<聖獣界ソーン・白山羊亭冒険記>


どきっ☆ シフールさんだらけの白山羊亭
●オープニング【0】
 今日のすべきことは終わった。
 別にもう用事も何にもない。つまりは暇である。
 こんな時にはやっぱり――白山羊亭で飲むしかないだろう。
 そう思っていつものように白山羊亭へ向かうと、今日は少し様子が変わっていた。
 店の前に『本日貸切』なる札がかかっていたのである。
 貸切とはどうしたことだろうと思ってそっと中を覗いてみると……驚いた。
 何と店内には、羽根妖精と呼ばれるシフールしか居ないのである。
「しふしふ〜!」
「しふしふ〜☆」
「しふしふ〜♪」
 し……しふしふ? 何ですか、その挨拶は?
 妙な挨拶をシフールたちが交わしていたのだ。
 そうこうしていると、白山羊亭の看板娘・ルディアがこちらに気付いて申し訳なさそうにやってきた。
「すみません、ご覧の通り今日は貸切なんです」
 その時、店内のシフールたちがこんなことを言い始めた。
「オイラたちが面白いと思うようなことが出来たなら、入ってもいいよ〜」
「そうそう、芸とかお話とかね〜☆」
「シフールだったら仲間だから一緒に遊ぼう!」
 一芸で入ることが出来るなら、他の店に行くよりも楽といえば楽……か?

●今日は『シフール亭』【1】
「ちぇっ、しょーがねーなー」
「今日は別の店に行くか……」
 シフールたちの貸切とあって、白山羊亭の前では仕方なく引き返す客たちの姿がよく見られた。その度にルディアが頭を下げて、そんな客たちを見送っていた。そこに――。
「あん? 貸切たぁ珍しいな」
 中へ戻ろうとするルディアに声をかけたマッチョな大男の姿があった。
「あ、オーマさ……」
 ルディアはマッチョな大男――オーマ・シュヴァルツの名を呼びかけて、はたとその言葉が止まった。何故ならオーマは、うささん模様の桃色ふりふりエプロンと三角巾という格好であったからだ。オーマの言葉を借りるなら、『素敵下僕主夫るんるんルック』ということである。
「……買い物帰りなんですね」
 しかしルディアも慣れたもの、すぐに気を取り直し話を続けた。
「おう、よく分かったなぁ。夕飯の買い物帰りだ」
 嬉しそうに話すオーマ。分かるのも当たり前、手にはやはり桃色のファンシーな買い物袋を提げていたのだから。
「で、誰が貸切にして……」
 とつぶやいてオーマが店を覗こうとすると、中から楽し気に歌うような声がいくつも聞こえてきた。
「し〜ふ〜し〜ふ〜♪」
「しししふふふ〜☆」
「しふっふししふ〜ふ〜しふ〜♪」
 店内では何人ものシフールたちが、くるくると輪になって飛びながら踊っていた。さすがは羽根妖精と呼ばれるだけあって、身のこなしは軽く上手だ。
「……しふしふ? 何かね、こいつぁ胸キュンおにゅー☆な聖筋界挨拶新語ってか?」
 初耳な言葉に、思わずオーマがルディアに尋ねる。
「聖筋界はどうだか知りませんけど、シフールさんたちのご挨拶らしいです。密かに流行っているんだとか……」
「ほぉ。響きからして、阿修羅アニキングな外来語筋かもしれねぇな?」
 当たりをつけてみるオーマ。どこからの言葉かはさておき、最近になってシフールの間で広まりつつある言葉であるのは間違いないだろう。でなきゃ、こんなに大勢のシフールがしふしふ言いはしないはず。
「あらら……今日はシフールの貸切なのですか」
 と、そこへ新たな客が白山羊亭の前に現れた。女性と見紛う端麗な顔に紫紺の瞳、そして一つ束ねで腰まである艶やかな黒髪が印象的な青年――シヴァ・サンサーラであった。
「あ、すみませんシヴァさん。そうなんです、今日は貸切なんです」
 言うなれば、今日ばかりは『白山羊亭』でなく『シフール亭』なのである。
「飲みにきたというのに、残念です」
 ルディアの返事を聞き、シヴァがやれやれといった口調でつぶやいた。すると中からシフールたちの声が。
「また誰か来たの〜?」
「オイラたちが面白いと思うような芸とかお話とか出来るなら入ってもいいよ〜」
「まだそういう人って居ないけどね〜」
「そうそう、さっきのヒゲのおじさんのお話退屈だったしさ〜」
 くすくすと笑うシフールたち。どうやら何人か挑戦したものの、シフールたちを満足させることが出来なかったみたいである。
「……面白い話や芸ですか」
 ふむ、と思案顔になるシヴァ。対照的にオーマはニヤリと笑みを浮かべる。
「面白い。この大胸筋が鳴るぜ」
 ポージングを取るオーマの胸がぴくぴくと動く。いや、本当に鳴ってませんか、それ?
「ふふふ……マッチョの名にかけて!」
 オーマが意気揚々と店内に足を踏み入れる。ルディアが目でどうしますかと尋ねると、思案していたシヴァも店に向かって1歩踏み出していた。

●見よ、我がマッチョな一芸を!【2】
「しふしふ〜!」
「しふしふ〜☆」
「しふしふ〜♪」
 オーマやシヴァが店内に足を踏み入れると、四方八方に居るしフールたちから挨拶が飛んできた。
「こんばんは」
 穏やかな笑みを浮かべ挨拶を返すシヴァ。まあこれが普通の反応であろう。が、オーマは違った。
「むきむき〜!!」
 何と、マッチョなその身体を誇示しながら負けじとオーマなりに真似た挨拶を返してきたのである。
「しふしふしふふ〜!」
「むきむきむき〜……ビバマァッチョ〜!!」
「…………」
 シフールたちとオーマの挨拶の応酬に、ルディアが言葉を失っていた。
「ルディア」
「あっ」
 シヴァがそっと名を呼ぶと、ルディアははっと我に返ったのだった。
「今度の人は違うね〜」
「そうだね〜」
 オーマの挨拶は意外とシフールたちに好評、1ポイントゲットという感じであった。いやまあ、何ポイント必要なのかと問われると答えに困るのだが。
「で、どっちから先に面白いことやってくれるの〜?」
 1人のシフールがオーマとシヴァに尋ねる。途端に他のシフールたちが、わくわくとした期待の視線を2人へ向けてきた。
「さて……」
 何気なくオーマを見るシヴァ。どうするのだろうと思ったからだ。
「よーし、俺からマッチョでアニキな芸を見せてやろうっ!」
 オーマはぐるりとシフールたちを見回してから、高らかに宣言した。一斉に拍手するシフールたち。口々に喋り始める言葉が聞こえてくる。
「何見せてくれるのかな〜」
「楽しみ楽しみ〜☆」
「目で豆を噛むのじゃダメだからね〜」
 ……誰かやったのか、それ。
「さぁさ、お立ち会いだ! 取り出したるこの大根」
 オーマはそう言って、買い物袋から巨大な大根を取り出した。何やら大根に模様が見えたのは気のせいだったろうか。
「それに、親父愛満載な桃色包丁」
 続いて懐から包丁を取り出すオーマ。シフールの1人が叫んだ。
「分かった〜! 今ならもう1つおまけについてくるんだねっ!」
 どこの世界の話だ、それは。
 オーマはそれには答えず、ニヤッと笑みを浮かべたかと思うと、大根を空中へ勢いよく放り投げた。
 くるくるくるくると、まるでブレイクダンスでも踊るかのように華麗に舞う大根。そんな大根に対して、オーマが包丁を振るった。
「覇!!」
 何度振るったか、正確に数えることは出来なかった。少なくとも目で捉えられた3度より多いことは間違いない。
 やがて大根が床に落ちてくる。けれども床に着地した時の大根は、放り上げる前と完全に姿を変えていた。
 床にはシフール型をした大根の彫刻があったのだ。オーマが彫ったゆえか、一般的なシフールに比べてだいぶアニキな感じであったが、なかなか顔立ちも悪くない。
「やりますねえ」
 大根彫刻をしげしげと眺め、シヴァが感心した。一瞬の間によくこういう芸当が出来るものだと思ったからである。
「すっご〜い!」
「ねえねえ、どうやったの〜☆」
「まるで見えなかったよね〜?」
 四方八方からシフールたちの拍手や賞賛の声。けれども、オーマは平然とこう言い放った。
「まだおまけがあるんだぜ?」
 と言うが早いか、大根彫刻がゆっくりと動き出したのである。それも拍手や歓声に応えるかのごとく、手を振ったりしている。
「わ〜、動いてる〜☆」
「これはもう決定だよね〜♪」
「「「異議な〜し!!」」」
 動き出した大根彫刻が決定打となって、見事オーマはシフールたちに気に入られたのであった。
「ま、ざっとこんなもんかぁ」
 満足げな表情でポージングを取るオーマ。実は……使った大根は人面大根で、動き出すのも当然の話。だがシフールたちがそれに気付くことはなかった。

●穏やかなる一芸【3】
「んっと、こっちのお兄さんは何見せてくれるのかな〜?」
 オーマの芸が一段落し、シヴァの頭上を飛び回りながら1人のシフールが尋ねてきた。それで今度はシフールたちの注目がシヴァへと移る。
「さて、どうしましょうか……」
 シヴァは少し考えてから、ルディアの方へ向き直って声をかけた。
「ルディア、ナプキンを何枚かください」
「あ、はい」
 シヴァに頼まれ、ルディアが数枚のナプキンを持って戻ってきた。このソーン世界のナプキンなので、いわゆる布である。
「待っていてくださいね。今、芸の用意をしますので」
 そう穏やかにシフールたちに告げると、シヴァは近くの椅子に腰掛けて、テーブルの上でナプキンを折り始めたではないか。
「おっと、おもむろにナプキンを折り始めた。何を作るのかまだ分からず、腹黒レベルは低いか……?」
 そんなシヴァの様子について、いつの間にやらスプーンを手にしていたオーマが実況を始める。何やら謎な所に着目しているようだが、とりあえず気にしないことにする。
 シヴァは黙々とナプキンを折ってゆく。次第にナプキンは形作られてゆき、やがてその手を止めてシヴァは顔を上げた。
「このようなことしか出来ませんが、よろしいでしょうか」
 と言って、完成した作品を手に載せたシヴァ。そこにはナプキンで作られた折りシフールがあった。ちゃんと羽根まで再現されているではないか。
「君たちの仲間を作ってみました」
 シヴァはシフールたちによく見えるように手を動かした。
「これは器用だ! 指先の美筋レベルは高そうかっ!?」
 だから何を見てるんですか、実況のオーマさん?
「シフールさんだね〜」
「綺麗に折れてるよ〜」
「ねえねえ、それだけ〜?」
 シフールたちの褒め言葉はシヴァの耳に聞こえてくるが、期待外れという感想もちらほらと。するとシヴァは静かにこう言った。
「今飛ばしてみせますね」
「「「えっ?」」」
 何人かのシフールたちの驚きの声が重なった。飛ばすって……どうやって?
「こうやって……」
 シヴァは手の上の折りシフールに唇を寄せると、静かにふう……と息を吹きかけた。するとどうだろう、折りシフールはシヴァの手からふわりと浮き上がり、そのままゆっくりと離れていったではないか。
「あっ、浮いてる……」
「浮かんだよ〜」
 シフールたちの驚く中、折りシフールはふわふわと空中を飛んでいる。ご丁寧に羽根まで動かして。
「飛んでるね〜」
「飛んでるよ〜」
「まさしくシフールさんだね〜☆」
 聞こえてくるシフールたちの感嘆の声。
「喜んでいただけましたでしょうか。お望みとあれば、もっと折りますよ」
 シフールたちにそう告げるシヴァ。なかなかの好感触であったが、先にオーマの大根彫刻を見ているせいだろうか、一部納得出来ないシフールたちも居る模様。
「さっきの方が凄かったよね〜?」
「薔薇までまいてるもんね〜」
 実はさっきの大根彫刻、シヴァが折りシフールを作っている間にキザに薔薇の花びらをまいたりしていたのだ。それと比べてしまうと、やはりインパクトに欠けるということだろうか。
「……これはダメですか」
 シヴァもそんな空気を感じ取ったのだろう。何やらもそもそと探すと、手に何かを握って出してきた。
「では、これを差し上げましょう。シフールでも持てる小さな装飾品です」
 ゆっくりと手を開くシヴァ、中には数点の鈴や、ピアスに使うような宝石などがあった。シヴァお手製の装飾品たちである。
「あ〜、鈴だ〜っ☆」
「綺麗な宝石もあるよ〜♪」
 わらわらと近付いてくるシフールたち。非力ゆえなのかどうなのか、どうやらこういう装飾品が大好きなようだ。
「君たちが望む面白い話はできませんので、このような不器用なことしか私には出来ません。許してください」
 などと言いながら、ある分を希望するシフールたちへ渡してゆくシヴァ。
「帽子につけるとかっこいいかな〜」
 これは宝石をもらったシフールの言葉。
「音が綺麗だよね〜☆」
 これは鈴をもらったシフールの言葉。店内のあちこちでチリチリンと鈴の音が聞こえてくる。
「し〜ふしふし〜ふ、しふしふしふ〜♪」
 仕舞いには鈴の音に合わせて歌い出すシフールまで出る始末。
「……判定は?」
 黙り込んだシヴァに代わって、ルディアがシフールたちに尋ねた。顔を見合わせるシフールたち。ややあって、答えが返ってくる。
「さっきのも別に悪くなかったし、いい物ももらっちゃったしね〜」
「2つ合わせて合格かな〜?」
「「「異議な〜し!!」」」
 合わせ技一本、そんな感じでシヴァも無事にシフールたちに気に入られたのであった。
「ありがとう」
 礼を口にするシヴァに、安堵の表情が浮かんでいた。

●しふしふな宴【4】
 さて――シフールたちに気に入られたオーマとシヴァは、一緒に楽しむこととなった。何はともあれ酒をだろうか。それも時が経つにつれ、楽しむ内容は酒だけではなくなってゆく訳で。
 オーマなどは厨房を借りて料理を作ってみたかと思うと、女性のシフールたちをエスコートして舞踏会よろしく優雅に踊り始めたりしていた。とはいえかなりの体格差があるので、頭上で舞うシフールたちに手を添えてオーマが踊るという感じである。
「それいっ!」
 ちょっと地味に思えたのか、オーマは具現で七色に輝く花のような雪を店内に舞わせた。それは幻想的なライトアップ、そのロマンチックな光景にシフールたちも盛り上がる。
「綺麗だね〜☆」
「今日貸切にしてよかったよ〜♪」
 シフールたちもとても嬉しそうである。
「……今のお話にしっくりとくる光景ですね」
 そばに陣取ったシフールたちの話に耳を傾けていたシヴァが、店内に展開する幻想的な光景を見てぽつりつぶやく。
「でしょ〜? 輝く雪が降ってね〜、気付いたらその女の人は消えちゃってたんだよ〜」
 シヴァのつぶやきに頷いて、シフールは話を続ける。気紛れなシフールたちは、単独で放浪したりすることも珍しくないので、不思議な話に出会うことも少なくない。今シヴァに聞かせているのもその1つだ。
「あたし、またその人に会えるといいなって思ってるんだ〜。でも会えるかな〜?」
「会えますよ、きっと。信じていれば、いつの日にか」
 シフールの言葉に、シヴァはきっぱりと言った。
「わ〜い、獅子さんだ〜っ☆」
「次は僕だよ〜☆」
 シフールたちのはしゃぐ声が聞こえてくる。見ると子犬サイズのミニ獅子と化したオーマが、シフールたちを背に乗せて遊んでいるではないか。シフールたちにとっては、ちょうどよいサイズなのである。
「しふしふふ〜☆」
「むきむき〜!」
「しふっふふふしふ、しふふしふしふ〜♪」
「し〜ふししふふ〜しふ〜☆」
 楽しい楽しい時間は過ぎてゆく。シフールたちの楽し気な声は、夜遅くなってもまだ白山羊亭から聞こえていたという――。

【どきっ☆ シフールさんだらけの白山羊亭 おしまい】


□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
【 整理番号 / PC名 / 性別 
             / 種族 / 年齢 / クラス 】
【 1758 / シヴァ・サンサーラ / 男
             / 堕天使 / 27 / 死神 】◇
【 1953 / オーマ・シュヴァルツ / 男
 / 詳細不明(腹黒イロモノ内蔵中) / 39 / 医者兼ヴァンサー(ガンナー)腹黒副業有り 】◇


□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■         ライター通信          ■
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
・『白山羊亭冒険記』へのご参加ありがとうございます。担当ライターの高原恵です。
・高原は原則としてPCを名で表記するようにしています。
・各タイトルの後ろには英数字がついていますが、数字は時間軸の流れを、英字が同時間帯別場面を意味します。ですので、1から始まっていなかったり、途中の数字が飛んでいる場合もあります。
・参加者一覧についているマークは、◇がソーンのPCであることを意味します。
・なお、この冒険の文章は(オープニングを除き)全4場面で構成されています。今回は参加者全員同一の文章となっております。
・大変お待たせしてしまい申し訳ありませんでした。ここにシフールさんだらけの白山羊亭の模様をお届けいたします。本文中では大勢としか表記してませんけど、きっと20から30人くらいは少なくとも居たのではないかなと思います。
・しふしふ〜♪ ……と、お約束のごとくご挨拶。由来については詳しく触れませんが、ソーンでもこのご挨拶は入ってきた模様です。シフールさんは騒がしいですが、見ていると楽しく癒されるかな、と高原は思ったりしています。今後もちょくちょくシフールさんは高原のお話に登場してくることでしょう。
・シヴァ・サンサーラさん、初めましてですね。折りシフールもよかったですが、装飾品がダメ押しになったと思います。こういうのって好きですからね、シフールさん。それからOMイラストをイメージの参考とさせていただきました。
・感想等ありましたら、お気軽にテラコン等よりお送りください。きちんと目を通させていただき、今後の参考といたしますので。
・それでは、また別の冒険でお会いできることを願って。