<聖獣界ソーン・PCゲームノベル>


応酬

 のんびりとうららかな光が木々の間から差し込んでくる午後。
 明かりが沢山ともされ、寧ろ木々に遮られて薄暗い外よりも明るい洞窟の中。
 一匹の、子供程の背丈をしたケットシーがのんびりとロッキングチェアに腰掛けてくつろいでいた。

 ただ、のんびりまったりとした彼の様子とは裏腹に、沢山おかれている木製の棚にあり得ない段差が増えていたり、洞窟の壁面に煉瓦を塗り込めた壁や床に、深い深い亀裂が走っていたりする。
 苦労して補修した後は見受けられるのだが、まだ追いついていないのかどことなく荒れた雰囲気を醸し出していた。
 数日前に店内で発生した『嵐』はそれなりの被害をもたらしていたのだ。
「……しばらくは開店休業だな」
「……ですね」
 ケットシー…イヴォシルののぽつりとした独り言に、燃えるような髪の男が簡潔に頷いた。
 二人は同時にはー、と長い溜息をつく。
「……おや、そう言っている傍から客人のようだよ」
 二人の溜息を遮るように聞こえたノックに、イヴォシルは愉しげに呟いた。その彼を父親と仰ぐライナーはイヴォシルの顔色を少し窺う。
 どうやら迎え入れても問題はないらしい。ライナーは寄りかかっていた壁から離れ、扉を開けて客を促した。
「こんにちは、先日はお世話になりました」
 そこにはおっとりと微笑む美女が立っていた。
 彼女の素性を物語る、青い澄んだ髪が目に付く。
「…シルフェ」
 ライナーが鋭い瞳を和らげた。幾度もこの店を訪れ、イヴォシルのわがままを聞き届けたりしている彼女は、すっかり顔見知りになっていた。
 先だっても、必要な宝石を採りに雪山まで行くのに同行していたのだ。
「ライナー様、こんにちは。イヴォシル様は…ああ、いらっしゃいますね」
 シルフェは店内を見渡し、そしてロッキングチェアに座ったまま少し苦い笑顔を見せているイヴォシルに目をとめて微笑んだ。
「…やァ、シルフェ君。先日はご助力頂き、感謝しているよ」
 その苦笑に、ライナーは人知れず胃痛を覚えて腹の辺りに手をやった。
 無意識だが、すっかり慣れてしまった動きだ。
「うふふ、流石におしおきの一つも必要な『うっかり』でしたものね?」
 にっこり、と。
 本当に『にっこり』としか表現出来ない満面の笑みを見せてシルフェが微笑む。
「はっはっは、未遂というか何というか。結局間に合わせる事が出来たのだから許してくれないかな」

 …先日、雪山に赴く事になったのはまさしくイヴォシルの『うっかり』の為だった。
 頼まれていた腕輪に必要な材料を切らしていて、慌てて採りに行くハメになったのだ。
 その際、そのことを密かに怒っていたらしいシルフェの手によって、全身しもやけの刑に処せられたのだが。
 イヴォシル自身は全く気に止めていないようだったが、実行犯の片棒を担ぐ羽目になったライナーにとって、二人の会話は傷を抉られるものでしかない。
「ええ、ちゃんとおしおきも受けて頂きましたしね。…ライナー様も、お手伝い頂いて有難うございます」
「…あ、あァ……」
 片棒を担いだという事実を笑顔で念押しされて、再びライナーは腹の辺りにおいたままの手に力を込めた。
 耳の良いイヴォシル辺りには、もしかしたらキリキリという謎の音が聞こえているかもしれない。
「それで、今日は何か有ったのかな?」
 流石に見かねたのか、イヴォシルが話題を変えてシルフェに問いかける。
 問われた彼女は一つ頷いてから、先日採りに行ったでしょう、と前置きして続けた。
「本日はその魔水晶…でしたか?あの石が残っていれば髪留めにでも出来ないかしらと思いまして」
「ああ、お陰様で沢山手に入ったからね。おやすいご用だよ」
 イヴォシルが二つ返事で了承して、戸棚から木箱を取り出してきた。
 そっと蓋を開ければ、一つ一つ丁寧に布でくるまれた魔水晶が入っている。
 彼は布包みを一つ一つ開き、その中からもっとも透明なそれを取り出した。
 雪の結晶をいくつも閉じこめたようなそれは、自信が淡く光を放っているようにも見える。
「…ああ、この石を使おうか」
 イヴォシルが呟いて、再び他の石を布でくるんで片付けた。木箱を元の位置にしまおうとしたところでシルフェがあ、と声を上げる。
「お代は払いますから、イヴォシル様とライナー様もお使い下さいな」
 おっとりとした笑顔に、イヴォシルが複雑な表情を見せる。
「………有り難いのだが、もうちょっと早くに言ってくれるともうひとつ有り難かったね」
「あら、まあ。うふふ、申し訳有りません」
「……まあ、構わないけれどね…」
 笑顔で謝ってみせるシルフェに、イヴォシルは苦笑を返す。
「そうだわ、イヴォシル様。折角ですからお二人でお揃いのチョーカーなんて如何でしょうか?」
 シルフェはそこで少し言葉を切って、珍しく少しだけ眉を寄せた。
「…イヴォシル様の…くびわ?…あら、そう言う言い方は失礼ですね。ええと、チョーカーなんかだと重いのかしら。…どうするのが宜しいですかイヴォシル様?」
 くれぐれも、シルフェに悪気はない。
 それを重々承知だが、少しだけイヴォシルの頬が引きつるのを目撃して、ライナーは再び胃痛を覚えた。
 必死に深呼吸をしてそれを押さえる。
(…そうだ、これは鍛錬だ…。精神を鍛えると思えば、これ以上適した物はそう無いはずだ……!)
 ライナーのそんな心のつぶやきを知るはずもなく、シルフェとイヴォシルは(表面上は)きわめて穏やかに会話を続けていた。

「…そうだね、細かい物を使えばさして重くも無いと思うけれど…。何分首周りは意外と毛の量が多くてね、埋もれてしまうのだよ」
「あら、まあ…。毛深いのですねえ、イヴォシル様」
「………そうだね、まあ、事実そうなんだけれどね」

「…………う…」
 ライナーの精神が真の意味で強くなる日は果たしてやってくるのだろうか。


 そんな言葉の暴投の応酬をしながらもイヴォシルは着々と、その太くて短い指を動かし、作業を続けていく。
「…魔水晶は青みを帯びてはいるけれど、基本は無色透明だから…そうだね、シルフェ君の髪の色に合わせるならばやはり金色より銀色の土台が良さそうだねぇ」
「…そうですね、わたくしも銀色の方が好みかもしれません。うふふ、では宜しくお願いしますね、イヴォシル様…ああ、そうですわ」
 頷いて、やおらぽんっ、と手を打つ。
 彼女はそのまま手に持っていた包みをイヴォシルに差し出した。
「そうそう本日はマタタビクッキーと言うものを見つけたのでお持ちしたのですけれど、イヴォシル様、どうぞ?」
「…ま、マタタビ…。今頂くと作業に支障が出かねないから、後で頂くとしようかな」
「うふふ、マタタビに酔った猫って、本当にへろへろよたよたよろよろと、可愛らしいですものね」
「……はっはっは」
 ライナーは無言で席を立った。
 これ以上はとても無理だ。
 できるだけ時間をかけて、お茶でも淹れてこよう…などとせこい事を考えつつ、奥に続く扉をくぐろうとしたところでシルフェの声が背中から追ってくる。
「ライナー様。ライナー様には…あら、手土産がありません。うぅん………」
 悩んだような声を上げて沈黙したシルフェに、ライナーは慌てて手を振って見せた。
「い、いや、俺は何も……」
 寧ろ何もいらないから、しばらく一人で休ませてくれ、とは流石に言えない。ライナーはまた無意識に腹へと手を伸ばす。
 その途端、シルフェの表情がぱっと明るくなった。名案を思いついたと言わんばかりだ。
「あ、なんだかお腹を痛めていらっしゃるようだとお会いする度に思ってたのですけれども、治療致しましょうか。うふふ」
「……いっ、いや………っ」
 ライナーは困り切ったように視線を泳がせる。
 そもそも、精神的なものなのだから、治っても一時的だろうし、それよりもまず、治療の間にも続けられるであろう二人の会話を聞くのが怖い。
 精神の鍛錬はどこへやら。情けなく動揺する彼の瞳に育て親の姿が映った。
 助けを求めるように無言で訴えかける。その願いが届いたのか、イヴォシルは息子ににこやかな笑みを浮かべて見せる。
「……そうだね、その子は昔から、胃腸が弱くてねえ…。宜しくお願いするよ」
 養父は悪魔のような台詞をさらりと吐いて見せた。
 蒼白になるライナーに、シルフェがにこりと微笑む。
「大丈夫ですよ、別に治療中痛かったりするわけではありませんし」
「…い、いや、そう言うわけではなく…」
「……ひょっとして、余計なお世話だったでしょうか…?」
「……………お願いしよう」



 根負けしたライナーがシルフェに治療され始めてしばらくの時間が過ぎた。
 すぐに治るはずの治癒魔法がなかなか効果を現さなかったのは、単純に『治る傍から胃が荒れていく』せいだったのだが、それはライナー自身にしか分からない事である。
 事実、ぐったりしたライナーが解放されたのは、完全に治癒が終わったからではなく、イヴォシルが作っていた装飾品が完成した為だった。
 銀色に光を反射する幅広の薄い板に、大きな一つ起点にして左右対称になるよう、小粒のものを二つずつ。合わせて五つの魔水晶が使われた、バレッタ型の髪留めだ。
 簡単な造りのものではあるが、基盤となる金属にはまるで透かしのように細かい模様の切り込みが入っている。
 それをシルフェに手渡すライナーの首もと、シャツの襟口を止める白いタイの中央にも魔水晶が光っていて、彼女は小さく微笑んだ。
「…あら、くびわ…チョーカーは止めにしたんですね、イヴォシル様」
「……。……埋もれて見えなくては勿体ないからねえ」
 やはり『くびわ』が耳に入ったらしく、少し間を空けてからイヴォシルは頷いた。
 彼はライナーにも簡単な造りのチョーカーを放り渡してから、もう一度シルフェに礼を告げる。
「うふふ、今度遊びに来る時は、毛に埋もれなさそうな装飾品をご用意してきますね」
「ははは、君はどうしても私に首輪を付けたいらしいね?」
「ふふ、そんな事は有りませんよ」
「はっはっは」

「………茶でも淹れてきます」
 二人の笑い声に再び耐えきれなくなって、ライナーは今度こそそっと踵を返した。
 もっとも、その首には、透明に光る石がしっかりとかけられていたのだが…。




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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【2994/シルフェ/女性/17歳/水操師】

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■         ライター通信          ■
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シルフェ様

こんにちは、相も変わらず新米ライターの日生です。
またもやのご訪問、有り難う御座いました!
悪意無く天然な苛めっ子さん…とのことで。
いじめっ子な台詞を吐いても、「うふふ」であっさり流せてしまうのがおっとりさんの強みなんだと実感しました…。
流石です、寧ろ最強です…、などと思いつつ書かせて頂きました。
有り難う御座いました。

口調等、不備が無い事をお祈りしつつ…。


日生 寒河