<聖獣界ソーン・黒山羊亭冒険記>
暗き森の深奥へ
【オープニング】
「暗い森も平気な、腕の立つ冒険者は居ないだろうか?」
その日。
息を切らせながら黒山羊亭に入って来た男は、真面目な顔でそんなことを訊いて来た。
男は見事な漆黒の頭髪と瞳を持ち、ほっそりとした顔立ちをしている。
魔術師が好むようなローブに身を包んだ、結構な美男子と言えるだろう。
(まぁ……魔術師らしく、優男だけど)
何と言うか、その意味ではステレオタイプな魔術師かもしれない。
世の術師達に対して微妙に失礼なことを考えながら、エスメラルダは先を促した。
「それで?依頼はその、暗い森が関係あるのかしら」
「うむ、その通りだ……と、自己紹介が遅れたな。私の名はレオ。レオ・グラントだ」
そう名を名乗り、レオは大まかに事情を説明し始めた。
彼は人里離れた森の奥で研究を営む魔術師なのだそうだ。
しかし森の奥と言えばミステリアスで聞こえは良いが、色々と不便も感じたため住居の移転を考えていたらしい。事実、入念な計画の下に殆どの生活用品・研究道具やデータは新居に移し終わっているとか。あとは今研究に打ち込んでいる実験データを持って森を抜ければ、屋敷ともおさらば、という状態であった。
―――――ハプニングは、その屋敷最後の夜に起こったのである。
「魔術師の工房と言うものは、まあ承知の通り……ガーディアンとして魔物や魔法生物を使役していたり、罠を仕掛けていたりと中々に堅固な作りをしていてな」
「へぇ」
「……あの夜私は、寝ぼけてそれらのトラップに妙な命令をしてしまったらしい」
「それで?」
「私を守るはずのガーディアンや罠に攻め立てられて、命からがら逃げ出してきた」
「貴方、魔術師の癖に抜けてるわね」
「良く言われる……」
しゅん、と肩を落としてレオが嘆息した。
「そんなわけで、未だ屋敷に残る研究データを誰かに奪還して欲しいのだ」
「貴方が行けば良いじゃない。腕は立つんでしょう?」
……そう、彼の名は自分も聞いたことがある。
「絶唱を紡ぐレオ」と言えば、その卓越した魔術の腕で有名な男である。
「う、うむ……それはその、全く以って正しい指摘なのだが」
彼女の正論に、彼はごにょごにょと言い難そうに口を窄めている。
「何か問題でもあるの?」
「…………実はな」
はぁ、と溜息をつきながら。
「私はその、幼少の折に森で迷ったことがあってな」
「うん」
「その恐怖が忘れられず、暗い森なぞ怖くて未だに入れんのだ……出来れば行きたくない」
「あのね……それじゃ貴方、なんで森の奥なんかに住居を構えたの?」
「魔術師と言えばそういう処に住むと相場が決まっている。まずは形から入ったのだ」
何故だか―――エスメラルダはその返答を聞いて頭が痛くなった。
「ふぅ……事情は分かったわ。腕の立つ人を紹介してあげる」
「おお、すまない。とても助かるよ」
嬉しそうにレオが微笑む。人の良さそうな笑顔は、中々に魅力的であった。
ええ、と頷き返しながら―――ふと興味を覚えて、彼女はレオに訊いてみる。
「そういえば……どうしても森の外に出なくちゃならないときはどうしていたの?」
「む。当然の疑問だな」
重々しく頷き返す、レオ・グラント。
「ガーディアンに私を運ぶよう命令して、私はその間目隠しをしてだな……」
「……ごめんなさい。訊いた私が馬鹿だったわ」
がっくりと肩を落として、エスメラルダがやれやれと首を横に振った。
【1】
そして、彼が黒山羊亭を訪れてから約一時間後。
「さて……どうしたものかしらね。とりあえず五人も揃ったわよ、レオ?」
信じられないわ、などと続けながらエスメラルダが感想を洩らす。
ちら、と彼女が見た先には、テーブルに座って茶を啜っているレオ・グラントの姿があった。
「うむ……なんというか、私も感謝の気持ちで一杯です」
ぎこちなく頷く、黒髪の魔術師。
恥かしい事情を話して助力を乞い、それでいてこの短時間で成員が集まるとは予想外であったのだろう。
「というか、もしかして私は担がれているのではなかろーか」
「失礼ね」
ごん、とエスメラルダの持っていたトレィが彼の頭部を殴打する。
「ぐおおおおお!?」
「まぁ……確かに、この酒場に此処までお人好しが多いなんて。予想外ではあったかしら」
「―――おいおい、自分の職場を卑下しちゃいけねぇな、エスメラルダ」
ふぅ、と吐息を洩らす彼女の肩をぽん、と叩く男が約一名。
銀の紙が印象的な、人の良さそうな男。名をランディム・ロウファと云った。
「俺の場合、前から魔術師の工房ってやつを見てみたかったって事情もあるがね。そいつは置いておくとして……店側も客側も、悪くない店だぜ、ここは……っと、アンタもそう思うだろう?オセロット」
「ふむ。概ね同意するところではあるな」
同意を求めて彼が視線を投げる先には、キング・オセロットが居る。
優雅に紅茶を嗜む金髪の麗人が、レオの隣のテーブルで優雅に頷いた。
「しかし個々人のスペックは申し分なかろう。それ、そこの親子などもお誂え向きだ」
「ふ、流石お目が高い!俺とサモンの組み合せと言えば、それはもう、火薬と火のような!」
「………それ、あんまり良くない気がする」
続いて声が上がるのは、レオの背後である。
そこには丸眼鏡をかけた巨躯の男と、赤い髪の少女が立っている。
オーマ・シュヴァルツと、娘のサモン・シュヴァルツであった。
「というか………僕は、まだ依頼を受けるとは言ってないんだけど」
「む。だ、駄目なのか?」
冷めた瞳でこぼす彼女の言にぴくりと反応し、レオがうろたえる。
名声ある魔術師、レオ・グラント。
知識と経験を兼ね備えた強者の瞳は―――なんというか、雨の中に佇む子犬であった。
「……」
「………」
数秒の、奇妙な沈黙。
はぁ、と嘆息して先に発言したのはサモンだった。
「…まぁ…別に構わないけど……オーマに守護者を変にされたら…厄介事も増えるしね」
「!ありがとう、私はとても嬉しい!」
その言葉を聞いたや否や、レオがサモンの手をとりぶんぶんと上下させる。
つまるところ。その光景は、どちらが大人であるか分かったものではなかった。
「あらあら、楽しそうで結構ですねぇ」
その様を見て、水の癒し手シルフェが微笑む。
どこまでも上品に。更にもう一言加えるなら―――微妙に、ほんわかと。
「………少しだけ、不安が脳裏を過ぎったのだが」
「奇遇だな。なんつーか、俺も少しばかりこめかみの辺りが……」
繰り広げられる、寸劇のようなやり取り。
それを見て、人知れずオセロットとランディムが視線を絡ませていた。
はははー、と笑うレオ、シルフェ、オーマを見ている二人の主張は、すなわち。
そこはかとなく。
メンバーの半数が、天然、とかボケ、と呼称される属性を帯びてはいないだろうか―――?
「苦しく、諧謔に満ちた冒険が幕を開けた気がするぜ……!!」
「……うむ」
「大変ねぇ、冒険者って。酒場で働くのも捨てたもんじゃないわー」
「「哀れみの目で見ないでくれ、エスメラルダ」」
なにやら必勝祈願を祈って酒盛りなぞ始めた三人と、それを横目で見るサモン。
そんな情景を目の前にしつつ、オセロットとランディムはどこか遠い目で何かを決意していた。
【2】
―――場所は変わって、レオの館があるという森の前である。
鬱葱とした、太い幹の木々が視界を埋め尽くしている。成程、これらが構成する森ならば中は暗いだろう。
その、依頼主のレオが最も恐怖する対象の前で、
「ぐっ……も、もう一度だけ訊く。考え直さないか!?」
何故か、森を怖がるが故に今回の依頼をしたレオ本人が居た。
ただしその状態はとんでもない。ぐるぐる巻きにされて、哀れ四肢は自由を失っている。
「ふ……これはもう決まったことなのだ、レオ殿?」
そんな彼の前にしゃがみ込んで極上の笑顔を咲かせているのは、オセロットである。
「まぁ、幼い頃に負ったトラウマというものはなかなか治るものではない。その点については責めはすまい」
「な、ならばこの戒めを解きたまえっ!」
必死に抗弁するレオだが、しかしオセロットの口上を止められない。
「ああ、確かに、屋敷まで送り届けよう。が、屋敷内は平素あなたが住んでおられた場所。勝手はご存知のはず」
「ぐ……」
当然、内部の兵力、罠などについてもな。そこまで一息に語り、彼女はちらりとレオを見る。
「―――知らぬ他人が先に踏み入るより、あなたが先を歩かれた方が安全かつ効率よく進めると思うのだがどうだろう、ご高名な魔術師殿」
完璧な、非の打ち所のない微笑がレオを見る。
嗚呼、そこには完璧故に存在する、無言の圧力があったりするのがレオの非業だろうか。
因みにこの時点で、皆が屋敷の構造やトラップについて一通りの知識を得ている。
魔道を行く者にとってこれは破格なのだが、最早用の無い場所。レオは快く教えた。
では頼む、とレオは言ったのだが―――やはり、本人が居る方が圧倒的な有利を得られるという主張も満場一致だった。
故に魔術師は、ロープで芋虫のようにされて転がっている次第である。
「き、君の言うことは一理ある。だがな、私はこの先に―――」
「なに、魔術師殿。俺たちは何もアンタに無理難題を強いるワケじゃ無いんだぜ?」
す、と彼の前にランディムが立つ。
「アンタは森が怖い。だが、屋敷に入っちまえば話は別だ。つまり―――」
「俺辺りが、目隠しをしたお前さんを担いで進軍すれば問題なしということだ!」
「―――とまぁ、そういうことだ」
ランディムの軽快な語りに、陽気なオーマの声が混じる。
10メートルはありそうな無駄な長さの目隠しを手に、オーマは爛々と瞳を輝かせていた。
「ああ!まだ見ぬ下僕主夫親父ゴッドロード研究のデータよ……必ず俺が奪還してやるからな!」
「そんな研究だったら……破棄した方が良いと思うけど」
「はっはっは、サモンは冗談が上手くなったぜ」
「…………」
ふぅ、とその横で嘆息するサモン・シュヴァルツ。
己が父親の暴走、この程度のそれは日常茶飯事だ、とその全身が語っていた。
なにやら、この状況は覆せないのか。そう諦めかけたところに―――
「あの、レオ様」
「おおシルフェ!この依頼主を縛り上げる人々に何か言ってやってくれ!」
「ふふ、大丈夫です、レオ様」
シルフェが、華もかくやと言わんばかりの穏やかな笑顔でレオに近づき。
柔らかく、その手を握った。
「怖いのなら、手を繋いでいて差し上げますから。森を抜けるまでは我慢しましょうね?」
「それはありがたいが君も反対してはくれないのか―――――!?」
「往生際が悪いぞ?」
じたばたと暴れ出すレオ。
やれやれと首を振りながら、オセロットがオーマから受け取った目隠しを持ち、
「では、耳栓もサービスしてやろう」
「無駄なところでサービス精神旺盛だな!?」
「御機嫌よう、レオ殿」
「むぐっ!?」
あっさりとレオを昏倒させ、目隠しと耳栓を施したのだった。
―――――森は、存外にあっさりと抜けられた。
個々の戦闘能力を鑑みれば、森に住む猛獣如きはイヴェントの一つにすら成り得ない。
強引な突破は、シルフェの回復魔法に助けられ磐石の可能性として成功を見た。
途中で、
「お、オーマ!?なにやら頭がごりごり地面に―――!?」
「サモン!頼む、この親父殿を止めてくれんか!彼の投げている下僕主夫特製全筋全霊魅了黍団子もどきとは何ぐはっ!?」
「空気が!空気が私を侵すんだ!シルフェ、何か都合の良い魔法は無いか―――!?」
という悲鳴が、数十回上がったのが問題といえば問題だろうか?
ともあれ、それも途中でランディムが機転を利かせて彼の口に詰め物をして、ことなきを得た。
第一関門の壁は、彼らを止めることは出来なかったのである。
そう、誰一人脱落しなかった……………約一名、精神崩壊寸前まで追い込まれた事実には目を瞑ろう。
「というわけで、私たちは難関を超えこの館に辿り着いたのだっ!」
「……森を抜けた途端に元気になったなー…」
「ディム君、細かいことなど気にしてはいけないぞっ」
へいへい、とランディムがレオの言葉に肩を竦める。
既に彼らはレオの館の在る、森の開けた場所に到着していた。
拘束を解かれたレオも、館以外のものが視界に入らぬよう、館の壁を凝視して佇んでいる。
「さて……私が先行する故、問題は無いだろうが…皆、この屋敷のデータは頭に叩き込んでいるな?」
レオの確認に、こくりと全員が頷く。
「結構。では、行くとしよう」
それに答えるようにレオも頷き、おもむろに扉を開ける。
ぎぃぃ、と、年季の入った扉が奏でる音がする。ゆっくりと扉が開け、屋敷が暴かれる。
そこは、広大なエントランスだった。
「広いな……」
「うむ、自慢の屋敷だ。もう使わないがな」
へぇ、と感嘆するランディムに答えながら、彼は床に手を当てる。
「何をしているんですか?」
「うむ。とりあえず、個々に起動する罠は置いておいて……戦闘時に侵入者を拘束する結界を解除する」
「へぇ。そいつの効果はどんなものなんだい?」
「ああ、そういえば結界内の者が被る内容については詳しく触れていなかったか。すまんすまん、どうにも詰めの甘い性格でな。簡単に言えば……五感全てを麻痺させる。内臓破裂くらいは、副作用で起こるやも知れんな」
「……そんなものまで…備え付けていたの?」
さらりと述べる罠の内容に、サモンがレオを見て眉を顰める。
「ふふ、そうだな。異常だろう。だが、サモン。覚えておくと良い」
そう言って彼女の方へ振り向いたレオの瞳。
その危うい輝きは、はじめて魔術師の性質を皆に連想させるものだった。
「外道を行く魔術師の工房など、非常識で固められた幻の一。関わらないのが最良の道なのだよ……“Annulation”」
何気なく呟いた台詞の末尾が、劇的な変化の一言であったらしい。
表層的なものではないにせよ――――確実に、周囲の雰囲気が変わった。
「「……!」」
ぴくりと、その場の全員がそれを感じ取る。それを見てレオが嬉しそうに笑った。
「素晴らしい。この微妙な変化に気付く辺り、君達に依頼を頼んだのは正解だったな」
「そんな世辞よりも、まずはこれからの計画だ。貴方の求める物、どう回収するか」
レオに続いて館に入りながら、オセロットが問うた。
そう―――彼から聞いたところによると、ご丁寧にも彼はデータを数箇所に分けて保管しているらしいのだ。
オセロットの懸念を引き継いで、常識人に部類されているサモンがこぼす。
「それで、全部宝箱に入れてるって言うんだから……気合が入っているよね」
「はっはっは、褒め言葉として受け取っておこう。だがサモン、その呆れた視線は泣きたくなるので止めて下さい」
「そう思われるのが嫌なら、ちゃんと一箇所に保管しておけば良いのに…」
「う……」
容赦の無い問いかけに、ず、とレオが後ずさる。
彼を擁護するようにレオの肩を叩いたのは、サモンの父親たるオーマである。
「分かるぜ、その気持ち――――さしずめイケメン下僕主夫の浪漫と見たがどうだ!?」
「おお!いけめんげぼくしゅふ、の下りがいまいち良く分からんがそうだな!浪漫だ!」
「あらあら、それは素敵ですねぇ」
オーマの台詞を受けて意気込むレオに、幸せそうにオルフェが微笑む。
………サモン、ランディム、オセロットの視線が彼に突き刺さったのは一瞬後。
「うう……とても痛い視線だ。シルフェ、私の心を癒してくれ……」
「あらあら、大変ですねぇ」
己の館で膝を抱え始めるレオの肩を、優しくシルフェが叩いて励ます。
「その、とりあえず頑張って下さいましね?」
「シルフェ、もう律儀にレオに反応しなくても良いぞー?」
「そうですか?傷なら簡単に直せますのに……」
ぱたぱたとランディムが手を振りつつ、シルフェに声をかける。
つまり、あまり構ってやるとそいつは調子に乗るぞ―――という、野良猫への対処法のような意味が込められていたのだが。
「ふん、いいさいいさ、君達はそうやって私を苛めるのが好きなんだな」
軽く鼻を鳴らしてレオが立ち上がる。
だが―――台詞とは裏腹に、その瞳はにわかに緊張を帯びていた。
「何もないとは思うが。一応、警戒しておいてくれたまえ」
短く、警句を発する。
「来たようだ」
何事かと思う間もないままに―――目の前の長く広い階段の上から、声が振ってきた。
「ナニモノダ」
「………ゴーレムか!」
その姿を見て、オセロットが臍を噛む。
そう。目上に居るのはまさしくゴーレムと呼ばれるそれ。魔法の御業で動く、屈強な自動人形である。
ざっと見ただけで数十は下らない。
気配を察すれば、自分達の周囲にもかなりの数が潜んでいるらしかった。
「イマイチドトウ。キサマラハナニモノカ」
「……クレア。私だ、レオ・グランツだ」
厳かで機械的な声に、レオが答える。
「彼らは私の友人だ。どうか、下がっておくれ」
優しく、諭すように彼は自分の作ったモノへ命令を下す。
(これは……上手くいきそうですか?)
(…逃げてきた時のことを考えると、暴走してる場合も考える必要があるね)
後ろで、ひそひそとシルフェとサモンが言葉を交わしている。
オーマにランディム、オセロットを含めて全員がいつでも動けるよう構えていた。
「さあ、クレア。ゴーレムの長である君が引き下がれば問題は―――」
「ソノコエハ、レオ様デスネ」
「ああ、そうだ」
「ソウデスカ。シカシ、アナタノイウコトハキケマセン」
「………何?」
会話が、暗雲立ち込めるそれへと変化していく……
眉を顰めて、レオはその意志を問うた。
「どういうことかな?」
「アナタハ、『いや、明日以降にこの館に来る奴は全部敵だろうからさー。一週間後に私が君達を引き取りに来るまで、侵入者は全部やっつけてオーケイだよ?うん、その期間中に僕が来てもやっつけちゃうくらいの気合で頼むね!』トイッテイマシタ。ワタシタチハ、ソノコトバニシタガッテイマス」
「そ、そんなこと言ったっけ?」
「エエ。サクヤノキュウナキドウノトキニハボウソウシテアナタサマヲオソッテシマイマシタガ」
「しまいましたが?」
「――――コンカイハ、アナタノメイレイヲハタスタメニジブンノイシデタタカイマス」
「そ、そうなんだ……」
そうかそうか、と笑いながら彼はオーマたちの方を振り向く。
ははは、と朗らかに笑いながら、彼は同時に涙を流すという荒業をこなしてみせた。
「ふ―――私の命令を律儀に守るなんて、素晴らしいゴーレムだと思わないかね?」
「な、なんて命令しやがったんだアンタは――!?」
最悪の展開に、ランディムが彼の襟首を掴んでがくがくと揺さぶる。
「早くどうにかしろ!あのゴーレム達、正直かなり強いぞ!?」
「ふふふ、お褒めに預かり恐悦至極」
「褒めてねぇよ!?」
「いやいや、落ち着きたまえ」
がくがくと揺さぶられ続けるレオは、どうにかランディムの脅威から脱出する。
そしてこほん、と咳払いをした後。
「案ずることは無い―――私の未熟は、私が清算しよう」
呟いて、目を細めた。
顔と、纏う雰囲気が一瞬で変貌する。
「どんなに壊しても、このゴーレムたちは私が再生できる……どれ、クレア?」
にぃ、と。魔術師が笑った。
「体も鈍っていた。運動相手には申し分ないだろう」
「!」
コートから短い杖を出し、それを構えて彼は疾駆する!
静観していた、数十のゴーレム達が己の主を叩きのめそうと行動するが……遅い。
「Soyez cassé. Le rêve est lointain, est notre absolument」
“何かしらの意味を持つのであろう単語”が、彼の口から紡がれる。
その言葉は、実世界を犯すに足りる代物であり――――――
「!?」
一瞬でゴーレム達が、魔性の光に拘束され、爆発する!
爆裂する敵の中を颯爽と駆けて異物を撃破していくその様は、まさしく一級の魔術師であった。
「アアアアアアア!!」
「すまんねクレア、そして可愛い私の魔法生物!悪いが此処で―――」
レオがローブをはためかせながら、次なる呪文を放つ。
「終わりだ―――――Quant à l'extrémité dans mon côté!!!」
更に、光が彼らを襲う。
更に、動ける魔法生物の数が減る。
なんという戦闘能力か。依頼を受けた強者の助力は要らず、この戦闘は終結する……
―――と、思われたのだが。
ぴたりと、レオがその動きを止める。
「レオ……?」
訝しげにサモンが呟くが、しかしレオは軽快な疾走を開始しない。
彼はぎぎぃ、と彼女の方を振り向いて。
「も、もり……」
「?」
「森が……見えるんだ」
ふにゃりと、その場に崩れ落ちた。
「なっ……どうしたレオ!?」
慌ててオセロットが駆け寄り、彼を回収する。見ればレオは遠い目をしていた。
「ふ、ふふ……すまない。油断をしたっ……!?」
ぐはっ、とレオが吐血する。
「あらあら、大変ですね。今、治療致します」
「すまんな、シルフェ……いつも苦労をかける」
「それは言わない約束ですよ」
「くっ、ちゃんと会話に付き合ってくれるとは……なんと素晴らしい献身の心か!」
慌ててシルフェが、回復の術をレオに施し始める。
―――何故、彼がいきなり無力化されたのか。誰もが五秒ほど不可解に思い。
レオの大魔術が破壊して、「森の情景が見えるようになった」天井を見て誰もが納得した。
「血!?どうしたレオ、下僕主夫としての心意気が足りなくなったか!?」
「ふ、ふふ……オーマ、私はそのような心意気を持っていたのだろうか……未熟だったな」
「そんなことは無ぇ!今からでも間に合うさ!」
「そ、そうか……今からでも間に合うか……」
「ああ!」
………オーマが、なにやらそんな会話をレオを交わしているようだったが、無視する。
なんにせよ、頼りになる魔術師が一気に無力化されてしまったのだ。
「ち……一旦退くぞ!」
ランディムが戦況を把握し、鋭く叫ぶ。
「レオ、状態は!?」
「ふ……問題ない。シルフェのお陰で戦うことは出来るよ」
「そいつは重畳!森を一目見ただけなのにふらふらしているのはこの際無視だ!では、散るぞ!」
そう、叫ぶ。
「悪くないな。このまま包囲されて押し切られるより、機動で掻き回した方が良い場合もあろう!」
短く頷いて、オセロットが彼に同意する。
広い広いエントランス。じりじりと、一旦は崩れつつあった包囲網が縮まりつつあった。
「シルフェはレオと共に!君がフォローしながら立ち回れば、弱体化したレオもそれなりに使える!」
「そうですか?では、承りました」
「ああ!ついでだ、余力のある場合はデータを手に入れてから合流しよう―――では」
皆が、一様に頷いた。
顔に浮かぶのは微かな笑み。誰もがこの状況に絶望は覚えていなかった。
「適当に一暴れしてから、また会おう!」
誰かが挙げた、盛大な一言。
それを契機に六人は思い思いの方向へ走り出し―――各々の戦闘を始めた。
【3】
「Foret!Foret!Foret!」
―――静かであった館に、必死の叫びがこだまする。
声も枯れよと叫んでいるのはこの館の主、レオ・グランツである。
「――――Foret!」
とどめ、とばかりにもう一度叫ぶ。
彼の発した呪文は正しくその効果を成し、後続のゴーレムを光が串刺しにしていた。
「あらあら、凄いですねぇ」
それを見てぱちぱちと拍手をするのはシルフェである。
森を視界に収めただけですっかり弱ってしまった彼のフォロー役である。
「つ、疲れた……頼むシルフェ、回復を…」
「あら?前よりも回復を頼む期間が短くなっていますけれど?」
「意地悪で言っていない辺り、君はある意味で性質が悪いな!?」
このような問答を繰り返しながら、目下のところ戦い続けている次第である。
たったった、と軽快に足を運びながら、更に彼女達は移動する。
「レオさんの研究データ、次で三つ目ですわね」
「くうう、何故私はあんなに細分化させて保管してしまったのだろう!」
そう。二人は敵の目を盗みながら、データを回収して回っていた。
いくつか箱の空いているものもあったので、他のメンバーも順調に館を立ち回っているらしい。
「次はあの部屋だ!」
「はい〜」
レオが右に見えた扉を示し、二人で部屋の中へと転がり込む。
「う……」
「あらあら」
そして、レオが目に見えて嫌そうな顔をして黙りこくった。
―――調べものに使っていた、その部屋。
端的に言ってしまえば、そこは書類やら何やらが散乱する、探し物には最悪の森だった。
「こ、この中に宝箱が隠されている」
「では、それを見つけましょうね」
さあ、大変です、と意気込みながらシルフェが探索を始める。
「私は……っと、来たか」
それと同時に、扉から「敵」が侵入してくる―――
「Foret!」
敵を穿つ、汎用性の高い魔法がそれらを迎え撃つ。
だが。
「………ええい、数が多すぎる!」
そう。
主人へのサーヴィスなのか、嫌がらせなのか。敵はどんどん湧いてきた。
「シルフェ!まだ見つからないのか!?」
「ええと、少々お待ち下さいまし……」
ごそごそと彼女が探索する音を聞きながら、彼は必死に防衛する。
「ああ、ありました……あら?ハズレですか……」
「ああああああ、落ち込まなくて良いから!早く次を探そう!」
「そうですね、先を見据えて行動しなければなりません!」
再び奮起して、ごそごそと探索が再開される。
(な、なんというマイペースな娘なのだ……)
自身も天然気味であるレオだったが、彼女の常時保たれるテンションには舌を巻いた。
なにしろ、この、一つの部屋に追い込まれている状況でも変わらないのだ―――
「あ、これかしら?ええと、“優しい魔術師の家庭料理・初級編”」
「それ違う!速やかに燃やすなり捨てるなりして次へ!」
「ええと、それじゃ………“優しい魔術師の家庭料理・中級編”」
「それも違う!というかシルフェ、上級編を見つけても明らかに違うから無視しろ!」
「あら、そうなのですか?せっかく見つけましたのに……」
「既に発見済みか!?っと、Foret!Foret!」
微妙に息の合った問答が、広く深い部屋に響き渡る。
片やのんびりと探索、片や魔法を連続使用しながら死闘中、であったが。
「あの、レオ様?“優しい魔術師の家庭料理・青春編”なるものを……」
「それも違う―――!!!」
たまらず絶叫しながら、彼は記憶を鮮明にして大体の位置を彼女に教える。
「つまり、この辺ですか……あ!ありました、レオ様」
「む、それだ!まさしくそれ!早く戻ってきてくれ!」
彼女の声にぐるりと振り向き、目的のものであると確認。
現在進行形で死闘を演じながら、やっと撤退できると彼は安堵して―――
「あらあら」
ぽろり、とシルフェが箱を落として、再びガラクタの山の中に埋もれてしまうのを見た。
「し、シルフェ!?」
「すいません、レオ様。もう一度探しますね?」
「早くしてくれ―――――!?」
なんというか、もう、色々と限界だ。
森を見てしまった時と同等か、それ以上のインパクトに襲われながら。
レオはシルフェの探索が一秒でも速く終わってくれと祈りつつ、呪文を唱え続けた。
【4】
「伝説の財宝を手に、よくぞこうして集まった!私も感動で前が見えません!」
「………」
皆が皆、上手く立ち回った結果、館のゴーレムはほぼ全滅させることができた。
故に、あれから数時間後。一度は散った皆がエントランスに集まっている。
「随分と数があったが…レオ、これで全部か?」
銃弾の費用も経費で落としてもらうぞ、と愚痴りながらオセロット。
彼女の手には幾つもの紙の束が握られていた。他の者も同様である。
それらを受け取って暫し書類と睨めっこするレオ。彼はややあってから顔を起こし、
「素晴らしい!全て揃ったぞ!」
嬉しそうに、そう告げた。
「さあ、そうなればこの館に用は無い!なんだか来る途中で部屋の天井が崩落していたり、食堂がゴーレムの山で入れなくなっていたり、私たちに似た人形が鎮座していたり、作った覚えの無い銀の竜っぽいゴーレムが私のゴーレムとラインダンスを踊っていたりと奇天烈な現象が起きているこの屋敷からさっさと退散しよう!」
「あらあら、それは不思議ですね」
「うむ、なんというか私も逃げ出したい気持ちで一杯だ!」
「………」
「どうした皆、何を遠い目であさっての方向を見ているのかな?」
「いや……まあいいや、とりあえず退散しよう」
何か思い当たる節があったらしいランディムが、かくかくと頷く。
「よし、それでは―――」
たいさんだぁ、と叫ぼうとした矢先。
レオの後ろに、とてつもなく巨大なゴーレムが一体、降ってきた。
「なっ……」
レオ以外の誰もが絶句する。当然だ、こんな罠は聞いていない―――
「む…おお。これは」
くるりと振り向いてその姿を認めたレオが、ぽん、と手を叩く。
「忘れていた。私が暇なので作ってみた、でっかいゴーレムじゃないか」
「そんな重要なことを忘れるなああああ!?」
「はははは、慌てるなディム君。なに、このような木偶なぞ私の魔術で……」
慌てる面々を宥めつつ、レオがゴーレムへ向き直り呪文を唱える。
発動させんと、そのゴーレムの顔を見据えて上を向き、
「はふん」
先刻と全く同じく、壊れた建物の隙間から覗く森を直視して崩れ落ちた。
「駄目だ!なんつーか、こいつ駄目人間だぞ!?」
「あらあら、治療しないと」
「ふふ、すまんなシルフェ………」
「おおー、しっかりしやがれレオ!さっき渡した下僕同盟勧誘パンフを思い出せ!」
「ふふ、オーマ……そうだな、この館から生きて帰れたら是非とも参加しようぐふっ!」
「レオ―――!?」
……数時間前と全く同じ雰囲気の問答が繰り返される。最早誰も突っ込まない。
「…とりあえず、アレを無力化しないと」
「同感だ。サモン嬢、援護を頼む」
「了解」
ゴーレムは自分達の掛け合いを待ってくれない。
そのことを知っているオセロットとサモンがいちはやく敵を無力化せんと動く。
「銀次郎、行って……!」
彼女の懇願を聞き、銀の竜が姿を現し巨大ゴーレムを牽制する。
俊敏なそれを捉えようと、ゴーレムが狙いを定めようとするところに―――
「……シュートバレル」
十の魔法の弾丸が、ランディムの構えるキューから怒涛の勢いで打ち出される!
たたらを踏んだゴーレムが、体勢を立て直せない。
悪あがきに振るった神速の拳は―――運の悪いことに、近くで倒れていたレオを粉砕する!
「ぐ!」
巨大な質量が相手では、一流の魔術師も手が出せない。
『キザに薔薇を加えた』レオ・グランツは、跡形も無く破壊される。
「まあ、俺の設置した人形なんだけどなぁっ!」
その、レオの死体の傍らを、「本物の」レオを抱えてオーマが駆ける!
「グ……」
「遅い」
己の失態に気付くのは、遅くは無いが相手が悪すぎた。
「持っていけ。どうせ弾代は、あとでお前の主人に請求する」
ばん!と大地を蹴って彼の者と同じ目線にまで跳躍するのはキング・オセロット。
「―――すまんな。どうにも私たちは、ゴーレムとの戦闘に慣れてしまったらしい」
シニカルに微笑んで、彼女は近距離から必殺の小銃を全弾急所に叩き込んだ!
「ガアアアアアアアア!!!」
命無き人形が、悲鳴を上げる。
銀の竜に始まり、度重なる猛攻に磨耗した魔法の魔人は、ついにゆっくりと大地に倒れた。
「は、早いな……」
実にその戦闘、十分もかかっていまい。
まがりなりにも速度・威力・防御に相当の性能が割り振られていたゴーレムが子供扱いである。
「くっ……めでたいが、これはこれで悲しい!」
「あらあら、レオ様?男の方が泣いてはいけませんよ?」
がっくりと項垂れるレオを、シルフェが必死に慰める。
放っておいてくれ、と彼はいじけ始めるが―――そう、彼もそろそろ学習するべきだったのだ。
「レオ…もう、長居は無用だよ」
「ふむ、サモン嬢は良いことを言った。時は金である、と謡ったのは誰だったかな」
ずい、とオセロットとサモンが、彼を取り囲む。
勿論、その後ろではロープを構えたランディムと、二十五メートルはありそうな無駄に長い目隠しを持つオーマ。
「う…」
ぴき、と彼の顔が凍る。
そう。この館の用を済ませたら、またあの地獄の時間が待っていた―――
「待て!は、話し合おう!そこらに転がっているゴーレムを修理すれば、君達の手を借りる必要はない!」
「……修理にどれくらいかかる?」
「ええと…………い、一週間くらいかな?」
仕方ないよね?とレオが、皆の顔を見上げる。
成程なぁ、などと頷きながら、シルフェも、オーマも、ランディムも、オセロットも。
あまつさえ、感情を余り表に出さないサモンさえも、にっこりと微笑んで異口同音に判決を下した。
「「「残念ながら却下させて頂きます、レオ・グラント様」」」
「い、嫌だああああああああ!?」
ロープと、目隠しが彼を襲う。
―――――その日。
森から聞こえた一際長い絶叫が、町の人々の耳にまで届いたとか、届かなかったとか。
兎にも角にも。
レオ・グランツの荒々しい引越しは、有能な五人の協力者のお陰で成功を見たのであった。
<END>
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【1953/オーマ・シュヴァルツ/男性/39歳(999歳) /医者兼ヴァンサー(ガンナー)腹黒副業有り】
【2079/サモン・シュヴァルツ/女性/13歳(39歳) /ヴァンサーソサエティ所属ヴァンサー】
【2994/シルフェ/女性/17歳/水操師】
【2767/ランディム=ロウファ/男性/20歳/異界職(法術士)】
【2872/キング=オセロット/女性/23歳/コマンドー】
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■ ライター通信 ■
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シルフェ様、こんにちは。ライターの緋翊です。
この度はノベルへのご参加、どうもありがとうございました!
シルフェさんは天然気味の回復役ということで、やはり会話やボケ担当をメインに書かせて頂きました。ここまでほんわかしていたら怒られるかなー、と悩みながら書き続けました(苦笑)
前回ご参加頂いた依頼と同じく、戦闘パートで参加しない分、他の分で色々とその天然加減を見せ付けていますね。
本人は自覚していないのに、その天然の嵐が吹き荒れる!いやぁ、やはり素敵なキャラクタですね。格好良いです(笑)
さてさて、出来の方はご満足頂けたでしょうか。
少しでも楽しんで読んで頂ければ、これほど嬉しいことはありません。
何か不満点などありましたら、遠慮なくお申し付け下さい。
それでは、また縁があってお会いできることを祈りつつ……
改めて、ご参加ありがとうございました。
緋翊
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