<聖獣界ソーン・PCゲームノベル>
【月空庭園】月の輝く夜に ―その、名前―
呼ばれてる、と思っても気が乗らなければ行かない。
こんな風に言えば、多分殆どの人がその人物を『クール』だと評するだろう。そうして、その評価は違う事が無いし、また、シェアラウィーセ・オーキッドはやはり、その様な人物である。
夜闇に溶けこむような黒髪を風が吹くままになびかせ、門を見た。
確かに呼ばれているようだ。
けれど。
(申し訳ない、今日は話す事がない)
微かに、自らに聞こえるようにそれだけを言うと彼女は踵を返す。
此処まで来て帰るのは無駄な労力にしかならない。体力も無意味なほどに使ってしまった
だが、気が乗らず話す事もなければ、門をくぐったとしても迷惑になるだろう。
シェアラは、再び見事な月を見つめ歩く。
さやさやと、歩く度に衣が美しい音を奏で、やがて、その音さえも消えていった。
+
名と言うもの。
名付けられ始めて存在するもの。
そして。
名付けられる前から確固として存在するもの。
名を持つより早く生まれ、また、名がなくても、限りなく生きる。
繰り返し、繰り返し、流れの中で組み込まれ、永遠に。
+
「信念、かあ」
「ユーリ、あのね」
「別にさ、良いんだよ。未だ見習いから成り上がってないし、先輩には負けてるし」
ぶちぶち呟いてる姿を見、一人の少女がおろおろと青年へ声をかける。
正直言って、うっとうしい。
夏場はまだまだ遠いのだ。梅雨の時期でも無いと言うのに何故、此処までぶつぶつと呟くのか。
「だから」
「でもさあ!」
ガタンッ。
立ち上がり、椅子が派手な音を立てて倒れる。
「カッツエもずるいと思わない? わざわざ、僕を!」
「はいはい、木槿の前に立たせたんだったわね。でも、仕方ないじゃない。あの花、切ると日持ちしないで夕方には萎れるのよ?」
「解ってるけど……あーあ……」
落ち着き無く歩き出す姿は、親に叱られた子供のようだ。
少女――ルートは、仕方ないわねと長い黒髪を揺らして、歩き出していった。
歩き出す先には、門番であるカッツエが部屋へと飾る薔薇を選び、切っている。
そうして、場所は変わり、シェアラの家。
室内でシェアラは、織物の注文もなくゆったりと過ごしている。
暫くぶりのゆったりとした時間に、飲む紅茶も味わい深く、思索の時間を授けてくれる。
自らの気が進まぬ限り、指一本動かすのも嫌だと思うシェアラであるが、ふと考えているうちに「そう言えば」と思い出す事があった。
先日、用がないのに門をくぐるのも失礼だろうと思って引き返した庭園。
あそこで以前、行使した「権利」を思い出したのだ。
白く美しい眠れる花。
花開いた所を見れたなら、さぞ壮観だったに違いない。
(あの花を見て、ユーリは何を思っただろう?)
木槿の花言葉は信念を意味する――、そうして門番である青年は、ユーリについて、こう言っていた。
『未だ、見習いから成りあがろうとしていない』と。
疲れさせてしまって申し訳ないから、と。
(あの調子じゃあ……まだ見習いかも知れないけれど)
どうなったのか聞いて見るのも悪くは無い。
行ってみようか、庭園へと。
結果と、そしてあの門番の名を尋ねに。
夜になって月が上空へとのぼったらあの場所へと。
+
庭園。
ランタンに灯された明かりの下、茶器やお菓子が丁寧に並べられていく。
ほんの僅か、首を傾げ、少女は問いかける。
「あら……今日は、お客様?」
「その様だね。ユーリにはまた、怒られるかもしれないけれど」
「しょうがないわ。第一、あの子がへっぽこすぎるのよ」
「……本人にその言葉は」
「言わない事にしています、勿論」
「それは何より」
カッツエは真上にのぼる月を見上げ、ふと、考えた。
客人の名前を聞いていたかどうかに戸惑いを覚えたのだ。
「これはいけない」と呟き、今回はきちんと聞いておこう――、そう思った時、客人がゆったりとした足取りで現れた。
「こんばんは。相変わらず見事な庭だな」
「こんばんは。お褒めに預かり光栄至極」
「おやおや……ところで、そちらは?」
シェアラは、門番の隣にいる少女へと視線を合わせ微笑みを浮かべる。微笑を向けられた少女もシェアラの、その笑みが挨拶であると気付いたのだろう、会釈を返し、門番を見た。
「こちらはルート。私の主人にして庭の所有者」
「ほう、そちらが所有者か。私はシェアラウィーセ・オーキッド。織物師だ。呼び方は…シェアラ、と読んでもらって構わない。長いし、言い難いだろうしな」
名を呼ばせない本当の理由を言う事無くシェアラは言い切ると「貴方の名前だけが解らない」と、カッツエを見る。門番の傍らにいる少女も「早く」と彼をせっつく様に、肘で彼の横腹を小突く真似をしている。
「ああ、そう言えばそうだった。私はカッツエ。見ての通り暇を持て余す門番にして庭師だよ」
「ふむ。忘れないよう覚えておこう。ルートと、カッツエか……了解」
「ではそろそろ、座ってお茶にでもしようか。今日は何の話を聞かせてくれるのかな?」
「んー……、大概、隠居してるからなぁ。ああ、でもそう言えば」
ルートに勧められた椅子に腰掛けながらシェアラは、此処の世界に来て驚いた事を口にした。
「この世界に来て自分より年寄りがいた事に驚いたというか……、なんだか感動したな」
「ああ、確かに私も同年代の方に逢えて嬉しかったりしたなあ……、此処までくると知り合いも少なくなってしまってね」
「……貴方でさえ、そうなのだとしたら其処にいるお嬢さんも相当なのだろう」
「私? 私は……」
口ごもるルートに不思議を覚えるも直ぐに彼女は駆け出してしまい、シェアラが一言も口を挟む余裕も無いままに会話は終了した。
カッツエを見ると、肩を竦めており、
「あの子に年の話は厳禁だよ」
とだけ、言った。どういう意味なのかシェアラは問おうとはせず、話をまた元へと戻す。
「時々な…本当に時々だが、何のために生きてるのか考える事がある」
差し出された今日のお茶は、何処か不可思議な香を焚いた様な香り。
懐かしさとは、また別の違う感覚を呼び戻されそうな香りで、体の緊張を解す様に息をついた。
「生きている事を喜びに満ちていると言う人もいるだろう。けれど長命種において、長い生は最早夢のようなもの……現実として、認識できないものじゃないかと考えてしまうんだ」
殺されても、僅かの時をおいて生き返る。
決して「死」と言う長い鎖に繋がれる事も無く。
永遠に。
永久に。
一人で。
「……老人のような感傷かもしれないけれど」
「そんな事は無いよ、時々はそう思って振り返った方が生きている事に現実味があって良い」
「……そうだろうか。……今日は随分、素直に頷いてくれるのだな」
「たまには素直に頷くよ。先ほども言ったけれど、知り合いがどんどん消えて行くのは寂しいものだから」
「本当に……死は夢の続きとは誰が言ったのだろうな」
「誰が言ったとしても残る言葉があると言うのは不思議だ」
「それもそうだ」
笑いながらシェアラは思い出の中に、幾つもの自らの死があることにも気付いた。
周りの死だけではない。
自分でさえ時に命を落とす事がある。
けれど、息を吹き返してしまうから現実味が無く、夢のようで。
(だからか?)
時に、一つの命しかなく生きている者が愛しく、見えるのは。
どうなったか、結果を知りたくなるのは。
老人じみているようで、そうでもなく。
若者かと言われれば、また違うとしか答えざるをえないけれど。
「……ふふ」
「?」
「いや、つい色々考えてたら面白くなってしまった。老人のような感傷だといったけれど……隠居生活が長いんだ、自然とそうなるなって」
「確かに、篭りがちだと思索にふける日が多くなるね」
「まだまだ、長命種の中では若いつもりで居たのに」
死は夢の続き。
生は日々の繰り返し。
思索は考えの純化にして、物を作る事は、日々を思索さえも刻んでいく事に他ならない。
変わらないようでいて、日々、変わる。
望むと望まざるに関わらず。
「若いつもりで……、といえば。今日ね、見習いの子が来たんだよ」
「見習いの?」
聞こうとしていた事を切り出され、シェアラの耳がぴくりと動いた。
カッツエは笑いを堪えるように話を続ける。
「以前話したことがあると思うのだけれど…凄く凹んでいてね」
「それは、また何故ゆえに?」
「さあ、また上に怒られるか何かしたのかもしれない。ぶつぶつ呟きはするけど、其処からは何もいわないのでね」
「……面白いと言うか、何と言うか」
落ち込んでる理由を話さなければ浮上にもなりもしないだろうに、相変わらず奇妙な所で不器用なようで、呆れていいのか、笑っていいのか、まるで解らないではないか。
「彼は木槿の花の事を時折思い出すそうだよ」
「じゃあ、伝わったようだな……ふむ、今度夜の時刻に彼をロープで縛るなり何なりしておいてくれないか? 久しぶりに顔がみたくなった」
「いいよ、じゃあ次に来る時にはユーリの頭を叩くなり、弄るなり」
「楽しみにしていよう」
と、此処で話題に出ている本人が居れば「何勝手に人の話で盛り上がって!」と言うクレームが出そうなところだが、彼本人が居ないまま話が纏まり、二人はまるで共犯者のように笑みを交わした。
冷めたティーカップからは名残のように幽かな香りが漂い続けている。
+
上空にある月が、傾きを見せ、時間の流れを告げる。
僅かに、小夜啼鳥の歌声が聞こえては、耳を楽しませてくれるけれど――、じき夜明けがやってくる。
そろそろ、庭を出る時間だ。
「……また随分と長居をしてしまったかな」
「いやいや、楽しかったよ。次回のお楽しみも出来たしね」
「ふふ……宜しく伝えておいてくれ。あと、そうだな……」
「うん?」
「今回、あの子の事を教えてもらった礼がまだだった、よな?」
「別にそう言うのはいいんだよ? 話せるだけでも嬉しいのだし」
「いつも伺っているのに、礼をしないのでは礼儀に欠ける」
顎に手をあてて、暫くシェアラは考え込み、「そうだ」と頷いた。
「私の職は織物師だ。もし、貴方からの依頼があるようならば、どの様なものであれ無条件で引き受ける事をお約束しよう」
「それはどの様な、大きさでも?」
「大小問わず、内容問わずに作り上げてみせるけれど?」
「じゃあ一つ、頼みたいものがあるんだ」
「何だろう?」
「部屋に敷く絨毯を。ルートの部屋にあるものがそろそろ古くなってきたのでね」
「なるほど、他に希望は?」
「特には無い。好きに織ってくれたら嬉しい」
「了解した。次に間に合えばその時に持って来よう」
では、と頭をさげるとシェアラの瞳に小さな花が目に付いた。
クロッカスの花だ。
(糸、か)
めしべが何処までも伸びていく糸のようだから名付けられたと言う花。
そして現実においても糸はありとあらゆる所に張り巡らされている。
"縁"と言う名の糸は自分で意識して動かす事など出来はしないが……、だからこそ、再びの巡りあわせが楽しく思えると言うもので、また、いつかと思える原動力であるのかもしれない。
名と言うもの。
名付けられ始めて存在するもの。
そして。
名付けられる前から確固として存在するもの。
それは、ふとした事から生まれ行く、気持ち。
名付けられる事など一つも出来ないものだけれど、それらを日々、追いながら人は生きていく。
―End―
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【1514 / シェアラウィーセ・オーキッド / 女性 / 26歳(実年齢184歳) / 織物師】
【NPC:カッツエ(門番)】
【NPC:ルート(庭園所有者)】
【NPC:ユーリ(道先案内人見習い)】
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■ ライター通信 ■
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シェアラウィーセ・オーキッド様、こんにちは。ライターの秋月 奏です。
今回はこちらのゲームのベルにご参加、本当に有り難うございました。
そして三度目の来訪有り難うございますv
プレイングを拝見した時に「おお!」と嬉しくも楽しい気持ちにさせて頂きました♪
そう言うのもいいなあと言いますか……凄く嬉しかったです(^^)
そして、今回は少しばかり庭園内部の人物とシェアラさんの友好が上がったようです。
ユーリは滅多に出てきませんが、次回できっと門番にくくられシェアラさんの前に出てくるのではないかと(^^)
その際はどうぞ遊んでやって下さいねv
それでは今回はこの辺にて失礼いたします。
また、何処かでお目にかかれるのを祈りつつ……
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