<聖獣界ソーン・白山羊亭冒険記>


貧乏神をつまみだせ

「いらっしゃいませ〜何名さまですか? ご注文はお決まりですか〜」
 今日もルディアの元気な声が、白山羊亭のあちこちに飛ぶ。
 相変わらずこの店は、活気にあふれ、人が絶えなかった。
 と――
「ほうほう。ほどよく騒がしい場所じゃのう」
 ひとりの老婆が、のっそりと白山羊亭に入ってくる。
 身長がルディアの膝ほどしかない、本当に小柄な老婆だった。
「わしゃ騒がしい場所が大好きでのう」
 老婆はしわくちゃな顔をさらにしわしわにさせて笑みを浮かべる。
「あのお……お客様、ですか?」
「客ではない」
「それでしたら、あのう……」
 ご遠慮頂けませんか、とルディアが言おうとした瞬間、
「わしゃ貧乏神じゃ」
「―――!」
 気づけば、なぜか活気のあった店内がどろ〜んとした空気に変わっていた。
「何かこの店……気持ち悪ぃ……」
「あっお客様……!」
 ルディアが止めるのも耳に入っていないかのように、ずっと楽しげに白山羊亭での時間をすごしていた客たちが帰っていってしまう。もちろんお金も払わずに。
 ほっほ、と貧乏神と名乗った老婆が嬉しそうに笑った。
「そうじゃ。こうやって活気のある場所を貧乏に、くら〜くするのが大好きなんじゃ」
「―――!」
 ルディアは声にならない悲鳴をあげた。そして、
「誰かっ! 誰か助けて〜〜!」
 我知らずそんなことを叫んでいた。

     **********

「なにっ。貧乏神だと……!」
 叫んで雄雄しく立ち上がったのは、筋肉マッチョ男オーマ・シュヴァルツだった。
「我が家は家計火の車アニキ大胸筋超絶賛親父フィーバー……! 貧乏とは超腹黒密筋の仲、腐れ縁……!」
 どしどし歩いてくるなり、貧乏神を崇めマッチョする。
 そして、懐からとりだした腹黒同盟パンフレットをビシッと貧乏神に差し出した。
「どうぞ、我らが貧乏神筋殿……っ。見たところ筋肉なさそうだがっ。我らが同盟にぜひ加盟を……!」
「ふむ……わしを喜ぶやつは初めてみたのぉ」
 貧乏神は首をかしげながら、さらさらとオーマの取り出したパンフレットに名前を書いた。
 ――『びんぼうがみ』
「ありがた筋……!」
 オーマは拝み拝みそのサインをありがたく頂いた。
「貧乏神殿……っ。これは親父愛全筋萌え持て成しせねばならん……!」
 オーマは張り切り、白山羊亭の厨房に飛び込むと貧乏神の大好きな焼味噌料理――帆立貝焼味噌、地鶏焼味噌、ニシンの焼味噌作り、さらには秘筋貧乏ナマ絞り愛酒も用意して、
「お前ら、集まってこい……!」
 呼んだのはイケメンホストな霊魂軍団。
 そして料理と酒と霊魂軍団で貧乏神を接待した。
 貧乏神は、ほっほと嬉しそうにイケメン霊魂軍団を見渡した。
「よいのう。たまにはこんなものも」
 オーマは考える。
 大切な大切な貧乏神ではあるが――白山羊亭から活気がなくなるのは、やはり困る。
 ここはひとつ手を打たなくては――

 と。

 ビビビッと腹黒センサーが反応し、オーマは白山羊亭をばっと飛び出した。
 そして、白山羊亭を通りすぎようとしていた青年をがばっと捕まえた。
「いいとこ来たな我が腹黒同盟同士よ! ちょっと手伝え!」
「ちょ……ま、苦し……」
「手伝え! 手伝うよなクルス!?」
「わ、分かったから放して、」
 ――オーマはようやく、締め上げていた青年から手を放した。
 クルス・クロスエア。眼鏡をかけた長身の青年である。
 本来は『精霊の森』と呼ばれる場所の守護者で、森から外に出ていることはあまりない。
「ところで、何やってんだお前」
 今さらながらにオーマは訊いた。
 クルスは黙って、自分と一緒に歩いていた二人の人間を示す。
 ひとりの男の子とひとりの女の子だった。どちらも十代半ばほどだろうか。
「むっ。この気配……! こいつら精霊を宿してやがるな……!」
「……なんで、キミは、そこまで……分かるように、なっちゃった、ん、だかな……」
 クルスはげほげほと咳き込みながら、「そうだよ……今日はこの二人に、ラファルと、フェーが、ね……」
 と説明した。
 クルスは普段、誓約により『精霊の森』から出られない精霊たちに外の世界を見せてやりたいと願い、森を訪れる人間たちに「精霊に体を貸してやってくれ」と頼む。「貸す」というのは、要するに宿らせることで、場合にもよるが完全に精霊に支配されるわけではない。
 ラファルとフェー。オーマもよく知っている。それは風の精霊の名前だ。
 気まぐれでわがままな風の精霊だけに、二人も同時に宿らせたとなれば、クルスも一緒に外へ出ざるを得なかったのだろう。
 ラファルとフェーに体を貸したという少年少女。
 そっくりだった。兄妹だろうか。
 二人は突然現れて、しかもクルスを締め上げたオーマを見つめ、びくびくと身を寄せ合って震えていた。
「いやあ、驚かせて悪かったな! 俺も前にラファルとフェーを宿らせたことあんだ。よろしくな!」
 オーマはにっこにっこと笑って子供たちと無理やり握手した。
「ちょうどいい! ちょいと子供たちも手伝ってくれんかね?」
「さっきから、なにを手伝えってんだい?」
「おう!」
 オーマは大胸筋を張って、「貧乏神様に捧げるゲームを開催するっ!」
 と言った。

 子供たちは、兄がミンツ、妹がユーリと言うらしい。
 何が何だか分からない様子の兄妹は、しかし嫌がらなかった。嫌がる暇もなかったのかもしれない。
 クルスと兄妹を連れて白山羊亭に戻ってきたオーマは、イケメン霊魂軍団に囲まれている貧乏神に向かって、
「さあ我らが貧乏神殿よ……っ。貧乏神ゲームGO!」
「どんなゲームだよそれは……」
 クルスが隣でぼやく。
「つまりは王様ゲームだ! くじを当てたヤツは貧乏神様だ! しかし命令できることはひとつきり! より貧乏に暗くなることだ……!」
「それはゲームなのかい……」
「つっこむ野暮なヤツにはハート貧乏神ブラックフラッシュエルボー☆」
「キミのエルボーなんかくらったら死ぬって!」
 慌てて避けながら、クルスが叫んだ。
「ふ……ならばおとなしくゲームをするがいい」
 子供たちがそれぞれ違う反応を示していた。
 兄のミンツのほうは何やらきょとんとしているだけだ。ひょっとしたらラファルを宿しているのかもしれない。ラファルは人が多いところが嫌いで、たそがれたがる傾向がある。
 妹のユーリはバタバタと暴れていた。フェーを宿しているのならそうだろう。フェーはラファルとは逆に人が多いところが好きで、音楽好きの踊りたがり、騒がしいの大好き精霊だから。
「さあ! 貧乏神殿も含めて、ゲーム開始、GO!」

 最初に貧乏神くじを引いたのは、貧乏神本人だった。
「おぬし! 貧乏臭く暗くなれい」
 びしっと指差されたのはクルス。
「はあ……」
 何やら疲れた様子のクルスは、命令されるまでもなく陰気な雰囲気をまとっていた。
 そう言えばこいつも元々貧乏だった、とオーマは思い出した。
 次に貧乏神くじを引いたのはクルス。
「仕返し。オーマ」
「ふ……貧乏くさく陰気になるのは任せろ……」
 どよ〜ん。
 オーマは影を背負う。体がでかいだけに、周囲に与える影響もすさまじかった。
 次に貧乏神くじを引いたのはまたもや貧乏神。
「おぬし! 元気なのは許さん」
 指名されてしまったユーリが泣き出した。
 フェーの影響だろう。フェーは泣き虫なのだ。
 どよ〜ん。
 ある意味で、ユーリはどよどよと陰気な雰囲気をまとってしまった。
 次に貧乏神くじを引いたのはユーリ。
「お兄ちゃんもー!」
 指名されたミンツはすでにラファルの影響でたそがれ状態。
「貧乏、か……」
 思うところでもあったのか、どよ〜んとミンツも影を背負った。
「ううむ……っいい陰気ぶりじゃ……!」
 さらに再び貧乏神くじを引いた老婆、オーマを指名。
 オーマは自分の家の火の車事情を思い出しながら、どよどよどよと白山羊亭全体に黒い水でも流しているかのような影を背負った。
「ううう……見てられないですよう……」
 ゲームに参加はさせられなかったルディアが、背中を向けてどよ〜んとした。

 どよどよ宴会合コン状態。ただし女性は老婆とユーリのみ。
 しかしイケメン霊魂軍団は老婆貧乏神のお気に召してしまったらしい。
 そして何より、オーマ、クルス、ミンツ、ユーリ、ルディアまで背負ってしまった白山羊亭のどよどよどよどよ加減に、貧乏神は嬉しそうに活気づいた。
「よしよしよし。おぬしらいい陰気っぷりじゃ。もっと陰気になれい。ほれ、またわしが貧乏神くじじゃ」
 オーマはともかくクルスの陰気っぷりもなかなかだった。
「貧乏……貧乏を思い出させるな……くそ、金を手に入れるにはうちは大切な精霊ファードを傷つけるしかないんだぞ……僕は不老不死だから別に食料はいらないけども、さすがに服はいるしたまに依頼にこなきゃならねえしちくしょうもっと強くならなきゃならねえんだよ俺は森を護るために……っ」
 オーマはびくびくしながらクルスの独り言を聞いていた。
(こ、こいつ地はこんなだったのか……っ)
 長い付き合い、腹黒同盟仲間で親友と思っていたが、こんな乱暴な口調で話すクルスを初めて見た。
 クルスのどよどよどよどよ加減は、どこか怒りに似たオーラも含んでいた。
「ふん。貧乏を愛せぬやつによいやつはおらんわい」
 機嫌のいい貧乏神はかっかっかと笑ってそんなことを言ったが――
 すかさずオーマは立ち上がり、
 びしぃっ!
 っと貧乏神を指し示した。
「貧乏神たるもの! 心、立ち振る舞い――言動すべて陰気にして暗くあるべし! 活気の心を持つなどとは、貧乏神にあらず……!」
「な、なにぃ……!?」
「貧乏とは! 金の問題ではなく! 心の問題……っ!」
 貧乏神殿! とオーマは詰め寄った。
「お前さんは貧乏神失格! 貧乏神職を今すぐ降りるべし!」
「くぬうううううう!」
「ルディア!」
 オーマはいつの間にか影を背負ってうつむいていた、白山羊亭の看板娘を呼んだ。
「は、はいっ!?」
 ルディアはようやく顔をあげた。
「いいか、いかなる存在でもお年寄りは敬うべし! たった今こちらの方は貧乏神職を降りられた! ゆえにただのお年寄り! 大切に扱うべし!」
「へ!? は、はい!?」
「クルスもミンツもユーリもだ!」
 びしびしびしっとゲームの参加者にも指をつきつけてオーマは宣言する。
「ちなみーに! 俺様も実年齢はお年寄りだからして敬うよーに!」
「けっ」
 乱暴な口調で舌打ちしたのは、貧乏神オーラから脱け出せないでいるクルスだった。
 そう言えば、とオーマはおそるおそるクルスに訊いた。
「お、お前も不老不死だったな……? 実年齢年寄りか?」
「僕はまだだよ」
「……ほっ」
「そうだったとしても教えないよ」
「………」
「わ、わしはこれからどうすれば……っ」
 オーマの理屈に負けてしまったらしい、ただの老婆と化した貧乏神様が骨と皮だけっぽい指を震わせる。
「わしには家族もない……仲間もない……この上職も失ってしまっては、行く場所もない……っ」
「む。それは気の毒」
 オーマは腕を組んだ。「こんなときこそお年寄りを大事に! まさか精霊の森に住まわせるわけにはいかんからして、どうだ婆さん、うち来るか?」
「よいのか!?」
「もちろん。さっき同盟に加盟してもらったことだし、腹黒同盟本拠地に住んでもらうに何の問題もなーし!」
「何度も思うんだけどさ……」
 クルスが遠い目をしてつぶやいた。
「僕も、その腹黒同盟の一員なんだよねえ……」
「腹黒同盟とはみんな仲良く元気よくという同盟! 入ればみんな仲良しこよしで元気よし! 加盟したことを喜ぶべし!」
「はいはい……」
 それじゃ、とようやく普段の調子に戻ったらしいクルスが立ち上がった。
「僕はこれから、ミンツとユーリ……ラファルとフェーを遊ばせてこなきゃいけないから」
「おおう忘れていた! 元気でなーお前ら!」
「は、はい……」
 ――貧乏神ゲームなどに捕まってしまった少年少女たちは、その後明るい一日を過ごせただろうか――
 とりあえず、
「お年寄りは敬うが、うちの連中はアクが強いヤツらばかりだからなっ。負けんなよ婆さん!」
「おおう。また貧乏神ゲームをして楽しむとするわい」
 オーマが貧乏神を連れて白山羊亭を出て行く。
 一度出て行った普通の白山羊亭の客たちが、「何で出て行ったんだっけ?」と首をかしげながら戻ってくる。
 ルディアがほっとしながら、
「今夜の飲み代はただにしておきまーす、オーマさーん!」
 と背後から嬉しそうに声をかけてきた。


 ―Fin―


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【1953/オーマ・シュヴァルツ/男性/39歳(実年齢999歳)/医者兼ヴァンサー(腹黒副業有り)】

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■         ライター通信          ■
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オーマ・シュヴァルツ様
こんにちは。いつもお世話になっております、笠城夢斗です。
今回は貧乏神ゲーム、NPCを巻き込んでの開催いかがだったでしょうか?(変則技ですが;)
オーマさんの知識の深さには脱帽しております;私も勉強致します……。
楽しんで頂けましたら嬉しいですv