<聖獣界ソーン・黒山羊亭冒険記>


+ 火星人を案内 +



 ベルファ通りに一際目立つ、大きく真っ赤な頭に小さなネコ耳。無数に伸びた触手。タコやイカに似ているが、それは『火星人』と呼ばれる種族の証であった。
 さらに小さなネコ耳がついているのは、ピッパラ町ポーポロ・パッパラパー(中略)ポロの子孫の証である。なので通常の火星人には無いのだが。
 火星人が通ると、通行人は目を丸くし、道を空ける。しかし一部のものは魔物かと思い、剣を抜こうとした。
 火星人という種族は極少数で見慣れられていないという証拠であった。
 当の本人はこの光景に首を傾げながらも、本で読んだ『聖獣界ソーン』が本当にあることに感激していた。
 通りを歩いていると、一際賑やかな酒場を見つけた火星人の『ネコサン』はその酒場に入っていった。

 黒山羊亭。
 この通りの中で老舗の酒場であり、店主兼踊り子のエスメラルダが働いている店であった。
 エスメラルダは一瞬動揺したが、相手に殺意や敵意がないことを察知すると、ネコサンに話しかけた。
「いらっしゃい、ゆっくりしていってね」
 ネコサンはその丸い目でジーっとエスメラルダと見てから、
「わしはネコサンだにゃー。はじめまして、黒薔薇の姫」
「黒薔薇の姫?」
「あぁ、わしは相手のことを愛称で呼ぶでにゃー。勝手につけたのにゃー」
「あら、そう……」
「それでなー、わしはソーンのことを調べたいんだが土地勘がない。どこかオススメの所へ案内してほしいのにゃー」
「それなら、ここで募集したらいいわ。誰かいないかしらね」

 エスメラルダは店内を見、隅に桃色むんむんオーラが沸き起こっていることに気づいた。
「……オーマ?」
「にゃにゃ?」
 桃色レースをふんだんに使った三角筋にニコニコうさちゃんワッペンがついた、こちらも桃色レースをつかったエプロンに身を包んだオーマ・シュヴァルツが、異様な闘志ギラギラメラマッチョむんむんオーラもプラスされた状態で、立ち上がり近寄ってきた。
「おうおう、こいつぁまさに今日という下僕主夫清水の舞台ダイブ筋★の為によ。親父神が遣わしやがった、おにゃんこもどきメシアかもしれねぇぜっ! 今日は丁度ソーン腹黒商店街のバーゲンセールへ行かねばいけねぇから一緒に行こうぜ、おにゃんこちゃん!!」
 今までネコ耳を触っていた手を放すと、触手をつかみ、
「エスメラルダ! ちょっくら行って来るぜぃ!」
「にゃにゃ??」
「いってらっしゃい」
 ネコサンは呆れつつ手を振るエスメラルダの姿をチラと見ただけで、「おーっと、ごめんよ!」と人ごみを掻き分けていくオーマの声しか認識できなかった。

■□■□■

「着いたぜ、おにゃんこちゃん」
「わ、わしの名前はネコサンにゃ……」
 オーマが案内したのは、親父アニキ人面草霊魂イロモノ集うソーン腹黒商店街だった。今日は何か催し物があるのか、一段と派手で、垂れ幕には、『ムッフン♪ お安いわよ♪ 特に良い筋肉はね、うふふ』と書いてあったり、『安値聖筋界一の店』の看板が数多くあったりと、そのためか、かなりの人? が通りを埋めていた。
 そして皆、燃えていた。
「今日はバーゲンなんだ。掘り出し物がザックザック格安値で手に入れるぜ。さぁ行こう、おにゃんこちゃん!」
 オーマもまた、燃えていた。
「わ、わしの名前はネコサっ! にゃー!」
 親父アニキ集団にひかれたネコサンは、オーマに起こされ、うさちゃんバンドエードを貼ってもらった。
「気ぃつけろよ、ここは戦場なんだ。バトルはもうはじまってんだ!」
 オーマはネコサンの触手を掴むと、そのまま引っ張って、通りを突き進んだ。もちろん人? が押し合いへし合いしている場所を。
「ぐはっ。メラピンクの兄ちゃん! もっとあ、安全なっ! イテッ、ところへ行ってにゃー!!」
 ネコサンの必死の叫びも、このバーゲン戦争の中では無音と同じだった。
「おーっと、発見! おにゃんこちゃん、あれを取ってくれー」
 力なく返事したネコサンは触手を伸ばし、オーマが指差したものをゲットした。
「ありがとう! よし、次はこっちだ!!」
 「オラオラ!」と人? をぶっ飛ばしながら全速力でオーマは走った。ネコサンは地に足がつかず、まるで凧のように宙に浮きながらオーマが進む道を舞っていた。もちろん人? に何度も何度もぶつかりながら。
「次はアレだー! いけっ、おにゃんこちゃん♪」
「に、にゃー」
 しゅるっと伸びた触手は獲物を掴んだが、それと同時に人面草ヤング&人面草オールド&人面草ゴールド&人面草アルミ製&人面草の素敵な入学お祝いセットが付いてきた。
「これは渡さないー!」
 えーい、と人面草ヤング&人面草オールド&じ(中略)セットはオーマに襲い掛かった。
 しかし、
「へへんっ! おまえら手ぇ放してるぞ。これはもらった!」
「しまったーーーーー」
 オーマ+ネコサンは次の獲物を探すために、次の店へと走り出した。
 もうすでにネコサンの体には無数のうさちゃんバンドエードが貼られていた。

■□■□■

 数軒買い漁った後、オーマとネコサンは『兄貴の花園』という喫茶店で一服していた。
 もちろん店員は皆、筋肉兄貴。
 オーマは『兄貴特製ショートケーキ』と『兄貴たっぷりコーヒー』を頼み、ネコサンは『筋肉サンド』を頼んだ。
 やがてソレらはテーブルに運ばれてきたが、ネコサンは不満げに汗が流れた。
「やっぱここのケーキは美味いなぁ! 今度教えてくれよ!」
「うっふん、もちろんよ♪」
 ネコサンの顔に汗が流れた。
「あ、あの……」
「このコーヒーの豆は、どこの兄貴のやつだ?」
「うふふ〜ん、ひ・み・つ♪」
 チュッ♪っと大きく真っ赤で丸い頭にした。
「この子、かぁわいいー♪♪」
 ネコサンは店長と店員の間にはさまれていた。もちろん汗は店長と店員のものだ。
「にゃにゃにゃー?! 離してにゃー、わしはこんなの頼んでないにゃー」
「ええ〜?? ちゃんと頼んだわよ? “筋肉サンド”って♪」
「カツサンドかと思ってたのにゃー! はーなーしーてーにゃー!!」
 店長と店員は暴れるネコサンをみつめ、
「今夜は帰さないわよ……♪」
「おいおい、こいつとこれから桜祭りに行くってのによ。そいつぁ困るぜ」
 ニヤニヤしながらもオーマは二人に言った。
「イヤよ。こんな可愛い子は一生あたしと暮らすのぉ」
「あー、肉子さんっ。抜け駆けはダメよ!」
 店長と店員は鬼のような顔をして、
「なによっ。この前あたしのお米食べたでしょっ」
「30キロくらいいいじゃないの!」
 ネコサンをはさみながら口喧嘩をする店長と店員。さらにネコサンの頭に汗がかかり、ぎゅうぎゅう抱きしめられたり、ひっぱられたり……とうとうネコサンは、
「お前ら、いーかげんにしろにゃー!!」
 目を光らせ、触手を伸ばして今までくっついていた二人をはがし、そのままオーマに巻きつけた。
「メラピンクの兄ちゃん落ちんじゃねぇよ! にゃっ!!」
 ネコサンは体にエンジンをつけると壁を破った。脱出。その衝撃でバンドエードが四方に吹っ飛び、さらに勢いはおさまらず桜祭りの広場隣の茂みにまで突っ込んでしまった。
「…ふぅ。体がちょっとコゲちゃったにゃ…」
 エンジンをはずすと、黒くこげていた。
 オーマは荷物を横に置き、薬をぬってやる。
「エンジンなんか体につけるもんじゃねぇぜ。今度から気をつけろよ、な?」
 落ち着きを取り戻したネコサンは、こくりと頷いた。
「これでよしっと♪ さぁ、広場へ行こう!」
「わーいにゃー!」
 ルンルン二人は広場へ向かった。

■□■□■

 広場には多くの出店があり、道は人? で埋め尽くされ、大いに賑わっている。
 オーマとネコサンは一緒に店を見てまわっていると、
「お! こんなところに桜餅が。兄ちゃんよ、二つくださいな」
「おうおう、好きなだけ持ってけ!」
 白い歯がピカリと光る、その男性が売っている桜餅を見て、ネコサンは疑問に思った。
「これ、は何にゃ?」
 そんな言葉を無視し、オーマは、「じゃあ、お言葉に甘えて…」と二つ分のお代を渡し、三つを取ろうとした時、人? ごみに流され、それ以上取ることができなかった。
「油断してたぜ……まぁ、おにゃんこ、食べてみろよ」
 キラキラギラギラと輝く、マッスルアニキ型桜餅。かなりリアルで高さはネコサンの顔くらい。
 遠慮しようかと迷ったが、お金を出してもらったものなので、
「ひ、一口だけ、いただくにゃ…」
「おうおう、もっと食え!」
 パクッ。

 ……?

「意外といけるにゃ、美味しいにゃ!」
「だろ!」
 パクパクと一気に食べるネコサン。その様子に見とれるオーマ。
 プロテイン入りだと気づかない二人……
「…にゃ? なんだか触手が太いようにゃ……?」
「気のせいだろ! さ、今度はアレをやろうぜ!!」
 オーマが指差す先にあるのは一見モグラ叩きにも見えるが、看板にはこう書かれていた。
『☆マッスル☆桜アニキ叩き☆』
 周りはハートで飾られている。
「面白そうだな。おにゃんこちゃん、やってみろよ!! 兄貴! 一回やらせれくれ!」
「あーら、良い筋肉じゃないさー。むふふ、何回でもやっていいわよ〜ん。そこのおにゃんこちゃんもね♪」
「おうおう、それじゃあお言葉に甘えて」
 やわらか素材のハンマーはオーマの顔くらいの大きさで、思ったより軽い。
 ネコサンは触角でしっかりつかむと、穴が五つ空いた箱を睨んだ。
「それじゃあ始めるわよ〜。よぉーい、はじめ!」
 にょきっ。

……え?

「にゃにゃ?! 貴様は喫茶店の!!」
「おほほ♪ 猫ちゃ〜ん、会いに来たわよー♪♪」
 頭に桜の飾りをつけて、ネコサンに迫ってきた。
「こ、こっち来るにゃ!!」
 ネコサンは一心不乱に叩き続けた。叩き続けねば抱擁されるからだ。しかし、引っ込むだけで、大したダメージは受けていないようだ。
「おぉ! ラブリー♪♪」
 一方、オーマは喜んで抱擁していた。その隣でネコサンは泣きながら叩いた。
「終わりはまだにゃかー?!」
「おおー、アニキー!! 今日という日は忘れられねぇ! 離れたくねぇよぉ!!」
「俺もだ!!」
 おいおいと無く大男二人。つられて泣く通りすがりの人?
 そして抱きつき、いつの間にか抱き合って泣いている人数が三人、四人、十人……
「にゃ? にゃにゃ?! にゃに事にゃ?!!」
 ついに全員が泣き出し、抱き合った。
「よ、寄るにゃっ来るにゃー! メラピンクの兄ちゃーん! どこに行ったのにゃーー!!」
 空に叫ぶが、誰にも聞こえず、みな、涙が枯れるまで泣き叫んだ。
「帰りたくねぇよー!」
 オーマは別の意味で泣いていた。
 油断して、調子に乗って、ネコサンとはぐれ、さらにバーゲンで買った物を全て落としてしまったのだ。
「うぅ……」
 家に帰ってからのお仕置きを考えると、頭痛と腹痛と腰痛と吐き気と胃痛と……がする。
 それに、泣きすぎて目が乾いた。
「あ! やっといたにゃ、メラピンクの兄ちゃん」
 兄貴をかきわけ、やっとオーマのところへたどり着いたネコサンは声をかけた。
「? あぁ、おにゃんこちゃんか。『メラピンクの兄ちゃん』って誰だ?」
「へ? オーマのことにゃー、今まで気づかなかったのにゃ?」
「あぁ、そういえば、おにゃんこちゃんは愛称で呼ぶんだよな! おうおう、メラピンクか、なかなかいいじゃねぇか!」
「えへへにゃ」
 「あ、そうだ!」とオーマは懐を探った。
 そして出してきたのはパンフレットとピンクの袋。中には桜染めされた下僕主夫専用桃色ふりふりエプロンと桃色三角巾ミトン褌(以下省略)など、沢山の桃色商品が入ってあった。
「次会う時は、腹黒同盟本拠地御招待してやるよ! 歓迎するぜ!」
「おぉ、面白そうなのにゃ、楽しそうなのにゃ! 行くにゃ、絶対に行くにゃ!」
 ネコサンはパンフレットを見て、興味を持った。
「おうおう、よかったよかった。それじゃ、俺はちょっと用事ができちまって、行かにゃーならんから、ここでお別れだ。またな! おにゃんこちゃん♪」
「にゃ! 今度ははらぐろどーめー本拠地で会おうにゃ!」
「おう!」
 ネコサンはまたエンジンを体につけて飛び立ったが、オーマは全速力で、腹黒商店街へ戻り、残り物の山を漁った。
「ないっ、ない! ないーー!!!」
 絶叫しては次の店。
「ないっ、ない! ないーーー!!!!」
 また次の店。
「ないっ、あった! これは俺のだーーー!!!!!」
「何をぉぉぉ!!」
「ちょっとお客さん! 破れてしまいますぅ!」
 取り合い、時には破り、商店街中を探し荒らした。

「うをおおおぉぉぉ!!!」
 この叫びが喜びか、悲しみか、激痛か、それは、わからない……。

「今日は楽しかったにゃー、また会えたら、とっても嬉しいにゃ」
 ネコサンは自宅で今日の出来事を思い出しながら、幸せそうに、でも疲れたように眠った。

 オーマが今日、無事に眠れたかは別のお話――。




★☆登場人物〜この物語に登場した人物の一覧〜☆★
1953/オーマ・シュヴァルツ/男性/39歳/医者兼ヴァンサー(ガンナー)腹黒副業有り
NPC/ネコサン/両性/??歳/異世界技術者

★☆ライター通信☆★
 こんにちは、いつも発注ありがとう御座います。ライターの田村鈴楼でございます。
 どうでしたでしょうか?
 腹黒商店街、喫茶店、桜祭り…楽しんでいただけたのなら嬉しいです。

 ご参加ありがとう御座いました!