<聖獣界ソーン・白山羊亭冒険記>


預けられた水晶玉


 アルマ通りはソーンの中でも活気に満ち溢れ人通りの多い通りだが、深夜となれば人通りは疎らで静かな雰囲気に包まれていた。
 そんな中、ある建物の一角で話し込む黒い影が一つ。いや、二つ。闇に溶け込んだかのように、よく見ないと見つけることが出来ない。
「これを」
 声からすると女性なのか、高い声が響く。そして闇の中で光る玉と紙を渡す。
「おぉ、これは懐かしや。何時ぞやの玉ではありませんか! いやー懐かしや」
 もう一人は男みたいだが、その口調には芝居じみたような印象を受ける。
「たまにはね。これを明日の朝、アルマ通りの白山羊亭に届けて欲しいの。この手紙を添えて」
「おそろしや、こんな物を人間に与えるとは、何をお考えで?」
 女は当然のように言った。
「暇だからね」
「クックッ。畏まりました」
 男は頭を下げると、アルマ通りのほうへ飛んでいった。

 早朝白山羊亭にて、ウエイトレスのルディアは机の上にある玉と手紙を発見した。
 まずは手紙の内容を読んでみると、玉には触れず、ルディアは悲鳴をあげた。

 手紙にはこう記されている。
『この玉を貴方に預けます。この玉は触る者に呪いを与える玉です。
 呪いは目に見えるものから見えないものまで、触れると呪いが与えられます。
 その呪いは再び玉を触るまで解けないでしょう。

 私が戻るまで触ってもいいですが、傷つけたり、壊したりしてはいけません。
 私が戻るまでこの玉に何かあったら(この後の文字は掠れて読めない)』


「ワル筋くせぇなぁ。それともアレか、ルディアへのプレゼントか?」
「こりゃ何だか、からかわれているみてーで気にいらねーなぁ」
「まあまあ、落ち着いて考えようよ」
 ルディアの悲鳴を聞きつけて集まった、オーマ・シュヴァルツ、シグルマ、ランディム=ロウファの三人は、さっそく玉を観察したり、手紙を読んだり、ルディアを落ち着かせたりと、各自行動しつつ考えたが、誰が先に行動するかは目で話し合っていた。
 話し合いの最中もオーマとシグルマは、この玉を見れば見るほど何処かで感じた雰囲気を、この玉から感じていた。ランディムも得体の知れない雰囲気を感じ取っていた。
 それはあの、布で顔を覆った女を連想させた。

 落ち着いたルディアはこの事態に店を閉めようと看板を『CLOSE』にし、幸いにも客は一人の少女だけだったので、説得しルディアは少女を台所へ連れて行って、料理を教えていた。
 台所からは楽しそうな声と良い匂いが漂ってくる。

 一方、三人の静かな戦いは、玉を観察していたオーマがこの空気に耐えかね何処からか取り出した筆を手に、玉へその先を付けた。
「なにぃ!」
 玉に触れた箇所から徐々に筆が石に変わっていくではないか。その様子を二人も見ていたが、オーマは驚き、玉から離すと石化はピタリと止まった。
 手紙を読んでいたシグルマは筆を奪い、再び玉へ付けると、筆は元に戻った。
「なるほど、この呪いってのは石化のことか」
「アニキ顔が描けねぇ……」
 ガッカリと肩を落とすオーマを尻目にランディムは事を整理するように、
「何とも厄介な置き土産を置いてくれたもんだ。要するに、持ち主が戻ってくるまでは何もするなって事なんだろ? だったらさ、こいつの正体や仕掛けが何なのか分かるまでは、御触りは保留って事にしないか? 筆のように石にはなりたくないし」
「たしかに。だがよ、ここに置きっぱなしだとルディアが困るってんだ。誰もいねぇ場所か、とにかくココに置いておくのはマズイと思うぜ」
「じゃあ、どうやって持っていくかだ」
「その前に、この玉について調べた方がいいと思うよ。俺に考えがある。まぁ、見といてよ」
 ランディムは意識を集中させると玉に手を翳した。すると鍵を手にし、まるで扉を開けるように玉に差し込み、回すと、すぐさま手を放し、再び玉に手を翳した。

 ランディムの体はまるで床に叩きつけられたような衝撃で倒れこみ、シグルマが受け止めると咳き込んだ。
「!?」
 オーマとシグルマはこの数秒の間、じっとランディムの様子を見ていたが、一瞬黒い影が玉から浮かんだと思った途端、倒れたので驚いたのだが、そんな事を言っていられない。
 二人はランディムの右半身を見て、さっきの筆の事を思い出した。
「すぐに薬を用意するからな、それまで待ってろ」
 オーマは水を貰いにルディア達のいる台所へ走っていった。その手には何かが入った袋と筆が握られている。

 ランディムは右半身、顔は頬のところまでだが石化してしまったのだ。
 鍵は玉の隣で同じく石となっている。

 ランディムを抱えるシグルマは異様な重さに足を踏ん張り、安静にさせようと、その四本の腕を器用に使い、机と椅子を退かせ、テーブルマットを下にひき、寝かせた。

 オーマはまだ戻ってこない。
 運悪く、石化に効く薬を切らしていたため一から調合していたのであった。
 焦りが募り、手が震える。
 ピシピシピシ……。
 こうしている間にもランディムの体は石に変わっていった。もう右耳までもが石である。
 台所のほうを見たが、まだオーマが戻ってくる兆しはない。代わりにルディアと少女の動揺した声が響く。
 石化は目や口にも迫ってきている。口までもが石になってしまえば薬を飲むことなどできない。
 シグルマは玉を睨むと、呆れ、覚悟を決めた。

 玉を鷲づかみにすると、ランディムの右半身に押し付け、そのまま玉を飲み込んだ。
 ゴックン。飲み込んだ音が辺りに響く。
「・・・ぅ…うーん」
 徐々にランディムの石化は解け、シグルマはほっとしたが、次の瞬間激しい目眩と吐き気に襲われた。
「こんなもん酒で清め、りゃ大丈夫だ」
 この騒動が起こるまで飲んでいた大ジョッキに手をかけると、残りを一気に飲み干し、二杯目に口をつけようとしたが、腕に力が入らない……。

 やっとの思いで薬を完成させ、水と一緒に持ってきたオーマは、一瞬事が収まったのかと錯覚した。
「な、なぁ、おい。もう大丈夫なのか?」
 床に敷かれたテーブルマットの上で右腕を回すランディムは笑顔で答えた。
「心配かけたな。俺はこの通りなんだが、シグルマに話しかけても何も答えてくれねぇんだ」
「え、おい、シグルマ? どうした?」
 大ジョッキを片手に椅子に座り込んだまま、俯き動かないシグルマ。オーマが覗き込んでも、瞬きさえしない。
「ランディムだったな。どうやって元に戻ったのか知らねぇか?」
「いんや、あのときはそんな余裕なかったし、気づいたら元に戻ってて。シグルマはあの調子で話しかけても返事しないからな」
「そうか。うーむ」
 オーマはシグルマの肩を揺すってみたが反応がない。
「おうおう、なんだぁ〜? もしかして酔っ払って寝てんじゃ」
「…大丈夫です、あ、大丈夫だ」
「??」
 一瞬シグルマに黒い影が浮かんだと思ったが、急に顔を向けると答えた。
「駄目もとで玉をコイツに押し付けたら治ったのだから驚いた。おい、大丈夫か?」
「あ、ああ。ちょっと腕が動きにくいが、石よりマシだ。ありがとよ」
 オーマはじっくりシグルマを見たが、どうしても納得いかない点があった。
「なあ、シグルマ。お前は体大丈夫なのか?」
 オーマはシグルマに問いかけた。
「なぁ、ここに置いてあった玉はどこだ?」
「知らない。転がってどっかにいったんじゃねぇか?」
「いんやぁ、玉の気配は消えてねぇ。近くにある。アレからはすげぇ雰囲気が漂ってくるからな」
 その言葉にランディムも頷いた。
「オーマの言うとおり、ほんと傍にあるくらい強烈だよ。また石になりそうだ」
「それなっラ、っ! のが…、んなことねぇ、気のせいだろ」
 二人は顔を見合わせた。
 一体、シグルマに何があったのだろうか。
「なぁ、本当に大丈夫なのか?」
「おまっ。あ、ああ。俺が怪我すると思うか?」
 額から汗が噴出し、米神から汗が流れる。
「さぁ、お前らも座って酒でも飲もうぜ。ルディアー、酒だー」
 オーマとランディムは構え、叫んだ。
「ルディア、来るな! こいつはシグルマじゃない!」
 武器を手に、ランディムは後ろ、オーマは前へ出た。
「どうしたんだよ? って……もう返しても気づかれてしまったのですね〜。やはり、なりきるのは難しいことです」
 シグルマはゆっくり立ち上がると、背中に黒い影が抱きつくようにして憑いていた。 赤い目を光らせ、体よりさらに黒い口の中は吸い込まれそうになる。
「この方は本当に、クックッ。抵抗なされて、やりにくいったらありゃしない」
「シグルマから離れろ」
 オーマはシグルマに憑いた黒い影に向かったが、影は笑った。
「アハハハハ。ソレでワタクシを止めようと? ご冗談はおやめくださいな」
「オーマ…他にないのか?」
「しょうがねぇだろ、相手はシグルマだ、怪我をさすことはできん。これで大丈夫」
 オーマはお玉杓子を持っている。
「下僕主夫の必需品だからな。常に持ってるぜ☆」
「そうかそうか…しかし、玉で見た黒い影の正体か。なるほど」
 赤い目を細め、此方を見た。ますます見るだけで不快になってくる。
「さて、こう見詰め合っているだけじゃ、つまらないので、さっさと行動に移りましょう、ネ?」
 シグルマは斧を構え、オーマへ向かった。
 カキンッ。金属と金属がぶつかり、ギリギリと音を立てて防御するオーマ。
 シグルマの目は虚ろだが、歯を噛み締め、何かを言いたそうに口を動かしたが息しかでなかった。
「オーマ、左!」
 剣が振り上げられ、服を少し切られたが交わすことが出来た。
「ありがとよ♪」
「まだまだ!」
 左右に斧と剣が休みなしで襲い掛かる。
 しかし一度振るたびにシグルマの表情が歪んでいった。
「オーマ、頑張れ! シグルマはまだ完全にとりつかれていないはずだ。なんとか解決策を見つけてくれー!」
 後ろで見守るランディム。全てをお玉杓子で返すオーマ。
 シグルマは地を蹴ると素早くオーマの横へ行った。その勢いに乗り遅れた黒い影は一瞬シグルマから離れた。
「やれ、オーマ」
 お玉杓子は確実に黒い影を捉え、一撃をくらわせる。必死に交わそうと剣を手に取ったがもう遅かった。
すると、攻撃を受けた箇所から虹色の光が飛び出し、三人の目を眩ませた。

 勢いよく扉が開いた音がして、誰かが入ってくる音が響く。
「ちょっと! ミーダ、なにやってんの!」
「あらららららら、申し訳御座いません…」
 黒い影の声と女性の声が聞こえるが、三人は目が眩んで見えない。
「もう、あれほど玉にいたずらするなって言ったでしょ。だから貴方を傍に置いて、ここに預けたのに。さっさと行くわよ。早くしなさい」
 黒い影はシグルマに近づくと、腹に手をあて、玉を取り出し、女性に渡した。
「うわっ。何これ兄貴じゃない」
 オーマはあの混乱の中で玉に兄貴顔を描いていたのだ。
「ふふ、オーマらしいわ。さぁ、報酬も置いたし。さっさと行くわよー」
「畏まりました」
「オーマ、シグルマ、それに銀髪のお兄さん、重度の呪いにならなくて、よかったわね」
 二人が去ると光は消え、ゆっくりと目を開くと、途中まで玉が置いてあった机の上に大きく膨らんだ袋があった。
 中にはたんまり硬貨が入ってある。
「おっ、これで酒を飲もうぜ」
「今日は疲れたぜ」
「ルディア、酒だー」
「もう、皆さん。まだお昼なのにー」

 アルマ通りにある白山羊亭の扉には「OPEN」の札がかけられた。今日は少し遅れたが、即に三人のお客様が酒盛りを開いている。
 この賑やかな雰囲気は午前にあった出来事をまるでなかったかのようにさせ、後から来た者も酒盛りに参加し、酒盛りは大いに賑わった。
 しかし会計の場でたんまりある硬貨でも足りなかったという事は、出世払いでいくらでも払う事にしよう。
 ただし危険物のお守りは勘弁だ。

 三人は密かに気づいていた。
まだこの町から玉の気配が消えていないことを。



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【0812/シグルマ/男性/29歳/戦士】
【1953/オーマ・シュヴァルツ/男性/39歳/医者兼ヴァンサー(ガンナー)腹黒副業有り】
【2767/ランディム=ロウファ/男性/20歳/異界職(法術士)】

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■         ライター通信          ■
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 こんにちは、田村鈴楼です。発注ありがとう御座いました!
 三名様の個性を出せたか不安ですが、喜んでいただけたら幸いです。
 数行ですが個別の内容がございますので、探してみてください。

 ありがとう御座いました。