<PCシチュエーションノベル(グループ3)>


 薄紅の雪


 カランカランカラーン!
 陽気な音が商店街に響き渡った。周りに群がった買い物客から、おぉ! と歓声が上がる。
「おめっとーございまぁあす! 一等出ましたああぁあ!」
 黄金色のベルを持った男からその台詞が出ると客達は一層に盛り上がり、かえって取り残されたのは、呆然と福引の半券を手にしていたオーマであった。

 ◇

「いやぁ、いい場所じゃないか? よく当てたもんだねぇ。一等なんてさ」
 と、シェラが大変ご満悦な表情で口にし、
「あったりまえだっつーの。俺をなんだと思ってんだ? 腹黒キングダム国王オーマ様だぞ? 引いて引けないわけがねぇ! 当ててみせたぜ一等賞!」
 と、オーマがふんぞり返りそうな勢いで口にし、
「……いやな……王国……」
 と、サモンが心底嫌そうに呟いた。

 薄桃色の雪が降っている。否、桜の花びらが三人を歓迎するように舞っている。
 地図の上でも名があるかどうか、それすら怪しい小さなその村は知る人ぞ知る桜の名所だ。オーマの当てた一等は、この花見旅行券であった。
 しかもきっちり家族三人分。
 ここぞとばかりに『素敵な父親』っぷりを発揮するオーマには呆れつつも、なんといっても花見。行かないという選択肢がどこにある?
 そうしてやってきた、この村。
 名前は――やはり、地図上にも無いのかもしれない。
 村人の誰もが、村の名を口にしないから。
「見事な桜だよ。立派だねぇ」
「だな……しかし。こりゃ、なんだ? 祠?」
 ふとオーマが視線を落とすと、村で一番立派な桜の下に一つ、祠のようなものがある。
「祠、だろうね。なにか神様でも祀ってんのかね?
 ……あぁ、ちょいとアンタ。これ、なんだい?」
 不思議そうに首を傾げたオーマに代わり、シェラが通りかかった村人を捕まえた。
 小さく眉を寄せるようにした村人に、散歩の邪魔をしたかと少しだけ肩をすくめようとしたけれど、それよりも少し早く『昔話さ』と村人が呟いたから、シェラは思わず目を瞬かせる。
「昔、この村の桜全てが黒く染まった。そうして数々の災いが起こったそうだよ。記録には残っておらんが。
 それを鎮めた祠……そういう、昔話さ」
「……ふぅん」
 ――むかしばなし。
 村人の言葉が風に乗り、消えた。
 むかしばなし。とおいとおい、むかしばなし。
 桜は舞う。風に舞う。辺りを巡る。村人は行く。――三人だけになってしまったその場所は、まるで時が遡る様な感覚。辺りを舞う、桜が。時を、遡るような。そんな気配を。
『たすけて。このむらを、たすけて。あなた』
「……?」
 ちらりと耳を掠めたものに、サモンが辺りを見回す。ただ桜が舞うばかりのその場所は、いまだに、時に留まっているのか流れているのか、そんなことさえ忘れさせる。
『たすけて、あなた』
 再び掠めたそれは、今度はハッキリと聞こえた。たすけて。そう聞こえた。
「ちょっと冷えてきちまったねぇ。そろそろ宿にいかないかい?」
「そうだな。旅して風邪ひいたって洒落になんねぇしな……おい、サモン。行くぞ」
「……今、何か」
「は?」
 サモンが不思議そうに桜を見つめている。
 オーマはちょっとだけ首を傾げた。何か言いたげな娘はほんの少しだけ考えるような素振りを見せると、なんでもない、と返す。
 前を見れば、すでにシェラは宿へと向かっていた。

 ◆

『あなた、どうして。あなた』
『そこに居るのに、届かない』
『あなた』
『たすけて、あなた』

 桜が散る。染まる。振り下ろされる。倒れる。
 ――途絶える。

 ただあとは。あとには。
 残る桜の、なんと恐ろしく美しいことよ。

 ◆

「――!」
 サモンは勢い飛び起きた。
 あまりにも急に動いたせいかヒュウ、と喉がなったような気がする。
 夢に見たのは、桜。舞い散る桜に埋もれる自分。次第に苦しくなる息。もがく腕。消える視界。耐えられなくなって叫ぼうとした瞬間に、覚めた。
「いな、い……?」
 ふと部屋を見回すと、昨夜酒を飲みほろ酔いで寝入ったはずの両親がいない。どこに行ったのだろう――と、そこでようやく自分の布団の周りに桜が散っていることに気がついた。
「なんで……」
 窓が開いていたわけでもない。近くに桜はあるけれど、入る場所も無いのに自分の周りに散らばるわけもない。
 けれど、その桜には、どこか覚えがあった。――酷く、感覚的なものだったけれど。
「……この感じ……」
 どこかで。
 呟こうとした唇は、そこで止められた。
 窓の外から喧騒が聞こえる。



「オーマがそんなことするわけないだろ!」
 一体どうしてこんなことになったのだろう。大声をあげながらも、シェラはどこか冷静にそんなことを考えた。
 昨日見た祠。昔話の祠。それが今朝、無残にも壊され、それどころかヴァンサーのシンボルであるタトゥが刻まれていた。オーマも持っている、あのタトゥ。それに気がついた村人がオーマを犯人として連れて行き、そうして残された自分は顔も知らない村人達に怒鳴っている。
「あれを見ればあんたにだって分かるだろう。あの祠の壊れ方……普通の人間ができるもんじゃない。
 しかもタトゥまで。あの男しか出来ないに決まってる」
「馬鹿なこと言ってんじゃないよ! こっちはね、昨日来たばっかりなんだ。
 第一自分が犯人だといいながら、こんなに分かりやすく壊す人間がいるものか!!」
「何故言い切れる」
「ハ! 何故? おかしなことを言うね。あんた達こそどうして言い切れるんだい?
 あたしよりもオーマのことを知らないような人間が!」
 シェラの声が響き渡った。強い意思が、村人達の口遮り、奇妙な沈黙にのって桜は舞う。やがて小さく耳を掠めた音に振り向くと、サモンがぽつりと立っていた。
「あぁ、サモン……起きたのかい」
「……どうしたの」
「見ての通りだよ。壊された祠にヴァンサーのタトゥがあった。だからオーマが犯人。……そういうことだとさ」
 信じられないよ、まったく。シェラが呟くと、サモンがつられたように息を吐いた。
「とにかくだ。あの男は返さんよ。あいつは祠を壊したんだ」
 娘の登場に、村人の口が再び開く。シェラがあからさまに嫌悪感を顔に出し、叫ぶ。
「だからそんなことしてないって言ってるだろ。わかんないやつらだね!」
「どうしてしてないってわかるんだ」
「またその話かい!? いいかげんにしておくれよ、オーマは……」
 一つ間違えば殴り合いにでも発展しそうな雰囲気を止めるように風が吹き、桜が散った。目を掠める薄桃色の小雪にシェラが流される髪を押さえる。サモンもつられたようにそうして、思わず瞼を下ろした。多分、村人達も同じ事をしている。
 そして。
「……!」
 風が止み、再び瞼を開けたとき、そこにあるのは黒く染まった雪、否。――桜。
「こ……これは……」
 やおら村人が声を上げた。つられるように周りがざわめく。
 黒い桜。――昔話だ。確か昨日、村人が言っていた。災いを起こす黒い桜。
「さ、桜が……!」
「大変だ、災いが起こるぞ……!!」
「た、助けて!」
 ざわざわと声が上がり始め、それは村に響き、気がつくと逃げ出そうとしているものまでいる。
 薄桃色が端から黒くなっていく。染まる。まるで新たにそういう花をつけているようだ。じわりと黒く染まり、朝のはずなのに、周りだけ闇のように感じる。
『たすけて、あなた』
 ――声がサモンの耳を掠めた。聞こえた。確かに。ハッキリと。
『たすけて、あなた』
「災いなんざ起こるわけねぇだろ!」
 場を切るように、唐突に男の声は響き渡った。
 背後の声にシェラが振り向く。サモンが目を細める。
「てめぇらでやったことに始末もつけらんねぇで、人に擦り付けるってのは卑怯じゃねぇのか」
 桜の向こうに、酷く体躯の良い男の姿。
「オーマ!」
「無事……」
「心配させたな、悪ィ」
 一般人に全力出すわけにいかねぇし手こずったぜ、と笑うオーマに『出てくるのが遅いんだよッ!』とシェラが蹴りを入れた。



「この黒い桜はあんた達の罪さ。……村長だって分かってんだろうがよ」
 オーマは語った。
 黒い桜はヴァンサーの具現能力だ、と。
「聞こえねぇのか、声が。さっきからずっとだ、ずっと――叫んでる。助けてってな」
 桜が散るたびに、囁くように。
『たすけて、あなた』
 黒い桜が――具現された闇が『同じ』ヴァンサーであるオーマに昔話を告げる。
「昔、お互いを大事にしてる恋人がいた。
 村長の娘と、旅をしてきたヴァンサーだ。
 けれど、男はヴァンサーであったがゆえにウォズとの戦いを余儀なくされる。巻き込まれた娘。そうして」
 桜が散る。染まる。振り下ろされる。倒れる。
 ――途絶える。
「村長は娘の死を男のせいにして、そのヴァンサーを殺してしまった」
 ただあとは。あとには。
 残る桜の、なんと恐ろしく美しいことよ。
「娘の遺体は桜の下に。男の遺体は燃やしてしまった。灰は飛び、桜を包み、そうして桜は黒く染まった。
 ……けれど、男には仲間のヴァンサーが、居た」
 繰り返される悲劇。
 男の死を知られないために、調査にやってきたヴァンサーはまた、村人の手によって命を落とす。
 そうして、また。何度も。同じように。
「いつしかヴァンサーを敵だと思うようになったこの村では、娘の嘆きさえも聞こえなくなっちまった。……可哀想に」
 そうだろう? と村人を見回したオーマに答えられるものは、誰も居なかった。
 それは、肯定と同じだった。

 ◇

「……だから、同じ……」
「なにがだ?」
 帰宅の途中で呟いたサモンの言葉にオーマが首を傾げた。
 今朝起きたときに自分の周りに散っていた桜。どこか知っている感覚だったのは、あれが『具現』されたものであったからだろう。
 亡くなったというヴァンサーの男が、桜に残る己の魂を削るように起こした『具現』。
 桜の下に埋もれる娘の魂と呼び合い、ついにはヴァンサーであるオーマや自分に助けを求めた。
 縛り付けられる自分達の魂を、そして村を救ってほしいと。祠を壊し、きっかけを作った。
「なんでも、ない……」
 自分で整理をつけてしまえばなんでもないことだ。サモンは小さく首を振る。
「に、してもさ。なんていうか、哀しい話だねぇ。……愛し合ってただろうに」
 思い出したように呟いたシェラに、オーマがただ頷く。
 愛し合って、お互い体を無くしても、それでも引き合って。自分達をはじめに次々と奪われる命に、もう目を逸らすこともできずに。
 けれど――。
「……大丈夫……」
 サモンが呟いた。
 あの黒い桜がどうなったのか、自分達は知っているから。
「そうだねぇ」
 シェラの同意に、オーマがニヤリと口端を上げる。
「ま、想いを遂げた二人は、今頃桜の下で幸せにやってんだろ」
 旅立つ前に見た桜は、余りにも素晴らしく、余りにも美しく。
 一度見えた闇の色など、とうに無く。
 薄桃色の雪が柔らかく自分達を包んだのを、瞼を下ろせばすぐにでも思い出せる。
 ようやく罪から放たれた村人達のどこか晴れやかな顔が、その雪の向こうに見えていたことも。
「綺麗な……桜、だった……」
 どこか遠くを見つめるように口にしたサモンに、両親はちょっとだけ笑った。
 彼女の髪についていた小さな桜の花びらが、緩やかな風に吹かれて、ひらりと舞ったからだった。


 -了-