<聖獣界ソーン・白山羊亭冒険記>


最初で最後のダンスを


 白山羊亭に、そこには少々そぐわない黒い礼服を着た数人の男女がいた。彼らに囲まれるようにして椅子に座っているのは、十歳を少し越えたかという可愛らしい少女だった。着ている豪華なドレスや引き連れている人々に対する態度から、貴族の令嬢だと思われる。
「ここには腕利きの冒険者が多く集うと聞きました」
 突然のことに驚きながらもルディアが対応する。
「はい。依頼ですか?」
「飲むことによって外見年齢を変えられるという『ビヨウツの薬』を手に入れて欲しいのです」
 ルディアはしばし記憶を探ったが、ちょっと首をかしげる。
「……聞かない名前の薬ですね」
「西の砂漠に住んでいるユノーという老魔術師が作っているそうです。何でもその方は、薬を求める者に『砂丘を一つ移動させる』という課題を出してくるそうなのです」
 砂丘を一つ移動させる。
 手作業でも不可能ではなさそうだが、『不可能ではない』ということを実現させるためには、相当の労力が必要になるだろう。
 砂漠の砂はさらさらとしていて、どかしてもどかしてもその穴に砂が流れ込んでくるだろう。普通の方法では永遠に終わりそうにない。
 さて、それをどうやって実現させるか……それが今回の腕の見せ所ということか。
 ルディアは一つ頷き、少女に笑いかけた。
「分かりました。やってくれそうな人を集めてみます」
「お願いします」
 そう言って、静かに席を立つ。
 少女が使用人を引き連れて白山羊亭を出ようとしたところに、ルディアが慌てて声をかけた。
「あの、報酬はどうしますか? それによっても冒険者の反応が変わると思いますけど」
 少女はしばし目を伏せて考え、おずおずと申し出た。
「報酬は『ビヨウツの薬』と、私が薬を使って出る予定の舞踏会にご招待ということでいかがでしょうか」

 + + +

 ルディアから依頼の内容を聞いたオーマは・シュヴァルツは、早速西の砂漠に向けて出発していた。
 ちょうど砂漠を横断するという大きな商隊があったので、小型の砂竜を一頭借りてその背に揺られている。
 水や食料なども商人からそのつど購入できるので、とても都合がいい。
 少女……ネイティスは『ビヨウツの薬』を使って何をするつもりなのだろうか?
 ルディアから聞いた少女の様子からすればおかしなことには使わないだろうが、何に使うのかが分かればもっとやりやすいのにとも思う。
「ひとときのいつか来たり去りし『未来』を『過去』を求め……っつーところかね?」
 未来は、辿り着くまでにそれ相応の時間や労力を費やすからこそ素晴らしいと思えるのではないだろうか。
 また、過去は過ぎ去ってしまったからこそ美しく、慈しむことができるのだろうとも思う。
「――何にしろ、いたいけな少女の願いを叶えてやるのは、悪いことじゃねぇだろう」
 炎天下の砂漠にいるせいか、頭がくらくらしてきた。
 エルザードはとっくに砂丘の影に消え、どこを見ても砂と青い空しか見えない。
 空には雲ひとつないので、思わずここは南国の海底ではないかと錯覚する。
 ……隊長の話によると、老魔術師ユノーの住処まではかなりあるようだ。
 オーマは、それまで仮眠をとることにした。

 + + +

 ふと目を開けると、四角に切り取られた空と、なぜかマッスルポーズをしている自分の姿が見えた。
「………………」
 しばしの、間。
「魔物か?」
 オーマはむくりと起き上がると、『自分と同じ姿をした誰か』に向かってそう言った。
 自分はいつの間にか室内に横たえられていたらしい、とぼんやり考える。頭上にある天窓から、やわらかい光が差し込んでいる。
 ……やわらかい光?
 自分は砂漠にいるのではなかったか……?
「めったにこんなに強い日の光に当たらないから、疲れちゃったんでしょうね。ぐっすり眠り込んでいたあなたを置いて、商隊は先に行っちゃいましたよ」
 オーマの姿をしていた何かがくるりと一回りしたかと思うと、今度はルディアの姿になってそう言った。
 まるで手品のような鮮やかさだ。
 ――いや、正確には『魔法のような』。
「お前さんが老魔術師ユノーか? 俺はオーマだ」
 『ルディア』がにっこりと笑う。
「私が老魔術師に見えますか?」
「見えねぇな。けど、お前さんがユノーだ。……カンだけどな」
 これで外れていたら笑えるな、と思いながら、オーマは『ルディア』をじっと見つめている。
 『ルディア』はちょっと口を尖らせたかと思うと、椅子の背もたれにかけてあった枯れ草色のマントを羽織り、再びくるりと一回りした。
 するとそこには、白いひげを顎に蓄えた、いかにも魔術師といった風体の老人が立っていた。壁に立てかけてあった捩れた杖を持つと、威厳さえ感じられる。
 ――この老人がマッスルポーズをしたり口を尖らせたりしていたのかと思うと、無性におかしい。
「なんじゃ、冷静でつまらんヤツじゃのう。ちょっとぐらいこの寂しい老人の相手をしてくれてもよかろうに」
 どうやらこの老人は、鮮やかな変身を見て驚いて欲しかったらしい。
 そこで、オーマは考える。
 ――ここでユノーの機嫌をとっておいたほうが、後々いいかもしれないと。
 ぱちぱちと拍手すると、いささかわざとらしく驚いてみた。
「うわっ、凄いなー! 世界一の変身術だな!」
 自分でやっていてこんな驚き方はなかろうと突っ込みたくなったが、ずっと炎天下を進んでいたせいかだるかったので、これが限度だった。
「いやぁ、そうかのう。ほほほほほ」
 ――これで喜ぶのもどうかと思うが。
「んー、ま、いいじゃろ。お前さんも『ビヨウツの薬』が目的なんじゃろ?」
 持ち上げられて一通り満足したらしいユノーは、それまでとうって変わって真面目な表情になる。
「……よく分かったな?」
「この寂しい老人を訪ねてくる者といえば、薬を求める者ぐらいしかおらんからな」
「それも寂しいもんだな……」
「うむ。そこが砂漠に住むことの欠点じゃな」
 その言葉に、オーマは何かが引っかかった。
「人と関わるのが嫌だからこんな辺鄙なところに住んでんじゃねぇのか?」
 オーマの言葉はもっともだ。
 よほど人が嫌いでもなければ、こんなに過酷で辺鄙なところに住みたいとはなかなか思わないだろう。
 何が好きで、水や食料の入手が困難な場所に住まなければならないのか。
「そうではないんじゃ。ここでなければならん理由があっての。……ま、それをお前さんに言ってもしょうもないことじゃて」
 ほほほ、とユノーは笑うだけだった。
 上手くかわされた気もするが、重要なのは『ビヨウツの薬』を手に入れることだ。
「『ビヨウツの薬』をもらうには、砂丘を一つ移動させるっつー課題をクリアすればいいんだろ?」
「いかにも。お前さんにできるかな?」
「やってやるさ。でなきゃ女の子が悲しむからな」
 オーマの言葉に、ユノーは面白そうに笑う。
「ふむ? 薬が欲しいのはお前さんじゃないのか」
「そうだ。俺は女の子に依頼されて薬を取りにきたにすぎねぇ」
「お前さんも物好きじゃの。砂丘を移動させるのは容易ではあるまいて」
「別段難しいことでもないぜ」
 オーマはそう宣言すると、白に塗装された木戸に向かった。
 何気なく戸を引き、そして……呆然と『下』を見下ろした。
 すぐ足元に見えるはずの砂は、はるか下に見えるのだ。
「ほほほ。驚いたかね?」
 嬉しそうに笑うユノー。
 この老魔術師は、他人が本心で驚いてくれることに多大な喜びを感じているようだ。
 ――そう、ユノーは魔術師なのだ。
 過酷な砂漠に普通の家を構えるはずもない。
 砂漠は常に流動し、大気は昼夜で恐ろしいほどの温度差があるのだ。普通の家に住んでいたらすぐに砂に埋まり、あまりの熾烈さに耐え切れないだろう。
 現在オーマとユノーがいる家は、地面からおよそ二百メートルも上空に浮いている。その高さは、大きめの砂丘でもユノーの家の下を通り過ぎることができるぐらいだ。
 吹き上がってくる熱風を気にする様子もなく、ユノーはオーマと並んで下を見下ろしている。
「この家は寒さや暑さはもちろん防げるし、砂丘の移動による弊害にもばっちり対応しておる。どうじゃ、住みたくなったか?」
「……はは、さすが魔術師だな。どおりで家の中が妙に居心地がいいわけだ」
 そうでもなければ、砂漠の中にある家に天窓など設けられるはずもなかった。
「下りるかね?」
「あぁ。でも自分で下りられる」
 オーマはミニ獅子化すると、一度ゆっくりと下降した。
 これだけ太陽光に熱せられた大地は激しい上昇気流を起こすが、水分保持力の少ない砂漠ではさほど上昇気流が起きない。
 飛ぶのも楽ではなかったが、極北の地とは比べるべくもなかった。
 ユノーの視線の高さまで舞い上がると、真剣な様子で問う。
「砂漠には色々な生物がいる。それらに手を加えて生の紡ぎ道をも捻じ曲げてまで手に入れたものに、真の意味での価値があるのか?」
「『ビヨウツの薬』を求めるんじゃったら、これ以上ないほどの価値があるよ」
「……そうか。ならいい」
 獅子が笑えるはずもなかったが、オーマの雰囲気が一気にやわらかくなった。
 ゆっくりと砂地に降り立つと人の姿に戻り、具現能力で昼夜気温差対応親父趣味全開テントを出現させた。
 中にはメラニン染みの大敵マッチョ日焼止めや防寒用の桃色ふりふりちゃんちゃんこ、果てには鍋セットまでが揃っている。
「ふんふん、結構快適そうだね。キミも魔術師みたいなものなんだね」
「……」
 中で支度をしていたオーマの背後に、細身で長身のエルフが立っていた。
 面立ちから言うと成人前といったところだろうが、長身というよりは巨身という言葉が似合いそうなオーマと頭一つ分ほどしか違わない。
 その手に持っている杖を見なくても、それが誰であるかは分かった。
「ユノー、お前さんもここにいるのか?」
「どうせ暇だしね。キミがどうやって砂丘を動かすのかをここで見てるよ」
「……わざわざ聞くのもなんだとは思うが、何でまたエルフなんだ?」
「身軽で動きやすいから。それに、風に吹かれる砂の音もよく聞こえるしね」
 人間以外の種族に特有の能力も伴って変身できるのも驚きだが、ユノーが変身したときに口調までも変化させるのも驚きだ。先ほど見たあの老人が『キミ』などと言っているとは、どうも想像しづらい。
「家にいたほうが居心地がいいと思うがね?」
「いやぁ、なんと言っても一人じゃ暇だしね! 折角人が尋ねてきてくれたんだから精一杯遊んでもらわないと」
「遊んで……ってなぁ」
 オーマの方は本気なのだが、傍観するのみのユノーにとって、オーマは格好の遊び相手なのかもしれない。
「たまに商隊の人たちがきても、そんなに長居してくれないしねぇ」
 ほうっとため息をつき、悲しそうに首を振るユノー。
 その間に、テントの真ん中にしつらえてあったこたつにちゃっかり居座っている。
 砂漠のど真ん中でこたつとは何をトチ狂ったと言われるかもしれないが、オーマが具現化したテントの中はどのような仕掛けか空調がよく効いており、全く暑さを感じさせなかったのだ。
 それに今現在はさすがに火を入れていない。日が低くなり気温が下がってきたら入れる予定だ。
 ユノーの向かい側にオーマも座り、メラニン染みの大敵マッチョ日焼止めを塗り始めた。
「で、具体的にはどうするつもり? このまま座ってたら夜になっちゃうよ」
「それでいいんだ。……正確に言えば、夕方までここで待機だ」
「ふぅん?」
 ユノーにも日焼け止めを渡すと、テントの端に置いてあった木箱からみかんを取り出し、のんびりと食べ始めた。

 + + +

 それから数時間が過ぎ。
 ユノーと他愛無い話に興じながら時々思い出したように外を覗いていたオーマだが、何度目か顔を出したときそのまま戻ってこず、しまいには外へ出てしまった。
「そろそろいいあんばいだぜ」
 オーマの声が少し遠くに聞こえる。
 その声に導かれてユノーも外へ出ると、外は何とも綺麗な夕焼けだった。
 昼間の熱気がわずかに残っていたが、気分が悪くなるほどではない。
 だが、ちゃんちゃんこを手に持ったオーマが指し示すのは、ユノーが見ている夕日とは違うものだった。
「砂丘を一つ、移動させればいいんだろ?」
 オーマが示したのは一つの大きな砂丘――その影だった。
 砂丘の影は夕日に照らされ長く延び、遠くにある他の砂丘まで移動していた。
「ははぁ、なるほどね。だからこの時間まで待っていたわけだ」
 長く伸びた影はしばらくして闇に溶け込んでしまう。
 日が完全に沈み、寒い夜が訪れたのだ。
「どうだ? ……やっぱり本当に砂丘を動かさなきゃ駄目なんかね?」
 テントの中に戻ってきたオーマは、同じく戻ったユノーに訊ねる。
 ユノーはしばし考えるような素振りを見せた後、楽しそうな表情で答える。
「いや、十分だよ。キミが『本来あるべき姿を捻じ曲げるのを厭う』っていうのもよく分かったし、どうやらキミには運が味方しているようだし……」
「?」
 そのまま言葉を濁したので、言いたいことがよく分からない。
 オーマは詳しく聞こうとしたが、ユノーに視線で止められる。
「キミがしてくれたことのお返しさ。ま、明日の昼には返してあげるから、今日は泊まっていきなよ」
「あぁ、そうする」
 言うなりオーマがテントの中で眠ろうとしたので、ユノーは慌てて起こした。
「ちょっとここで寝ないでよ! 夜はボクの家で寝なきゃだめだ」
「……なぜ」
「んー、まぁ、それは朝まで秘密」
 ユノーは理由を話そうとしないものの、熱心に家へと誘ってくる。
 オーマとしては断る理由もなかったので、お言葉に甘えて空中に浮かぶ家で眠らせてもらうことにした。

 + + +

 翌朝。とても気持ちよく目が覚めたので、ここが砂漠にあるユノーの家であると思い出すまでしばらくかかった。
 窓から見える空はまだ暗かったが、それは深夜の黒さではなく、すでに朝の蒼さを帯び始めていた。
 オーマは東向きの窓まで歩いていくと、手近にあった椅子に座ってしばらく外を眺めていた。
 やがて空は東の方角から白くなり始め、空は美しいグラデーションを広げていく。
 そして――白く輝く太陽が顔を出した。
 中に浮かんでるこのユノーの家からは、砂漠の朝日がよく見える。ユノーは毎日このような光景を見ているのかと思うと、砂漠の生活も少しは羨ましく思えた。
「や、気分はどう?」
 エルフのままのユノーが、手に編み籠を持って挨拶してきた。
「気温の高低差がここまで激しくなけりゃあ、砂漠は案外いい所だな」
「まぁねー。ボクぐらいの魔術師なら、食料を調達するのも簡単だしね? ……さ、下りるよ」
「下りるって……何のためにだ?」
「下りれば分かるよ」
 ユノーに水の入った瓶を手渡されたオーマは、言われるままユノーについていき、白塗りの木戸をくぐった。
 そして、驚きの声を上げる。
「地面がぐっと近づいたな」
「夜の間に砂丘が移動したからね」
 昨日は地面まで二百メートルほどあったのに、今は足元にちょうど砂丘の頂上が来ているので、軽く飛び降りることができた。
 外はまだ夜間の冷気を溜め込んでおり、砂丘を踏みしめる足にも全く熱を感じない。なんと歩きやすいのだろうと思いながら砂丘を下っていくと、そこには緑の畑があった。
 昨日は砂丘の下敷きになっていたであろう場所から忽然と姿を現した畑。そこには雑草のようなものが青々と生い茂っているのだから不思議なものだ。
「水やってー」
 オーマが持っていた瓶から草たちに水をやっている間、ユノーは草の中でも特に元気のいいものを籠いっぱいに摘み取った。
「この草は?」
 昨日から質問ばかりしているなと思いながらも、オーマはユノーに問う。
「『ビヨウツの薬』を作るために必要な『ビヨウツ草』だよ。砂漠にだけ生える草だから、ボクもこうして砂漠に住んでるってワケ。……もっとも、『ビヨウツ草』は『ビヨウツの薬』を作るためだけにあるんじゃないしね」
 ユノーが意味ありげに微笑むが、その辺りは追求しないことにした。
 いかにひょうきんに見える魔術師といっても、彼は紛れもない『魔術師』なのだ。人のためになることもすれば、己の欲望の赴くまま実験を繰り返すことも多々ある。
 一般的な人間よりも浮世離れしている分、罪悪の観念にとらわれていないことが多いのだ。
「『ビヨウツの薬』を欲する人に出す『砂丘を一つ移動させる』っていう課題だって、本当は解いてもらうのが目的じゃないんだよね。砂丘は待っていれば一ヶ月に一回ぐらいは大移動するし」
 ……だんだんとユノーの思考回路が分かってきたオーマは、苦笑を抑えきれない様子で答える。
「暇を紛らわすため、だろ」
「で、ついでにどうやって課題をクリアすべきか悩む様子を見るのが楽しいから」
 にっと笑う。
 さした代償なしで他人の願いを聞いてくれるのだ、このぐらいの『遊び心』は許されるのだろう。
 再びユノーの家に入ったオーマの前には、老魔術師の姿があった。
 豊かな白いひげをゆっくりとなでながら、先ほど摘んだビヨウツ草の蕾の部分だけを取り分けていく。
 深くしわの刻まれた手で驚くほど鮮やかにその作業をこなしながら、ユノーは独り言のように呟いた。
「もちろん誰にでも薬を作ってやるということではない。作ってやるのはわしが気に入った者だけ、わしを満足させられたものだけじゃよ」
 その言葉には、妙な重みがあった。

 + + +

 『ビヨウツの薬』を携えたオーマは、ネイティスが住んでいる屋敷を訪れていた。
 少女はオーマが差し出した薬を見るなり、嬉しさのあまり涙を流しながら語った。
「私のいとこに、今度王族の姫様と結婚される方がいるのです。私は物心つく頃からその方に思いを寄せていたのですが、年齢が十八歳も離れているせいもあり、ずっとその想いを心に秘めてきました。しかし、あと一週間もすればあの方は二度と会えないような場所へ行ってしまうのです。その前に……一度でもいいので、あの方と踊っておきたかったのです」
「だから『ビヨウツの薬』でそのいとこと吊り合う年齢に変身したかったんだな」
「はい」
 最後の機会である次の舞踏会は、二十歳以上の者しか出ることができない類のものだったらしい。
 そのために慣れぬ城下町に下り、冒険者や荒くれ者が集まる白山羊亭で依頼をした。
 まだ幼い少女が『ビヨウツの薬』のうわさを聞き、それを使ってまで憧れの人と踊りたいという一途な想いは砂漠の朝日のようにまぶしかった。
 だが――。
「大人になった姿で本名を名乗ったらエライことになるぜ? それでもいいのか?」
「はい。その日私は偽名を名乗ります。その方が……この想いを断ち切れる気がするのです」
 ネイティスの言葉に迷いはないようだった。
 オーマは頷き、『ビヨウツの薬』を差し出した。
 その大きなビンに入った赤紫色の液体をネイティスは一口分グラスに注ぐと、残った全ての薬をオーマに返した。
「これでお礼になるかは分かりませんが……」
「元々そういう約束で依頼を受けたから、満足してるぜ」
「そうですか……安心しました。では、例の舞踏会への招待状もお渡ししておきますね」
 ネイティスが差し出した招待状を受け取ると、オーマは家路についた。

 + + +

 『ビヨウツの薬』の作成者をこの目で実際に見ていなければ、怪しげな色をしたこの液体を実際に口にできたかは分からない。
 使用者に警告を発するような色と臭いの薬は、一口飲むだけでもかなりの勇気といおうか、気合が必要だった。
 ――折角もらったのだから、呑んでみよう。
 そんな気持ちが強かったのも本当だが。
 珍しく正装をしている今のオーマは、見事な銀髪だった。薬を飲んでも年齢の変化はなかったものの、髪の毛だけはゼノビア時代のオーマに戻っているようだった。一部巻き戻りの現象はオーマ自身にもはきとした理由は分からない。
「飲むホワイトブリーチかね? 人面草霊魂軍団が飲んだらどうなるか。……健全体だった頃の自分に戻ったりしてな?」
 自分の髪が銀に変色していく様を鏡で見ながら、ふざけてそのように言った。
 だが心の奥底では、今の自分が自分であり、過去や未来を望むでもなく、今を生きる愛しき者たちを大切に思うが故だと納得していた。
 まずは訪れる機会のない貴族の舞踏会だが、そこでオーマはかなりの人気を博した。
 二メートルを超す長身に逞しくも均整の取れた体つき、そして普段よりも紳士的な態度にはなっているものの隠しきれていないワイルドな雰囲気が貴婦人たちにとって新鮮だったのかもしれない。
 踊りを申し込んできた貴婦人の数人と踊った後、彼女たちを上手くかわしてバルコニーに出た。そこから成人女性の艶やかさを纏ったネイティスが彼女にどことなく似た青年と楽しそうに踊っているのを見て、自然と口元には笑みが浮かんだ。
 しばらくすると、口から静かな笑い声が漏れ出す。
 その声は夜のしじまにゆっくりと溶けていった。


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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PC
【1953/オーマ・シュヴァルツ/男性/39歳(実年齢999歳)/医者兼ヴァンサー(ガンナー)腹黒副業有り】


NPC
【ネイティス】
【ユノー】
【ルディア】


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■         ライター通信          ■
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こんにちは、糀谷みそです。
このたびは『最初で最後のダンスを』にご参加いただき、ありがとうございました。

ちゃんちゃんこ、鍋ときたらこたつだろう! という安易な考えで役に立っていないこたつが出現しました(笑)。
……ノベルの最初の方でユノーがオーマさんに化けていましたが、本当はそのまま話を進めたかったところです。
でもさすがにそこまでしたらまずかろうと……思いとどまりました……。
どこまでが許容範囲なのか分からず、相変わらずびくびくしています(汗)。

ご意見、ご感想がありましたら、ぜひともお寄せください。
これ以後の参考、糧にさせていただきます。
少しでもお楽しみいただけることを願って。