<聖獣界ソーン・黒山羊亭冒険記>


困った双子


 早朝の黒山羊亭に、若い母親と可愛らしい二人の少年がいた。
 二人の少年は共に十二歳ほどで、服装のみならず年のわりに小柄な体型や大きめの瞳に長い睫毛、萌黄色の髪、にやにやとした表情、ふてぶてしい動作に至るまで、実にそっくりだった。
 ……つまるところ、双子だった。
 その双子を後ろに控え、彼らの母親であるカレンは深いため息をつく。
「本当に、どうしたらいいんだか分からないんです。私にもこの子達の見分けがつかないなんて……」
「母親のあなたでさえ見分けがつかないのなら、他の誰が見分けられるかしらね?」
 エスメラルダが至極まっとうな意見を言った。
「この子達がもっと小さいときは見分けられたんです。でも、この頃は面白がって見分けがつかないようにしているみたいなんです。いつでも一緒に行動していて、一緒のことをする。しまいには学校の先生まで二人まとめて『ツインズ』と呼ぶ始末です。どうしたら見分けられるようになるんでしょうか……」
 こんな早朝に依頼を持ち込んでくるとは、そうとう気に病んでいるのだろう。
「いいわ。依頼を受けてくれそうな人を探してみるけど……あまり期待はしないでね」
 相当な目利きでも難しい依頼だとは思ったものの、エスメラルダは依頼を承知した。酷く疲れた様子のカレンをこのままにしてはおけないと思ったからだろう。
 だが、依頼が完遂できなかったときに失望しないように、期待しすぎないよう釘を刺すのも忘れなかった。このようなごく身近な事柄で強い失望や挫折を覚えたとき、人は危険な方向に思考を走らせるからだ。
「じゃあ、二人の名前を教えてくれる? 名前が分からないと、何かと不便だわ」
「兄がスウェンで、弟がロッサムと言います。……どうか、よろしくお願いします」
 カレンは深々と頭を下げるなり、二人を残して家へ帰っていった。

 + + +

 多くの客が朝食をとるために黒山羊亭に訪れる時間帯。
 店の中には焼きたてのパンやベーコンエッグ、そして何とも香ばしいコーヒーの香りが漂っている。
 いつ眠っているのか誰も知らないというエスメラルダは、ぎちぎちに詰まった客の間を器用にすり抜け手早くオーダーを取り、出来上がったものを出す。
 そのような調子できびきびと働いていると、一人の女性が店に入ってきた。
「今日も繁盛しているな」
「あら、シェアラじゃないの。久し振りね」
「そうでもないよ」
 厨房に戻ろうとしていたエスメラルダの隣には、何やら重そうな荷物を抱えたシェアラウィーセ・オーキッドが立っていた。
 青い瞳をわずかに緩ませ、たった今空いた椅子にさっと座る。
 シェアラは『そうでもない』といったが、それはあくまでも永きを生きる者の感覚から言えばということだろう。
「すまないが、私の荷物を夕方まで預かってくれないか。依頼されたタペストリーを納品した帰りに飲みに来るから」
「いいけど……そのお仕事は今日中に終わらせないとまずいのかしら?」
 エスメラルダにしては珍しく、歯切れの悪い言い方だった。
「納期に余裕はあるが――」
 何かあるのかと続けて問おうとしたとき、厨房の方から大量の皿が割れる音が響いてきた。

 + + +

「お前ら……偉大なるカカア天下様をお悩みマッチョ★させやがるなんざぁ、お前さん方ワル筋化しちまうかもしれねぇぜ?」
 苦々しくため息をつきながらも割れた皿を拾うのは、フリフリのピンクエプロンを着用した巨漢、いわずと知れたオーマ・シュヴァルツだった。
 彼の隣には双子の姿がある。だが二人はニヤニヤと笑うだけでオーマを手伝う気配はない。
 その様子から察するに、皿を落として割ったのは双子の仕業なのだろう。
 そこにシェアラとエスメラルダが駆けつけてきた。厨房の惨劇を見て驚きながらも、オーマと共に皿の破片を集め始める。
「大変なことになってるわねぇ」
 集めたはいいが、皿は粉々になってしまっているので復元は無理そうだ。
「この子供たちは? 黒山羊亭に勤める誰かの子供というわけでもないだろう?」
 シェアラが子供たちと周りの様子を観察しながら言う。
 自分の子供が粗相をしたら、普通の親は真っ先に飛んできて子供を叱るはずだ。そんな様子もないということは……。
「先ほど言い淀んでいたのは、もしやこの子供たちに関することなのか?」
 シェアラに鋭く指摘され、エスメラルダは苦笑しながら頷く。
「えぇ。すでにオーマにも依頼しているんだけど、一人よりは二人の方がやりやすいと思うのよ。相手も二人だし、ね?」
「この分だと……性格の矯正か?」
「それも必要かもしれないけど……最終的には、二人それぞれの個性や癖を見つけて、見分けがつくようにしてほしいのよ。じゃないと、この子たちの母親がノイローゼになりそうなのよ」
「さぞ苦労しているのだろうな……。……分かった。納期はまだ先だし、エスメラルダには世話になっているしな。善処してみよう」
 シェアラはその青い瞳で双子を見ながら、これからどうするかという計画を練り始めた。
 悪戯好きの困った双子だったが、何と言ってもまだ子供だ。本気になった大人をそうそう出し抜くことはできまい。
 シェアラが色々考えていると、オーマが双子の後ろに立ち、二人の肩にぱんと手を置いた。顔には意地の悪そうな笑みが浮かんでいる。
「ここじゃあエスメラルダたちの仕事の邪魔だろうから、腹黒商店街に招待しようと思う。どうだ?」
 双子はきょとんとしているが、エスメラルダはその商店街の存在をよく知っているので、思わずにやりと笑ってしまう。
 ソーン腹黒商店街――そこは、親父アニキや人面草霊魂集う、ある種の者たちにとっては聖地といえる場所である。
 そこへ双子を連れて行けば、確かに何かしらが変わることだろう。……それが精神的なものか、はたまた肉体的なものかは分からないが。
「じゃあそうしてもらおうかしら。黒山羊亭も場所に余裕があるわけじゃないし」
「今日の昼ごろ腹黒商店街に来るようにこいつらの母ちゃんに伝えてもらえるか? 今日中に依頼は完遂するつもりだからな。……シェアラも商店街にきてくれるか?」
 オーマ一人で勝手に話を進めてしまったが、最終確認は忘れなかった。
「もちろん、それが必要なら。依頼を受けたからには仕事を全うしよう」
 オーマとシェアラは双子を連れて腹黒商店街へ向かう。エスメラルダはその背中を複雑な思いで見送ったが、面倒ばかりを起こす双子が去ってくれたことに、少なからず胸を撫で下ろしていた。

 + + +

 人面相や霊魂、そしてその他諸々の怪しげなモノたちが集まる腹黒商店街。
 オーマとシェアラ、そして双子は、そんな商店街の一角にある喫茶店を訪れていた。
 その喫茶店は一種独特の雰囲気……腹黒かつ桃色であり、さらにマッスル親父臭とマニア臭さが複雑に混ざり合っているとでも表現すればいいのだろうか。
 オーマはソファーに腰掛けるとシェアラに隣を薦め、居心地の悪そうな双子は正面のソファーに座らせた。
「少年たち。名前を教えてくれるか?」
 シェアラは比較的優しく双子に語り掛けたものの、答える気配はない。
 彼女も回答があると期待していなかったのだろう。何事もなかったように、今度はオーマに質問した。
「オーマ。二人の名前を知っているか?」
「あぁ。兄がスウェンで、弟がロッサムだそうだ」
 シェアラは懐から自らが織ったハンカチを出すと、彼女から見て右側に座っている少年の腕にそれを結び、手をかざした。
 少年は嫌そうな顔をしてハンカチを外そうとしたが、きつく結んだようにも見えなかったのにびくともしない。
「今から便宜上お前をスウェンと呼ぶ。……間違っていたら申し出てくれて一向に構わないが、今そんな気はないだろう? こちらはお前たちが自ら名乗ってくれるまで待っているつもりだ。言っておくが、ハンカチを外そうとしたり同じようなものをロッサムがつけても無駄だ。私が織った布に魔力をこめたから私以外には外せないし、見間違えることもない」
 自分以外には外せないというのは言い過ぎだったが、そう言っておいた方が色々と便利である。
 シェアラの話が終わったのを見計らって、今度はオーマが自分の案を話し始めた。
「さて。お前さんたちには今日行われるカカア天下の日……もとい、母の日の大会に出場してもらうぜ!」
「何だよそれ」
 先ほどのこともあり不満がたまってきたのか、手首にハンカチを巻いた少年――スウェンが口を尖らせながら不服そうに言う。
 会話……。それは、人間関係の距離を縮める第一歩だ。
 オーマはかすかに頬を緩めた。この調子なら案外簡単に解決しそうだ。
「大会の競技はやるときのお楽しみってな。ジャッジは俺とお前さんたちの母ちゃんであるカレンにやってもらう。難しいものはまずねぇから、まぁ、心配すんな!」
「僕はやらないからね、そんなばかばかしいこと」
 スウェンもロッサムもつんとした表情で拒否する構えのようだ。
 だがオーマは余裕の笑みを崩さない。それもそのはず、彼には秘策があったのだ。
「それならしょうがねぇ。優勝賞品用に用意してあった『翼ある巨大な銀の獅子に乗って聖筋界を遊覧飛行券』は他のヤツがゲッチュ★だな」
 双子の顔色がわずかに変わる。
 それまではその可愛い顔には人をバカにしたような表情が浮かんでいたが、優勝商品が『翼ある巨大な銀の獅子に乗って聖筋界を遊覧飛行券』であると聞くと、つんとした表情のまま頬をわずかに紅潮させつつも、できるだけ冷静を装って言う。
「それなら……参加してもいいかな」
 空を飛ぶ。それは子供だけではなく多くの人にとって夢であり、ロマンではないだろうか。
 この双子も例に漏れなかったらしく、先ほどとはうって変わって乗り気になったようだ。大変ありがたいことである。
「じゃあ早速会場へ行こうぜ!」
 オーマの気合十分な呼びかけに、双子は体を弾ませて立ち上がり、シェアラは苦笑しながら立ち上がった。

 + + +

「本日お集まりの皆さんッ! 『カカア天下万歳大会』にヨォコソお越しくださいましたッ! 今日は力の限り大胸筋を駆使して汗と涙を滝のように流していってくれよッ! イェア!」
 大きなリーゼントと半袖半ズボンがまぶしい司会者が持っていたマイクを会場に向けると、会場のが激しく沸き立った。
 オーマが三人を連れてきたすり鉢状の会場には、人面草や霊魂の他、マッスルアニキや人外の集団が何百人も集まっていた。まだ競技は始まっておらず、しかも春になったばかりだというのに、会場は夏と間違えるほどの熱気が満ちている。
「何なんだ、この空間……」
 その異様な空気に当てられたのか、スウェンが眩暈がするかのように額に手を当てている。
 だが司会者にそんな様子が見えるはずもなく、大会はついに開幕した。
「まずはー! 大会の最後にみんなで食べる腹黒マッスルケーキ用の小麦粉運びダーッ! これも競技のうちだから頑張ってくれたまえよ!」
「……うわっ!?」
 司会者がびしっと天を指差したかと思うと、唐突に天井から小麦袋が雨のように降ってきた。
 袋は子供が抱えて走れるほどの重さだったが、それが空から降ってくればかなりの衝撃だ。
 スウェンとロッサムにも小麦袋が降ってきたのでスウェンは上手く受け止めたが、ロッサムはこらえきれずにひっくり返ってしまう。
「おい、大丈夫か!?」
 他の参加者たちがゴールに向けて走るなか、スウェンは袋を抱えたままロッサムが起き上がるのを手伝おうとした。だが、シェアラがスウェンの肩を抱いて離さなかったので手は届かなかった。
「おぉ、スウェンは意外と力があるんだな。お前は将来オーマのような男になるかもな?」
「ちょっ……やめてくれよ!」
 スウェンは顔を赤らめて振り払おうとしたが、シェアラはなかなか離してくれない。しまいには頭まで撫でられる始末だ。
 そうこうしている間にほとんどの競技者がゴールインしてしまったので、双子も遅れ馳せながらゴールに駆けていく。
 そしてその様子を、母親のカレンが審査員席から落ち着かなそうに見守っているのだった。

 + + +

 最初の小麦粉運びに始まり、カカアの似顔絵描き、各々のお袋の味自慢、カカアの名前でフルーツバスケットなどなど、母親に関する競技(?)ばかりが展開される。
 そんなこんなで、ついに残りの競技があと一つというところまできた。その頃にはだいぶ日も傾き、宴たけなわとなってきた。
 スウェンとロッサムの成績はあまりいいとは言えなかった。まだ少年でしかないのだから、筋肉アニキたちに勝とうというのは到底無理な話だ。
 しかも、シェアラがスウェンばかりに優しく接したり褒めたりと贔屓し、ロッサムのことはことごとく無視するので、ロッサムの方は大分ストレスがたまっているようだった。
「最後の競技は『カカアの好きなところをどれだけ大きな声で叫べるか選手権』だゼッ! くじで引いた順番どおり、ガンガン叫んでくれッ!」
 競技前に競技者全員で引いたクジによると、ロッサムは最後から二番目の87番、スウェンは最後の88番だった。
 二人が待っている間にマッスルアニキから明らかに魔物にしか見えないものまで、自分の母親に対する好きだという想いを中央のステージで叫んでいく。
「……母さんの好きなところってなんだろう」
 待機用のベンチに座っているスウェンは、隣に座るロッサムに疲れたように問う。
 疲れているのはやり慣れない多くの競技をこなしてきたためだけではなく、もはや優勝の商品と自分たちは無縁の存在であると諦めているせいもあるのだろう。
「知らないよそんなこと。それよりもさ、最後までこのばかばかしい大会に参加するつもり?」
 ロッサムはどちらかと言えばイライラと喋っている。
 こうして二人が喋っている間も、シェアラがスウェンに対して傷の手当やマッサージを施したり、なんだかんだと世話を焼いているせいなのかもしれない。
「どうせだからね。参加賞ぐらいはもらえるかもしれないし」
「参加賞って……どうせ飴玉一個とかそんなもんだろ」
「貰えないよりいいじゃないか。それに、最後までやればちょっとでも達成感なり何なり味わえると思うし」
「……何だよそれ、ばかばかしい」
 ロッサムは最後まで参加しようというスウェンの意見に反対のようで、鋭く舌打ちするとベンチを立った。
「お前がそんな馬鹿なヤツだとは思わなかった。この大会だって、僕たちを見分けることができない母さんのために参加しているようなもんなんだろ? 実の子供を見分けることができないなんてホント嫌になるよな。母親の資格ないよ」
 ロッサムの言葉にカチンと来たのかスウェンが険しい表情で立ち上がり、ロッサムとにらみ合うように正面に立った。二人の間には一触即発の雰囲気が漂い始める。
 だが、審査員席から見ているオーマはもとより、二人の隣に座っていたシェアラも二人を止めようともしない。
「資格がないって……そんな言い方はないだろ!」
「いまさら何言ってんだよ。お前だってそう思ってるんだろ!?」
「ちょっとは思ってるかもしれないけど……それは口に出して言うべき事じゃない!」
「何だよいい子ちゃんぶっちゃってさ! そうやってお前は僕だけに汚い役を押し付けるんだよな!」
「押し付けて……? お前はいっつも自分から悪い方にはまっていくんじゃないか! それに付き合うこっちの身にもなれよ!」
 二人はいつの間にか競技者をも凌ぐ大声でいがみ合っていたので、大会は完全にストップしてしまっていた。だが、激情に身をゆだねる二人にまわりのことが見えているはずもない。すでに彼らは自分たちしか見えておらず、母親が近くで様子を見ていることさえも忘れ去っていた。
 心と静まり返った会場に二人の声が高々と響く。
「付き合う、だって? それがいい子ちゃんぶってるって言うんだよ! 僕が母さんを困らせているとき、お前だって喜んでるくせに!」
「喜んでない! 俺はただ――」
「ただ、何だよ! 喜んでいる以外に何があるってんだよ!」
「俺は……俺は……ッ!!」
 それまで凄まじい形相で叫んでいたロッサムだが、はっとして口をつぐんだ。そして、それまでとはうって変わっておろおろし始める。
「俺たちが七歳のとき……母さんが大切にしていた結婚指輪を俺が壊して母さんに酷くなじられたとき、俺の苦しい『心の声』に気づいてくれた兄さんが一緒に怒られてくれて、そして一緒に指輪を直してくれた……あのときのお返しをしたかっただけだ! 兄さんだけが怒られそうなときは俺も名乗りを挙げて怒られたし、間違って俺だけが怒られるときも何も言わなかった! それなのに……兄さんは……」
 スウェンは……いや、便宜上『スウェン』と呼ばれていたロッサムは、今まで抱えていた想いを兄にぶちまけた。
 悔しさのあまり、悲しさのあまり、目に涙を湛えながら。
「それからだ、母さんが僕たちを間違えるようになったのは。俺は母さんに悪いと思っていたけど、一人ぼっちで寂しがる兄さんの『心の声』が聞こえていたから……!」
「……そう、だったのか……」
 腕にハンカチを巻いていない本物のスウェンは、苦しそうに喉元を押さえて力なくベンチに座り込む。
 先ほどまで体中を満たしていた熱い激情は潮が引くように去り、今度はじわじわと冷たい後悔の想いが支配していく。
「今初めて、僕に向けられる怒りの混じった悲痛な『心の声』を聞いたよ。……あぁ、お前がそう思っていたのなら、どうして『心の声』となって僕に届かなかったんだろう……? ごめんよ、ロッサム……」
 この双子は、二人が『心の声』と呼ぶ一種のテレパシー能力のようなもので通じ合っていた。
 だが『心の声』は不完全で、お互いに相手の強く激しい声しか聞こえなかったのだ……。
 それにもかかわらず、聞こえているそれだけが相手のすべてと思い込んでしまったがために、このような結果を招いてしまった。
 静かになった双子を、シェアラは優しく抱え込んだ。

 + + +

 双子の言い争いが終わった会場に徐々にざわめきが戻ってきていたが、彼らの母親であるカレンだけは青ざめたまま体を硬くして座っている。
「私のせいだったんですね……あの子達が同じように振舞うようになったのは……。それなのに私は、あの子達だけが悪いと勝手に思い込んで……あの頃は夫が死んで間もなかったとはいえ、あそこまで酷く当たってはいけなかったんですよね……」
 ひざの上にある白い手はスカートをきつく握り締め、小刻みに震えている。
 断じてカレンだけが悪いのではない。
 故意ではなく大切なものを壊してしまった子供に対して酷くなじったのは大人としても親としてもとても褒められたことではないが、自分が命の次に大切にしているものを壊されたら冷静ではいられないだろう。
「原因は分かったし、これからまた仲良くなればいいじゃねぇか。だってお前さんとあの二人は家族なんだぜ! いくらでもやり直すことができるじゃねぇか!」
 自分が過ちをしたと気がついたら、素直に謝ればいい。
 相手がすぐに許してくれなくとも、何度も何度も謝ればいずれは伝わると信じたい。
 オーマが鼻をぐずぐず言わせながら司会者に耳打ちすると、司会者はマイクを持ってひとつ咳払いをした。
「アー、えー、優勝は惜しくも逃しちまったものの、スウェンとロッサムの二人にはジャッジのMr.オーマから特別賞が贈られることになったぜッ!」
 司会者がパチンと指を鳴らすと、双子の前に大きな箱が出現した。
 緑色の包装紙に桃色レースのリボンという物体を前に困惑する二人だったが、ゆっくりと頷くと一緒に包装を解いていった。
「まさか、『翼ある巨大な銀の獅子に乗って聖筋界を遊覧飛行券』かな……?」
「それは優勝商品。……うぅ、何だか背筋がぞくぞくするなぁ」
 そんなことを話しながら包装を完全にはがし、蓋に手をかけると息を呑んだ。
 どうせいいものじゃないだろうけど、と思おうとしたが、やはり期待してしまうのは仕方がない。
 呼吸を合わせて蓋を一気にあけることをした。
「……せーのっ!」


     っっっっっっギャーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!


 二人の絶叫と共に箱から現れたのは、あらみらくるどっきりマッチョピンチ☆まっするんるん魔人――まるでランプの魔人のようなノリで出現した、箱の容量を思いっきり無視している巨体のマッチョ――だった。
 それが二人を絞め殺す勢いで激しく抱擁しているのだから、母親としてカレンは黙って見ていることなどできなかった。大切な子供たちがあまりの激しさに息もできなさそうとなればなおさらだ。
「何てことするのよっ!」
 カレンは観客席から身を乗り出すと、魔人の頬をしたたかに張り飛ばした。
 高く鋭い音が響いたと思うと、魔人は突然の衝撃に驚いたのか煙のように消えていく。
「大丈夫!? スウェン、ロッサム!」
「か、母さん……」
「イタタ、苦しいよ……」
 魔人から解放されたら今度は母親にきつく抱擁された双子だったが、苦しいと口で言うものの、その顔は幸せそうに紅潮していた。
「やっぱり家族はこうでなくっちゃな!」
「あぁ……母の愛というものは、実にいいものだな」
 それを見ていたオーマが涙ぐみ頷いていると、急に横から声がかかった。つい先ほどまでカレンが座っていたところにシェアラが座っていた。
「父親の愛も偉大だぜ!」
「そうか、お前にも子供がいるんだったな。……本当のところ、少しばかり羨ましいな」
 布を弄びながら、心なしか寂しそうに言う。
「それにしても……この双子は外見こそそっくりなものの性格は違う部分が多いのに、何で見分けることができなかったんだろうな? スウェンの方が大胆で、ロッサムは実に繊細だった。それと……ロッサムはスウェンをまねて『僕』といっていたようだが、本当は『俺』というらしいな?」
「人間、精神的に追い詰められているときは、見えているはずのものも見えなくなるってこったろうなぁ。……二人が通ってるっつー学校の先生は、単に二人の性格を知るまで長く付き合ってねぇだけなのかもな」
 頷きながら語るシェアラにつられて語るオーマだったが、ふとシェアラが弄んでいる布の存在に気がついた。
 ……どこかで見たことがある布だな……?
 布を凝視するオーマが言わんとすることに気がついたのか、シェアラはやわらかく笑って答える。
「暫定『スウェン』――実際にはロッサムだったが――の腕につけてあったハンカチだ」
「いやいや、それを取っちまったらまた振り出しに戻っちまうんじゃ……」
 折角ハンカチを巻いている方がロッサムだと判明したのに、これではまた依頼を受ける前と同じで、見分けがつかなくなってしまう。
 だが、シェアラがその程度どうってことないとでも言うようにハンカチを丸めて投げると、ハンカチは地面に落ちる前に空気に溶け込むようにして消えた。
 魔力を使いきったせいなのかもしれない。
「もうわざと見分けがつかなくするようなことはないと思うがな。母親の愛と、『カカア天下の日』の恐怖がある限りな」
 シェアラとオーマが見つめる母子三人の間には、今朝エスメラルダの元を訪れたときのような重苦しい空気は片鱗も残っていなかった。
 もう、他人が手出しをしなくても大丈夫だろう。
 シェアラとオーマの二人はやきもきしているであろうエスメラルダに報告すべく、熱気覚めやらぬ会場を後にした。


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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PC
【1953/オーマ・シュヴァルツ/男性/39歳(実年齢999歳)/医者兼ヴァンサー(ガンナー)腹黒副業有り】
【1514/シェアラウィーセ・オーキッド/女性/26歳(実年齢184歳)/織物師】


NPC
【スウェン】
【ロッサム】
【カレン】
【エスメラルダ】


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■         ライター通信          ■
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こんにちは、糀谷みそです。
このたびは『困った双子』にご参加いただき、ありがとうございました。
……今回は、私にギャグはまず無理ということがよくわかる話になってしまい、しかもまたもや納品が遅れてしまい申し訳ないです……!
気がついたらNPCたちばかりが出しゃばって……います……。

ご意見、ご感想がありましたら、ぜひともお寄せください。
これ以後の参考、糧にさせていただきます。
少しでもお楽しみいただけることを願って。