<聖獣界ソーン・白山羊亭冒険記>


戦いたがりの人形たち

 えい! やあ! とお!
「……ゼヴィルさあん。今度はなに造ったんですかあ……?」
 すでに白山羊亭の常連となりつつある人形師ゼヴィルに、看板娘ルディアはうんざりした声をかけた。
「うむ」
 見てのとおりぢゃ、と小人のゼヴィルは言った。
 えい! やあ! とお! とかけ声をかけながら白山羊亭内で武器を振り回しているのは、全員二十歳ほどの人間に見える――が、ゼヴィルが連れてきたということは、それは魔術をかけられたただの人形なのだ。
「……今度は戦士になってしもーての」
 ゼヴィルは「何を失敗したんぢゃろうか……」と自身難しい顔でそう言った。
「やつらは戦いたいらしい。剣も槍も斧も魔法も何でもおる。誰か、相手してやってくれんかの」
「適当に戦いの相手して、満足したら、人形に戻ってくれるんですねっ!」
「うむ。……何を怒っておるのぢゃ」
「相手をさがせばいいのでしょ! だってさがさなきゃ」
 白山羊亭壊されちゃいますよう、とルディアは泣きそうな声でそう言った。

     **********

 シヴァ・サンサーラが白山羊亭にたまたま立ち寄ったとき、ルディアはなぜか怒ったように肩を怒らせて「誰かいませんかっ!」と声をあげていた。
 シヴァは紫紺の瞳をぱちくりさせて、看板娘に近寄った。
「どうしたのですか、ルディア。何があったのです」
「あ、シヴァさん。――どうしたもこうしたもありません、見てください!」
 ルディアに示されずとも、イヤでも目に入る。なぜか武器を持った青年たちが戦いの姿勢を取っていた。
「あれは、あそこにいる小人のゼヴィルさんの人形なんです。魔術をかけたらああやって戦う人形さんになっちゃったみたいでっ。思う存分戦ったら気が済んで人形に戻るそうですっだから、その相手をしてくれる人をさがしてるんです!!」
 白山羊亭が壊される前に――! とルディアはいつになく顔を真っ赤にして怒っている。
「なるほど」
 シヴァはその端正な面立ちをうなずかせた。「戦士たちを満足させ、人形に戻せばいいのですね」
 分かりました、お相手しましょう――とシヴァは戦士たちの前に進み出る。
「私は死神シヴァ・サンサーラ。さあ、誰か私の相手になろうという方はおりますか」
 その手に、真っ赤な色の大鎌――『ロンギヌス』を手にして。

 進み出てきた人形は剣士だった。
「ふん。大鎌なんかで怖気づくもんかよ」
 にいっと笑った青年人形。その剣は長剣の類に入るだろう――しかしロンギヌスよりはリーチが短い。
「かかってこいよ、女みたいなにいちゃん」
 青年は挑発してきた。
 シヴァはやれやれとため息をついた。
「そのように挑発すると――ろくなことがありませんよ」
 青年を白山羊亭の外へと促す。青年も、「中じゃ思い切り戦えねえからな」と従った。
 人気のない場所を選んで、二人向き合い――
 いざ、勝負っ!
 ひゅおう
 ロンギヌスの一閃。
 青年は笑いながら、飛び上がってそれをよけた。
 そして、
 とん
 ロンギヌスの刃を足場に、再び上空へ。
 ――シヴァの頭上へと飛んでくると、その長剣を振り下ろしてくる。
「………!」
 シヴァはロンギヌスを引き寄せ、刃でその剣を受け止めた。
 力の均衡。思い切り押し返すと、身軽な青年はひょいと後ろへ退いた。
「たいしたことねえじゃねえか」
 青年はせせら笑う。シヴァは顔をしかめた。
「あまりなめるものではありませんよ」
 ――今はまだ、お互いさぐりあいなのだから。

 ロンギヌスの刃が上空から振り下ろされる。
 青年人形がさらりとよける。そして長剣でこちらの手首を狙ってきた。
 シヴァは手首を返し、ロンギヌスの柄でそれを跳ね返す。
 青年はまた大きく退いた。
 シヴァは思い切り地を蹴ると青年の懐に潜りこみ、ロンギヌスを振り下ろした。
「!!!」
 赤い閃光。ロンギヌスの軌道に、青年人形の顔があった。
 ざぅっ
 青年人形の頬が切れる。
 血が一筋――
「けっ」
 青年は舌打ちした。「油断しちまったぜ」
 そして長剣を振りかざす。
 びしゅぅっっ
 シヴァはよけた。よけた――つもりだった。
 しかし剣圧が、シヴァの豊かな髪を数本散らした。
 一瞬の驚きの間に――青年がにやりと笑うのが見え、
 次の瞬間には、青年はシヴァの懐にいた。
「おらよっ」
 下から振り上げられた剣。
 ギンッ
 ロンギヌスの刃がぎりぎり受け止める。
(ロンギヌスの刃が広くてよかった……)
 シヴァは内心そんなことを思いながら、青年と刃の押し合いをしつつ――足で青年の腹を蹴り飛ばした。
「っがっ」
 青年が体を折る。シヴァは続けざまにロンギヌスの柄でその首筋を狙う。
「――なめんなよ!」
 青年は体勢を崩した状態から、剣を振り上げてきた。
 キンッ
 振り下ろしたロンギヌスの柄と、剣の刃がこすれあう。
 長剣はそのまま矛先を変えて、まっすぐシヴァの首へと向かってきた。
 シヴァは大鎌を移動させる。
 ガッ
 鎌の刃が剣をからめとった。
 大鎌は剣をからめとったまま、その柄で青年のみぞおちを狙った。
 青年は剣を引き抜き、地面に転がってそれをよけた。そして次の瞬間には跳ねるように立ち上がり、シヴァと相対する。
(遠距離戦を狙って体力を削ろうと思ったのですが……)
 シヴァは内心、苦笑していた。
(なかなかうまくいきませんね)
 しかし、
「――相手に不足はありませんっ」
 シヴァはロンギヌスを再び振りかざした。
 斜め斬りの一閃。青年は後ろへ跳んでよける。
 ロンギヌスの赤い閃光が休む間もなく繰り出された。
 青年は上へ跳び横へ跳び後ろへ跳び、すべてをよけた。
「へっ。それで終わりかよ!?」
 笑う青年がよけると同時に長剣を繰り出してくる。
 わざとロンギヌスの刃をからめとるように――そして弾き、その隙にシヴァの懐にもぐりこんできた。
 しゅっ
 長剣の剣筋を、シヴァはまともに受けた。
 肩から腹にかけての服が裂ける。
「なんてことを……大切な服だというのに」
 ロンギヌスを引き寄せながらシヴァは嘆いた。
 それにしても――人形は、こちらに怪我をさせなかった。
(本当に、『戦い』たいだけなのですね)
 シヴァはそんな人形を哀れに思い、また愛着を持った。
「まだ満足していないのですか」
 シヴァはロンギヌスの柄を連打で繰り出しながら青年に問う。
「まだまだだっ!」
 青年は、最初の嫌味な笑いが消えて、楽しそうになっていた。
「さすが元が人形だけあって……体力を消耗しないのですね」
 まったく衰えない青年の動きに、シヴァはふっと微笑む。
「だからと言って、あきらめる私ではないですよ――!」
 青年の長剣を柄で払い、返す手でロンギヌスを突きこみながら、
「あなたが満足するまで、存分にお相手します。お覚悟を!」
 青年が――
 ふと、嬉しそうに口元を和らげたような、気がした。
 シヴァは微笑み返した。
「さあ、まだまだいきましょうか」
 二人は得物を構えなおし、向かい合う――

 戦闘は戦士が有利だった。
 ギン! ギン!
 長剣を受け止めるので精一杯になってきたシヴァは、思い切って下にかがんだ。
 長剣が空を切る。
 シヴァが地を蹴る。
 ロンギヌスが青年の懐を狙う。
 青年が上空へ飛ぶ。
 赤い鎌は下から振り仰ぐように一閃される。
 青年はロンギヌスの刃に着地した。そしてそこを足場にもう一度跳んだ。
 とん、と青年が向こう側へと足をつける。
 背中を見せて――!
 しかしシヴァがその隙を狙うと同時、
 青年は振り向きざまの一閃を放ってきた。
 ギン!
 再び刃同士のぶつかり合い。
「へっ」
 青年がおかしそうに笑った。「これだけしょっちゅうぶつかるってこたぁ……気が合うのかもしれねえな」
「そうかもしれませんねっ」
 シヴァは笑いながら刃を引き、すかさず柄で青年の手首を狙った。
 青年は剣を引きながら、
「あんたの髪を束ねてる紅い紐――」
 ふと、つぶやいた。
 シヴァは首をかしげた。
 たしかにシヴァは、その豊かな黒髪を紅紐でまとめている。
 そしてふいに気づいた。目の前の青年は、腰に何重にも紐を巻いている。紅い……紐を。
「この紐が、よっ」
 青年の体がシヴァの懐にもぐりこんでくる。
「――俺も俺の作り主の思い出の紐から作られてるから、よっ」
 下から剣を振り上げてくるかと思いきや――
 そこから青年は跳躍した。
 そして上空から、剣を振り下ろしてきた。
 シヴァは――固まっていた。
「なん……ですって……?」
 青年はシヴァの肩あたりで剣をとめ、引っ込める。
「あんたの紐も似たような気配すんな。何かの思い出の紐だろ?」
 青年はにやっと笑った。
「………」
 シヴァはふとうつむく。
 ――この髪の紅紐は、愛する妻の形見。
 シヴァは愛する妻の魂をさがすために、天使から死神になった。
「愛するもんで自分を飾っておくって、どんな気分なんかね?」
 青年がつぶやいた。
 ――この青年は――?
 何かを感じて、シヴァは戦いをやめかけた。
 しかし、
「おら、続き行くぜ!」
 青年は剣を振りかざした。
「――満足させてくれや、死神さんよっ!」
 その一言にこめられた想いに――
 シヴァは、ロンギヌスを握る手に力をこめた。

 そこから、何がどう変わったのだろうか。
 青年が弱くなったわけではない。疲れたわけでもない。
 けれど、着実に優勢はシヴァになっていく。
 シヴァはロンギヌスの柄で何度目か分からぬ青年のみぞおちを狙った。
 柄が――
 初めて、まともにみぞおちにつきこまれ――
 青年が体を折る。
 青年の呼吸がしばらく止まったことを感じた。
 シヴァは容赦しなかった。ロンギヌスを横薙ぎに振るう――
 青年の体はまともに赤い鎌に打ち飛ばされ、近くの壁に叩きつけられた。

 そして、勝負は決まった。

「ふう……手ごわい相手でした。これで心置きなく、人形に戻るでしょう……」
 シヴァはほっと額の汗をぬぐう。
 しかし――
 壁に叩きつけられ、ずるずるとそのまましゃがみこんでしまった青年がそのまま動かないことが、少し寂しくなった。
「………」
 シヴァは気を失った青年の傍らにかがみこむ。
 腰に巻いてあった紅い紐……それをそっと手に取って。
「思い出の……品……?」
 遠くから、とてとてと歩いてくる人影があった。
 シヴァは顔をあげた。
 それは、あの白山羊亭でルディアを怒らせていた小人だった。
「おお。マックスを満足させてくれたか」
 小人――たしかゼヴィルとかいう名前の彼は、にっこりと微笑んだ。
 シヴァは青年に――マックスと呼ばれた彼の頬に手を当た。もう冷たくなっている。頬につけた傷も消え去り、呼吸の気配もない。
「満足して……戻ってくれたでしょうか」
「間違いはないの」
 ゼヴィルはこくりとうなずいた。「マックスが『戦う』と進み出た時点で、もう決まっていたことぢゃ」
「え?」
「……こいつを作るときにな、オレは思い出の品を使ってしまった……」
 ゼヴィルはマックスの腰の紐に手をかける。
 するり、と紐はほどけて小人の手の中に戻った。
「そのせいか、人形に戻るのを一番嫌がっていたのはマックスでな。戦いはしたかったが、戦えば人形に戻ることを知っていた。だから、戦おうとはしていなかった――んぢゃ」
「……しかし彼は――」
 シヴァは思い出す。自ら、戦いに進み出たマックスの不敵な笑み。
「あんたが相手なら……いいと思ったんぢゃろうな」
 ゼヴィルの視線が、シヴァの髪を束ねる紅い紐を見ていた。
 シヴァは自らのそれに手を触れる。
「……マックス……」
 最後の最後でようやく知れた名前。
「マックス。忘れません……私は」
 妻のことを永遠に忘れることがないように。
 この人形のことも、また。
「オレも、この紐を大切にしなくてはの」
 マックスの腰紐を腕に巻きつけながら、ゼヴィルは言った。
「マックスの思い出も増えたからのぉ」
「……その紐をないがしろにしたら、私が許しません」
 シヴァは言ってやった。
 ゼヴィルは笑った。
「おう。そのときは遠慮なくその鎌で刈り取ってくれ」
 日が落ちてくる。
 マックスの人形を、夕日の赤い色が飾る。
「どうか……よい夢を、マックス」
 シヴァはつぶやいた。

 瞼の裏で、あの生意気な青年が「そんな顔してんじゃねーよ、死神さんよ」と笑っている気がした。


 ―Fin―


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【1758/シヴァ・サンサーラ/男/27歳(実年齢666歳)/流浪の黒い天使】

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■         ライター通信          ■
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シヴァ・サンサーラ様
初めまして、笠城夢斗と申します。
このたびは依頼にご参加いただき、ありがとうございました!
個別描写ということで、特別に戦いだけでなく人形とのからみも入れさせていただきました。彼のことも覚えていてくださると嬉しいですw
またお会いできる日を願って……