<東京怪談ノベル(シングル)>
+ 嘘と言う名の純心 +
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語りだす過去が響く。
男が自身の過去を口に出す時。
其処にはしんみりとした空間が生まれる……――――
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「どうしたの? そんな暗い顔をしちゃって」
「……自分の過去を、思い出してました」
目の前にはエスメラルダ。
私はそっと目を伏せる。それから手に持っていたグラスを軽く揺すった。中に入っている液体と共に氷がカランと音を立てる。中身はウィスキー。くっと煽って飲み干せば、カラカラカラ……と氷が残る。
「エスメラルダ」
「何かしら?」
「私の話を聞いてくださいますか? 長くなりますが……」
長くて綺麗な黒髪を私はかき上げる。
さらりと流れた其れは指先を通り抜けた。エスメラルダは淡く微笑みを浮かべ、奥の方に引っ込む。しばらくして戻ってきた彼女の手にはウィスキーが注がれたグラス。それを私の目の前に差し出すと、彼女は言った。
「このお酒を飲み干す間くらいは、付き合ってあげるわ」
頬に手を当て、カウンターに肘をかけて笑う女性。
差し出されたグラスに手を伸ばす。それを口の中に注ぎ込むと、酒の心地良い香りと味が身体に染み込むのが分かった。
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それは私が魂を狩った時のお話です。
もう、どれくらい昔になるでしょうか……。
本当に遥かなる昔の話になりますね。
私の初めての仕事は、今日のような静かで……ほんの少しだけ、心が寂しくなってしまうような夜でした。
私の相手はほんの小さな女の子。彼女は病気の為に今にも命が尽きようとしていたのです。
心臓の病、と言ったら想像して頂けますでしょうか?
発作によって彼女は何回も死の淵まで追いやられ、それでもその時までは生き延びたのです。苦しくても悲しくても周りの人々に励まされて、必死に生き抜いてきた女の子。彼女の笑顔は殆ど絶えることなく、心臓の病気であるという点以外は本当に何処にでもいる平凡な子供……『でした』。
ええ、過去形です。
だって私が『狩』ってしまったのですから……。
私は冥界の王にその女の子の命を狩れと命令されました。
自分にとって初めての仕事ですから、素直にそれを受け入れましたよ。ただ、一つ思うことが有り、私は王に進言致しました。
『私なりの方法で狩りますが宜しいでしょうか』
王は深く頷きなさって、こう返答されました。
『狩ることが出来るのなら方法は問わぬ』
その時の気持ちは今でも分かりません。
嬉しかったのか、寂しかったのか、切なかったのか。
ですが、入り混じったような……という言葉が一番近かった気がします。ただ今でもあの時の王との短い会話を思い出せば胸がざわつくのです。心の中、とでも申しましょうか……私の中の何かが訴えるのです。
本当にどう表現して良いのか分からないのですけどね。
私は背にある金色の翼を広げた後、会釈してその場を離れました。
尚、死神たる私が金色の翼を持つのは、私が元天使だからです。死神となった理由ですが、昔私には妻がいまして……いえ、この話は関係ありませんね。
さて、話を元に戻しましょう。
翼を背に、私は少女の目の前に姿を現しました。彼女は最後の発作を迎えている最中で、ぜぇぜぇと浅く呼吸を繰り返すばかり。もう殆ど言葉を喋ることは出来ない状態に有りました。傍には彼女の親兄弟、そして医師が居ましたが当然彼らには『死神』として訪れた私の姿は見えません。
虚ろな目が私を見遣ります。
涙が溢れた、それはそれは小さな瞳でした。
彼女には自分の死期が分かっていないのでしょう。
そんな純粋な幼子の魂を狩ると思った瞬間……私の心は痛みました。王との謁見の時以上の痛みです。
その時の私にはその感覚の意味が無意識にでも分かっていたのだと思います。
先ほど少し零したのですが、私には昔、妻が居ました。ええ、そうです。私は最愛の妻の魂を捜す為に死神になったのです。
ですから死と言うものの重み、そして……亡くした者に対する残された者の悲しみは痛いほどに分かりました。
ですが私は『死神』です。
少女の命を狩り、死に追いやることが仕事なのです。
私は考えました。
そして少女に優しく笑顔を向けると、そっと伝えたのです。「私は天使ですよ」……と。
彼女はにっこりと微笑みました。もちろん天使と言うのは嘘です。それ以上ないというほど真っ赤な嘘です。だって私は天使なんかとは程遠い、死神になってしまったのですから。
背中の羽が彼女にとって私が天使だと思い込む決定的なものになったのでしょう。少女は震えながら指先を持ち上げ、窓の近くに居た私を差しました。
『……おかー……さん。とても綺麗な、てんしさまが、いるよぉー……』
少女の言葉はそれで終わりました。
その時の私に躊躇いはありませんでしたよ。ですから大鎌『ロンギヌス』を用いて少女の魂を狩りました。
部屋から飛び立った後の部屋の中からは、その場に居た人々の声が聞こえてきましたね。その時の様子は、想像して頂けると思います。ええ、ええ……悲しい声ばかりでしたよ。
でもね。
最後に私を天使だといった少女は安らかに逝けたと思うのですよ。
例え……私の言葉が嘘、でもね。
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カラン……。
氷が溶ける。
最後の一滴まで飲み干すために私はグラスを持ち上げた。
「長いお話を聞いてくれてありがとうございます、エスメラルダ」
「……本当、お疲れ様ね」
「こういう日は本当に初心に戻るというかなんというか……やっぱり、寂しい気分になったりしてしまいますから」
ご馳走様、と一言呟いて私は立ち上がる。
きちんと酒代を置いていくのを忘れない。背後からはエスメラルダの「また寄って頂戴ね」という声が聞こえた。
黒山羊亭を出てから空を見上げる。
暗くて静かな夜が其処にはあった。自分の心の中を重くさせる静かな雰囲気。
「……天使様、か」
浮かべた微笑はやがて自嘲に変わり。
私はゆっくりと通りを歩き出すことにした。
…Fin
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こんにちは、初めまして!
今回はシチュノベ発注真に有難う御座います。過去を語りだす、ということで出来るだけ発注文に添えるように頑張らせていただきましたが……いかがなものでしょうか?
少しでも気に入って頂けると嬉しく思いますv
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