<聖獣界ソーン・白山羊亭冒険記>


+ 王様★ゲーム +



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「王様ゲームをしましょう」


 そう冒険者の一人が言い出した。
 あまりにも暇だったのだろう。彼女はルディアからストローを幾つか頂き、其処に番号を振っていく。そうして出来上がったクジを手に、彼女はにやっと笑った。


「ルールは簡単。この中の一本に王冠のマークを書いたから、其れを引いた人が番号を指定して何かしら命令をするだけよ。皆知っているわよね?」


 暇つぶし。
 その言葉が良く似合う。確かに本日の白山羊亭は特に依頼が舞い込むこともなく、暇な時間を過ごしている。ならば遊んでいても問題はない。


「と言うわけで参加する人はいない?」


 にっこりと微笑み参加者を募る。
 そんな彼女に向かって手が一つ上がった。最初に挙手したのは長い黒髪を紅紐で結んだ男性、シヴァ・サンサーラ。彼はグラスを手にカウンターからテーブルへと移動してきた。主催者の女性はイスを掻き集め、テーブルの前においていく。取り合えず参加者用に、らしい。


「王様ゲームとは、人に命令する遊びなのですね」
「そうよーん。楽しそうでしょ?」
「そうですね。暇なので、参加しても宜しいでしょうか?」
「おーけーおーけーっ! 他に誰かいないー?」
「あ、俺やろうかな」


 次に手が挙げたのはカウンターに腰掛けて酒らしきものを飲んでいた人間、ユーア。
 黒い髪を一つ括りにして後ろに尻尾の様に垂らした男性……ではなく、それだけ端正な顔付きの女性だった。彼女もまたグラスを手にしたままテーブルにやってくる。用意されたイスに着席して始まるのを今か今かと楽しげに笑みながら待っていた。
 主催者の女性は「他に誰かいないー?」と声をかける。すると、白山羊亭の隅の方から何やら「ばん、ばばん! ばばばぁーん!」と背景に効果音を背負いながら登場してきた男性が一人。彼は自身の筋肉を惜しげもなく晒しながら、何故か涙を零している。


「何だな。王様っつーのはキングっつー訳で、つまりは『筋ぐ★ゲーム』ってぇナニで、皆で筋肉ラブキュン全筋全霊ギラリホットマッチョ☆れぼりゅーしょん★しやがる為のアレなんかね?」
「……はい?」
「ふっふっふっふっふ、此れはもう俺様の出番! いや、王様ゲームが『筋ぐ』である以上、筋肉腹黒親父である俺様が居なくちゃあ始まらない! むしろ始まっちゃぁ可笑しいだろう!」


 喜びに震える筋肉親父、オーマ・シュヴァルツはだんっとテーブルの上に足を置いて熱説する。其れを見たルディアが「テーブルの上に立っちゃ駄目ですよー、汚れちゃいますからー。めっ」と可愛らしく叱った。叱られたオーマはぺこぺこと頭を下げ、ポケットから下僕主夫必須アイテム、『叱られた時は涙を拭いて元気を出してマッスルハンカチ』を出して丁寧にテーブルを拭いた。


「……なあ、あれ絶対に王様ゲームのこと勘違いしてるよな?」
「ええ……恐らく。何と言うか下手すれば私達あの人に鍛えられてしまいそうな……そんな雰囲気があります」
「まあ、あいつが王様になんなきゃいーんだよ、うん!」
「そうですね。それに私達が当たると決まったわけでも御座いませんし」


 ユーアとシヴァははっはっはっと笑いながら結論付ける。
 王様ゲームに一抹の不安を覚えつつ、何となく楽しそうな気分になったのも本当。
 「他に誰か遊ばないー?」と呼びかければ何人かが寄って来る。その数が大体十人程度になった頃だろうか。主催者である冒険者は皆の真ん中に位置するようにストローを握って出した。


「じゃあ、皆で一斉にひくわよ。ちなみに『王様だーれだ!』って掛け声つけてね」
「うい、了解ー」
「了解いたしました」
「よっしゃぁああ! 気合入れて、王様引くぜぇえ!!」


 しゅこぉおおおお!! と何故か無駄に気合を入れるオーマ。その背中から溢れ出た『王様狙ってますんじゃああ!』的なオーラに何人かの冒険者達が飛ばされてしまった。そんな彼らがよたよたと戻ってきたところでゲーム開始。皆で一斉に一本ずつストローを取り合った。
 そして一斉に叫ぶ。


「「「「王様だーれだ!!」」」」



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「あ……私が王様になってしまったようです。さて、何にしましょうか……」


 控えめに手をあげながら王冠の書かれたストローを見せたのはシヴァだった。
 最初の王様と言う事で皆何を命令してくるのだろうかとわくわくする。中にはドキドキと緊張しているものも居た。何かしら楽しめるような命令であったのならば何も問題はないだろう。しかし、今回集まったのは皆暇を持て余している冒険者達だ。暇を消化するためなら何を言い出すか分からない。


 ドキドキドキ。
 どれくらいそうやって居たのか。数十秒程度だったとは思うが、待っている側にしたら嫌に長く感じられた。


「決まりました。一番の方、私が作ったこの白銀のブレスレットを買ってください」


 そう言って彼が懐から取り出してきたのはとても綺麗な白銀のブレスレット。
 細かい細工が丁寧に施された其れは素人が見ても高そうだ。一体誰が買うんだ? と一番以外の冒険者達が辺りを見渡す。すると、ふるふるっと身体を震わしてストローを眺めるものが居た。彼はそっと自分のストローを皆に見えるように持ち上げる。其処にはくっきりはっきり『1』の文字が記されていた。


「あ、オーマじゃん」


 ユーアが酒を飲みながら言う。
 だが、オーマは嘆き悲しむどころか、逆に感激の涙を零してマッスルポーズをつけている。


「うをぉおおおお!! 俺様一番ー!! 最高ー!」
「いや、それぜってー間違ってるから。あんた最初の犠牲者だから」
「そうですね。と、言うわけで此れを買って下さいませんか?」
「いや、あいにく其れを買う程の持ち合わせはない」


 瞬時に冷静になったオーマは手を持ち上げ、顔の前で左右に振る。
 しかし、王様の命令は『絶対』。それが王様ゲームにおける絶対的なルールだ。シヴァはにこにこと微笑みながらもう一度「買って下さい」と言った。それからオーマを手招きし、その耳元にぽそぽそっと何やら吹き込む。
 すると、オーマはがしっとシヴァの両手を掴み、滝のような涙をその目から零した。


「お前、分かってくれるか!」
「ええ、分かります。と言うわけで此れを買って下さい。持ち合わせがないようでしたら、割引しますから」
「いやいや、此処で定価で買わなきゃ男が廃る、筋肉が嘆くぅ! と言うわけで此れでどうだ!」
「はい、有難う御座います」


 ばしっとシヴァの目の前に金を置く。
 それから白銀のブレスレットを手にしたオーマはるんたったっと筋肉だんすを踊った。一体彼らの間に何があったのか。冒険者達は一様に首を傾げる。ユーアはテーブルを叩く。シヴァがどうしました? とにこやかに微笑んできた。


「あんたあいつに何言ったんだ?」
「いえ、奥さんか恋人へのプレゼントに如何ですかと聞いたら、オーマさんには素敵な奥さんがいらっしゃるそうでしたので、その方にどうですか……と、其れだけですが」
「本当にそれだけ?」
「ええ。そうすればきっと貴方に優しくしてくれると思いますよっと言っただけです」
「それであの反応はちょっと過剰じゃねえ?」
「どうやら奥さん、素敵にカカア天下っぽいらしいですね」


 にこにこにこ。
 ユーアはそんなシヴァの笑顔が怖いなと思いつつ、自分に命令が来なくて良かったと思った。



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「あ、今回の王様俺だわ」


 ユーアがはいっと挙手する。
 それからきちんとストローを見せて皆に確認させた。彼女は何にしよっかなーとしばし考える。だがちろっとカウンターを見遣った後、にぃっと意地の悪い笑みを浮かべた。


「三番! 俺にこの店の中で一番高い酒を奢れ!」
「あ、私です」


 犠牲者として手を持ち上げたのはなんとルディア。
 彼女は苦笑しながら席を立ち上がる。カウンターの方に行くと奥からメニューを取り出し、ユーアの前に差し出した。店の中で一番高い酒ということで酒好きの面々が興味深そうにユーアの手元を覗きこむ。しかし邪魔だと彼女が不機嫌そうに一喝すると、覗いていた面々はささっと自分の席に戻った。


「んじゃ取り合えず此れのボトル……――――」
「グラス一杯だけでお願いしますね」
「ち」


 指を鳴らして本気で悔しがる。
 そんな彼女の仕草が妙に可愛くて皆ほのぼのしてしまった。


 ルディアが彼女の為に酒を用意している間も王様ゲームは続く。
 そして時として洒落にならない命令も飛び出してきた。オーマが王様になったので皆で「一体何を言い出すんだ!?」と身構えていれば、「ラブ筋鍛えし為に彼等に麗しく悩ましく暑苦しく愛の告白するべしー!」なんていう命令が下る。彼らとは誰だ? と皆で首を捻っていると、なんと足元で何かが動く気配がするではないか。一体何何だと見遣れば、熱い視線あーんどナンパ癖有なイロモノラブマッスルフレンズ人面草&霊魂軍団が召集していた。


「うわー!! 何だこれー!」
「はっはっは! さあ、告白ターイム!」
「ぎゃー!」
「ちょ、ちょっと蔓を絡ませないでよね!」


 わーぎゃーと騒がしい冒険者達。
 ユーアとシヴァは出来るだけ被害にあわないように心持ち距離を取る。遠巻きに見ている分には面白い光景だと二人で笑い合い、談笑する。しばらくそうして過ごしていると、隣からルディアがテーブルの上にグラスを置いた。中には店の中で一番高いであろう酒がたっぷり惜しげなく注がれていたのでユーアは嬉しそうに声をあげた。


「はい、ユーアさん。これで宜しいでしょうか?」
「さんきゅーっ」
「ところで貴方お酒飲める年齢なんですか? 失礼ですが、少々お若いように見えるのですが……」
「あー、俺これでも二十一だからだいじょーぶ大丈夫。っくー! やっぱ人に奢って貰って飲む酒は美味いね!」


 彼女は心からお酒を楽しむ。
 しかし目の前では霊魂軍団がふわふわ、足元には人面草がわっさわさ。


「此処は本当に白山羊亭か?」


 ユーアがそう思うのも、無理はなかった。



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 「じゃあ、次でラストね」と主催者の女性が言う。
 その言葉に反応した皆は、何故かボロボロ。それでも「おー!」と腕を持ち上げた。


「と、言うわけで俺様きーんぐ!!」
「いやぁああ!!」
「もう勘弁してぇえ!!」


 オーマが嬉しそうにびっしぃ! と王冠の書かれたストローを見せる。
 何故かそのストローには人の顔が書かれていて、しかもアニキ系だったりするものだからもう皆してがっくしと脱力。オーマが「次の命令は何にしようかなー」と嬉しそうにはしゃぐ。だが、今までの「王様の命令」によって冒険もしてないのに異常に疲労している冒険者達。今度は自分に当たりません様にーっと心の中で必死に祈る。普段神を信仰していない者まで祈るのだから相当だ。


「四番!」
「は、はひぃい!」
「今から俺様が聖筋宇宙と親父愛毒筋電波交信し、この亭内に魅惑の激ヤバアニキ親父薔薇筋サンクチュアリお化け屋敷を出現させる!」
「な、なんなんですか、それぇえ!!」


 はぁあああああああ!!! と気合を込めるオーマ。
 亭内ががたがたとまるで地震にあっているのように揺らめく。ルディアが「店を壊さないで下さいー!」と言っても集中している彼には聞こえない。何やら場が暗くなり、それから嫌に重苦しく暑苦しい念が呼び寄せられる気配がする。其れを感じ取った皆はざざっと身体を引いた。
 ――――四番を引いてしまった犠牲者を除いて。


 目の前に現れたのは鉄の扉。重々しい空気を中から噴出しながらギギギ……と開く其れの表面には筋肉むっきむきのアニキがポージングして貼り付けにされているものだから本当に暑苦しい。中から何故か薔薇の香りがしても気にしてはいけない。
 むしろ気にしたら負けだ。


「と、言うわけで下僕主夫逃避行筋もしくはカカア天下ブラッディ追撃筋を鍛えるべくお化け屋敷へGO!!」
「な、なぁなぁああ!?」
「ま、死ぬな」
「頑張って行ってらっしゃい」


 ユーアとシヴァを筆頭に難を逃れた面々は白状にも手を振る。その情景はまるで見送られる兵士のよう。やがて中からはアニキ集団がやってきて、えっさほいさ、ほいさっさー! っと犠牲者を攫った。そして静かに締め切られる扉。最後にひら……っと落ちてきたのは薔薇の花びらだった。


 後に残されたのは王様ゲームをやっていたメンバーとお客さん。
 オーマはふぅっと清々しく額の汗を拭いてこの命令に心底満足していた。


「さーって終わり終わりっ。ルディアー、俺に酒ちょうだーい」
「ユーアさん、飲みすぎは身体に毒ですよ」
「いいのいいの。今日は飲みたい気分なんだからさ」
「もう。今度はちゃんとお金払って下さいね」
「はいはい」
「さて、私はこれから装飾品を露店で売りに行きますのでこれで失礼致します。王様ゲーム、面白かったです。また開催されるようでしたら、是非、私も仲間にしてくださいね」
「おう、また機会があったら遊んでなー」
「ユーアさんもお元気で。でも飲みすぎにはお気をつけ下さいね」


 軽く会釈をしてからシヴァは白山羊亭を後にする。
 酒に口付けながらユーアは亭内を見回す。オーマが楽しそうに白銀のブレスレットを弄くり倒している姿が見えた。どうやら妻に送ったときの様子を妄想しているらしい。
 そんな彼を見つつ、ユーアは一言呟く。


「そういやあのお化け屋敷に行ったヤツって、戻ってこれんのかな」


―――― その日以降、四番の彼の姿を見た人は……居なかった。



……Fin



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【1758/シヴァ・サンサーラ/男性/27歳(実年齢666歳)/死神】
【2542/ユーア/女性/18歳(実年齢21歳)/旅人】
【1953/オーマ・シュヴァルツ/男性/39歳(実年齢999歳)/医者兼ヴァンサー(腹黒副業有り)】

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■         ライター通信          ■
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 こんにちは、蒼木裕です。
 またの発注有難う御座いますvシヴァ様はブレスレットを売るという命令でしたので、こんな感じに。割引をしてくれる辺り、ちょっと優しいなと思ってしまいました(笑)