<聖獣界ソーン・黒山羊亭冒険記>
こいぶみ
「うぅー・・ん〜・・・」
黒山羊亭の隅のテーブル。地味な格好の男が1人で座っていた。
陽が沈んでから、すっかり夜が更けた今の時間まで、男はずっと
うなり続けている。時折頭を叩いたり机に突っ伏したりしながら、
そこに広げてある一枚の紙とにらめっこをしていた。
「あぁ・・・だめだ・・・・」
ついに男は諦めたように深く深く溜息をつき、手にしていた羽ペ
ンをテーブルの上に放り投げた。
「ラブレターなんて、どうやって書けばいいんだ・・・」
「あらイシュハさん、一応吟遊詩人でしょう?それくらいすぐに書
けるんじゃないの?」
優雅に近づいてきたエスメラルダに、男は力なく手を振る。
「歌ってる歌とかは、俺が作ったもんじゃないし。歌は歌えても、
文才とかカケラも無いんだよぉ〜・・・」
「でも、どうして今頃恋文なの?もう1年以上付き合っている彼女
がいるじゃない」
「それがさぁ・・。なんか急に、『一回もラブレターもらったこと
ないじゃない!本当にあたしのこと愛してるの?』とか言い出して
さぁ・・・。愛してるなら、ラブレター書けって言うんだよ・・。
このまま書けなかったら・・・」
少々大げさに身震いした男に、エスメラルダは微笑しながら吟遊
詩人の恋人のことを思い出していた。流行り物が大好きな娘だった
ようだから、恐らくは・・・。
ともあれ、ここで男がどれだけ1人朝まで悩んでも、解決すること
はないだろう。彼女はゆっくりと室内を見回しそして、隣のテーブ
ル脇に佇んでいる女性に気付いた。
「・・・盗み聞きをしていた、というわけではないのだが」
目が合い、彼女は静かに呟く。
「あら、でもお話は聞いていたのでしょう?あなたの意見を聞いて
みたいわ。キングさん」
キング=オセロットはコートを翻しながら、優雅な足取りで吟遊
詩人の傍らへと近づいた。男も、そのやり取りに顔を上げ、2人を
交互に見つめる。
「恋文、か」
男が手にしている紙は、何の飾りも無い、それどころか、少々薄
汚れた気配を漂わせる色合いを、かもし出している。恋文云々と言
う以前の問題であるようだ。
その辺りのことは、キングも一目見て、理解しているようだった。
「付き合い始めて1年過ぎたと聞いたが、彼女が真に望んでいるこ
とは、恋文どうの、ということでは無く、愛していると具体的な形
で示すこと、ではないか?」
「具体的な形・・・」
真剣な表情で、男が考え込もうとした、
その時。
「まぁ何だな。未来の下僕主夫もじもじお悩みラブ筋相談桃色たい
む★かね?」
突然。大きな影が吟遊詩人の背後から伸びた。「うひぃややっ」
と変な声を上げながら、詩人が椅子ごと跳びはねる。
「・・・あなたか。オーマ=シュヴァルツ」
何度か依頼などで一緒になっているキングは、すっかり慣れた
様子でオーマの巨体を見上げた。オーマは同じテーブルの席につき
――椅子は、彼にはいささか小さいようだったが―― 一同を眺め。
「そこを通りかかったらよ。明日の聖筋界をギラリマッチョ☆担う、
下僕主夫原石誕生ロード筋気配をビビビオヤジ愛キャッチ☆したも
んで、参加した、ってぇわけだ」
「せーきん・・?、まっちょにな・・・?」
オーマの調子に1人慣れていない詩人は、椅子に座り直しながら、
首をかしげた。
そうでなくても、圧迫感溢れる体格だ。一般人であるその男がす
っかり怖気づいても仕方が無いことだろう。・・・最も、地味な姿
とは言え、吟遊詩人である。各地を練り歩いているのだから、驚愕
な存在の1つや2つは見てきている。すぐに慣れて、男は一文字も
書かれていない、恐らくラブレターとなるはずの紙を見せた。
「その、恥ずかしい話なんですが。私は吟遊詩人でありながら、自
分で詩ひとつ作れない男でして。それで、彼女はがっかりしてるん
だと思うんですよ。詩人なら、チョコケーキより甘い、甘すぎるく
らいのラブレターが書けるはずだ、と思い込んでると・・・。でも、
そんなものは書けませんし、出来ればどなたかに代筆を、と思って
まして」
「それは違うだろう」
「そいつはどうかね?」
2人に同じように言われ、男は情けない表情になる。そのままがっ
くりと肩を落とし、はぁ〜・・と深い溜息をついた。
「苦手でも、代筆を頼んだとなると、余計にこじれるぞ」
キングに指摘され、慌てて顔を上げるが。
「あぁ、私には分からない・・・。一体、どうすれば・・・」
頭を振りながら、再びしおれてしまった。
「お前さん、その彼女のことは、どう思ってるよ」
「え・・、も、勿論、この世で一番、大切にしたいと・・・」
「おうおう、それそれ。『無意味に言葉を飾る必要はない。純粋な
彼女への想い愛を、素直に有りのまま紡げば、それこそが見えない
愛の結晶となり、彼女への心に揺らぎ届く』ってぇわけだ」
いつの間にかその場で立ち上がり、がっつりとマッチョポーズを
取っているオーマ。
対してキングは、やんわりとした仕草で煙草を取り出した。「失
礼」と一言断ってから、それに火を点ける。ゆるゆると細い煙が、
夜の灯火の中でも鮮やかに輝く豪奢な金の髪に絡まるように、立ち
昇っていった。
「付き合い始めて1年・・・。1年も過ぎれば、互いに良くも悪く
も慣れてしまうだろう。そうなると、相手へのアプローチも疎かに
なる。彼女に対して、自分の気持ちを態度に出しているか?まして
や、この季節」
「季節・・・?」
「この2月3月は、恋人達の季節。世間に触発され、自分も、と思っ
ての言だったのかもしれない。是が非でも恋文を、と言うわけでは
ないかもしれんぞ」
「何と・・・」
目からウロコが落ちた、と言った風に呆然と呟いた男だったが、
ふと我に返ったように目を見開いた。
「そういえば、彼女はやけに流行物が大好きで・・・」
「間違いねぇな。聖筋☆ヴァレンタインデイと、ホワイトデイはよ。
乙女のきゅんきゅん一大イベントだからな」
「しかし、今頃、という気がしますし・・・。彼女がただ触発され
た、というだけなら、もっと早くに言い出している気がします」
「だが、美辞麗句を並べるだけの恋文よりも、自分の素直な気持ち
を綴ったほうが良いだろう。どうしても恋文を、と言うのであれば
な」
「『真に愛す男性の、真に想い篭った物ならば、愛しているの一言
でも届く』。そぅいうもんだろうがよ」
「そう、ですね・・・」
男は、ゆっくりと2人を交互に確かめるように、一方は見上げ、
もう一方に対しては、見とれた。そして、ぐっと顔を引き締め、何
やら決意したように頷く。
「分かりました。あなた方のおかげで、私も決心がつきました」
その言葉に、キングは涼しげながら、どこか優しさを帯びた微笑
を返し、オーマは。
「・・・????」
隣のテーブルに、何やら広げていた。
それは、男が持っていた黄ばんだ紙とは対照的に、実に愛らしい
桃色で染め上がっている。・・・色だけ見れば。
「・・・あ、あの・・ぅ?」
しかし、到底レターセットなどには見えないそれは、一面アニキ
フェイスの模様でびっしり埋め尽くされていた。オーマはそれへと、
鼻歌まじりに何やら凄い速さで書き記し、どぎつい化粧顔の謎人面
草を取り出して、それの吐き出す甘い吐息で、念入りに封をした。
「・・・あの、それは・・・?」
「ま、これは手本だけどな。果たし愛状ってぇやつだな」
「果たし合いですか・・・」
ばっ、と大胸筋せくしーナマ全開桃色親父愛下僕主夫腹黒番長ス
タイルとなり、その裾を翻して『オーマ作ラブレター筋』を差し出
す。・・・その勢いに押されて、思わず受け取ってしまう詩人。
「おう、これもな」
その手紙の上に添えるようにして、微妙な光を放つ花を一輪。
「これは・・・?」
「ゼノビアに咲く花なんだけどよ。永久の証絆で結ばれる、伝承の
花ってやつだから、こいつでガッツリ行けや」
「は、はい。・・・ありがとうございます」
微妙な表情ながら、男はそれでも感動したらしい。深くお辞儀を
し、その手紙を鞄へと仕舞いこんだ。
「今から、彼女に会ってきます。・・・夜中ですが、明日になった
ら又、躊躇すると思うんです」
「そうだな。素直な気持ちを記し、渡すといい。もしも稚拙だの何
だのと言われたら・・・その時は言ってやれ。抱きしめて、愛して
いる、と。紙の上などでは、とてもこの気持ちは表しきれない、と
でも」
アニキフェイス柄の手紙を渡すんじゃないぞ・・・と密かに誰も
が(オーマを除いて)思っただろうが、誰1人としてそれについて
は触れなかった。・・・まさか、そこまで・・・頼りない男ではな
いだろう。・・・多分。
男はキングの言葉に頷き、一同にぺこぺこと頭を下げ、自分の荷
物を肩からさげた。そして、足早にドアを開け、黒山羊亭の外へと
出ようとして。
「・・・ユーミア」
先に、酒場の扉が開いた。男が呆然と呟いた先に、明るい色の服
を着た娘が立っている。
「もう、遅いじゃない!24時に会う予定だったでしょ?男が遅刻
するなんて、最低よっ」
「ご、ごめん。ずっと・・その、ラブレターを書いていて・・・」
そして、慌てて男は鞄の中から、一見桃色の愛らしいあれを取り
出した・・・。皆が思わず固唾を飲んで、見守る中。
「これ・・・その、君に・・・」
と、『それ』を差し出した・・・。
が。
「そんなことより、もうすぐ花見のシーズンよ!もう今から準備し
て、場所取りしなきゃって友達とも言ってたんだから!」
「えっ、あ、いまっ・・?」
「そうよ。今からっ。あ、そうだ。お酒とお弁当の予約もしないと。
あたし、先に予約行ってくるから、イイ場所とっといてよね!」
「え、ユーミア、ちょっとまっ・・」
慌ただしく去って行った娘の後に、ひらりひらりと手紙が舞うよ
うに降りていく・・・。
「昔から、ああいうコなのよねぇ」
笑いながらエスメラルダが言い、置いて行かれた詩人は、途方に
暮れたようにその場に佇んでいる。
「とりあえず、追いかけたほうがいいと思うぞ」
苦笑に似た、けれども柔らかさを含んだ笑みで、キングが声を掛
けた。
「愛には翼が生えている。彼女がどうであれ愛しているならば、こ
のような所で立ち止まっている暇はあるまい。ここぞと言うときに、
しっかりと抱きしめ、抱きとめてやらないと、追いつけないほど遠
くへ飛んで行ってしまうぞ」
男はその言葉に振り返り、頷いた。そして、酒場の外へと飛び出
して行く。
後には手紙と共に、一輪の花が残された。その花を掬い上げるよ
うにして拾い、キングは微笑む。
他人からはどう見えるのであれ。本人達が幸せならば、それは至
福と呼べるものなのだろう。他人がどれだけ介入しても、変える事
の出来ない形なのかもしれない。それはそれで、結構な事なのだが。
「そうかぁ・・・そろそろ花見の季節なのね。あなたは予定、ある
のかしら?」
エスメラルダに問われ、キングはいつものように一見冷たそうに
見える表情で、答えた。
「さぁ・・・どうだろうか」
恋の季節が始まり、穏やかな春の香りが訪れようとしていた。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【2872/キング=オセロット/女性/23歳/コマンドー】
【1953/オーマ・シュヴァルツ/男性/39歳(実年齢999歳)/医者兼ヴァンサー(腹黒副業有り)】
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■ ライター通信 ■
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初めまして。酉屋寅吉と申します。
今回は、私の初の依頼にご参加下さり、ありがとうございました。か
なり緊張致しました。
お二方とも、キャラクター的に完成されておられるので、壊さないか
とどきどきしながらの作成となりましたが、いかがだったでしょうか。
今回は、一番最後の部分だけ違いますが、後はお二方共に同じ内容と
なっております。
>キング様
初めて拝見致しました印象が、「美人・・・」でした。軍服の金髪美
女という素敵さを、もっと描写できれば、と思いましたが力不足で申
し訳ありません。
クールでありながら、優しさを兼ね揃えたキング様のご活躍を、今後
も期待いたしております。
今回は、発注をありがとうございました。
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