<聖獣界ソーン・黒山羊亭冒険記>


『人騒がせな少年〜酒場のお荷物〜』

 ソーンで最も有名な歓楽街ベルファ通りの酒場といえば、真っ先に思いつくのは黒山羊亭だろう。
 この美しい踊り子の舞う酒場では、酒と食事の他、様々な依頼を受けることができる。

 その日、黒山羊亭で働く踊り子エスメラルダは、小さく吐息をついてマスターの手から奪い取った一枚の紙を客席に放り投げた。
「なんだい、これは?」
 冒険者の一人が拾い上げ、テーブルに広げる。周囲の冒険者達も興味深げに覗き込む。
「ここで、1日……いえ、2時間だけ試用した若い男の子がいたんだけれどね。能力以前の問題で、マスターが即刻お断りしたのよ。その子からの置手紙」
「置手紙?」
 その紙にはこう書かれている。

 今から2時間以内に、噴水公園に、あるだけ金を黒い袋に詰めまくりもってくるがいい。
 さもなければ、若く美しいこの少年の命をいただこう。くははははー。
                 ―怪盗D.R―

「……誘拐事件か?」
 ざわめく冒険者達に対し、エスメラルダは冷めた口調で言った。
「本当に誘拐なら自宅に届けるでしょ。それにこの字、彼自身のものなのよね」
 ひらひらと少年が直筆でサインした契約書を振ってみせる。
 名前の欄には、ダラン・ローデスとあった。
 なるほど、少し崩してはあるが同じ癖がある。間違いはないだろう。
「マスターは念のため行ってみた方がいいんじゃないかっていうけれど、あたしは時間の無駄だと思うの。でも、彼が着たままのここのユニフォームくらいは取り戻したいじゃない? だから、誰か行ってみてくれないかしら?」
 報酬は特にないが、その少年は富豪の一人息子だという。上手く交渉すれば、親から礼金をもらえる可能性もあるだろう。
 ちなみに。
 マスターとエスメラルダが言うには、その少年はとてつもなく我侭で、恐ろしいほど自己中心的で、近代稀に見るド阿呆らしい。理屈は通じそうにない。

「子供の我侭も過ぎなければ可愛いと感じられるのですけれど……オイタが過ぎるようですね。私でよろしければお力になりましょう」
 微笑みを浮かべながら仰々しく申し出たのは、情報屋のストラウスであった。
 エスメラルダから置手紙を受け取ると、他の客達がストラウスの元に集まり覗き込む。
「あん?【筋】を詰めまくれってなぁ、何かね。そいつぁよっぽどのピチピチナウ筋ボディマニアヤング★なんかね?」
「いや、これは金……つまり貨幣のことを表しているんだろう」
 オーマ・シュヴァルツの脳筋ボケに真顔で答えたのは、アレスディア・ヴォルフリートであった。
「自己中心的なナルシストさんのようですね。うふふ。お仕置きが必要ですね」
 契約書の文字と、手紙の文字を見比べて笑みを浮かべたのはシルフェだ。
「黒い袋には沢山の石を詰めて持っていくのはどうでしょう?」
 喜んで持ち上げてみるが、中身が石だというのも軽いお仕置きと考えての提案だ。
「そうですね。では、金でないモノを金と見せるというのはどうでしょう? 私が暗示をかけましょう」
 ストラウスが笑みを絶やさず、どこか演技がかった口調で申し出る。
「なるほど。ならば、石よりもっと効果的なものを詰めよう」
 黒い袋と中身は、相談の上オーマが用意することになった。

※※※※※※

 ソーン中心地から少し外れた場所にある、噴水公園。
 天使の広場とは違い、自然に囲まれた公園である。
 この公園で一番目立つ場所といえば、やはり噴水の前である。
 天気の良い日は虹をも生み出すことのある、豪快な噴水――その前に、少年が一人立っている。
 他にも若者の姿はあるが、その少年が怪盗D.Rであることは一目瞭然だった。
 なぜならバンダナにでかでかとそう書いてあったから!
 薄いサングラスに、大きなマント。だけどちらりと襟から覗く服装は、黒山羊亭の制服に間違いない。
 そんな、見るからに怪しいチビに近づいたのは、ガラの悪い筋肉隆々の桃色ふりふりスーツ姿の男であった。頭にターバンを巻いた派手な出で立ちの男性も付き添っている。
「よう、誰の許可を得て、ここで商売やってんだ?」
 自分の三倍はありそうな体躯に、小さく飛び上がるダラ……いや、怪盗D.R。
「し、し、商売なんて滅相もございません。わたくしめは、ここで友人を待っていただけでごさりま、まままっする」
「ほほう、マッスル語を使うとは、なかなか見所のある小童よ。配下に下るのなら、今回の件は水に流してやろう」
 桃色親父筋男……オーマが目配せをすると、ターバンの男ストラウスが、抱えていた[ソーン腹黒商店街★]印入り超巨大家庭用黒ゴミ袋をダランの前にドンと置いた。
「この中には、筋……もとい、金が入っている。お前の最初の仕事だ。中身を確認しろ」
「は、はい。ご主人様、旦那様、大明〜神様!」
 何でもいいからとりあえず従うことにしたらしい。
 へこへこへこへこ手もみしながら、ダラ……いや、あくまで怪盗D.Rは、黒い袋を開いた。
 覗き込んだダランと、金の目が合った。……金と目が合う?
「!?」
 途端、ダランの体が超巨大家庭用ゴミ袋に吸い込まれる。
 すかさず、オーマは黒袋を縛る。
 あとは、指定日に生ゴミ収集場所においておけば、てきとーに処分してくれるだろう。
 これにて一 件 落 着!

 ……なわけもなく。
「さて、話を聞かせていただこうか」
 人面金軍団のむふふん抱擁攻撃でぐてぐてほわほわわになったダランを、ぐいと袋から引っ張りだしアレスディアが問いかける。
「あなたは富豪の子息と聞く。金に困る身の上ではないと思うが、何故このようなことをした?」
「わ、我が名は怪盗D.R! 富豪の子息などではないわ! ……ワチャッ」
 懲りてない少年の顔に、水操師のシルフェが水を浴びせる。
「し、仕方がなかったんだ。お祖母ちゃんが重病に感染してるんだ。でも、本人はそれに気付いてなくて。こっそり治すためには、どうしてもお金がいるんだ!」
「なるほど。それが本当なら、孝行者ではあるが……。金を作るには、並々ならぬ努力が要る。黒山羊亭でのアルバイトがその努力だったのかもしれぬが、途中で投げし挙句人を騙すとは、男として情けない」
「ごめんよぉぉぉ、ねーちゃーーん」
 手を伸ばすダランをアレスディアは引っ張り出してやる。ダランはアレスディアの胸に飛び込んだ。
「ありがとぉぉぉ、ねーちゃーーん☆」
 が! 完全に袋から体が出るや否や、ダランは真横に飛びのく。
「貴様ら、よくも騙しやがったな! 人を騙す貴様等は、人間のクズだ!」
 びしぃっと、一同を指差すダラン。
「いでよ、我が下僕共!」
 ダランが叫ぶと、周囲の野次馬から、数人の男達が躍り出る。
 ダランの思考回路と展開についていけず、アレスディアはしばし呆然とする。
 キングは冷ややかにダランを見ている。
 ストラウスとシルフェはにこにこ微笑んでいる。
 オーマは下僕主夫第一体操で体を解している〜。
「あー、お前の祖母が重病なんだよな?」
 アレスディアはとりあえず、確認をしてみる。
「はっはっはっ、我に祖母などおらんわ!」
「……で、この男達は?」
「金で雇った我が下僕たちよ!」
 アレスディアは、この少年が能力以前の理由で全っっっく役に立たない理由がよく解った。
「で、誰が誰を騙したんだ? 人を騙す奴等は人 間 の ク ズ な ん だ よ な ?」
 思わず言葉に力が篭る。
「ふははははは。考えてみれば、ヤクザも恐るるに足らず。親父に頼んで、この公園丸ごと買い取っちまえばいいだけよー。さあ、若く美しいダラン少年の為に、貴様等はここで朽ち果てるがよい! くわっはっはっはっ…ゲホゲホ」
「っ……」
 ダランを諌めようと口を開いたアレスディアの肩に、シルフェが手を置いた。
「やっぱりお仕置きが必要ですね」
 シルフェの言葉に、アレスディアも異存なかった。
「ふんむ!」
 オーマはかかってきた……いや、むしろ巨体なオーマを避けて他の人物に飛び掛ろうとした男を軽々と持ち上げて、大砲の如く、ポーンと放りなげている。
「では、お仕置き開始です」
 ぱちっとシルフェが指を鳴らした途端、噴水が勢いよく噴出す。
 まるで、津波のような水が、頭上から降ってきた。
 動くもの全てが重い水に包まれる。……シルフェを除いて。
 金で雇われた男達は、驚いて散り散りに走り去っていく。
「うわっ、ぶふっ……ま、待て、まって、おいていくな〜!」
 手を伸ばすダラン、しかし冷静に見ていたキングに首根っこをつかまれいる。
「うわああああ、離せぇーーー」
 言われた通り、キングがぱっと手を離すと、ダランは派手に転んだ。
 這い蹲るダランの足を、オーマが引っ張りあげる。
 そのまま木の枝に縛り付けて、皆で見物だ。
「さて、お仕置きです〜」
「ぶわはっ。ぎゃー!」
 シルフェが逆さづりになったダランに、海皇玉で海水をふんだんに浴びせる。
「げほ…がほっ、ごほ」
 さすがにやりすぎなようだが、シルフェはのほほーんと続けている。
 他の皆はとりあえず服を絞ったり、体を拭いたり下僕主夫乾布摩擦したりしている。水害に一緒に巻き込まれてしまい皆ずぶ濡れだ。
「げぼがぼげほっ、げほっ……ハアッ」
「少しは反省したか?」
 そんな中、水の被害を殆ど受けなかった女性が海水を遮って、ダランの前に出た。
 オンサ・パンテール。獣牙族の女戦士だ。部族では戦士の証の入れ墨を隠すのは不吉とされているため、彼女は服を着ずにいることが多い。今も前垂れ一つという姿である。
「き、貴様等、ダラン少年がどうなってもいいというのかゲホッ」
 オンサはダランの言葉にため息をつく。
「最初からバレている。いい加減にしたらどうだ?」
「なにおう! ……わ、わかった。いい加減にしてやってもいい」
 目をこすって、オンサの姿を目にすると、途端ダランはしおらしくなった。
「下ろしてくれよぅ」
 手を伸ばすダランに、苦笑交じりにオンサは近付く。
 反省はしていないようだが、このままにしておくわけにもいかないしな……。
 と、ダランの足を結んでいた蔦に手をかけた途端、ダランの顔がオンサの胸にぎゅうぅぅぅと押し付けられた。
「ねーーーちゃーーーん☆ らっきぃ☆(すりすりすりすり)」
 ブチッ!
 切れたのは、蔦か、オンサか。
「ああそうかい。わかった、だったら誘拐をリアルにしてやる!」
 ダランの小柄な体を抱えて、木々の中に飛び込んでいくオンサ。
 切れた蔦と濡れた大地を置いて、二人の姿は森へと消えてしまった。
「……あのー。どうしましょう?」
 シルフェののんびりとした声が、辺りに響いた。

 街からさほど離れていないとはいえ、空でも飛べなければ、現在位置を知りようもない。
 差し込む陽の光は僅かで、日中とはいえ肌寒かった。
「俺様は、怪盗で……ックション! 怪盗を誘拐するとはクシェン!」
 ダランは、鼻をすすりながら、オンサにしがみついている。
 オンサはダランを引き離すと、一人、歩き始めた。
「ま、まてまてまてまてぃ! 貴様何が目的だ? こんな人気のない薄暗いところに連れ込んでおいて、何もなしか!? 期待させるなよ〜っ」
 この期に及んで何の期待をしていたというんだ。
「まってってばーぁぁあっ☆」
 後からしがみつかれる。今度はダランの手が胸に触れる前に、突き飛ばす。
「大人しくしていな。逃げようとしても狼の餌食だよ」
「何処に行くんだよー。お、俺様をどうするつもり、でございますか?」
「私はあんたを誘拐したんだ」
 見れば、ダランは小刻みに震えている。
 濡れた服が体に張り付き、体温を奪っているのだろう。
「あんたを助けてくれる人、いるのかねぇ?」
「とーぜんだろ。とーちゃんは成金なんだ! 俺の為ならお金は幾らでも払う。あ、置いてかないくれよ〜」
 手がオンサの前垂れを掴む。今度はスケベ心ではないようだ。
 ぐぅぅぅぅぅぅ〜。
 ダランの腹が大きな音を立てた。
「腹減ったメシ!」
「メシといったら、メシが出てくるのか?」
「とーぜんだろ。メシ!」
 メシメシメシとダランは叫ぶが、無言でオンサは歩き、少し開けた場所へ出る。
 枯れ枝や落ち葉を集めて、火をつける。
「ほら、座りな」
「メシー……」
 言われたとおり、火の前に座るダラン。
 オンサは途中で採った小さな木の実を、幾つかダランに渡す。
 俺はリスじゃねー、まずいーと愚痴っては、オンサに小突かれ、それでも空腹には勝てずダランは全て平らげた。
「で、何故お前は誘拐の自作自演なんてしたんだ?」
「自作自演なんかじゃない。俺は怪盗……」
 オンサがじーっとほお杖をついて、ダランを見ていると、ダランは一旦口をつぐんだ後、ぽつぽつと語り始めた。
「あの店主が悪いんだ」
「俺に命令ばかりしやがる」
「皿を運べとか、机を拭けとか」
「何様のつもりだ!」
 ……この子ってばとんでもない育てられ方をしたようで。
 オンサは深い溜息をついた。
 まあ、それでも、火の前で震えている様は、まだ幼さの残る少年だ。
 自分とさほど年は変わらないとはいえ、ずっとこうしているわけにもいかないだろう。
「あんたは、さっき金で人を雇ったんだろう? その金で雇った人物は自分に従うべきだと思うだろ? だったら、あんたが雇われた時も、あんたは雇い主の指示した仕事をやんなきゃなんないんだよ」
「奴隷のような指示をされるとは思ってなかったんだ。試食をしたり、踊り子の相手をするのが俺に相応しい仕事だろ?」
 ダランの言葉に、オンサは浅く笑う。
「さて、そろそろ服も乾いたろ」
「う、うん。体ぽかぽかだぜっ。何する何する?」
 何か、妙な期待をされているようだ。苦笑しながら、オンサは立ち上がる。
 そろそろ、陽が暮れる。
 太陽の光が赤に変わっていた。

※※※※※※

 数日後、ダランは懲りずに黒山羊亭に顔を出していた。
 アレスディアはダランの再び働きたいという言葉を聞き、共に黒山羊亭で働くことにしたのだが……。
 働いているのはアレスディアだけであり、ダランはやっぱり役立たず。というか、寧ろ店側から多々お金を請求されている状況だ。
「ねーちゃん、これ美味いぜっ!」
 今日も、嬉しそうに客に出す料理を食べている。
 ため息をつきながら、アレスディアはダランから皿を取り上げる。
 ダランの考えでは、客に出すものだからこそ、味見が必要なんだと。自分が美味しいものなら、誰でも美味しいはずだから。
 味見といいつつ、全部食べてしまうことに関しては、俺に食べられるのなら、食材もコックも、客さえも満足だろうと。
 ……ホント、この少年を矯正するには、どうしたらいいのだろう。
「あ、いらっしゃいませ!」
 アレスディアは頭を悩ませながら、ダランの頭をぽんと叩く。
「ほら、お客さんだ、注文取りに行くぞ」
「注文なんてテキトーでいいだろ……って、あっ、ねーちゃん」
 犬が尻尾を振って走り寄るが如く、ダランはだっと飛び出し、客にべったり張り付く。
 ダランを引き剥がして苦笑するのは、オンサであった。
「妙な話を聞いたんだけど?」
「えっへっへっ」
 ダランは頭の後ろで両手を組む。
 オンサは一枚の紙を差し出す。紙にはこう書かれている。

 今から2時間以内に、黒山羊亭に、茶髪の獣牙族の女戦士を連れてこい。
 さもなければ、若く美しいこの少年の命をいただこう。くははははー。
                 ―怪盗D.R―

「またお仕置きが必要でしょうかね」
 客として来店していた、シルフェが料理を食べながら微笑む。
「まあまあまあまあ、ここに座って座って」
 ダランはオンサの手を引いてシルフェの座るテーブルに連れて行く。
「アレスディアねーちゃんも、今日はもう仕事いいから。食事にしようぜ〜☆」
「よくないだろ」
 アレスディアは苦笑する。
「いい加減にしてほしいんだけど」
 オンサの言葉を無視して、ダランはオンサとアレスディアの手をぎゅっとつかむ。
「まあまあまあまあ、若く美しい俺が心配なのはわかるけれど、とりあえずは美味しい食事でも食べて、それから怪盗D.Rを探しに行こうぜっ☆」
 本来叱らなければならないのだが、叱っても全く自分の非を理解しない少年である。しかも、凄く嬉しそうな様子を見ていると、怒る気も失せる。
「ったく、あんたは……」
 苦笑交じりに、オンサとアレスディアは顔を合わせるのだった。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【1953/オーマ・シュヴァルツ/男性/39歳/医者兼ヴァンサー(ガンナー)腹黒副業有り】
【2872/キング=オセロット/女性/23歳/コマンドー】
【2994/シルフェ/女性/17歳/水操師】
【0963/オンサ・パンテール/女性/16歳/獣牙族の女戦士】
【2919/アレスディア・ヴォルフリート/女性/18歳/ルーンアームナイト】
【2359/ストラウス/男性/22歳/情報屋】

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■         ライター通信          ■
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こんにちは、川岸満里亜です。
人騒がせな少年にご参加ありがとうございます!
オンサさんは、この後、あの手この手でしょっちゅう黒山羊亭に呼び出されていそうです。
結末は2通りありますが、時間が違うだけで両方起こったことです。
興味が湧きましたら、副題の違うノベルもご覧ください。