<聖獣界ソーン・白山羊亭冒険記>


戦いたがりの人形たち

 えい! やあ! とお!
「……ゼヴィルさあん。今度はなに造ったんですかあ……?」
 すでに白山羊亭の常連となりつつある人形師ゼヴィルに、看板娘ルディアはうんざりした声をかけた。
「うむ」
 見てのとおりぢゃ、と小人のゼヴィルは言った。
 えい! やあ! とお! とかけ声をかけながら白山羊亭内で武器を振り回しているのは、全員二十歳ほどの人間に見える――が、ゼヴィルが連れてきたということは、それは魔術をかけられたただの人形なのだ。
「……今度は戦士になってしもーての」
 ゼヴィルは「何を失敗したんぢゃろうか……」と自身難しい顔でそう言った。
「やつらは戦いたいらしい。剣も槍も斧も魔法も何でもおる。誰か、相手してやってくれんかの」
「適当に戦いの相手して、満足したら、人形に戻ってくれるんですねっ!」
「うむ。……何を怒っておるのぢゃ」
「相手をさがせばいいのでしょ! だってさがさなきゃ」
 白山羊亭壊されちゃいますよう、とルディアは泣きそうな声でそう言った。

     **********

 今日も今日とて下僕主夫、紅色ナマ絞り日和ビバ桃色るんるん聖筋界ソーン★で白山羊亭に逃げ込んできた人物がいた。
 オーマ・シュヴァルツ。筋肉モリモリ、戦士としても最強、ただしカカアには絶対勝てない下僕主夫。
「しまった……やっちまったぜ。かあちゃんを怒らせちまった……っ」
 ちょっと腹黒商店街で一目ぼれしたものを衝動買いしてしまったら、家計火の車に油を注いだ。
 しかも買ってきたのは不良品ときたもんだ。
「許してくれかあちゃんって言っても聞く耳もたずだもんなあ……」
 当たり前といえば当たり前。
 というわけで、紅色ナマ絞りから逃げるためにやってきた白山羊亭だったが……
「………? あんだ……?」
 えい やあ とお!
「――愛すべき筋肉をお持ちのあなたに――」
 声が聞こえた。「我が麗しき剣舞を!」
 ひゅおうっ
 優雅な剣筋がオーマの頬のすぐ傍をかすめていき、そしてなぜか――
 オーマの頬に薔薇の華が咲いた。
「む?」
 どうやらくっついただけのようで、オーマが触るとすぐに取れてきたが――
「秘技! 薔薇剣舞……!」
 目の前ですらりと長身の男が、レイピアを手にひらひらと舞っていた。
 舞う傍から、ぽんぽんぽんと薔薇の華が咲き、散っていく。
 薔薇の香りがあたりに充満し、花びらがひらひらと舞った。
 青年は床に落ちた花びらを口元に当て、
「ああ……薔薇の華はいずれ散る……しかしその花びらさえも美しい……」
「何だあ? お前さん……」
 オーマは呆気にとられて青年を見た。
 青年はゆるやかにカーブした長い金髪をさらりと払い、薔薇の一輪をぽんとその手のひらに生み出して一礼した。
「わたくしはディシリス・カーロッタ。貴族人形でございます」
「貴族人形……?」
 首をかしげてふと店内を見やると、見慣れた小人が「おお」と手を振っていた。
「オーマではないか。これは天啓。手を貸してくれんかのお」
 人形師ゼヴィルである。
「あん?」
 わざわざ改めて店内を見渡すまでもなく、店内がゼヴィルの手によるのだろうおかしな人間――人形たちで混乱しているのは分かっていたが――
 オーマはディシリスに向き直った。
「お前さんも、人形なのか」
「その通り。どこかの世界の貴族を模して作られました」
「貴族ねえ……」
 また魔術で生命を持ったやつらを作っちまったのか、とオーマは呆れてゼヴィルを見やる。
「戦いたがりの人形ぢゃ。相手をしてやってくれんかの」
 と、言ってから――
「しかしディシリスは別件で大変みたいぢゃからの。それに手を貸してくれるのでもよい」
「あん?」
 オーマはディシリスを見た。
 ディシリスはその端正な面立ちに沈痛なかげりを見せて、うつむいていた。
「どーした?」
「実は……このようなものを」
 ディシリスが差し出した一枚のカード――

『今宵、と言わず昼にでも 貴方のハートを奪いに  怪盗レイラ』

「おお……!」
 オーマは体を打ち振るわせた。
「お前さんも逃げているのか……!」
「はい……わたくしのようなかよわい男を相手に、乱暴な女性がこのように」
 ディシリスは男と女が逆なセリフを吐いた。
 オーマの下僕主夫電波がビビビと反応する。――この青年は下僕主夫の才能たっぷりだ。
「これぞ腹黒運命遭遇筋……!」
「何やらよく分かりませんが、わたくしもあなたには何か運命的なものを感じます……!」
「そうだろうそうだろう! なんといっても未来の仲間だ……!」
「仲間! なんとすばらしい言葉……!」
 ――いつの間にやら意気投合。
「あなた、オーマ殿とおっしゃったか? ぜひわたくしとバトルを」
「おう。バトルマッチョ願い大胸筋成就してやりたいぜ」
 だが――
 オーマの勘が震える。
「だ、だめだ今はだめだ、逃げないとナマ絞りだ……っ」
 焦り焦り。もじもじ顔面蒼白筋。
 そしてそのとき。
「あんたぁっ!」
 どばきゃっ
「ひいいいいいい」
 白山羊亭の扉をぶち破り御降臨なさったのは、オーマのらぶはにーであった。
 美しい、それは美しい赤い髪と金色の瞳を持つ女性。顔立ちは凛々しく美人。こんな女性をゲットできたならその男はさぞかし幸せだろうと他人に思わせるに充分な――
 しかし、当のゲットした(というか逆プロポーズだが)夫は、らぶはにー降臨にガタブルマッチョで必死に逃げ道をさがした。
「よく分かりませんが……あなたも逃げる身でございますね」
 ディシリスが沈痛な面持ちで言う。
「じ、実はそうなんだ。――よしっ」
 オーマとディシリスは顔を見合わせ、うなずきあった。
「――二人で逃げようっ」
 共に愛のボディビルディングマニア逃避行ツアーへと……


「ちっ。逃げられたかい」
 シェラ・シュヴァルツは白山羊亭に夫の姿がないことを見て取ると、「誰か!」と店内に声をかけた。
「うちの主人の行き先を知らないかい……! 誰か!」
「あ、あのうシェラさん……」
 ルディアがおそるおそる声をかける。「うちの扉壊すのやめてもらえませんかあ……」
「今はそれどころじゃないんだよっ」
「きゃっ。はいっ」
「で、知ってるかい。うちのダンナの居場所を!」
 シェラはこれ幸いとルディアに迫る。
「ししし知りません。ただ、お人形さんと一緒にどこかへ行かれたということしか……」
「人形?」
 ルディアが示す先。
 ひとつのテーブルでのんきにお茶を飲んでいる小人がいた。
「ああ、あの人……ゼヴィルさんって言うんですけど、あの人が作った人形さんです……」
「ゼヴィル? ああ」
 シェラは何かを思い出したかのように、小人のいるテーブルへと向かった。
「あんたかい。人形に魔術かけて無尽蔵に生命を作り出してる不届き者ってのは」
「おや。お前さんは……オーマの奥方か?」
「そうさ。あんたのことはダンナに聞いてるよ――で、だ」
 唐突に。
 シェラは小人の胸倉をつかみあげた。
 小人の軽い体は、簡単に持ち上がった。
「……うちのダンナの行き先を、知ってるだろう?」
「ししし知らんぞ、オレは知らん!」
「あんたの作った人形と一緒なら、人形電波を伝っていけばいいんだよ! 今すぐやりな!」
「ひいいいい」
 空中にぶらぶらとぶらさげられて、ゼヴィルは苦しそうにもがいた。もがけばもがくほど、シェラの手が食い込んでくる。
「分かっ……た、今、探して……みる……から……はなし、て」
 シェラはどさっとゼヴィルを床に落とした。
 ゼヴィルがぜーはーと息を吐く。
「さあ、早く!」
 とシェラがせかしたとき――
「ゼヴィルー!」
 げしいっ
 横から跳び蹴りで人形師を蹴り飛ばした存在がいた。
 げふっとゼヴィルの軽い体が飛んでいってしまう。
「ちょっと、あんた何すんだい!」
 話が聞けなくなっちまうじゃないか――とシェラは乱入してきた人物に言った。
 人物。それは人物だったのだろうか。
 正しくは――そう、人形である。
 露出の多い服装。ダイナマイトボディ。あまり動き回ると危険なんじゃないかと見えるその外見。
 短く切られた青銀色の跳ねっ毛もどことなく色っぽい、奇妙な女性だ。
「あたしも、ゼヴィルに話があるんだ」
 と青銀髪の女は言った。「あたしの愛しの彼がどこへ行ったのかをね。調べてもらわなきゃ」
「愛しの……。あんたも逃げられたのかい?」
「ふふっ。私は怪盗レイラ。狙った獲物は逃がさない……」
 レイラはにやりと美しい唇をつりあげた。「あたしの愛しいディシリス。彼のハートを奪いにいかなきゃ、あたしの怪盗としての名が泣くわ」
「………!」
 シェラはなぜか、レイラに親近感を抱いた。
 二人の迫力美人な女性は、壁際まで飛んでいった人形師の元まで歩いていく。
 そして、
「さあ、吐きな! オーマと」
「ディシリスは、どこへ行ったのさ!」
 女性たちの声は見事にハーモニーを作った。
 人形師はがたがたと震えながら、
「ディディディシリスは、オーマと一緒に……」
「何だって?」
「その……ええとぢゃな、今たぐってみる……」
 ゼヴィルが目を閉じる。冷や汗が額を伝っていた。
 やがてぱっと目を開けると、
「雛人形……雛人形サンクチュアリ。そこにおる」
「どこだいそれは!」
「いや、ええと」
 今は開いておるはずがないんぢゃが、と、とっくに雛祭りが過ぎている今を思ってゼヴィルが首をかしげる。
「いいから、そこへ連れておいき!」
「ディシリスもそこにいるんだね! あたしも行くさ!」
 レイラがシェラとともにゼヴィルに迫って、そして二人の女性は顔を見合わせた。
「……なんだか」
「気が合いそう、だね」
 二人は軽く、互いの手を握り合わせた。
 恐怖のタッグがここに誕生した。
 ゼヴィルがガタガタと震え続けた。
「さあ、あんたも行くんだよ……案内役!」
 シェラはゼヴィルを小脇に抱え、
 いざ!
 レイラとともに、白山羊亭を飛び出した。


「うーん……どこをどう来たのか分からんが……」
 オーマはうなっていた。「……ここはどこだ?」
 目の前を、しずしずとやたら重そうな布を何重にも重ね着をした女性が通り過ぎていく。
 その顔は白く塗られ、口紅の赤さがいっそう際立っていた。
「ここは……我ら人形たちの間で伝説になっている国……!」
 ディシリスが感激したように、声を震わせた。
「雛人形サンクチュアリと申します、オーマ殿。雛人形たちの国……」
「雛人形……っつーと、女の子の生誕を祝う日だな」
 娘がいるオーマはとたんにでれっとした。「そりゃあいい国だ。娘に土産でも持っていけるかもしれん……」
 横を見ると、ほのかな明かりを灯したぼんぼり。
 どこからか聞こえてくる独特の音楽に惹かれて歩いていくと、そこでは五人の青年が楽器を演奏していた。
「いいところじゃねえか……」
 オーマとディシリスは、逃避行中なことも忘れて観光気分で雛人形サンクチュアリを散策した。
 桃色、白色、よもぎ色三色の餅があちこちに用意され、無料でそれを食べさせてもらえる。
 白酒もあった。大酒のみのオーマは喜んで飲み干した。
「オーマ殿はお酒に強いのですね……」
 ディシリスが感心したように言った。「わたくしはワイン以外飲めませぬ」
「なにっ。男としてそれはいかんぞ! さあ挑戦してみろ!」
 どうせタダだ、とオーマがディシリスをせかすと、ディシリスは腹をくくったかのように杯の白酒をあおった。
 その白い顔が、とたんにボンと赤くなる。
「し、白酒とは……強いお酒なのでございますね……」
「ワインより強いとは思わねえが……まあ人によって強い弱いが違ってくることもあらぁな」
 オーマはたった一口でふらふらになったディシリスに呆れて、幾重にも重ね着をした女たちの注いでくれる白酒をひとりで飲み干していった。
 と、そこへ――

「見つけたよ、あんたっ」
「見つけたよ、ダーリン!」

 二人の男がひいいいとガタブル肩すくめ状態に。
 なぜかゼヴィルを小脇に抱えて連行してきたシェラに、レイラが加わって、ずんずんとこちらへ歩いてくる。
「ににに逃げるぞディシリス!」
「は、はいっ」
 と思ってみたものの、ディシリスは足がおぼつかない。
 ディシリスを抱えていくしかない、などと考えているうちに、ずんずんと恐怖の美しい女たちが近づいてくる。
「あんた……逃げるなんてのぁ男らしくない……っ!」
 シェラが愛用の大鎌をひゅおっと閃かせる。
 どこをどうやったものか――いつの間にか、オーマとディシリスの服が糸で結ばれていた。
 どこから糸を出したのかは不明だが、裁縫に関しては天下一品。しかもその大鎌で裁縫をするという特技を持つシェラである。それぐらいは朝飯前だった。
「ダーリン……っ今度こそ盗んであげるわよ、そのハート!」
 びしっとレイラが指をつきつけるは、酔っ払いのディシリス。
 ディシリスはふらーと――オーマと背中合わせに引っ張り合いながら――レイラに近づき、自分に向かって突き出されていた指をそっと取った。
「ああ……麗しい。薔薇のような指だ」
 ぽん。
 その指に、まるで指輪のように小さな薔薇の華が咲く。
「このほうが……お似合いですよ、お嬢さん……」
「………っ」
 レイラが真っ赤になって指をひっこめた。
 嬉しそうに薔薇の華が咲いた指を見つめる。
「ディシリス……っついに分かってくれたんだね……!」
 ――レイラは果たして、異様に赤いディシリスの顔色に気づいているのだろうか。
「へえ……案外簡単に捕まっちまったねえ」
 シェラがどこかつまらなそうにつぶやいた、そのとき――

 突如。
 世界が暗くなった。
 否――
 上空に、巨大な見慣れぬ建築物……

「よ、要塞都市……?」

 要塞都市は、ある場所の上空まで来てとまった。
 ――お内裏様とお雛様が、二人ならんで座っていたその場所に。
 要塞都市から、謎の光線が発射される。それはまともにお内裏様――夫のほうに命中し、かと思ったらお内裏様の姿が空中に浮いた。
 要塞都市に向かって……ずんずんと引っ張られるようにお内裏様の体が飛んでいく。
「………っ!」
 奥方が手を伸ばして、お内裏様を呼んだ。
 お内裏様が上空から手を伸ばして、妻の手をつかもうとした。
 しかし、時すでに遅し――

 お内裏様の姿は、要塞都市に吸い込まれて消えてしまった。
 そして次の瞬間には、要塞都市そのものも……

「……何だ、ありゃあ」
 オーマは呆然とその様を見つめていた。
 シェラ、ディシリス、レイラ、ゼヴィルも同様だった。
「お、お内裏様が……誘拐されたのでは?」
 ディシリスが酔いがさめたように目をぱちくりさせて言う。
「そうにしか見えないねえ」
 シェラが顔をしかめて言った。「なんだってんだい、いったい」
 誰も答えられる者がいるはずもない。
 五人が顔を見合わせていると――
「もし……」
 ふと声をかけられて、五人は振り向いた。
 そこに、眉を剃り、おはぐろを塗った女性がいた。
「もし……そこのお方々……」
 おちょぼ口からのぞくおはぐろがほんのちょっと怖い。
「何の用だい?」
 シェラがとりあえず夫とディシリスを縫い付けた糸を切り、大鎌を肩にかついで問う。
 反応してくれたことにほっとしたのか、おはぐろの女はほっと微笑んだ。
「はい。わたくしは三人官女……女官長と申します」
 ――通常女官長は中央に座し、既婚を現すため眉を剃っておはぐろをさす慣習がある。
「お願いがございます」
 女官長はしずしずと頭をさげた。
「どうか……我らが姫の願いを聞いてくださいまし……」


 雛人形サンクチュアリの伝承――
 それは、国に危機が迫ったとき、五人の救世主が現れるというもの。
「きっと、そなたたちこそがその勇者」
 姫、つまりはお内裏様の片割れ奥方はオーマたち五人を見ながらそんな説明をした。
「無理を承知でお頼み申しまする。どうか、我が夫を助けてくださいませぬか」
 凛とした表情の姫だった。
 しかし、化粧で隠された奥の表情が、いったいどれほど沈痛なものだったのか――
「へえ?」
 シェラが面白そうに片眉をあげる。
「むむう……よもや雛人形サンクチュアリでこんなことに出くわそうとは」
 人形師として感慨深いのか、ゼヴィルがうなった。
「なんと気の毒な……ぜひとも救ってさしあげなければ」
 ディシリスが胸に手を当ててつぶやいた。「でなければ姫の凛とした薔薇のようなかんばせがしおれたままとなってしまいます」
「ディシリス! さっそく浮気なのか!?」
 レイラがまったく別のことで怒り出し、
「落ち着けよ。……しかし俺たちに何かしろったって、何をしろってんだ?」
 オーマがレイラをなだめながら姫に言った。
 はい、と姫はうなずいた。
「この王城地下に……五人の救世主たちのみを通せと言われております封印の間がございまする。どうか、そちらへ」
「本気で誰も入ったことがねえってのか?」
「ございませぬ。われわれは伝承を大切にいたします」
「……そうだな」
 言ってみれば桃の節句自体が伝承のようなものだ。この国が伝承を大切にしなくてはおかしいだろう。
 オーマは背後の妻に問うた。
「行くか? シェラ」
「聞くまでもあるのかい?」
 面白そうな声で返事がある。
 オーマはにっと笑った。
「そう言うと思ったぜ。……ディシリス、レイラ、ゼヴィル。ここはいっちょ、やってやろうじゃねえか」


 王城の地下――……
 人気がないその場所は、何人かの兵士っぽい青年たちがいるだけで、たしかに他の人間を通している様子はなかった。
 五人は女官長に、封印の間へと連れて行ってもらった。
 もちろん女官長は兵士たちの間を顔パスである。そして彼女が連れている五人の存在に、怪しむどころかむしろ期待をこめた視線を向けるのだった。
 やがて――
 大きな扉が現れる――

「こちらでござます……」
 女官長は扉を示してそう言った。
 扉には、六つの取っ手があった。
「こちらの取っ手……四つはひとりひとつずつ、真ん中の二つだけはおひとり様が両方持って引っ張ると、開く……と文献にはございまする……」
「ふーむ」
 よくできておるわい、とゼヴィルが扉に触れる。
 あ、と女官長が小さく声をあげたが――特に何かが起こったわけではなかった。
「む?」
 ゼヴィルが女官長を見ると、女官長は驚いたような顔をし――それから破顔した。
「ああ……やはりあなた方は本物の救世主……」
「なんだあ?」
 オーマが首をかしげる。シェラがそんな夫に、呆れたような視線を向けた。
「決まってるじゃないか。どうせ普通の人間が扉に触ると、何か起きるってんだろ」
「その通りでございます」
 女官長はにっこりと微笑んだ。「わたくしたちが触れれば、まるでしびれるような何かが体に走りまする」
「とにかく、早く救ってやんなきゃならないだろ、この国を」
 シェラがとっととひとつの取っ手に手をつける。
「ほら、中央のはあんたが持ちな」
 妻にせかされて、オーマは「分かった分かった」と中央のふたつの取っ手に手をつける。
「ほらほらあとの三人もだよ」
 主導権は完全にシェラにあり。ディシリスとレイラ、ゼヴィルも慌てて取っ手を取った。
 女官長が一歩退き、両手を握り合わせる。
「よし。引くぞ……!」
 オーマのかけ声で――

 ぎぎ……い……

 女官長が歓喜の表情をその白い顔に浮かべた。
 細く、少しずつ開いていく扉の隙間から、光が差し込んでくる――

 ――光?

 ぎぎ……

 開いた隙間から――

 ひゅん

 まず中央にいたオーマが。

 ひゅん

 次にオーマの隣にいたシェラとディシリスが。

 ひゅん

 最後にレイラとゼヴィルが。

 隙間に、吸い込まれるようにして姿を消した。


 バタンと扉は閉じた。

     **********

 光の中をぐるぐる回るように飛ばされていくような感覚――
 そして、
 たどりついたのは、

 光のあふれた世界……

     **********

「……ん?」
 気がつくと、草原にいた。
 まっさきに目を覚ましたのはオーマだった。彼は慌てて、他の四人の姿をさがした。
 幸いなことに、五人はほとんど離れていない場所に転がっていた。
「なんぢゃ、ここは」
 手に触れる草の感触がとても優しい。
 陽光の色が目に暖かい。
「美しい土地です……美しい女性二人が来るにはぴったりの場所ですね」
 ディシリスがシェラとレイラの手を取って、その両方の手の甲に薔薇の華を咲かせた。
 レイラが、「どうしてそっちの人もなんだよ!」と怒るが、
「気にすることはないさレイラ」
 シェラはあっさり、手の甲に咲いた薔薇を捨てた。「あたしはダンナ以外は眼中にないからね」
「シェラ……!」
 オーマが感激して妻を抱きしめようとして――ぎらりと光った大鎌に動きを止める。
 シェラはにこりと笑った。
「まだナマ絞りしてないだろう?」
「ひいいいいいい」
 忘れてた。ガタブルマッチョ状態のオーマの服のすそを、慌てたようにくいくいを引っ張るのは小さな手。
「お、おいおいオーマ。この世界へんぢゃぞ」
「ん? 何が――」
 と訊きかけて、オーマは言葉をとめた。

 ゴゴゴゴゴ……

 妙な音がした。
 うなり声にはとても聞こえない――うなり声。

 そこには、四角い箱の形をした――獣面の魔物――
 全部で、十体余り。

「げっ。モンスターのいる世界かよ!?」
「ああ……なんということでしょう……」
 このような美しい世界に――とディシリスがレイピアをひゅんひゅん鳴らしながら嘆くような声を出した。
 オーマはそれを制して貴族人形に言う。
「おい。モンスターだからって殺すなよ」
「え? ああ、あなたはなんて素晴らしい考えの持ち主……!」
 感激したかのように、ディシリスはオーマに礼をした。
 ぽん、とオーマの心臓あたりに大きな薔薇の華が咲いた。
「うーむ。どうせならピンクの薔薇がいい」
「ピンクですか。ではこれでどうでしょう」
 ぽぽん。
「よっしゃ、これで俺は最強だ!」
 心臓と背中、両側に巨大な桃色薔薇を咲かせ、オーマは愛用の大銃を生み出した。
「……あんまり似合わないねえ、あんた」
 シェラがしゅんと大鎌を鳴らす。
「何を言う……! この世で最高の格好じゃねえか」
「では奥方様はこれでいかがでしょう」
 ぽん
「美しい赤い髪には美しい金の薔薇……よくお似合いですよ」
 シェラは頭に手をやった。――華の感触がある。
 夫の反応を見やると、オーマは確かに見とれていた。
「ふん。じゃあ許してやるかねえ」
「ディシリスー!」
 横から跳び蹴りをするのはレイラ。まともにディシリスのこめかみに膝が直撃し、ディシリスは危うく失神しかけた。
「あたしはどうなるのよ、あたしは!」
「あ、ええと、はい」
 ディシリスはふらふらしながら、ぽんと華を咲かせた。
 レイラの青銀色の髪に、銀色の薔薇を。
「ほほう。意外と色合い的にも似合うもんぢゃの」
 ゼヴィルが感心したように言って――
「もうそんなことで遊んでる場合じゃないよっ」
 シェラの鋭い声が響いた。
 四角い奇妙な固形魔物が、もう目前まで迫っていた――

 オーマが大銃をモンスターにかすめるように放ち、衝撃で吹っ飛ばしていく。
 シェラは大鎌でしゅおうとモンスターの間を縫い、鎌の裏側で打ち据えていく。
 ディシリスは両手を大きく広げて、
「ああ、優雅な世界よ!」
 などと言いながらあたり一帯に薔薇の華を咲かせた。
 モンスターたちの視界がさえぎられる。その隙にレイラが短剣で、ゼヴィルが魔術でモンスターを昏倒させていく。
 即席パーティながら、なかなかいいコンビネーションだった。

 血は決して流させていない。というか、この固形モンスターに血が存在するのかどうか謎だったが。しかし戦いの気配を察して、今度はまた意味不明な巨大植物型モンスターが現れる。
 蔓をバシンバシンと地面に叩きつけ威嚇してくるそのモンスターに、
「いけません……! 植物ともあろうもの、美しくたおやかで優雅でなくては……」
 ディシリスがふわりとレイピアを振るった。
 振るう傍から薔薇の華がぽぽぽぽんと咲いた。
 おそらく人食生物であったのだろう植物が、薔薇まみれになった。
 その隙にゼヴィルが、詠唱の長い魔術を放ち植物の動きを完全に止める――

 次に現れたのはスタンダードに獣型。人海戦術ならぬ獣海戦術で来たが、こちらはオーマとシェラの相手ではない。
 すべてを気絶させていき、彼らが向かうは――

 雛人形サンクチュアリにて上空に消えたはずの、要塞都市……

     **********

 都市の中に入るのには、レイラの力が最大限に役に立った。門を軽々と駆け上り、内側から開けてくれる。
「探索は任せなよ」
 自信まんまんにレイラは言った。
 要塞都市の中は、静かだった。人気はある――のに、なぜか空気が重い。
 四人に、安全な場所に隠れているように言い、レイラはすっと姿を消した。
「………」
 シェラが、何か引っかかることでもあるのか、その金の瞳を細めて都市の中を見つめる。
 要塞都市だけに、無骨な感じのする都市――
「なんぢゃか……雰囲気がおかしいのお」
 ゼヴィルがつぶやき、
「ああもったいない……! わたくしの力で薔薇尽くしにしてさしあげようものを……!」
「とりあえず今はやめとけ」
 オーマはがっくりとしながらディシリスに言った。なんちゅー緊張感のない人形だ。
 やがて、たっぷりと時間をかけてからレイラが四人の元に戻ってきた。
「大体のところは分かったよ。まずこの都市には」
「子供がいない――だろ? それも女の子が特に」
 レイラに最後まで言わせず、シェラがつぶやく。
 レイラが目を見張って、
「そう、そうなんだよ。子供が極端に少ないんだ――とりわけ女の子が」
 男の子ならちらほらいるんだけどね――と囁き、
「それから、都市の中央の王城にどうやらお内裏様は監禁されてるっぽいよ」
「王城……」
 五人は都市の中央を見つめる。
 雛人形サンクチュアリとはまた違った趣の王城が、そこにあった。
「雛人形んとこは華やかだったが……」
 オーマが目を細める。「ここは頑強だな。戦争でもするかって感じだ」
「実際その通りらしいよ」
 レイラが説明するにはこうだ――

 この要塞都市は、都市ごと飛ぶことができる。それはオーマたちも目にしたこと。
 飛びながら、常に移動している。
 そのため、いつどこで友好的ではない国とぶつかるか分からない。
 だから、都市ごと頑丈に作ってあるということ。

「モンスターが都市の中にもいるのはね、戦士の訓練用だって。飼ってるらしいよ」
「あー……たしかに訓練にはいいかもしれんが……」
 何となく疲れた気分でオーマはため息をついた。
「それで、何で雛人形サンクチュアリにケンカを売ったのさ?」
「それがよく分からなくてさあ」
 レイラは自分に分からないことがあるのが不満なのか、むっつりとした顔で言った。
「どうやら王城にいる中心人物に会いに行くしかない感じさ。お内裏様、助けなきゃならないしね」
「しゃーねーな……行くか」
 よっこらせとオーマは大きな銃を構えなおし、他の四人を促した。

 武器を持って堂々と王城に入ってくるのである。それはもう猛烈な兵士たちの反撃があった。
 オーマたちはそれを軽々といなしていき、近場の兵士に「お内裏様はどこだ」と訊いた。
 放っておけばオーマの迫力は並じゃない。加えて謎の薔薇戦士や、迫力美人二人にまで迫られて、兵士は縮み上がりながら「地下! 地下!」と声をあげた。
「地下、ね……」
 レイラが独特の感性を活かし、複雑怪奇な地下道から軽々と正しい道を見つけ出して四人を連れて行く。
 やがて――
 気配が、迫ってきた。
「……人間の気配じゃねえ」
 オーマは緊張する。ゼヴィルが眉をひそめた。
「どうもこれは……」
「あん?」
「人形の気配に思えるのお」
 一歩進んで、五人は硬直した。
 そこにいたのは、地下道を埋め尽くすほどに巨大なドラゴン――

 ドラゴンの向こう側に扉が見える。
 が、扉を調べている余裕などなかった。

 ドラゴンが炎を吐いて五人を焼き尽くそうとする。
 とっさにゼヴィルが吹雪の魔術で対抗した。
 均衡する力が衝突し、相殺。
 その隙にシェラがドラゴンの懐に飛び込み、その首の辺りを鎌の柄で打つ。
 ドラゴンがもだえた。その鋭いつめがシェラを襲った。
 オーマは大銃でその爪を受け止め、妻をかばった。
「ドラゴンさえも美しき生命。ああ世の中の素晴らしきよ……!」
 ディシリスの意味不明な言葉はどうやら呪文らしい、ドラゴンがぽぽぽぽんと薔薇尽くしになる。
 これにはさすがにドラゴンも驚いたのか、動きがぎこちなくなった。
 そこを狙って、レイラがドラゴンの横をすりぬける。
「――この扉、鍵がかかってる……!」
 今開けるから、時間稼ぎよろしく! とレイラは言ったきり黙りこんだ。
 シェラの大鎌がすらっとドラゴンの皮膚を薄く剥ぎ、オーマの大銃がドラゴンの腕を打つ。
「悪ぃな、痛い目に遭わせてよ……!」
 あとで腹黒同盟に加盟させてやるからよ……! とオーマは叫びながら大銃でドラゴンの腹の下の地面をえぐった。衝撃で、ドラゴンの体がぐらりと揺れた。
 と、
「きゃあ!」
 レイラの悲鳴――
「………っ」
 ディシリスが危険をかえりみずにドラゴンの横をすりぬけて、レイラの元へ行く。
 レイラは倒れふしていた。――ドラゴンの尾に打たれて。
「レイラ……!」
 ディシリスは薔薇を生み出し、その花びらをレイラの口に含ませようとした。
 レイラは完全に気を失っており、飲み込んでくれない――
「同じ人形同士、失いたくはありません……っ」
 ディシリスは花びらを己の口に含んだ。噛み砕き、そして、
 レイラに口移しで飲ませた。
 レイラがうっすらと目を開ける。
「よかった……! 回復の薔薇が効きましたね!」
 ディシリスに抱きしめられ、レイラが信じられないと言いたげな顔をして――そして、とても幸せそうな顔になり、ディシリスを抱きしめ返した。
「おやまあ」
 シェラがくすっと笑って、「カップル誕生かい?」
「ははっ。後でルベリアでも贈ってやるか」
 オーマが人形カップルを襲おうとした尾を大銃で受け止める。
「いけない……っ鍵開けが、途中……っ」
 ディシリスの腕の中から、レイラが起き上がる。そして床に落としてしまっていた鍵開け用のピンを拾い、大きな扉の小さな鍵穴に立ち向かい始めた。
「あと少し……!」
 ドラゴンの吐くブレスはことごとくゼヴィルが無効化する。
 シェラがドラゴンの体を打ち、弱らせていく。
 オーマはドラゴンの物理的な攻撃を受け止める。
 ディシリスはレイラに危険が及ばぬようレイラの背後を護っていた。
 そして、
「――開いた!」

 キイ……

「よっしゃ、レイラディシリス、先入れ!」
 オーマに言われるままに人形たちが先に扉の向こうへ。
 オーマはゼヴィルを抱え、
「シェラ、行けるか?」
「このあたしをなめるんじゃないよ」
「よし」
 夫婦は見事なコンビネーションでドラゴンに隙を作り、そこを縫いながら扉の向こうへと飛び込んだ。

 入るなり、オーマはドラゴンが入ってこないように扉を閉めた。
 明るい光が、視界をまぶしく照らした。
「ん?」
 円のような形をしたその部屋の中央で、振り向いた人影があった。
「そなたたちは、誰じゃ」
 高い帽子、奇妙な風体。
「あんた、お内裏様……」
「内裏とは妻を含めての呼び名じゃ」
「いや、今はそんな細かいことは置いといてだな」
 何やってんだあんた、とオーマは抱えていたゼヴィルを放してやりながら訊いた。
「うむ……そなたたちは、我が国に伝わる五人の救世主か」
「まあ……そういうことになんのかねえ」
「そうなのであろうな。ここまで来られらのだから」
 ありがたい、とお内裏様は御自ら頭を下げられた。
「いや、まだあんたを完全には救えていない。礼を言われるまで行ってない」
 オーマは真剣に言う。
「あんたは知ってるのかい? 何で自分が誘拐されたのか」
 シェラが続けた。
「うむ……」
「それは」
 新たな声が割り込んだ。「こちらが説明しようではないか」
 女性の声だった。少し歳はいっているものの、凛とした……
 そしてオーマたちの前に現れたのは、戦士の格好をした凛々しい女性だった。
「……あんたは?」
「私はこの国の女王」
 すっと目を細めて、女王は言った。「なるほどそなたたちが、雛人形サンクチュアリの伝承の救世主か」
「よく知ってるな?」
「そこな内裏がしつこく言うたのでな。耳にタコができたわ」
 オーマたちがお内裏様を見ると、お内裏様は、
「こんなことをすれば、必ず救世主たちによってこの国に罰が下ると、何度も言い聞かせておったのじゃ」
「馬鹿をぬかすでないわ!」
 女王は激昂した。「罰が下ると言うのなら、そなたたちが先じゃ、この伝承を失いかけたうつけ者めが!」
「……おーい」
「だからと言うて誘拐とは信じられぬ。そなたたちの常識を疑う」
「だから、おーい」
「そなたたちがいつまで経っても行動を起こさぬから、強行突破させてもらっただけのこと……!」
「だから」
 ひゅおう
「……話が見えないんだよねえ、そこの二人」
 大鎌で二人の装束と鎧を薄皮のように綺麗に一枚剥ぎながら、シェラがにらみを効かせる。
 かっ、と大鎌の柄で床を叩きながら、
「いいから最初から話しな。あたしたちにも分かるようにね」
 お内裏様と女王は、冷や汗をかきながらこくこくとうなずいた。

 要するに、こういうことだ。
 雛祭り――三月三日はもう過ぎている。
 伝承では、三日が過ぎたら雛人形たちは後ろを向かなければならない。そうしなければ、世の娘たちは嫁に行けなくなる。
 しかし。
 今年雛人形サンクチュアリの雛人形たちは、その伝承を守らなかった。
 そのため、たまたま近くを通っていたこの要塞都市では、嫁にいけなくなった女性が多くなった。さらに言えば、女の子が生まれなくなった。

「罰を下してやったのじゃ」
 ふん、と女王はあごをそらす。
「こちらは大変迷惑しておるのでな」
「……おいおいおいおい」
 オーマはお内裏様を、情けない顔で見た。「何でそんな大切なことを守らなかったんだよ」
「それはこの女王に訊くがよい」
「はあ?」
「元はと言えばこの要塞都市から使いが来たのじゃ! 我が国の白酒をもっと飲みたいから、当分雛祭りを続けておれとな……! 我々だとてたった一日で祭りをやめたくはない。だから承諾した!」
「………………」
 ――なんじゃそりゃ。
「結局……」
 シェラが額に手をやって、ため息をついた。「どっちもどっちってヤツかい?」
「微妙だな……」
 要塞都市のほうが自分勝手にも思えるし、かと言っていくら頼まれても伝承を無視した雛人形サンクチュアリも無茶ではあるし……
「まあまあ」
 突然、ディシリスが前に進み出た。
 ぽん、と薔薇の華を生み出し、女王の胸に飾って、
「お美しい方。そんなに怒らないでください――薔薇の華がよくお似合いですよ」
「―――っ!」
 女王が――ぽっと頬を染めた。
 ディシリスが深々と頭を下げる。
「どうか、お内裏様を返してあげてくださいませ。もう二度とこのようなことがないよう、気をつければよいのです」
「そそそ、そうだな」
 女王はなぜか真っ赤な顔で言いながら、あっさりとうなずいた。「雛人形サンクチュアリの。もう二度とこのようなことはないようお互い気をつけようではないか」
「もちろんじゃ」
 お内裏様が深くうなずく。
「ディシリス……さすがオレの作った人形」
 ゼヴィルが嬉しそうにうんうんと首を縦に振り、
「ディシリス! 浮気は許さない……!」
 レイラの横っ飛びの跳び蹴りが、ディシリスの脇腹に命中した。

 かくして――
 お内裏様は、無事雛人形サンクチュアリに戻ることになったのである。

 雛人形サンクチュアリは、お内裏様が夫婦揃うなり、伝承を守って全員が後ろ側を向いた。
 これで要塞都市でも、女性たちや女の子たちが困ることはもうないだろう。

 オーマたちは残っていたお餅と白酒をもらい、白山羊亭へと帰ってきた。

「やれやれ……なんだかどっと疲れたな……」
 オーマがつぶやけば、
「いいじゃないか、とりあえずカップルは一組誕生した」
 シェラがディシリスとレイラを示して楽しそうに言った。
 ……どちらかというとレイラが一方的にディシリスに抱きついているような気もしたが。
「また運がいいのう……」
 ゼヴィルが持ち帰ってきた白酒を見ながら、しみじみと言った。「これも魔力を高めるのにいいわい。あやつらも人形に戻らずに済む――」
「そうそう、言いたかったんだけどね、ゼヴィル」
 こん、と大鎌の柄でゼヴィルの頭を小突きながら、シェラは言った。
「そうそう軽々しく生命を生み出すもんじゃないよ。あんた全然責任取れてないじゃないか。生命ってのがどれほど大切なものか分かってんのかい」
「………」
 ゼヴィルは寂しそうな顔をした。
「オレは……ただ、『お父さん』と呼んでくれる存在が欲しかったんぢゃ……」
「自分で作れよ、子供を」
 オーマが呆れて言うと、
「オレは体質的に子供が作れんのでな。しかし……まあ、たしかにうかつぢゃったかの。すまん」
 あいつらを大切にしてくれるか――とゼヴィルはオーマとシェラを見上げる。
 あいつら、とは誰を指しているのか、聞くまでもなかった。
「分かった。引き取ってやるよ」
 オーマがうなずき、シェラがやれやれと「また赤字の原因が増えるねえ……」とため息をつく。
 ゼヴィルが安堵したような顔をした。彼らの後ろで、
「ディシリス待って、どうして逃げるのさーーーー!」
 かわいいカップルのあげる声が、どこまでも続いていた。


 ―Fin―


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【1953/オーマ・シュヴァルツ/男/39歳(実年齢999歳)/医者兼ヴァンサー(ガンナー)腹黒副業有り】
【2080/シェラ・シュヴァルツ/女/29歳(実年齢439歳)/特務捜査官&地獄の番犬(オーマ談)】

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■         ライター通信          ■
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オーマ・シュヴァルツ様
いつもありがとうございます、笠城夢斗です。
このたびも依頼にご参加いただき、ありがとうございました!納品が遅れまして本当に申し訳ございません。
五人のコンビネーションは意外とうまくいったような気もしていますwとても楽しく書かせていただきました。ありがとうございました。
またお会いできる日を願って……!