていた。
 全員と握手を交わしたあと、ケヴィンは自分の左手をじっと見つめた。右腕は、遠いところへ行ってしまった。意識した一瞬悲しみを浮かべそうになったがぐっとこらえ、
「皆、元気でな」
左腕を軽く上げて笑った。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

1149/ ジュドー・リュヴァイン/女性/19歳(実年齢19歳)/武士(もののふ)
1953/ オーマ・シュヴァルツ/男性/39歳(実年齢999歳)/医者兼ヴァンサー(ガンナー)腹黒副業有り
2087/ エヴァーリーン/女性/19歳(実年齢19歳)/鏖(ジェノサイド)
2606/ ナーディル・K/女性/28歳(実年齢28歳)/吟遊詩人
2919/ アレスディア・ヴォルフリート/女性/18歳(実年齢18歳)/ルーンアームナイト

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■         ライター通信          ■
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明神公平と申します。
最初から最後まで、ケヴィンに試行錯誤しながらの作品でした。
彼を動かしていたのは結局最後まで情だったんだろうなと
思います。
兄弟の情と、手を組んだ仲間への情と。
相変わらずエヴァーリーンさまはジュドーさまのお守りだったのですが
今回は天然が増えて二倍大変ではなかったかと思います。
最後までケヴィンに頑ななところは他人に心を許さない
エヴァーリーンさまらしいかなと思っています。
またご縁がありましたらよろしくお願いいたします。
ありがとうございました。