<聖獣界ソーン・白山羊亭冒険記>


これもお守り?

「すみません。こんにちは」
 白山羊亭に、珍しい人物がやってきた。
 以前ちょっとだけ顔を出しただけで、まともに来たことはない――緑の髪に眼鏡の青年である。
 白山羊亭看板娘のルディアは、彼のことをうわさで知っていた。『精霊の森』。そう呼ばれる場所の守護者……とか何とか……
「ええと……クルスさん、でしたっけ?」
 クルス・クロスエアは微笑んでうなずいた。
「はい。こちらにお世話になるのは初めてですね」
「依頼、ですか?」
「ええ、まあ……」
 クルスはどこかバツが悪そうな表情をした。
 ――彼は二人の少年を連れていた。
 ひとりは女口調で「へえ、ここがサカバってのかい!? いいねえ、活気があるじゃないか!」とかおばさんみたいなことを言い、
 ひとりは「むむ。ここが酒場とな……。とても興味深い」とおじさんみたいなことを言っている。
 どちらも、見かけは十代半ばにも届かなそうだというのに。
「僕の力にですね、うちの森の精霊を人に宿すことができるというのがあるんですが……」
「ええ、うわさには聞いてますけど……」
「今日、双子の兄弟が来てくれたので、彼らの要望通り火の精霊ウェルリと岩の精霊ザボンを宿したのですが……その直後に双子が寝てしまったようでして。完全に今、精霊が外に出てきてしまっているんですよ」
「精霊、ですか……」
 ルディアはぽかんと、かたや元気に白山羊亭を見渡す少年、かたや難しい顔で腕組みをしている少年を見つめる。
「宿主が寝ている間、精霊たちと遊んでやってくださいませんか。どうもこの宿主の少年たちはそういう種族らしくて簡単には目が覚めないようなので。思い切り体を動かしてもいいようですから」
 クルスは困ったように、そう言った。

     **********

「―――!」
 クルスの顔を見て、がたりと椅子を動かし反応した少女がいた。
 クルスはそちらのほうを見て、「やあ」と手をあげた。
「千獣(せんじゅ)。ここで会えるとは思わなかったな――手伝ってくれないかい」
「……クルス……」
 ちょっとこの青年と色々あってしまった千獣は、視線を泳がせもそもそと何かをつぶやいていたが、やがてふと顔をあげた。
「この、気配……。ザボン……?」
 少年のひとりに宿っているザボンが、ぎしぎしと重そうな動きで手をあげ、
『久しぶりであるな、千獣殿』
 と挨拶をした。
「ザボン……久しぶり……」
 千獣は嬉しそうに駆け寄ってきた。背の低い少年の視線の高さに合わせるようにかがみ、そしてもうひとりの少年を見て、ちょこんと首をかしげる。
「こっち、の、人、は……初め、て、だよ、ね……?」
 もうひとりの精霊は、ザボンに比べて軽快に手をあげた。
『やあ! 初めましてだね嬢ちゃん、噂は聞いてるよ! あたしはウェルリ、よろしく!』
「う、わさ……?」
『ファードやザボンと仲がいいんだろ? クルスがいつも感謝してる』
「………っ」
 千獣はとっさにクルスを見ようとして、それからさっと顔をそらした。
「ふぁ、ファード、元気……?」
 『精霊の森』ではもっとも千獣がなついている樹の精霊の名前を出すと、
『元気であるよ。千獣殿』
 ザボンが答えてくれた。
「よかっ、た……」
『あたしは焚き火の精霊で動けないもんだからねえ、ファードとはあまり会わないんだ、ごめんね嬢ちゃん!』
 謝りながらもカラカラ笑っているような雰囲気なのは、ウェルリである。
 そんなウェルリを見つめていた千獣は、むうと少し考えてから、ザボンに向き直った。
「……ザボン、に、前、に、森に、行った、時の、こと……お礼、したい、けど……ザボンが、よかった、ら……ウェルリ、とも、一緒に、遊んで、いい……?」
『おお。もちろんだとも千獣殿』
 相変わらずお優しいな――とザボンは少年の顔で破顔した。
『ありがたいねえ、お嬢ちゃん!』
 ウェルリが少年の手で、千獣の髪をくしゃくしゃと撫でた。……手がとても熱かった。
「ありがとう」
 と最後に礼を言ったのはクルスで――
「………」
 千獣はそれには返事をしなかった。ぷいとそっぽを向いて、そしてたまたま視線の先に入った人物に声をかける。
「あ……アレス、ディア……」
 アレスディア・ヴォルフリートが、ちょうど白山羊亭に入ってくるところだった。
「これはクルス殿」
 アレスディアはクルスに顔を向けて、「そちらの……子供……では、ないのだろうか?」
 おかしな動きをする子供たちに、不思議そうな顔をする。
 詳しい話を聞き、
「あの森の、精霊殿? なるほど、そういうことか」
 かがんでいた千獣がじっとアレスディアを見上げている。
 それを見下ろして、アレスディアは微笑んだ。
「今は特に急ぎの用もない。せっかくここまで来られたのだ。私でよければお付き合いしよう――」
 よろしくお願いする、とアレスディアは丁寧に礼を取った。

「お二人はどのようなことが好きなのだろう」
 手にしていたルーンアームを壁に立てかけて、アレスディアは二人の少年を見比べる。
『ふむ……わしはあまり動けんなあ』
『あたしは動くのが大好きだよっ!』
「そうか。ではザボン殿はチェスなどどうだろうか。時間をかけてじっくりと遊べる」
『チェスとな』
 初耳らしい、ザボンは興味深そうに目を光らせた。
「チェスですか〜はいはい〜私が今用意しますね〜」
 ルディアが店の奥に引っ込み、そして現れた。
 手にチェスの用具一式を持っている。
「それ、どう、やる、の……?」
 千獣が興味深そうに、盤に並べられていく駒をのぞきこんだ。
「これは、二手に分かれて互いの駒を取り合うゲームだ、千獣殿。駒にはそれぞれ違う能力があって――」
「……?……?」
 どれだけ説明しても、千獣は小首をかしげるばかり。
 逆にザボンはうんうんとうなずいた。
『なるほど。聞けば聞くほど奥深そうなゲームであるな』
「……チェスの相手は僕がやるよ」
 クルスが覗き込んできて、苦笑しながらそう言った。
「アレスディアと千獣はウェルリの相手をしてくれないかな。ウェルリはこういうのには向かない」
「そうか……」
「私、ザボン、と、遊び、たかった……」
「チェスが一回終わったら別のゲームをすればよい千獣殿。とりあえずウェルリ殿と――」
 何をしようか、とアレスディアは首をかしげた。
「そうだな……正月に、羽根突きというものを教わったが、それならどうだろう? 本来は新年に遊ぶものだそうで、今時分少々おかしいかもしれぬが」
「そんなことはありませんよ〜〜〜」
 ルディアがほいっと羽根突き道具を一式手に現れた。
「楽しい遊びはいつやってもいいものです!」
「ルディア殿……妙に用意がいいな」
「それが看板娘の仕事です〜」
 はいっとルディアはウェルリ、アレスディア、千獣にそれぞれ羽子板を、羽根をアレスディアに渡した。
「よし。では外に出て――」
 この羽根を板で突きあうんだ、とアレスディアはウェルリと千獣に説明した。
「こうやって――」
 軽く。かるーく。
 羽根をぱんと突いてみせる。
 ――ナチュラルな馬鹿力のアレスディアだったが、先だって力を抜いて突いたほうがよいとアドバイスされ、今はほどよい馬鹿力で突けるようになった。
 羽根は、えらく遠くまで飛んだ。
「――今のを、打ち返してもらえればいいんだ」
 ウェルリが嬉しそうにばたばた走っていき、羽根を拾う。
『こんな感じかいっ!?』
 ぱんっ
 ウェルリはほどよく力があった。
 ちょうどアレスディアに届く程度には。
「そうそう、そんな感じで――千獣殿も」
 アレスディアは今度は千獣のほうに羽根をつく。
「こう……?」
 千獣は――
 ばこん!
 ずこっ
「……羽根が家の壁にめりこんだ……」
 アレスディアが呆然と、壁にめりこんだ羽根を見つめる。
 ……千獣もナチュラルに馬鹿力なのだった。
「も、もうちょっと力をぬいて、千獣殿」
「力、ぬく……?」
 アレスディアは羽根を壁から取出し、何事もなかったかのようにウェルリに向かって突く。
 ウェルリが、千獣に向かって羽根を突く。
 そして千獣が――
 ばこん!
 ぼこっ
「……いや、だからもう少し力をぬいて……」
 壁に二つ目の穴を開けた――それでも前よりは浅くなったあたり、努力はしたらしい――千獣に、アレスディアは引きつった笑みを返した。


 クルスはザボンと、真剣にチェスをやっていた。
「チェックメイト」
『ぬぬう……っ』
「これで僕の2勝」
 ザボンのキングの駒を空中でもてあそびながら、クルスがにっと笑う。
 と、
「お前、やっぱ何気に性格悪いだろ」
 ――がしっと背後から肩を抱かれ、クルスがぎくりと身を縮めた。
「初心者相手に本気でやるかあ普通」
「ぼ、僕もそんなに経験ないって」
 クルスは慌てて顔をぐいぐい寄せてにらみをきかせてくるオーマ・シュヴァルツに弁解した。
「っていうかいつの間に来てたのキミ」
「今。話はルディアから聞いた。ザボンは生真面目だからなあ、チェスには向いてないんじゃないか?」
 『精霊の森』の精霊をよく知るオーマはチェス盤を見ながら言う。
「外にはウェルリがいるって? また燃える組み合わせで来てくれたもんじゃねえか」
「何に燃えるんだい」
「ふふふ……愛すべき親父精霊ザボンに、俺の同志たるウェルリ! 俺もいっちょ一筋二筋脱ぐかねえ」
 そうさなあ、とオーマは満足そうな様子で考えにひたった。
「聖筋界季節も桃色すぷりんぐるんるんラブマッチョ大胸筋ぴくにっく★だしな。いっちょアレ行ってみっかね?」

 そんなわけで――
 ザボンにウェルリはもちろん、千獣とアレスディア、クルスも連行――
 オーマは銀獅子に変身し、全員を背に乗せた。
 行く先は花人たちの住む、年中花咲く天空都市の花祭り――

 祭りはとても華やかだった。
 美しい花舞。音楽も軽やかに、優しげな春の風のように。
 花の形をした綿菓子や、花の形に細工したりんご飴。桜の花びらの混ざった焼きそばに、クレープに入っている生クリームは桃色。
 花的撃ち落としゲームには、オーマとウェルリとアレスディアが挑戦した。
 オーマは元々銃の名手だ。ばしばしと目的のものを撃ち落とし、ザボンや千獣に贈り物をする。
 ウェルリはなかなかうまくいかずに燃えた。ごうごうとオーラを発しながら、何度も何度も挑戦して、ようやく手に入れたのは――炭酸水だった。
『水ーーー!』
 逃げるのではなく立ち向かう燃える精霊ウェルリ。炭酸水をなぜか頭からかぶって、燃える心で蒸発させた。
「……何やってんだウェルリ……」
 全員が呆然として、訳の分からないウェルリの行動を見ていた。
 アレスディアが撃ち落としたものはほどほどに――桜の形をした仮面。
「………」
 意味不明な商品に、誰もが無言になった。
 輪投げ――は、ナチュラル馬鹿力のアレスディアと千獣が挑戦。
 案の定遠くまで飛びすぎて、すべてを失敗させた。
 吹き矢。オーマ、アレスディア、ウェルリに千獣が挑戦。
 全員肺活量が多すぎて吹き矢が飛びすぎ、的を貫いて大変なことになった。

 ザボンがのろいため、全員の進み具合がのろい。
 次々とゲームで騒ぎを起こしていく一団を、まわりの客たちがざわざわと見つめていた。

「ん?」
 ふと見ると、垂れ幕がかかっている。
「『春の運動会』……?」
「面白そうじゃねえか! チーム参加だぜ、大胸筋レッツGO!」
 オーマに連行され、強制参加の六名……

 第1のゲーム。
「ど筋★大胸筋ちらりずむんむん着せ替え競争」
 チーム内で札を引き、札の番号の組み合わせ通りにチーム内で着せ替えしゴールを目指す。
 着せ替え札は以下の通り。

 オーマ⇔ウェルリ
 アレスディア⇔ザボン
 千獣⇔クルス

「じゅ、十二歳の男の子……大きめの子でよかった……」
 アレスディアがザボンの宿主の少年の服を着て、ほっとため息をついた。
 少し胸が苦しいが……。
 アレスディアとザボンは、ザボンの動きがのろいことをのぞけば問題なくゴール。
「千獣ので助かったよ……」
 クルスが安堵の息をついていた。「千獣は背が高いからな。ぎりぎり着られる」
 元々長身のクルスである。いくら千獣が長身でもかなりきつかったのだが。
「………」
 クルスの服を軽くだぼだぼ状態で着た千獣は、真っ赤になっていた。
 なぜか千獣が足をもつれさせるのをクルスが支え、ますます千獣が足をもつれさせ、ふらふらゴール。
 そして最後の一組――
「ぬおおおお!?」
 巨体のオーマ。
 ……十二歳の少年の服が、着られるはずがなかった。
 服がびりっと破れた。
『おお! あんたやっぱいい体してるねえオーマ!』
 感心しているウェルリをよそに、運動会の役員が駆けてくる。
「サイズ腹黒非常無視! 服が破れた者は露出狂現行犯逮捕! しっかーく!」
「ぬおおおおお」
 オーマは男泣きに泣いた。

 第2のゲーム。
「胃筋腹筋みらくるんるん無間地獄食い競争」
 カカア天下たちが提供する愛妻桜料理フルコースを、食事マナーをきっちり守って完食する。
 食事マナーを慌ててアレスディアがウェルリやザボン、千獣に教えるが、
 オーマがなぜか遠い目をしていた。
「みんな……死ぬなよ……」
「………?」
 唯一その言葉の意味を知っているのは、以前カカア天下料理を食わされたことのあるザボンだった。
 ザボンは、味覚が一切ない。それなのに――
「うっ!?」
 一口口にした瞬間、アレスディア、ウェルリ、クルスがうめいた。
 オーマは慣れているのでこらえた。背筋を伸ばし、青い顔で食事を進めようとする。
「―――っ」
 アレスディア、ウェルリ、クルスは、数口食べただけで耐え切れずに棄権した。
 ザボンは、何とか食べ続けようとしたが――マナーがうまくゆかず、手でつかみとろうとして失格となった。
 オーマは――
 無理して食べ過ぎて失神。
 よって失格。
 ――なぜか千獣だけが、カカア天下の会提供の桜料理を完食した。
 ただし、お皿の上に乗っているものを、お皿を持ち上げてざらざらと口に入れたのでマナー違反で失格。
「でも千獣殿……平気なのか……?」
 アレスディアがおそるおそる訊くが、
「なに、が……?」
 千獣はきょとんと首をかしげるばかりだった。

 第3のゲーム。
「下僕主夫ギラリマッチョりずむるんるんナマ転がし競争」
 チームの下僕主夫を問答無用、容赦皆無、手段問わずナマ絞り転がしでゴールを目指す。
「下僕主夫……」
 クルスの視線が一点にとまる。
 その視線の先にいる人物は、キラリと光る汗をすでに流していた。
「ふ……下僕主夫失神は失格。ゆえに愛の鞭に耐えるぜ……俺は」
 ――既婚者がたったひとりしかいない。
 ためらうアレスディアやザボン。きょとんとする千獣。燃えるウェルリ。
「あはは。面白そうだねえ」
 笑ったのはクルス。なぜかきらりと瞳が光ったのは気のせいだろうか。
「さあみんな、オーマを容赦なく転がすんだよ。失格になりたくなければね!」
 ノリノリのクルスにアレスディアたちも仕方なく、地面に丸くなったオーマに手をかけた。
 だが、
「えっと、ゴール、まで……転が、せば、いい……?」
 ナチュラル馬鹿力+ナチュラル天然千獣。
 ひとりものすごい勢いでオーマを転がし始めた。
「千獣殿――!」
「のおおおおおおおおおおおおおお」
 千獣のものすごい勢いに、オーマはもはや痛みも何も感じずに、却って楽にゴールまでたどりついてしまった。
 もちろんダントツのトップでゴールイン。
 ただし――
「チーム一丸となっていない!」
 役員たちがピッピーと笛を鳴らした。失格。
 最後のほうでは、動きがひたすらのろいザボンの宿った少年が、アレスディアとともにゴールしていた。


「結局なんだったんだろうな……この運動会は……」
 クルスがぼやく。
「いいじゃねえか、別に」
 オーマは大して痛い目に遭わずにすんだことがよほど嬉しかったらしい、
「ほら、もう夜だぜ……夜桜だ」
 上機嫌に上空を指した。

 はらり はらり
 花びらが暗闇を舞う。
 夜桜吹雪――

 ドオォン……
 花火が上がった。
 閃光が、一瞬夜桜を照らして再び消えた。

 オーマが獅子の姿になる。

『背中に乗れ。遊覧飛行もいいだろう』
 全員は喜んで従った。

 はらり はらり
 獅子の銀の毛並みに夜桜が舞う。
 はらり はらり……

 ドオォン……パラパラ……

 花火が目の前で展開するようで。
 花の世界が、目の前で展開するようで。

「美しい世界だ……」
 誰かがつぶやいた。

 視界をよぎるように、一枚の桜の花びらが舞う――

     **********

 一夜明けて、一行は白山羊亭に戻ってきた。

「もう、お別、れ……」
 寂しそうに、千獣がザボンとウェルリの前でかがみこむ。
『わしも寂しいぞ、千獣殿』
 ザボンが言った。『千獣殿は元気だと、ファードに伝えておくからな』
「うん……ザボン、も、ウェルリ、も、元気、で」
『お嬢ちゃんもね』
 そして千獣は身を縮めた。
 ――その場に最後のひとりがいる。すぐ後ろに。
「千獣」
 名を呼ばれ、千獣はびくっと震えた。
「……今日はありがとう。まさかキミが、手伝ってくれるとは思わなかった」
 青年の優しい声がする。
「―――」
 千獣は黙りこくっていた。青年がそっと、隣に膝をつく気配がする。
「怒っているのか? この間のことを」
「………」
「なら謝るけど……にしても、よく手伝ってくれたな」
「……それでも……」
 千獣は、以前クルスに口付けされた耳元に手を触れながら、囁くようにつぶやいた。
「クルス、が……独りで……抱え、込む、のは……いや、なんだ、もん……」
「千獣」
「……馬鹿、クルス」
 ぽつりとつぶやいた言葉。
 ――隣で――
 くっと、笑った気配がした。
「―――!」
 千獣は思わず横を見た。
 クルスが口元を押さえ、くっくっくと笑っていた。
「なん、で、笑う、の……!」
 やっぱりこんな人は――!
 そう思った刹那、クルスは上を向いた。
 片手で、目を覆いながら。
「……参ったなあ……」
 と彼は言った。
「な、に……?」
 千獣は思わず彼を見上げる。青年は独り言を続けていた。
「本当に参ったよな……俺、記憶喪失になる前からこんな感じだったのか?」
「………?」
「……勝てないよ、キミには」
 すっと、目元から手を離し――
 クルスが顔を千獣へと向ける。
 その緑のまなざしを、まっすぐ千獣へと。
「……やっぱりキミに触れたい俺は、ただのナンパ野郎なのかな」
 青年は手を伸ばす。千獣の顔へと。
 そして、動けずにいる少女の唇にそっと指を触れた。なぞるように。
「―――!」
 千獣はその手を払いのけて、手の甲で唇を押さえる。
 顔が熱い。まただ、またあのときみたいに――
 また耳元に触れられたときみたいに――
 くすくすと青年は笑った。
「……無理強いはしないことにするよ。キミを壊しそうだから」
 千獣の唇をなぞった自分の指に口付けを落とし、そして。
「さあ、帰るかな」
 彼は立ちあがった。うん、と伸びをして、
「さ、行くぞ。ザボン、ウェルリ」
 ――もう刻限だ――
『もうそんな時間かい? つまんないねえ、せっかく千獣がいるのに』
『まったくだ』
「……お前たちまでそういうことを言うのか? やめてくれ、俺が止まらなくなるから」
 ぺしぺしと二人の精霊の頭を叩き、そして二人と手をつないで、
 青年は背を向ける。
「―――!」
 千獣は手を伸ばしかけた。そして、途中でためらった。
 顔が熱い。こんな顔、見られたくない――
「千獣。また」
 ――また――
 再び会うことを約束して、青年は帰っていった。
 精霊たちとともに――
 千獣の心をかきみだしたまま――
 ――また、会える?
 千獣は高く跳ねる鼓動を感じながら、後ろ姿を見送っていた。
 ずっと。見えなくなるまで、ずっと――


 ―Fin―


□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【1953/オーマ・シュヴァルツ/男/39歳(実年齢999歳)/医者兼ヴァンサー(ガンナー)腹黒副業有り】
【2919/アレスディア・ヴォルフリート/女/18歳/ルーンアームナイト】
【3087/千獣/女/17歳(実年齢999歳)/獣使い】

□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■         ライター通信          ■
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□

千獣様
いつもありがとうございます、笠城夢斗です。
今回は――え――何だか本編よりもラストに力が入っているような気がするのはきっと気のせいではありません。こんな関係になっちゃいました。どうしましょう(笑)
よろしければまたお会いできますよう願っておりますv