<聖獣界ソーン・白山羊亭冒険記>


護衛屋闘争中につき


 激しい音と共に、白山羊亭の扉が壊された。
 店員や客が驚いてそちらの方を見ると、外れた扉の上に二十歳ほどだろうか、長身の青年が倒れている。
「――ッのヤロウ!」
 今にも湯気が出そうなほど顔を真っ赤にして飛び起きた。その表情を見たところ、怒り半分、恥ずかしさ半分といったところか。
 ちょうどそこに屈強そうな男が二人、青年に駆け寄ってくる。
「大丈夫ですか、若!」
「ちなみに『野郎』ではなく『尼』と言うべきです」
「うるせぇ! そんな細かいこと、いちいち考えて言ってられっか!」
 若と呼ばれた青年はそのまま立ち去ろうとしたが、それをルディアが見逃さなかった。
「えぇと……若さん?」
「それは名前じゃなくて呼称だ! 俺の名はジェイってんだ」
 そこまで叫び返し、やっと店員や客たちの白い視線に気がつき、うろたえた。
「な……何だよ? 言いたいことがあるならさっさと言え!」
「すみませんが、扉の修理代を払ってくださいね。この季節に扉なしじゃ、店内が寒くてどうしようもありません」
「……あー、あぁ、そうだな……」
 なんとも歯切れの悪い返事が返ってくる。そのままルディアが笑顔で見つめているとジェイは観念したようで、なんとも情けなさそうな表情で答える。
「実は……素寒貧なんだ。俺がいる護衛屋に競争相手がいてさ、そこにほとんど客をとられちまってよう。しかもこの頃、『次は吸収合併だ』ってやつらがしつこく迫ってくるんだ。その相手をしてると仕事どころじゃなくて……気がつけば一文無しに……」
 そこで喋る気力がなくなったジェイの後を、彼の部下と思しき男が続ける。
「話し合いで解決しないなら力で征服しようという考えに至ったらしく、ここのところ相手の護衛屋に手酷くやられてましてねぇ。ほら、護衛屋も実力がなければ仕事が来ないでしょう? おかげで余計に商売上がったりですよ」
「俺たちだって決して実力がないわけではないんです。ですが、今はちょうど親分と主な戦力が、大きな商隊の護衛として出払ってまして……。彼らが帰ってくれば、あんなやつら返り討ちにする自信はあるんですよ!」
 熱く語り終えた男三人を前に、ルディアはちょっと首をかしげた。
「つまり、しばらくは修理代が払えないということですか?」
「……要約すると、そうなりますねぇ」
 しばしの沈黙。ルディアはカウンターを振り返り、店長の意向を聞こうとした。だがその声は、元気な声に遮られる。
「今日中、もしくは明日には払ってやるよ!」
「若! そんな無責任な……。ま、まさか、体で払うとかそういうオチじゃあ」
 破砕音が響く。――長身を生かしたジェイの打撃で殴り飛ばされた一人の男が、すぐ後ろにあった椅子を勢いで壊した音だ。
「こんの野郎! 俺を何だと思ってるんだ!?」
「じゃあ、どうするって言うんです」
「……つまりだ。俺たちがやつらに勝てりゃあ、何の問題もないわけだ。そのあとちゃちゃっと適当な仕事を済ませれば返せる額だもんな。ということで」
 青年は賑わう白山羊亭の客たちを鋭い目つきで見回した。
「俺たちに加勢してくれるやつを探す。もちろん、後日礼金は払うぜ!」
 メラメラと闘志を燃やすジェイの服を、ちょいちょいと引っ張るルディア。
「ジェイさん、水をさすようで悪いんですが」
「何だよ」
「今の壊した椅子代もお願いしますね〜!」
「……」
 どこまでもマイペースなルディアだった。

 + + +

「参ったな……」
 それらの出来事を、蒼柳・凪は呆然と見ていた。
 初めて訪れた店でこのような騒動に遭遇するとは、この店と自分は合っていないのかと本気で考えてしまう。
 今日は冒険仲間の知り合いと一緒ではなかったので店から早々に立ち去ろうと、残っていた食事を急いで口の中に放り込む。銃を携帯しているところに目をつけられ依頼されては大変と焦ったのだ。
 凪はまだ知り合いなしで依頼に挑戦したことがなかったので、今の状態で依頼なんかされても大いに困った。
 だが……食事を終え、律儀に「ご馳走様でした」と言っているうちにジェイに目をつけられてしまったらしい。
 立ち上がった凪に声をかけてきた。
「おっと。お前、冒険者だろ?」
「いや舞術師ですのでさよなら」
 そのままジェイの横をすり抜けて白山羊亭を出ようとした凪だったが、そこで再び、今度は違う者に声をかけられた。
「お前は立派な冒険者だと思うぜ? 本業が舞術師だろうとな。その辺りは俺が保証する!」
 白山羊亭の一角からその巨体を起こしたのは、逞しい大胸筋が眩しいオーマ・シュヴァルツだった。オーマがジェイの肩をばしばしと叩きながら言う。
「素寒貧ぼろぼろ爆走青春期のジェイ! お前に下僕主夫魂の素質をギラリマッスル見抜いたぜ! 大胸筋の一筋二筋も脱ぎ脱ぎマッチョ協力決定だ!」
「あ……あぁ?」
 ジェイが困惑した表情で思わずルディアを振り返る。
「オーマさんは腕利きの冒険者ですよ〜。今まで彼に助けてもらった人は何十人もいるんです」
「へぇ……そうなのか。じゃあお言葉に甘えて協力してもらうかな。で、少年は協力してくれるのか?」
「……オーマさんも一緒なら……」
 オーマが一緒であれば何かと心強いと彼は思ったようだが、彼に必要なのは協力者ではなく自信だということを、彼自身は知らない。
 オーマと凪はジェイに導かれ、詳しい話をするべく席に着く。
 シュッという軽い音が聞こえた。
 オーマと凪は、隣の席でゆっくりと煙草を燻らせる、金髪の麗人を見た。
「商売ごとにはさして興味はないが、彼に稼いでもらわなければ私はこの木枯らしの中で煙草を吹かさねばならない、と。それは少々困る。風が吹き込むと火がつけにくい」
 金髪の麗人キング=オセロットは、きりりとしたその口元を少しほころばせると、顔見知りであるオーマと凪に目を向けた。
 ジェイはポカンとしてキングに見とれている。
「扉が直るのをただ待っているのは性に合わない。手伝うとしよう」
「協力してくれるのか! それはありがてぇ!」
 まさに文字通り飛び上がって喜ぶジェイ。何とも現金な男である。
 キングが隣の席を三人が座っている席に近づけると、早速オーマが質問をする。
「あんだけ騒いでたんだから、キングも凪も概要は分かってるよな? 俺が聞きたいのは、相手は女かってことだ」
「最初にそれを聞くか……?」
 いささか疲れたように肩を落とすジェイ。
「いいじゃねぇか、気になったんだよ! それなら相手は、お前と夫婦になりたくて合併を迫ってきたんじゃねぇかと――」
「まさか、そんなハズあるか! むしろあってたまるかってんだ! 何が悲しくてあんなガサツ女と! ……今日だって武器持って散々追い立てられて、しまいにはゴミ捨て場に押し込められたんだぜ! 親父たちがいればこんなことには……。……やっぱり、結婚するんだったら大人っぽい女性がいい」
 言って、ちらりとキングを見る。
 キングは物腰が柔らかく落ち着いていて、しかも見目も麗しい。よほどの変わり者でなければ、キングに好意を抱くだろう。
 だが、コマンドーである彼女に下心を持って近づいたら身の安全は全く保証できない。
「ジェイさんの好みはいいですから、早く話を進めてください」
 凪がすっぱりと切り捨てると、ジェイは少々傷ついたようだ。
「う……。まぁ、あれだ。これからガサツ女……ロティーナにぎゃふんと言わせてやろうと思う。ボスであるヤツが合併をあきらめれば、少しは状況が好転するだろ」
 相手の護衛屋のボスは、ロティーナという女。三人はしっかりとそれを記憶した。
「でもここで重要なのが手数の差だ。普段ならウチには五十人ぐらい待機してるんだけどよ、先に言ったようにほとんどが商隊の護衛でいねぇんだよ。残ってるのはせいぜい十人ぐらいだ。それに対して相手は百人弱」
「そりゃまた、すげぇ差だな」
 そこまで差があるといっそすがすがしいほどだ。
「その人数差で私たち三人を雇ったところで、大して状況が好転しないと思うが」
「そうだよな。ま、不可能じゃないだろうが」
「……否定はしない」
 手慣れの二人がそのように話しているとき、凪は難しい顔で考え込んでいた。
 ――俺の舞術を使えば不可能ではないかもしれない。
 まだ依頼の経験が十分とはいえないがゆえにそれを言うべきか迷っているようだ。
 その様子を見ていたキングが、ゆっくりと煙を吐く。
「凪。何かよい案があるのであれば、早いうちに提案しておくべきだ」
「お、何だ。何かあるのか?」
「……」
 それでもまだ凪は迷っていた。
 相手の力量が予想以上だったら、そして戦闘の直前に自分の状態がよくなかったら、まともに踊ることができないだろう。
 そんな危険な賭けに他人を巻き込みたくなかった。
 凪は微妙な表情で、違う案を出した。
「あまりにも酷い目にあわせるのはどうかと思います。だから……前もって宣伝した後、皆の目の集まる広い場所で相手をぎゃふんと言わせればいいんじゃないかと」
「宣伝、か……」
 今度はキングが考える顔になる。
「こちらが場所を指定して呼び出したりしたら、相手も警戒して素直に会おうとしないだろう。ならば、社運をかけた一大依頼を受けたと噂を流してはどうだろうか?」
「そりゃいい! ヤツら慌てて駆けつけてくるぞ」
 ジェイが嬉しそうに叫んだが、凪は心配そうに首をかしげる。
「でも……その噂をロティーナさんたちが信じるかは分かりませんよ」
 いくらジェイたちの護衛屋を吸収合併しようと躍起になっているとはいえ、彼らも馬鹿ではあるまい。その情報が出た場所と証拠がなければ簡単には動くまい。
「では、私が依頼したことにすればいい。そうだな……異国の軍人とでもしておこう。どこぞの貴族がお忍びでエルザードの観光に訪れたから、その護衛を頼むとでもしたらどうだろうか」
「うんうん。じゃあ貴族役も必要だろうな。俺や部下は護衛役をやらなきゃなんねぇから別として……」
 ジェイはオーマを窺ったが、渋い顔で頭を振る。
「……こんなにでっかくてマッチョの貴族はいねぇよな」
「な ん か 言 っ た か ?」
 ぼそりと一人つぶやいた言葉は、しっかりとオーマに聞かれていたらしい。オーマは怖いほどにっこりと笑うと、ジェイに顔を近づける。
「ギラリマッチョ下僕主夫最高! 俺がお前を、親父さんにも負けないようなマッチョに鍛えてやろうか?」
「いえスンマセン結構です筋肉最高ですオーマさん」
「んん。分かればいいんだよ、分かれば」
「……で、でも実際問題オーマさんじゃあ護衛なんて必要なさそうだから、やるとしたら凪、あんただな」
「俺!?」
 突然の指名に、凪は顔を引きつらせる。『オーマさんじゃあ護衛なんて必要なさそうだ』ってそれじゃあ自分は弱そうに見えるのかと腹立たしくも思ったが、確かに大柄でも筋骨たくましくもないので、このメンバーでは仕方がない役回りなのだろう。
 それに、本物の貴族でもあるので適役と言えるのだろうが……。
「……俺、貴族は好きじゃありません」
「すでに請けた仕事の中で好きだ嫌いだといっても始まらない。凪は舞術に通じているせいか動作が柔らかく、この面子の中では一番の適役だろう」
「そうそう。それに貴族らしく威張れとか言ってんじゃねぇんだから、そんくらい目をつぶれって」
「俺たちのために頑張ってくれ! これも依頼のうちだぜ!」
 最後にジェイが、心なしか意地の悪そうな表情で言う。
 どうやら、凪に選択の余地はないようだ。

 + + +

 その日、エルザード中に『ジェイ率いる護衛屋が、社運をかけて異国の貴族護衛を請け負ったらしい』という噂が流れた。
 噂が速やかに広がったのには、エルザードの人々が危険な地域へ行くときは冒険者に直接依頼するか護衛屋を利用するという背景がある。
 どこの護衛屋が優秀なのかというのは死活問題でもあるのだ。
「で、噂の真偽は?」
 町の裏路地で、数人の男に囲まれた少女が問う。すらりと伸びた手足に皮製の防具をつけ、腰には細身の剣を下げている。
「ジェイの店に行ってみましたが、金髪の軍人らしき女性と品のある黒髪の少年が、これからのことについてジェイと話し合っていました」
「ふぅん。信憑性はわりと高そうだね?」
「はい。断片的に聞こえた話によると、これから天使の広場方面を観光するようです。……どうしますかロティーナ」
 男に囲まれた少女――ロティーナはにやりと笑う。
「もちろん、先回りして待ち伏せするよ。各々準備を怠るな!」
「はいっ!」

 + + +

 異国の軍人の変装をしているキングとオーマは、貴族の格好をした凪の後ろに控えている。衣装はジェイたちがどこからか調達してきた北国の軍服のようなものだ。
 とは言っても、キングは普段から軍服のようなものを着ているので大して変わりはしなかった。強いて言うのであれば……襟が高く胸元をきっちり閉めるタイプのものなので、どうも窮屈な感じがする。
 今は変装している三人と護衛屋の数人が、ゆっくりと歩きながら天使の広場へ向かっている。
 つまり、ロティーナたちと相対するのももうすぐということだ。
「本当に悪意があるか分からない女性と戦うってのも、気が進まねぇけどな……」
「それでもジェイに協力してやりたいんだろう?」
 オーマは独り言のつもりだったのだろうが、思わず口を挟んでしまった。オーマは少々驚いたようだが、気を悪くしたようでもなく答える。
「あぁ。素寒貧のあいつには下僕主夫の素質が見えるからな。協力して立派な主夫になってもらいてぇと思ったわけよ」
「ふむ。そして、ロティーナとの仲を応援したいと?」
「さぁ? そりゃあ実際に二人の関係を見てみなきゃ分からねぇなぁ」
 とぼけたように言うが、なんにしろ、オーマは第一に人助けのために依頼を受けているのだろうと思った。
 ――では、私はどうなのだろう? タバコの火がつけにくい、それだけのためだろうか?
「……来た!」
 小声だが緊張した様子の凪の声で、はっと我に返る。
 前方にある噴水の周りに、ジェイたちと似た空気を持つ五十人ほどの男女が待ち構えていた。
 その集団の先頭には長身の少女が立っている。
「来たね、ジェイ。今日こそ合併の話、受け入れてもらうよ!」
「そう簡単にはいかねぇよ、ロティーナ! 今日は協力者がいるんだぜ!」
「はっ、言ってな!」
 五倍以上の人数差があるにも関わらず、ジェイがロティーナに対して啖呵をきった。
 信頼してくれて嬉しい限りだが、あまり敵を煽らないで欲しいものだ……大怪我をさせないようにするのも簡単ではないのにと、キングは眉間を押さえている。
 ロティーナたちの護衛屋もなかなかの手慣れが多いようだが、飛び道具を装備している者はそう多くなさそうだ。こちらではオーマ、キング、凪の三人は確実に銃器を所有している。その点では有利といえるだろう。
 だが、いったん囲まれてしまったら銃器もあまり役に立たない。
「手際よく片付ける……これがポイントだな!」
 最初に飛び出したジェイに続いて護衛屋の面々、そしてオーマとキングも後ろの方から素早く的確な射撃を繰り返す。そして凪は……銃を両手に構えたまま、動きを止めている。
 敵に囲まれていない状態とはいえ、戦闘中にはふさわしくない行動だ。
「どうした?」
 少し後ろに下がったキングが凪に訊ねる。
 凪の顔は、何かを決意したように引き締まっている。
「この状況、いいとは言えませんよね」
「ただ、最悪ではない」
 一つ頷く凪。
「……分かりました。準備に時間が掛かりますが決まれば一発で済むような舞術を使うので、それまで俺を守ってくれますか」
 白山羊亭で言いよどんだ計画なのだろうと直感的に理解した。あのときの凪は、自分が戦闘の最中に冷静さを保ちながら舞術を使う自信がなかったのだろう。そして、そのような賭けじみた作戦に人を巻き込めなかった。
 ――優しい少年だ。
 ひっきりなしに銃を撃ちながら、キングは無意識のうちに微笑んでいた。
「もちろんだ。私もオーマも、最善を尽くそう」
 具現化させた巨大な銃を軽々と扱いながら、オーマがウインクを送ってくる。
 凪はそれに答えるように再び頷くと、銃を素早くしまい、一対の扇を構えた。手首の動きで扇を開き、始めは緩やかに、やがて服の長い裾を風に躍らせるように激しく舞い始める。
 ――さて、これからが本番だ。
 キングとオーマ、そしていつの間にかジェイも、凪を囲むようにして戦い始めた。
 ロティーナたちも凪を守ろうとするジェイたちの動きに気がついたのだろう。いっせいに凪めがけて襲い掛かってきた。
 襲い掛かってくる者たちの多くは甲冑を着けていたが、その隙間を狙うようにして射撃を繰り返す。撃たれた者はたまらずひっくり返ってしまう。
 その様子を見ていたジェイが、心配そうに訊ねてくる。
「キングさんよ。そんなにバンバン撃って、人が死にやしねぇか?」
「BB弾……のようなものを使っているから死にはしない。多少怪我をするだけだろう」
「びーびーだん?」
 そうは言ってもその衝撃は激しい。
 しかもその衝撃が何箇所にも立て続けに襲ってくるのだから、手慣れとはいってもただではすまないだろう。
 様子を見るに、オーマも同じようなものを使っているらしい。……あの身の丈を越えるほど大きな銃から小さな弾が発射される様子は滑稽に見えなくもないが、それは言わぬが吉というものだろう。
 だが、その銃弾をかいくぐって接近戦を挑んでくる者もいた。
「はぁッ!」
 そういう者には、キングの短剣とオーマの蹴りが送られる。
 そして、間近に迫ったロティーナにはジェイが対応した。上段から振り下ろされた長剣の軌道を籠手で外し、軸足に足払いをかけた。ロティーナは勢いを殺しきれずにつんのめった。
「……俺の後ろに避けてっ!」
 凪はよく通る声で叫ぶなり、両手に持った扇を下から上へと強く振り上げる。
「お前たちも舞い踊れ! 卑霊召陣!」
 すると、凪の正面にいたロティーナの部下たちが動きを止めた。止めたばかりでなく、苦痛に歪む表情で武器を取り落とす者までいた。
「お、やったか」
 ロティーナは凪の背後でジェイと戦っていたので術にかからなかったようだが、彼女の部下の大半に術が効いたようである。その様子を見たオーマは、具現化してあった銃を消した。
「すごいじゃねぇか凪! こんな技があるんなら先に言ってくれればよかったのによ」
「それにしてもすごい効き目だ。手馴れの護衛屋の動きを止めてしまうとは……」
 オーマもキングもそれぞれ凪を褒め称えた。
 そして、動きが止まった今のうちに全員捕らえてしまおうと、縄を持って近づく。
 ……しかしその時。動きを止めていたロティーナの部下たちが、苦しそうな表情のまま動き始めた。
「っおい! ずいぶんとすぐに解ける術だな!?」
 ジェイが叫んで再び構えるが、ロティーナの部下たちの動きはおかしかった。
 落とした武器を拾うことはなく、手を服にかけたのだ。
 それからというもの……天使の広場では、酔っ払いが繰り広げるかのような乱痴気騒ぎが盛大に始まった。

 + + +

 凪曰く、『卑霊召陣』という舞術は『舞い終わった瞬間から1時間ほど、特定の対象全員に、意志に関係なく服を脱いだり、奇天烈な動きの下品な踊りを躍らせる術』とのことだった。
 天使の広場にはいつの間にか、戦闘を始める前よりも野次馬が増えていた。
 その野次馬に囲まれているのはもちろん、やんややんやと踊りまくるロティーナの部下たちだ。一時間はこのままとのことなので、捕らえるのはやめにして、このまま見世物として恥をかいてもらうことにしたのだ。
「今まで散々俺たちに恥をかかせてくれた礼だ! ……あんたたちには別に礼を言うぜ、オーマ、キング、そして凪。これでまた、ウチにも依頼が来るようになる……といいんだけどな」
 嬉しそうに言うジェイの横には、一人術にかからなかったロティーナが意外と大人しく座っている。
 ――これはやっぱり、俺の予想通りか……?
「いいってことよ。いいめっけもんをしたしな」
「ふぅん? ……ま、何のことかはわかんねぇが、それならなおさら良かった。礼金は近々白山羊亭で受け渡しをするから、待っててくれよな!」
 オーマ、キング、凪の三人は、騒ぎの収まらない天使の広場から遠ざかっていく。
 異国の軍人と貴族の格好をした三人は特に何を話すでもなく歩いていたが、その胸中には様々な考えが渦巻いているのだろう。
 仕事に対する自信であったり、満足感であったり、はたまた今日の夕食のことであったり。
 喧騒がだいぶ遠くなってからオーマは宣言した。
「俺はこれから、護衛屋の第三勢力として活動を開始するぜ」
「は……? な、何を言ってるんですか、オーマさん!」
 折角解けた糸を再びもつれさせるのかと慌てる凪とは反対に、キングは新しいタバコを出しながら深く頷いた。
 ……仕事中はさすがにタバコを吸わなかったので、我慢ができなくなったらしい。
「あの二人に相互協力という力を芽生えさせる、か」
「さすが鋭いな。……そうだ。強力な悪の第三護衛屋が出現したら、さすがにあの二人も協力せざるを得ないだろ。このままギスギスしたままじゃあ、こっちも気分悪ぃんだよな」
「で、でも、あの二つの護衛屋に抵抗できるほどの戦力をどうやって揃えるんですか?」
 凪の質問ももっともだ。
 だが、オーマにはそれは強力な助っ人が多数存在したのだ。
「俺には熱い視線ナンパ癖な人面草&霊魂軍団という強大な力がある!」
 拳を握って力説するオーマの背後には、いつの間にか人面草と霊魂が大挙して押し寄せていた。
 彼らが運んできた親父愛刺繍入り桃色長ランにアイマスクを装備すると、あっという間に怪しい成人男性が出来上がった。
「その名も超腹黒ゴッド親父愛仮面! どうだ、格好いいだろう?」
「……あなたの中で格好いいのならそれで万事問題ないとは思うが、間違えて通報されたらそこで計画は水泡に帰すと思うが」
「俺だったら通報するかも……」
「そんなに褒めてくれるな! 肝心なのは俺がオーマ・シュヴァルツだとジェイとロティーナに分からないことだ。依頼した人間が自分たちの邪魔をしてきたと知ったら、いぶかしんで素直に共闘なんかしねぇだろ? さて、これからジェイたちに関する悪評を流す! むろん、その出所が超腹黒ゴッド親父愛仮面だと分かるようにな」
 人面相が差し出した紙とインクを受け取ると、弱々しそうなジェイが鬼のような顔をしたロティーナにこてんぱんにやられている絵を描き、その横に『脆弱な護衛屋と凶悪な護衛屋に頼むか、それとも正義の超腹黒ゴッド親父愛仮面に頼むか!?』という文章と、格好良くポーズを決めている超腹黒ゴッド親父愛仮面の絵を入れる。
 それを人面草と霊魂が総出で模写し、あっという間に何百枚というチラシが出来上がった。
 早速それをばら撒いてこようとしたオーマの前に、頬を紅潮させた凪が立ちはだかった。
「何だ、帰らねぇのか?」
「俺も手伝います。オーマさんだけが憎まれ役をやる安必要はありません!」
「いや、でも俺が言い出したことだし……」
 早くもタバコを一本吸い終えたキングも加勢する。
「あなただけに任せたのでは少々気分が悪い。私も手伝わせてもらおう」
「じゃあ、予備用に持ってた親父愛刺繍入り桃色長ランとアイマスクを――」
 満面の笑みで怪しげな装備品を差し出してきたオーマを置いて、キングと凪は近くにあった古着屋に入っていく。
 二人が出てきたときには軍人と貴族は消えており、帽子を目深に被ったカウガールと、黒いフード付きのマントに身を包んだ魔術師がいた。
「私たちの身元が割れなければいいのだろう?」
 特徴的な豊かな金髪を帽子にしまいながら、キング。
「簡単な舞術であれば、魔術を使っているフリをして踊れますよ」
 扇を持った状態でも上手く袖に隠れるように調節しながら、凪。
 これでは何かのコスプレ集団だったが、本人たちは気にしている様子はない。
 つまり……そこまでして、人を助けたいという気持ちが強いのだろう。
「さて、ちょっくら行ってくるかね」
 チラシをそれぞれ手に持ち、彼らは行動を開始した。
 誰も感謝の言葉をかけてくれない人助けを。
「つまるところ、俺もオーマさんもキングさんも、根っからのお節介なんだよな」
 大集団の最後尾で凪が一人呟く。
 ……その言葉をオーマやキングが聞いていたら、「それが優しさの元だ」とでも言っただろうか。

 + + +

 やっとロティーナの部下たちがようやく踊りやみ、ぐったりと地面に倒れこんだ頃。一人無事だったロティーナは、ジェイたちに囲まれた状態でポツリと洩らした。
「あんた、幼い頃は『護衛屋のボスとなった俺を支えられるぐらいの女と結婚する!』とか言ってたのに、いつの間に趣味が変わったんだ?」
「は? 俺、そんなこと言ったか?」
「言った。私はよーっく覚えてるよ。あれは……九歳の頃、二人で猪を狩りに行って親父たちに怒られた日だった」
「……そんなこと、よく覚えてんなァ。もっと別のところに脳みそ使ったほうがいいと思うぜ?」
「うっさいよ! 私は……それを信じてがんばったってのに……馬鹿みたいだ」
 顔を真っ赤にしたロティーナの告白に、ジェイは金魚のように口をパクパクさせている。
「なん……だって?」
「武士に二言はないって言うだろ! もう言わない!」
「いや、それはまた意味が違うだろ」
「うるさい!」
 ジェイよりも年上が多い彼の部下たちは顔を見合わせると、そんなことあったなぁ、などと言っては笑みを浮かべている。
 そのとき、エルザード中でジェイとロティーナに関するとんでもない噂が流れていると連絡が入った。
 話を詳しく聞くにつれ、ジェイの表情が引き締まっていく。
「なんてヤツらだ! 節度ってもんを知らねぇのか?」
「私たちのほかには護衛屋はいらないよ。しかも、こんなに失礼なやつならなおさらだ」
 そこではたと、ジェイとロティーナが言葉を止める。そして二人でにやりと笑った。
「久し振りに意見が合ったな」
「じゃ、やるかい?」
「もちろんだ! 行くぞ野郎ども!」
 ぐったりとしていたロティーナの部下たちも、彼女の張り切った声を聞くと身を起こした。
 まだやれる。それぞれの表情がそう語っていた。

 + + +

 この日から二つの護衛屋は相互協力の関係になり、そう時間が経たないうちに一つの護衛屋になったそうだ。


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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PC
【1953/オーマ・シュヴァルツ/男性/39歳(実年齢999歳)/医者兼ヴァンサー(ガンナー)腹黒副業有り】
【2872/キング=オセロット/女性/23歳(実年齢23歳)/コマンドー】
【2303/蒼柳・凪/男性/16歳(実年齢16歳)/舞術師】


NPC
【ジェイ】
【ロティーナ】
【ルディア】


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■         ライター通信          ■
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こんにちは、糀谷みそです。
このたびは『護衛屋闘争中につき』にご参加いただき、ありがとうございました。
今回は章ごとに心理描写の中心になるキャラクターを変えてみましたが、いかがでしょうか。

オーマさん、何度も依頼に参加してくださりありがとうございます♪
他のお二人とはまた種類の違うプレイングだったので、くっつけようとしたら何だかすごいことになってしまいました(汗)。
夫婦云々のご指摘がありましたので、そっちの方向に進めてみましたがいかがでしたでしょうか。
いつも鋭いプレイングをありがとうございます♪

ご意見、ご感想がありましたら、ぜひともお寄せください。
これ以後の参考、糧にさせていただきます。
少しでもお楽しみいただけることを願って。