<聖獣界ソーン・黒山羊亭冒険記>


捕らわれた兄を

 アンディ・ノーナとフェル・ノーナは二人きりの兄弟だった。
 両親は早くに亡くなり、二人だけで生活をなんとか立たせなくてはいけなくなった。
 しかし、まだ十代半ばにも満たなかった二人にできることはなかなかなく――
 やがて兄のアンディは、裏の仕事にも手を染めるようになった。

 道行く人をターゲットにしたスリから、やがて、
 盗賊団への参加。

 弟のフェルは、兄の行動に不審を感じてはいても、自分の仕事が忙しすぎて問い詰めている暇もなかった。
 しかしある日――
 フェルは兄が、裏道で誰かとこそこそ話しているのを聞いてしまった。
 フェルは兄に問い詰めた。あれは盗みの相談だったのではないかと。
 街を騒がせている盗賊団は数あれど、そのうちのひとつにまさか参加しているのではないかと。
 アンディは――弟には、嘘をつきとおせなかった。
 フェルが十八歳になったその日。
 兄は家に帰ってくるなり、弟に宣言した。
「もう、盗みはやらない」
 フェルは抱きついて喜んだ。二人はなけなしのお金でお酒を買って、ちびちびと、それでも楽しく飲んだ。
 しかし――
 夜になって。
 アンディがふいに、長年の鍛えられた感覚でフェルに「逃げろ!」と叫び――
 フェルが固まっている間に、覆面の男たちがずかずかとぼろ屋に入り込んできて、あっという間に兄は連れ去られた。
「――! 兄さん……!」
 フェルは外へ飛び出した。覆面の男たちが兄を引きずりながら、南へ向かっているのが見えた。
 あれは――盗賊団か?
 兄を、連れ去りに?
 すぐにでも追いかけたかった。しかし自分が行ったのでは足手まといになることは、分かっていた。
「くそう……!」
 フェルは走り出した。ベルファ通り、冒険者たちの集まる酒場・黒山羊亭へ――

     **********

「つまり、その兄貴を助けてほしいってわけだな?」
 黒山羊亭常連、オーマ・シュヴァルツがフェルに確認する。
 フェルは肩で息をしながら深くうなずいた。
「こ、声を大にして言えない……けど、兄貴は……盗賊団だったし」
 せっかく、せっかく抜けた祝いの夜だったというのに……!
「ふむふむ、捕らわれのクイーンと来ればナイト様のお出まし……ってトコかな?」
 腕を組み、うんうんとうなずいたのは柚皓鈴蘭(ゆきしろ・すずらん)だった。
 長い豊かな黒髪に、赤い瞳がきらきら輝いている。
「ちょっと状況とかが違う気がするけど、大まかな意味合いでは同じようなもの……でしょ? だよね!?」
 誰に同意を求めているのか、鈴蘭は声を大にする。
「ていうか、あんたが行くんじゃそもそも立場が逆だと思う……」
 口を挟んできたのは青い髪の十五歳ほどの少年だった。
 湖泉遼介(こいずみ・りょうすけ)。普段はヴィジョン使い養成学園にいて、黒山羊亭にもたまに現れる。
「何言ってんだ遼介……!」
 横から、水色に近い青い髪の少年が、遼介にすがるような目を向けた。
「俺だったら遼介が捕まったら……ナイトになってやるぜ! んで遼介を見つけたら、そっこうでドレス着せて捕らわれのプリンセスのできあがりだ!」
 遼介は無言で怒りの拳をその少年に放つ。
 少年は――クラウディスはへらっとした笑みとともに軽くかわした。
「甘い。甘いね遼介」
「お前存在が邪魔」
「ひどいわ……っ! 我が愛しの大切なマスターのために、こうしてついてきたというのに……!」
 よよよとクラウディスはしなをつくって泣き真似をした。
 年の頃、遼介よりさらに若い。十歳を少しすぎたくらいに見える。
 だが彼は、あいにく人間ではなく自動人形――ドールと呼ばれる存在のため、実年齢と言われるとはるかかなたまで歳が飛んでいってしまうだろう。
 クラウディスは自分が認められるマスターを探し中である。今のところ遼介がその候補なのだが、どうも遼介をマスターとして大切にしているというよりは、からかっているようにしか見えないのが難点だった。
「人の話の邪魔をするんじゃない!」
 べしっ! 鈴蘭の裏拳がなぜか遼介の顔面にヒットする。
「声を大にして言えない依頼っていう時点で、何だかいわくありげっていうのは大体想像ついてたよ。盗賊団連中とくれば、抜けたヤツの口から組織の全容が明らかになるのを恐れるから必死になるわけだ――」
「急がなきゃならねえじゃねえか!」
 鈴蘭の言葉でようやく危機感が襲ってきたのか、遼介が鼻を押さえながら言った。そしてフェルにつかみかかり、
「こらっ。おにーさんの連れてかれてそーな場所に心当たりあるんですか!」
「丁寧なのか乱暴なのか分かんねーぞ、遼介」
「んなこと言ってる場合か! 心当たりは!」
「ご、ごめん……南の方向に連れていかれたとしか」
 がくがく遼介に揺さぶられながら、フェルは泣きそうな顔をした。
「おいおい落ち着け若人。とにかく、お前は救出を手伝う気なんだな?」
 オーマがどうどうと遼介をなだめようとする。遼介は即答した。
「言うまでもないっ」
「鈴蘭もか?」
「言うまでもなくー」
「おーい、他に誰か手の空いてるヤツいねえか?」
 オーマは黒山羊亭内に声をかける。
 まっさきに立ち上がったのは少し伸びた黒髪を首の後ろで束ね、金色の瞳を輝かせた女性だった。
「俺も行きますよ」
「おんや、ユーアじゃねえか――って、お前何そんなに殺気だって」
「ふふふ……最近お金がなくてろくなものを食べていないのですよ」
 ユーアの瞳は凶暴な光を帯びていた。オーマたちは、ぎょぎょっとひいた。
 盗賊団=珍しいお宝&食い物=少しくらいガメても問題なし。
 盗賊団=成敗しても苦情はこない=ストレス発散。
 結果=ストレス発散&懐+腹が満たされる。
 そんな方程式がユーアの中で成立し、
 =よしついていこう!
「そんなわけなんです」
「いやお前自己完結すんな」
「どうでもいいですよ。さあ退治に行こうじゃないですか、世の悪たる盗賊を!」
「ほ、本来の目的分かってるか?」
「俺のストレス発散ですか?」
「………………誰か他に手の空いてるヤツ……」
 オーマはすがるような目をして黒山羊亭を見渡す。
 すっくと立ち上がったのは、長い銀髪に、その青い目を今は鋭く光らせた女性だった。
「……話は、聞かせていただいた」
 アレスディア・ヴォルフリートは沈痛な声でつぶやいた。
「……最近抜けたということは、少なくとも最近までは、盗みを働いていた、ということだな」
 フェルがびくりと震えて、アレスディアをすがるような目で見る。
「……分かっている。それについて問うには、まず本人を助けねばならない」
 千獣(せんじゅ)殿はどうする? とアレスディアは同じテーブルにいた少女に声をかけた。
 長い黒髪に、赤い瞳。体中に呪符を織り込んだ包帯を巻いている、一種異様な雰囲気を持つ少女だ。
 千獣はちょこんと小首をかしげて、
「お兄さんって……兄弟、だよね……?」
「なに言ってるのー。当然だよ」
 鈴蘭がつっこんでくる。
「兄弟って……家族、の、こと、だよね……?」
「だから、当然だって」
「………」
 千獣はしばらく何かを考えてから、こくんとうなずいた。
「私も……手伝う……」
「よっしゃ」
 オーマが手を打ち鳴らした。
「そろそろいっぺん聖筋界一斉ワル筋盗賊大胸筋一網打尽ゲッチュフィーバー★でもしたほうがいいんかね?」
「おっさん意味分かんね」
 クラウディスがにこにことつっこんだ。
「ふふふ。お前もでかくなりゃ分かる」
「俺これ以上でかくなれねーんだけどなあ……って、遼介?」
 遼介はバビュンとダッシュで黒山羊亭を飛び出していった。
「ありゃ? 何だ?」
「す、すみません。俺が今、『たしか前に兄貴が、南の武器屋の近くにあるアジト――って他の仲間と話していたことがある』と言ったら即行で」
 フェルが申し訳なさそうに言う。
「面白そうな騒ぎだな、俺も手を貸そう……と、俺が言う前にもういない。遼介、行動早っ」
 クラウディスは「ま、俺ものんびり行くかあ」とほてほてと黒山羊亭を出て行った。
「こらー! 偵察は私の仕事なのだよーーー!」
 鈴蘭がダッシュで黒山羊亭を出て行く。
「待て! 俺の取り分が減る――!」
 続いておそろしい速さでユーアが飛び出した。
 残ったオーマ、アレスディア、千獣は呆然とそれを見送って、
「……元気だなあ、若人は……」
「……私も歳なのだろうか……」
「ああ悪ぃアレスディア。千獣は……」
「ワコウド、って、なに……?」
「………」
「すみません、兄貴を助けてください――!」
 フェルがすがりついてくる。
「悪い悪い。ちゃんと助けるさ――抹殺されちまってからじゃ遅いからな」
 オーマは真剣な顔に切り替えた。
「……盗賊たち、の、場所……、分かる? 場所、分かって、れば……追いかける、のは、難しく、ない……翼は、人の足、より、速い……」
 千獣がフェルに尋ねる。
「ええと、だから多分さっきの子に言った通り……『南の武器屋の近くにあるアジト』かと……」
「千獣。お前さん空飛べるんだな」
 オーマがフェルの言葉を受けて尋ねる。
「うん……」
「よし、お前さん上空からその『南の武器屋の近くにあるアジト』と、さっき飛び出していった三人組をさがしてこい。あまりへたな動きはするな。そっちへついたら――そうだな、鈴蘭って子の指示を仰げ」
「分かっ、た……」
 素直な千獣はこくりとうなずき、そして黒山羊亭を出た。
 ばっ!
 少女の背から獣の翼が生え、千獣はばさりとひとつはためかせると、地面を蹴った。
「あとはだな……」
 オーマは千獣がたしかに飛び立ったのをたしかめ、アレスディアとともにフェルを見る。
 懐から何かを取り出した。――ルベリアと呼ばれる花。
 人の想いを映し見る、不思議な花である。
「これに、お前の兄貴への想いをこめろ」
 フェルはわけが分からないまま、一心に兄のことを祈った。
 ルベリアが輝き始めた。
 偏光の輝きを放ち、一方向へと光り始める。
「よし、アレスディア。これを持ってろ」
「オーマ殿はどうなされる?」
「俺は獅子になる」
 二人で外へ出て、ふと後ろを向き、
「お前さんはちゃんとここでおとなしくしてろよ!」
 オーマはフェルに声をかけた。
「は、はい……よろしくお願いします!」
 フェルは深く頭をさげた。

 オーマは人ひとりが乗れるサイズの銀獅子へと姿を変えると、
『ほら、アレスディア。その花持ったまま乗れ――』
「了解した。失礼する」
 アレスディアがひょいと軽くまたがる。
 偏光の花がまっすぐ南を指していた。
『こりゃ……フェルの言うとおりの場所かもしれねえな』
「先に行った四人は……」
『下手なことしてなきゃいいが』
 つぶやきながら、オーマは飛び立った。

     **********

「ダッシュのまま敵を蹴散らそうと思ったんだけど……」
「そう簡単に行くわけないねえ、マスター」
 がっくり肩を落とす遼介に、クラウディスがけけけと笑う。
「だぁから、偵察は私の領域なのだよ!」
 と鈴蘭が二人を制止すれば、
「偵察なんかやらんでも片っ端からぶっとばせばいい話だ」
「目的忘れてませんかユーアさん!」
 ユーアが凶暴な口調で言って、鈴蘭はますます肩が凝った。
 四人は『南の武器屋』の陰から、その傍にある廃屋を見つめていた。
「三人とも、そこから動かないでよ。絶対にね」
 口を動かさない独特のしゃべりで鈴蘭は三人に言いつけると、ぱっと武器屋の陰から飛び出した。
 まずは廃屋の周囲の確認――
 武器屋以外の店は道具屋、薬屋、占い師小屋なんてのもある。
(ずいぶんと人の多いところの――廃屋?)
 廃屋自体は新しい。つぶれたばかりの防具屋であるらしい。
(うーん。なんだかしっくりこないなあ)
 鈴蘭は思い切って、廃屋に忍び込んだ。
 ――人気がまったくない。私刑が行われているかもしれないというこのときに、鈴蘭の敏感な感覚が何も訴えてこない。
(ここじゃない!)
 出た結論はそれしかなかった。
 では、どこだ――?
(『南の武器屋近くのアジト』って言葉に惑わされちゃいけないけど)
 今はそれしか手がかりがない。こうなったら他の店々の様子ものぞくか――
 と、
 ばさり、と上空で翼の音がした。
 見上げると、黒山羊亭で出会った少女の姿があった。
「あ、キミ、たしか今回の依頼に参加してる――」
「千獣……」
「千獣! ちょうどいい、空飛べるならちょっと見てきてよ、ええと……私が道具屋と占い師小屋を見てくるから、薬屋! 薬屋の裏とか!」
 口を動かさないまま、それでもはっきりと声が相手に聞こえる、隠密業には欠かせない会話術で相手に話しかける。
 千獣はこくんとうなずいた。そして、ばさっと翼をはためかせ薬屋の上空へと回った。
(よし、私はまず……)
 敵は盗賊団。
 盗賊団がアジトとして使いそうなのは――
(占い師小屋より、道具屋に決まってる!)
 盗品のカモフラージュにもなる。人の出入りについても同様に。
 鈴蘭は、すでに閉店のプレートがかかっている道具屋のドアにぴったり背をつけ、耳をすました。
 ――静かだった。こういう店では、逆に不自然な静かさ。
(家の人間はどこへ行った?)
 二階? だとしても気配がない。二階には明かりがついていないのだ。
 まだ――こんな時間なのに?
 たしかに店は閉める時間だ。だが家人が眠るには早すぎる。
(裏をうかがう)
 鈴蘭はすばやく道具屋の裏に回った。
 何の変哲もない――裏口があるだけの。
(突入するか?)
 そう考えたとき――
 ばさり。
「ねえ……」
 千獣の声に、鈴蘭はしーっ! と唇に指を当てた。
「静かに……っ」
「……あの、薬屋、さん、へん……」
 え、と鈴蘭は一瞬目を見張った。
「……人、の、気配、まったく、しない……」
 言って、千獣はちょこんと小首をかしげる。
「そっちも……?」
 鈴蘭はごくりとつばを飲み込んだ、そのとき――

『様子はどうだ』
 精神感応で話しかけられ、一瞬びくりと鈴蘭は硬直した。
 相手は――銀の獅子だった。上に銀の鎧をまとった女性がまたがっている。
 獅子には見覚えがある。それはあのオーマ・シュヴァルツだ。
 そしてそのオーマにまたがっているアレスディア・ヴォルフリートは――
 驚いたように、瞠目していた。

 彼女が持っている見たこともない花。
 それが放っている偏光は、なぜか道具屋でもなく薬屋でもなく、何もない地面を照らしていたのだから。

「地下ぁ!?」
 話を聞いて、遼介が声をあげる。
「しー! マスター! 声でかいー!」
「お前のほうがでかいわー!」
「漫才やってる場合じゃないのだよ!」
 げしっと鈴蘭の裏拳が遼介の顔面を打つ。
「な、なぜ俺……」
「殴りやすいから。それは置いといて」
「位置関係からして……」
 人間形態に戻ったオーマが、ルベリアの花の示す地面の位置をたしかめた。
「ちょうど……道具屋と薬屋の間……だな。地下に穴でもほったか……」
「両方がアジト……っ!?」
 驚いたように言うのは遼介だ。
 ちっとオーマは舌打ちした。
「まずいな。アンディだけ助けてあとは水攻めにでもしようと思ってたんだが」
「――まずは私が偵察に入ってくるよ」
 鈴蘭は慎重な声でそう言った。
「それが私の本領だからさ」
「地の利は相手にあり、だ」
 気をつけろよ嬢ちゃん――というオーマの声に送られて、鈴蘭は道具屋の裏口に回っていった。
「……つっこんで片っ端から片付けてやればいいものを……」
「ゆ、ユーア落ち着け」
 オーマはユーアの立ちのぼらせている「腹が減った」オーラが恐ろしかった。
 ひそかにエスメラルダの助言で飴玉を持ってきているので、いざとなったら彼女にあげるとしよう。

     **********

 鈴蘭は道具屋の裏口の鍵を壊し、中へすべりこんだ。
 ――やはり人がいない。
(地下……)
 鈴蘭はゆっくりと足の裏をすべらせるように床を歩き、床下の様子を感じ取ろうとした。
 何かが、床下にあれば。
 必ず、足の裏にただの土とは違う感覚が伝わってくる。
(穴……。どこか入り口になりそうな場所が別にあるかもしれないけど……)
 慎重に目は周囲にめぐらせ、地下室への入り口がありそうな壁をさがした。ゆっくり、足を進めながら――
 と。
 足の裏に、何かを感じた。
(!)
 空洞――そしてその中にある、土ではない何か。複数の形あるもの。
(地下室、もしくは地下道……間違いない!)
 どこが入り口だ? 鈴蘭はしばらくその周辺を歩いて、どこまでが空洞となっているかをたしかめた。
 ちょうど――
 空洞がありそうな部分の先に、あからさまに綺麗な細工の絨毯……
 鈴蘭はそっと絨毯をめくる。
 そしてそこに、目的のものを見つけた。
(地下道への入り口、はっけーん)
 鈴蘭は唇の端をにやりとあげた。
 床の一部分が、まるで持ち上げられるかのように四角い溝を持って、そこにあった。

 かたん……
 絨毯を利用して、無駄な光が地下道に入らないよう気をつけながら、鈴蘭はその入り口を開けた。
 見つけたのは下へ降りるためのはしご。しかし見ただけで分かった。
(だめだ。このはしご……触ると音が鳴る)
 地下へ着地するためへの距離。それほどなし。
 鈴蘭はそろっと服にからみつけてあった布の一部を地下へと下ろし、反応がないことをたしかめ、続いて刀を下ろして同じく反応を見た。
 誰も気づいていない。空気の振動がない――
(よしっ)
 鈴蘭ははしごを使わず、身軽に地下へと飛び降りた。
 足音ひとつ立たない――見事な動きだった。
 そこは予想通り地下道。周囲には丁寧に並んで木箱が置かれている。
(道具屋の仕事道具の他に、いったい何が入っているのやら)
 今は盗品のことなどどうでもいい。アンディをさがすことだ――
 人の気配を求めて鈴蘭は進む。
 やがて。
 ――それ、は見えてきた。
 間に扉さえも作ってはいなかった。そこだけひときわ広く掘られていて……
 バシン! と棒のようなもので叩く音がする。
「簡単には殺すな。裏切り者だ」
 冷たい声が聞こえた。
 バシン! バシン!
(うっわ〜。古典的な私刑……)
 でも私刑にしてはまだ軽いほうだ。叩かれているだけですんでいるのなら。
 私刑室の向こう側を見てみる。――向こう側にも、道がある。おそらく、薬屋に続く地下道が。
(さってと)
 鈴蘭はにっと唇の端をあげた。
(私刑室に失礼しようかなー。中の様子、もうちょっとはっきり見せてもらわなきゃね!)

「ふん。今さら足を洗おうなんて甘すぎる」
 ぽん、と鉄の棒を手に金髪の男が言う。
 ――道具屋の息子だった。
「あれほど何年も一緒にやってきたじゃねえか。ああ?」
 棒の先でアンディのあごをあげさせる。
 アンディは猿ぐつわをかまされ、全身に紫に変色したあざがあった。
「今さら――裏切るとはな!」
 バン!
 道具屋の息子の一撃が、アンディの横腹に入る。
 続いて他の面々が次々とアンディを棒で殴り始めた。
 アンディが気絶するかしないか、そんな瞬間に――
「ん?」
 道具屋の息子が、ふと周囲を見渡した。
「何か……誰か、どうかしたか」
「え? 何もありません」
 他の男たちが不思議そうに返事をする。
「そうか」
 道具屋の息子はそれで解決させたようだったが――

(危ない危ない)
 鈴蘭はアンディの私刑室を通り過ぎた。
(感覚の鋭すぎるヤツは嫌いだなあ……ほんと)
 危うく見つかりそうになった自分が悔しかった。隠密は私の専門なのに!
 そう、彼女は――
 壁や天井に張り付いて、私刑室をうかがっていた。
 まわりの空気と同化すること。それは彼女が得手とすること。
 気配を殺すこと――
 人は五感に訴えかけられなければ、そこに誰かいても気づけはしないのだ。
 誰かが動くような空気の振動。呼吸の気配。呼吸が空気を震わすこと。音。何もかも、五感を刺激すること。
(あの金髪の男……第六感が発達してるのかな?)
 それにしたって悔しい! と心の中で金髪の男にげんこつをくれながら、鈴蘭は新たな地下道へと入る。
 ――自分ひとりでは、アンディは大きすぎて助けられない。彼自身に動く体力はもうなさそうだ。
 鈴蘭が入り込んだ地下道。そこは最初の地下道とほぼ同じ造りだった。ただしこちらはかなり長い。曲がりくねっているのはなぜだろう。逃げるとき用か――?
(予想通りなら――この先は薬屋!)
 あの、包帯だらけの娘が言っていた。――薬屋にも人気はないと。
 ならば――今見えてきたはしごを昇っても支障は、ない!

     **********

 鈴蘭は道具屋から入り、薬屋から出てきた。
「どうだった」
 六人が廃屋にいることにすぐ気づき駆けてきた鈴蘭に、オーマが静かな声で問う。
「うん、思ったとおりつながってる。……おにーさんは今のところ、無事だよ」
 でも自分で動く体力はないだろうね――と、鈴蘭は暗に私刑が行われていることを示した。
「急ぐべきだな」
 よし、とオーマは拳を打ち鳴らした。
「みんな、配置につけ」
 うなずいて、遼介、クラウディス、アレスディア、ユーアの四人は薬屋の前に立つ。
「鈴蘭、地下道へ案内してくれ」
 鈴蘭はうなずき、道具屋へオーマと千獣を連れて行った。

     **********

 鈴蘭は、道具屋に入るなり床の一部分を指して、「あそこのあたりが入り口」とまず説明すると、そっと歩いていってそこにあった綺麗な細工の絨毯をめくった。
「罠はないっぽいよ。何ていっても自分の家からつながってるから安心してるんだろうね」
「なるほどな」
 オーマは絨毯の下に見つけた入り口らしき部分を見て、深くうなずいた。
「こりゃ、見つからねえだろうな――台所の絨毯の下か」

「ここからはしごで中に入る。入ってちょっと行くと私刑室。そこからまた地下道行くと薬屋にまったく同じようなしかけで出口――入り口かな? がある」
 鈴蘭に中の様子をあらかた聞いてから、
「あとは俺と千獣でどうにかする。お前は念のため道具屋の前に待機していてくれ」
 とオーマは言った。
 鈴蘭が出て行くのをたしかめた後、
「千獣、俺の合図で行くんだぞ――」
「う、ん……」
 千獣が隣でこくんとうなずくのを見、オーマは――
 派手に、地下道への入り口を開けた。
「あれ……いい、の……」
 千獣がぽけっとした声を出すのと同時、
 オーマは懐から奇妙なアイテムを取り出した。水のような、水晶のような……人面の。
「これぞソーン腹黒商店街ドキ★アニキだらけのスイマー乱舞筋ゲッチュ召還アイテム……!」
 オーマは「我が仲間よー!」と人面水晶をかかげ、呪文のように唱える。
 すると――
 ざぱあ……っ
 どこからか大量の水が生まれ、地下道へと流れ込んだ。
 千獣は……見た。
 筋肉マッチョなアニキスイマーたちが、地下道へと水とともに泳いでいくのを……

「千獣。あの我が仲間頼りにになるぜ★アニキスイミングキングたちだ。彼らに盗賊どものとりあえずの捕獲は任せた……!」
「水……水、で、お兄、さん……溺れ、ちゃう……」
「水はすぐに向こうの地下道から外に出る……! 鈴蘭の報告が確かなら、薬屋の出入り口から出て行くはずだ。だから薬屋の前に待機させた連中に、スイマーから受け取った盗賊の捕獲は任せる!」
 オーマは千獣の背中をぽんと叩いた。
「さあ、今のタイミングだ――千獣、計画通り兄貴を助けてこい!」
 千獣はこくりとうなずき、そして地下道へ飛び込んだ。

     **********

 それほど待つまでもなく。

 薬屋の壁を――
 ぶち破るようにして、突如洪水のように水が流れ出してきた!
 遼介にクラウディス、アレスディアにユーアはぎょっとした。
 そして謎のマッチョアニキスイマーたちが、盗賊を捕獲して――
「どわあああ!? 俺様としたことがああああ!」
 外まで出てきたオーマが悲鳴をあげた。
 その手にあった、人面の水晶玉???っぽい物体がしゅううう……と小さくなって消滅した。
「く……っ腹黒商店街ドキ★アニキだらけのスイマー乱舞筋ゲッチュ召還水晶……値切っちまったからへなちょこなのをつかまされたー!」
 気づくと。
 あれほどあふれていた水が消えていた。
 ……マッチョアニキスイマーたちも。
 盗賊たちはずぶ濡れになり、地面で息も絶え絶えとなっている。
「……あんだよ。これじゃ捕まえるの簡単じゃん」
 遼介がつまらなそうに言ったそのとき――
『輝きよ、者どもを照らせ!』
 鋭い声が響き、
 あたたかい光があたりを包み込んだ。
「おー……」
 金髪の青年がむっくりと起き上がる。――道具屋の息子だ。
 少し離れたところに倒れていた道具屋の親父も、のっそりと起き上がった。
「まったく、ろくな男がいない」
 カッ! と杖の先を地面に叩きつける音がする。
 若作り中年の女性が、長い銀髪を後ろに払って回復した男どもをねめつけた。
 うおお、とオーマがガタブルと震えた。
「か、カカア的女……!」
「おや、あなたは薬屋の店主」
 ユーアがその金の瞳を細める。「ふうん。道具屋と薬屋が共謀にしても……そういう構図ですか」
 不味そうだ。そう言ってユーアがけっと舌打ちする。
「ユユユユーア殿」
 アレスディアがすがるような目でユーアを見た。
 薬屋の店主の回復魔法で、盗賊どもは完全復活した。
 ほとんどが――道具屋、薬屋の店員につらなる者たちだった。
「あなどるでないぞ、そこな娘」
 薬屋の店主はユーアを示してあごをそらした。「回復しさえすればこの男どもも使えんことはない。さて、どうしてくれるおつもりかな?」
「決まってら!」
 遼介が腕をまくった。
「――全員、ぶっ飛ばす!」

 盗賊の数は、ざっと二十人――

 遼介は剣を抜いた。
 盗賊のひとりが細い剣を突き出してくる。
 高速移動――
 廃屋まで走り、その壁を駆け上ってそこからとんと飛び降りるように剣を振りかざす。男のひとりが防御の構えをとった。しかし遼介は剣を引っ込めた。
 代わりにすとんとその男の前にかがむように着地し、上からの攻撃の防御姿勢をとっていた男の、がら空きだった下から思い切り鞘を打ち込んだ。
 ガッ
 みぞおちにまともに鞘の先が打ち込まれ、盗賊は一瞬呼吸を止める。
 遼介はにやりと笑った。
「甘いぜ。上から跳んできたからって、上から攻撃されると思うなよ?」
 不適な笑みを浮かべる少年の背後から、どこから取り出したのか斧をふりかざす盗賊がひとり――
 しかしその盗賊の視界を、信じられないほどまばゆい光が埋め尽くした。
「体裁とかいろいろあんのかもしれないけどさあ、そういうのを気にするならなおさら、弱いものいじめなんかするもんじゃないだろ、情けない」
 閃光の魔法を放ったクラウディスが、盗賊に向かって楽しそうに笑顔を作った。
「プライドってやつはないのかねえ」
「………!」
 閃光は、攻撃能力のある魔法ではなかったらしい。
 しかし完全に目の機能を奪われて、盗賊が斧を取り落とす。
 そこをすかさず遼介の剣の柄が襲った。
 こめかみを絶妙な力加減で突かれて、男は気絶した。
「今日はお前に同感だな、クラウディス」
 遼介が珍しく嬉しそうに自分の背後を護ってくれた少年を見やる。
 クラウディスは目をキラキラさせた。
「そうだろ! だって俺はマスターのものだから!」
「気色の悪いことを言うなーーー!」

「まったく……値切るとろくなことがねえなあ……」
 るーと泣きながら、愛用の大銃で男たちを派手に気絶させていくのはオーマである。
「しかし……下僕主夫としては……家計が……なあ……いくら値切ったからって不良品をつかませんなよ……」
 腹いせにドバンドバンと銃をぶっ放し続けていると、
「ふん……おぬしが一番厄介そうだ」
 ふいに目の前に、銀髪の女が現れた。
 杖の先が目の前につきつけられる。
『輝きよその光をもって世界を焼き尽くせ』
 信じられないほどの早口の呪文が発動し、オーマの目の前を閃光がほどばしる。
「―――!」
 オーマはとっさに目をつぶった。しかし、瞼を――どうやら焼かれたらしい。あがらない。
「ちっ――」
 視力などなくても長年の経験が戦いを続行させるが、やはり目がないのは痛い――
 と。
 ひゅっ――
 誰かの剣筋の音が、オーマの耳を打った。
「……逃げたか。ふん。ババアのくせにすばやい」
「ユユ、ユーア……」
 目で見えない分、却って倍増したような気がするユーアの凶悪なオーラ。
 ユーアの視線がオーマに向かうのを感じた。
「目をつぶされたのですか。役立たずですね。……筋肉は不味そうです」
「ユ、ユーア、あのな、実はな、」
 オーマは慌てて懐から、エスメラルダに持たされていた飴玉を取り出した。
「これがあるから。これやるから落ち着け。な」
「………!」
 ユーアのオーラが目に見えて色を変えていく。
 オーマは自分の手から飴玉がひったくられるのを感じた。
「……まったく。こういうものは一刻も早くだせばいいのです」
 ひゅっ――
 ユーアは飴玉を含んだ口でもごもご言いながら剣を閃かせ、周囲の盗賊たちをけん制している。
 オーマはユーアのオーラが通常に戻りつつあることに安堵して、それからすうと息を吸い吐いた。
 ――感覚を鋭くし、周囲の様子を感じ取ること――
 しかし、
「そんなことをする必要もないですよ」
 ふと切られたように痛かった瞼に、やわらかくほんのり冷たい水が触れるような感触がして――
「あ……?」
 瞼があがった。オーマは目をぱちぱちさせた。
 目の前では、相変わらず剣を右へ左へ素早く動かしているユーアがいる。
「『命の水』の魔法か……」
「俺も久しぶりに使いましたけどね」
 しゅっ
 躍りかかってきた盗賊の、服と顔の皮膚の一部分だけ切り裂き、ユーアはオーマを見た。
「俺は約束通りアジトを拝見させていただいてきますよ」
「……お前、ちゃっかりしてんなー……」
「賢い人間と言ってください」
 ユーアはどきっぱりと、堂々とそう言った。

『我が身盾として、牙持たぬ全てを護る!』
 唱えられたコマンドとともに、アレスディアのルーンアームが変化していく。
 幾重にも刃を重ねたような形状だったそれが、灰銀の巨鎧――【難攻不落】へと。
「これを持つのも久しぶりか……」
 鎧装となったアレスディアは、手に長剣を持っていた。
 『征竜』という名の剣を。
「槍とは――少々勝手が違うがな!」
 近場の盗賊が剣で向かってくる。それを受け止めて、アレスディアはつぶやいた。
「この剣は攻撃力が槍より落ちる……その意味を、お前たちは分かるか?」
 キンッ
 お互いの刃が弾かれあい、盗賊が遠く一歩退く。
「お前たちを――殺すわけにはいかぬ」
 槍のときとはリーチが違う。しかしそんなことは慣れているアレスディアにはどうでもいいことだった。
 剣のときは、少しだけほっとすることがある。
 ――殺傷能力が減退するということ。
 一歩踏み込み、剣を突き出す。
 盗賊がそれを剣先で払う。
 払われたと思ったところで手首を返し、するりと再度突きこむ。
 ギィン
 鈍い金属音がして、盗賊は剣を取り落とした。――鞘の部分を思い切り突いてやったのだ。
 手がしびれて動かないのか、盗賊が悔しそうに一歩一歩退いていく。そして一気に背を向けて走り出した。
「―――! 待て、逃すわけにはゆかぬ――!」
 アレスディアが手を伸ばした、その先で、
 逃げ出そうとした盗賊がすっ転んだ。
「逃がすわけないのだよん」
 ぺろっと舌を出して、補佐にまわっていた鈴蘭が放った投げ縄を引っ張った。
 先を輪っか状にしてあった縄に足を捕まえられ、すっ転んだ盗賊はその状態のまま引きずられてくる。
「まったく、捕まえるのに縄は必須でしょ」
 胸を張って言う鈴蘭だったが、
 アレスディアはついつい思わずにはいられなかった。
 ――その縄はいったいどこに持っていたのか、と……

     **********

「ふん……また色んな能力を持つ者を集めたものだの」
 銀髪の女が面倒くさそうにつぶやく。
「そりゃ、人徳っつーんだよ」
 オーマは唇の端をつりあげながら言ってやった。
「アンディにそんな人徳などあるわけがあるまい。あれはただの下衆だ――」
「アンディをそういう風におとしめられるのも腹が立つが、とりあえず俺が言ってるのは」
 オーマは銃を薬屋の店主に向けた。「……フェルの人徳ってことだ」
「フェル……ああ、そう言えばあの下衆にそんな名前の兄弟がいたかな」
 邪魔をしおって、と銀髪の店主は吐き捨てた。
「こんなことならフェルとやらを早々に処分しておくべきだったわ。アンディは下衆だが、役には立った」
「………」
 オーマはその赤い瞳を半眼にして光らせる。
「なーんか……無性にお前さんに対して腹が立ってきたな」
 銀髪の女が高らかに笑った。
「腹が立ったからと言って何だという? さっきの魔法さえもよけられなかった男が!」
「さっきはたしかに不覚をとったが、今度はそうは行かねえぜ。なんせ――」
 どっ
 銀髪の女が、背後からの衝撃に一瞬動きを止める。
 鈴蘭が、小刀の柄で女の背後のツボを打っていた。
 オーマが不敵に笑った。
「――こっちはひとりじゃねえからな」

「なに、を……」
 ぐらりと揺れた体を杖で支えながら、銀髪の女は背後の鈴蘭をにらみやる。
「うっわー」
 鈴蘭は嫌そうな声をあげた。「キミ、魔法で防御力強化してる? ツボを確実に打ったのにー!」
「この……小娘!」
 女は杖の先を鈴蘭に向けた。そのとき、オーマが銃を放った。
 女の足下へと。
 足下がえぐられ、女のふらつく体がそのクレーターへとずり落ちそうになる。
「女相手に乱暴するのは好きじゃねえが――」
 オーマは具現能力で作り出した縄で、素早く女の体を縛り付けた。
 鈴蘭が女の手から杖を奪う。
「これはー……こうしちゃおう!」
 どばきゃっ!
 鈴蘭の渾身の一撃が、木製とは言えかなり硬い素材でできているはずの杖を真っ二つに折る。
 オーマは鈴蘭の、にこにこ笑顔の裏の暗いオーラに震えた。
「どどどどうした、今度はユーアじゃなくてお前さんが腹減ったのか……?」
「人をなめないでよ。おなかすくくらいで冷静さを失うわけないじゃんか」
 鈴蘭は心外そうに口をとがらせた。「ただ、ちょっと腹が立つことがあっただけー」
「そそそ、そうか?」
 オーマはひそかに、「飴玉はもうなかったよな、こいつが暴走したらどうしよう」などと心配をしていた。

     ***********

 遼介が高速移動を利用しながら、盗賊の服だけを裂くようにして剣技を繰り出していく。
 その後ろをクラウディスが続き、主に遼介が打ち漏らした者を対象にして魔法を放つ。
 ただし、無駄に音だけでかい「鼓膜破り魔法」(遼介命名)や光だけ強い「目潰し魔法」(同じく)ばかりだが。
 要するに、少年ふたりで盗賊をおちょくっているのだった。

 オーマは具現能力で壊れた壁や地面を直していく。
「ちぃとつれぇかな……」
 心臓の上にあるタトゥがズキズキと痛むのを感じながら、オーマは苦笑した。
 もっとも、壊れた部分を元に戻さなくては自分たちのほうが後々官憲に捕まってしまうので――
 地道な作業だったが、一番重要な作業だった。

 アレスディアは確実に敵を気絶させ、縄でくくっていく。
 鎧装のためか手元がおぼつかず、縄で縛るのも楽ではない。その隙を狙って敵に襲われたりもしていたが、鎧は頑丈、アレスディアは強力な戦士。盗賊ごときにダメージをくらうこともなかった。
 縄をうまく縛れたときに、ついにっこり微笑んでいることに、彼女は気づいているだろうか……

 鈴蘭は徹底的に補佐にまわっていた。ときにアレスディアに縄を渡し、ときに遼介クラウディスが地面に転がした盗賊を縛り上げ、ときにオーマに「あっちも壊れてるよん」と報告し、ときにすでにオーマによって捕まった銀髪の女をひそかに蹴っ飛ばし……
 とにかく補佐にまわっていた。何気に、一番働いていたかもしれない。

 千獣は空から、バトルフィールドを見下ろしていた。
「みんな……強い……」
 ふと横抱きに抱えていたアンディを見ると、アンディは少し力を取り戻したのか首をかたむけ下を見た。
 そして、
「どうして……みんな……」
 とつぶやいた。

 やがて――
 道具屋の裏口から、ユーアが現れた。
 左肩になにやら大荷物。
 右手に引きずっているのは、ぼろぼろになり縛り上げられた金髪の道具屋の息子――

 金髪の男と銀髪の女。
 二人が縛り上げられ、そして盗賊たちも同じ運命をたどり……

「さあて」
 ユーアが道具屋の息子を引きずって仲間たちの元に戻りながら、「千獣!」と上空にいる翼の娘を呼ぶ。
 千獣がバサリと獣の翼をはためかせ、降りてきた。
「アンディは預かります。ちょっとひとっ飛びして、黒山羊亭の弟さんを呼んできてもらえませんか」
 ユーアは千獣にそう言った。
 千獣がうなずき、「俺がアンディの様子を見る」と言ったオーマにアンディを預けると、再び翼をはためかせ飛び立った。
 オーマは医者としての能力を発揮し、アンディの怪我の具合を診た。
 アンディは意識はある。反応もする。が、体中のあざが並ではない。
「かなり手ひどくやられたな……だがまあ、拷問としてはまだいいほうか……」
「鉄の棒でひたすら殴られただけで済んだみたいだから」
 鈴蘭がオーマの助手のように、アンディの診察をしながら言う。
「内出血が多いな……俺の病院に来てもらうか」
 少し離れたところでは、アレスディアがルーンアームの鎧装を解き、盗賊たちの怪我の度合いを見ていた。
「あんまり暴れられなかったなあ」
 遼介が頭の後ろに手をやって口をとがらせれば、
「あらマスター。暴れたかったらあたしを相手に一晩ど〜お?」
 クラウディスがしなだれかかる。
 遼介の渾身の拳は、クラウディスにひらりとかわされ、
「ひどいわっ。マスターの力になりたいだけなのに……!」
 よよよと泣くクラウディスに、遼介は、
「お前は俺をからかって楽しんでるだけだろうがーーー!」
「ああっマスター! ダメだ大声出しちゃ、高い声で周辺地域に迷惑がっ」
「言うなっ! 高い声言うなっ! 迷惑って言うなっっっ」
 頭を抱えて暴れる少年……
「叫ぶな。怪我人に障る」
 オーマに制され、遼介ははっとおとなしくなった。こほんと咳払いをし、
「で、でさあ、こいつらどうするわけ?」
「それは……フェルが来てからだ」
 ――フェルが到着するのに、時間はかからなかった。
 翼を生やした千獣に抱えられたフェルが、その場までやってくると、
「……兄さん……っ」
 地面に寝かせられた兄に駆け寄った。
「フェル……?」
 アンディがかすかに口を動かした。「どうして……ここに……」
「連れてきてもらった。兄さん……なんて目に……っ」
 アンディのズタボロな姿に、フェルは目に涙をためる。
「たしかにアンディはひどい目にあったがな」
 オーマが静かに言った。「つらいのは、これからだぜ」
「………」
「盗賊……他者の物を、時にはその命さえも奪う不逞の輩……」
 盗賊をひとまとめに集めたアレスディアが、兄弟の元に歩いてきてつぶやいた。
「許すことはできぬ存在」
 びくり、とフェルが震えた。
 アンディの目が、遠くを見た。
「……しかし、裁くのは法。私のような一介の冒険者ではない」
 犯した罪は――
「罪、でしかない。償わねばならない」
「……でも、兄さんは……」
 フェルがすがるような目を周囲の冒険者たちに向ける。
 アレスディアは続けて、つぶやいた。
「……深く悔い改め、やり直そうとする者を、罰によって蹴落とし、再び罪の道に追いやるのは……それもまた罪ではないのか……」
「しかしな」
 オーマが目を閉じるかのように瞼を下ろし、
「どんな理由があっても闇に踏み入るならその罪咎、罪の垢は……一生背負うだけの覚悟をしてからだ」
「………」
 フェルが黙り込む。握った拳が震えていた。
「それが出来ねえってんなら……悲しむ者が傍にいるってんなら……二度と進む道じゃねえぞ」
「……はい……」
 アンディが、かすれた声でそう答えた。
「俺も……自首してきます……」
「………! 兄さん……!」
 フェルがすがるような声をあげて、兄の腕に手を置いた。
「俺をひとりにする気! 兄さん……!」
「……仕方がないな。盗賊どもを官憲に突き出したら、自ずとアンディのこともバレる」
「そんな……!」
 フェルがぽろぽろと涙をこぼした。
 アンディがそっと腕をあげる。
 その手が、弟の涙をぬぐった。
「ごめん、な……」
 必ず帰ってくるから、と兄は言った。
 優しい声で、そう言った。

     ***********

 道具屋と薬屋は盗賊団として捕まった。
 アンディのことは、彼を救った冒険者たちが証言者となり、彼の罪が少しでも軽くなるようにと役人たちに言い置いた。
 なお、盗品のいくつかがどうしても数が合わないのだが、冒険者たちは黙秘を続けている。
 アンディはすぐには捕まらず、現在オーマのシュヴァルツ病院で治療を受けている。
 弟のフェルは忙しくて滅多に見舞いに来られないが、兄弟の絆はそんなことを気にはしていなかった。

 ある日、診察をしにきたオーマにアンディは言った。
「俺は……俺みたいな人間でも、弟に笑顔を……与えられるでしょうか?」
 オーマはにっと笑って言ってやった。
「できるさ。……お前がそれだけ、弟を大切に思ってりゃあな」


 ―Fin―


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【1559/クラウディス/男/12歳(実年齢999歳)/旅人】
【1856/湖泉・遼介/男/15歳/ヴィジョン使い・武道家】
【1953/オーマ・シュヴァルツ/男/39歳(実年齢999歳)/医者兼ヴァンサー(ガンナー)腹黒副業有り】
【2542/ユーア/女/18歳(実年齢21歳)/旅人】
【2919/アレスディア・ヴォルフリート/女/18歳/ルーンアームナイト】
【3087/千獣/女/17歳(実年齢999歳)/獣使い】
【3155/柚皓 鈴蘭/女/17歳/密偵】

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■         ライター通信          ■
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柚皓鈴蘭様
こんにちは、笠城夢斗です。
再びの依頼へのご参加、ありがとうございました!
隠密業に徹すると言いながら、なぜか一番働いていらっしゃったように感じます;とてもありがたいプレイングでした。どうもありがとうございました!
またお会いできる日を願って……