<聖獣界ソーン・黒山羊亭冒険記>


+ 薬草取りは危険がいっぱい! +



■■■■



 その日、松葉杖をついた青年が黒山羊亭にやってきた。
 彼はややよろめきながら店に入る。するとその痛々しさが目に入ってしまうのか、冒険者たちの何人かがちらちらと彼に視線を送っていた。
 彼は足をギブスで固定された状態なので、膝を曲げないように気を使いながらカウンターのイスに腰掛ける。
 エスメラルダが注文を聞きにやってきた。


「あ、じゃあコーヒー一つ」
「あら、お酒は飲まないの?」
「あいにく僕はお酒にはあまり強くないので遠慮しておきます。あと今回は依頼に来たので」


 『依頼』。
 その単語に冒険者達の耳がぴくっと動く。どうしたの? とエスメラルダが尋ねると、出てきたコーヒーに口をつけながら彼は語りだした。


「実は早急に薬草が欲しいんですよ。いえ、最初は自分で取ってくるつもりだったんです。でもね、僕今この状態でしょう?」


 そっとギブスで固定された足を見せるように角度を変える。エスメラルダはただ苦笑するだけだった。


「まあ、こんな状態ですからうちのケイが薬草取りの許可を出してくれないんです。いえ、薬草取り自体はたいした事はないんですが……その……ちょっと……戦闘になる可能性がある場所でして……」
「どんな場所なの?」
「火山口です」
「……あら、本当に危ない場所」
「薬草……というよりも苔なんですけど、僕は今それが欲しいんです。でもその火山にはファイヤードラゴンが住んでまして、出逢ってしまった場合は……」
「戦闘必須ね。それじゃあケイちゃんも許可を出したくない気持ちになるでしょうよ」
「はい……」


 しゅんっと青年は肩を落とす。
 すると店の外からなにやらどたばたと足音が近づいてくる。何だろうと冒険者達が窓の外を見やればそこには小さな人影が一つ。ばんっと勢い良く扉が開かれる。見やればぜぇぜぇと肩を震わせている少女がそこにいた。


「キョウにぃさまっ!!」
「げ、ケイっ」
「ったくベットから抜け出してこんなところにいるだなんて……っ! さ、今すぐ帰るわよ!」
「ちょ、ちょっと待って下さい。僕は依頼を〜っ!!」
「後であたしがしとくからにぃさまは今すぐごーとぅーべっとよ!!」
「あわわわわわわ!?」


 ずりずりずり。
 少女に首根っこを掴まれて青年は強制的に帰っていく。残されたエスメラルダ他黒山羊亭の面々は少女のあまりの勢いの良さにしばらく開いた口が塞がらなかった。



■■■■



「というわけなのよ。オーマ叔父様、これで依頼内容は分かった?」
「ああ、燃え燃えファイヤー地帯ってぇのは昔っから親父筋のお立ち大胸筋舞台★って決まってやがるからによ。いっちょガッツリお任せマッチョってなッ!」
「オーマ叔父様ったら相変わらずねっ。ったく、キョウにぃさまったら先日の怪我が治っていないうちから仕事仕事って言うのよー」
「はっはっはっはっは! そこら辺もあいらぶマッチョっ、仕事を頑張る旦那に大胸筋がぴくぴくハッスルー! 貴方に胸キュン★ってな」
「……相変わらず叔父様の言葉って聞いてて面白いわ」
「んじゃ、ちょっくらその薬草を取りに行ってくるか」


 オーマは立ち上がる。
 ケイもまた同じ様に立ち上がった。


「あ、そうそう叔父様。此れを持っていって」
「ん?」
「冷却材よ。一応……うん、念のためね」
「ああ、サンキュっ」
「でも叔父様なら平気だと思うんだけどね!」


 親指を立ててぐっと合図を送る。
 そんな彼女に任せとけの意味を含め、胸をどんっと叩く。えへへっと笑いながらケイは黒山羊亭を出て行くオーマを見送る。『無事に帰ってきてくれますように』と両手を合わせて小さく祈った。



■■■■



 火山口。
 マグマが唸りをあげてぼこぼこと下流の方へと流れていく。下方にはマグマが冷えたことによって火成岩が作り出されているのが見えた。噴出す蒸気を浴びれば、常人の身体なら瞬殺だろう。そんな危険極まりない場所に今、一人の男が立っている。


 二メートルを越す身長。すらっと伸びた手足。
 余計な脂肪は天敵よ! といわんばかりに付いた綺麗な筋肉。
 蒸気によってゆらゆらと揺れる短く切られた黒い髪の毛。
 そう、その男はっ!!


「聖都公認腹黒同盟総帥、オーマ・シュヴァルツ様とは俺のことよぉ!!」


 ばばん!!
 大きな効果音を背中に背負いながら彼は火成岩で出来た崖の上に立つ。ふんっと胸の前で手を組んだその勇ましさは、まさに筋肉親父に相応しい風貌と言えよう。彼は下方を見遣り、状況を確認する。今はまだ火山口の近くに過ぎない。これから先はファイヤードラゴンと対決する危険性が待ち受けている。


「さぁって……ドラゴンちゃん達は何処にいるっかなー?」


 手を額に当てて辺りをぐるぅりと見渡す。
 そしてにやっと唇を持ち上げると、崖から一気に滑るように降りて行った。いや、そこでただ滑り落ちるだけでは筋肉親父の名が廃る。勢い良く滑り落ちるかと思えば彼は……彼は!!


「うぉりぃやぁあああああああ!!!!」


 大声で叫びながら崖を走って降りていくではないかっ。
 垂直に近い状態の地面を何の苦もなく滑降していく彼を誰が止められようか。いいや、この場所には誰もいない!


「さぁさぁ、ドラゴンちゃん達よぉ! この親父にその素敵マッスルファイヤー筋を見せてちょうだいてなぁっ!!」


 ざざざざざぁああ!!
 足を真横に移動させそのまま地面を擦り、滑るように止まる。そこでびっと指を立てて挑発することも忘れない。そんな彼の脳内には『自身の存在を隠してひっそりこっそり薬草採取』と言う案は最初からないらしい。


 叫び声に惹かれるように登場したのはこの火山に住まいを構えているファイヤードラゴン達。侵入者がやってきたことを知ると、その大きな身体を惜しげもなく晒す。


―――― ブォオオオオオオオ!!


 一体が威嚇するように首を緩やかに回しながら鳴き声を轟かす。
 それに共鳴するように他のドラゴン達も声高く鳴いた。


「ふんふん〜っ、この数じゃまだ少ねえ。こりゃあまだ巣にいやがるな。よし此処はひとぉーっつ!」


 むきむき、ばいーん!!
 彼は服を剥ぎ、自身の胸筋を惜しげもなく晒す。晒された肌に纏わり付く熱を感じた彼は、冷却材を使用するか一瞬考える。だが守護獣イフリートの加護を受けた彼に熱攻撃はあまり関係ない。はぁああああ……っと気合を溜め、ドン! っと一歩前に踏み出す。
 その瞬間、大きく地面が揺れた。


「行くぜぇ! 親父愛秘奥義分身もとい分筋の術っ!!」


 オーマが叫んだその時、彼は一気に何体にも分裂……いや、分筋した。
 挑発するためにドラゴン達の前でイロモノダンシングとばかりに高く足をあげ、麗しく……かつマッチョに彼は踊りあげる。まさにそれは賞もの。飛び跳ねるたびにドンドンっと地が大きく揺れる。その振動によって残っていたドラゴン達もまた『何事だ!?』と巣から出てきた。


「出てきやがった出てきやがったぁ! はぁああ、これだけの観客がいるってなっちゃぁあ、俺様の筋肉が燃えるぅうう!!」
「燃えるぅうう!」
「はぁあああ!!」


 くわぁああっと眼を見開き、更に気合を入れる分身達。
 当初の目的を忘れ、踊り狂うオーマ軍団もとい腹黒筋肉親父隊。その様子に攪乱し始めたドラゴン達は攻撃することも忘れているようだった。
 やがて踊りが終焉に入り、最後に皆で固まって華麗なるマッチョポーズをつける。きらきらと飛び散る汗はまさに青春の汗。輝く笑顔は爽やさすら湛えていた。


 が。


「さぁーって、これで全員出てきやがったな」


 にやり。
 意地悪く引きあがった唇が合図かのように、分身達はさっと移動する。まるで最初から決められていたかのように素早く行動する彼ら。
 そして。


「お次の踊りはー!」
「踊りはぁー!」
「下僕主夫雨乞い祈祷阿波踊りぃいいい!!」


 どこから取り出したのか、彼らの手には鳴り物である大太鼓や笛、鉦などが握られている。
 それを鳴り響かせ、一斉に踊りだす。すると彼らの踊り&祈りが通じたのか、空から命の水とも言われる『雨』が降って来たではないか。それを肌で確認するとオーマの一人がさっとドラゴン達の前に立ち、こっちへおいで★と手を叩いて呼び寄せる。
 その様子が頭に来たのだろう。イロモノダンシングによって飛べぬように攪乱されていたドラゴン達は一斉にオーマの元に走っていく。


 だが、溶岩は水に濡れれば滑りやすい。


―――― ぐぉおあ!?
―――― ぶぉおおおおお!!
―――― ぐうぅふぁああああ!!!


 飛ぶことの方が多いであろうドラゴン達は不慣れな……しかもとても滑りやすい地面を走ったことによりすってんころりんりん★と一斉にこけていく。
 一匹、二匹、三匹、四匹……。
 一匹が転んだせいで最初のドラゴンの身体を避けようとしたまた別のドラゴンが足を引っ掛けたり崩れたり……と、それはもうぐっちゃぐっちゃのどろんどろんになってしまった。


 だが、ばったんきゅーと眼を回しているドラゴン達はある意味とても可愛いかもしれない。


 我、してやったりと微笑むのはもちろんオーマ。
 分かれていた彼はしゅんっと一人に戻ると、素早く火山口の中に入っていく。もちろん最初の目的を果たすために、だ。


「しっかし、やたら阻むのは火山口にへそくりでも隠してんのかねぇ? それともやっぱ縄張りかぁ? ……っと苔苔、これだな」


 ふんふんふーんっと鼻歌を歌いながら中に進み、見つけた苔を丁寧に袋の中に入れる。
 本日の依頼の大部分は終了。あとはこれを持ち帰れば完全に依頼達成となる。嬉しそうに爪先筋肉スキップを踏みながらオーマは歩いていく。すると、彼は岩の陰にある物を見つけた。


「何だぁ? ……ああ、こりゃああいつらも騒ぐわけだ」


 それはとても丸い、卵だった。
 そろそろ孵化するだろうと思われる可愛い卵がマグマの熱によって温められている。オーマは突付こうと近寄る。だが、首を振って足を止めた。子供達を守るためにいつもより気性が荒くなっているドラゴン達。そろそろ彼らも目が覚めるだろう。


「子供を思う親心に俺様胸キューン★ さぁーってこのきゅんきゅんさを胸に帰路に付くとするかねぇ。ふんふん、帰ったら我が麗しの愛娘にあいらぶ抱擁すりすりぎゅー★をしなけりゃな!」


 ぐふふふふっ。
 その瞬間を脳裏に思い浮かべてオーマはすたこらさっさと歩いていくことにした。



……Fin



□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
【1953/オーマ・シュヴァルツ/男性/39歳(実年齢999歳)/医者兼ヴァンサー(腹黒副業有り)】

【NPC / キョウ / 男 / ?? / 案内人】
【NPC / ケイ / 女 / ?? / 案内人】
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■         ライター通信          ■
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□

 こんにちは、蒼木裕です。またの発注有難う御座いました★
 オーマ様の発注文章はいつも面白く読ませて頂いております。お陰でこちらもどう進めていこうか考えるのがとても楽しいですv今回はギャグていすと、親子愛オチとなりましたが如何なものでしょうか? 個人的にオーマ様の愛娘への愛が好みで御座います(笑)
 尚、キョウの怪我は例の事件の怪我です。その節はお世話になりましたっ。