<聖獣界ソーン・黒山羊亭冒険記>


『迷惑な木』



○オープニング

 王国の入り口にある門に、人間の血を吸う変な木が生えた!しかも、その木は好みの男を捕らえて裸にし、自分の木の枝に飾り付けてしまうという、ある意味で恐ろしい怪物の木。
 すでに捕まった男もおり、また門に生えているので交通の邪魔である。この木の話を聞きつけ、迷惑なのでどうにかして欲しいと、黒山羊亭のエスメラルダは依頼を出したのであったが…。



「ぎょあああっ!!」
 現場に到着し、最初に耳に入ったのは、若い男の叫び声であった。
「あらまあ、また犠牲者が出てしまいましたね」
 目の前にある光景を目にしながら、シルフェ(しるふぇ)がのんびりとした口調で言った。
「あらあら、あんな姿になってしまいました。裸で吊るされてしまうなんて、お風邪を召されては大変です」
 問題はそこではないような気がしないでもないが、とにかく、そこには大変な光景が展開されていたのだ。
 黒髪のなかなか美しい顔立ちをした男が、ちょうど木の枝に吊るされる所であった。門の前を塞ぐ様に生えているその木は、確かにグラマーな女性の姿をしており、木の癖にふくよかな胸までついている。木にそんな部分必要なさそうなものだが、その部分のせいでますますセクシーな姿となっていた。
 かなり背の高い木で、ところどころに薔薇の様な花を咲かせていた。花は薔薇に見えるが、良く見るとその色はまるで人間の血のようで、その花の色を見るだけで、その木が吸血をする木なのだと感じる。
 たった今、犠牲になった可愛そうなその男は魔法使いなのであろう。こんなことになる前は、木をどうにかしようと魔法で戦っていたのだろうか。けれども、うっかり油断して近づいてしまい、哀れな姿をさらす事になってしまっただろう。
 木の枝は男から剥ぎ取ったローブと魔法のロッドを地面に投げ捨て、髪の毛に飾る様にして男を枝に飾りつけていた。枝には、他にも数人の男が捕らえられており、そのまわり、木の枝の射程距離外には野次馬が集まっている。
 しかし、野次馬の9割方が若い女性というのは、どういう事であろうか。しかも、彼女達の視線が、吊るされた男達の下半身に集中しているのは、さらにどういう事なのか。
「すげえ姿晒してんな、おい」
 黒山羊亭で話を聞きつけ、共にやってきた虎王丸(こおうまる)は、捕らえられた男達を見つめ、どことなく楽しそうにしている。
「ああいうのを、痴女な木と言うのかもしれませんね」
「ああ、そうかもな。人間でもたまにいるけどさ。って、俺が痴女に会ったワケじゃねえぞ!?」
 のんびりと木を眺めているシルフェに、木の枝の動きを見ながら、決して枝の射程距離内には入らないようにしている虎王丸が答えた。
「何だな、こいつぁまさに、むっふんあっはんで、おピンク乱舞パラダイスってやつだな!」
 同じく、黒山羊亭から派遣されてきたオーマ・シュヴァルツ(おーま・しゅう゛ぁるつ)が、シルフェと虎王丸の後ろから怪しげな笑みを称えながら姿を見せた。
「ウェルカムビバ☆エル筋ザードってな感じだよな?」
「エル筋ザード?良くわかりませんけど、迷惑をかけているのですもの、早くあの木をどうにかしないといけませんよね」
 シルフェは木を見て、首を傾げて見せた。
「そうですね、対策としては、お揃いで痴漢の木をセットで用意するのはどうでしょう」
「なあ、その木があったとして、どこから持ってくるんだよ。痴漢の木を運ぶって、ちょっとやだぞ」
 虎王丸が目を細めて答えた。
「それもそうですね。それに、そうなると木を探さないといけませんし、苗だったら育てるのに時間がかかってしまいます。でも、これだと痴漢の木に吊るされる女性が出てしまいますね」
「被害増大させてどうするんだよ!」
 虎王丸がそう叫ぶと、シルフェは虎王丸の顔を見つめて笑顔を見せた。
「もしくは、吸い切れない程の男の方を差し上げて、あの木に満足して頂くのも、手っ取り早くて良さそうです」
「満足そうな笑顔で、こっち見るなよ!それに、俺があの木のタイプかどうかなんてわかんねぇだろが」
「それは、やってみないとわかりませんわ」
 シルフェが答えたところで、木の後ろの方で悲鳴があがった。同時に黄色い悲鳴も上がった。
 旅の商人の若い男が、今まさに捕らえられたのである。門の外からうっかり入ろうとしてしまい、捕まってしまったのだろう。切れ長の美しい顔立ちをしたその商人は、手足を動かして抵抗しようとしているが、すでに体に絡んだ枝から抜け出す事は出来ない。
 布が破ける音が響き渡った。だが、枝の先から血を吸われた男の悲鳴は、だんだん怪しげな、今にも昇天してしまいそうな声に変わっていく。
 男の血を吸った木の花は、さらに真っ赤に染まっていた。
「あーあ。またやっちまったな」
 虎王丸はにやりと笑うと、吊るされている男に向かって大声で叫んだ。
「おーい、樹の女っつうのはどんなもんなんだ?そんなセクシーな木のねーちゃんに抱かれてんだ、さぞかし気分がいいだろうな!」
「何だと?!貴様も捕まってみろ、そんな生意気な口きけなくなるぞ!」
「捕まるもんかよ!誰がそんなマヌケな姿さらすかっつーの!」
 と、虎王丸は木の上の男達をからかっている。彼の言葉に、男達は怒り口調で反撃をする。
「てめえ、あとでタダじゃおかねえぞ!」
「お前も一緒に捕まれ!」
「ちょっと気持ちいいぞ!」
 最後の言葉が、シルフェには何となく本音っぽく聞こえたのはどういうことだろうか。
「ま、あとはお好きなように。俺は通りかかっただけだからな、せいぜいお幸せに〜!」
 そう叫んで虎王丸は帰ろうとしたが、木の上の男達はその彼を呼び止めたのであった。
「待てよ、おれ、もうずっとこのままなんだ!お前、助けに来たんじゃないのか?」
「へ?何だ、助けて欲しいのか?何だ、最初からそう言えよな!しょうがねえなあ、さすがの俺も、助けを無視されたらつれないしなあ」
 それでも虎王丸はまだ笑っていたが、そう言いながらも刀を抜いたところを見る限り、ようやく助ける気になったのだろう。
「さて、わたくしも何かしないといけませんね。あ、根腐れする程にお水を差し上げるのは如何ですか?水をやり過ぎると、逆に良くありませんものね。わたくし頑張りますけれど、時間がかかりますか。どうでしょう、オーマ様」
 シルフェはその時、隣でずっとこの様子を見つめていたオーマの服装が、先程と違う事に気がついた。
「まあ、オーマ様。いつの間にお着替えになったのですか?」
「ま、見てろって。吸血木だって、生きてるわけだ。燃やす事は出来ねえし、例え火をつけたところで、暴れて火事二次災害招くので危険だからな。こうなれば、向こうが降参するのを狙うまでだ」
「わたくしも同じです。脅かしで、上から油をかけて頂いて『火を点けるぞこのアマぁ』と叫ぶのも宜しいかと思いましたけど、本当に点けちゃうのはいけませんし」
「そう。吸血木にだって命があるってな。そんじゃ、そろそろ作戦実行するぜ。ミュージック、スタート!」
 オーマがそう叫ぶと、どこからともなく軽快な音楽が鳴り響いた。
 そのリズムに合わせ踊るオーマは、素肌にピンクのハートが乱舞した模様のライダースを着て、同系等のキャスケットとパンタロン穿いている。さらに、一昔前のデザインのような、ピンクのサングラスを掛け、どこかにいるようなカメラマンルックスタイルで、木の方へと近づいていく。
「すげえ格好だな」
 オーマを見つめ、虎王丸が呟いた。
「いい被写体だな。今度のグラビアアイドルにぴったりだぜ」
 そう言ってオーマは、眩しい程のピンクをしたカメラを構えて、吸血木を褒めちぎり、写真撮影を始めた。
 オーマは写真撮影をしながら、すでに枝の射程距離内に入っているが、特に枝で攻撃されていない。木にとってオーマは好みではないのだろう。
 最初はオーマを枝で追い払おうとしていたが、あまりにもオーマが熱心に写真撮影をしているので、その熱い魂が通じたのか、次第に動きをしなくなり、むしろ写真を撮られるのを楽しんでいるようにも見えた。
 そのオーマが、一瞬だけ虎王丸の方を見つめ、視線で何かを訴える。
「よし、やるなら今しかねえ!」
 オーマの合図を受け取り、虎王丸は刀を構えて、ダッシュで木に近づき、ジャンプをして男達を吊るしている枝をすばやく切り落とした。
「うぉ!?」
 その枝に吊るされた男が地面に落ち、同時にその男の体を締め付けていた枝が解ける。
 虎王丸は再び素早く走って、一度木から離れた。
「やりましたね。ええと、わたくしも何かお手伝いをしなければ」
 シルフェは木のそばから逃げ出したその男に、風邪を引かないようにとそばにあったダンボールを渡した。
「これを体に。風邪を引いたら大変ですから」
「ああ、有難う」
 そう言って、ダンボールを体に巻く男の姿は何ともみすぼらしいが、男が着ていた服は全部破かれてしまったのだから、今は仕方がないだろう。
「よし、ちょっくら休憩に入るぜ」
 男を一人救出したところを見計らい、オーマは写真を撮るのを止めて、真っ赤な液体が入ったグラスを吸血木に差し出した。吸血木は、すぐにそのグラスの中身に枝を突っ込み、中身を飲み干している。
「オーマ様、それは何でしょうか?」
 シルフェがそう尋ねた時、吸血木の花が真っ赤に染まった。
「もしかして」
「ああ、そうだ。あれは俺の病院で調合した、栄養ガッツリ親父による、病院輸血用血液だ。カロリーたっぷりなんだぜ」
 グラスを空にした吸血木を見つめ、オーマはシルフェに満足そうに笑った。
「成る程。それなら、あの木も満足するかもしれないですね」
「んじゃ、俺はとっとと他の連中も助け出すぜ!」
 虎王丸は刀を構え、じりじりと木に近づいていく。
「おっと!俺に攻撃なんかしたら、痛い目見るぜ?」
 枝が虎王丸に向かって振り下ろされようとしたので、虎王丸は自信満々な表情で白い炎を出して木を威嚇し、距離を取りながら木に向かって飛び、商人の男を掴んでいた枝を切り払った。
「ひぃ!」
 商人の男は叫びつつも枝を振り払うと、両手で前を隠しながら木から離れた。
「大した事ねえな!続けていくぜ!」
 虎王丸は、バネのような動きで他の男達を掴んでいる枝を切り落としていった。
 野次馬な女性達の声援の中、虎王丸は次々に枝を落とし、ついに木に捕まっている男性は一人だけとなった。
「これで最後だ!」
 そう声を上げて虎王丸が刀を振り上げた時、吸血木の今まで一本だけ動いていた枝が、今度は一斉に動き出し、それが全て絡みあった複雑な動きで、虎王丸に襲い掛かったのだ。
「うあっ!?」
 予測しなかったであろう枝の動きに虎王丸は驚き、片足を枝で掴まれてしまった。
「うぎゃああ!?やめろ、離せこの、変態木めっ!!」
「無駄だ!その木は人間の言葉はわからないからな!」
 捕まった虎王丸に、先程助けた男達が叫んだ。
「さて、よくもさっきはバカにしてくれたな。俺達と同じ苦しみを味わうがいい!」
 男達は、虎王丸を見つめて笑っていた。
「おい、やめろ、この!離せ!おい、助けろよお前ら!」
 虎王丸の体から、何かが破ける音が聞こえた。そして、叫び声の中、彼が体につけていた武具が次々に外され、地面へと落とされていく。
「きゃー、可愛いー!」
 数秒で生まれたままの姿にされた虎王丸を見つめ、野次馬の女性達が叫んだ。
「可愛いとか言うな!!」
 虎王丸は木に吊るされたまま叫んだが、その声は空しく響き渡るだけである。
「何かが可愛いそうですよ。オーマ様、虎王丸様が捕まってしまいました。どうしましょうか」
 シルフェは、興奮気味な女性達をどうにかしないとと思いつつ、オーマに問い掛ける。
「そうだな。よし、もう一杯飲ませるか」
「まだ飲ませるのですか?」
 オーマは写真撮影をしつつ、さらに休憩と言いながら栄養たっぷりの血液を木に与え続けた。
 オーマの用意した血液は、かなりの高カロリーなのだろう。シルフェは、血液を飲む度に、木の幹がだんだん太くなっている事に気がついた。
 そして、戦い続けて夕日が沈もうとしている頃、木は血液ですっかり太ってしまっていた。セクシーな体も台無しである。
「いい体になったな。そろそろ降参しねえか?俺の病院に来れば、いい血液沢山用意してやる。もちろん、その後のダイエットは俺が責任持ってやってやるからよ」
 にやりと笑うオーマの心を感じたのか、吸血木はとうとう、自分から枝の二人の男を手放した。
「お疲れ様でしたね、虎王丸様」
 シルフェはすっかり疲れた顔をした虎王丸に、先程と同じくダンボール箱を渡した。それをまとった虎王丸は貧乏人のように見えるが、今は贅沢言っている状況ではない。
「可愛いって、言われちまったよ」
 色々な意味で虎王丸も疲れてしまっているようであった。
 最後の男性が救出された後、女性達は満足したようにそれぞれの場所へと戻って行き、吸血木のアフターケアはオーマが行う事になった。
「それにしても、男性の皆様には危険な街になりましたね。木は何とか大人しくなりましたけど、美形剣士の方にしてもお気の毒なお話です」
 救出された男達を見つめながら、シルフェがそっと呟く。
「精神の傷も癒さないといけませんし。でもそれは、恋人の皆様のお役目ですね」
 もうこれ以上自分達がやる事はないだろう。そう思ったシルフェは、木を台車に移して持ち帰るオーマを見送り、自分も帰途へとついた。(終)



◆登場人物◇

【1070/虎王丸/男性/16/火炎剣士】
【1953/オーマ・シュヴァルツ/男性/39/医者兼ヴァンサー(ガンナー)腹黒副業有り】
【2994/シルフェ/女性性/17/水操師 】

◆ライター通信◇

 シルフェ様

 シナリオへの参加ありがとうございます。WRの朝霧青海と申します。
イロモノなシナリオは久々にやりましたが、やはり書いてて楽しかったです。シルフェさんは基本的に、おっとりと何が起きても動じないという姿で、描かせて頂きました。おっとりしているにも関わらず、結構変なセリフもあったので、シルフェさんのセリフを書きながら笑ってしまいました(笑)
 それでは、今回はどうも有り難うございました!