<聖獣界ソーン・黒山羊亭冒険記>


+ にぃさまを助けて +



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「エスメラルダ、キョウにぃさまを助けてぇー!!」


 その時、黒山羊亭に飛び込んできたのはベルファ通りには到底似つかわしくない少女。年の頃は十歳程度だろうか。頭の上の方に二つくくりにした黒髪がふらふらと揺れている。
 彼女はエスメラルダのスカートをぎゅっと握り締め、涙を零しそうになりながら見上げる。


「あら、どうしたの? こんな時間にこんなところに来るなんて……」
「お願い、キョウにぃさまを助けて! 助けてぇええ!」
「ほら、落ち着いて。そして最初から話して御覧なさい」
「ん、んっ」


 落ちそうになっていた涙を服の袖で拭く。
 場にいた冒険者達は一気にその少女に視線を寄せた。そもそも此処は歓楽街。こんな女の子がいる方が珍しいのだ。エスメラルダは気を使ってジュースを出してやる。そうして彼女はやっと落ち着いたのか、ぽつぽつと現状を話し始めた。


「あの、ね。昨日の朝からキョウにぃさま、薬草を取りに行ったのっ……。でも晩までに戻るって言ってたのに戻ってこなかったの、ねっ。だからあたし、あたし……自分でキョウにぃさまの居場所を『視て』みたの。そ、そしたらにぃさま……っく……ち……血だらけで森の中に、倒れ……てて……ッ、うわぁああああんんん!!」
「それでこの場所に貴方一人で来たのね……。つまり依頼と言う事でいいのかしら?」
「ん、んん。お願い、にぃさま、助けてよぉ!」


 少女は縋るように声を荒げる。
 すると、冒険者の一人が声を掛けた。


「でもよ、嬢ちゃん。依頼をするにしたって報酬がなけりゃ誰も動いてなんかくんないぜ? その点はちゃんと分かっているんだろうな?」
「それは大丈夫っ! えーっと……あった、これこれ!」
「? それはなんだい?」
「あたしが作った『小さくなるなる薬』っ! これを飲めばあら不思議、一定時間小さくなれるの! ちなみに薬自体に興味がなきゃ売れば良いわ。希少なものだから結構高値になるわよ」


 小瓶に入った薬を掲げて少女は言う。
 高値、という言葉に反応して冒険者達の空気が一瞬変わる。


「というわけで、誰かキョウにぃさまを助けてッ!!」



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 ざっくざっくざっく。
 草木を分けて進むのは筋肉マッチョ親父であるオーマ・シュヴァルツと頭から布を被った妖しげ姿の女、ルヌーン・キグリルの二人。彼らは今、森の中で辺りを見渡し、誰かが通った跡を探している。だが、薙ぎ倒されたような草木は見つからず、いまだ手がかりはない。


「はぁー、見つからねぇなー」
「そうね……このままだと本当にお兄様が危ないわ」
「だが、あの嬢ちゃんのらっぶらぶだーりん★と来りゃぁ、報酬腹黒無用☆一筋も二筋も脱ぎ脱ぎマッチョしてやらねぇとな」
「本当、買い物帰りにかなり慌てて走っていく女の子が通ったから、何事かしらと思って黒山羊亭を覗いてみたらこんな大変なことになってるんですもの。本当にびっくりしたわ」


 夜の森は危ない。
 冒険をする者ならば誰もが分かっている事。だが、彼らは少女の為に……そして何より少女が慕っている『にぃさま』の為に彼女の依頼を受けた。暗くて重い雰囲気の森は空気すら冷たく感じさせる。ひゅっと息を飲むだけで肺の中が冷えてしまいそうだ。


「……オーマさん。ちょっと待って」
「ん?」
「少しだけ、時間を頂戴」


 彼女はそう言うとそっと膝を折り、しゃがみ込む。
 そして指先を伸ばし、軽く地面を……草木を撫でた。ゆっくりゆっくり、それこそ赤子でもあやすかのようなその動きに場が静まる気配。


 彼女は『それら』に道を尋ねる。
 彼女は『それら』の声を聞いている。
 そして『それら』は彼女に答えている。


 やがて彼女は立ち上がり、今まで撫でていた指先をある方向へと出した。まっすぐ向けられた其れに倣い、オーマは視線を変える。


「あっちね」
「ん? 今ので分かったのか?」
「ふふふ。分かったわよ」
「はー、それはすごいな。さぁって早くらっぶらっぶだぁーりんを見つけてやらなきゃなっと!」


 オーマは勢い良く駆け出す。
 ルヌーンもまたその後ろを追いかけた。二人で向かう先は『それら』……草木が教えてくれた場所。依頼人の少女が想いを寄せる男性の倒れている居場所だ。
 血生臭い香りが段々と近付いてくる。
 ザッザッザッ!
 草木を分ける足音が嫌に耳についた。


 やがて二人は緑の中に埋めこまれた赤の色彩を見つける。
 そして同時に二人はひゅぅっと息を飲んだ。


 予想はしていたはずだった。
 依頼内容が内容だ。その状態であると言う事は最初から分かっていたこと。
 だが、思ったよりも悲惨である状況に言葉が出ないでいた。


 血はその量の多さに血溜まりを作り、倒れた男性の足は普段とは逆の方向に曲がっている。破けた服から垣間見える肌はどう見ても肉がごっそり持っていかれてしまっていた。角度的に相手の全体像は見えないが、恐らく彼が今回の依頼対象の男性だろう。
 二人は慌てて駆け寄る。
 オーマがそっと身体を起こしてやれば、呻き声が上がった。


「っ、ぅ……」
「おい、しっかりしろ! あんた名前が言えるか?!」
「言えなければこちらの質問に合図を送ってくれるだけで良いわ。貴方のお名前は『キョウ』さんかしら?」


 ……こ、くん。
 それは力が入らなくて首が落ちたようにも見える頷き。だが、二人にはちゃんと伝わるものだった。


「すみま……せ……もんす、たー……があらわれ、まし……て」
「あんたはもう喋るなっ! 良く聞け、俺達はあんたを助けにきたんだ! 良いか? あんたをた、す、け、に、来たんだ。俺の言ってること、分かるな?!」


 一音一音区切るように相手に吹き込んでやる。
 相手は分かったと伝えるために弱々しく手を持ち上げた。その手をルヌーンが握ってやるとこれまた弱い力ではあったが、握り返してきた。
 状況が状況なだけに応急処置が必要だと即判断したオーマは自分が持ってきた医療用ディスポ手袋着用し、清潔なガーゼを傷口当てて手で圧迫する。押さえた瞬間に苦しげな声があがり、その声を聞いたルヌーンが不安そうに表情を歪める。
 だがぐっと唇を噛み締めると、辺りを勢い良く探し出した。


 やがて目的のものを見つけ出すと二人のもとに戻ってくる。
 彼女の手の中にあるものを見てオーマはひゅぅーっと口笛を吹いた。其れは止血に一番良いといわれている薬草。彼女は其れを手の中で揉み、軽く磨り潰した。


「さあ、これを傷口に当てればすぐに止血できるわ。あと木の棒を持ってきたから足の方も手当てしましょう。曲がった足を戻すから痛いと思うけれど……我慢してちょうだい」
「ぅ、ぁあああっ!!」
「我慢しな。俺たちが今すぐあんたのらぶりーはにーんとこに連れて帰ってやるからよっ!」


 てきぱきと二人によって応急処置を施されていくキョウ。
 大まかな処置が終わったところでオーマは彼の額に手を当てる。熱があるのを感じ取り、早急に戻ってきちんとした手当てが必要だと判断した。出来るだけ痛みのないように丁寧に背負い、立ち上がる。ルヌーンもまた自身の出来る範囲で背負うのを手助けをした。


「さぁーってさっさと戻るぞっ。このままじゃ血の匂いを嗅ぎつけてモンスターが出てこないとも限らな……――――」
「……本当、こういうパターンって言ってる傍から出てくるものなのよね……」



 立ち上がった瞬間にはもう遅く、自分達は獣に取り囲まれていることを知った。息の荒い音が辺りを埋め尽くす気配。恐らく森に住むモンスターなのだろう。状況から言って簡単には逃がしてくれそうにはない。相手の姿は見えない……だが、相手側からは自分達三人の様子は丸見えだろう。


「あんた、あいつらに攻撃する気はあるか?」
「……いいえ。貴方は?」
「俺はあいにく、『森は森に在りしの世界、それを人の手で殺め殺すべき非ず』つーのが信条なんでな。故に戦うで無く逃げるか退けるつもり」
「分かったわ。じゃあ出来るだけ戦闘は避けましょう。私も生き物を殺めたくはないの」
「合点承知!! っというわけでー!」


 オーマはキョウを背負ったまま片腕を持ち上げる。
 その手には具現銃器が握られ、引っ掛けた指先を勢い良く引く。その瞬間、バンバンバンッ!! っと大きな音が鳴り響いた。見れば木には火炎弾。それから連続で雷撃弾空が撃ち込まれモンスター達を威嚇する。
 怯んだその隙にオーマは駆け出して森の中を突っ走った。後ろを出来るだけ気にしながらルヌーンもまた足を動かす。引っ掛かる草木を邪魔だと思いながらも、先に進むことの方に意識を寄せた。


 やがて開かれた道が見え、二人は速度を落とす。
 ひゅーひゅーと掠れた呼吸を何度も繰り返してはいるが、止まる事はしない。先を進むために歩いた。


「追いかけてこないわね……」
「ああ、あんたは気がつかなかったかもしれないが、とてもお役立ちの影武者を置いてきた」
「? 影武者?」
「じゃっじゃーん! これぞ、秘密の親父レアアイテム、『自然に還りマッスルンルンえころじいギラリマッチョアニキ影武者人形』だ! ちなみに置いてきたのはこれの片割れな」
「………………」
「何だ? 俺様のことを誉めたければ思う存分褒めちぎってくれ!!」


―― むしろ何処にそんなものを持っていたのかしら?


 ルヌーンの心の中ではそんな言葉が流れたが、活躍してくれたことには間違いないのでにっこりと微笑んでおくだけに留める。人一人を背負いながらもそんな風に動ける彼を羨ましく思いつつ、目の前にあるむきむきマッチョな人形は本当にオーマそっくりだと思った。



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「じゃあ、ルヌーンさん。これがあたしからの報酬ね」
「ありがとう。大事にさせてもらうわ」
「オーマ叔父様にも、はい」
「いやいや、報酬は結構! だが、どうしてもというのならば交換として……」


 依頼人である少女は約束どおり『小さくなるなる薬』を二人に手渡す。だが、オーマは断った。それでも報酬は報酬だと言ってぐいぐい押し付けると、彼は懐から何やらごそごそ取り出し、それを少女に押し付けた。


「これは?」
「俺様出版、『下僕主夫ラブダーリン育成ゲッチュ指南書』だ! これであのらぶダーリンを立派な下僕主夫に育ててくれたまえ!!」
「……あ、ありが、とう?」
「さあ、あんたにもこれを……」
「あいにく、私にはそういう人はいないので遠慮しておくわ。それに今回は希少な薬草も手に入れられたから……」


 ルヌーンはうふふっと薬草を手にしつつ笑って断る。
 それから少女になにやら小瓶を渡した。


「此れは何?」
「私が作ったお薬よ。これを食事一回につき三滴くらい混ぜて食べさせて。早く状態が良くなると思うから」
「あ、ありがとう!」


 ぱああっと明るくなった笑顔を見て、オーマとルヌーンもまた笑顔を浮かべる。


 お疲れ様。有難う。
 最後に三人でそう言いあって黒山羊亭を後にした。



……Fin



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【1953/オーマ・シュヴァルツ/男性/39歳(実年齢999歳)/医者兼ヴァンサー(腹黒副業有り)】
【2656/ルヌーン・キグリル/女性/21歳(実年齢21歳)/元魔術師。現在は解毒屋】

【NPC / ケイ / 女 / ?? / 案内人】
【NPC / キョウ / 男 / ?? / 案内人】
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■         ライター通信          ■
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 こんにちは、蒼木裕です。 いつもお世話になっておりますっ。
 今回はルヌーン様の可愛らしいプレイングにほんわかさせて頂きました。
 NPCであるにぃさまを助けていただきまして本当に有難う御座いました!